モミモミモミモミモミモミ────
目の前にある脂肪の塊を、私はひたすら揉みしだく。手に吸い付くような柔らかい感覚にちょっとだけ感動した。
「おーい、アリア?」
ふにふにふにふにふにふに────
手の平で包み込めない“それ”は、優しく私の指を押し返して来た。触り心地が良すぎて、何もかもがどうでもよくなってきた。
「あの~、アリアさん?」
ヒナタが声をかけてくるのを無視して、私はモミモミふにふにし続ける。スゴいなぁ、巨乳って。
「えっと、そんなにおっぱい触ってるとミラーカも起きちゃうと思うんだけど⋯⋯」
私は今、燃えるような赤い髪と気の強そうなつり目をした少女、即ちミラーカ王女に馬乗りになってモミモミしている。
簡単にいうと、王女様にセクハラしている。
王女様は気を失っており、私のモミモミにも無抵抗だ。
「アリア、わたしはアリアの掌サイズも好きだよ。だから元気出して?」
相変わらずよく分からないヒナタのフォローに、私はモミモミを止めて立ち上がる。
そしてヒナタの方に振り向き、呟く。
「どうしてこうなったんでしょう」
「どうしてだろうね~?」
呑気に返してくるヒナタに頭が痛くなった。
事件の始まりは、今からおよそ一時間ほど前にまで遡る。
◆◆◆
光が、眩しい。
目を覚ました私が最初に思ったことはそれだった。
おかしい。地下牢には明かりなんてほとんど差さなかったはず。
微睡みが一瞬で吹き飛び、目を見開く。
すると────
「ここ、どこ?」
まず目を引くのは装飾された天井。
いや違う、これは天井じゃなくて天蓋だ。私は天蓋付きのベッドに寝ているらしい。全身がふわふわした感触に包まれている。
飛び起きた。何がなんだか分からなくて、パニックになる。
しかし目の前にあった光景は更に私の動揺を助長させた。
まるで最高級ホテルのスイートルームのような豪華な空間がそこにあった。
きらびやかなシャンデリアに、様々な模様の入った大きなソファー。カーペットは古風で厳かなオーラが漂っていて、壁には綺麗な湖の描かれた絵画がかけられていた。
ポカンとしていると、今度は体に違和感が生じた。見てみると、自分が服を着ていることに気がついた。絹のようなもので出来た桃色のワンピースで、とても軽く動きやすい。
ナニコレ。
急いで記憶を探ろうとする。
もしかしたらどうしてこうなったか分かるかもしれない。
確か私は⋯⋯。
ヒナタにロールケーキを貰って、いつも通り愚痴を聞いて、そしてヒナタが帰った後────
ドクン、と心臓がはね上がる。
思わず息が荒くなり、手の平に爪が食い込む。
──私は看守に目隠しされて、鞭で⋯⋯。
嫌な汗が背中に流れる。何かに向かって謝りたくなる衝動に駆られた。
「うぅ⋯⋯!」
自然とうずくまってしまう。頭痛が広がり、涙腺が熱くなった。体の震えが止まらない。
「あぁ、いやああ」
怖い。
ここがいつもの檻じゃないのが、怖い。
帰りたい。あそこへ帰りたい。
暗くて何もない、あの檻に帰りたい。
「いああッ、あぐぅぅ!」
口から嗚咽が漏れ、思わず手首に噛みつく。目を強く瞑り、意識を血の味に集中する。
「うぐぅぅう!」
口の中に広がる鉄の匂いと、手首の痛みだけが救いだった。心に覆い被さる“黒”から少しでも気を反らしたかった。
「アリアっ!」
誰かの声。
そして同時に、私の体が暖かさで包まれた。どこかで感じたことのある暖かさだった。
「大丈夫、大丈夫だよ」
優しくて、安心するような声が聞こえた。
心にするりと入り込んできて、胸の中が一気に軽くなった。手の震えが止まったのが分かった。
「もう大丈夫だよ、怖いものなんてない。わたしが君を守るから」
頭を撫でられた。柔らかくて、お日さまのようなポカポカした手だった。
もっと撫でられたくて、私はその手を掴んで自分の猫耳に押し付ける。
むず痒いような感覚と幸せな気持ちが広がった。
「耳、いいの?」
「うん、いーの」
わたしは“お日さま”に抱きついた。両手を背中に回して、頭を肩に押し付ける。太ももで“お日さま”の腰を挟み込み、しっぽを体に巻き付けた。
全身で“お日さま”の優しさを味わった。
「ちょ、この姿勢は⋯⋯!」
“お日さま”は焦ったような声を上げた。
なんか股のところに硬いものが当たってる気がする。しかしそんなことは気にせずに、マーキングするように体を“お日さま”に擦り付けた。猫としての本能が体を動かす。
「ふあぁ♥️ あり、あぁッ! これ、まずいぃ!」
高くて甘い声が聞こえた。
なんだかとっても可愛いかった。
どうしようもなく幸せな気分になって、そのまま寝てしまおうかと考える。
「あ、ありあ⋯⋯」
気づいたら目を閉じていた。体が脱力していく。そのままゆっくりと意識を失って────
「アリア、起きなさい!」
「ふみゃっ!」
おでこを叩かれた。
目を開けると、目の前にヒナタがいる。私はヒナタに抱きついているようだ。
「おはよ。大丈夫?」
「えぇと、はい。大丈夫です⋯⋯」
そうだ、私は昨日のことを思い出そうとして⋯⋯。
胸の奥が少し痛んで、ヒナタの腕を強く握る。
「あ、血が出てる」
「⋯⋯ちょっと怪我しちゃって」
「見せて。“リカバリー”!」
さっき噛んで傷が出来た手首に、ヒナタが回復魔法を唱えた。傷が見る見るうちに治りだした。
「ごめんね、傷痕残っちゃった」
「いえ、そんなの全然⋯⋯」
手首には少しだけ跡が残った。私にはそれが少しだけ嬉しかったりもする。
「ヒナタとお揃いですね」
ヒナタの右手にもあるのだ。リストカットしたような傷跡が。
「⋯⋯うん、そうだね」
ヒナタは照れたように笑った。
ヒナタの笑顔をこんなに間近に見たのは初めてで、私はなんだか嬉しくなってきて───
「なんでヒナタが!?」
状況のおかしさに今更ながら気がつく。
なんでヒナタがここにいるの?
というか、そもそもここは何?
なんで私はこんな所に?
看守はどこ?
何が起きたの?
「まぁまぁ、落ち着きなよ」
尋常じゃないくらいに取り乱す私に、ヒナタは呑気な声で言った。
「なんで、何があったんです?」
「うーんと、それはねぇ⋯⋯」
なんだか、悪いことをしたのを隠そうとする生徒のような様子のヒナタ。私から目線を反らしながら、彼女は言った。
「アリアの檻が開きっぱなしだったから、さらってきちゃった♥️」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?
さらってきた? 私を?
「はあああああっ!?」
「いやだから、牢の鍵が開いててさ。こっそり連れて来ちゃったわけ。あ、ここわたしの部屋ね」
「鍵が開いてた!? いや、でもこんな⋯⋯」
嘘でしょ。
何やってんのこの人。
私は急いで立ち上がる。
「ちょっと、どうしたの?」
「牢に帰ります!」
まずい。看守にバレたらお仕置きじゃ済まない。
「え、なんで?」
「『なんで?』じゃないです! 私が逃げたのバレたらまずいことに──」
「あ、多分もうバレてるよ?」
体が凍りつく。さっきまでの暖かい気持ちが嘘のようだ。
「アリアを誘拐したの昨日の昼だからさ。毎晩看守がくるんでしょ? ならもうバレてるよ」
「⋯⋯⋯⋯なんてことを」
思わず腰が抜ける。
ベッドの上で、へなへなとへたりこむ。絶望感に蝕まれていく感じがした。
「す、すぐに檻に戻ればまだ──」
「戻させないよ」
力強い声。
反射的に振り替えると、今まで見たことのないような真剣な顔つきのヒナタがいた。
どうしてか分からないけど、胸の奥が締め付けられるような気持ちになった。
「戻りたいなら戻ってもいいよ。でも、アリアは戻りたくないんでしょ?」
「そんなこと⋯⋯」
「だってアリアの手、さっきからずっと私のこと掴んでるよ?」
────驚いた。
否定しようとして腕をみると、ヒナタの言う通りだったからだ。私は知らず知らずのうちにヒナタの手を握りしめていたらしい。私は思わず俯いた。
「確かに看守にはバレてるけど、まだそこまで騒ぎにはなってない。さっき朝食に行って来たんだけど誰もアリアのことを気にしてなかった」
私は黙ってヒナタの話に耳を傾ける。
「それに、まさか勇者が魔女を匿ってるなんて思う人はいないよ。大丈夫、アリアが見つかることはない。隙を見て一緒にお城から逃げ出そう?」
私の顔を覗き込んでヒナタは言った。
私は考える。
ヒナタの話は都合が良すぎる。
希望的観測が多くて、私が見つからない保証は何一つなかった。
でも。
でも⋯⋯何故だか信じたくなるような、ヒナタのことを信頼して頼りたくなるような話だった。
「でも、それじゃあヒナタに迷惑が!」
「別に迷惑だなんて思ってないよ。わたしがヒナタを助けたくて勝手にしたことだもん。むしろ無理やり連れ出してごめんね?」
なんで⋯⋯。
なんでヒナタはここまでしてくれるんだろう。
いくらお互いが唯一の話し相手だと言っても、まだ会ったばかりの私になんでここまで。
私はヒナタに甘えてしまっていいのだろうか。
こんな一方的な好意を呑んでしまって大丈夫なのだろうか。
「ありがたい話ですが、やっぱり私は──」
「ヒナタさん、ちょっとお話がありますの」
ガチャ。
扉が開いた。
そこには紅の髪をツーサイドアップにした少女。
部屋に入ってくるのと同時に、高圧的な声でヒナタに話しかけ、そして固まった。
「「「へ?」」」
三人の声がハモる。
私とヒナタは赤髪の少女を、赤髪の少女は私を見つめる。
そして訪れた深い沈黙。
氷像のように動かない私達は、しばらくそのままの体勢で頭を巡らせた後───
「だ、誰かーーっ! 魔女ですわ! 魔女が逃げ──っぐほぉぉ!! 」
「く、首トンだ! 首トンで眠らせよう!」
「ヒナタっ! それただのチョップです! 普通に致命傷なヤツですそれ!」
助けを呼ぼうとする少女。
少女に首トンを試みるヒナタ。
ヒナタを止めようと叫ぶ私。
三者三用の反応で、パニックがパニックを呼ぶ。
「とりゃあっ、ほあたぁぁ!! まだ気絶しないよ! どうしよう!?」
「ぐはッ! ちょ、待っ──かはっ!」
「ロープはどこです!? とにかく縛り上げましょう、ロープ!!」
ドッタンバッタン音を立て、部屋の中がぐちゃぐちゃになるのも気にせず私達は戦った。
ロープが見つからず、私も少女を気絶させる作戦に移行し、二人掛かりでひたすら後頭部を殴り続けた。
そしてついに、赤髪の少女を気絶させることに成功する。
そこからは冒頭の通り。
私は現実逃避気味にミラーカ王女の胸を揉み、ヒナタは一周回って落ち着いている。
さて。どうしようこれ。