ベッドのシーツを結んで紐状にして、ミラーカ王女をぐるぐる巻きにする。
さらに彼女の口の中にハンカチを突っ込み、出てこないように口元から首の後ろから布を回して結んだ。即興の猿轡の出来上がりだ。
これでミラーカ王女は目覚めても動けないし、喋ることも出来ないだろう。
「一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなったね」
無惨な姿の王女様を見下ろし、ヒナタが達成感に満ち溢れた顔で言う。
やっぱりこの人バカなんじゃないかな⋯⋯。
「全然なんとかなってないです。状況は最悪ですよ、これ」
当たり前だが、私達が城から脱出するまでミラーカ王女を解放するわけにはいかない。私が脱獄しているのを知られているし、そもそも王族をボコボコにしたことが周囲に知られたら勇者だろうと処刑は免れない。
しかし、だからといっていつまでもこの部屋に監禁し続けることも出来ない。なんと言っても彼女は王女様だ。このままでは直ぐに捜索がかかり、いつかは見つかってしまう。
「ミラーカ王女の捜索が始まるのはいつ頃でしょうか」
私はヒナタに聞いた。それによって私達がいつまでに逃げなければならないかが決まるからだ。
「んー、多分明日の朝くらいじゃない?」
「そんなに遅いんですか?」
「うん。ミラーカっていつも仕事とかせずに遊んでるし、夜中も城内の適当な男と寝てるんだよね。だから騎士団の人達は明日の朝ごはんの時間に初めてミラーカがいないことが分かると思うよ?」
マジか。
王女様スゴい爛れた生活習慣送ってらっしゃる。
というか“適当な男と寝てる”って何だ。
誰でもいいってことなのだろうか。貞操観念が狂ってる気がするんだけど。
「⋯⋯王女様がそんな淫乱ビッチでいいんですか?」
「さあ。そういえばあんまり気にしたことなかったなぁ」
そんなもんなのか。
王族っていうのは庶民にはつくづく理解できない。それに適応しちゃってるヒナタもヒナタだけど。
そんなことを考えていると、ヒナタが体をこちらに向けてきた。
「とにかく、これでわたしもアリアと一緒に逃げざるを得なくなったわけだね」
ヒナタの声は少し嬉しそうで、まるでミラーカ王女が乱入してきたことを喜んでいるかのようだった。
それがなんだかムカついて、思わずその顔を睨み付ける。しかしヒナタはそんな私を見て更に笑った。
「わたしもアリアも、一緒にミラーカを殴り倒した共犯者、いわば仲間だよ。運命共同体ってやつ?」
なにが共犯者だ。
王女様を気絶させたのだって私のためじゃん。
この人はさっきからずっと私のことしか考えてない。自分の都合そっちのけで私を助けるためだけに行動している。
なんだか、悩んでた私がバカみたいだなぁ。
「はぁ。もういいです。分かりました。ヒナタと一緒に逃げます」
「うん! ガンガン頼ってくれていいからね!」
もう、受け入れるしかない。
ヒナタは多分、いくら私が拒んでも私を助けるのだろう。今更何を言っても無駄な気がした。ならごちゃごちゃ言わずに一緒に行動した方が良い。
王城に来てから今日で約1ヶ月。
私はついに、仲間を手に入れた。
ちょっとバカで楽観的な所はあるけれど。
私のことを守ってくれる、優しくて頼りがいのある仲間だ。
「まずは作戦を立てましょう。ヒナタは何か脱出の方法とか考えてありますか?」
「え? いや、何も考えてないけど。作戦なんているの?」
⋯⋯⋯⋯訂正。
この人は“ちょっとバカ”じゃない。
かなり、いや“果てしなくバカ”だ。
「普通に正門から出るんじゃダメ?」
そりゃダメでしょ。
というか逆に聞きたいんだけど、なぜダメじゃないと思った。
「正門には衛兵が集中しています。私の顔は城中に知れ渡ってるので、通るときに確実に捕まります」
これでも一応私は“魔女”、即ち王国を脅かす力を持った異端者として捕まっていた。もし衛兵が私の顔を見かけたら、迷わず斬りかかって来るだろう。
「じゃあ、どうするの?」
ヒナタの表情が不安そうなものになってきた。事態の深刻さに気づいたらしい。
「仕方がないので、私の奥の手を使います」
ヒナタを安心させるため、彼女の手を握る。相変わらず優しい気持ちがする手だった。
触られたヒナタは一瞬だけピクッとし、顔をちょっとだけ赤く染めた。
さて。
これから伝える話は、こちらに生まれてからは誰にも話したことの無いものだ。親にすら明かしていない私の一番の秘密。
けど、ヒナタになら言っても良いって思った。
私のためにこんなに頑張ってくれる彼女には、私の全てを知っていて貰いたい。だから話す。
「今から私が言う話は、くれぐれも他言無用でお願いします。絶対に他の人に言ってはいけませんよ?」
私はそう切り出した。手の平の中にあるヒナタの拳が少し強ばったのを感じた。
「うん。分かった。誰にも言わない」
ヒナタの返事を聞き終えた後、私はゆっくりと話し始めた。
◆◆◆
自称“AV博士”だった部活の先輩は言っていた。
『日本人の太ももは美しい。でも白人の太ももはもっと美しい』
それを聞いたときの私は、「相変わらず頭おかしいこと言ってるなぁ」としか思わなかったけれど。
今なら少しだけ分かる。
白人の太ももヤバい。
「ヒナタさん、“鉄の魔女”がなんか凄いお尻触ってくるのですけれど⋯⋯」
「ああ、別に気にしないで。その娘柔らかい所とか触るの好きなんだよね」
まず何がヤバいって揉み心地だよね。
私の太ももよりも筋肉があって、触ると「ムチッ」って感じがする。
しかも日本人より太いから、大樹のような安心感がある。こういうのを安産型っていうのだろうか。
「ヒナタ、これヤバいです。後でヒナタも触ると良いです」
「へぇ~、そんなに凄いんだ。戻ったら触らせて貰おっかな」
私は今、ミラーカ王女のスカートの中にいる。
いや別に頭がおかしくなったとかではない。
これも作戦なのだ。
私達の作戦はこうだ。
①王妃様の大切な中庭に“奥の手”を使って仕掛けをする。
②周囲が寝静まった夜中にその仕掛けを作動させる。
③騎士団や衛兵達が中庭に向かった隙に、混乱に紛れながら正門からこっそりと脱出する。
実にシンプルな陽動作戦。
だが一見簡単そうに見えるこの作戦には、大きな問題がある。
それは、“中庭にどうやって仕掛けをするか”だ。
この仕掛けが出来るのは私だけ。しかし生憎、私は脱獄囚。中庭にテクテク歩いて行ったりなんかしたら、絶対途中で見つかって斬り殺される。
じゃあどうするか。
私とヒナタはとにかく悩んだ。
どうしたら私は見つからずに中庭までたどり着けるのか、小一時間くらい頭を抱え続けた。
そしてヒナタが思い付く。
────ミラーカのドレスの中に入って行けばいいんじゃない?
私はしばらく沈黙し、そして答えた。
────天才ですか。
そして現在、私達は中庭に“奥の手”で仕掛けをしに行く所である。
なるべく不自然に見えないように、私はミラーカ王女の足にしがみつきながら移動する。
今は廊下なのでなんとかなっているが、階段を下るときは本当に辛かった。ミラーカ王女のスカートの中で何回も転びそうになった。彼女のドレスがパニエのような形状じゃなかったら、もうとっくにバレてしまっていただろう。
しかし、頑張った甲斐もあって私はなんとかスカートの中に潜伏できている。
端から見る限りでは、ヒナタと王女様が仲良く話しながら歩いているようにしか見えないだろう。
まさかミラーカ王女のドレスの中に“魔女”が潜んでいるなんて誰も思うまい。
「貴方達、自分たちが何をしているのか分かってますの?」
「それ以上余計なことを喋ると痛い目に合いますよ、王女様」
ミラーカ王女の太ももに果物ナイフを当てる。
「二度と歩けない体になりたくないのなら、黙って前を向いて歩いて下さい」
「ヒュー! アリアかっちょいい!」
「⋯⋯なんて緊張感のない」
ヒナタが調子に乗ってると、呆れたような声でミラーカ王女が言う。
「いや、あなたも脅されてる割には大分余裕ありますけどね」と心の中で思ったが、口には出さなかった。
前の方から足音が聞こえたからだ。
私の猫耳があれば、ある程度遠くにいる人でも声や足音で感知できる。地下にいたときには全く役に立たなかった特技だが、こういう時は本当に重宝する。
「前方から足音が聞こえます! 二人分で、おそらく両方とも男性のものです」
私は小声で二人に伝えた。
顔は見えないが、なんとなく頷いたような気配がした。
段々と足音が近づいてくる。
すると、突然立ち止まった。
何かあったのかと不安になるが、顔を出すわけにはいかない。
「ミラーカ、邪淫の勇者と一緒に歩いてるなんて珍しいね。またそいつがなんか仕出かしたのか?」
⋯⋯待って。
邪淫の勇者? どういうこと、何の話?
ヒナタを侮辱するような、鼻につく声で男は続けた。
「ミラーカは相変わらず優しいね、そんな怪物と一緒に歩いてあげるなんて」
かい、ぶつ?
かいぶつって、あの怪物?
この男、ヒナタのこと怪物って言ったの?
心の中に沸々とした怒りが生まれたのを感じる。
「でも、あんまり優しくしすぎちゃ駄目だよ。つけあがって調子に乗るからね」
思わずスカートから出て男に飛びかかろうとした。しかし、ミラーカ王女の手が布越しに私を止める。
「ええ、肝に命じておきますわ。マホトさんはどうしてここに?」
「訓練場で魔法の訓練をしてた帰りだよ。最近は精神魔法とかも練習してるんだ」
男とミラーカ王女は楽しげに会話している。
なんでヒナタは反論しないの? こんなヤツ、殴り倒しちゃえば良いのに。
しかし、ヒナタはさっきからずっと静かた。石のように何も話さない。
それがなんだか腹立たしくて、気がついたらミラーカ王女の太ももをつねっていた。
「──ッ!」
「⋯⋯? ミラーカ、どうかしたの?」
「い、いえ! なんでもないですわ⋯⋯」
なんでヒナタが虐げられなきゃならないのか。彼女はとっても優しくて、お日さまのように暖かいのに。
抑えきれない憤怒に自然と息が荒くなる。
気がついたら右手の果物ナイフに意識が向いていた。ミラーカ王女の手が頭を押さえてなかったら、とっくに男を突き刺していたかもしれない。
「そう。体調が悪いなら無理しないようにね。じゃあ、僕はこれから用事があるから」
「ええ。また後で会いましょう」
ミラーカ王女に挨拶をして去っていく男。勿論ヒナタには何も言わない。
私は、ヒナタの抱えている闇は私の予想より大きいのかもしれないと思った。