※この作品はR-18です。

禁忌降臨庭園セイレム アビゲイルBADEND   作:目ノ雲

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第3話

──月下。

カーター邸があったはずの場所

しかしそこには建物の類は何もなく、黒く、暗く、完全に不透明な液体の水面が一面に広がっていた。

アビゲイル・ウィリアムズはその水面に波紋を立てて直立していた。

その表情はある種の決意に固められ、揺らがず、額の三眼だけが真正面ではない方を見ている。

言葉は無い。無言のままアビゲイルは三眼の見ていた方へ向き直り歩き始める。村の中心、公会堂の方向だ。

ヒタヒタと歩みを進めるアビゲイルの隣に音もなく水面を割って現れたものがあった。『腕』だ。『腕』は良く出来た従者のように無駄の無い動きで恭しくアビゲイルにあるものを差し出した。それは黒とオレンジのリボンがあしらわれたつばの広い三角帽。

「ああ、」

何かに気付いたかのような声を漏らしてアビゲイルは帽子を受け取る。

「誰にでも、読み書きのできない人にも、古い因習に囚われた目の見える盲人にでも、私が魔女だと一目で分かるようにしなければならないものね」

乱雑に、さもどうでもよさそうにアビゲイルはそれを頭に載せた。身にまとうものはそれ一つだ。けれど恥じらう様子は一片もなく、全身の肌は星の妖精の如く青白い。

「まずはこの村から始めましょう」

言葉と同時に景色が一変する。現れ出でたものがある。夜空に、地面に、木立の木々に浮かび上がったそれはアビゲイルの額にあるそれと同じものだ。鍵穴。その先には行けないことの象徴のようで、その先が、確かに在るのだということを保証するもの。それらの内のいくつかはこの鍵穴達が此方の法則に従っていないことをわかりやすく示していた。例えば、木立のシラカバの若木に浮かんだ鍵穴は幹も枝も細すぎて奥の夜空に輪郭がはみ出している。当然、遥か何億光年も彼方の天球面と数メートルの位置にある木とをつないだ壮大なトリックアートなどではない。現にアビゲイルが歩みを進め、視点の移動が成されても鍵穴の形は破綻せず、依然として幹の表面と夜空の果てとを跨がっている。あたかもこの風景を切り取った絵画にペンキで上から書き足されたかのように、異なる法則が、この村を浸食していた。

「幾度もこの村を見てきたわ。幾度もこの世界を見てきたの」

「出会う誰もが善良で、敬虔で、愛すべき隣人だったわ。その誰もが傲慢で、頑迷で、偏見に満ちた唾棄すべき悪人だったの」

「だから祈りましょう。願いましょう。彼らの安らぎと温かさに包まれた健やかな明日を」

「そして下しましょう。裁きましょう。彼らに刻まれた汚泥にまみれた罪業に対する贖いを」

徒歩で行くにはまだ遠いはずなのにいつの間にかアビゲイルは公会堂へと辿りついていた。梯子も翼も無いはずなのにその屋根の上に立っていた。

「それらはどちらも一つの解によって為されるわ」

 アビゲイルは手に持った巨大な鍵を掲げる。一面に浮かぶ鍵穴の対であるそれは先端に雫を抱えていた。けれどもすぐに雫は重力に負け、地面に落ちていく。わずかの間空中にあった雫はカーター邸跡地を満たしていたものと同じく、完全に不透明で暗く、黒い。

「全ての人が救われるように、全ての罪を雪ぎましょう」

 地面に落ちた雫はその材質を無視して石畳に波紋を広げた。波紋は、触れたものを全てあの黒い液体に変えてゆく。波紋は止まることを知らず、誰もを、あらゆるものを飲み込んでいく。

「Ygnaiih……ygnaiih……thflthkh’ngha.」

 薔薇の香りが一面を満たしていた。けれど、浮かび上がってくる者は誰もいなかったからそれを知るのはアビゲイルだけだ。たった一人のアビゲイルは言葉を紡ぐ。

「我が手に銀の鍵あり。虚無より現れ、その指先で触れ給う。我が父なる神よ。我、その神髄を宿す現身とならん。薔薇の眠りを越え、いざ窮極の門へと至らん」

 一面の鍵穴が青白い光を放ち始めた。『向こう』にいる既存の言語では表せない何かがアビゲイルの言葉に応えたのだ。鍵は既に開けられている。ドアノブを捻れば簡単に扉は開くだろう。そして扉は開けられるだろう。それを阻むはずだった者は一番最初に暗い海に堕ちたのだから。

「お父様、お願いします。どうか皆を、我らをお救い下さい」

 海は広がり続ける。とうにセイレムは全てが沈み、その指先はアメリカという国家に触れようとしていた。いずれはこの星を覆いつくすだろう。

「どうか、どうか我らに永劫の苦痛を」

 そう言ってアビゲイルは自らも暗い海に身を投げた。一面が黒き大海原と化しても屋根の上と同じ高さに浮かんでいたというのに。

「は、はは」

 海の中では、無数の腕が人々を『救って』いた。ある者は首を絞められ、ある者は全ての穴を犯され、ある者は体を引き裂かれ。すべての苦痛がそこにはあった。そんな光景を見てアビゲイルは、笑う。

「あはははははははははは!!!」

 一本の腕がアビゲイルの腹を貫く。アビゲイルもまた、救われるべき人類であるから。二本、三本と続けてアビゲイルを貫くがそれでも少女は笑うのを止めない。

 全ての人が溺れていく。暗い海に、苦痛に、異界の存在に与えられた救いに溺れていく。見ればアビゲイル以外の者も、頭部が残っている者はみな、口元に恍惚とした笑みを浮かべていた。

 誰もが救われていたのだ。誰もがその責め苦を罰として受け入れていたのだ。だから誰もが沈んでいく。深く、深く、海の底へ。抗うものは誰もいなかった。

 

 

宇宙に浮かぶ青い宝石のような惑星は今、黒一色の静かな球に姿を変えた。それをもってここに人類すべての救済は成った。しかしそれを知るものは誰もいないだろう。最早この星に知覚を持った者は誰一人としていないから。

 

――BAD END――

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