そろそろ、こっちも楽しませて貰わないと。
そう言い出したのは誰だったか。少なくとも、衣服を剥がれて布団へ転がされた早見でない事は確かだった。
「早見も辛抱堪らないみたいだからねぇ。とは言っても、今の有り様じゃあ働いてもらう訳にはいかないだろうけど。お
「勿論、勿論。私もそういうの、嫌いじゃないもの。それにぃ……」
お蛍と呼ばれた女店員が、自らの長い髪を撫でる。すると、触れられた黒髪は、まるで意思を持つかのようにひとりでに動き出した。
幾匹もの蛇のように早見へ襲い掛かる髪は、その両手、両足、腰に絡まる。
「こうすれば、動いてくれるでしょ?」
くん、と動かされる髪と、それに釣られて動く早見の腕。力の無い掌が、お蛍の胸へと導かれる。
「ああ、成る程。巧いもんだ」
「姐さんには負けますよぉ。どうやってこんな良い男捕まえたんです?」
「違う違う。私が良い男にしたんだよ。初めて会った時なんて、小汚ないガキだったんだから」
お依とお気楽に話しつつも、お蛍は早見の分身に細指を巻き付けた。怒張を確かめる様に、あるいは撫でる様に軽くしごいていく。代わりとばかりに、早見の指に絡めた髪が、形の良い乳房を柔やわと揉ませる。
「いいなぁ。私も育ててみようかなぁ。そこら辺を遊んでる小さい子に、お姉さんとイイコトしない? なぁんて誘っちゃってぇ……」
「するのは結構だけど、厄介事は勘弁だよ。私らが出張る事になるかも分からないんだから」
物憂げな吐息を漏らすお蛍に、お依が釘を刺す。
「あれ。姐さん、十手持ちみたいな真似でもしてるんですかぁ?」
「便利屋みたいなもんだよ。螺子れた縁を解きほぐしてやる、ってのがうちらの仕事」
「へぇぇ……この人も、その便利屋さんで? 見てくれは良くても、そういう稼業には頼りなさげに見えちゃいますけど」
「まぁ、耳舐められただけでこんななっちまうのはあれだけど、ちゃあんと仕事はしてくれるよ」
ねぇ、と言いながら、早見の頭側に回り込むお依。そのまま覆い被さるように抱きつき、その豊かな谷間に早見の顔を沈める。
「そんなにしたら、溺れちゃいますよぉ?」
「平気、平気。これで溺れるなら、むしろ男冥利に尽きるってもんだろうさ」
「それは、そうかも……?」
ほれほれ、など言いながらお依は体を揺すり、早見に刺激を与え続ける。
しかし早見は反応する兆しすら見せない。幾ら当てようが擦ろうが、呻き声すら上げなくなっている。
「んー、どうしちゃったのかなぁ。気絶しちゃったとかぁ?」
乳房へ添えられた指を動かそうと、お蛍が髪を引く。操り人形同然の扱いにはなるが、それでも互いに気持ち良くなれるこのやり方は、お蛍も好むものだった。
だが、髪には何の手応えも無い。確かに手は当てられている筈だというのに、髪での拘束だけが抜けられている。
「あ」
れ? とまで言い終わる前に。
お蛍の視界が、真黒に落ちた。
「あ」
釣られて呟くが、時既に遅し。
変生した夫が、お依に被さる。
◆
場所は変わらず、茶屋二階。
布団は片され、二つの座布団に早見とお依が向かい合う。
「貞淑さとか、節操とか、そんなもんを説くつもりは無い」
既に元の黒着流しを纏った早見。
相対するお依は、居心地悪そうに目を併せようとしない。
「お前を抱くのも抱かれるのも、別の女と遊ぶのだって構わん。俺だって嫌いじゃあない」
だが。
区切る早見。眉間にシワを寄せ、たっぷりと間を取る。
「仕事の最中は、止めろ。そう言っているだろう」
その言葉に、お依は無言で唇を尖らせる。モゴモゴと何か言おうとするが、後ろめたさが先立つのか、はっきりとは口に出さないでいる。
「……」
その様子を、早見はじっと見る。糾弾もせず、追求もせず、ただ見る。
渦巻いているお依の心情を眺めるように、ただ見ている。
「あー……」
ちらりと早見を見て、また目を逸らす。そんな事を繰り返すお依。
いつもはのらりくらりと躱してしまうところだが、今ばかりはそうはいかない。
取り決めはしていた。仕事中は邪魔をしない。それを悪ふざけしながらぐらぐらと揺れてからかうのが、お依の楽しみだ。
しかし今回のは、少しやり過ぎてしまった。それは早見がそう言ったからじゃあない。お依もそう思っていたから。自責の念から、目を併せられずにいた。
自分を責める心と向き合うには、方法は一つしかない。ペコリ、とお依は頭を下げた。
「ごめん。許しとくれよ」
「ん。許す」
あっさりとした謝罪を、あっさりと受けとる。なんて事はないやり取りだが、早見もお依もこれを有耶無耶にするつもりは無かった。悪いことをしたなら謝罪をする。腹が立とうがそんなものは一瞬、すぐに受け入れ蟠りを溶かす。
長く付き合うのであればこその、二人のやり取りだった。
「よしっ」
パン、と手を鳴らすお依。それで切り替えたのか、すぐさま立ち上がり、早見へと抱き付く。
早見はそんな突飛な行動を受け止め、頭を優しく撫でる。
「なんだよ、急に」
「早見が抱けないなら、こうやって早見分を摂らなきゃ」
訳の分からない事をのたまいながら、早見の首筋を小さく噛みつく。
うっ、と早見は小さく呻くが、銀の髪を撫でる手を止めない。
「はぁぁ……」
お依は撫でられる度に、心地良さげな声を上げる。やがて噛み付くのを止め、顔をうずめるようになった。
むず痒さに悶えそうになる早見だが、お依の様子にぐっと堪える。
「ねぇ、早見ぃ」
「なんだ?」
耳許へ囁かれる、甘えた声。先ほどのような悪戯心は無いと知ってはいても、その吐息、その囁きには思わず反応しそうになるだろう。
平静を装いながら、頭を撫でつつ応える早見。
「今はこれで我慢するからさぁ――」
仕事が終わったら、ねぇ?
甘え声、耳への口付け。音と感触に、早見の理性が突き崩される。
押し倒し、唇を奪い、服を剥ぎ、その肢体を味わう――事が無かったのは、表から聞こえた男の声のせいだ。
「……ちょっと、行ってくる」
わざとぶっきらぼうにお依を押しのけ、早見は階下へと向かった。
残されたお依は、その後ろ姿を見送りながら、煙管を取り出す。
炭の欠片の様な葉を詰めながら、ぼそりと呟く。
「あと少しだったのに」