※この作品はR-18です。

煙羅亭飄々帳   作:すばみずる

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 ◆

 

 

 男は求めていた。

 きっかけは、ただ美人を見たいが為。そうでなけりゃ、したくもない門番の引継ぎなんかするものか。

 廓にいくら女が山ほどいると言っても、役得、目の保養なんて言ってられるのなんか、下っ端の内は何にもありはしない。

 それならせめて、普段はお目に掛かれないような美人を眺めてられないと、やってられるもんじゃないだろう。

 少(、)し(、)だ(、)け(、)門から離れて、橋の欄干から身を乗り出すようにして、その銀糸のような髪を出来うる限り目に焼き付けようとしていて。

 そんな事をしている内に、彼は何かを求めていた。

 

 男は渇いていた。

 夢見心地に足を動かす。耳から離れない啜り泣きは、頭よりも先に身体に響いていた。

 下腹部の熱は耐えがたく、しかし苦しめるものではない。

 何故なら、これがあるからこそ、と男は信じていた。この熱を起こすほどのものが、歩んでいく先にあるのだと、信じ込む事が出来た。

 故に。自らの内に出でた熱に、彼は焦がされていた。

 

 男は焦がれていた。

 早く、早く、この昂ぶりをぶつけたい。呑み込んでしまいたい。この欲望のままに辱めたい。

 泣き声は大きくなるが、その源は現れない。何故。最早、この声など関係なく、犯せるものならなんでも良い。

 町娘で良い。年増でも良い。童でも、見栄えが良ければ男でも、穴が空いているなら選り好みはしない。

 堪え切れない想いに足は狂ったように回り、やがて、行き着く。

 

 己の腰ほどの背丈の童。みすぼらしい身なりに、ぼさぼさの髪から覗かせた小さな角。

 そんなものに気をやる程に、男は見境など無かった。

 

「おじさん、お腹すいてるの?」

 

 言葉が耳に届いても、男の頭は読み取れなかった。混じり気の無い笑顔を浮かべる童を押し倒し、ぼろに等しい服をはぎ取る。

 たちまち痩せた体躯が露わとなる。肋骨は浮き、腹には不自然な膨らみ。手足は棒切れのように細く、女の魅力としては廓の女達とは天と地ほどの差があった。

 

「良いよ♥ おじさんの好きにして♥ いっぱい触って♥ たくさん舐めて♥」

 

 童の言葉に許しを得たと言わんばかりに、男は貧しい体を貪る。

 骨の上に乗った野苺のような乳首を舌で転がす。掴める肉も乏しい尻を手で覆い、抱き抱える。

 舌が踊るたびに童は悩ましい声を上げ、身をくねらせた。骨と皮に覆われた尻が身悶え、一層男の情欲を駆り立てる。

 廓の女達とは、まさしく天と地ほどの差があった――これほど魅力的な女は、どこを探してもいる筈が無い。

 

「ねぇ♥ ちゅーしよ♥ ちゅー♥ ねーぇ♥ いいでしょ♥」

 

 痩せこけた乳にむしゃぶりついていた男の顔を掴み、童が唇を重ねた。薄い唇の下から、赤い蛇のような舌が男の口内に押し入る。

 口吸いなど可愛い呼び方は似合わない、蹂躙と呼ぶべき味わい方。互いに互いの唾液を求め合い、呑み込み合う。

 

「ぷぁあ……♥ おじさん、やっぱりお腹、すいてるんだね♥」

 

 童が笑う。男の顔を両手で挟むように撫でながら、無垢に笑い続ける。

 その言葉に、男の衝動が浮き彫りになった。ああ、その通りだ、と。その言葉を探していた。

 

 男は、餓えていた。

 

 

 ◆

 

 

「どうする」

 

 ようやく言葉を取り戻した関朗。一歩、また一歩と近寄る餓鬼を睨み付けはするものの、手出しのしようが分からないという様子だった。

 

「――そうさねぇ」

 

 一瞬、関朗をそのまま放って通り抜けようという考えがお依の脳裏をよぎるが、すんでのところで踏み止まる。

 ここまでついてこさせて、その末路が餓鬼の餌じゃあいくら何でも目覚めが悪い。泣き声を聞いてまともを保っていられる人間を消費するのも勿体ない。

 考え自体は道理だが、お依の枷にもなるということは、お依自身も気付いている。だが、気付いてしまってものを見て見ぬふりをするなど愚かだろう。

 

「とりあえず、その子の手に触られないようにした方がいいよ」

「なに?」

 

 お依の言葉を聞き返す関朗。

 

「つーかまーえたっ♥️」

 

 同時に、無邪気な声を上げながら関朗目掛けて餓鬼が飛び込んできていた。

 着物に掠る寸前のところで、餓鬼の首根っこを掴む関朗。

 

「触られると、どうなる?」

「試してみれば?」

 

 そう言って、お依は来た道を指差す。示したのは、背後から走ってきていた忘八達。十秒も経たずに突っ込んでくる勢いだった。

 

「うお――」

 

 思わず、何も考えないで掴んでいた餓鬼を男達に投げる関朗。しまった、と思った頃には遅く、先の勢い以上に餓鬼は飛んで行っていた。

 

「あははっ、たのしー!」

 

 能天気な声と共に餓鬼は空を飛び、そのまま先頭の忘八の頭に飛び掛かる。突然の襲撃に先頭は転び、後続も躓く。賑やかな音と土煙。

 自分がやった事とはいえ酷い有様にした事を悔やむ関朗は思わず目を逸らそうとするが、お依は顎をしゃくって見るように示す。

 渋々、惨状を見やると、すぐにその意味が分かった。最初に倒れた先頭の男の身体を、炎が舐めるように広がっていく。

 

「か、火事――」

「平気さ。あれはそういう火じゃあない。妖娘の炎なんだ、なんとなく、分かるだろう?」

 

 お依の言葉通り、先頭の男を包む炎は周囲に燃え移る事無く、ただ男だけを包み込んでいた。餓鬼は男の頭に張り付いたまま、自らの秘所を男の顔に擦り付けている。

 暫くそのまま動きは無かったが、炎が小さく――まるで男の中に吸い込まれるかのように小さくなってきてから、餓鬼が明らかな嬌声を上げ始めた。

 

「あっ♥ そこ♥ もっと舐めて♥ もっとぉ♥ あんっ♥ いっぱい♥ いっぱい吸ってぇ♥ そこいいっ♥ お腹♥ いっぱいになって♥」

 

 がくがくと腰を痙攣させ、口元に涎を垂らしながらも、餓鬼は与えられる快感を貪り、尚も強く求めていた。

 男はそれに応えるように、あるいはそれが望みと言わんばかりに餓鬼を責め立てる。

 

「……色狂いになる?」

「そんなようなものさ。詳しく知りたければ、そこで立ってればその内分からせてくれるよ」

 

 倒れた男たちに群がる餓鬼達。その内の何人が、関朗へ目を向けていたか。

 その視線を振り払うように、先へ進むお依へついていく関朗。

 それをお依の「お手付き」と思ったのか、関朗へと近寄る餓鬼はいなかった。ちらりと服の端を持ち上げ、やせ細っているというのに目を引き付けて止まない脚を見せつけたりとする程度に留まっていた。

 

「こいつら、捕まえなくていいのか」

「捕まえられるのかい?」

 

 関朗は押し黙らざるを得ない。お依はそれを見てからからと笑う。

 

「なぁに、この子らは此処にいるだけさ。本当に捕まえるべきなのは――」

 

 ぴっとお依が指差すのは、餓鬼達が何匹も湧いて出る長屋の先。未だに佇み泣き声を上げる、只一人。

 

「あれさえ何とかすれば、万事解決さ」

「あいつが餓鬼を操ってるのか」

「あれが操ってるように見えるかい? 見えないだろう。ただ単に、ここに暮らす餓鬼を利用しただけだろうさ。もっとも、私には通用しないけど」

 

 笑いながら、正面から来る餓鬼を受け流すお依。慌てて身を躱す関朗に冷や汗が噴き出る。

 

「うおわっ……となると、今までいなくなってた忘八は、もしかして」

「ああ、ここにいるのかもね。けど拾って戻れるとは到底――」

 

 唐突に。お依の足が止まる。

 

「おい?」

 

 不審に思った関朗が声を掛けるが、お依はそれに応えようとしない。ただ、自分の足元を見やるだけ。

 それに釣られて、関朗も視線を下に。洒落た着物の端から見える、白魚の様な肌。ほっそりと美しい脚。

 目移りしそうなそれに、長屋の戸口から伸びた手が絡みついていた。

 

「なん――」

 

 関朗の声が上がるより早く、お依の脚が跳ねる。

 掴まれなかった脚が竹の様にしなり、爪先で弧を描くように一回転した。

 自然、お依の脚を掴んだ何者か――汚れきった着物を着た男が釣れ、そのまま宙へ振り回される。

 そのまま、屋根の上へと男は蹴り上げられた。後に残ったのは、男の草履が片方だけ。

 

「――だ、あれ?」

「まったく、もう。勝手に触ったら失礼だと思うけどねぇ」

 

 先の足首と屋根を何度も交互に見る関朗。しかしお依はそれ以上思うところは無いのか、構わず進んでいってしまう。

 

「今、どうやったんだ?」

「投げ飛ばせるように体を動かしただけ」

「そんな適当な――」

「だって、そうなんだもの。腕っぷしに自信がある訳じゃあないけども、これくらいはねぇ」

 

 自慢げに胸を張るお依。豊満な胸が揺れる。

 

「……てきとうないきものめ」

「ふふん」

 

 呆れた声を上げる関朗に、尚も自慢を見せつける。

 その直後、再び長屋の戸口から腕が伸びるが、お依は一拍子ずらしてそれを潰した。

 

「甘い甘い」

 

 飛び込んでくる男も壁面へと受け流し埋め込み、続く足元への手も跳躍して軽々と躱す。

 

「よく軽々と――」

 

 続く言葉は出なかった。見当を違えたのか、長屋から飛び出る男が、関朗へと突っ込んでしまったからだ。

 お依が気付いて振り向く頃には、長屋の中へとゆっくり引っ張り込まれていた。

 

「なにやってるんだか」

 

 呆れつつも、長屋へ吸い込まれていく腕を掴むお依。少し強めに引けばいいか、乱暴でも大丈夫だろう、などと考えていると、逆に長屋から腕が伸びてくる。

 

「おっ、っと」

 

 もう片方の腕で振り払おうとするが、また別の腕が捕えようと伸びる。足元、着物の端へと狙う先は数知れない。

 

「ったく、どんなタコ部屋なんだか。もう少し広いところで暮らしたらどうだい」

 

 口は回すものの、次々と伸びてくる手は防ぎようがない。関朗の手を離せばまだ逃げられなくもないが、しかし――迷えば迷う程に、手、脚、腰と、掴まれる個所は多くなる。

 腕の主、長屋に潜む男達と、お依の目が合う。ただただ『餓えた』だけの目。獲物を見るだけの、ある種純粋な目が、そこには無数に輝いていた。

 ふと、餓鬼の目を思い出すお依。ああ、なるほど、彼女らの純真そうに見えるのはそういう。

 

「いけないいけない、そんなこと考えてる場合じゃないや」

 

 グイ、と腕の力が強くなる。一人一人はそれほどでなくとも、数が多ければ対抗しきれなくなる。時間を掛けていけば、先ほど躱した男達も来てしまう。

 このまま捕まればどうなるか、想像に難くない。

 考えを巡らせていく内に、お依の顔が自然と歪む。

 

「――ふ」

 

 気張る手足も、徐々に曳かれる。

 暗い戸口に、頭が入る。

 異臭が満ちた室内は、彼女の良く知る暗闇とは似ても似つかない汚濁だった。

 欲に焦がれた男達に囲まれながらも、お依は弧を描いた口から笑い声を止めない。

 

「――ふ、ふふ」

 

 嘲りが呼び起こしたものではない。諦めが作り出すものでもない。

 ただ、おかしくて仕方ないからこそ、彼女は笑っていた。

 無理矢理招き入れられた、家の中で笑っていた。

 

「――折角のご招待だ。歓迎してもらわないと」

 

 家の主(ぬらりひょん)である限り、家の中では彼女が主として振る舞う。

 そこに暮らす住人にとって、それは絶対。たとえ情欲の炎に焼かれていても、彼女の行いを止める事は出来ない。

 掴まれた腕を払いのけようとするお依。自然と手が離れ――改めて、掴み直される。

 

「……あれ」

 

 一度は動きが鈍った男達だが、何事も無かったかのように動きを再開する。

 着物の端がまくられ始め、さて何でだと考えるお依に、一つ思い当たる。

 

「あ、煙管」

 

 旦那の用心の為に渡していた――潜り込ませていたと言うべき煙管。

 何かが足りないと思ったら、大切なものを忘れてしまっていた。

 

「うーん、これはどうしよう」

 

 呑気な風に考えるが、男達はのろまながらに着々と手が進んでいく。

 寝床らしき汚れた御座に引っ張られながらも考えるが、どうにも手が思い浮かばない。

 

「これはもう、助けて―って呼ばなきゃダメだったかな」

 

 諦め気味に呟き、最早これまでと自ら座ろうとした、その時。

 

「呼んだか」

 

 長屋を包んだ闇が、それに応えた。

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