※この作品はR-18です。

戦友の艦隊   作:龍胆龍義

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Fleets.1 御舩前進鎮守府

Fleets.1 御舩前進鎮守府

 

 青年は、鈍痛で目を覚ました。

 左上半身の不快な感覚に身をよじれば、見慣れない天井。

 

(……ここはどこだ?)

 

 板張りで古めかしいのは、天井だけではなかった。

 室内すべてが、時代を感じさせるようなつくり。

 ベッドですら、新品のようだが古臭い。

 デザインが、というより、デザインという要素をはなっから考えていない、機能性だけのこしらえだった。

 

(俺はなんで、こんなところに?……)

 

 起き上がろうとしたが、体が動かない。

 気だるさが全身を支配してるような、疲れがまったく取れてないような。

 左胸と左腕に、痛みがまた鈍く。

 

(なんで俺、怪我してるんだ?)

 

 左胸が、うずく。

 

(いや、待てよ?……俺は誰なんだ……!?)

 

 不安だけがつのり、心細さが増していく。

 

 

 

 にじむまぶたを開けると、自分の上になにかいる。

 潤んでいた瞳ではよく見えない。

 自分の胸の上、十数センチあたりに、小さい女性の姿。

 巫女のような姿の黒髪の女とわかったのは、何度かまばたきした後。

 

(何だ?)

 

 人間でないことはわかる。

 大きさが小さすぎるし、宙に浮いてる。ほとんど人形にしか見えない。

 

(……どことなく、見覚えがあるような……?)

 

 青年を黙って見つめていた小さい女性は、少し微笑んだようだった。

 微笑み、片手をかざす。

 聞き慣れない音が、彼女の唇から発せられたものと気付いたとき、青年は意識を失った。

 

 

 

 次の目覚めは自然だった。

 気だるさもなく、当たり前のように身を起こす。

 左胸と左腕の痛みも、和らいでいる。

 痛みの原因を確かめようとして、はじめて気付く。

 着ているのは浴衣のようだった。

 

(なんで、寝間着まで和装?)

 

 襟もとをゆるめ、そでから引っ込めた左腕を、ひんやりした室内の空気にさらす。

 

(ちょっと寒いな。……そういえば、今日は何日だっけ?)

 

 左腕と左腕を目視する。

 肌には包帯のあと。

 包帯は最近とれたばかりらしく、その中心には赤黒いかさぶた。

 右手でさわってみると、まだちょっと痛い。

 傷じたいはほぼ完治してるようだ。

 だが、どうみても「堅くて鋭利な物」によるとしか思えない傷跡。

 

(こんな怪我、なんでしたんだろう?)

 

 

 

 扉が開いたのは、そんなとき。

 女の子が、入ってきたのだ。

 肩までの髪を後ろでまとめた、セーラー服の女の子。

 年の頃は13歳くらいか。

 ほっぺたのかわいい女の子だ。

 金属製の洗面器を持つ腕には、手ぬぐいやタオルを何枚か。

 扉を閉め終えてから、こちらに気付く。

 

「え!?、目覚められたのですかっ? って、まだ起き上がったらダメですっ!!」

 

 駆け寄ろうとする少女。

 当然、洗面器の水が跳ねる。

 

「きゃあっ!?」

 

 落としそうになった洗面器はなんとかキャッチしたが、その中身を半分ほど浴びてしまう。

 

「ま、まだ横になっててください!」

 

 サイドボードに洗面器とタオルを置き、濡れたセーラー服もかまわずに、強引に青年を寝かしつける。

 

「あなたは、重傷だったんですっ、きちんと静養しないと!」

「あ、ああ。わかった」

 

 勢いに気圧され、ふたたび横臥する青年。

 

「そうでした、上官に報告もしないと」

 

 部屋を出る直前、振り向いて。

 

「いいですか、きちんと寝ていてくださいね?」

 

 念を押して、出て行く少女。足音が遠ざかっていく。

 

 

 

 なかば呆然と、青年はベッドに身を沈める。

 落ち着いてくると、たった今のことを思い出す。

 

(ちょっとそそっかしいようけど、かわいい子だったな)

 

 ふと、濡れたセーラー服が透けていたように思えて、いささか気まずさを覚えるのだった。

 

 

 

「目覚めたようだな」

 

 やってきたのは、何人かの女性たち。

 そのなかで最も長身なのが、最上位らしい。

 凛々しくも美しい顔立ちに、芯の強そうな黒髪は腰のあたりまで。

 つり上がった目尻が鋭さを強調するが、衣装はちょっとわからない。

 上半身は、鎧ともビスチェともつかぬ露出の多いかっこう。

 下半身もかなりのミニスカートで、風がつよければすぐに見えてしまうだろう。

 両腕には手甲、両脚にはすね当てのような、やはり武具っぽいもの。

 それゆえに肩や腋、腰のくびれや引き締まった腹、ほどよい肉付きの太腿が露出してるのが気になる。

 

「私は、戦艦長門」

 

 青年には意味がよくわからなかった。

 だが構わず、彼女は続ける。

 

「この御舩前進鎮守府に属する戦友艦隊の司令官代理だ。こちらは駆逐艦吹雪。貴殿の看護に助手として参加させている」

 

 ぺこりと頭を下げるのは、さっきの女の子。

 

「駆逐艦吹雪です、伊東実良さんのお世話をさせていただいてます」

 

 聞き覚えの無い名前。

 だがそれが、この場で唯一の男性の名前らしいことは、すぐにわかった。

 

「ちょっと待ってくれ。いとうさねよしって、誰だ?」

 

 

 

 何度かまばたきする長門。

 

「どうした? 軽い記憶喪失か?」

「それにしては、自分の名前すら覚えてないのはどうなのかしら?」

 

 長門の横、吹雪とは反対側の少女が、つまらなそうにつぶやく。

 セーラー服型のワンピースと黒タイツが銀色ロングストレートとよく似合う、どこか無機質な感じの少女。

 

「でも叢雲さん、頭部の負傷は聞いていませんが?」

 

 吹雪のとなりで、流れるような水色髪の少女が首を傾げる。

 ノースリーブのセーラー服にニーハイソックス、白いミニスカートに青い珠が、清楚さを際立たせている。

 

「それなら五月雨、これは戦闘ショック症状?」

 

 叢雲が問い返せば、

 

「あれは一方的に攻撃されただけで、戦闘とはいえないんじゃ」

 

 ピンク髪のツーサイドアップ、赤い缶バッジをつけたセーラー服の少女が横から。

 

「でもでも漣さん、伊東さんは怪我がなおっていないんです、安静にしておくべきと思うのです!」

 

 これもセーラー服の、後ろ髪をまとめた少女が力説する。

 

「それでも電、ちょっと腑に落ちないわね、これは」

 

 セーラーワンピースの叢雲が、温かくはない視線を向けてくる。

 

「お前たち、少し静かに。――本当に何も覚えてないのか? とりあえず、日本語話者なのは確かのようだが?」

 

 長門と名乗った長身女性が、あらためて問うてくる。

 言われてみれば、日本語での意思疎通がなんの支障も無くできている。

 が、それだけだ。

 力なくうなずけば、

 

「……わかった、現状で言えることだけ、説明しよう。と、その前に――」

 

 長門が指示を出す。

 

「吹雪は御舩少将に、叢雲は御舩神宮に報告せよ。漣は主治医に連絡。電と五月雨は、彼のために軽食の用意を」

 

 了解、と敬礼して小柄な少女たちは部屋をあとにする。

 

「さて、と――」

 

 ベッドのそばにイスを持ってきて、腰掛ける。

 

「なかなかいい子たちだろう? こんな状況とはいえ、無為に死なせるには惜しい。貴殿もそう思わないか?」

「あ、ああ」

 

 死なせる、という極度に不穏な言葉に、思わずうなずいてしまう。

 

 ぐきゅるる~~、くゅくゅきゅ~~~~。

 

 青年の腹だった。

 

「ははっ! どんなに不安があっても、腹は減る。気にするな。貴殿はもう1ヶ月以上目覚めなかったのだからな。栄養剤の点滴は欠かさなかったが、意識を取り戻せば空腹も覚えるだろうさ」

 

 食事の用意を命じて正解だったな、と笑う長門。

 

 

 

「では、説明するぞ。

 今日は、神和16年、洋暦では1941年の10月15日木曜日。時刻は1520時。

 ここは、大日本皇国の太洋道(たいようどう)御舩市、海軍御舩前進鎮守府の医務庁舎だ。

 先月11日、近海で民間船が深海棲艦に襲撃され、われわれ艦娘はその救援に向かったが撃沈されたあと。

 そこで貴殿は、負傷して漂流しているところを、あの子たちに救助された。

 貴殿の伊東実良という名前は、ポケットの財布にあった身分証明書でわかったし、貴殿の名前のついた荷物も回収されている。

 ところが。

 船の乗員乗客の名簿に、貴殿の名前は無かったのだ。

 さらには、これは覚えてないだろうが、貴殿にはある特徴があったのだ。

 そこで、密航者や敵のスパイの可能性も考慮して、貴殿の身柄はこの前進鎮守府であずかることになった。

 それからおよそ1ヶ月の今日、貴殿は意識を取り戻した、という状況だ」

 

 彼女の言葉を聞いているうちに、青年の頭でいくつかひらめいていた。

 

「――その神和や洋暦というのは、昭和や西暦と思っていいのか?」

 

 青年の言に目を見開く長門。

 だがすぐに、何かを理解したような、やさしい眼差しになる。

 

「――昭和、――西暦……。いや、ずいぶん懐かしい言葉だ……」

 

 青年に向き直る。

 

「やはり貴殿も、そうなのか。

 その単語を知っているということは、やはり貴殿も、転生者なのだな……。他になにか、思い出せることは?」

 

 青年もしばし頭をひねり、

 

「……平成……」

「ん?」

「昭和の次の元号が、平成だった。俺自身は、平成22年、西暦で2010年くらいまでの記憶があるような、そんな気がする」

 

 今度は青年が問うた。

 

「あなたは、自分を戦艦長門と名乗ったよね?」

「ああ」

「けど、長門は戦後すぐ、ビキニ環礁で――」

 

 彼女が手で制した。

 

「その先は、言わなくていい。自分自身が、よく理解してる……」

 

 どことなく、青ざめた様子の彼女。

 

「じゃ、あなたはやっぱり……?」

「われわれのような存在を、艦娘(かんむす)という!」

 

 大きめの声だった。

 

「現世、すなわちげんせとかうつしよとか言われるあの世界に在ったものの一部が、情世、すなわちじょうぜとかなさけよとか言われるこの世界に転生する、と言われている。」

 

 それは、長門が自分自身に言い聞かせているようにも、青年には聞こえた。

 

「この世界では10年以上前から、異棲物(いせいぶつ)という存在があらわれ、全人類に敵対している。最初はアフリカや南米の、いわゆる未開の奥地、つまりは人口希薄地帯から侵攻された。それが海洋に接するようになってから、深海棲艦となって、海上にも出現するようになった。列強諸国は洋暦1938年、列強同盟を結成、全力で異棲物に対抗するようになった。」

 

 そこで、長門は息をつぐ。

 

「だが、戦況は思わしくなかった。特に海上の戦いでは、人類側が圧倒的に不利だった。

 異棲物は、どんなに大きくてもせいぜいが重戦車クラス。それが、数万トンの軍用艦艇と同等以上の戦闘力を発揮するのだ。人類側が軍艦で対抗しても、まず攻撃が当たらない。的が小さすぎるのだ。当たっても、能力的に軍艦と同等だから、なかなか沈められない」

 

 立ち上がる長門。

 

「しかし1940年2月、つまり去年だな。艦娘という存在が、ここ中鳥島群島にあらわれ、異棲物と戦いはじめた。人類は、艦娘たちと手を組むことにし、いま現在にいたるというわけだ。そしてわれわれは、かつての戦友の誼(よしみ)で、この御舩鎮守府において、大日本皇国に助力してる、という状況だ」

 

 青年はしばし、座り直す彼女の言葉を咀嚼した。

 

「まあ、なんとなくのことはわかった。けど、わからないことがいくつか」

「なんだ?」

「どうして俺は転生したんだ?」

「それはわれわれでもわからない。

 ただ、人間の転生者はそれなりにいるようだし、われらのような艦娘でも、いまだに邂逅できてない艦も多い。

 まあ、たいしたことはほとんどわかってない」

 

 肩をすくめる長門。

 

「じゃ、中鳥島。こんな名前の島、聞いたことない」

「むろんだ。現世には存在しない島だからな」

 

 位置は北緯33度東経158度付近。

 東京から東南東へ2000㎞、南鳥島から北北東へ1200㎞、ミッドウェーから西北西へ2700㎞。

 択捉島よりやや大きい御舩大島と、それを取り巻く御舩中島、帆柱島(ほばしらじま)舳先島(へさきじま)、取舵島、面舵島、艫島(ともじま)逆櫓島(さかろじま)、御舩鳥島など中規模の島々と、東京にもっとも近い中ノ鳥島や日本領最東端となる東鳥島など数十の小さな島々からなる群島。

 帆柱島は火山島で、その活火山は煙突山と呼ばれている。

 もっとも、現世といえど、一時は存在が公認され、GHQ訓令など公文書にも記載されていたのが中ノ鳥島だった。

 気候はやや熱帯よりの温帯。

 石炭と硫黄が豊富に産出し、硝石もわずかに採れる。

 捕鯨もさかんで、周辺には海綿動物が多く、それから採れる天然スポンジもそこそこ有力な物産であり、なかでも高級品は紅海産とならんで世界的にも有名だ。

 その位置から戦略上の重要拠点であり、海軍空軍の基地が多い。特に海軍は工廠や造船ドックすら複数設置されるほどだった。

 そのため人口は80万人ほどと、自然に養える数倍の規模となっており、ほぼ自給できる食糧は海産物だけ、となっている。

 

 長門がそこまで説明したところで、漣が戻ってくる。

 

「軍医どのをお連れしました。それと、長門さん、ちょっと……」

「ああ」

 

 立ち上がる長門。

 入れ替わりに女性の軍医が腰掛ける。

 

「――今朝みたとおり、傷はほぼ完治してるわね。気分は?」

 

 聴診器をあてながら問うてくる女性軍医に応じながら、青年は艦娘たちを見やった。

 

 

 

(……またあんなことには……)

(少将どのも……るだろう)

 

 

 

 部屋の入り口近くで、何やら話し込んでいる。

 

「うん、後遺症もないようだし、体力さえ回復すれば万全ね、健康体よ。あと数日、ゆっくりなさい」

 

 女医の言葉が終わると同時に、電と五月雨がもどってきた。

 電は中くらいのおにぎりを3個、五月雨はサンドイッチを2つ、トレイにのせている。

 

「お食事、持ってきたのです!」

「五月雨も、ちょっと頑張っちゃいました!、あたらしい司令官候補さんのために」

「こら、五月雨」

 

 長門がたしなめる。

 

「あ、ご、ごめんなさい」

 

 しょげる五月雨を、漣がはげます。

 

「大丈夫よ、いずれそうなるわけなんだし」

「漣」

 

 こめかみをおさえる長門。

 

「ふふっ、何やら大事な話みたいだから、わたしは席をはずすわね」

 

 微笑みながら、女性軍医は室外へ。

 

「ささっ、まずは喰え」

 

 漣が飯台をすえ、その上に電と五月雨が食事をおいた。

 それを横目に、青年は長門に視線をむける。

 

「また、疑問が出てきたんだけど――」

「まあ、まずは喰え。考えながらでは、久々の味わいも楽しめないのでは?」

「けど……!」

 

 青年の鼻孔を、香ばしい海苔の香りがくすぐる。

 目を落とせば、三角形のおにぎりが3つ。

 海苔なし、海苔つき、海苔包み。

 サンドイッチは、一方がレタスとキュウリ、他方がチーズとベーコンだった。

 青年の、喉が鳴る。

 

 

 

「……おいおい、もう少しゆっくり食べた方がいいぞ?」

 

 長門が言い終わらないうちに、青年はむせる。

 

「手の掛かる人ねえ」

 

 漣の差し出すコップの水をあおる。

 

「よく噛むのだ。腹にとってはしばらくぶりだから、あわてると胃が受け付けぬぞ」

 

 おにぎりの中身は、梅干し、おかか、焼き鮭だった。

 途中でサンドイッチもまじえながら、ほどなく平らげられる。

 その頃になると、報告にいってた艦娘も戻ってきていた。

 

「少将どのは、明日こちらに戻り次第、面会したい、とのことです」

 

 吹雪が長門に報告すれば叢雲も、

 

「御舩神宮はすでに儀式の準備を始めており、報告は了承されました。まるでこのことがわかっていたみたい」

 

 そうか、とうなずいて長門は向き直る。

 

「で、どこまで話したかな」

「中ノ鳥島まで」

「そうだったな。で、疑問とは?」

「俺が司令官候補って、どういうことだ?」

「やはり、聞き逃してはくれなかったか……」

 

 悩んだ顔で青年を見据え、しばらくしてまわりの艦娘たちを見やり。

 長門は決断した。

 

「仕方ない、どうせ明日には聞く話だしな」

 

――貴殿、伊東実良どのには、われわれ艦娘を率いる艦隊指揮官になってもらいたい――

 

 吹雪たちが見守るなか、時計の秒針が1周する。

 

「いきなりどうして? 俺は軍人の経験なんてないんだが?」

 

 軍人らしい会話になれていないことくらい、すぐに理解できた。

 転生、負傷、記憶喪失、異棲物、艦娘と、得体の知れぬものばかりでさらにこのうえ戦え、というのは、誰にとっても酷なことではないのか。

 実良の態度からそう察したのだろう、長門は口を開く。

 

「もちろん、理由はある。――ちょっとお前たちも、出してみろ」

 

 長門が左の手のひらを上に向け、なにかを念じる。

 すると、そこに小さな人型があらわれた。

 吹雪たち5人もそれぞれ、腕や肩、あるいは頭の上に、人型を顕現させる。

 それを最近見たような気がする青年。

 

【わたしたちは、妖精といいます。伊東実良さんとお話できることを、とてもうれしく思います】

 

 6体の人型はそう言って、青年に一礼した。

 青年も、思わずおじぎ。

「……われわれは、彼女らを“妖精さん”と呼んでいる。われわれ艦娘が艦として活動するのに必須の存在だ。だが彼女らは、艦娘および人間の女性のごく一部としか意思疎通できないはずなのだ」

 

 だがたった今、青年と妖精さんはあいさつを交わした。

 長門が続ける。

 

「転生者の男性はこれまで貴殿以外にもいた。しかしだからといって、妖精さんと意思疎通できた試しはない。妖精さんも妖精さんで、深海棲艦や異棲物と戦っている以上、交流能力のある者が指揮官クラスにいるのが最適なわけだ」

 

 言い終えた長門がうなずくと、妖精さんと呼ばれる人型は姿を消す。

 

「けど」

 

 青年は疑問を呈す。

 

「けど、艦隊指揮官って、最低でも将官がなるものだろ? 何の訓練も教育も受けてない者がいきなり将官だなんて、無理がありすぎる」

 

 その程度の知識は、青年でも持ち合わせていた。

 

「わかっている。だから貴殿の地位は、あくまでも暫定的なものに過ぎない。

 実際、御舩少将、もし貴殿が指揮官になった場合の直属上官も、特任少将という暫定的なものだ。

 とりあえず貴殿には、特任代将という階級が用意されているはずだ」

「代将?」

「ああ、現世では無かったな。」

 

 元帥、上将、大将、中将、少将、准将、代将、上佐、大佐、中佐、少佐、大尉……というのが情世・大日本皇国軍の階級制度らしい。

 

「まあ、特任代将とはいっても、正規の少佐ていどの待遇は間違いないな」

 

 それでも艦隊指揮官なので、母港となる基地には専用の執務室はもちろん、一軒家なみの私室もあたえられる。

 

「じゃ、指揮系統は?」

「まず、われわれ艦娘の部隊名称は“戦友艦隊”という」

 

 戦友艦隊は御舩前進鎮守府に属する。

 鎮守府は通常、海軍地上総軍に属するが、戦友艦隊のみは海軍総司令官の直属。つまり、連合艦隊にも地上総軍にも属さない、ということだそうだ。

 書類上は、海軍総司令官がその指揮権を御舩前進鎮守府に委任しているかたち。

 御舩前進鎮守府も、もとは横須賀鎮守府の支部から発展したゆえ、「前進鎮守府」という名称で、正規の鎮守府よりやや格下だった。

 

「あたらしい司令官には艦隊指揮に専念してもらおうと、こんなふうになった。特任士官には、正規の士官たちの風当たりが強かったからな」

「なるほど。で、その戦友艦隊の兵力は?」

「戦艦5、空母3、軽空母3、水上機母艦1、重巡6、軽巡9、駆逐艦22、補給艦1、工作艦1……、おっと、おとといに望月が着任したから、駆逐艦は23だな。吹雪、すまん」

 

 途中で吹雪が差し出したメモを礼とともにかえす長門。

 

「空母などの艦載機をふくめ、航空機はさきほどの妖精さんが搭乗するわけだが、艦戦80、艦爆120、艦攻100、艦偵20に、陸上機が戦闘機20、爆撃機30、偵察機10、水上機が偵察機20機、汎用機10機といったところだな」

 

 鎮守府敷地内と周辺に、妖精さんが使う防空砲塔が多数と、対艦砲塔4つ。

 実体戦力、つまり人間用の防空砲塔も3つある。

 

「実艦なら2個艦隊は組める戦力だな。潜水艦がいないのがやや心許ないが」

「それだけの戦力があるなら、俺の指揮なんかいらないんじゃ?」

「それはどうだろうな。

 たしかに、この中ノ鳥島海域から日本列島にかけては、まだ比較的平穏かもしれない。だが他のところはそうじゃない。

 大西洋、特に米欧をつなぐ北部大西洋は激戦域だし、インド洋も被害が増えている。太平洋だって南半球は危険水域だし、今朝方の連絡では、深海棲艦と異棲物がイースター島に上陸したもようだ。

 アフリカと南米の奥地は異棲物に占領されているし、カナダやイラン、中国でも異棲物が跋扈し始めたようだ。ロシア地域も、共産主義政権の隠蔽で詳細は不明だが、同じような感じだろう。

 あまり言いたくないが、人類全体では劣勢だな」

「……わかった。じゃ、最後にひとつだけ……。

 もし断ったら、俺はどうなるんだ?」

「……それは、わたしもよくわからないが。

 交流能力がある以上、御舩閥が手放さないだろうな。ずっとこの島で、軍属なり港湾労働者なりで働くことになるんじゃないか?」

 

 御舩閥というのは、御舩神宮神職の家系を中心とし、中ノ鳥島を基盤とする、藩閥のようなものらしい。

 舩形(ふながた)財閥として財界に、戦闘的民主主義者党として政界官界に、鳥島大学として学界に、海軍創設の功労者として軍部に影響力を持つそうだ。

 特任士官というシステムも御舩閥の政治力のたまものであり、御舩少将という特任士官は閥の中枢に近い人物だそうな。

 

「いちおう、断っておくが。

 これはあくまでもお願いであって、命令でも強制でもない。

 少なくとも、御舩少将はそうあるべき、と思ってらっしゃる。少将が本土出張から戻られる明日、貴殿への正式な要請があるだろう。それまで、じっくりと考えるとよい」

 

 そう言って、長門は席を立った。

 

「あらためて紹介しよう。吹雪、叢雲、漣、電、五月雨だ。この5人が、もう少し貴殿の世話をすることになる」

 

 5人の駆逐艦娘が、それぞれに一礼する。

 

「まあ、少将も考える時間くらいあたえるだろうから、そのときまで貴殿はわが鎮守府の客人だ。要望があるなら、遠慮なく言うといい」

 

 ただ、と長門は付け加える。

 

「わたし個人としては、貴殿に指揮官になってほしいと、そう思っている。では」

 

 艦娘たちが出て行ったドアを、青年はいつまでも見つめていた。

 

 

 

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