※この作品はR-18です。

戦友の艦隊   作:龍胆龍義

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Fleets.2 戦友艦隊司令官代行

Fleets.2 戦友艦隊司令官代行

 

「――とまあ、これくらいかしらね。何か質問は?」

 

 翌日、10月16日金曜日の昼すぎ。

 病床の青年にそう問いかけてくるのは、長い髪をきれいにまとめたメガネの美女、御舩洋子(みふねようこ)

 御舩前進鎮守府司令官代理と戦友艦隊司令官代行を兼任する海軍特任少将だ。

 年齢は20代なかばくらいだろうか、役職や階級にしてはまだ若い。

 若いが、その資質の高さは青年にも理解できた。

 説明にはよどみがないし、こちらの質問にも答えてくれた。

 長くなった説明の合間には、傷の具合や喉の渇きなど気分をたずね、記憶喪失のけが人、さらには転生者というこちらの立場にもきちんと配慮してくれる。

 ややタレ目がちで優しい口調は、まさしく「お姉さん」という感じだった。

 

(こういう女性なら艦娘たちの信頼を得るのもできるだろうな)

 

 昨日の長門たちの口ぶりからも、この御舩少将は信じていいように、青年にも思えた。

 だから、昨日からこれまでに回復した記憶、彼女の説明から連想するように思い出したこともあわせて、判断材料はそろってきてるようだ。

 

     *         *         *

 

 とりあえず青年が決定的と思えたのは、要請を断った場合のことだった。

 昨日の長門の説明には、欠けている部分があったのだ。

 それは、徴兵される可能性だった。

 

「深海棲艦との戦いで徴兵される意味がわからない」

「いいえ、相手は深海棲艦じゃないわ」

「じゃあ、何?」

 

 この時、御舩洋子の声は硬かった。

 

「共産主義勢力よ」

 

 

 

 異棲物が最初にあらわれたアフリカ奥地はヨーロッパ列強の植民地だったこと、次にその目標となったのが南米、すなわちアメリカ資本の影響力が強い場所だったことから、ソ連など共産主義勢力は異棲物を歓迎したというのだ。

 これには欧米諸国はもちろん、現地住民も強く反発する。

 これが世界的な外交問題となり、異棲物対策の列強同盟構想からしばらくのあいだ除外することとなった。

 日本としても君皇(くんのう)をいただく君主国である以上、共産主義に好意的ではいられない。

 革命での皇族虐殺から唯一逃れたリュドミラ皇女を旗頭とする「正統ロシア帝国」がバイカル湖以東に成立し、日本はそれを軍事的に支援している状況だった。

 

「だから、徴兵されてシベリア戦線に投入される可能性も、ふつうにあるわけよ」

「ちょっと待って。満州国は?」

「そのあたりも、現世と情世のちがいね。

 4年前のロス協商で解決済みよ」

 

 

 

 ロサンゼルス協商。

 1937年1月成立、翌月発効。

 異棲物や深海棲艦問題が世界的に深刻化しつつも、共産勢力対策が進展しないなかで、東アジアの安定を目的としたこの一連の条約は、38年の列強同盟につながる基礎ともなった、世界政治の転換点だった。

 参加国は日米英仏独蘭葡の七ヶ国と正統ロシア、自由モンゴル政府、および中国国民党政府。

 おもな内容は以下のとおり。

 

 上海租界の維持。

 満州国の承認。

 日本は、満州、海南島、上海をのぞく中国全土から撤兵する。

 日本は、対支21箇条を撤回し、その返還または保障をおこなう。

 日本は、異棲物対策が完了し、かつ周辺の共産勢力対策が完了(中国モンゴル満州の共産勢力撲滅、およびソビエト勢力のウラル山脈以西への駆逐)した1年後に、朝鮮の独立を認める(ただし済州島地域および鏡城地域はこの「朝鮮」から除外する)。

 日本は、英領香港、ポルトガル領マカオおよび仏領ダナン(インドシナ中部の要港)への米陸空軍の駐留を認める(米海軍は連絡室のみとする)。

 中国国民党政府は、中国共産党と全面的に絶交する。その代わり、イギリスの支援を受けることができる。また、日本が認めたうえでアメリカの支援を受けることができる。

 中国国民党政府は、日本および満州国への敵対行為を全面的に停止する。

 中国国民党政府は、蒋介岩(しょうかいがん)総統を日本の帝都に派遣し、日本国君皇陛下に9ヶ国条約発効以降の敵対行為を謝罪する。その後、日本は1932年上海事変以降について、それらの賠償請求の権利を放棄する。

 中国国民党政府は、自由モンゴル政府をモンゴルの唯一正統な政権と認める。

 ドイツは、中国国民党政府への軍事支援を原則的に停止する。ただし、日本および英仏正統ロシアが認める範囲内での支援はできるものとする。その代わり、日本はベルサイユ条約以降にドイツから継承した権益の一部を返還または保障する。

 アメリカは、異棲物対策が完了した3年後に、ハワイの独立を認める。

 正統ロシアは、防共協定以外の日本との軍事同盟を解消する。その代わり、国際連盟への復帰を認める。

 正統ロシアは、自由モンゴル政府および中国国民党政府の承認のもとでモンゴル国内に自国軍を駐留させることができる……などなど。

 

「しかしまあ、大陸撤兵なんて、よく軍部がのんだねぇ」

 

 青年が感心していると、

 

「そうそう、現世とは政治も軍制も違ってるのよ、神和の小維新でね」

 

 御舩少将がつけたす。

 

 

 

 神和6年(1931年)五二六事件、神和8年(1933年)二一五事件。

 これら軍国主義勢力の反乱鎮圧に、御舩閥が活躍。

 その後の政界の主導権を握り、神和9年(1934年)に大改革を断行した。

 君皇がその主権を国民に委任した、というかたちの憲法改正し、主権問題を解決。

 議会制度では、貴族院を任命制の賢人会議とし、あらたに参議院を創設して上院とし、衆議院を下院とした。

 同時に、軍部を完全に政府のコントロール下におく軍制改革も行われた。

 その一方で、政治の現場から軍事が排除されないよう、貴族院の承認のもとで首相が任命する軍人議員も、上下両院に6名ずつ議席をあたえられた。

 もっとも、これら軍人議員は、議長など議会の役職につく資格もなく、軍事予算や一部の外交(開戦・停戦・終戦・和平交渉・同盟の締結や解消)に関する議決権もなかった。

 

 これらの改革が、明保維新につぐ神和小維新とよばれるものだった。

 

「これで、ある程度は民主的な政治になったわけよ」

「なるほど、でも、根本的な部分で衆愚政治になってしまうんじゃないか?」

「だから、そのための貴族院であり、ひいては根源的な君皇主権なのよ」

 

 つまり、貴族院や君皇の見方によっては、主権の国民への委任を一時的に取り消すこともできるわけだ。

 そうすることで、現世ドイツでヒトラーが政権を獲得したような「民意の錯誤」を未然に防げるようなっているのだ。

 

「そういえば、この情世のドイツは?」

「ヒトラーはソビエトの刺客に暗殺され、その後プロイセン貴族出身のグリュックナー侯爵が選ばれて以降、ユダヤ人排斥など本質的に悪逆な部分は正常化しつつあるわ。ただそれでも、領土拡張主義をおさえるのは難しいみたいだけどね。

 もっとも、それ以前に異棲物がヨーロッパ大陸各地にも出現するようになったから、領土拡大どころではないのでしょうけど」

 

 ポーランドなど東欧諸国も、外にソ連、内に異棲物という脅威をかかえている以上、このうえドイツとまで対立するわけにもいかず、それがかえって東欧でのドイツの威信をたかめているという。

 

「欧州情勢は複雑怪奇、ってわけか」

「まあ、そこまででもないのだけど」

「アメリカとの戦争が遠のいているなら、日本にとってさほど不利でもない。

 中国から撤兵したうえで上海租界はそのまま、かつアメリカを参入させるとか、なかなか妙手じゃないか」

「そう?」

「中国大陸から欧米を排除して利権を独占できたとしても、その後の敵意はすべて日本に向いてしまう。この意味ではかえって日本に不利になる。しかし上海などに欧米勢力が残っているなら、中国側はその矛先の的をしぼれない。

 つまり日本は、矛先をかわせるうえに盾まで手に入る。

 究極的な戦略目的が日本本土防衛なら、この方がコストが低くてすむ。

 これを考えた人物は、相当な戦略家のようだな」

 

 

 

 青年の言葉を聞き終えて、御舩洋子特任少将は目を見張った。

 

「……さっきも言ったけど、ますます貴方を指揮官にしたくなったわ」

 

 そこで青年は、おそらくもっとも重要な質問をぶつけた。

 

「そもそもの疑問なんだが。

 俺を艦隊指揮官にしたいって、ひょっとしていまは空席なのか? 

 あなたは戦友艦隊司令官代行と名乗ったし、長門も司令官代理と言ってた。もしそうなら、前任者はどうしたんだ?」

「病気で退任、軍からも退役したわ」

 

 そう言った女性士官を見据える青年。

 

 

 

「――ということになってるけど、貴方からは信頼を得たいから、正直に言うわ。

 確たる事実は、行方不明。

 でも十中八九、自殺ね」

 

「なぜそんなことに?」

 

「ありていにいえば、艦娘のあつかいの問題よ。

 順を追って説明するわ」

 

 艦娘がこの中ノ鳥島にあらわれ、深海棲艦と戦いはじめたのが去年の2月。

 艦娘の数も増えてきて、組織化に着手されたのが3月下旬。

 「戦友艦隊」の名称で艦娘艦隊が設立されたのが4月1日。

 だがこの初代司令官は軍国主義的な男で、艦娘を道具としか見ていなかった。

 当然、その作戦にもそういった傾向があり、沈没艦娘こそ出さなかったものの、損害のわりに戦果はかんばしくなかった。

 そんな状況に業を煮やした司令官は5月末、周囲が止めるのも聞かず、強引に陣頭指揮に出撃、あえなく戦死した。

 これを反省し、2代目には女性を抜擢。

 この女性は妖精さんと交流できることもあり、艦娘をひとりの人間、ひとりの女性として接することで、彼女らの心理も安定した。

 心理的な懸念が無くなったので、稼働率もあがり、戦果もでてきた。

 しかしそれが、かえって世界の注目を集めるようになり、政治的外交的な問題もでてくるようになってしまった。

 その対処のため、2代目の女性特任司令官は中央の総本営に転属。

 代わりに、現世からの転生者だった男性が3代目特任司令官に就任した。

 これが今年の7月。

 しかしこの男性司令官は、艦娘への接し方に問題は無かったが、戦争を極端に嫌う性格のため、職務にかなり消極的。

 それが上層部にも知れてしまい、さまざまな圧力にさらされることになってしまった。

 戦友艦隊司令官として戦うのも、シベリア戦線に徴兵されるのも受け入れられず、思い悩んだすえに……ということらしい。

 

「だから、貴方にお願いしているのよ。

 妖精さんと意思疎通できるから艦娘たちとの相性もいいでしょうし、人事とか予算とか政治的なことはわたしたち御舩閥ができるかぎりバックアップするわ。貴方が艦娘たちの指揮に専念できるようにね。

 ね、どうかしら?」

 

 最後のは、司令官就任の打診だと、すぐに理解する伊東実良。

 そしてこの時点で青年は、前世たる現世の記憶を、おぼろげながらも取り戻していた。

 

(うだつの上がらぬサラリーマンだったか、その日暮らしのフリーターだったか……。どっちにしろ、たいした希望も無いような生き様だったよな……)

 

 

 

「まあ、悩むのも無理ないわね」

 

 女性司令官は立ち上がる。

 

「あと数日、返答を待つわ。それまでゆっくり考えて――」

 

ウウウーーーーー、ウウウーーーーーーーー!!

 

 大きなサイレンが鳴った。

 

「空襲警報!?」

 

 そこに、吹雪があわてて入室。

 

「敵襲です、司令官! 西面第5監視所が敵機多数を確認、こちらに殺到しつつあり、とのことです」

 

 ダーンッ!!

 爆発音だ。

 窓ガラスがビリビリとゆれる。

 が、御舩洋子は冷静にメガネを直す。

 

「全艦娘はただちに艤装、順次出撃して水上にて防空戦闘。迎撃戦闘機部隊はすぐに発進し敵機を要撃せよ! 他の航空機は、可能なかぎり上空に退避せよ!」

 

 吹雪が持ってきた無線電話に、適確に命令を出していく。

 

「洋子、敵襲よ!!」

 

 門脇軍医少佐が飛び込んでくる。

 

「わかってるわよ涼子。それよりも、伊東さんのことを頼むわ。友人としてもお願いするわ」

「――あなたにはかなわないわね、洋子。うん、わかった。彼のことは頼まれたわ」

「ありがとう。――吹雪、司令室、いえ、防空指揮所にもどるわよ」

「はいっ!」

 

 御舩少将と吹雪が出て行くのと入れ替わりに、看護婦が車いすを押してくる。

 

「さ、はやく」

 

 女性軍医がうながすが、

 

「いや大丈夫、歩けるよ」

 

 ベッドから離れようとするが、ふらついてしまう青年。

 

「いいから座りなさい、こっちの方がはやいわよ。防空壕までちょっと距離があるんだから」

 

 ほとんど押さえつけられるみたいに乗せられる。

 

「さ、いくわよ」

 

 ドン、ドンと大砲の音。ガガガガガガと機銃の音が聞こえてくる。

 

「対空砲火が始まったみたいね。急ぐわよ」

 

 軍医の手で進みだす車いす。

 

(……そうか、戦争だもんな。こういうのも日常の一部なわけか……)

 

 まるで他人事のように、青年は状況を冷静に理解するのだった。

 

 

 

 

 

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