※この作品はR-18です。

戦友の艦隊   作:龍胆龍義

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Fleets.3 決意

Fleets.3 決意

 

 看護婦がドアを開けると、廊下の窓の向こうには青空がひろがっていた。

 それ以外、何も見えない。

 

 車いすが廊下に出てはじめて、窓の下に景色が見えた。

 庁舎や倉庫。グラウンド。岸壁。水面。突堤。灯台。そして彼方に水平線。

 

 青年の病室がある医務庁舎は、高台のうえにあるらしい。

 

(……きれいだな……)

 

 軍港とはいえ、意外に絵になるながめだった。

 

 が、見惚れているヒマは無い。

 軍医が小走りに押す車いすは、青年の感慨も置き去りにしていく。

 

 空を、日の丸の飛行機が横切る。

 それに続くのは、明らかな異形。

 お面というか、釣り鐘というか、槍の穂先というか、そんなかたちの、明らかに飛行機向きではない造形が、零戦らしき機影を追いかけている。

 異形の一部が断続的に光る。

 銃撃のようだ。

 

 と、そこで窓が途切れる。

 

「階段をおりるわよ。しっかりつかまっていて」

 

 うしろから軍医の声。

 

 背後から軍医が、看護婦が正面から、車いすを持ち上げようとするが、うまくいかない。

 

「誰か、手を貸して!」

 

 門脇軍医少佐が叫ぶ。

 

「いいよ、階段くらい、自分でおりる」

 

 青年は立ち上がる。

 

(どうせ速くは降りられないなら、誰も疲れない方がいい)

 

 ふらつきはしないが、手すりをにぎり、慎重に歩を進める。

 

 

 

(あの零戦、大丈夫だろうか?)

 

 青年の病室は3階だった。

 階段をおりきるまでに、砲撃音銃撃音は途絶えない。

 戦闘は激しくなっているようだった。

 

「走れる?」

 

 階段での足取りを見ていたのだろう、女性軍医が問うてくる。

 

「たぶん」

 

 曖昧に答えれば、

 

「こっちよ」

 

 先に立って走りはじめる。

 正面玄関らしい出入り口が近づいて。

 

「――危ないっ! 出ないでっ!」

 

 後ろにいた看護婦が叫んだ。

 

 直後、けたたましい銃撃音が、周囲の窓ガラスを粉砕する。

 

 

 

「……みんな、大丈夫?」

 

 壁に隠れるよう身をかがめていた軍医が、立ち上がる。

 

「大丈夫です!」

 

 すぐに看護婦の返事。

 

「伊東さん、大丈夫?」

「……いまのは……?」

「敵機の機銃掃射よ。危ないところだったわ」

 

 あと数瞬はやかったら、3人とも撃たれていたらしい。

 

 べき、がこん。

 

 穴だらけになった木製の扉が、崩れ落ちた。

 そこから、外を慎重にうかがう軍医。

 

「……これは、ちょぉっとシャレにならないわね」

 

 身を起こす青年の視界も、すこし広がる。

 

 対空砲火のうすい煙が上空にある以外、さっき見た景色は、あまり変わっていない。

 が、別の方向では、遠くで黒煙がいくつも立ち上っていた。

 そのうちひとつは、巨大な炎も見える。

 

 それよりも青年は、海上に興味をひかれた。

 

 港内港外の水面では、人型が行き交っている。

 スケートのように海面をすべるそれは、艦娘だった。

 手にした、あるいは身に付けた武装で、空へ向けて動きまわりながら射撃していた。

 

(艦娘は、あんなふうに戦うのか……)

 

「空戦空域がずれたようね。今のうち急ぎましょう」

 

 軍医の声にうながされる。

 確かに、上空には敵機も味方機も見えない。

 

「こっちよ」

 

 医務庁舎の正面は、左右にのびるコンクリート舗装と手すり。

 手すりの向こうは土手のようだ。

 

「――衛生兵! 衛生兵ーー!!」

 

 右方向から、少女の声。

 走りはじめると、すぐに異常に気付く。

 

 歩道の手すりには、対空機銃。

 周囲の花壇は最近に撤去されたようで、即席の対空銃座のようだ。

 

 そこから、真っ赤な血のりが路面を横切っていて、医務庁舎のとなりの建物に続いていた。

 

 行ってみると、少女がふたり。

 気絶してるらしい一方を、他方が泣きながら抱きしめている。

 

 ふたりとも、緑基調の戦闘服。

 抱きかかえられている少女の左足は、膝から下が真っ赤だった。

 ふくらはぎのところが大きく破れていて、そこを中心に、血だまりがどんどん広がっていく。

 

「応急処置キット、鎮痛剤も多めに!」

「はいっ!」

 

 軍医の指示は短く、看護婦の反応も素早かった。

 看護婦はもどり、軍医は白衣のポケットからハサミをとりだす。

 

「あなたはベルトをはずして! それで太ももの付け根を強くしばるのよ!」

 

 泣いていた少女兵士にも指示しながら、ハサミで負傷兵士のズボンを切っていく。

 

 左ふくらはぎの下半分がこそげ落ちている。

 血が、止まらない。

 

 

 

(たったいまの機銃掃射か。それにしてもなぜ、こんな少女まで……!)

 

 

 

 エンジン音。

 すぐ近くで響いたそれは、また遠ざかっていく。

 

 外に出て見上げれば、異形の敵機を、零戦が撃墜したところだった。

 が、その零戦も別の敵機に横合いから奇襲された。

 回避機動も一瞬で間に合わず、垂直尾翼と水平尾翼の片方を撃ち抜かれる。

 

 姿勢を維持できず、スピンしはじめる零戦。

 一瞬、そこから何か離れたように見えたが、直後にきりもみ状態に。

 

(……え? こっちへ!?)

 

 青年は、全身に怖気がたつのを実感した。

 

 

 

 路面に激突し、粉砕、爆発、炎上する零戦。

 が、それはかなり小さくて、人間が乗るものではないようだった。

 そうと気付いたとき、そのすぐそばに、何かがたたきつけられる。

 

 妖精さんだった。

 

 人間のかたちこそとどめているが、真っ赤に染まり、動かない。

 今ごろ開いたパラシュートが、それをおおう。

 

 

 

 青年のなかで、何かがはじけた。

 

 

 

 手すりの、対空機銃に飛びつく。

 グリップをにぎる。

 

(引き金、引き金はどこだ!)

 

 その時。

 

 頭のなかに声が、聞こえる。

 

【……戦うの……?】

 

(……ああ……!)

 

 自分でもおどろくくらい、冷厳な同意だった。

 

 

 

【――そう。なら……】

 

 その声は、使い方を教えてくれた。

 

 安全装置の位置。

 給弾は左側からベルトでおこない、空薬莢は右側へ排出。

 ふたつのグリップをにぎり、発射はそのうえにあるボタンを親指で押す。

 給弾手がいない場合、弾薬箱のフタに附属してる給弾板をとりつける。

 

 説明された通りにすると、給弾もスムーズになるようだ。

 箱のなかには十分な量の弾薬。

 

【上空や背後の警戒も忘れないで、――来るわよ!】

 

 声がしめしたのは、北西。

 さっき見たのとはかたちが違うが、あきらかに飛行機型でないので、一目で敵機とわかる。

 3機編隊だった。

 

 ガガガガガガガガガガ……!

 

 すぐに機銃を向けて、ぶっ放した。

 

【……ダメよ、今いる位置じゃなくて未来位置を予測して、狙って】

 

 たしかに、1発も当たった様子はない。

 

【あと、撃ちっぱなしはダメ。弾薬がすぐに無くなるわ。射撃は2秒以内で】

 

 満杯だった弾薬箱はもう4分の1を使っていた。

 

【あれは中型爆撃機タイプ。戦闘機タイプより大きくて、遅いわ。進入コースを妨害するだけでも、爆撃を阻止できることもあるわ】

 

 最初の編隊が爆弾を投下した。

 目標はここではなく、西隣の区画のようだ。

 

 言われたとおり、2番目の3機編隊には撃ち方を変えてみる。

 

 さっきはバラバラに飛んでいた曳光弾(えいこうだん)も、今度は狙ったちかくに集まるようになった。

 

 すると、3機編隊の先頭が機首を上げたようだ。その両脇もおどろいたように散開し、編隊が解かれる。

 爆弾投下はなかった。

 

 ほどなく、みっつ目の3機編隊がきた。

 さらに慎重に、狙いをつける。

 

 曳光弾がその先頭に、吸い込まれるよう命中。

 数秒後、爆散した。

 

「やった!?」

 

 が、編隊の残り2機は針路を変えない。

 

 ならば、とその片方を撃つ。

 が、爆弾が投下された。

 

「くそっ!!」

 

 なおも射撃を加える。

 命中してはいるらしく、煙を吹き始めたが、飛び方に変化はない。

 

 ふと手元を見れば、弾薬箱の中身がかなり減っていた。

 残り3分の1を切ったかもしれない。

 

(やべ、撃ちすぎた)

 

 頭上を横切るエンジン音。

 病室前の廊下で見た機体、妖精さんの零戦を撃墜したのと同種だった。

 

(見える範囲に味方機はいないはずだが……?)

 

 銃身カバーを開けて、風をあてて銃身を冷やしつつ、その動きを追う。

 

 低空飛行しながらその敵機は、地上に向けて射撃した。

 そのやや先で、何かが発火。

 煙を引きながら上昇して、そのまま海へ落ちていった。

 

(……! そういうことか!)

 

 たくさんの庁舎や倉庫がならぶ鎮守府施設群。

 そのいくつかの屋上は、妖精さん航空隊の飛行場になっていたのだ。

 

 そしてその敵機は、離陸直後の味方機を襲ったのだった。

 

(逃がすかっ!!)

 

 悠々と飛び去ろうとする敵機の鼻っ柱に、復仇(ふっきゅう)の一撃。

 

 左半分を破壊された敵機は高度を下げながら炎で黒煙を描き、やがて爆散した。

 

 さらなるエンジン音に振り返れば、その屋上飛行場からもう1機、離陸しようとしている。

 

(よし、離陸を援護してやろう)

 

 その機体は、無事に高度を上げていった。

 

 そして次の機体。

 

(あれは……、まさか、震電!?)

 

 特徴的なエンテ翼のシルエットは、遠くからでもよくわかる。

 そして同時に、その後方上空に、異形の機影があるのにも気付いた。

 

(弾、足りるか?)

 

 弾薬箱のとなりにいつのまにかもうひとつ、弾薬箱があった。

 その弾薬庫のまわりでは、複数の妖精さんが動きまわっていて。

 

【すこし待ってください。弾帯ベルトをつなぐので】

 

 弾帯ベルトがつながれば、弾薬箱まるまるひとつ分、連射できるはずだ。

 

「たのむ」

 

 言って、例の敵機に照準をあわせる。

 

【つながりました!】

 

 同時に、トリガーボタンを押し込んだ。

 

 曳光弾が何発もかすめているが、そいつはひるまない。

 滑走路の震電に狙いをつけたままだ。

 

(なんとしても、撃墜する! あの震電を、絶対に離陸させるんだ!!)

 

 トリガーボタンは押しっぱなし、連射の反動を必死にこらえつつ、絶え間ない発射音で

耳が遠くなっていって。

 

(うおおおおおおおおおーーーーーーっっ!!)

 

 不意に、反動も発射音も途切れる。

 

(!? なんだ?)

 

【弾切れです】

 

 しかし、敵機の動きに変化はない。

 震電と並ぶように高度を高めていく。

 

(失敗したか。……けど、震電も無事なのか?)

 

 そいつから、何かが落ちた。

 爆発、爆発、小爆発。

 炎も黒煙もださず、小さな爆発を繰り返しながら崩れていき。

 岬の岩塊に墜落、爆炎をあげた。

 

「やったか!」

 

 思わず、右手でガッツポーズ!

 

 

 

 周囲のコンクリートが、はじけとんだ。

 

(やべ、狙われてる!?)

 

 敵機の機銃掃射だ。

 あれだけ連射してたのだから、居場所がバレるのも無理はない。

 

「伊東くんっ!! はやく中にっ!」

 

 女性軍医が呼んでいる。

 

 走りだそうとして、足が滑る。

 

「!?」

 

 空薬莢だった。

 発射した分の空薬莢があたり一面に散らばっていた。

 

「ぐっ」

 

 受け身をとるヒマもなく転んでしまう。

 

 その直後、目の前を機銃弾がはねていく。

 建物の窓ガラスが、割れていく。

 

 もし転ばなかったら、当たっていただろう。

 

(やべえ、やべえ)

 

 すばやく起き上がり、建物に向かって走る。

 

 が。

 

 建物に入る直前、こわれた窓枠が、青年の頭を直撃した。

 

「っっ!!」

 

「伊東くんっっ!!!」

 

 薄れゆく意識のなかで感じたのは、自分をよぶ声と、頬をつたう血のあたたかさだった。

 

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