Fleets.4 仲間
「痛っ」
青年は、頭部の鈍痛で目を覚ました。
見覚えのある天井。
鉄製の、実用性一点張りのベッド。金属製の洗面器。手ぬぐい。
(……そうだ。俺は、転生したんだったな……)
長門や吹雪ら艦娘と出会い、御舩特任少将と面談した。
御舩少将から艦隊司令官就任を要請され、その間際、空襲警報が鳴り響いた。
門脇軍医少佐に連れられ、避難した。
途中、少女兵士の負傷と妖精さんの戦死を
対空機銃で戦いを始め、敵機を何機か撃墜した。
敵機の機銃掃射で狙われていると気づき、その場で空薬莢で転んでしまった。
(……そうだそうだ。門脇軍医のいる建物に入ろうとして……?、……っ!)
また、鈍い痛み。
その場所に手をあてれば、包帯の感触。
(……ああ、そうだ。頭になにか当たって、血を流して……)
そこで記憶は途切れていた。
(……そのあと、どうなったんだ?)
なんとか上半身を起こしてみる。
ベッドに突っ伏した人影に気付く。
「……すぅ……すぅ……」
ショートボブ、毛先だけやや外側にはねた髪型が、穏やかな寝息をたてている。
(……この人は、たしか門脇涼子軍医少佐、だよな……)
あらためてその顔をじっくり眺めてみる。
「……へっくし!」
美人だな、と思う間もなく、肌寒さにくしゃみ。
窓から差し込む日光は、少しずつ少しずつ、影を短くしていく。
(……朝ってことは、この人、ひょっとして寝ずの看病を……?)
サイドボードにタオルがあるのを見て、青年はそれを白衣の上からかけてやる。
「……ん、私、寝ちゃってた……?」
不意に起き上がる女性軍医。
目をこすりながらあくびして、周囲を見渡す。
「……!」
「おはようございます、軍医どの。目覚めさせてしまいましたか」
目を見張る軍医。
「大丈夫!?、私のこと、誰だかわかるのね?」
「何言ってるんですか、軍医少佐の門脇涼子さん、ですよね――ふぎゅっ」
抱きすくめられた。
「――よかった!、大事なくて、本当によかった――!」
(こ、これは……、このやわらかい感触は……おっぱい!?)
青年は、白衣のうえから乳房の谷間に包まれていた。
ガーゼや消毒薬の匂い、そしてそれ以外の匂いに、思わず胸が高鳴ってしまう。
「……本当に、無事でよかった……!、せっかく希望が見えたのにまた潰されるとか、もう嫌……!」
「しょ、少佐、ちょっと、く、苦しい……」
なかばすすり泣くような声には、苦情はとどいていないようだ。
ぱしぱしっ、と肩をたたいて、合図する。
「あら、ごめんなさい。私としたことが」
「ぷはっ」
ようやく解放され、新鮮な空気を吸い込む。
「本当に大丈夫? 頭の怪我は打撲と裂傷で10日もあれば治癒すると思うけど、脳の方は何とも言えないから……。ぼうっとしたり、もやっとしたりしない?」
抱擁でみだれた胸もとをなおそうともせず、青年の顔をのぞき込んでくる。
白い肌から目を逸らし、青年は返答した。
「え、ええ、特には。……それよりも、あのあと、どうなったんですか?」
青年にとっては、わからないことばかりだった。
「まず、あなたは対空機銃座から退避しようとして、建物の入り口で、落ちてきた窓枠を頭に受けたわ。打撲も裂傷も、その時の負傷よ。あなたは昏倒して、3日間目覚めなかったわ」
え、と驚く青年。
「じゃあ、今日は……?」
「10月19日月曜日よ」
「また、そんなに寝込んでしまったのか……」
いいのよ、と女性軍医は再度、抱きしめてきた。
「1ヶ月以上、待ったのよ。それに比べたら、3日くらい――」
「――おはよう、涼子。伊東さんの容態は――って、何してるの!?」
入室してきたのは、メガネの軍人美女。
御舩前進鎮守府司令官代理にして、戦友艦隊司令官代行。
御舩洋子特任少将だ。
「何って、感動の再会よ? 野暮な真似はしないでね?」
あわてる素振りなど微塵も無く、女医はなおも抱きすくめてくる。
「ふが、もが」
呼吸がつらい。
「とにかく、離れなさい! 伊東さんの意識が回復してるなら、余計に!」
「硬いこと言わないの。洋子の分もちゃんと考えてあるから」
「何よ、私の分って?」
「下半身、空いてるでしょ」
「なっ……!」
青年にも、御舩少将が言葉に詰まるのがわかった。
視界が心地よいやわらかさに塞がれているので、その表情までは
「な、何言ってるのよ。そ、そういうことは、きちんと順序を踏んでからすべきよ。そ、そもそも、正式にお付き合いしてるわけでもないのに、そんなこと……」
「あらあら。抱きつくだけなら足にだってできるわよ、という意味なのだけれど? ――伊東クン、洋子の言ってること、わたしよくわからないわ。だから、よければ教えてくれないかしら?」
腕をゆるめる女医。
空気を求めて顔をずらせば、メガネの女性軍人は美貌を紅潮させてうつむいていたが。
「――門脇軍医少佐どのにはやっぱり、
どこか引きつった
「ちょ、今さらそれを蒸し返すわけ? 伊東クンがすぐに目覚めたなら不問じゃなかったの!?」
うろたえる女医。
「それは、あの時点での方針のひとつでしかないのよ? 決定されるのはこれからだから、変更になっても問題無いわ。――南鳥島での医務官任務、精励してらっしゃい」
女性軍人は厳然と告げる。
「じょ、冗談にしては
女医は冷や汗で応じるが、女性指揮官は黙ったまま。
しばしの沈黙のあと、
「……あ、あの~……」
青年は恐る恐る声をあげる。
「保護任務失敗って、もしかして俺が怪我をしたことか?」
女医の抱擁を解いて、青年は問うた。
「まあ、端的に言えば、そうね。
仮にも艦隊司令官候補、それも妖精さんと意思疎通できる貴重な人材を、危険にさらしたこと。ひいては、無為に失わせかねない可能性もあったわけだから、その責任は軽くはないわね」
無感情に答える御舩少将。
「なら、門脇少佐にさほど責任は無いな」
そう応じた青年に、御舩少将は鋭い視線を向ける。
「だってそうだよな。門脇少佐の先導で避難してたけど、そこから勝手な行動をしたのは俺なんだから。俺が怪我したのは、俺自身の行動が原因なんだから、その責任が少佐にある、というのはちょっと違うと思う。それに――」
青年は、女医に向き直る。
「――あの時、少佐は負傷兵の応急処置をしていた。だから、任務をないがしろにしたわけでもないだろう? ところで、少佐」
「何かしら?」
「あの女の子の容態は?」
左足ふくらはぎを撃ち抜かれた少女兵士。
あんな女の子まで戦っている、という事実を忘れるわけにはいかない。
「最悪、膝から下を切断しなければならない可能性もあったわ。けれど、妖精さんも治療に助力してくれたから、時間はかかるけど最終的には完治するでしょうね。もっとも、当分の間は松葉杖が必須だわ」
青年はうなずき、あらためて御舩少将を見据える。
「少佐は本来の活動で負傷兵を救った。俺は、俺自身の馬鹿さ間抜けさゆえに負傷した。ゆえに、門脇軍医少佐に責任は無い。だから、その処分、もっと軽減してもらえないだろうか?、処分されるなら、まず俺の方だしな」
少将も、鋭い眼光で青年を見つめていた。
が。
「――はぁ……」
溜め息とともに、メガネをなおす。
「
左腕が胸の前、その手で右肘をささえ、右手を頬にあてて、少将は思案顔。
明確な成果とは、敵機撃墜のことだろう。
「その明確な成果、とやらで、誰かの処分を相殺できないものだろうか?」
女軍人は何度もうなずく。
「ええ、ええ。理屈では、そうなのよ。いちおう、スジも通っているし、本来ならそう落ち着くべきだと、私だって思うわ……」
それっきり、少将は口を閉ざしてしまう。
その様子をみて、青年はすぐに思い当たった。
組織のなかで本筋的な理屈が通らない、というのは、たいてい政治的な要素がからんでいるのだ。
「……じゃあ、こうしよう。
俺の軍人としての俸給を3ヶ月、10%減ずる、というのはどうだろう?」
これには軍医少佐が賛同した。
「それならまぁ、御舩閥以外の軍人たちも文句言わないでしょうね」
納得する門脇涼子少佐の横で、御舩洋子少将は目を見張る。
「伊東さん、あなた……!」
息を呑む友人を、涼子は不思議に見やる。
「どうしたの洋子?」
が、洋子はそれにかまわない。
「軍人俸給を減俸って、決断したのね、伊東さん!」
友人を押しのけて、青年の手を握ってくる。
「伊東クン、それって……!」
軍医も、身を乗り出した。
「ああ。決めた。俺は、艦隊指揮官になる!」
のちの世で、名将と呼ばれる提督の誕生だった。
* * *
「じゃあ、さっそくだけど、進められる手続きは進めてしまいましょう。――五月雨ちゃん?」
御舩少将が室外に声をかけると、
「はい、お呼びでしょうか?」
すぐに清楚な駆逐艦娘があらわれた。
「例の書類を一通り、すぐに持ってくるように、大淀に伝えてちょうだい。手が離せないなら誰かに持たせてもいい、とも添えて、ね」
「はい、わかりました。……あの~」
返事したが、おずおずと申し出る駆逐艦娘。
「どうしたの?」
「なんでしたら、その書類、わたしが持ってきましょうか?」
ふっ、と頬をゆるめる女性指揮官。
「ありがと。でも、五月雨ちゃんはこれから艤装の調整でしょ? また医務庁舎に来たら、工廠へいく時刻に間に合わないわよ?」
「あ、そうでした!」
「だから、そのやる気だけ受け取っておくわね♪」
「はい、失礼します!」
敬礼姿もかわいらしく、五月雨は部屋の外へ。
「書類ができたら私も戻るからね~」
「は~あ~ぃ……」
遠ざかる足音を背中に、御舩少将は青年に向き直った。
「本当にいいのね、伊東さん?」
「ああ」
青年は、はっきりとうなずいた。
「いちおう、そう決めた理由を教えてくれる?」
「簡単だよ。
艦娘は女性。妖精さんも女の子。昨日の負傷兵も少女。
こんな状況で、男の俺だけがそうしないとか、有り得ないだろ。
それに……――」
「それに?」
「――いや、たいしたことじゃない。あの空襲のとき、現に戦っている零戦とか震電とかを見てさ、気付いたんだよ。
俺にも、愛国心ってものが、少しはあったんだな、って」
「いいことだと思うわ!」
女性軍医が大きく反応した。
「自分が産まれ育った故郷、産まれ育った国を好きになるのは、ごくごく自然なことなのよ。それを無闇に否定するのは、あきらかに不自然なのよね!」
「涼子、ちょっと声がおおきいわよ?」
「ん、そうね……」
立ち上がる勢いだったが、門脇少佐はおとなしく座り直す。
「伊東さん、最後の確認よ?
あなたは、艦娘艦隊の指揮艦になってほしいという要請を、受け入れるのね?」
「はい、その要請を、受諾します」
明確に回答する青年。
「ありがとう。本当に、本当にありがとう。
国としても軍としても私たちとしても、お礼を言うわね」
一礼する女性将官。
あらためて、青年の顔をみつめて。
「それで、ここからは国でも軍でもない、御舩洋子としてのお願いなんだけど――」
「?」
「伊東さん、御舩閥に入ってほしいの」
御舩少将は、軍服姿のままで話を続ける。
その表情はやや固く、どことなく紅潮してるようにも、青年には見えた。
「特例とはいえ軍人として艦隊指揮官に、なんて重いお願いをしておきながら今さらなのだけど。
伊東さん、あなたは転生者だから、いまこの国では戸籍もなにもない、法的地位が無い状態なの。」
「まあ、そりゃそうだろうね」
「だから、わたしたち御舩閥があなたの身元引受人、身元保証人になって、戸籍をはじめとする法的地位の裏付けとなるのね。
もちろん、それだけじゃなく、現住所としての邸宅も用意するし、当面の私生活用に、いくらかの資金も提供するわ。
正式に艦隊指揮官に着任すれば、官舎も与えられるけど、どんな人でも実家はあるし、そこでの生活もあるわけよね。
そういう私的な部分、プライベートな部分も御舩閥が援助する。だから――というわけでもないのだけど……」
メガネの美女は、青年の瞳をまっすぐ見据える。
「わたしたちの、仲間になってほしいの」
青年は、すぐには答えず、
「その、御舩閥の目的は?」
当然の疑問をぶつける。
「この情世の日本の、恒久的な生存と繁栄。
それ以外にないわ」
「伊東クン」
御舩少将とは反対側から、女性軍医が手を握ってくる。
「他の転生者や艦娘から聞いているのだけど。
あなたがかつて生きた現世では、日本はほとんど世界中を相手に戦って、そして敗れたのよね?」
「ええ」
「けれど、それだってまだマシだったと思ったことはない?
聞けば、日本もドイツのように分割占領される可能性もあったそうじゃない?」
その話は、青年も聞いたことがあった。
北緯38度線以北をソ連が、以南を米英仏中がやはり分割して占領する、という話である。
青年は、あとで地図で確認したが、日本列島で北緯38度線といえば、宮城福島の県境のやや北、山形県赤湯の街中を通り、佐渡島を横断してる緯線である。
だから、山形県米沢は南側、新潟県村上は北側となり、さらに佐渡島は3分割(島のほぼ中央を通るが、西部の岬の先端のみ、かろうじて南側)されるかたちだった。
「分割占領された朝鮮は南北に別々の国家が成立して、挙げ句に戦争。ドイツは戦争こそなかったものの、再統一まで40年以上かかっている。
こういう歴史を、日本が歩まなかった、と言えるのかしら?」
青年は、返答できなかった。
「もし、仮に。――仮に、よ?
わたしたちが努力した結果として、そんな歴史を歩まずにすむのなら、それに越したことはない。
そうは、思わない、伊東クン?」
言われてみれば、いやあらためて言われずとも、確かにそうである。
だが。
「けど、けどさ。
まるで日本だけが利益を得る、というのも、何かおかしいんじゃないのか?」
「それは違うわ。
伊東さん、あなたも知ってのように、日本は資源がほとんど無いような国。
だから、結局は加工貿易でやっていくしかない。
貿易が安心してできるには、平和が、少なくとも平穏と安定が必要。
つまり、世界が平和であればあるほど、日本の生存と繁栄に寄与するわけなのよ。
そして今、この情世は深海棲艦、異棲物という脅威にさらされている。
一方で、艦娘という存在、妖精さんという存在が、その脅威に
わたしたちの成すべきことは、もう自明でしょう?」
「……まあ、確かに」
門脇少佐が、手を強く握ってくる。
「悩むのは理解できるわ。
でも、御舩神宮は、そういう転生者を保護することを隠れた使命としてきた神社なの。
ご神体が
すべからく、海を行き交う船舶を守護することでもあるわ。
だから。
転生者と御舩閥は、お互いギヴ・アンド・テイクの関係でもあるのよ」
青年は、ふぅ、と息を吐く。
「なるほどねぇ。
ま、わかったよ。大義名分でも利害でも、ちゃんとスジが通っているし、艦隊指揮官になるって決めたわけだし、その申し出も受け入れるよ」
メガネの美女も、手を握ってくる。
「ありがとう。重ね重ね、本当にありがとう。
では、いずれ近いうちに、伊東さんには神宮で儀式を受けてもらうことになるわ。それは、構わないかしら?」
「儀式って?」
「ちょっとした、厄払いみたいなものよ。――ときに、伊東さん?」
「なに?」
「あなた、信仰は何かしら?、とりあえず、アブラハム系ではないわよね?」
「……ああ、たぶん?」
「よかった。もしそうなら、もう一段階、儀式が必要になるから」
あとで青年は知ったが、アブラハム系とは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の総称らしい。
これらの宗教は、神、すなわち造物主以外に神秘性を認めない、という特徴が共通していた。いわゆる一神教である。
なので、
そしてこれは、妖精さんを認めない、ということにもつながり、その意味では艦娘艦隊指揮官には向かないのだった。