※この作品はR-18です。

戦友の艦隊   作:龍胆龍義

15 / 17
Fleets.6 受諾

Fleets.6 受諾

 

「長門型戦艦2番艦の陸奥よ。よろしくね」

「航空母艦、加賀です。それなりに期待はしているわ」

「古鷹と言います。重巡洋艦のいいところ、知ってもらえると嬉しいです」

 

「どうも、伊東実良です」

 

 3人の艦娘に自己紹介され、青年も名乗った。

 

「これでお互い、顔見せは済んだ、ということでいいわね」

 

 御舩少将は、書類の説明をはじめる。

 

「まず、これが国籍編入願。サインだけでいいわ。

 次が戸籍登録願。サインと住所。住所はこちらのを記入して」

 

 少将がメモを示す。

“太洋道御舩市船楼町(せんろうちょう)01-76-19”

 と書いてあった。

 これが、青年の本籍と住所になるらしい。

 

「これが印鑑登録願。サインと住所と拇印(ぼいん)

 印鑑は、これから好きなのを選んで。選んだら、それをここに捺印(なついん)

 

 いくつかの印章を並べる御舩少将。

 

「で、国籍誓約書。

 大日本皇国に忠誠を誓う、という主旨よ。サインと住所と捺印。

 これらが役所に受理されてはじめて、伊東さんの法的地位が確立されるわ。

 ただ今回は、事情が事情だから、鎮守府の行政事務室ですぐに受理されるようになっているけれど」

 

 行政事務室とは、軍の基地内にある役所の窓口らしい。

 任務中の軍人などが、わざわざ市役所に出向かなくてすむように、その職員が常駐しているそうな。

 どうやら、青年が病床にいるうちに、たいていの根回しは済んでいるようだった。

 

「これが軍籍志願書。サインと住所と捺印」

 

「ん?、俺の指揮官就任は、軍の側からの要請のはずじゃ?」

 

「まあそうなんだけど。

 軍もいちおう、行政機関の一種だから、徴兵対象者でもないかぎり、いきなり指示命令は出せないのよ」

 

「そしてこれが、軍籍志願者たるあなたへの特任士官就任要請書。

 現状、これらの書類のなかで、最上位の効力を持つことになるものよ。

 見て」

 

 文面を読んでみれば、確かにそうである。

 しかも。

 

“軍務大臣 永野長倫

 海軍長官 米内景政

 海軍総司令官 上将 山本清信

 海軍特任副総司令官 特任大将 御舩江津子

 戦友艦隊司令官代行 特任少将 御舩洋子”

 

 これらのサインと承認印。

 

 目を見開き、驚愕する青年。

 

「大臣案件なのか、これ!?」

 

「そうよ。

 永野長倫(ながのながみち)退役元帥も米内景政(よないかげまさ)退役上将も、もちろん山本清信(きよのぶ)上将も、けっして御舩閥の人ではないのだけど、この人事には同意してくれたわ」

 

「はぁ~~……」

 

 みずからがそこまで重要とは、正直、思ってもいなかった青年は、長い溜め息。

 だから、その下にある名前には、すぐには気付けなかった。

 

「ん? この、海軍特任副総司令官、御舩江津子(えつこ)特任大将ってのは?」

 

「私の姉よ。この戦友艦隊に関する、実質的な最高責任者よ」

 

 青年は思い当たった。

 

「ああ、中央に転属したっていう、2代目の提督か」

 

「いえ、それは御舩海子(うみこ)特任中将。

 役職は軍務省海軍審議官、総本営常任幕僚、横須賀鎮守府特別顧問の3つを兼任してるわ」

 

 聞けば、上から江津子、海子、洋子の順で姉妹だという。

 

 青年はあとで聞いたが。

 戦時最高司令部たる総本営は、上は首相から大臣、軍務省は陸海空の三軍庁の次官まで、

武官も副総司令官をふくむ司令長官クラス以上は全員、さらに何人かの幕僚が加わる。

 そのなかで、御舩閥の者がたった1人ではいささか都合が悪いので、閥の中枢に近いふたりが、総本営に常駐できるようしたのだそうな。

 

 これらを聞いてない段階でも、青年には理解できた。

 御舩閥の力は、相当なもののようだと。

 

 

 その書類、特任士官就任要請書の最後は、

 

 “軍籍志願者(空白)は、要請を受諾する”

 

 となっており、そこにサインするらしかった。

 

 

 

 

「――古鷹、いるかい?」

 

 ノックもせずに、左目に眼帯をした女性が病室に入ってきた。

 

「どうしました、天龍さん?」

 

 天龍、と呼ばれた女性は、

 

「あ、司令官も加賀もいるのか、ちょうどいい。先日の敵襲の件で話があるんだ」

「それ、私も聞いていい?」

「なんだ、陸奥姉さんもいたのか。わかった。――ひょっとしたら、機密にかかわるかもしれないから、別の部屋でいいか?」

 

 青年と女性軍医の顔をみとめたのか、天龍は親指で外をさす。

 

「わかったわ。

 じゃ、伊東さん、書類へ記入してもらえる? 就任要請書までは説明したとおり。あとは、公的保険とか銀行口座とか町内会とか、後回しでもいいものだから。わからないことがあったら、門脇軍医に聞いて? 悪いけど涼子、お願いするわね」

 

 言って御舩少将は、4人の艦娘とともに出て行った。

 

 

 

「はい、これ」

 

 軍医に差し出された万年筆は、ちょっと重い。

 

 青年は、何度か試し書きしてから、記入をはじめる。

 

 ていねいに、だがしっかりと、自分の名をサイン。

 

 

 “軍籍志願者 伊東実良 は、要請を受諾する”

 

 

 これでもう、後戻りはできない。

 が、青年は後戻りするつもりなど、毛頭も無かった。

 

 

 

 つづけて、保険だの口座だのの書類にも記入し、作成していく。

 わからないことは、門脇少佐が教えてくれる。

 

 

 ――何度も何度も氏名と住所を書いていくうち、万年筆を持つ指が痛くなってきた。

 

 右手から万年筆をはなして、拳をにぎったり開いたり。

 

 

 特任とはいえ、軍人として深海棲艦と戦う。

 

 その決意に揺らぎはない。

 揺らぎはないが。

 

 

「――まさか周囲が全員、女だとはなぁ……」

 

 

「あら? そんなことが不安?」

 

 女性軍医の、どこか楽しげな声で気付く。

 思わず、つぶやいてしまったらしい。

 

「う。いや、不安ってほどでもないが……」

 

 視線をそらす。

 

 青年の現世。

 幸福なこともあったがほんのわずかで、全般的に不遇だった異性関係。

 

 そのおぼろげな記憶が、気をやや萎えさせていた。

 

「男性のあなたに、どんな不安があるのか、女性である私にはすべてはわからないと思うわ。

 けど、あなたはもう私たちの仲間なの。

 仲間なんだから、どんなことでも相談していいのよ?」

 

 身を乗り出す門脇涼子。

 

「……どんなことでも?」

 

「そう。どんなことでも」

 

 さらに乗り出してくる。

 

 その真剣な眼差しに、いつわりなど無いのだろう。

 

 その襟もと、胸の谷間が視界に入っているのに気付いて、たじろぐ青年。

 抱きすくめられたときの感触を思い出してしまう。

 

 ふたたび万年筆を手にして、残った書類に向き合う。

 だから、女性軍医の表情に気付けなかった。

 

 

 

 ――身体測定するわよ――

 

「はあ?」

 

 最後の書類に記入する直前にそう言われ、青年は顔をあげる。

 

「だから、身体測定する、と言ったの」

 

「なんで、いきなり?」

 

「伊東クン。あなた軍人になるんでしょ?

 だったら、その軍服を作るために、採寸しなきゃ」

 

 至極もっともな話である。

 

 さっさと体重計やら巻き尺やらの準備を始める女性軍医。

 

「軍服って、量産品が支給されるんじゃないのか?」

 

 そう、本来はね、と女性軍医の返事。

 

「特任とはいえ軍人であり士官でもあるんだから、見栄えだけでも立派に、というのが御舩閥の意向なのよ。余計な風当たりをさけるためにもね。

 大丈夫、御舩閥おかかえの仕立て職人が手がけるから、最高級のできばえよ」

 

「いや、そういう話じゃ――」

「ほらほら。ちゃんと立ち上がって、寝間着を脱ぎなさいっ」

 

 とりあえず、ベッドから出る青年。

 浴衣タイプの寝間着ゆえ、帯の結び目を探していると。

 

「――このサインの重さ。その程度?」

 

 ぐずぐずしてると思われたのだろう、就任要請書を示される。

 

 

 青年は、意を決した。

 

 

 トランクス一枚のみで、体重計にのる。

 

 軍医とはいえ医者なので、ある意味あたりまえだが、門脇女性軍医は青年の裸身を気にもせず、数値を読む。

 

「胸囲を測るわ」

 

 言われて青年は、両腕を橫に。

 巻き尺の冷たさを、感じる部位とほとんど感じない部位があるのに気付いて、青年はあらためて思った。

 

(きずあと)、残っちまったんだな……)

 

 無意識に右手で、左上半身の痕跡をなぞる。

 

「……ん……」

 

 思わず、声がもれる。

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと、くすぐったい」

 

 巻き尺でなく、ときおり触れる女性軍医の手や指先に、青年はこそばゆさをおぼえる。

 

「いいから、じっとしてなさい。

 なかなかに男らしい体つきなんだから、ちょっとやそっとじゃ動じないように、ね」

 

 ふと視線があう。

 だが今度は、女性軍医の方からそらした。

 

(……?……)

 

 再度視線があったときはごく自然に、女医は目盛りに向けたが。

 青年はどことなく、つやっぽいものを感じ取った。

 

「……、……今度は、下半身を測るわよ」

 

 その言葉の前に、女医は唾を飲んだように、青年には思えた。

 

「下半身?」

 

「……(もも)周りよ……」

 

 青年の正面、ごく近くで、かがみ込む女性軍医。

 

「ちょっと、足を開いて、肩幅くらいに」

 

 見上げられた表情。

 たしかに色づいた頬に、潤んだ瞳。

 

 鼓動が高鳴る。

 

 さらに青年は、先ほどよりも開いた女医の襟もと、よりくっきり見えるようになった谷間に視線がいって。

 

(あ、まずい!)

 

 血流が充実するのを、自覚する。

 前がふくらむトランクス。

 

「は、反対側の足も……」

「あ、ああ」

 

 巻き尺を巻いたが、女医はその目盛りを、なぜか読もうとしない。

 

 

 

「――助かるわ、門脇軍医少佐。

 軍服の採寸までしてくれて、ね」

 

 見れば、さっきの1人の女性士官と4人の艦娘たち。

 

 無機質な笑顔の御舩少将。

 頬を染めたまま、冷たい視線を向ける加賀。

「あらあら。なかなかいい体つきなのね」とは陸奥。

「へ、変な雰囲気してんじゃねぇよ」とは天龍。

「身体測定もしっかりやるなんて、素晴らしいじゃないですか」との古鷹の言葉が、なおのこと後ろめたさをかきたてて。

 

「あ、あの、洋子。これは、ね――」

「俺から、頼んだんだ」

 

 とっさに、青年は言葉がでた。

 

「書類も終わったし、身体測定もいずれするって聞いたから。

 なら、出来ることは今のうちに済ませておこうと思って――」

 

「書類は、完成したのね?」

 

 飯台のうえの書類を眺める女性指揮官。

 

(やべ、まだ一枚、未記入だった……!)

 

 が、青年は言う。

 

「ああ、完成してるよ」

 

「――わかったわ。これらの書類、確かに私が受け取りました。

 あなたたちは、次の作戦の準備を。

 私もすぐ戻るわ」

 

 4人の艦娘を下がらせ、御舩少将は門脇少佐に歩み寄る。

 

「よ、洋子。これは……」

「涼子。再来週の休暇の約束、おぼえてる?」

「え?、ええ……」

「食事は全部、あなたのおごりよ? いいわね?」

 

「よ、洋子……!」

 

 青年にもわかった。

 南鳥島への異動もないし、いまのことも不問だと。

 

 自然と、自分なりの敬礼を、青年はしていた。

 

「伊東さんは、はやくこの書類を」

 

 未記入の一枚を示される。

 

 トランクス一枚で受け取りながら、

 

(こういう人心掌握術も、ありなんだな……)

 

 御舩少将の、上官としての懐の大きさを、青年は感心するのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。