Fleets.7 損害
その日の午後、御舩特任少将が再度、青年の病室をおとずれた。
「気分は?」
「大丈夫です。昼食も普通に食えたし、傷の痛みもありません」
「そう、それはよかったわ」
読んでいた教本をおろして、伊藤実良は身を起こす。
「まだ安静が必要なのにごめんなさいね。どうしても耳に入れてほしいことがあるし、それへの貴方の意見も聞きたいから」
飯台の上の教本やら資料やらを脇にやり、持ってきた書類をおく女性士官。
「俺の意見?」
「先日の敵襲のことよ」
いうまでもない。決意し、実際に戦い、負傷したあの戦闘のことだ。
「もう貴方は指揮官候補なんだから、状況の把握は当然でしょ」
資料や報告書の束らしきものをめくりながら、少将は説明をはじめた
10月16日金曜日1348時、敵・深海棲艦の航空部隊は、西南および西南西方向から飛来し、御舩大島中枢部のほぼ全域を空襲した。
燃料補給に手間取って実艦駆逐艦の哨戒開始が遅れたこと。
その穴埋めに飛び立った航空機も、エンジン不調で高度を下げざるを得ず、哨戒範囲が狭まったこと。
敵主力の潜水空母が、大型貨物船の航跡に隠れていて、浮上して陸上型爆撃機を発艦させるまで発見できなかったこと……。
不運と人為的ミスがかさなり、察知が遅れ奇襲となった攻撃により、少なくない損害を出した。
実艦では、停泊していた北条時政型重巡洋艦「北条宗時」が大破着底。
長尾景虎型高速戦艦「上杉
航空戦力は戦闘機7機、輸送機1機が撃墜され、戦闘機9機、爆撃機11機、偵察機2機、輸送機3機が地上で破壊された。
水上機、飛行艇も5機ほどが大破、停泊中のいくつかは沈没した。
施設関連では、港湾の大型クレーン1基が倒壊、中型燃料タンク3基が爆発炎上。
また、燃料タンクから管制塔まで延焼した飛行場があり、ほかの飛行場でも滑走路に大穴があくなど被害。
艦娘関連では、駆逐艦深雪が至近弾で小破、給糧艦間宮の対空機銃座2基が全損。
妖精さん航空隊は合計15機が撃墜または地上で破壊された。
鉄道、倉庫、道路橋、機関車、貨車、トラックなど軍事インフラはむろん、商船、漁船、田畑、農業用水路、商店、民家にいたるまで大小の被害が報告されている。
人的損害は、軍人軍属の戦死者82名、警察消防などの殉職者11名、民間では少なくとも27名の死亡が確認されており、重体者も少なくない、とのこと。
妖精さんも、30人近い戦死者を出していた。
いっぽうで、こちらの戦果は多くない。
戦闘機13機、艦爆艦攻10機、陸上型爆撃機6機を撃墜してはいる。
が、敵の総戦力が不明なので、効果的な防空ができたのかどうかは不明だった。
「軍事関連やインフラはわかるが、漁船や田畑まで?」
「どうやら、御舩大島とその周辺を、まんべんなく攻撃したみたいなの。
艦艇とか施設とか、特定の目標を集中的に、というわけではなかったようなのよ」
「ふうむ……」
青年は考え込む。
(なぜそんな、戦力分散にもひとしいことを……?)
「参考までに、ここ御舩大島やその近辺への攻撃の、回数や規模、その被害はどれくらいなんだ?」
「そうね……、これまでに3回、規模はすべて今回の数分の1以下、被害は実艦がほとんどね。艦娘やその関連施設には重大な損害は出てないわ」
昨年の7月、今年の2月と8月に、いずれも空母数隻の艦載機によるものだそうだ。
「やつらは軍港の場所を知らない、ってわけでもなさそうだなぁ……」
が、すぐに思い当たった。
「もしかして、威力偵察か? 全域を同じような強度で攻撃してみて、どこでどんな反応があるか、探ったんじゃ?」
「さすがね、司令部でもその見解が多数だったわ。
それで、上空退避していた機体が複数、南西方向に敵機が飛び去るのを確認しているの。
そこで、実艦部隊が反撃に出たんだけど……」
御舩少将は眼鏡を直した。
「敵は、多数の潜水空母で襲撃したみたいなの。うちいくつかは中型爆撃機を搭載できるようにして、ね。
それを認めて勇躍、攻勢に出たら、別の潜水艦に待ち伏せされて……」
現在、長門を旗艦とする艦娘艦隊が追撃してるそうだ。
「本来は陸上機の中型爆撃機を、わざわざ潜水空母に搭載する意味がわからないのよ」
御舩少将は眼鏡をはずし、ハンカチでレンズを拭く。
「まあ、普通に考えれば航続距離と爆弾搭載量の増加、だよなぁ」
現世でも、目的は別だが「ドーリットル空襲」という作戦があった。
「そうなんだけど、それをこのタイミングで、散漫な攻撃でするのはなぜなのかしら? 化学兵器まで使ってる割には、どこか雑にも見えるのよね」
農村部への攻撃で使われたそれは、死者1名軽傷者若干名で済んだが、その農地の除染に時間がかかりそうだという。
「化学兵器まで使った……? ――まさか!?」
「どうしたの?」
「まさか、核兵器も使えるぞ、という
「か、核兵器ですって!?」
少将が眼鏡を取り落としそうになる。
「ああ。
核兵器はそう簡単に小型化できないから、その投射に中型以上の爆撃機が必要、とすれば奴らの作戦も理解できる。それを潜水空母になんて、まるで現世の戦略潜水艦だ。
あと、攻撃目標を広く浅くしたのも、どこでも狙えるぞ、という意味なのかも」
「――事態は思ったより深刻のようね。
現世からの転生者たちから、核兵器のことは聞いていたけど、まさかこんなにはやく……」
眼鏡をかけなおす手が、わずかに震えているように、青年には見えた。
現世で最初の開発計画が始まったのが1942年。
情世1941年ではまったくと言っていいほど知られていないらしい。
「もし異棲物側が実用化していたら、間違いなく使ってくるでしょうね。
御舩大島に使われたら、もうおしまいだわ」
「現世の情報を持ってるなら、御舩閥でも基礎研究くらいはしてるんだろ?」
「まあ、一応は、ね。
ただ肝心なのは、深海棲艦たち異棲物に、核兵器が効くのかどうかすら、現在ではわからないのよ」
――核兵器を突きつけあった状態ではじめて、相手とのほぼ完全に対等な交渉が可能になる――
現世のそういった現実を知っているからこそ、御舩閥もその配備や使用は別にして、研究を続けているのだろう。
ただそれも、人間相手での話である。
「通常の砲弾銃弾爆弾が効くのだから、おそらく化学兵器も核兵器も効くのでしょうけどね。
実用化に成功しても、敗北寸前でもない限り、こちら側から使うのは避けるべき、との見解で御舩一族はほぼ一致してるわ。
ごく一部に開発成功即実戦配備を主張する者たちもいるけど、このことを知られたら説得は不可能になるでしょうね。……はあ……」
それでも、御舩洋子特任少将は顔をあげた。
「当面、敵の大型中型航空機および潜水空母を最優先攻撃目標とする。
同時に、これらの御舩大島から半径2000キロ以内への侵入阻止も、優先事項とする。
御舩閥としては、核兵器の研究を加速させる。
……いまは、これくらいしかできないわね」
「艦娘たちにも、対策を施しておいたほうがいいと思う。
気密性の強化とか、艦体全体を自力で洗浄できるように、海水ポンプと放水機を取り付けるとか」
「そうね、そうするわ」
メモを取ったあと、御舩少将は別のメモを取り出す。
「で、ここからは政治の話なんだけど……」
「政治?」
「責任の話よ。
ここまで損害が大きくなったのは、実艦駆逐艦の哨戒行動が遅れたこと。
これは確かに海軍の責任なんだけど、なぜそうなったかといえば、搭載予定の燃料輸送が陸軍側のミスで遅れたこと。
このあたりが、関係者や上層部で論議になってるのよ」
「じゃあ、御舩閥としても責任をとらなきゃならない?」
「そう。
けどそれは、現職の御舩前進鎮守府司令官・加藤
加藤員紘なる人物は御舩閥のひとりで、自分の直接の上司だが、重要な人物ではない、と特任中将は言う。
保身や発言力目当てで加わっただけで、閥を利用したいだけなのが透けて見えるのだそうだ。
「我々の調査では、主計部門勤務時代、金銭授受の疑惑があって、収賄罪の可能性もありそうなのよ。
なので、軍部強硬派や政界右派の要求を受け入れるかたちで加藤中将解任に同意する。かたちだけの抵抗はするけれどね」
「御舩閥は、それでいいのか?」
「ええ。
順当にいけば、加藤司令官の後任には、その代理をしている私がなるのが普通。けれどそれだと、戦友艦隊司令官代行も、同時に退任となるでしょう。その私の後任に、強硬派やそれに近い人物を推してくるだろう、というのが我々の見立てなの」
「確かに、それだとまずいな」
せっかく、有用な戦力になりつつある戦友艦隊を、また当初と同じようなやり方でつぶすわけにはいかない、という意思は、青年にもよくわかる。
「だから、私は司令官就任は固辞し代理にとどまる、代わりに、御舩閥でも強硬派でもない人物、おそらくは
来栖忠弘少将は、謹厳実直を体現したような軍人で、政治的なことに積極的にかかわろうとはしない人柄だという。
それゆえ権謀術数うずまく中央勤務は長くなく、派閥争いとも無縁だそうな。
「なら、どの方面も納得しそうな人事ではあるな」
御舩閥は司令官ポストを手放すことで表向き、政治的に敗北したことにし、一方で戦友艦隊のポストは譲らない、名を捨て実を取る意向だった。
「となると、加藤中将当人がどう思うか、だな」
「そこは心配いらないわ。
政府の監察院も軍務省警務局も把握してない、中華民国での駐在武官時代、機密を漏洩した疑惑、つかんであるから。あまりゴネるようならそれをチラつかせて黙らせればいいのよ。『収賄疑惑はともかく、スパイ疑惑までは擁護できない』ってね」
不敵にほほ笑む特任少将。
「……裏の事情も把握済み、ってわけか」
青年は、心細げに肩をすくめてみせた。
「御舩閥も政治に関わっているからね。
政治って、一筋縄ではいかないのよ?」
表情こそ「やさしそうなお姉さん」だが、言ってることは冷涼ささえあった。
「とりあえず、伊東さんが指揮官になるまで、周辺の人事は激変しないよう努めるから、しっかり学んでおいてね」
「わかった。努力するよ」
「期待してるわ」
微笑んで退室しようとする御舩少将。
そのドアは、廊下側からノックされた。
吹雪だった。
「司令官、出撃中の長門さんから入電です!
『目標ト
「了解、『直チニ戦闘態勢ニ入レ』と返電して」
退室した女性指揮官は、間を置かず顔を見せる。
「艦娘艦隊の指揮、みておく?」
青年に、否やはなかった。