Fleets.8 会敵
サイズの合わない、「仮のものよ」と渡された軍服に身を包んだ伊東実良は、御舩洋子特任少将とともに、医務庁舎前で、車に乗り込む。
女性下士官の運転する乗用車は、医務庁舎のある丘をくだり、進んでいく。
その間、御舩少将は眼鏡のブリッジを指で押さえ、微動だにしない。
助手席の吹雪も、無言のまま。
二人とも、窓の外の景色は見えているはずだが、見てはいないようだ。
女性兵士、女性将校や、艦娘らしき少女たちも見かけるが、青年は疑問をのみこむ。
(……化学兵器核兵器のこともあるから、なぁ……)
重苦しい雰囲気にしんどさを覚える直前、乗用車はある建物の入り口前に停まる。
そこもまた、高台だった。
医務庁舎のところほどではないが、桟橋そばの倉庫の屋根が、眼下に横たわる。
「ついてきて」
促され、青年は車を降りる。
--戦友艦隊司令部 本務棟--
そう書かれた大表札の横を、御舩少将、青年、吹雪の順で、建物に入った。
門番の女性兵士も、艦娘も、男の姿に気づいているが、敬礼以外はしてこない。
まだ正規の軍人教育を受けていない青年は、目礼で返すしかない。
エレベーターの前で、御舩少将は吹雪に指示を出す。
「吹雪ちゃん、これから指揮に入るって、大淀に伝えて」
「了解です!」
「お願いね。伊東さんはこちらに」
言われて、二人でエレベーターへ。
『閉』ボタンを押し、ドアが閉まる。
「ここから先は、艦娘と関係者以外には他言無用よ。たとえ海軍軍人であろうとね。いい?」
「……了解した」
閉まりきったのを確認してから、女性指揮官は『閉』を押しながら『開』を、3回押した。
すると、操作パネルそのものが開いて、『地下特別階』というボタンが現れる。
それを押すと、エレベーターはゆっくりと降り始めた。
割とすぐに、エレベーターが止まる。
広めのホールの正面に、大きめの扉。
左に通路が続くが、コンクリートのしっかりした作りはそこまでだった。
「未発見だった洞窟を、妖精さんが見つけてくれたの。それを使った地下施設よ。
御舩神宮の奥洞ともつながってるのが幸いだったわ」
その正面の扉に入って、青年はさらに驚愕する。
学校の教室よりふたまわりほどの広さ、その壁面は巨大な薄型モニターで占められている。
その手前のオペレーター席、もっとも近い指揮官席には、どうみてもパソコンとしか思えない機器が並んでいる。
明らかに、現世2000年代以降の設備だ。
「
御舩少将が、傍らの女性士官に問えば、
「は、妖精通信および通信機器、管理機器、ともに異常ありません」
ややキツめの顔立ち、ショートヘアの美人士官が敬礼する。
「通常通信も問題ないわね?」
「もちろんです」
「よろしい。
伊東候補、こちらが草刈
司令官候補と聞いて、女性士官は敬礼した。
「草刈技術少佐です。
この特別指揮司令室の責任者であります」
「どうも、伊東実良です」
やはり、正規の敬礼を知らないので、会釈で返す青年。
「ふたりとも、現世からの転生者だから、合う話もあるでしょうね」
御舩少将がさらりと言うが、それは青年にとっては意外なことだった。
「時雨ちゃん、戦況はどう?」
青年の反応にかまわず、反対側の艦娘に問う司令官代理。
「はい司令官。
千歳さんの偵察機が、敵潜水空母艦隊らしきもの発見。
これは既報のとおり。
それからほどなくして、艦隊本隊が敵舟艇部隊を視認、現在戦闘中です」
落ち着いた雰囲気の艦娘が説明する。
確かに、音声こそ聞こえないものの、モニターには砲撃銃撃する艦娘たちが映っている。
青年は、時雨から紙を渡された。
仮称臨時編成第29出撃部隊
戦艦 長門(旗艦) 金剛
空母 赤城 蒼龍
軽空母 飛鷹
水上機母艦 千歳
重巡 那智 最上
軽巡 天龍 長良 神通 那珂
駆逐艦 三日月 叢雲 敷波 漣 初霜 五月雨 涼風 大潮
「了解。
--長門、聞こえる? わたしよ?」
指揮卓に座ると同時に、御舩少将は通信機をとる。
『こちら長門。
現在、敵の小型艇を攻撃中だ』
「こちらの画面でも視認できるわ。詳しい状況を報告して?」
『いま戦闘中の相手は小物だ。
あらわれたのは監視艇パ級が5、機銃艇ピ級が3。うち半数を撃沈済み。他もまもなく片付くだろう。』
「前例からするに、敵艦隊も近くに居そうね」
『おそらくは』
監視艇パ級、機銃艇ピ級、魚雷艇プ級、掃海艇ペ級、駆潜艇ポ級は、いずれも小型の深海棲艦であり、単独行動してる場合が多い。
プ級をのぞけば、艦娘だけでなく、実艦にとってもさしたる脅威とはならない深海棲艦だった。
だが長門の説明のように、ある程度まとまった集団でいる場合、その近くに駆逐艦イ級以上の艦隊がいるのが普通だという。
「本命の方は?」
『千歳の水上偵察機が発見した。
8隻以上の潜水空母ベ級が、南に向かって浮上航行してるそうだ。おそらくこいつが、空襲したやつらだと思う』
「針路が南って、南西ではなくて?」
『ああ、南で間違いない。そこは念を押して確認した。
その機はすぐに呼び戻しているから、無事にもどれば詳しいことも聞けるだろうな』
『ピ級、撃沈確認!』
駆逐艦娘の、元気な声。
みればモニター上では、三つ頭のミミズ、としか形容しようのない敵艦艇が、爆発四散するところだった。
『よし、いいぞ大潮。このまま、駆逐艦は主砲で攻撃を続行だ。
対潜担当の軽巡および駆逐艦は引き続き警戒をしっかりな。』
大潮らの了解の返事も待たず、長門は続ける。
『おそらくは、我々を挟撃ないし包囲するつもりなのだろう。
本命と、平将頼艦隊を撃破したのと、この近くので、な』
平将頼艦隊は南西に、長門の艦隊は西に、御舩鎮守府から出撃していた。
そこで南西に向かった部隊が敗れ、西にへの部隊も南に誘導されるとなると、答えはまずひとつだ。
『やはり、北にも索敵機を出した方がいいと思う』
「そうね……」
御舩中将は考える。
『味方艦隊から通信デース!』
そこへ報告してきたのは、戦艦金剛。
『駆逐艦「
「近海ニ水上ノ敵影ナシ、引キ続キ対潜警戒ヲ続行ス」
とのことデース!』
中鳥島南方を航行中の実艦、朝倉
『了解、
「連絡ニ感謝ス、敵航空戦力ニモ注意サレタシ」
と返電してくれ』
『ラジャー!』
金剛が返事するはるか向こうで、爆炎があがった。
砲撃の命中ではない爆発だ。
『何があった?』
『衝突のようです』
長門の問いに、重巡那智が答える。
『1隻ずつ残っていたパ級ピ級が、回避運動中に衝突した模様。爆発炎上中です』
半身を爆散させたピ級が横転、パ級も見る見る沈下していく。
『よし。
全艦、撃ち方やめ!』
長門の指示で、砲声がやむ。
『攻撃に参加した艦は、兵装の点検整備にはいれ。おわったものから、対潜警戒を交代せよ。
被害を受けた艦は、被弾箇所と損傷具合を確認せよ。まあ大丈夫とは思うが、念のためだ。
そこから敵の兵装がわかるようなら報告しろ』
考えていた指揮官が決断する。
「わかったわ、北にも索敵機を出しましょう。
敵潜水空母への攻撃隊は、付近の状況を確認してから、としたいけど、監視艇に見つかったから、こちらの位置も把握されたはず。
千歳は瑞雲隊を直掩に上げてちょうだい」
『了解した。最上、千歳、頼む』
『そうこなくっちゃ!』
『行っけぇーー!』
長門の指令で、黒髪ショートの艦娘がカタパルトから零式水上偵察機を射出する。
続いて銀髪ショートの艦娘も、複数の瑞雲を射出。
『攻撃隊の兵装はどうするんですか? 爆装と対潜雷装は半々のままで?』
最上の偵察機と千歳の直掩機、その上昇を見届けながら、黒髪の艦娘が問うてきた。
「そうよ赤城。兵装は当初のまま。場合によっては装備換装の時間は無いわ」
御舩中将の言葉で、空母艦娘の赤城も納得したようだ。
艦上爆撃機も艦上攻撃機も、爆弾と航空爆雷を半分ずつ。
敵の潜水空母は、こちらの攻撃隊を発見したらすぐに潜航するはずなので、魚雷は出番が無いとの判断である。
『攻撃隊、発艦はじめ! 蒼龍と飛鷹も続いて!』
黒髪ツインテールの艦娘、赤城より長い黒髪の艦娘が、弓矢や依り代で艦載機を出撃させた。
空母が3隻とも、攻撃隊発艦が終わる直前、新たな報告。
『こちら千歳の瑞雲隊3番機、南方に艦影あり!』
長門が応じて、
『味方、ではないだろうな。
少し、見て来てくれないか?』
『了解!』
瑞雲隊の1機が、直掩から離れて。
『深海棲艦です!
重巡3、雷巡軽巡2隻ずつ、駆逐艦7、
我が艦隊に向かっています!』
『砲雷撃戦用意!』
本格的な艦隊戦が、始まるろうとしていた。