Organize The Fleets.X いつもの休日の、朝の寸時
キキー、ガシャン。
提督は自転車を降りた。
太めの樹木、門柱のように見下ろす二本の樹の、その片方のそばに、自転車をよせる。
朝日を背に、その一対の間を通り抜けた。
太めの二本と、垣根のように繁った枝振りが濃い影を落とすゆるやかな坂道を、一歩一歩、静かに歩き出す。
中ノ鳥島群島の中心たる、御舩大島。
御舩前進鎮守府、戦友艦隊司令部の敷地は、南と東が海に面している。
だが、東側はやや遠浅のため浅瀬や岩礁が多く、船舶が近づけない。
それゆえ岸壁や突堤といった、港湾や軍事基地としての施設は南側に集中しており、東側はほぼ自然なままの磯や砂浜が残っていた。
敷地の西側は、海軍の実艦部隊の敷地であり、高台に植樹された杉並木が境目だった。
西側のもっとも北の一隅が外部への接点であり、公道に接しているし、鉄道線路もそこからのびてきている。
敷地の北側は山で、中腹に御舩神宮の末社である神社、さらにそこから登れば妖精さん用の防空砲塔がいくつか森林に偽装されており、頂上には電探用アンテナ塔がある。
そのさらに北側は、女子学校の敷地であり、学校と共用する溜め池がある。
神社やレーダー塔への道は、溜め池の南側を通っていたし、脇道の先にはこれまた妖精さん用の対艦砲台があった。
神社のある裏山の南東にのびて岬につながる低めの尾根が、敷地の南面と東面を分けていて、尾根を越えた先には建物はほぼない。艦娘の休暇施設があるくらいだ。
浜辺と松林を分かつ古い築堤、戦国時代以前に造営された石垣の上を、女子学校との境界線あたりまで、提督は北に向かって自転車を進めてきたのだった。
誰が手入れしてるわけでもないのに、土がむき出しの地面に草はほとんど生えていない。
脇の藪も、なぜか道のほうまで枝葉をのばそうとせず、数人が横並びで通れるだけの空間が、十分に確保されていた。
地面は地面で、よく通る部分の土は踏み固められているし、ところどころに自然石が敷石のように露出していた。
だから。
春先の朝、人工的な気配のない山道なのに、提督の軍服は朝露に濡れることもなく、軍靴に土がまみれることもなかった。
木々を揺らす風の音。
その合間を埋めるように、遠くから波の音。
春の木漏れ日は、小鳥たちのさえずりも導いていて。
眼前が、開けた。
広場のような空間に一歩踏み入れると、見上げるような巨木が空を覆っていた。
定期的にこの場を訪れている提督だが、何度見ても圧倒される存在感。
そして、畏怖にも似た感情を抱けば、風の音も波の音も、もちろん軍港の喧噪も、はるかに遠くのことのようで。
葉の色合いは、より鮮やかになりつつあり。
あらためて、そのクスノキの大木に歩み寄る。
いつものように、いつもの場所で、歩を止める。
巨樹の幹、地面にほど近いところに、
それは、ずっと奥まで続いているようで、内部はほとんど見透せず。
不意に、静寂が降りる。
小鳥のさえずりすら、聞こえない。
提督は、制帽をなおし、襟を正した。
一歩、前進。
ザッ。
右手指先を制帽のそばに寄せた、直立不動の敬礼。
敬礼を解く。
右足を、後ろへ一歩。
続けて、左足を後ろへ一歩。
回れ、右。
虚の前に、小さな鳥居が見えた気がしたが、振り返らない。
もし振り向いても、
小鳥の声が、風の、波の音が、戻ってくる。
立ち去る提督の背中。
枝振りのうえで、輪郭がゆらぎ、色合いの薄れつつある妖精さんが、答礼していた。