時が経てば友人達の失踪も記憶の奥底に行くだろう。
そう思いながら生きて来たけど、50年経っても私の前にちらつく友人達の姿は記憶を薄れさせる事はなかった。
月で軟禁状態で勉強と実験に付き合わされて数年、ようやく地球に降りる許可を貰うと同時に二通の手紙を渡された。
その手紙はヒイラギと青花からの別れの手紙だった。
青花はクヌギから聞かされていたので覚悟が出来ていたが、ヒイラギまでも死んでいるとは思わなかった。
正確にいえば行方不明なので死んでいるとは限らないが、手紙の内容からするに生きている可能性はないだろう。
ヒイラギについてはいつか一発殴ってやりたいと思っていた所もあり、脱力が凄まじかった。
僅かばかりナーバスな気持ちにもなったが、自分の記憶を戻すという目標の為にいつまでも落ち込んではいられなかった。
アンドロイドに限らず人間の記憶のメカリズムも徹底的に調べ、失われた記憶の復元の研究まで着手したが、結果的には私の記憶が戻る事はなかった。
違う。私の過去の記憶など初めから存在しなかった。
自動兵器の修復用のナノマシンのバグにより破壊された頭脳が修復され、新しく構築されたのがキングという存在だったのだ。
勘付いていた話では有るけど、その結論が導き出された時はショックが大きかった。
若干の自暴自棄に陥った後、偶然にもあの霊園の管理人を募集している情報が入ると、郷愁にかられて私は生まれた地に帰る事にした。
ヒイラギが投げ出した役割は、クヌギの開発室ではなく会社全体がその責を負ったと聞いた。
業を煮やしたCEOが激怒したとかどうとか。
詳しい事は私は知らないが、その事もあってヒイラギがいなくなってから数年で霊園が完成したらしい。
元々は青花の家だった場所はわずかに増築されてホテルとして残されている。
霊園兼ホテルの管理人として日々、暇だったり忙しかったりする毎日を私は送っている。
私がここに来た時点で周囲は様変わりしていた。山は整備されて緩やかな山道が作られ、
綺麗に整備された白い霊園を眺める展望台は墓参りを終えた人達の休憩スポットとして活用されている。
残念ながら農園は道を作る際に潰されてしまったらしい。
残っていたら未練がましく世話をしていたかもしれないからそれで良い気もする。
それでも土いじりからは離れられなかった。
鎮魂の花としてネモフィラを育てろとの命令も仕事に含まれていたのだ。明かに霊園の管理人から逸脱している。
命令はネモフィラだけだったが、それ以外をやるな。とも言われてないのでシーズン以外は好き勝手に経費で花をいじれるので悪い命令ではなかった。
青花とヒイラギが消えてから50年。ここに居ついてからは20年位になるだろうか。
今年も綺麗に咲いたネモフィラの花畑を眺める。
空を映したような青と白のコントラストが美しい。そんな景色をボーっと眺めていると、誰かが近くに来る気配を感じた。
「綺麗な花畑ですね」
振り返ると、赤みを帯びた太陽を背に一人ののらきゃっとが立っていた。
深い赤色をした目をしていたが、私の赤い目より暗く感じる。そう感じるのは夕焼けのせいだろうか?
「まあね。毎年苦労して世話をしている自慢の花畑さ」
その、のらきゃっとは花の側に座ると花弁にそっと触れてネモフィラを見つめた。
「そこから取るのはやめてくれよ。お土産とかお供え用のはホテルの方にあるからさ」
「おっと、すいません。綺麗だったのよく見ようと思って」
そう言って彼女は立ち上がり、私に向き直った。
「突然ですいません。あなたのその眼帯はどうしたんですか?」
「これか?まあ昔、色々有ってね。治すのも忍びなくてさ……目が無くても眼帯にカメラが仕込んでるからそれで十分なんだ」
「なるほど。確かにカッコよくて素敵ですよ。
それで……もう一ついいですか?あなたは、自分が何者で何をしていたか。覚えていませんか?」
先程までのゆるりとした雰囲気から一転して真に迫った空気を感じる。
突然の質問。私と似た赤い目。彼女は私の事を何か知っているのだろうか?
「質問の意味が分からないな。こんな僻地の霊園の管理人を捕まえて何を聞くのやら」
なんとなく警戒心を抱き、誤魔化してみせる。
「そんなに警戒しなくても平気ですよ。私の仲間がここにいると聞いたので確かめたかっただけなんです」
「それって……私の事を知っているのか!?」
突然現れた過去の手掛かりに私は思わず興奮した。
早口で事情を説明して彼女に詰め寄った。
しかし彼女は私の話を聞いている内に気まずそうな顔を作った。
「あの……つまり過去の情報は何一つ無いんですか?」
「ああ。記憶も無いし、個体識別IDも消失して何も残ってない」
「そうですか……そうなると……すいません。期待させてしまったみたいですけど、私にはキングさんの事は分かりません」
「そうか……そうだよな……何の手掛かりも無いんじゃ仲間だったとしても話しようがないか」
肩を下ろしガックリとうなだれる。
気を落としながら帰ろうとすると彼女は私の後ろをついて来る。
「帰りのバスならこっちじゃなくて向こうだぞ。次出るのが最終便だから急いだ方が良い」
ホテルから少し離れたバス停を指で刺し示すと彼女は首を振って答えた。
「いえ、今日はホテルに泊めてもらっても良いですか?今晩は一つ用事ができたので」
「用事?」
「はい。キングさん、あなたに話しておきたくなったんです。
行方不明のままの仲間達の話を。その中から一人、選んじゃいましょう。こいつこそがキングの元になったのらきゃっとだって」
「なんだそれ。勝手にそんなの決めて良いわけないだろ」
「いえいえ、もう50年以上も行方不明のままなんですから、勝手に名乗っても誰も責めたりしませんよ」
死者の眠る地を管理する人になんて提案をするんだ。
呆気にとられながら笑いがこみ上げて来る。私はその無礼な提案を笑いながら受けることにした。
帰る道すがら彼女に名前を聞いて見るもはぐらかされて終わってしまった。
とりあえずのらきゃっとと呼んでくれれば良いと言うのでそれに応じることにした。
家に帰るとロビーの休憩用スペースで銀色の髪の少女がPDAで雑誌を読んでいた。
気配に気づき青と赤のオッドアイの瞳をこちらに向けると、客がいると気づいて姿勢を正す。
「いらっしゃいませ。後おかえり、かあさん」
若干不躾ではあるがしっかりと頭を下げて客人に挨拶をしているので文句を言うのはやめておこう。
我が子ではあるが従業員ではないので強くは言えない。
「ただいま。クリス、悪いけどこの……のらきゃっとさんが今日泊まる部屋の準備をしておいて。私は晩ご飯の方やっておくから」
「はーい。お部屋の用意して来ますのでロビーの方でおくつろぎ下さいね」
ペコリと頭を下げるとクリスは2階の客室に向かって行った。
「人間のお子さんですか?」
「色々有ってね。子育ても悪い物じゃないよ」
「こんな所じゃ大変じゃないですか?」
「まあね。でも今は週末だけ帰って来て普段は街で勉強してるから、ほとんど親離れしてる様なものさ。
ところで食事は用意してもいいのかな?」
「はい。食べるのは大好きなので、是非お願いします」
昼に作っておいた肉じゃがとホテルの来客用に少し豪華な味噌汁も用意した。
有り合わせの漬物も添えて3人分の食事を食堂へ運んだ。
「わお。洋風な木造建築のホテルには似合わぬ和風な晩ご飯ですね」
「予約がない時はしょうがないだろ。大体家は食事でやってるわけじゃない」
「人の多い時期はシェフを呼ぶんですけどね。かあさんの料理も不味い訳じゃないから食べるには不足しないよ」
娘と客の二人に何故か文句を言われながら食事をした。
のらきゃっとからは料理に興味を持てないアンドロイドの料理という恐らく不名誉な評価を与えられた。
せめて家庭的とかテンプレから抜けてないとか、柔らかい言い方も有るだろうに、ご飯を三杯もおかわりしておいて酷い言いようだった。
クリスからも「かあさんの料理って悪い意味で変わらない味だよね」と言われ、
打ちのめされた気持ちで食器を洗っているとクリスがキッチンにやってきた。
「かあさん、報告したい事があるんだ……」
そう言いながらも言葉を探るようにモジモジとして黙っている。
少し不機嫌な私は橋渡しをせずに次の言葉を待った。
「あのね……」
食器の水気を拭き取り、棚に戻し終えるとようやくクリスは口を開いた。
「サクラに……告白した!」
ああ、やっとか。
私の心に長く引っかかっていた重りがようやく取れたような、心がスッと軽くなった。
「そうか……返事はどうだった?」
「サクラも……ずっと同じ気持ちだったって!」
「そうかそうか。まあ……大事にしてやりなよ」
心が軽くなるという以上に心がポンと空の向こうに飛んで行ってしまった気持ちになる。
のらきゃっとに話をしましょうと誘われたが、今は自分の話をする気分になれなかった。
「悪いけど……その話はやめて私の用事に付き合ってくれないかな?」
そう頼むと「キングさんがそうしたいのなら別に構いませんよ」と了承してくれた。
私はのらきゃっとを連れて納屋に向かい、厳重に閉められた扉を開いた。
「電子キーにパスコード、農具を置くだけにしては厳重ですね」
「中を見られたくない子が近くにいるからな」
芝刈り機をどかして現れた鍵穴に鍵を差し込むとゆっくりと地下室への扉が開いた。
「秘密基地みたいでこういう仕掛けってワクワクしますよね」
「みたいというより、実際秘密を隠してるからね」
埃にまみれた地下通路を進み、目的の部屋の扉を開ける。
部屋に入るとパァッっと自動で照明がつく。
部屋の中では一台のアンドロイド用メンテナンスポッドが静かに駆動音を響かせている。
のらきゃっとは興味深そうにそのマシンに近づき、中を覗き見た。
「これは……この子は……なんだかクリスちゃんに似てますね」
「そいつの名前はヒイラギ。忌々しくも私の初めての友人だ」
元々ヒイラギだったその体を背負い、霊園への道を行く。
「それで荷物運びを頼むでもなく、私に用があると言う事は話し相手が欲しいという訳ですよね?」
「そういうことだ。今日は自分の過去よりも片付けたい用事ができてしまってね」
背負ってみて気付いたが、一切動かないアンドロイドを運ぶのは意外に面倒だった。
バランスを崩すとすぐに落ちそうになるので、結局のらきゃっとに背中を押さえてもらう形で運ぶことになった。
簡単にヒイラギと青花の事をのらきゃっとに説明した。
プライベートな話だが、今更あの二人に許可をよる方法も無いのだから問題無いだろう。
「それでまあ、ヒイラギは恋人の青花と一緒に行方不明。端的に言えば心中しますって手紙を私に残してどっかに行ってしまったんだ」
「なるほど。そのヒイラギさんが残した義体が今運んでいるコレということですか。それでなんで急に埋葬しようと思ったんですか?」
「杞憂って言うのかな?不安に思うだけ無駄な事柄が本当に杞憂だってわかって安心したんだ。
話を戻すけど、私に残された手紙には中々扱いにくい物が同封されていてさ。
人格、精神、記憶。そこら辺のアンドロイドにぶち込めばすぐにでも動き出しそうな精巧なメモリーチップが2枚分。
そんな物を渡されてもどうしろって言うんだ?」
「確かに困りますね。大切な友人だとしても複製する訳にも行きませんし」
「その通りだよ。実際それを使うまで20年以上掛かったからね。
理由なんて無いほんの気まぐれだったけど、
自分の研究と今のバイオメディカルを合わせればデジタル化した記憶を遺伝子に組み込む事も出来るんじゃないかと思ったんだ。
結果は一年も掛からずに実用可能な物が仕上がってさ。そこから生まれた内の一人がクリスマス。クリスって訳なんだ」
「クリスマス……っていうんですか、クリスちゃんの本名。ずいぶん思い切った名前ですね」
「ツッコム所そこ?まあいいや。悩んだけどヒイラギの製作者がクヌギって名前でさ。
その二つから連想するとこの名前しかない!って思ったからクリスマス」
「なんだか派手な名前ですね……キングさんもクリスって呼んでましたよね」
「ああ、そっちの方が納まりがいいだろ?」
つらつらと喋っている内に道は下り、展望台に着いていた。
月の照る夜に休む必要はないので少しだけ景色を眺めてから歩き続けた。
「クリスちゃんにはヒイラギさんだった時の記憶は無いんですか?」
「そういった記憶のデータがある遺伝子から生まれただけだからね。もしかしたら何かの切っ掛けでその記憶を俯瞰する可能性はあるけど、
それを自分の記憶で有ると思う事はないよ。生まれについてはクリスにもある程度は教えてあるし」
「記録はあるけど記憶には無い。といったところでしょうか」
「そんな感じだ。まあヒイラギの面影はあまり感じないのはアンドロイドと人間の違いがあったりするのかもな。
我が強い所だけは変わらないから手が掛かって仕方がないけど」
霊園の端。立ち並ぶ墓から少し離れた場所にひとつだけ何も書かれてお墓があった。
使われる前から植物に浸食されて見すぼらしい姿になっていたので手早く掃除をすることになった。
「ヒイラギのお墓はずっと前からあったんだ。だけど私のわがままで今日まで放置してた」
あまり対面したい物でもなかったのでしょうがないが、小まめに掃除をしておけば良かったと後悔しながら手を動かす。
「クリスさんさんと何か話していたみたいですけど、何かあったんですか?」
「もう一人……青花を元に作られた子供がいたんだ……
名前はサクラ。万能ではないけど健康的で真面目で賢い子だよ。今日、クリスがサクラに告白したんだってさ。
その話を聞いたらさ、あの二人を見ていて引っかかってた物がなくなった気がしたんだ。
だから………晴れない未練にすがっている自分が馬鹿らしくなった。それが今日付き合ってもらった理由だよ」
掃除を終え、石室の中にヒイラギを横たえ、揺れる気持ちを鎮めながらゆっくりと蓋を閉めた。
「泣きたいなら泣いても良いと思いますよ」
「…………そんな気持ちではないよ。むしろ晴々とした気分さ………のらきゃっとは運命って信じる?」
「運命ですか。あまり何でもかんでも運命で片付けようとは思いませんが……
きっと望めばこそ、そこに有るのだと私は思います」
私は黙って空を見上げる。
私の目に映る丸いはずの満月は不思議と歪んで見えた。
━━━
朝の10時を回る頃、始発のバスがバス停に着くと、10名ほどの客が降車してバスの中は空っぽになった。
少し時間を置いて、バスの発車が近づくとのらきゃっとが足取りを軽くしてバスに乗り込んだ。
客が自分の他にいないのを確認するとバスの奥の長椅子で横になって優雅に発車を待った。
「のらちゃん、もう帰るんだ」
のらきゃっとがまどろんでいると、銀髪の少女がバスに乗ってきた。
「クリスちゃん。あなたもどこかにお出かけですか?」
「うん。買い物ついでにデートの予定です。横にお邪魔しても良いですか?」
のらきゃっとはあくびをしながら起き上がるとノビをしてから「どうぞ」とクリスに場所を開けた。
会釈で返してクリスはそこに座る。
「デートの相手はサクラちゃんですか?」
「あっ、かあさんから何か聞いた?」
「はい、昨日の夜にずいぶんと興奮した様子で喜んでましたよ。娘の告白が上手くいったと」
「もう……お客さんに話ような事じゃないでしょ……」
クリスは顔を赤らめてうつむきながら愚痴をこぼす。
「それだけ娘の成長が嬉しいのでしょう。サクラちゃんはどんな人なんですか?」
「ちょっと硬い感じのリーダータイプって言うのかな?だけど私は何か放って置けなくて守りたいって思えて……
不思議だよね。サクラの方がずっと優秀なのに」
「そうなんですか。でもきっとその気持ちは今ある好きとか愛とか……あまり関係ないんじゃないですか?
目の前にある相手を想う気持ちを見失わなければ、気持ちに抱き方に疑問を覚える必要なんてありませんよ」
「おーーなんか恋愛のプロっぽいお言葉」
「なんですか、恋愛のプロって?」
二人が話をしていると、発車時間になったバスが自動的にエンジンを駆動させた。
静かに動き始めたバスは近くの街へと向かって行く。
のらきゃっとは名残惜しそうに窓の外を見た。
その目には初夏の風を受けて嬉しそうに身を揺らすネモフィラの花畑が映っていた。
グレイブディガー 心中編はこれで完結です。
次からは時を戻してヒイラギが青花に会いにいかなかったらのストーリーに続きます
投稿までまだまだ時間が掛かると思いますがご付き合いいただければ幸いです