『泣いても良いです。悲しまないでほしいなんてわがままも言いません。
だけどヒイラギには生きていて欲しいのです。最後まで一生懸命に』
長い長い青花の手紙の最後にはそう綴られていた。
何もかも、気にしないでいれば楽になる。
目を瞑って見えない振りをすれば苦しむ必要も無い。
青花を失った悲しみから逃げる様に妾は遮二無二、墓作りに没頭した。
休んだ方が良い。無理はするな。クヌギからは何度も止められたがそれでも止まる事は出来なかった。
少しでも暇が有ると見たくも無い現実が頭の中に浮かんでしまうから。
体が軋み、動力炉が燃える様な熱を放っても構わなかった。
そんな苦しみよりも、何かをしていなければ迫ってくる現実の方が妾には苦しかった。
終えてみれば、契約の20年は十分な休みをとった上で鉄屑で埋まった盆地を作り替えるのに足りる期間だったと知る。
ここに降り立ち10年の時を経て、妾の生まれた時に結ばれた契約は終わりを迎えた。
何をするでもなく、霊園の開発をただ眺める生活を続けてどれ位の月日が進んだだろうか。
展望台から忙しなく働くのらきゃっと達を眺める生活を長らく続けていたある日、妾の安寧は突然破られた。
「いつまでも呆けたままでいるつもりだ!」
そう怒号を飛ばしながら現れたキングに最低限の荷物と金を持たされて霊園どころか家からも追い出されてしまった。
「自分の目が覚めたと思うまで帰ってくるな」
そうして妾は曖昧な目標だけを抱えてあてもない旅をすることになった。
最初は何も気分が乗らなかったが、数日の間なんの目標も立てないで歩いている内に虚しさを覚え、
とりあえずで良いから目標を付けて足を動かし始めた。
どこかの街へ。どこかの観光地へ。次へ次へと目的を定めていった。
そうする内に何に対しても興味を持てない自分はどこかに消えてしまった。
旅の中で色々な物を見た。
イムラの管理下で生きる事を拒み、街の外で生きる人々。キングと似た目をしたのらきゃっとの営む喫茶店。
今も稼働し続ける無人の兵器工場。無限に再生する怪物に占拠された街。
雲の下に沈む古代都市。宝石の様に輝く雪の舞う雪原。
生命の危険を感じる場所も多々あったが、どれも旅の思い出として記憶に刻まれた。
そんな放浪を続けて10数年の時が流れた。
目を覚ますまで、とキングに言われた条件は旅に出て一月で達成したと思っているが、
今度は青花との思い出に溢れた故郷に帰り辛さが出てしまった。
青花のいない故郷よりも、青花を遠く想う今の生活の方が気持ちが落ち着くせいで故郷へ伸びる足を重くしていた。
次はどこへ行こうか。公園のベンチに腰を下ろして面白そうな場所の情報を携帯端末で調べていると、一つのニュースが目についた。
『0から人間を作り出す技術 確立される』
その記事は学者のインタビューが長々と続き、妾には理解の出来ない事柄ばかりが記されいたが最後の言葉に思わず目を剥く。
『この研究は絶対に私たちだけでは成し遂げる事は出来なかっただろう。
今行われている全ての遺伝子研究の基礎を作った彼女は人間という種の救世主と言っても過言ではない。
姫木青花。彼女にはどれだけの感謝を送っても足りないよ』
気がつくと遺伝子に関するニュース記事を過去にさかのぼって調べている自分がいた。
探すまでもなく、多くの記事に青花の名前が添えられていた。
妾はそこで理解した。彼女がやった事。彼女が残した物。
きっと全ての人間。全てのアンドロイドは彼女が偉大な研究を成した人物だと思うだろう。
志半ばで倒れた悲劇の人だと後世には言われるだろう。
だけどきっとそんな大それた話じゃないんだ。
世界を変える、未来を変える。青花の残した研究はきっとそういった物で、それを残さずに死ねば世界は大きく変わっていただろう。
何千、何万の文字で綴られて。妾には理解出来ない図式や計算式で記されて。
複雑怪奇で大勢の人が理解できない様なレポートも本当に伝えたい言葉は10文字にも満たないだろう。
青花が残した妾だけに残したメッセージ。
「私はここにいるよ」
公園で遊ぶ子供達の喧騒の中、声が聞こえた気がした。
青花はもうどこにも居ない、だけど確かにこの世界に居る。そう想うと一転して故郷、霊園に帰ろうと気持ちが定まった。
腰を落ち着けたらやってみたい事は旅の中で色々と見つけていたし、今ではあの静寂に包まれた生活も懐かしく感じていたのもある。
帰ってみると様変わりした光景には驚かされた。
農園は無くなり舗装された道と花畑が目に入り、青花の家は増築されてホテルになっていたり色々と衝撃を受けた。
管理を投げ出した妾に文句を言う資格も無いので不満はあまり無いが、妾を追い出したキングに「旅が長すぎる」と怒られたのは不服だった。
「それで旅はどうだった?」
キングは長々と小言を言った後にそう付け足した。
「あちらこちらと旅をして……旅の終わりは何とも呆気のないモノじゃったよ」
「なにがあったんだ?」」
「まあ、話はゆっくりするとしよう。時間は沢山あるのじゃからな」
キングと、久しく会う友人と溜まりに溜まった話を交わし合う。
旅であった出来事。霊園の管理。外で出会った奇妙な人達。霊園に訪れた変な人達。
興が乗るままに一晩中話続けてしまった。
しかしそんな愉快な歓談の中、心に虚しさが差し込む。
今まで生きてきた時間のほんのひと時でしかない思い出が妾の頭から離れる事はなかった。
人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり。
そうは言うがアンドロイドの妾の生が五十年で尽きるとは思わなかった。
霊園に籠ること20数年。目眩というアンドロイドにあるまじき体調不良が起きる様になったのでクヌギ(いつの間にのらきゃっとになっていた)に相談すると、
精密検査を受ける事になった。
検査の結果はエネルギー炉の劣化による機能不全。人間で言えば寿命とでもいうのだろうか。
近い内にエネルギーの生成は止まるらしい。
修理を受ける気のない妾を見て、クヌギはとても苦しそうな顔をするので最後にきっちりと気持ちを伝えて今生の別れをすました。
「そなたの元で生まれて……妾はそれを誇りに思っておるよ。だから泣きそうな顔をするのは止めて、笑って送ってほしいのじゃ。
なあ、お父さまよ」
朝の空気を揺らす風が体を撫でていく。僅かに湿り気をおびたその風を受けると自分が風の一部になった感じがして好きだ。
ネモフィラの咲く花畑をベンチに座り、眺める。人生の最後を彩るのに十分なその景色を記憶へと刻んでいく。
「考えは変わらないんだな」
眼帯をしたのらきゃっと、キングがどことなく気持ちを抑えた声で話しかけてきた。
「やりたい事や未練が無い訳ではないぞ。特に折角手に入れた青薔薇の苗。
残念ながらまだ蕾のままじゃ、後数日早く咲いてくれれば良かったのじゃがのう」
「それなら……もう少しだけ生きたらいいじゃないか。わざわざ死ななくても………」
知人、友人。妾が別れを告げた人物たちは皆、一様に死ぬことを止めようとする。
きっとそれは幸せな事なのかもしれない。だけども妾の考えは変わらない。
「寂しさがいつまでも埋まらないのじゃ……ずっとずっと……誰といても何をしていても妾の中に空いた穴が埋まる事はない。
だから、妾を思えばこそ死なせてほしいのじゃ」
二つのケースを取り出してキングに渡す。
キングは何も言わずにそれを受け取ると開いて中身を確認した。
「メモリーチップ?」
「一つは青花のデジタル化した記憶とDNA情報。もう一つは妾のデータ化した記憶が入っておる」
「それって……こんな物があるなら青花を作る事だってできるじゃないか?!死ぬほど寂しいなら今からだって……」
「何度もそう考えた。だけどそうしようとは踏み切れなかったのじゃ。きっとその選択は不幸しか生まないと思わぬか?
きっと生まれる其奴は妾の求める青花にはなり得ない……」
キングは手の中にあるそれを見つめて、逡巡の後に蓋を閉めてしまった。
「使い方は好きにして良いのじゃ。人間でもアンドロイドでも」
これで全てが終わった。後は一人で静かに終わりを迎えるだけだ。
黙ったままのキングに背を向けて、重くなった体を動かして家に向かう。
「おい!」
山に反響してこだまが返るほどの大声でキングが叫ぶ。
「お前が死んだら!目玉!!返して貰うからな!」
「好きにすれば良い!」
妾も釣られて大声で返す。
ほとんど動きを止めた身には少しばかり響いた。
ただの死に掛けか、大声を出したせいか。帰り道は思いの外辛かった。
後者だとあまりにも馬鹿らしいので原因は前者である事を願いたい。
道中、妾の体の中からエネルギーが生み出される感覚がなくなった。完全に止まってしまったのだろう。
残留したエネルギーで自室へと辿り着き、ベッドへ倒れ込む。
視界が霞み、手足が動かない。
しかしうつ伏せに倒れた姿ではあまりに格好がつかないので、全てを捻り出しどうにか仰向けになる。
胸元で手を組み、どうにか動けなくなる前に姿勢を整えた。
ああ、なんじゃ。気がつかなかったが窓が開けっぱなしじゃ。
しかしもう体は動かぬ。まあ、もう気にする事でもなかろう。
だんだんと目の前が白くなる。光の中にいるのか?瞳が何も映さず白に見えているのか?
どちらか分からないが悪い気はしないのう。
頬を撫でる風がまだ妾が生きている事を知らせる。
寝かしつける様に何度も……何度も………
風が吹く度に、母にあやされる子供のように不安が取り除かれていく。
うたた寝でもしたくなる様な優しい眠気が訪れる。
逆らわず、それを受け入れると、風がどこからか甘い香りを運んできた。
そうじゃ……確かこの香りは……青い薔薇の………
━━━━━
【50年前の冬のある日のデート。花屋の前にて】
「青い薔薇ってどう思いますか?」
色とりどりの薔薇が置かれたコーナーを見て青花が質問を投げかける。
「青い薔薇……綺麗で悪くないと思うが?」
深く考えず見て覚えた印象をそのまま答えにした。
「そうですか?私は薔薇の色としてはそんなに好きじゃ無いんですよね。
………毎日見る色をわざわざ花に求めないと言うか、私に似てるのが嫌なんですよね」
「お主が嫌いときっぱり言うのは珍しいのう。それで逆に好きな薔薇の色は何色じゃ?」
「好きな色ですか?私は赤色が一番好きですね。シンプルに愛情を伝える花言葉も含めてお気に入りです」
薔薇の花言葉は数で決まると何かで見た記憶がある。
その言葉を思い出しながらどれ程の数が適切かを考えたが、気軽な本数には収まりそうにはならなかった。
「それでヒイラギさんは?」
数々の花を眺めて見るが、妾の目を引くのは一つの色だけだった。
「ふむ……妾はやはり………青が好きじゃ。この色は嫌いになれぬ。
青花の髪と同じこの色は何と言われようと好きな薔薇じゃ」
「そんな風に言うのはずるく無い?そう言われたら私は嫌いなんて言えなくなりますよ」
むっとした顔で青花は並べられた一輪の青い薔薇を手にとり、顔に近づける。
「まあ……色が気に入らないのは変わりませんよ。だけどこの香りは私も好きです」
青花はその薔薇を妾に渡すと、スタスタと花屋を出て行ってしまった。
妾はもう一輪の薔薇を手に取り、急いで会計を済まして青花の後を追った。