私は私では無い人の夢を見る。
記憶から遺伝子を生み出す技術を用いて生まれた子供達には多く見られる現象だ。
お母さんから言わせると遺伝子の見せる前世の記憶で意味の無い映像らしいが、
そうは言われても自分の目線で人の生きている様子を見せられると、どうしても気になってしまうものだ。
それだから、その夢にテレビで見るドラマ以上の価値が無いと割り切るまでに私の年齢は10を超えていた。
同じく電子記憶遺伝子生まれの親友のサクラからは、見切りを付けるのが遅いと馬鹿にされた。
いつでも冷静なあの子からすると気にする様な物では無いのだろう。
しかし私たちの様に前世をハッキリと割り切れない子供達もいるらしい。
アンドロイドも人間の子供を持てる夢の様な発明と持て囃されはしているが、やはり万能ではない。
お母さんは「技術的に年に数人しか生まれないから、社会問題にまで発展する事はないよ」と苦笑いを浮かべていた。
10年以内を目処に解決をしたいと言っているが大丈夫なのか疑問だった。
教室でVRゲームに夢中になり、学校の閉まる時間を過ぎようとしている事に気がついた私が慌ててVRゴーグルを外すと、
親愛なる人物が私に冷たい視線を送っていた。
「長い。いつまで待たせるつもり?」
元々私を待たせたのは委員会の仕事をしていたサクラの方なのだけど、余計な言い訳はやめておこう。
「ごめん。暇つぶしのつもりが熱くなっちゃった。待たせてたなら声かけてくれれば良かったのに」
「ゲーム中に声を掛けて、そのせいで失敗したーとか言われても釈然としないじゃない?
だったら待って嫌味の一つでもぶつける方が良いわ」
「性格悪いなあ……まあ、いいや。早く出ないと先生に怒られるし早く帰ろうよ」
ゴーグルをしまい、席を立つ。
しかしサクラは何かを考えているかの様に窓から空を見る。
「少しいい?相談があるのだけど」
開いた窓から風が流れ、サクラの黒い髪を揺らす。
夕陽に照らされ、輝きを帯びて流れる髪が美しく見える。
「今日からしばらく……両親が出張で家に誰もいないの」
「へぇ、それは良いね。夏休みの始めから遊び放題じゃん」
「そうじゃなくて……わからないの?私が言いたいのは……」
サクラは一度こちらを見つめるがすぐに視線を逸らした。
「それって……」
夕陽のせいなのか、それとも実際にそうなのか。サクラの顔が赤らんで見えた。
胸が高鳴る。これはそういう誘いなのかと思わず唾を飲む。
「うん……あなたの家にしばらく泊めて欲しいの」
そう言い放つとサクラはプーーっと息を吐き出し、そこに来て私は気づく。
「あっ!からかった!今私の事からかったでしょ!乙女の気持ち弄んだ!!」
「欲望を剥き出してどこが乙女よ?」
そう言ってサクラは恨めしく睨む私を無視して教室を出て行く。
「ほら、早くしないとバスがなくなるわよ」
私に向けられたサクラの手を振り払うなんて出来る訳が無く、私は渋々手を繋いだ。
今日の晩ご飯等を買いにスーパーに寄り、鮮魚コーナーに並ぶ魚達を見つめて何を作るか考える。
「今日のご飯はクリスが作るんだ」
「うん。ここ最近帰るタイミングが悪くてずっとかあさんのご飯だからさ、ちょっと辛いんだ……」
「前から思ってたけどキングさんのご飯そんなに辛いの?」
ブリの照り焼きか、カレイの煮つけか。どちらにしようか。
「辛いは言い過ぎたけどかあさんの料理って、和なら和の味、中華は中華の味って一定のラインを絶対に外れない味がしてね。
それに気づいてからかあさんの作るメニューに凄まじい飽きを感じるようになってさ……出来るだけ食べる期間を離したいの」
「ああ。ニュースで前に見たわね。味の感覚が人間とアンドロイドで相容れない場合が有るって」
「私がいないと月光浴でエネルギー補給済ます日も有るみたいだし、食事に興味が薄いのかもね」
そうだ、サーモンのソテーにしよう。ふと思い付いた第3の選択を選び、サーモンの切り身とお菓子を買ってバス停に向かった。
買い物を終えて、今日の最後の無人バスにギリギリ乗り込む。
夜の前に、郊外へ向かうバスの中には私達以外の乗客はいなかった。
正直に言うと夜に染まり行く空を一人で眺めて帰るのはとても寂しいので、サクラが一緒にいてくれるのはそれだけで嬉しかった。
「夏休みの予定、まだ何も決めてないよね」
行けるかどうかは別にして、二人で行ってみたい所を話し合っている内にバスは私の家に到着した。
玄関の扉を開いても広いロビーには誰もいない。
私の家はホテルをやっているが、近くの霊園に来る人が主な客層なので、お盆のシーズンを除けば月に何人かの物好きが泊まる程度で普段は寂しいものだ。
「ただいまー」と声を上げると、ロビーの横の土産物屋からかあさんが顔を覗かせた。
「おかえり。なんだ、サクラも一緒か」
「はい。お邪魔します。数日間、両親がいないのでキングさんの所に行くようにと」
「そういえば先週頼まれてた……身内の事になると雑になってしまうな……」
かあさんの口ぶりからすると、頼まれてたいたのにすっかり忘れていた様だった。
今ばかりはそのミスに感謝したい。
「部屋ならいいよ。私の部屋で布団並べるから」
「そうですね、夏休みの予定とか二人で話したいのでクリスの部屋にお邪魔するので大丈夫です」
かあさんは少しばかり訝しんだ目で私達を見つめた後「サクラがそれで良いなら」と納得してレジに戻って行った。
今日の晩ご飯は会心の出来だったと思う。
メインのサーモンのソテーのベストな焼き加減により生み出された小気味良い歯応えが最高だった。
塩加減もベストな塩梅だったので、二階にある自室へ戻るとしっかりレシピ帳に書き残した。
「作る時に見返さないのに、細かいよわね。ソレ」
私のベッドに上でダラケながらサクラがヤジを飛ばして来る。
「別にいいの。ただの趣味だし」
半ば日記の様にその日にあった事も書いているのだが、それがバレるのも恥ずかしいのであまり反論はしないでおいた。
「とりあえず予定決める前に布団の用意しないとね。サクラはかあさんから布団出してもらって来て」
サクラは簡単に返事をして一階に降りて行った。
私は私物を片付けて布団を置くスペースを作っていると、サクラは布団一式を抱えてすぐに戻って来た。
サクラを招く様に扉を大きく開いて入って来るのを待つが、何故だかサクラは横を向いたまま何かを見つめていた。
「どうかしたの?」
「気になっていたんだけど、クリスの部屋の向かいにある部屋ってずっと立ち入り禁止になっているのはどうして?」
サクラの言う通り向かいにある部屋はもう長い間、開いていることさえ見覚えの無い、いわゆる開かずの扉だった。
「私もわかんないんだ。かあさんに聞いてもはぐらかされるだけだし」
布団を部屋の真ん中に置いてからもサクラは扉に視線を送っている。
「入ろうと思った事はないの?」
「何度か有るけど失敗ばっかりでさ…セキュリティも結構厚いんだ」
私は自分の机の棚から鍵を取り出した。
「マスターキー複製したけど入れなかったし」
「とんでもない事さらっとやるわね……」
鍵の使用履歴はしっかりセキュリティシステムに保存されるので何度も使用できる物ではないので今まで一度しか利用はしていない。
「鍵を開けると今度はパスワード要求されちゃってそこで手詰まり。ミスしたらかあさんにバレそうだからそれ以上はね…」
「パスワードって……電子ロック?それなら……私ならできると思うわ」
夜も更け、虫達も眠りについた時間。
私達はひっそりと廊下に出た。静まりかえった廊下は、いつも以上に闇に包まれている様に感じる。
誰に迷惑を掛ける訳でもないが、秘められた物を破る罪悪感がそう感じさせるのだろうか。
わずか二歩も歩けば辿り着くその扉が、不思議と遠く感じた。
ガチャリ。
ゆっくりと回したつもりだったが、鍵を回す音が大きく響いた。
思わず唾を飲み、後ろを向いた。冷や汗を流しながらサクラはPDAを見つめる。
そして扉にパスワードの入力画面が表示されると、PDAを数回タップした。するとカチンと大きな音が響き扉が力なく開いた。
なんだろう?甘い何かの香りを感じた。
「なにやったの?」
「セキュリティシステムを一瞬だけ乗っ取ったの」
計画が上手く行き、涼しい顔をしているサクラが少し恐ろしく見えた。
「べっ…別に犯罪に使うつもりはないから!ただ学校の資料貰うのに先生の許可貰うのが面倒な時しか使ってないわ!」
「そんな理由でそんな危ないアプリ作ったんだ……」
「クリスこそ鍵を一度盗んでるじゃない、手段について論じるならアナタだって十分アウトでしょ?」
そう言われればそうだった。「そうだね」と短く返して話を切る。
これからは身の回りの隠したい物に電子ロックを使うのは控えようと心に誓った。
扉を潜ると、そこには想像していた部屋とあまりにも違う部屋がそこにはあった。
薄汚れたいかにも何かを隠している雰囲気のある怪しい部屋だと思っていたが、一言で言うなら女性的な部屋が広がっていた。
整然と整えられた紅茶の空き缶。数多の色を抱いた手織りのタペストリー。部屋の雰囲気に合わせた家具が綺麗に部屋を彩っていた。
「なんか……なんだろう?凄い普通の部屋だね。こういう部屋で暮らしたいって憧れるような…」
「そう?綺麗だと思うけど、私はもっと物が少ない方がいいわ」
部屋を眺めて見た感じからすると、この部屋は定期的に掃除されている印象を受けた。
私がいない間にかあさんがやっているのだろうか?
誰も使った様子のない家具ばかりが目に入るが、ベッドだけは様子が違った。
青いバラのドライフラワーがベッドの上に置かれている。香りの正体はこれなのだろうか?
それは整頓され、部屋主がここに来ればすぐに使えるように整えられた部屋の空気からは明らかに浮いていた。
「これはなんだろう?」
サクラは手を伸ばすと、ドライフラワーの影に隠れていた小さな箱に手を伸ばした。
箱を拾い上げるとサクラは躊躇なく箱を開いた。
「ひっ」
口から空気が漏れたような小さな悲鳴を上げる。
私も興味にひかれるままに箱の中身を覗く。それが目に入った瞬間、恐怖から思わず体が跳ね上がる。
目だ。赤い目がこちらを覗いていた。
「あっ……あわわっ」
その視線から逃れる為に一歩後ろに下がったつもりだったが足をもつらせて尻餅をついてしまった。
「クリス。落ち着いて、これはアンドロイドのパーツよ」
私より早く冷静になったサクラが大袈裟に倒れた私を諭した。
「アンドロイドの?………でも何でそんな物が?」
恐怖は治ったがまだ心臓はバクバクと高鳴っている。
落ち着かせる為に何度か深呼吸をしていると、尻餅をついたままの私にサクラが手を伸ばした。
「ありがとう」
そう言ってその手を取ろうとした瞬間、ドアを叩く轟音の後に怨嗟に塗れた怒りの声が部屋に響いた。
「部屋の物に手を出してみろ。触れた物の数だけ貴様を斬る」
殺気というのはああいう気配の事を言うのだろう。
ブレードを振り上げるその影を見た時、私は意識を手放した。
目を覚ますと、ロビーのソファーの上に寝かされていた。
私が起きた事にかあさんが気がつくと説教の時間が始まり、
先程までの悪鬼にしか見えなかった姿から一転して、ふりふりのレースのパジャマを着たかあさんにしっかりと叱られた。
私のマスターキーの複製は没収され、サクラはアプリを消した所で再び作れるので、代わりに明日反省文を書く事を条件に許してもらった。
「好奇心を持つなとは言わないけど、目的と手段はしっかり選ぶ事!」
「「はい!申し訳ありませんでした!」」
反省の意を頭を下げてきっちりと示して、説教は終わった。
そこでかあさんが黙ったのを確認すると、サクラは厚かましい二の句を繋げた。
「キングさん。もし良かったらあの部屋が何なのか教えてくれませんか?」
叱られた直後に部屋の話をサクラはむし返した。
そんな事を聞いて大丈夫なのかと思ったが、かあさんは意外にも落ち着いた様子で考えていた。
ソファーに座る私達を見つめてから向かいのソファーに座り、口を開いた。
「この話は……アナタ達とは関係が有るけど、アナタ達の人生とは関係の無い話。そう思って聞いて欲しい」
かあさんが今まで見せた事のない真剣な面持ちで私達に語りかけて来る。
「それはどういう事なんですか?」
「サクラの両親とも話し合って決めていた事なんだ。話すタイミングも私に任されている。
二人には過去の事は知る権利が有るし、きっとその上で乗り越えて行けると信じているよ。
覚悟をして聞いて欲しい。自分の前世の話なんて、毒にならない訳がないんだから」
かあさんはゆっくりと話をしてくれた。
ヒイラギと青花という二人の話、今まで話してくれなかったかあさんの片目の話も。
話を聞いていく中、夢で見た景色が何度か頭に浮かんだ。サクラも同じなのか困惑している様子が何度も見られた。
「そしてヒイラギは修理を拒み、今の体を寿命として死んだのさ。
あの部屋はそれっきり片付ける気が起きなくてね……当時のままだ」
そこまで喋るとかあさんは空を見つめる。
話はこれで終わりなのだろう。まだ頭の中で整理しきれない気持ちが溢れているが、ひとつだけハッキリと疑問が残っていた。
「かあさん、あの部屋の事はわかったけど……あの箱に入った目玉はなんなの?」
「アレか、アレは私の……元々は私の目だった物さ。話しただろ?ヒイラギに負けて取られて、死んだ後に譲られたのがアレだ。
戻さないのかと聞きたそうだから教えてやる。私はこの私が存外好きなんだよ」
眼帯をツンツンと指で叩きながら、照れくさそうに笑う。確かに、私としてもかあさんの今の顔立ちが好きだ。
「それとだ、結構最近なんだ。ヒイラギを埋葬したのって。
お前達が恋仲になったと聞いた時、やっと踏ん切りがついてその時になって目を返してもらった……
ヒイラギを埋めてから気づいたよ、ずっと未練だったんだ。私がヒイラギの生きる意味になれなかったのが」
かあさんは箱を手に持つと、開く事なくじっと見つめていた。
私には今かあさんがどんな感情を抱いているのか、察することは出来なかった。
だけど、かあさんの思いをわかってあげられるのはただ嬉しいだけじゃなくて、きっと悲しい事なのだというのは理解できた。
好奇心猫を殺す。
今回死んだのは猫でなく私達のテンションだったのは幸いか。
語りすぎて恥ずかしくなったかあさんに「散れ!」と言われたので落ち着かない気持ちのまま布団に潜りこむ。
私達の元になった人達の境遇を悲観して初等部の頃は近くにいる様に細工をしたが、中等部に入る前にはやめたらしい。
つまり私とサクラの気持ちに他者から介入はないとかあさんは言いたかったのだろう。
気づかいのつもりだろうが、そう言われる方が自分の気持ちに自信がなくなる。毒と言っていたのはそういう事なのだろうか?
寝付けずにモヤモヤしているとサクラがぬっと立ち上がった。
「眠れないの?」
「あんな話聞かされたらね……サクラも眠れなさそう?」
「うん。だから……横、入ってもいい?人肌が恋しくなってたまらないのよ」
「そっか、いいよ。私も一人だと落ち着かないや」
ベッドの上にスペースを作ると、サクラはそこに入ってきた。
人肌が恋しいという気持ちに偽りはないのか距離が非常に近い。
「ねえ、クリスは私のこと好き?」
「好きだよ。だけどちょっと自信無くした」
「あんな話聞かされたらしょうがないわよね。私も少し自信がなくなったわ。だから手を貸して」
言われるままに手をサクラに近づけると、サクラは私の手をギュッと握った。
「こうやって繋がれば確かめ合うのにちょうど良いと思わない?」
「そうかも」
ただ手を繋いだだけなのに心が軽くなった気がした。
気持ちが晴れると途端に目蓋が重くなる。
「そういえばバタバタしてて何も決めてないわね」
「明日は……明日の予定は明日決めよう……」
「そうね………時間は有るのだし慌てる必要はないもの………おやすみ、クリス」
おやすみ。と返したつもりだったが眠気からその言葉が口から出ることはなかった。
しかし、そんな私よりも早く寝てしまったのかサクラの心地良さそうな寝息が聞こえてきた。
それならもういいか。
私はサクラの手の暖かさを感じながら眠りに落ちていった。
これにてグレイブディガー完結です
ずいぶん時間は掛かったけど書きたい事は書く事ができたと思います
もしよろしければ評価、感想をお願いします
疑問があるならお気軽に聞いてくれても構いませんので
ここまで読んでくれて本当にありがとうございました!