山に囲まれた平地の中央に天を刺すように佇む一つの柱があった。
それは本来、多くの者を月へ送るためのロケットだった。戦乱の中捨てられたロケットは今や足元で眠る多くの者を悼む様にそこに佇んでいる。
その平地の片隅のわずかに整理がされた一画に、一軒の家と無骨な鉄製のガレージの様な建物があった。
その建物の近くにパラシュートに揺られて一台のカプセルが落ちてくる。
地面にズンとわずかな振動を起こしてから数時間、
太陽が空の真上からすっかりと隠れるまでの時間がすぎるまで何の動きも見せなかったが、突然カプセルの扉を蹴る音が辺りに響いた。
「くそ! スイッチを押しても開かぬし、どうなってるんじゃ!」
狭いカプセルの中、ヒイラギはイライラしながら目の前にある扉の開閉スイッチをカチカチと押し続けるが一向に何の反応も見せなかった。
「もういいわ!壊す!」
思い切り足に力を込めて扉を蹴る、わずかなへこみと隙間ができるのを確認すると、二度・三度と蹴り続け、
思い切り力を込めた蹴りを5回喰らわせると扉が弾き飛び、ヒイラギはようやく忌々しいカプセルの中から抜け出すことが出来た。
「全く……こんな物で送り込むとはどうかしとるわ、イムラの奴らめ……」
ブツブツと文句言いながら乱暴に宇宙服を脱ぎ捨てると、
踵を返しカプセルの頭頂部を弄る、わずかな歪みを確認するとそこに指を当てスライドするとスイッチが現れる。
「流石にこっちまで壊れている事はないじゃろ」
ヒイラギは懐疑的な気持ちでスイッチを押すと頭頂部が開き、幾つかの箱がゴロリと転がり落ちた。
箱の中身は拳銃と刃のない柄の様な物、そして予備の腕がワンセット入っていた。
使い道のわからない物もあったが、それぞれに欠損がないか念入りに確認していると、ヒイラギは後ろから何かが近づいてくるのに気がついた。
若干ぎこちない、不規則な足音を響かせながら近づいてくる何かにヒイラギは注意を向けた、
視界の端に入った瞬間、それに対して手のひらを向ける。辺りを照らす様な強烈な光がヒイラギの手のヒラから放たれると、
あっさりとそれは動きを止めた。
何だったのか確認するために近づくと、それは小型の4足歩行の機械だった。
「なんじゃこれは?」
カメラのついた鉄の残骸とでも言う様なそれをつまみ上げ、ヒイラギは家に向かっていった。
ヒイラギは機械がもう動かないのを確認すると玄関に投げ捨てて、家の内装を確認に向かう。
一通りの生活に必要な設備は全て揃っており、特別困る事はなさそうな印象を受けた。ただし一人暮らしには若干広く感じた。
見回りを終えると、地下にある設備の揃った工房に近い様なPCルームと名付けられた部屋に向かう。
ヒイラギはPC以外の使い道はわかりそうに無いと感じたので、特別気をやらずにPCをつけてクヌギへと連絡をつける。
通信が繋がった直後、ヒイラギは無理矢理な移動方法や安全だといっていたくせに扉が壊れていた事に文句をつけた。
クヌギが平謝りするのをある程度見とめると、「もう良いわ」と話を区切った。
「ところで扉が壊れていたっていうけど、ヒイラギ。君の体は問題ないのかな?」
椅子に腰をかけて、両腕を組んでいたヒイラギは組んでいた腕をといて右腕をPCに向けると、緑色の光が周囲を照らした。
「うむ、問題はないようじゃ」
ヒイラギの体は元々戦時中に立ち上がってプロジェクトの一つ。次世代量産型のらきゃっと計画の中で作られた一台だった。
設計思想としては外部パーツに頼らぬ高火力と戦場での単独生存能力の向上を目的として、腕部などにレーザー砲を仕込むという物だったが、
レーザーの制御システムの開発難航、肝心のエネルギーを生み出すエネルギー炉の小型化が上手くいかないまま時が過ぎ、
次世代量産機の開発自体が戦争の終結と共に凍結されてしまったのだ。
そして年月が過ぎ、開発者の1人だったクヌギは諦めきれずに仕事の合間にポツポツと制御システムを作り上げていく。
テストや試行錯誤を重ねて、攻撃と防御を両立させた理想的な制御システムを完成させることが出来た。
そのシステムが完成するとまた、丁度良いタイミングで大きな資金を得るチャンスがクヌギの元に舞い込んできた。
のらきゃっと大霊園計画。誰も手を出そうとしなかったプロジェクトに手を出し、ヒイラギを完成させるだけの資金を手に入れて、ヒイラギを生み出すことが出来たのだ。
「出力の調整も問題ないみたいだね」
ヒイラギは腕から放たれるレーザーを収束、拡散させて自分の意のままに操れる事を確認した。
「そういえば二つほど確認したい事があるのじゃが、この刃のない柄のような物はなんじゃ?」
「ああ、それの説明をしてなかったね!それはレーザーブレードさ!
君を構成する要素の大きな一つと言っても過言ではない大事な武器だ!本当は腕の中に仕込みたかったんだけど、
複雑な機構をしているせいで入れる隙間もなくて残念ながら外部装置になってしまったんだ!だけど……」
突然興奮するクヌギにヒイラギは呆れたようにため息をつくと、それに気づいてクヌギは咳払いをしてから質問に答えた。
「っとすまない、悪い癖がでるところだったね。それでレーザーブレードの使い方だけど、
手に握ったまま強い出力で指先のレーザーを発射して振るう。まあブレードというよりも収束装置といった方が正しい物かもね」
訝しげな表情を作りながらヒイラギは廊下の方を向き、手に握ったレーザーブレードを縦に振るった。
軽く光の線が描かれたと思った次の瞬間、部屋の入り口の扉の半分がバタンと倒れる音が響いた。
「射程距離についてはこちらも実際運用した訳じゃないから周囲の安全確認をした後に確かめてほしい……
と言いたかったんだけど、遅かったかな……」
クヌギのモニターには半分になった扉の前で固まるヒイラギが映っていた。
「ふっ……これはただ扉を開けるのが面倒だから斬っただけじゃ……もう一つ聞きたい事があるからそこで待っておれ!」
ヒイラギが脱兎のごとく部屋から消えると、キイキイと半身を失った扉が寂しそうに揺れていた。
「それで聞きたいのはこれの事じゃ」
急いで戻って来たヒイラギはカメラのついた四本足の鉄の残骸をクヌギに見せた。
「何それ?ゴミ」
「いや、ゴミではないぞ。こやつはなんと動いておった。カメラのような物もついておるし、何らかの偵察機かのう?」
「動いていた?」
何か引っかかる物があるのかクヌギは何かを考え込んでから口を開く。
「すまない、ヒイラギ。君の任務は思っていた以上に大変な事になりそうだ」
「現時点で最悪なんじゃが?」
「自動修復装置。君の…というか大体のアンドロイド等に搭載されているとても便利な機能だ。
擬似体液を介してナノマシンを全身に巡らせて、軽い不具合や傷なら修理をしなくても治してくれる。
戦争が起きた年代から考えて地球軍の自動兵器にも当然、搭載されていたはずだ」
「つまり……その機能が原因でまだ動く自動兵器共が沢山埋もれている、と言いたいのか?」
「その可能性は高いかもね……修復に掛けるだけの時間は沢山有った訳だし、何より敵を殺すのが目的のシンプルなAIだ。
のらきゃっと達と違ってなんらかの要因で再起動したら普通に動くだろうね。
そのガラクタ同然の見た目は恐らく、足りなくなったパーツを完全に壊れた近くの兵器から持って来たせいかもしれない」
「なるほどのう……しかしそれだとこの家が壊される危険が出てくるぞ?流石に休む場所がないとなると投げ出すして逃げるぞ」
「その辺りは安心してくれていいよ。
一応その家には色々なセキュリティシステムが搭載されているからよほど家の近くの寄られなければ探知される事もないはずだ
その手のAIは大体動く物を狙う習性があるから家を壊す、みたいな事は戦闘中でないとやらないと思うし」
ヒイラギはレーザーブレードを手の中でクルクル回しながらつまらなそうに話を聞いて、大きくため息をついてから言葉を返す。
「今はその言葉を信じるしかないのう。文句を言っても妾が現場をどうにかするしかなさそうじゃし……
とりあえず今日はもう休む事にするわ」
「ああ、おやすみ。ヒイラギ、良い夢を」
ヒイラギは色々と出て来そうになっている不満を飲み込みながら、クヌギに別れを告げる。
「おやすみ、妾はお主が悪夢にうなされるように願っておるよ」
最初は何をすれば良いのかと困惑する時も有ったが、
一ヶ月もすればヒイラギの中で日々のサイクルが安定し余裕もできるようになった。
まず、何体かののらきゃっとの死体を集めて再起動を試みる。
この作業が一番時間が掛かり、作業の進展を邪魔しているとヒイラギは不満に思っている。
拾って来たのらきゃっとをアンドロイド用の整備用ポッドに入れて再起動を図るのだがポッドは5台しかなく、しかも破損具合により検査がにかかる時間がまちまちで非常に面倒なものだった。もちろん一ヶ月の間に再起動した個体は1人もいなかった。
そしてチェックの終わった機体の頭をとりはずし、
頭を開いて記憶に携わるチップと小型の真空管を取り出してから綺麗に整えて頭を元に戻す。
ヒイラギは命じられた時は気が滅入りそうな作業だと思ったが、死体をいじくる事に不思議と不快感を感じなかった。
恐らく生まれる前に何らかの精神を制御するプログラムを仕組まれたのだろうと察するが、特別それを追求する気にはなれなかった。
わざわざ親を嫌う理由をこれ以上増やしたくないと思ったからだった。
そして取り出したパーツは個別に箱に入れて、それが100人分終わったら埋めるというのが基本的な流れだった。
墓石のデザインがまだ決まっていないとかで、
肝心の墓を建てることが出来ずに困ったヒイラギはとりあえず廃材で簡単な十字架を作り誤魔化す事にした。
粛々と作業をこなしている日々の中、ふとセキュリティのログに目を通すと夕暮れの時間帯に何度か遠くに生体反応を検知していた事が確認できた。
どうやら人間らしいが、脅威レベルが低い事から警告の対象からは抜けていたのでログで確認するまでは気づかなかったのだ。
何故こんな所に人がいるのか、ヒイラギは定例報告の特にクヌギに聞いてみる事にした。
「ああ、そういえば言ってなかったね。そこから山の中に展望台が見えるだろ?
その展望台のある山の先を超えた所に大きな農場があるんだよ。多分そこの管理人かな?」
「農場?こんな何もない僻地に何故そんな物があるのじゃ?」
「まあ…それは深い理由があるんだけど……元々はその近辺に街を作る計画があったんだ、
だけど外宇宙移民計画が立ち上がると人口を拡散させると無駄だからって理由で最初に作られた農場だけど残されてしまったんだ。
最初はその農場も潰される予定だったけど、その規模のせいでライフラインに組み込まれてしまっていたからそのままなのさ」
「つまり山の向こうにいる奴らも妾と同じ被害者って訳じゃの、大変じゃなぁ」
「まあ作業自体はほとんど機械任せだからそんなに大変な訳じゃないと思うよ。
ネットで買い物できるから不便する事もないし、案外悠々暮らしてるんじゃない?
私の管轄とは完全に違うから詳しくは知らないけど」
ヒイラギはクヌギに別れを告げて連絡を切る。
「なんじゃ……妾一人という訳ではないのか……」
ヒイラギは椅子に深く腰をかけると、山の向こうの隣人に想いを馳せた。
そんな会話が有ってからしばらく後、
仕事を終えたヒイラギがのんびりと何を読もうかと書籍のアーカイブに目を通していると、山の向こうから明らかに自然の物ではない破裂音が聞こえてきた。
「まさかのう……」
人間の耳だったら聞こえてすらいないだろうわずかな異音、
人が居るという情報が無ければ気のせいだと切り捨てていたであろうその炸裂音に、
ヒイラギはとても嫌な予感がして思わず駆け出していた。
ーーーーーー
焦りばかりが募る中、妾はひたすらに山の中を飛んだ。
恐らく追う方も追われる方も双方そこまで早くは無いと踏んだ妾はそこかしこに残る痕跡を追って山の中を跳ね回る。
やがて森の切れ目から、木にもたれ掛かり震える褐色の肌をした青髪の少女の姿が見えた。
久しく直接目にしていなかった妾以外の生命に心が激しく揺れるのを感じた。
「ははははは!子鹿の様に震えておるのう!!だが安心するがよい!この程度の奴ら物の数ではないからな!」
興奮のせいか、初対面の相手にずいぶん失礼な物言いをしてしまったかもしれない。
彼女を追っていたのは妾の家の近くにも現れる汎用型の四脚自動兵器だった。
普段ならサクッと銃弾を避けて斬り伏せるのだが今は守るべき対象がいる、
バリアを張り、球を撃ち切らせしっかりと弾薬の補充の隙を突いてから真っ二つに切り裂いた。
周囲の安全を確認してから少女に視線を移す、驚きと恐怖のせいなのか随分と顔色が悪いように見えた。
「まあ……色々と聞きたい事はあるがまずは自己紹介じゃな……
妾はヒイラギだ、山の向こうで色々とやっておる。お主は?」
安心感を持たせるために膝を着いて視線を同じにする。まだ恐怖が抜けきらないのか口を開いてもガチガチと歯を鳴らすだけだった。
「随分と怯えてるようじゃな。どれ、手を出してみよ」
少女は妾の言葉を聞くと、ゆっくりと右手を差し出してきた。
「何かで読んだがこうすると少しは恐怖も治ろう?」
その手を優しく包み、彼女に安心感を与える為に出来る限り柔らかい笑顔を作り、笑い掛けた。
それのおかげか彼女は不器用な笑い顔を作るとようやく喋り始めた。
「ありがとう……ヒイラギさん、私は……せいか……姫木青花……」
「青花、なるほどよい名前じゃのう」
姫木青花、植物の名前を付けられた自分とどことなくシンパシーを覚えてつい顔がニヤケてしまった。
青花を家に送っている最中、青花は疲れからか妾の背中でグッスリと眠ってしまった。
眠る前に青花から示された手がかりを追って、妾は青花の住む家までたどり着いた。
一人で暮らすには明らかに大きすぎる家、家というよりは宿舎と言った方が正しいその建物を妙だと思いながら散策をしていると、
『せいかの部屋』と可愛らしい装飾の賭け看板の掛かった部屋を見つけ、その部屋のベッドの上に青花を寝かした。
別れも言わずに帰るのはどうだろうかと迷っていると、青花の足が酷く傷だらけになっているのに気がついた。
人間の体という物はアンドロイドとくらべると脆い物だというのは理解しているので、せめて出来る限りの治療はしてから帰る事にした。
家の中を探り、救急箱を見つけてすぐに治療に取り掛かった。
経験の無い事だったが、備わっている知識データを頼りに適切な治療が出来たと思う。
ただ包帯を巻くのが上手く行かずに大分歪な巻き方になってしまったが、役割を果たしているはずだから問題は無い。
治療を終えて、目が覚めるのを待っていたが気がつくと太陽が昇り始める時間になっていた、
今日の昼頃には集めた機体の回収が来る予定になっているのをふと思い出し、いつ迄もここにいる訳にはいかなくなった。
ここで黙って帰るのも気が引けるの、というよりもせっかく出会ったのだから暇が有るならば交流がしたいと思い、
連絡先を書いたメモを残していく事にした。
『お暇があったら連絡ください』
なんだか妾が寂しいみたいに感じるのでこれはない。
『礼を言いたいのならこちらにどうぞ』
いくら何でも上から目線すぎる。
向こうからの連絡を促しつつ、失礼になりすぎない言い方はないだろうかと頭を悩ませていると、ふと青花の足が目に入り思いつく。
『山に登る時は妾に連絡をいれるように!!』
丁度良い文章を思いついた事に満足して急いで家を出た。
山に入る前に今歩いてきた道を見返すと、その広大さに思わず頭が揺れる。
視界に入る全ての範囲に広がる広大な穀物畑、青花はそんな誰もいない場所で一人で生きている。
そんな彼女の気持ちを考えると心に重い何かが引っかかるような、心を摘まれたような感覚が体に走った。
ーーーーー
『直接連絡が取りたいのですが、暇な時間はありますか?』
そんなメールがヒイラギに届いたのは機体の搬出作業が終わった後の事だった。
ヒイラギは高ぶる気持ちを抑えながら出来るだけ冷静に返事を返した。
『妾の方は基本的には何時でも暇じゃ。そちらの好きな時間でいいぞ』
『それじゃあ、5時位にお話しましょう』
そう約束を取り付けると、ヒイラギは時間を潰すついでに家の周りの廃材を掃除する事にした。
普段ならつまらない雑務でしかない作業だが、待ち遠しい事があるおかげかずいぶんと捗った。
「改めて初めまして。私は姫木青花。農場の管理人をしています」
「うむ、初めましてじゃな。妾はヒイラギ。まあ……一応問題ないとは思うが何をしているのかは伏せさせてもらうぞ」
ヒイラギは若干顔を赤らめながら青花に簡単な自己紹介をした。
PCの画面に映っている青花は少し硬い様子のヒイラギを見てクスリと笑いを漏らす。
「なんじゃ?可笑しな事でもあったのか?」
「いえ、ヒイラギさん最初に会った時凄く強そうだったのに、今は何か緊張してるみたいでかわいいなって」
「別に妾はそんな緊張している訳では……いや、緊張しているかもしれんのう。
こう……任務を抜きに会話をするというのは実をいうのは初めての経験なのじゃ」
「へぇ、なんだか意外です。なんだか偉そうな喋り方してるし結構な歳行ってるのだと思ってました」
「偉そう……そこは否定せぬがしょうがないじゃろ。この性格も喋り方も生まれつきじゃ。
好きでこんな性格をしとる訳ではない」
ヒイラギは、今まで口にはしていなかったが、気にしている所を突かれて少しだけ不機嫌そうな顔になる。
「ごめん、ごめん。そんな怒った顔しないでよ。
ちょっと面白いなって思っただけなの、所でヒイラギさんは何歳なんですか?先に言っておくと私は19歳です!」
年齢の話になると、今度は頰を赤くして、口ごもりながら答える。
「っかげつ……」
「え?なんて?」
「一ヶ月……まだ年を数えるほど生きておらん」
「へーー、思っていたよりずっと若いんだあ。若いっていうか人間で言ったら赤ちゃんだけど。
ねぇ、私の事お姉ちゃんって呼んでみない?青花お姉ちゃんって!後ヒイラギちゃんって呼んでもいい?」
青花はヒイラギが思っていた以上に若い事を知ると嬉しそうに変な要求をするが、
「お断りじゃ!」とヒイラギが感情の込もった否定の声を上げると渋々青花は諦めた。
青花は少しだけ不機嫌そうになったヒイラギをなだめると本題に入る。
「それで話があるんですけど、ヒイラギさんは明日のお昼ご飯の予定ってありますか?」
「予定?特にないぞ。というよりも食事はろくにとっておらんのう」
「へぇ、そういえばのらきゃっとって食べなくても平気なんでしたっけ?
月光浴でエネルギーを取っているとか聞いたような」
「うむ、それもあるが足りない分は携帯食料で十分なのじゃ」
「でもそれだと味が単調で飽きません?何か作ったりはしないんですか?台所がないならしょうがないですけど」
「台所はある、そして正直言うと味のパターンも少なくて辛いのは確かじゃが、
料理はやった事が無いからどうしたらいいのかわからんのじゃ」
「なるほど、アンドロイドだからって何でも出来るって訳じゃないんですね。
それで明日はお昼ご飯を一緒に食べれるんですよね?昨日のお礼に何か作りたいんです!何か食べたい物ってありますか?」
「食べてみたい物か……思いつかないのう。青花に任せてもいいかのう?」
「ええ、それなら任せてください!きっと気に入ると思う物を作っていくので楽しみにしててください!
それで……ついでっていうかヒイラギさんにはちょっと手間をかける事になるんですけど……
展望台までピクニックでもしませんか?」
そうして二人は翌日のお昼頃に山道の入り口で合流する約束をした。
ーーーーー
クヌギに妾の所在をどの程度明かしていいのか聞いてみると、
別に極秘任務という訳でも無いから自由に明かしていいと返事が返ってきた。
「そんな事を聞くって事は、山の向こうの管理人にでも会ったのかい?」
「まあ色々有って明日食事に誘われたのじゃ。隠しておくべきなのかどうか、ハッキリさせておかないと面倒だしのう」
「基本的には何をするにしても現場の判断で自由にしていいよ、こちらからの指示もヒイラギの報告在りきだし」
自由にしていいと言われ、前から疑問になっていた事をこの機会に聞いてみる事にした。
「確かに作業時間などは妾が決めてやっているが、
ノルマとか指示されていないがどうなっておるんじゃ?後から遅いと文句を言われても困るのじゃが」
「そこまで根を詰める必要は無い感じかな?
回収された機体の数を報告したらしっかり仕事をしてるじゃないかって上層部から褒められた位だし」
「ふむ……なら明日は休んでも問題ないか」
「よっぽどサボりすぎない限りはまあ怒られる事も無いはずだよ」
一応の休みの許可をもらい、万が一に備えて早めに休む事にした。
「かさ張る物はお願いします」と頼まれたので、
紅茶の入った水筒と女子二人で食べるランチには似つかわしくない柄のレジャーシートをバックに入れて家を出る。
改めて山道を歩いていると、長年整備されていないせいで道とも言えない箇所が多くあるのに気がつく。
戦後から長い事放置されているのだから、それも仕方のない事なのだろう。
暇を見つけ作ったら少し整理でもしようか、そんな事を考えながら歩いていると青花がバスケットを持って待っている姿が見えた。
「あっ!ヒイラギさん、こんにちは」
妾に気がつくと笑顔で挨拶をしてこちらにかけて来る。
「こ……こんにちは……なんだか挨拶というのは何だか照れくさいのう」
照れを隠すように笑いながら手を差し出す。
「その荷物、妾が持とう。まだ足も治っておらんじゃろう?」
青花はハッとした表情を作り、特に怪我が酷かった方の右足を隠すように後ずさる。
「えっ…と…親切はありがたいんですけど……展望台に着くまで秘密にしたいので私がもって行きたいんです。
それにそんなに重い物でもないので大丈夫ですよ!」
「ふむ、それなら良いが。歩くのが辛くなったら我慢せずに言うのじゃぞ」
「はい!」
そう心地よい返事をすると妾の横に並び再び笑顔を作る。
「じゃあ、行きましょうか。のんびりしてたらご飯が遅くなっちゃいますし」
他人に自分の事を理解してもらい、気持ちを通じ合わせる。
それが会話という行為の本質なのだと彼女と出会い理解する事ができた。
山道を行く中でお互いの境遇について簡単に話すことになった。
青花は元々家族と数人のグループでここに来たのだという。
しかし個人的な事情や、田舎というよりも陸の孤島の生活に嫌気がさして等の理由で最終的に青花の母親と青花だけが残される形になったらしい。
その母親も2年前に病気で亡くなり、今は青花が一人で農場の管理をしているのだとか。
「ずいぶん大変な人生を送ってるんじゃな……」
涙で歪む目頭を指で払いながら前に進む。
「うん、お母さんが死んじゃった時は本当に寂しかった…私はこの世界で一人きりなんだってしばらく泣いてたからね」
「それで青花はどうしたんじゃ?」
「一週間位引きこもってたらね、その時に私に勉強を教えてくれてた先生が直接ここまで怒鳴りこんで来たの。
俺の生徒から留年生は出さんぞ!って」
「おお!こんな辺境までか!」
「うん、その後は通信だったけど同級生のみんなに励まされてね。
それでどうにか立ち直って今は立派な農場経営者やってるって感じ。
思い返してみると、ここを離れたのも卒業式が最後だから1年以上町に行ってないんだなあ……」
道にはみ出して邪魔な枝を切り落としながら話を聞く。
「良い人に出会えたからこそ今がある、良い話じゃのう。
妾なぞ知人と言えるのが生みの親で上司というクソみたいな奴だけじゃぞ」
「そんな生みの親をクソなんて言っちゃダメだよ。きっとヒイラギさんの事は大事思ってるはずだよ?」
「どうじゃろうなぁ、あいつが大事なのは妾よりもこの体の方な気がしてどうにも好かんのじゃ」
不満を漏らしながらも歩みを進め、木々の合間を抜けると視界が開け、展望台に到着した。
遮る物のない、平坦なその場所には淀みのない綺麗な風が吹いていた。
「おぉ……これは……新鮮な景色じゃ」
普段、妾の見ている視線とは大きく異なるせいなのだろう、
間近で見ればうんざりとする光景も見方変えれば存外見れるようになるのだと感心する。
フラフラとその景色に吸い込まれるように歩みを進めると、突然袖をグイと引っ張られる。
「欄干がボロボロだから端に行く時は気をつけないと」
「おお、少し呆けていたか?すまんのう」
青花と共に端の方まで行き、盆地を見下ろす。
植物が絡みつき朽ちて逝くロケット。そしてそれを囲むように動かなくなった数多の機械たち。
綺麗な景色とは違う物なのだろうが、それでも心に惹かれる何かを感じて目を離す気持ちにはならなかった。
「気になるなら聞いてみたらいいじゃないですか」
「え?」
「私の事を愛してるのか、そう聞きもしないで邪推して。それで家族を嫌いになるなんて馬鹿みたいでしょ?
相手が生きてるならそんな事で悩む必要なんて無いんだし」
そう遠くを見つめながら話す青花の横顔はどこか悲しそうに感じた。
見惚れるように眺めていた妾の視線に気づくと溢れかけた涙を拭い、「目にゴミが入っちゃった」
そう言って取り繕うように笑顔を作り、妾に背中を見せた。
「雑貨で困る事はないよ、地下倉庫に色々入っているはずだから」
クヌギのその言葉を信じて通販で雑貨などを買う事は無かったし、確かに困る事はなかった。
しかしそれは妾一人で使う場合の話だった。
ご飯にしようという事で、若干気まずさを覚えながらレジャーシートを広げる、
緑色の迷彩模様というピクニックに相応しくないがらに青花の顔は若干引きつっているように見えた。
「すまんのう、こんな物しかなかったのじゃ」
「いえ、別に謝らなくても。ちょっと地味だなって思っただけですし」
そう言いながら青花は靴を脱ぎ、シートの上に座る。妾もそれに続き青花と向かい合うように座った。
「さて、それじゃあご飯にしましょうか。さあ、召し上がれ!」
そういって青花は開いたバスケットを妾の方に向ける、
その中には三角形に切られたパンに食材を挟んだ物が綺麗に収められていた。
これがなんだったか、見た事はあるような気がするが名前が出てこず、悩んでしまう。
「これは確か……」
もうデータベースにアクセスしようかと思っていると、
「サンドイッチだよ、知らない?」と青花が答えを教えてくれた。
サンドイッチ。これまで見た創作物の中で何度か見た事はあるが直接見るのは初めてだった。
「ああ、それだ!サンドイッチじゃ!現物のを見るのは初めてで少し悩んでしまったわ!」
「好きなのを取って食べていいですよ。どれも美味しいはずですから」
嬉しそうに青花は勧めてくるが、サンドイッチの種類は3種類あり、どれを取るか非常に迷う。
「ふむ……種類があるようじゃが、青花のオススメはどれじゃ?」
「ああ、右からタマゴ、ツナマヨ、BLTなんだけどとりあえずオススメはBLTかな?他の二つより味も薄めだし」
「BLT?]
「うん、ベーコンレタストマトサンド」
「それでBLTか」
妙な略し方だ、そう思いながらオススメされた物に手を伸ばす。
「いただきます」
青花に倣って妾も挨拶をしてから手にしたそれを食べる。
美味い。
普段食べている携帯食の淡白で咀嚼をしても味に変化のない退屈な味とは違い、噛むごとに食材が混ざり、一体となって口の中を楽しませてくれる。
一際トマトのジューシーさがとても良い働きをしているように思えた。
その味に夢中になり、楽しんでいると気がつくと手の中は空になっていた。
「どう?美味しかった?」
聞かなくて答えは分かっている。そんな笑顔で青花は妾を見つめていた。
「美味かった……上手く言葉にはできぬが……味の重なり?味が一つではない感じ?それが凄かったのじゃ!」
「そっかそっか!それならよかった!」
青花はパン!と機嫌が良さそうに両手を叩く。
「それじゃあ次はこっち!」そう言ってタマゴサンドを妾に渡してくる。
それを受け取ると、妾は無心にそれ等を食べた。タマゴもツナマヨもとても美味しく頂戴した。
「料理とはここまで素晴らしい物だとはのう……」
食後の紅茶を飲み、高ぶった気持ちを落ち着ける。
「気に入ってくれた?」
「いや、正直驚いた。楽しみにはしていたがここまで夢中になるとは思っていなかったのじゃ」
「今日のサンドイッチは結構シンプルな味付けだから練習すればすぐに作れると思うよ。家でやってみたら?」
食事は心を豊かにする。ありきたりな言葉だが今日身を持って体験すると確かにそう思える。
「そうだな、台所に埃を積もらせて置くのも勿体ないのう」
「それがいいよ!簡単なレシピとか探して何でも作ってみる!そうすれば料理ってドンドン楽しくなるんだから!
あっ、そういえばヒイラギさんはこうやって調理された物を食べるのって今日が初めてだったりするのかな?」
「ん?いや、初めてではないぞ。ここに来る前に月でカレーを食べてきた。
美味しかったのは覚えているが、あまりどういう味だったかは覚えておらぬ……なんじゃ?不機嫌そうな顔して」
何が不満だったかはわからないが青花は何やら不機嫌そうな顔をしている。
「別にー、ただアレだけ美味しそうに食べてくれたのに初めてじゃなかったんだーって思っただけ」
「なんじゃそれは?意味のわからん事で文句を言うんじゃない」
カップに残った紅茶を飲み終えると、ちょうど冷たい風がやってくる。肌を撫でる感覚に心地よい。
「へくちっ!!」
その声に驚いて青花の方を向く、鼻を手で隠しながら再び同じような声をあげる。
これはくしゃみという奴だろうか?
「寒いのか?」
「ちょっと寒いかも……もう家に帰った方がいいかな?」
そうして妾たちは帰りの支度を始めた。
もう少し話していた気持ちもあるが、青花の体調にもしもが有ればと考えればここで切り上げるのが良いのだろう。
「そういえばヒイラギさんはこの後何か予定あるのかな?」
「特に無いが、まあ片付けなければいけないものは山ほどあるからのう。スクラップでもまとめるつもりじゃ」
「ふーん……」
荷物をまとめると、青花はふぅ、と一息ついてその場にしゃがむ。
「どうした?」
「ははは…ちょっと足痛いかも……あの…家まで背負ってくれてもいいかな?」
「む?むぅ……まあ最初に止めずにここまで歩かせたのも妾が止めなかったせいか……いいじゃろう。
でも荷物は青花が持つのじゃぞ」
「はーい、手は問題無いからそれ位はやれまーす!」
別れがたいという感情は確かにあったので、向こうからの申し出によりまだ一緒に入れるという事が嬉しかった。
「ヒイラギさんの背中あったかいですね……」
「何でもレーザーを撃つ為に妾の体は出力が高めらしくてのう、多分それが原因じゃろう」
そんな妾の背中が気持ち良いのか、青花はウトウトとして何度かバスケットを落としたがそれ以外に問題無く家に着く、
ちょっとしたお礼と言って今日のレシピのメモと作り過ぎた分だからとサンドイッチを一食分渡してきた。
「またね」
「ああ、またな。怪我が治ったらまた会おうぞ」
結局別れる時はお互いに渋い顔をしていたと思う。別れというのはひと時の間でも悲しい物だと初めて理解する。
ヒイラギにはクヌギとの関係とは明らかに違う感情を青花に抱いている自分がいる。
ただ話をしているだけでとても心が晴れていく様な感覚、友人とはこういう関係の事を言うのだろうか?
心の中に色々な疑問が湧いてくるが、それを理解するよりも今はただ今日の晩御飯が楽しみだった。