夢を見ていた。
幸せな夢。彼女と私に似た女の子と、その子を間に挟んで彼女と桜並木の道を歩く夢。
幸せ過ぎて、醒めてしまえば泣きたくなる夢。叶わない夢なんて見たくないのに。
涙を拭ってベッドから抜け出す。
「泣いている暇なんてない!!」
大声を上げて自分を鼓舞して準備に取り掛かった。
━━━━━
青花は朝早くから慌ただしく台所を駆けていた。
これから始まる重労働に備えて昼食の用意を急いで行なっている様だった。
沢山のおにぎりを人数分に分けてお皿に乗せてからラップを掛ける。少し多いかな?とも思ったが余った分は晩御飯に回せばいいと気にしないようにした。
次に味噌汁は鍋に火を掛ければすぐに出来上がる様に仕上げておく。味見をしてみると少し薄味に感じた。
汗をかいた後に飲むのだから少し濃い目にしても良いかと考えていると玄関のベルが鳴った。青花は鍋に蓋をすると足早に玄関へ向かい、客人を迎えた。
「いらっしゃい!丁度準備が出来た所だったの」
ヒイラギの姿を認めると、青花は周囲に目もくれずにヒイラギに抱きついた。
「ははは。朝から元気が良いのう」
挨拶代わりにヒイラギも青花を抱きしめる。数秒間の抱擁の後、ヒイラギは青花の背中をポンポンと叩いて引き離す。
「まあ、今日は2人だけと言う訳ではないからのう。まずはお互い挨拶をするべきじゃな」
ヒイラギが一歩引くと、青花の前に右目に眼帯をした赤目ののらきゃっとが姿を現した。
どことなく青花と顔を合わせずらそうに2、3度目を逸らしてから前を向き、黙ったまま会釈をした。
「ああ、ヒイラギさんの話していたのらきゃっとさんですか?初めまして。私は姫木青花、今日は収穫の手伝いに来てくれてありがとうございます」
青花は深々とお辞儀をして挨拶をすると、たじろぎながらも彼女も挨拶を返す。
「私は……まあ名前も覚え無いのだが……ヒイラギにはキングと呼ばれている。好きに呼んでくれ。
そしてまず謝罪する。無関係な青花さんを我々の戦いに巻き込んでしまい本当に申し訳ない!近くに人間が住んでいるとは思わなかったのだ!」
先ほどの会釈と違い、礼儀正しく頭を下げた。
キングは巡回させていた兵器達に人型の物を見かけたらすぐに攻撃をする様に指示を出していて、それにより青花を攻撃してしまった事を謝罪した。
しかし真剣に謝るキングを置いて、2人はそれはそれで過ぎた事といった風にあっさりと許した。
「馴れ初めを考えると……ね?」
青花とヒイラギは視線を交わして何だか良い雰囲気を作り始めたので、キングは許された安堵感よりもモヤモヤとした物が募った。
青花の指示の元、3人は小麦の収穫を行った。
青花はコンバインを管理、ヒイラギとキングは収穫した小麦の詰まったコンテナを輸送機の発着場に移動させる他に雑務をこなしていく。
「自動で刈り取るとは言え、それでも面倒じゃのう」
「自然の大地で育ててるっていうのが売りだからね。今以上のオートメーション化は土地からいじらないといけなくなるし……
私としてもこの作業は嫌いじゃないから」
青花は異常を検知して止まったコンバインの修理をしていた。
「普段が本当に暇だから、収穫の時だけなんだ。生きてるって実感があったんだあ。
あっ、もちろん今は違うけど」
汗を拭いながらヒイラギに笑顔を向ける。
「そう思うなら、青花はもっと人のいる場所に行くべきじゃと思うがのう。
そう人を知らぬ妾でもお主がとても器用だと言うのは分かるぞ。それ程の技術なら必要とする者も多いじゃろう」
「そうかな?こんな物の修理なんて少し勉強すれば誰でもできるよ」
青花が修理を終えてコンバインのスイッチをいじると、やかましい音を立てながら動き始めた。
「これの事ではないぞ、妾の体の事じゃ。アンドロイドの修復なぞ、そう簡単に出来る事ではないはずじゃ」
「ああ、そんなの簡単な話ですよ。あの家にある修理用の機器は最新式の物でしたし、クヌギさんからアドバイスをもらいながらでしたし、そこまで大変じゃありませんでしたよ。
機械についても普段から修理してるから扱いにも慣れてるから」
「そういう物かのう?妾もキングを治してやったがかなり大変じゃったぞ?」
「それこそ経験の差ですよ。経験の無い事に苦労するのはアンドロイドも人間も同じじゃないですか?
それに私がここを離れたいと言ってもそれが出来ない訳が有りますよ。ヒイラギさんと同じ理由って言えば分かりますよね?」
「ああ…そうじゃな……代わりがおらんか」
2人はぼんやりと空を見上げると、トラックに乗ったキングが戻って来る。
「どうした?2人でボーっとして」
「なんでもないですよ、空が青いなって眺めていただけです。それよりここが刈り終わったらお昼ご飯にしましょう」
「それは良かった、そろそろ休憩したいと思っていたんだ。ところでこのデカいコンテナをいくつ満杯にしたらこの作業は終わるんだ?」
「さあ?収穫量は年によって結構変わるので終わるまでハッキリとは分かりませんね。そのコンテナで50以上100未満って所ですかね?」
「おー…とんでもない量だな」
気軽に手伝うなんて言わなければ良かったな。ヒイラギはそう思いながら空を仰ぐ。
「しばらくは徹夜じゃな……」
「味噌汁あっためて来るのでちょっと待っていて下さい」
青花は家に帰るなりそういって台所に消えていく。残された2人はテーブルに座り、青花が戻るのを待つ事にした。
そしてキングはヒイラギがどことなく憂鬱そうな顔をしているのに気がついた。
「どうした?もう疲れたのか?」
「この程度で疲れる訳がないじゃろう……ただな、手伝いが終わるまで時間がかかりそうじゃろう?
本業の方を疎かにしては流石にマズイからのう。そっちは夜にやるしかないか、と悩んでいたんじゃ」
ため息を吐きながら不満を漏らす。
「あぁ、そういう事か。そんなのそう悩まなくてもいいだろ?私が青花の仕事を手伝うからヒイラギは自分の仕事を━━━」
「それは断る!」
ガタン!と椅子を揺らしながら勢いよく立ち上がり、キングに発言を否定する。
「……っとすまん、言葉が強すぎたな……青花とお主を2人きりにはしたくなくて…」
ヒイラギは顔を赤くした顔を隠す様にテーブルに顔を突っ伏した。
「独占欲が強いんだな」
「やかましい。口うるさいと電源を切るぞ」
キングは少し放って置いてやるかと思い、笑いを抑えながら席を立つ。
ロビーに置いてある飾りや家具に目を移しながら部屋を見て回ると、一枚の写真が目に入った。
白衣を着た10人前後の大人達、その中心には2人の幼い子供を抱いている女性が笑顔で写っていた。写真慣れをしていないといった感じでぎこちない笑顔の人もいるが雰囲気は悪くない。
髪の色からしてその子供は青花なのだろうとキングは思ったが同時に行くつかの疑問が浮かんだ。
「なあ?この写真に写っている人達はなんなんだ?」
「ん?そこにある写真か?何でも家族全員で写っている写真がそれしか無いらしくてのう。
真ん中に写っているのが青花の母でその腕の中にいるのが姉と青花じゃ。それ以外の母の同僚も大勢いるが気にするなと言われたわ」
「家族?真ん中の子供を2人抱いている女の人の事か?家族と言うにはあんまり……」
キングは写真立てを手に取りジッと見つめる。それでもやはり違和感が拭えず、ヒイラギに1つ問おうとした瞬間、写真立てはキングに手から取り上げられた。
「もう、人の家の物をいじるのはやめてくださいよ」
トレーに味噌汁を乗せて戻って来た青花だった。青花は取り上げた写真を定位置に戻してからキングの耳元で呟く。
「後で時間を作ります。余計な事は言わないで」
冷たい視線を投げ掛けながらそう言うと、何事もなかったようにテーブルに向かい味噌汁を並べた。
「キングさんもそんな所に立ってないで早く座ってくださいよ。温かいのが冷めちゃいますよ」
青花は明るい声でキングを呼びかける。
「あぁ、すまない」
キングは緊張感を覚えながらも、食卓についた。
疑問は晴れないが、青花も一瞬見せた態度が嘘の様に明るく振る舞うので気にしない様にして昼食を食べた。
食後の休暇も終わり、作業を再開するとヒイラギは早速トラックに乗って午前中に収穫した小麦を運び出しに行った。
それを見送ると青花は燃料を取りに行くので手伝って下さい。キングと共に倉庫に向かった。
「まあ……奇妙な写真ですよね。でもヒイラギさんはアレを見てもおかしいと感じる事はなかったみたいですよ?
やっぱりまだまだ子供ってことなのかな?」
どこか空虚に、まるでキングに向けてではなく空にでも話しかけるように言葉を続ける。
「多分ヒイラギさんの中には嘘を吐く人間ってまだ存在しないんでしょうね。それが害にならない嘘なら尚更気づく事もないでしょう。
あなたはお母さんが抱いていた私達が姉妹に……家族に見えましたか?」
キングは先ほど見た写真を思い返す、真ん中に写っていた3人の姿を。
「有り得ないな。髪の色とか目の色とか……全てが違っているのに家族とは見えない」
キングは思い返す、写真に写った彼女達の姿を。
黒髪の女性が笑顔で青色の髪の女の子と赤髪の女の子を抱いた姿は言われなければ家族とは思えなかっただろう。
「失礼ですね。血縁で言えば立派な家族なんですよ!
………まあ、あなたに言いたい事はただ一つです。ヒイラギさんに余計な事を吹き込むのは止めてください。
彼女には私という存在に疑念を持って欲しくないんです。私の事情は私が時期を見て自分で言うタイミング探しているので……
だから聞きたい事があるなら今の内なら何でも教えてあげますよ?
キングさんになら別に何を知られても気になりませんから。もちろん秘密にするって言うのが条件ですよ」
歩みを緩めず、スタスタと前を行く青花がどんな表情をしているのかキングには分からなかった。
しかし張り詰める様な威圧感だけは感じられた。
「いや……妙な写真だと思っただけだ。それをヒイラギに気取られるのが嫌なら私は口にしないよ。
ただ……姉さんはどうしたんだい?」
そうキングが聞くと、少しの沈黙の後にヒイラギは目元を拭った。
「かわい……な…長姫」とぼそりと呟いてキングの方に向き直る。
「姉の事はほとんど記憶にないんです。ただ写真を撮ってすぐに死んでしまってお母さんが凄く悲しんでいたのは覚えてます」
「そうか、辛い事を聞いてしまったな」
「ええ、辛いです。私は今、とてもとても辛い気分になってしまいました。だから燃料を運ぶのはお願いしますね」
威圧的な口調で、しかし顔は笑顔でキングに荷物運びを命じた。
断れそうにないと思ったキングは黙って燃料を背負い、2人はコンバインの所まで戻った。
「愛しい人にこそ知られたく無い秘密が有るんですよ。そういう意味ではキングさんには気軽に話せるんですけどね」
「それはそれで壁を作られているみたいだな。私がそんな事を言える立場でもないが」
「いえいえ、キングさんとも仲良くなりたいですよ。あくまで友達してですけど」
一時は気まずい空気になった物の、それ以降は何も問題もなく作業にあたることが出来た。
ヒイラギの本業の問題もキングからの進言で青花がヒイラギをたしなめて、結局ヒイラギは墓作りを中心にしてもらう形になった。
ヒイラギがキングに対して嫉妬をする事もあったが、一週間ほど掛かって収穫作業は終わったのだった。
それから更に1ヶ月の時が過ぎるとキングは一度月へと帰る事になった。
キングは一度拒否したが、死亡後の再起動や記憶喪失など直接データを取りたい事が色々と有るらしく半ば強制的な命令だった。
「帰ると言っても月が故郷だなんて気持ちは全く湧かないな……ここでお前の手伝いをしているだけで私は十分なんだがな」
「まあボロボロの体を治しに行くとでも前向きに考えれば良いのじゃ。その後にお主の自由があるかは分からぬが」
「不吉な事を言うな…少しだけそれもあるんじゃないかって不安なんだから」
それから数日後。
スッカリと見渡す限りの平原になった青花の家の近くに、キングを迎えにヘリコプターがやって来た。
別れを惜しんでの昼食会も丁度終わったタイミングだったので3人は渋々と表に出ると、ヘリコプターから2人の青い目ののらきゃっとが降りてきた。
「おぉ!のらきゃっと!見てくださいヒイラギさん!のらきゃっとが2人もいますよ!」
「妾ものらきゃっとじゃがな。しかしキング以外の生きているのらきゃっとを見るのは久しいのじゃ。何だか懐かしいのう」
「やっぱり主流は青目なんだな。なんで私だけ赤目なんだ?」
3人は思い思いの事を口にしてその場で雑談を続けるが、やって来たのらきゃっとの1人が咳払いをして会話に挟まってきた。
「別れ難いというのは理解している。だがこちらにもシャトルの時間がある。急いでくれないか」
そう言われてしまっては仕方がないと互いに別れを告げる。
「お主がいてやはりこの墓作りは一人でやる仕事でないと痛感したのじゃ。早く帰って来るのを期待しておるぞ」
「私もまさか友達が増えるとは思ってませんでした。楽しかったです。さようなら」
「ああ。気持ちの良い出会いではなかったが今ではそれも思い出だ。私はまたここに帰って来るよ」
キングがヘリコプターに乗るとすぐに地上から離れ、キングの姿は見えなくなってしまう。
「別れを惜しむ時間をくれてもよいじゃろ……」
けたたましい音を響かせながらヘリコプターはあっという間に見えなくなってしまった。
「言って通りに忙しいんですよ」
青花はヒイラギに寄りかかる様に倒れ込む。
「これこれ、人がはけたからと言っていきなり戯れるな」
「最近はずっと人といるのが当たり前だったから……今はとても寂しい気持ちなんです。
少しだけ……少しだけお願いします。貴方は私の側にいるって実感させてください」
━━━━
さようなら。
日常の中で発せられた声だったら別段、気にする様な言葉ではなかっただろう。
高速で宇宙ステーションに向かうヘリコプターの中で、私は頭の中に引っかかるその言葉が気になってしまう。
青花の言葉が一生の別れの言葉に思えて仕方がなかった。私自身のこれから先の不安がそう思わせただけだろうか?
「なあ、私はこれからどうなるんだ?」
緊張した様に私を見張るのらきゃっとに質問をして気を紛らわせる。
「え?ああ、はい。他の生還者の例からするとプログラムのログのコピーと今後どうするかの面談をするのが一般的ですね」
「そうか、分解されたりするという事はないんだな?」
「余程の犯罪を犯せばそうなりますけど、普通はそんな事ありませんよ。私達アンドロイドだって人間なんですから」
話を聞いて少し安心する。
少しだけ軽くなった気持ちで窓の外を見るが、高速で過ぎて行く景色はあまり心を和ませる力がなく、やはり頭の中の引っ掛かりは取れない。
「さようなら」あの言葉に深い意味がない様に願いながら過ぎて行く景色を眺めた。