「ヒイラギさん。今日のご飯は何にします?」
「なあ、青花よ。前から気になっておったが何故、いつまでも妾を『さん』付けで呼ぶのじゃ?」
「あれ?もしかして嫌でしたか?」
「嫌という事はないが少し気になってのう」
「色々な感謝とか尊敬とか……愛を込めての『さん』付けなんですよ。私なりに愛する人への敬意みたいなモノなんです」
「ふむ…つまり『さん』に気持ちを込めているという事かのう?」
「そうですね。だから今『さん』を除いて喋ると『ヒイラギ、さっさっと何食べたいか答えろ』ってなりますよ」
冬の訪れと共に雪が降る。
静かに長く、風の音をすら飲み込んで静かに大地を白く染めていく。
そんな白く染まった大地に一本の線を引くように雪を溶かしながらヒイラギは青花の家に向かっている。
苦心して青花の家に着くと、青花は驚きながらもヒイラギを迎え入れた。
「確かに雪は降ってたけど、なんでびしょ濡れになってるの?」
「雪が積もり過ぎて道がなかったのじゃ」
レーザーで除雪しながらここまで来たと説明する。そのせいで溶けた雪で全身を水浸しになってしまったのだ。
青花に手伝ってもらいながら肌にピッタリと張り付いたドレスを脱いで、簡単な服に着替える。
「そもそも盆地が雪で埋まって最早墓作りも何もあったものではない。家も半分埋まって閉じ込められる所だったのじゃ」
青花はヒイラギの髪をタオルで拭きながら苦笑いを浮かべる。
「ここら辺雪が結構降りますからね。冬の間はもしかしたら何も出来ないかもしれませんね」
「ああ。だからクヌギに連絡をとろうと思ったのじゃが、妾の家のネット回線の方に不具合が起きているようで月まで連絡もできなくてのう。
悪いが青花のPCを貸してもらうぞ」
「良いですよ。でもその前に髪をしっかり乾かしてからにしましょうね」
ヒイラギは青花の手でしっかりと髪をとかしてもらってから、青花の部屋に行きPCを立ち上げた。
「私の家から通信して大丈夫なんですか?機密とか色々有りそうですけど」
「おおらかと言うか、雑と言うか。そういうのは自己管理しろという方針らしくてのう。まあ青花は悪用せんじゃろう?だから大丈夫じゃ」
「もちろんする気はないけど……」
ヒイラギが通話アプリを開いて操作をするとディスプレイにクヌギの姿が現れた。
「ああ、見知らぬIDで誰かと思ったらヒイラギじゃないか。どうしたんだい?わざわざ青花さんの家から繋いでいるみたいだけど」
「それが中々面倒な状況になってしまったのじゃ」
ヒイラギは雪で作業が不可能になってしまった上に、家のネット回線に異常が生じて青花の家に逃げて来た事を伝えた。
「え?そこってそんなに雪が降るの?」
「人間じゃったら抜け出せない位は積もっておったぞ。青花、毎年こんな感じなのかのう?」
「そうですね。12月を過ぎたら春まで家に篭りっきりで通販も雪のせいで届かない時もあってかなり不便ですよ」
「そうか……そうなると施設の建設予定も色々変えないとか……悪いね、少し離席するけど待っていてくれ」
そう言い残すとクヌギは席を離れてどこかに行ってしまった。
「なんだかヒイラギさんの話からするとイムラって大雑把な組織ですね」
「大雑把……その言葉でもまだ優しい表現じゃな……」
ヒイラギは椅子に深く座り、クヌギが帰って来るのを待った。
しばらく待ってもクヌギは帰って来ないので青花はベッドに腰を掛けて漫画を読み始めていた。
「そういえばキングさん元気にしてるかな」
「暇だという愚痴のメールなら先週も届いたから生きてはおるぞ」
2人がしばらく姿を見ていない友人の話をしていると、バタバタと駆ける音を響かせてクヌギが帰ってきた。
「ごめんごめん、思ったよりも時間掛かっちゃったよ。所でキングの話をしてたみたいだけど彼女の事なら心配ないよ。
まあこっちの事情でまだまだ軟禁させてもらうけど」
「彼奴からのメールはどれも代わり映えがないから消されたんじゃないかと思っておったぞ?」
「死後に再起動して自我を持ったアンドロイドなんてそれこそ彼女が初めてなんだ。そんな存在を粗末にする訳ないだろう?
自由にしてあげたいのが本心さ。だけど地球製の兵器と長い時間リンクしていたせいか彼女のデータはノイズ塗れでろくに解析が進んでいないんだ」
「わざわざそんなデータを調べて意味があるのかのう?別に特別な物には思えないのじゃが」
「いや、彼女はそれこそ奇跡の存在かも知れないんだ。彼女には記憶が存在しない。ただ記憶が無いだけじゃない、一度喪失しているんだ。
つまり死後、再起動をして地球製の兵器を操る力を得て目覚めた進化した個体なんだ!AIが一度死んで!進化をした!
ああ!それを証明するデータが目の前に有るにも関わらず手が届かないのがもどかしい!!既存のシステムでは彼女の中身を解析できるのかも怪しいんだ!良いかい?!もしその進化のアルゴ━━━」
画面に摑みかかる勢いで語るクヌギに嫌気が指したヒイラギはプツンとウィンドウを閉じた。
「良いんですか?急に切って?」
「ああなったら止まらんからこれが正解じゃ。数分して落ち着いたら連絡を取ればよい」
数分後、再び連絡を取るとクヌギはコーヒーを飲んでヒイラギを待っていた。
「落ち着いたかのう?」
「こっちも急にヒートアップして悪かったけど急に切ることはないだろ?」
不機嫌そうに一口コーヒーを飲んでから本題に入る。
「それで積雪の件だけど、今から対処するのは不可能って事で春まで休業に決まったよ」
「春までじゃと?それはずいぶんとありがたい話じゃがそちらはそれで良いのか?」
「君の集めた遺体は結構な額の報酬が出ていてね。おかげで我が兵器開発室は開室以来の大盛り上がりさ!」
「兵器開発室がそれで良いのか……?」
「それはほら、君を作ったのは私だから私の功績では間違ってないから……
それで本題に戻るけど提案が有るんだけど、青花さんも今は暇かな?」
「私ですか?そうですね、私も春までやる事有りませんよ。毎年冬は家に篭りっきりです」
「それは良かった!そんな2人にとっておきのプレゼントがあるんだ!」
━━━━━
プレゼントとして渡されたのは、イムラの所有する別荘を使用する権利だった。
街中の住宅街の一軒で、妾の目には別荘というより少し大きめの民家のという風にしか映らなかったが、
なんでも人やアンドロイドが大勢住んでいる事自体が月に住む人達には刺激的な体験になるらしく、意外にも使用権は取り合いらしい。
家の在庫を確認して、わざわざ注文をしないでも少し歩くだけで好きな物を買いに行ける生活は思っていたよりも楽な物だった。
買い物の帰りにのんびりと青花とお茶をする事なんて想像の中でしか無い出来事だったが、今それは現実として行われている。
「この街にいると妙な気分になるのじゃ」
ショッピングモールのカフェで青花とお茶をしながら辺りを見渡す。
「そうですね。あっちを向いてものらきゃっと、こっちを向いてものらきゃっと。いる所にはいるって話でしたけど本当なんですね。
私が昔住んでいた所は普通の人型アンドロイドしかいませんでしたよ」
「イムラの別荘がある街じゃからな。繋がりも強いならのらきゃっとが多くいても当然じゃな。
そういえば青花に昔住んでいた街はどんな所だったのじゃ?」
「流石に宇宙港のあるここ程じゃないですけど、そこそこに人の居る町でした。
小さい時しかいなかったので思い出もありませんし、故郷って感じでもありませんよ」
「それはそれで少し寂しいのう」
「いいんですよ。そんな故郷を思い出すより、大事な人といる今の方が大事なんですから」
青花はあまりにも簡単に歯の浮く様な台詞を話す。
「こんな人のいる所でそんな言葉を吐くでない」
顔は赤らみ頭にはむず痒い感覚が走る。妾は思わず赤面する顔を隠す様して頭をバリバリと掻いた。
「髪型崩れちゃうから強く掻いちゃダメですよ」
何でも無い様に余裕の有る笑みを青花は浮かべていた。
一言何か言い返してやろうと思考をしてみるが結局何も思い浮かばずに周囲に目を配らせて気持ちを落ち着けるように試みる。
「薄々疑問だったんじゃが、赤い目ののらきゃっとは青い目とどう違いがあるんじゃろう?」
「私も気になって調べたんだけど、都市伝説程度の話しか有りませんでしたね。信憑性はないけど聞きます?」
「別に真偽に拘るほどの話でもないじゃろ」
青花の方に向きなおると、青花も妾を見つめていたので丁度目が合った。
お互いに軽く笑い顔を合わせてから青花の真偽のわからない、なんとも判断のつかない話を聞いてから家に帰る事にした。
待ち合わせもデートに醍醐味!そう青花に言われて妾は青花より先に家を出て、待ち合わせ場所に向かう事になった。
最中、連れ合って歩く何組かの人達とすれ違ったが、その人達の仲睦まじい様子を見るとわざわざ一人になっている自分が酷く馬鹿らしく感じた。
はらはらと雪の降る街の景色は、妾の寂しい気持ちを強くさせる。
「これが青花の狙っていた気持ちなら大成功じゃな」
愚痴をこぼしながら歩みを進めていると鐘の音が辺りに響いた。
1回、2回、3回。続けて鐘の音が響くと今度は誰かを祝福する言葉と拍手の音が聞こえてくる。
何だろうと音のする方を探してみると、教会の中庭で祝福を受ける一組の男女の姿が目に入った。
結婚式の最中なのだろうか?
何故だか妾には祝福を受けているその二人がとても美しい物に見えて、目を奪われてしまった。
「覗き見なんて行儀が悪いですよ」
教会の格子の隙間から見える景色に心酔していると、後ろから突然声を掛けられて身が跳ね上がりそうなる。
妾が後ろを振り返るよりも速くどん!と背中に思い切り何者かが飛びかかってきた。
「後ろから飛びついてくる奴に行儀を問われたくはないのう」
抱きついて来た青花を引き離し、地面に下ろす。
「だってヒイラギさんが珍しく隙だらけだったから」
青花は妾に抱きついた勢いでズレたマフラーを直しながら格子の方に目を向けた。
「ああ、結婚式の覗き見をしてたんですか。私達の住んでいる所じゃ絶対に見えないモノですよね」
「初めて見るものじゃから、つい目を奪われてのう。珍しい光景を見させてもらったわ」
誤魔化す様な気持ちで足を進めたが、青花はその場に留まり何かを考えている様だった。
「どうかしたのじゃ?」
「いえ、別に。ちょっとした悩みがですね……」
青花は腕を組んで思案に暮れてから口を開いた。
「私だけで考えても仕方がないか……ヒイラギさん。もし着るのならタキシードとドレスのどっちがいいですか?」
「タキシードとドレス?なんじゃ、その2択は?」
「結婚式の時にどちらを着たいのかって話ですよ。ちょっとした好奇心なので気楽に答えて貰って構いませんから」
『気楽に』と言いつつも、青花の言葉からは若干の圧力を感じる。
ウェディングドレスとタキシードのどちらを着てみたいか。先程見た二人の姿を参考にしながら答えを探す。
そして導き出した答えに自分の事ながら、少しだけ顔が紅くなる。
「ウェ…………いや、そうじゃな。妾は青花の望む服が着たいのう……」
口に出す直前になって羞恥心が勝り、つい曖昧な回答で濁してしまった。
そういう言葉を聞きたい訳ではなかったのだろう。青花は「はぁ…」と大袈裟に溜め息を吐いた。
「そういう相手を尊重してますよって感じの答えで逃げるのは駄目ですよ。
私の望みじゃなくてヒイラギさんの望みを聞いてるのですから」
ジッと妾の目を見つめているその顔の唇は僅かに震えているのが目に見えた。
恐らく青花は妾の答えが何なのか分かっている上で答えてほしい様だった。
前はもっとお互いの力関係は同じだったハズなのだが、いつの間にか妾が下に置かれている様になった気がする。
『いつ』と言うのもすぐに察しが着く話だが。
「ウェディングドレス……じゃな。妾が着たいのはウェディングドレスの方じゃよ」
正直な気持ちを言葉にすると、青花は嬉しそうに顔を輝かせた。
「だがしかしじゃ。妾がドレスを着るよりも、その憧れよりも。青花、お主が純白のレースに包まれた姿が見たいのじゃ」
続けてもう一つの本心も口にする。それを聞いた青花は目をまん丸くして固まっていた。
「え?え〜〜っとね。考えてみれば当たり前ですよね……そっか。ヒイラギさんも私と同じかぁ……
えへへ……ヒイラギさんも私のドレス姿見たいんだ………」
妾の答えを聞いての返事というよりも、独り言の様に呟きながらふらふらと教会の柵に寄りかかった。
「今の一言、告白された時と同じ位、心に来ました……」
「大袈裟な奴じゃな」
「いえいえ、もう心臓を撃ち抜かれた気分でした!………あの……キスしてくれませんか?」
「なんじゃ、急にしおらしくなりおって。というかこんな人目の有りそうな場所で何を要求してるんじゃ」
「だって……今すぐに結婚するって訳にはいかないですよね?その代わりにキスしてくれてもいいじゃないですか。
それにこんな天気ですから、人目なんて気にする必要ありませんよ」
周囲を見渡すと、もう結婚式の参列者の姿もなく、ここにいるのは青花と妾の二人だけだった。
「仕方の無い奴じゃのう……」
青花を抱き寄せて唇を重ねる。
雪で冷えた体と対照的に、その口づけは燃えるように熱く感じた。
薄く雪の積もる道に、二人分の足跡を残しながら歩みを進める。
「ヒイラギさんの手、暖かくてこの時期には助かりますね」
「こんな街中では妾の体なぞカイロの代わりにしかならんな」
苦笑いを浮かべる妾と対照的に青花は気分良く寄り添ってくる。その笑顔に免じて暖房器具扱いは気にしない事にする。
街の賑わいは、まだ遠く。
二人だけの時間はしばらく続きそうだ。だから気になっていた事を青花に聞いた。
「ところでな、青花よ。先程の話なんじゃが……妾で良いのか?」
深い意味は無いかもしれない。話の種に口走っただけの言葉かも知れないが聞かずにはいられなかった。
「良いのかって何がですか?……あっ…ああ。私、突然とんでもない告白してましたね……」
「なんじゃ、やはり意識して言っていた訳ではないのじゃな」
「違います!ふざけた気持ちが有ったのは間違いないですけど、ヒイラギさんへの気持ちに嘘なんてありません!」
近く。とても近くに彼女がいる。だけどそれが妾の心を焼き焦がしている気がした。
何故だろうか。気がつけば妾は青花に抱いている不安を口にしていた。
「しかし……しかしじゃぞ?妾はアンドロイドじゃ。お主もまだまだ若い。それでも妾で良いのか?
妾は……どうしても考えてしまうのじゃ。青花と妾の関係はあそこにいたからこそ生まれたんじゃないかと。
孤独の中でこそ生まれた感情ではないか?ここに人々の中にいるとそういう、もしもを考えてしまうのじゃ」
「ヒイラギさんの不安、私にも覚えが有ります。むしろ、ヒイラギさんに告白するまで悩んでばかりいました。
私を見てくれるのは私以外に誰もいないからなんだって。
だけど私思うんです。きっと私達の出会いは運命だったんですよ!」
「運命?非科学的な考えじゃ……」
肯定する答えも否定する答えも無いが、つい否定の言葉を口にする。しかし、そういう風に思われるのは悪い気がしない。
「確かに運命なんて証明する方法はありません。だけどこれは言い切れます。
貴方が人間で私がアンドロイドだったとしても、貴方が女で私が男だったとしても、二人共アンドロイドだったとしても。
絶対に貴方を見つけて貴方に恋をしていたって確信してます。私の心はそれ程までにあなたに惹かれているんですよ、ヒイラギ」
彼女のまっすぐな想いに答える言葉が見つからなかった。
妾の胸の中を暖めてくれた彼女にただ今ある後悔だけを彼女に伝えた。
「青花…………くだらぬ疑問を口にしてすまなかったのう」
「くだらなくなんて無いですよ。そんな風にヒイラギさんが悩んでくれていたのが嬉しい事なんですから」
気がつけば視界が歪んでいた。涙を流すなんて合理性のない機能が何故付いているのだろう?
空いた手で涙を拭った。
「だけど、ヒイラギさんはまだ結婚できないので、そういう意味ではまだまだ早い話でしたね」
「なに?!問題が何かあると言うのか?」
「はい。アンドロイドの場合、自己の確立が認められた上で10歳になるまでは結婚できませんから」
早速データベースにアクセスをして確認してみると、確かにそう明記されていた。
「うーむ……この冬の間に結婚は無理という事か」
そう急ぐ必要無いだろう。勢いでやる事でも無いと素直に諦めた。
「でもヒイラギさんに気持ちだけで私は嬉しかったです」
「それは…… 妾も同じじゃよ」
あけすけに気持ちを伝えて、また一つ彼女と近づいた気がする。
いつの間にか着いていた駅前の明かりは、薄くふり続ける雪をきらめかせ、まるで妾達を祝福しているような。
そんな気がした。
「さっき妾の事をヒイラギと呼んでいたが、そう呼ばれるのも良いものじゃな……
やはり普段からそう呼ぶ訳にはいかぬか?」
「えーーっと。あれは気持ちが乗ってつい口から出ちゃったモノで…………
今度またそういう気持ちになった時で良いですか?」