※この作品はR-18です。

グレイブディガー   作:歌川

8 / 12
分たれた二人

 冬が終わった。

何にでも終わりがある様に私達の楽しい時間も終わり、実家へと帰る事になった。

だけど、あんな僻地にも楽しみはある。桜だ。

管理にもそこそこにお金を掛けているので、毎年綺麗に花を咲かせる一角がある。

きっと彼女も気にいると思う。

最後の花見だ、お互いにとっても良い思い出にしたい。

そう思うと不便な我が家へと帰る足も少しだけ軽くなった。

 

 家に帰り、二階にある自室の扉を開けると、久しぶりに外気に触れた私の部屋はこれが挨拶だと言わんばかりに埃を舞い上げる。

大量の埃混じりの空気を吸った私の体はゴホッっと反射的に咳をする。

口を手で抑え、顔の辺りに飛んでくる埃を手で仰ぎ遠ざけながら部屋の隅にある掃除用ロボットに近づいた。

平らで丸型のソレを持ち上げてスイッチを押してみるがの反応は無い。何かにぶつかった様子もないので恐らくバッテリーが切れているのだろう。

「ヒイラギさーん。悪いけどコレ充電機に繋いでおいてー」

リビングで荷物の整理を任している恋人に聞こえる様に大きな声で呼ぶ。

「ああ、今行くから待っておれ」

そう返って来た返事に従い、階段の前でヒイラギがやって来るのを待つ。

ゴホッ…ゴホッ……何故だろう?再び咳が出た。

深く埃を吸ってしまったかと思ったその瞬間、ゾクリと体に寒気が走る。

ゴホッ…ゴボッ……そこで私は気がついた。これはただの咳ではない。異物になった中身を体が追い出さそうとしているんだ。

「階段の上に置いて置くね」

まだだ、まだ時間は有るはずだ。不要な心配をヒイラギに掛けない為に掃除機を置いて洗面所へ向かった。

ゲホゲホと咳き込んでいると、怖気が体の中を駆け上がって来る。

まだ大丈夫。一度吐き出して薬を射てばまだ問題はない。

「ウブッ!」喉の奥から濃い鉄の臭いが込み上げて来る。喉元をあがって来たソレを吐き出そうと口を開き掛けたその時、後ろから気配を感じた。

「咳が出てる様じゃが、大丈夫か?」

私の事を心配したヒイラギがやって来てしまった。手で口を抑え、吐き出そうとしたソレを口の中に留める。

ここでヒイラギに知られたく無い。口の中に溜まった血をグッと喉の奥に押し流す。

「大丈夫です。埃が変な所に入っちゃって気持ち悪くなっただけですよ」

「そうか。疲れてるなら休んでいて良いのだぞ?片付け位なら妾だけでも大丈夫じゃからな」

「ありがとう、ちょっと休んだらすぐに行くね」

ヒイラギが下に降りるのを確認してから口の中に残った異物を洗面台に吐き出す。

血に塗れた臓腑の欠片、私の残り時間が長く無い事を知らせる合図。

終わりが近い。だからこそ1日だって、1秒だって無駄にはしたくない。

 洗面所の棚から箱を取り出す。お母さんの残したレポートを元に作った延命の為の薬。

こんな所では量を作れる物では無かったが、むしろそれで切りが良いとも思った。

ペン型の注射器を首筋に当てて目をつぶる。

「もう少しだけ……少しでも長く、ヒイラギさんと……」

指に力を込めて注射を打ち込む。注射の痛みか、別の物か。私の目からは涙が溢れていた。

 

 

━━━━━

 

 クヌギの研究室にクヌギとキングがいた。白く整然とした広い部屋には様々な機械や器具が置かれている。

キングは無機質なベッドの上で横になり、頭には大きなヘッドセットの様な機械が装着されており、その機械はサーバーの様な物に接続されている。

機械を装着するのに邪魔になっているのか、眼帯は外され手に握られている。

クヌギは部屋に一台だけあるデスクに肘をつき、ディスプレイに表示される解読不能なコードを睨みつけながら頭を抱えていた。

「何度データを取っても変わらないと思うぞ」

キングは最早日常と化したデータの収集に対して不満を漏らす。

「分からないで諦められたら開発者なんてやってられないよ……ヒイラギのボディの開発してる時に比べたら専念する時間も有るしね」

「時間か……そういえばヒイラギの開発にはどれ位の時間を掛けたんだ?」

クヌギは苦々しい顔を解し得意そうな笑みを浮かべる。

「基礎設定の時点から15年は掛かったよ。開発室の規模は縮小されたり、雑用が多過ぎてチマチマとしか作業が出来なくて本当に時間が掛かったよ!

特にディフェンスマトリクスは大変だった!要のシステムなのに全然テストできないからアレだけでどれ程足止めを喰らったか!!」

地雷を踏んでしまったとキングは顔を歪ませる。

人の自慢話と惚気話ほど退屈な話は無いなとキングが思っているとディスプレイの方からピロンと誰かから通信が届いたアラームが鳴った。

「誰だい。ここからだってのに」

クヌギは話を切り上げて渋々通信に出た。

それはヒイラギからの定期報告だった。

取り立てて問題も無く、墓地作りはゆっくりと進んでいると何時も通りの報告が終わったがヒイラギは考え込んだ様子で通信を切らずにい

た。

「どうかしたかい?問題が有るなら聞くよ」

「問題を報告しても大体物資を投げつけて終わりじゃろ?……まあ妾が考えてもどうしようも無い話なのじゃが……

最近どうにも青花の調子が悪いみたいでのう……今日は山の中に有る桜を見に行ったのだがな、

たいした距離を歩いてもいないのに青花が辛そうにしていたのじゃ」

「辛そうに?それはどういう感じだい?」

「呼吸が苦しそうな見えたのう。妾が心配しても大丈夫と言って強がるからどうしようもないのじゃ」

「呼吸が苦しそう?すぐに息が上がる感じかな?」

「うむ。前はそんな風に疲れている様子は見せた事がなかったのじゃが、町から帰ってからどうも様子が変なのじゃ」

クヌギは眉間に深いシワを作り、僅かに逡巡してから口を開く。

「そうだね。多分それは……まだ都会暮らしの感覚が抜けないんだよ。

環境の変化がストレスになって体調を崩す、一般的にはよく有る話だ。その環境が過酷な物なんだから尚更ね」

「なるほどのう……妾が気を付けてやれる事は無いという訳か……」

「そんな事はないさ。ヒイラギが側にいてくれたらきっと青花も元気が出るんじゃないかな?

幸いにもしばらくは作業ペースを落としても問題無いから、青花との時間を増やすといいよ」

「おお!それは助かるのう。しかし、青花にはクヌギの方から一度相談をしておいてくれぬか?

人間同士の方がわかる事もあろう。では、さらばじゃ」

 

 通信が切れると、クヌギは大きくため息をついて椅子にもたれかかった。

「どうした?わざとらしくため息を吐いて」

「ああ…なんだ起きてたのか。黙ったままだから寝てるかと思ったよ」

「通信中に喋ったら顔を出さない訳にはいかないだろう?こんな半分拘束されている様な姿を見られたくないんだよ」

「ははは。確かに久々に顔を見えせる友人の姿には相応しくないね」

クヌギは僅かに笑みを浮かべた後、黙って椅子を揺らす。

「今日の研究はもう止めよう。お疲れ様、キング」

キングが横になっているベッドに近づき、装置の電源を切りキングから大きなヘッドセットの様な機械を取り外した。

「やれやれ。いい加減、諦めるか何かの成果を見せるかして欲しいよ」

キングは文句を言いながら眼帯を付け直して、ベッドから立ち上がる。

その間、クヌギは機械を持ったまま宙を見つめて呆然としていた。

「どうした?そんな物を持って突っ立っていると危ないぞ」

キングの一言でハッっとしたクヌギは機械をベッドの上に置いてからデスクに戻った。

「じゃあ私はもう部屋に戻るからな。お前に付き合っているせいで全然勉強が進まないから地球に帰れないし、

教育係からは愚痴を言われて大変なんだぞ」

クヌギに対して文句を言うが、返事は無く。

張り合いがないと思ったキングは自分の部屋に帰ろうすると、研究室を出る前にクヌギが口を開いた。

「ちょっと待ってくれ。話しておきたい事があるんだ」

そう言ってキングを呼び止めると、部屋の隅に置いてあるパイプ椅子を開き、座る様に促した。

 キングは渋々椅子に座る。

「さっきから様子が変だけど、急にどうしたんだ?」

「今からする話は君が関係者だから……というより、私が一人で抱えているのが辛いから聞いてほしい話なんだ。

聞いてもあまり良い気分のする話ではない。だからそれが嫌なら聞かないでもいい」

「今更出し渋るのはやめてくれ……話なら聞くよ。………青花の事だろ?」

「ああ、青花の話だ。あまり楽しい話にはならないと思うが聞いてくれ」

 

 部屋の中に重い空気が満ちて行くなか、クヌギは語り始める。

「こちらも大事な娘を預けている身だからね、ヒイラギに秘密裏に会話をさせてもらったんだ。

家庭の事情や学歴、何故あそこで暮しているかもね。

 奇妙に感じる所は勿論あった。だけど個人情報を探る程のものではなかったし、何より青花には不思議と不信感を抱かなかったんだ。

だから青花の素性を探ろうとはしなかったんだ、あの時までは。

キング。君とヒイラギが戦った後、ヒイラギの状態は酷い物だったんだよ。コアの暴走、エネルギーラインの破損。

マトモに動く部位は一切ない。下手に手を出せば爆発しかねない危険な状態だったんだ。

 そして私は青花に頼まれてヒイラギの修理を行う指示をしたんだ。

彼女の修理は見事な物だったよ……最初は私の指示通りに、それを適格にこなしていった。だけどその内に私の指示を超えて修理を進めていったんだ」

「指示を超えて?そんな事が出来るのか?」

「知識が無い者には不可能だよ。それにヒイラギは特別製だ、私以外にヒイラギの修理を行える人間はいないはずさ」

「だけど青花にはそれが出来た……」

「そう。流石にそこまで行くと気にせざるを得ない。直接聞いてみたんだ、以前よりも詳しくね」

「直接?それは思い切ったな」

「自分で調べようとすると検閲が入りそうな話だったからね。だからまずは直接聞いた方が良いと思ったのさ。

そうしたら意外にもアッサリと凄い話をしてくれたよ……それは……」

クヌギはそこで口を閉じる。キングは続く言葉を待つが、沈黙が続く。

「それは、なんだったんだ?」

我慢できずにキングが質問を投げかける。

諦めを示す様に首を横に振ると、クヌギは続きを話した。

「青花はただの人間じゃない。人造人間だ、完全なる人を作る計画……その産物が彼女の正体だ」

 

 

━━━━

 

 

 長く雨の続く日は嫌いだ。

雨音を聞きながら灰色の空を見上げると、あの日に感じた恐怖を思い出してしまう。

 青花がベッドから離れられなくなって、もう一週間は経つ。

春から段々と弱っていき、雨の続く季節になると青花はついに歩くのも辛い位に弱ってしまった。

人間に疎いとはいえ、妾もそこまで馬鹿ではない。

青花からはあの日、妾が感じた気配と同じ気配を感じる。

死が彼女を包み込んでいる。

 

 妾に心配を掛けまいと、気丈に振る舞っているが様子がおかしいのはハッキリと分かった。

一人にでいると何も出来ない焦りと無力感で心が押し潰されそうになる。

妾には青花を救えない。その事実が深く心を抉る。

それでも青花は暗い顔をせず、明るい顔ばかりをしていた。だから妾はその気持ちを尊重し不安を表に出す事はしなかった。

そのおかげで、二人でいる時は意外にも明るい気持ちでいる事ができた。

救いたい者に救われる。こんな弱い妾は青花の救いになっているのだろうか?

答えを聞く相手のいない悩みを抱えて、今日もまた青花に寄り添う。

少しでも青花の苦痛を減らせるように。少しでも青花が幸せを感じられるように。

 

「ヒイラギさんお粥作るの上手になったよね。食べやすいし、ちゃんと美味しかったです」

「ずっと作っておるからのう。極めたと言ってもいい位にはなっておるのじゃ」

昼食を食べ終え、食器を片付けてから青花の寝室に戻ると、青花はベッドから灰色の空を眺めて物憂気な顔をしていた。

「雨……長いですよね。もうずいぶん振りっぱなし」

「ああ、そうじゃな。だが安心するがいい、明日からはしばらく晴れが続くらしいぞ」

「そうですか……明日から………」

「晴れたら散歩でも行くのはどうじゃ?部屋の中にいるばかりじゃ気分も悪くなるじゃろう?」

妾がそう提案すると、部屋に沈黙が訪れる。

話題がマズかっただろうか?何か別の話をしようと考えていると、青花は瞳に涙を溜めながら絞り出すように答えた。

「そうですね……それが………きっとそれが最後のデートになりますね」

「最後なんて……寂しいことを言うでない。きっとすぐに体の調子も良くなる」

「いいえ、最後です……ヒイラギさん、私ずっと秘密にしていた話が沢山有るんです……貴方に伝えるのが怖くて……言わなくちゃって思ってたのに、結局言えなかった……

貴方を信じていない訳じゃ無いんです。だけど勇気が持てなくて……これから話す事を聞いても、

どんな話でも、私を嫌いにならないでくれますか?」

妾は青花のそばに座り、震えていた彼女の手を握った。

「今更青花を嫌いになるはずがないのじゃ。安心して話すが良い」

「ありがとうございます。…………その……私、普通の人間じゃないんです。

クローニングと遺伝子改造で作られた人造人間。

それが姫木青花、青い薔薇を作ったように不可能を可能にしようとした人達の残した忘れ形見。それが私なんです。

その……それで……こんな作り物の私だけど、それでも好きでいてくれますか?」

「ああ、変わりはしない。愛しているぞ」

知れば相手の見方が変わってしまうかも知れない真実。

きっと青花は妾がそれを知って二人の関係が変わるかも知れないと思っていたのだろう。

細い体を震わせる彼女をそっと抱き寄せる。

「怖かったんです。そんなことでヒイラギさんに嫌われるが無いって分かっていても言えなかったんです……

こんな……人間の紛い物を愛してくれるのか、ずっと怖かったんです」

「紛い物なら妾だって同じじゃ。作り物の中でも一人しかいない、はぐれ者の妾の方がよっぽど人間から遠いぞ?

それに同じ作り物同士!何を恐れる必要がある?」

「そうですね……うん。悩んでいた私が馬鹿みたいですね」

青花は涙を拭い、安心した様子で妾に体を預けた。

「色々と話しておきたいんです。私の事とこれからの事」

 

 青花は語った、自分の生まれについての話を。

アンドロイドが普及を始めた戦争の少し前、人間の進化よりもアンドロイド達は遥か先に行くのではないかと危惧した人達がいた。

当時、機械工学の発展は数多の企業から注目を得ていたが、一転バイオテクノロジーの発展は著しく遅れていたという。

 そういった不安を持つ者達と不遇の研究者が集まり、完全な人間を作るプロジェクトが起きた。

その研究者の中に青花の母親もいたという。姫木桜、若き天才として期待を受けていたらしい。

そして最も新しい可能性の芽として、被験者に選ばれたのも彼女だった。

 戦争が始まってからはむしろパトロンが増え、資金面で困る事なく自由に研究を進める事が出来たという。

戦争が終わるまでには人間の一世代の間に受けられる遺伝子改造の限界を把握する事に成功した。

しかし新たに生まれた世界の支配者であるイムラに焦りを覚えたチームは不完全ながら研究を進める事になってしまった。

 一定以上の改造を加えると、胚は成長せずに崩れてしまう。

頭脳と肉体。両面から完全な人間を作ろうとすると、どうしてもその容量を超えてしまう問題の解決策は中々見つからなかった。

アンドロイドを世界に広めたイムラが支配者になった世界でいつまで研究を続けられるか分からなかった彼等は、苦肉の策としてある計画を進めた。

突出した能力を二人に分け与えて作り出し、成長した後に何某かの方法で統合する計画を。

そして完全な知恵を持つ個体、木花咲耶。不老長寿の体持つ個体、石長姫。神話をもじり、神の名を持つ二人の子供を生み出したのだ。

母親と髪の色などが違うのは、その二人の同じ顔の子供を見間違う事がない様にいじられた結果らしい。

最初は計画通り、上手く行っているように見えた。生み出された二人はすくすくと成長し、木花咲耶は知能テストで突出的な成績をだしたという。

石長姫は性質上すぐに成果が出るわけではなかったが、健康面で問題が起きる事なく育っていった。

 しかし彼女達が生まれてから3年の月日が経ったある日、事態は急変した。

石長姫は謎の体調不良を起こし、目が覚めなくなってしまったのだ。そしてそのまま、目が覚める事なく死んでしまったという。

理由は分からないが内臓が融解し、手の施しようがない状況だったらしく最後は投薬による死が選ばれた。

何が悪かったのか、木花咲耶は大丈夫なのかと大騒ぎになり、その段階になってようやく致命的な欠陥が発見された。

ある年齢になると、体が朽ちて死ぬ。石長姫も木花咲耶もそうなる様に設計されていたのだ。

結局は見えない制限時間への焦り等の状況が生み出したミスが原因だったのだが、チームはスパイの存在を疑い崩壊状態になり、研究は一気に頓挫してしまい、

チームの解散までの数年間は木花咲耶、姫木青花の延命の研究だけが行われた。

そして何も解決出来ないままイムラに目を付けられ、プロジェクトは消滅した。

 

「研究資料は全部消されたよ。それにチームのメンバーは接触禁止を言い渡されてそれで終わり。

私の存在も、普通の人間より寿命が短いだけの失敗作だって誤魔化したらどうにかなっちゃったんだ。

それから私とお母さんはここに来て、後はヒイラギさんに話した通り、私はここで生きてきたの」

「……大変な子供時代じゃな……」

「大変って感じはなかったかな。子供の時は万能感に酔って凄い嫌な子供だったし。

あっ、私の子供の時の夢なんだったと思います?」

「青花の夢?うーむ……もしかして世界征服か?」

「おお!正解です。流石、私の事をよく分かってますね」

「冗談のつもりだったんじゃが……世界征服とは派手な夢を持っていたんじゃな」

「私が100まで生きられたなら、まあ50%の確率でいける予定だったんですけどね。

二十数年しか生きられないとなると流石に諦めましたよ。それが理由でこんな所にずっといた訳です」

「50%か、それは大きく出たのう。そこに妾がいたらどうじゃ?」

「あっ、それは100%って言って欲しいんでしょうが、逆ですよ、逆。0です。

貴方が側にいたらきっとそんな野望はどうでもよくなりますから」

「ほう。つまり妾は世界征服を企む闇の組織を一人で壊滅させるヒーローだったかもしれぬのか」

穏やかな笑いが部屋に響く。こんな時間がこれからも、ずっと続けばいいのに。

そう思った妾の気持ちを砕く様に、青花は口を開く。

「でも、そうならなかった。

ヒイラギさん、聞き入れたくない話だと分かっているんです。でもしっかり聞いてください。

私は……貴方に会って、貴方との日々を重ねている間にどうしてもやりたい事ができてしまったんです。

私に残された時間は病院で万全の治療を施しても一年もあるかどうか……だから……

だから……明日でお別れなんです。ここにいたら、もうほんの少しも生きて行けないから」

言葉が出なかった。突然、別れを突きつけられて何も言葉が出なかった。

妾には青花がここを離れるのを止められる理由が見つからなかった。

「ここを離れなければどうしても駄目なのか?」

「はい。私に延命は最新医療を尽くしてどうにか、という話なのでこんな場所じゃ薬も機械も人も、何一つとして足りません」

「だが今日までは大丈夫だった。何か方法があったのではないか?」

「お母さんが残してくれた細胞の破壊を止める薬のお陰です。完全な物ではないし、もう有りません」

「妾も青花と共に行く!それなら良いじゃろ?」

「やめて下さい。貴方には貴方のやるべき事が有るじゃないですか。

私は……そんな風に使命を投げ出す人は……ヒイラギさんでも嫌いになりますよ!」

「使命なんてそんな大仰な物じゃない……あんな事………誰でも出来る雑用じゃよ……」

涙で視界が歪む。離れたくない、離したくない。

我儘な感情ばかりが溢れてくる。そんな気持ちは青花も同じだとわかっているのに。

「ごめんなさい。強く言い過ぎたね……」

青花は妾の方に向き直り、ポロポロと溢れる涙を拭う。

「その……私もただ貴方と別れる訳じゃないんです……無理な延命でボロボロになった私の姿なんて見てほしくないから……

ヒイラギの中の私は何時までも綺麗なままでいて欲しいから……」

どちらからともなく、抱き合う。

降りしきる雨はまるで二人の心を映しているみたいだと、そう思った。

 

 昨日までの天気と違い、雲のない空からは初夏を思わせる強い日がさしてくる。

去年、初めて背負った時より軽くなった青花を背負いながら山道を登る。

最後のデートは最初にデートした場所に行きたい。二人共、意見は同じだったので行き先は迷いなく決まった。

最初は歩いて行きたいと青花は無理を言っていたが、長い雨のせいでぬかるんだ道を少し歩いた時点で諦める事になった。

「そういえば青花のやりたい事とはなんなのじゃ?妾と離れてまで何をやりたいのじゃ?」

「それはですね。昨日、研究資料は消されたって言いましたよね。でもしっかり残ってるんです。

私の頭の中には、私自身の遺伝子配列の図式から何気ない落書きや空論まで全部残っているんです」

「瞬間記憶…というヤツか?」

「はい。それで……資料を見ている内に思いついたんです。人類の進化……私達、姉妹みたいな歪な存在じゃなくて、

多くの人がシンギュラリティを超えて人間とアンドロイドが共存し得る可能性を、私がその結果を見る事はできないけど、それに……」

「それに?」

「うーん………何でもない。要するに遺伝子改造の論文を書き上げて、何人かの信頼のおける人に託したいの。

お母さんの研究を無駄にしたく無いから。それが私のやりたい事」

「1年で間に合うのか?かなり大事に聞こえるのじゃが」

「うん。準備はしてあるから」

「そうか……妾には……妾には願う事しか出来そうにない話じゃ」

「それで十分です。忘れないでいてくれれば」

昨日からずっと無力さばかりが心に募る。青花の願いにも、青花の命にも、妾が及ぶ場所が無くどこか別の場所で完結していく。

こんな生に何の意味が有るのかと、答えの出ない問を空に投げて山道を登った。

 

 

 

━━━

 

 

「天気が良くて助かりましたね」

盆地を見渡せる展望台に二人は来ていた。

青花はヒイラギの手を握りながらゆっくりと歩き、欄干に近づく。

「ここに来るのも久しぶりじゃ。相変わらず気の滅入る光景じゃ」

「そうですか?私はここ大好きですよ。初めてデートした大切な場所でもありますし」

二人は欄干の近くにシートを敷いて腰を下ろす。

「あの日……ヒイラギさんに初めて会ったあの日もここに来る為に山に入ったんです。

危険だとは分かってたけど、それでも行きたかったんです」

「前から思っていたんじゃが、何でこんな所まで来ていたんじゃ?

錆びれていて眺めても楽しい物じゃないと思うぞ」

「そんなことないですよ。私にはここが一つの世界みたいに見えるんです。

閉じた、終わってしまった一つの世界。

確かに楽しいとは違うかもしれませんけど、ここの景色が唯一私の感情を動かしてくれる場所でした。

以前は月に一度でも来れば満足してたんですけどね。そんな世界に変化が起きてからはもうずっと心が騒いで落ち着かなかったんですよ」

青花は立ち上がると欄干に手を掛けて景色を眺める。

「ほんの少しの変化でした。だけどそれは今ではハッキリと形になってるんです。まだ一部だけど、段々広がって…………

最後にはどんな景色になるのか私には見れないけど、きっとここに眠る人達を羨んでしまう。そんな世界を貴方なら作れると思うんです」

ヒイラギは何も答えなかった。何を言っても青花の後ろ髪を引いて困らせてしまうと思い、ただ寄り添い、肩を抱いた。

「ヒイラギさん、宿題です」

「どうしたんじゃ?急に」

「まあ、良いから聞いてください。何で私が貴方と別れてまでレポートを残そうと思ったのか。

それを考えておいてください」

「こんな時になにを言うと思えば……確かにさっぱり答えが浮かばぬが……」

「多分私の予想だと40年位経てば分かりますよ」

「答えは分からぬが。今、妾は確実に馬鹿にされているのはわかるぞ」

二人の笑い声が辺りに響き渡る。

最後の思い出が少しでも鮮やかな物になる様に、そう願いながら二人は短い時間を過ごした。

 

 

 青花が農園を離れて、半年の時が流れた。

ヒイラギは空虚な日々を過ごしながらも青花に頼まれた農園の管理と墓作りの両方をこなし続けていた。

思い出にすがっても苦しくなるだけと思い、青花の家の扉を開く事はなかったが、

収穫期になるとコンバインの鍵を取るために青花の家に入らなければいかなくなった。

家に入ると目に付く場所に病院のパンフレットが置いてあった。丁寧に病室の番号も添えて。

そこに行けば青花と会えるかもしれない。

そう思ったヒイラギだが、ここで青花に会いに行く事がどういう意味になるのかを考える。

そしてヒイラギは………

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