「フェイヒリッター! その娘、大丈夫なの!?」
「ああ、なんとかした! 戦闘に戻る!」
上妖精弓手の呼び掛けに、剣舞士は手短に答えてからオーガに突撃した。それに僅かに遅れて、格闘家娘も剣舞士に続いた。
(そう言えば、お腹に瓦礫が当たったのに……痛みが無い……)
と格闘家娘は、腹部の痛みが引いていることに気づいた。それは、呪装具の身体強化。その副次効果だった。
高い身体強化は同時に、回復力も上げていたのだ。ほんの僅かな時間だが、それでも格闘家娘が負っていたダメージは回復されていた。
(って、今気にするべきはオーガのこと! それ以外は、後回し!)
格闘家娘はそう判断すると、意識をオーガに戻した。オーガはその巨体から予想出来る凄まじい膂力を活かし、柱や床を砕き、まるで飛燕のような速度でゴブリンスレイヤーや蜥蜴人僧侶、鉱人術士に飛ばす。勿論、その鉄棒や剛腕でも攻撃してくる。
しかし彼らも、銀等級の冒険者。何とか回避していく。
そんな時、剣舞士と格闘家娘の方に大きな瓦礫が飛んできた。
格闘家娘は避けようとしたが、剣舞士が
「俺の後ろから出るな」
と告げた。次の瞬間
「はっ!!」
気合い一閃、剣舞士が振り上げた呪装具により、瓦礫は両断され、二人の両側を通り過ぎた。
「す、凄い……!」
「ふん……奥義を使うまでもない……先に行く」
剣舞士はそう言った直後、姿を消した。だが次の瞬間、オーガの頭上に現れた。しかし、オーガも気づいたらしく
「上かぁ!!」
とその鉄棒を振り上げた。
しかし
「奥の一……斬鉄!!」
剣舞士が振り下ろした斬撃で、その鉄棒は途中から斬られた。
「貴様!?」
「ち……予想より硬かったか……お前の体も、切り裂くつもりだったが……」
どうやら、剣舞士としては今の攻撃でオーガに致命傷を与えるつもりだったらしい。しかし、鉄棒が予想より硬かったために、鉄棒を切り裂くので終わったようだ。
「おのれ……調子に乗るなよ、冒険者風情が!」
オーガはそう言いながら、片手を高々と掲げ
「カリブンクルス……クレスケント……」
と火玉の呪文を唱え始めた。
先は魔法使い娘と神官娘の連繋があって、なんとか防げた。しかし今は、魔法使い娘は魔法は使いきり、神官娘は消耗している。防御は出来ない。
しかし
「全員、後ろに居ろ!」
剣舞士はそう言って、懐から二枚の札を取り出し
「水流障壁・重!!」
と札を地面に叩き付けた。その直後、二重の水の壁が一行を包み込んだ。それとほぼ同時に
「ヤクタ!!」
とオーガが、火玉を投射。放たれた火玉は命中し、大爆発を起こした。
「クハハハハハハハ!! 跡形も残らぬわ!!」
その爆発に、オーガは一行を倒したと思い込んだ。しかし
「はあぁぁぁぁぁ!!」
その爆煙の中から現れた格闘家娘が振るった一閃が、オーガのアキレス腱を切った。全体的に見れば、それは些細な怪我に過ぎない。しかしその一撃で、オーガは片膝を突いた。
「小娘がぁぁぁぁぁぁ!!」
オーガは怒声を張り上げながら、まだ近くに居た格闘家娘を潰そうと腕を振り上げた。だが、そこに
「忌剣……風牙・蓮華!!」
剣舞士が、両手の刀を素早く振るい、オーガの両手両足を切断した。
「がっ!? 馬鹿なぁぁぁぁぁ!?」
オーガは怒りの雄叫びを挙げながららその場で倒れた。その時になって、オーガは一行が全員無事なことに気づいた。
「な、何故!?」
「二重に張り巡らせた水の壁で、貴様の火玉を防いだだけだよ……」
剣舞士はそう言って、横にずれた。すると入れ替わるように、ゴブリンスレイヤーが現れて
「貴様はなんと言ったか……いや、最早意味はない……ただこれだけは言える……貴様なんかより、ゴブリンのほうがよほど手強い」
ゴブリンスレイヤーはそう語り、オーガの額に持っていた剣を深々と突き刺した。
その後一行は、生き残りが居ないか確認し、外に出た。すると、出入口から少し離れた位置に一台の馬車が止まっていて、その周囲には数人のエルフが居た。
「皆さん、お疲れ様でした。手紙を受け取り、急いで来ました。状況は……」
一人のエルフがそう問い掛けるが、一行の殆どは疲れから何も言わずに次々と馬車に乗り込んでいく。だが、剣舞士が
「中に居たゴブリン約50は討伐し、更にオーガも撃破……こいつも任せる……生き残りは居ない筈だが……油断はするな」
と言って、背負っていたあのエルフを引き渡した。
「もう一人捕まっていたのですか!? 感謝します!」
「委細分かりました。後は、こちらで……おい、行くぞ!」
一人が剣舞士からあのエルフを引き取り、もう一人が他のエルフ達に号令を下して、中に突入していった。
それを見送った剣舞士は、最後に馬車に乗った。
その後、馬車はゆっくりと進み始めた。聞いた話しでは、一度一番近い町で休んだ後、西の街に戻る手筈らしい。尚その馬車の周囲には、雇ったらしい他の冒険者が護衛に就いている。帰路で襲撃を受けても、大抵ならば対処は出来るだろう。
すると、格闘家娘が
「師匠……この刀……お返しします」
と持っていた刀を、剣舞士の方に差し出した。それを見た剣舞士は、少し間を置いてから
「いや……お前が持っていろ」
と告げた。予想外の言葉に、格闘家娘が驚いていると
「先のオーガへの一撃、見事だった……相手に当たった瞬間に、刃を引く……それが、刀の運用方法……」
「は、はい……何回も師匠の戦闘や訓練を見ていましたから……」
「次からは、刀の練習も追加するか……その前に、手甲と脚甲……それを、鍛冶屋の親方から受け取れ……」
「え……手甲と脚甲?」
格闘家娘が驚いていると、剣舞士は
「何時までも、素手や靴だけというのはな……」
と告げた。確かに、防御面を考えると心許ないだろう
「依頼には間に合わなかったが、もう出来ている筈だ……いいな?」
「……あ、お金は」
「気にするな、大した額ではなかったからな」
「はい、分かりました……」
剣舞士の話に、格闘家娘は頷いてから剣舞士から貰った刀を抱き締めて座った。
彼女は知らなかったが、その刀は剣舞士が初めて握った刀で、更に言えば死んだ父親から受け継いだ刀だった。
つまりは、形見になる。
しかし、両親のことは顔すら朧気な剣舞士としては大したことはない。
今の剣舞士としては、弟子たる格闘家娘が生き残る可能性を上げる為ならば、自分が長年使っていた刀を譲ることも厭わないと考えていた。
そして格闘家娘は、剣舞士から譲り受けた刀を大事に抱き締めた。
その時、横では
「ねえ……そいつ、何時もあんなことをしているの?」
と上妖精弓手が、神官娘に問い掛けていた。彼女が言うそいつというのは、ゴブリンスレイヤーのことである。
そのゴブリンスレイヤー本人は、疲れから眠っているらしい。
「そうですね……何時も、ああいう風に戦ってます」
神官娘はそう言いながら、ゴブリンスレイヤーに毛布を掛けた。その神官娘も、少し眠そうである。
「そう……」
神官娘の話を聞きながら、妖精弓手は今回の遺跡内でのことを思い出した。ゴブリンスレイヤーは、終始黙々とまるで作業のようにゴブリン達を殺していった。その後も、外に出る傍らでゴブリン達が死んだふりをしてないか確認しながら出入口に向かっていた。
その姿は、完全に作業をしているようにしか見えなかった。
それが、上妖精弓手には気に入らなかった。
彼女が知る冒険というのは、未知に胸を高鳴らせ、未踏破のダンジョンに足を踏み入れて、強い敵と戦うかお宝を手に入れることだ。
確かに時々、今回のような政治が絡むこともあるが、そのほうが稀だ。
「気に入らない……」
「はい? どうしました?」
神官娘がたまたま欠伸したタイミングで、上妖精弓手が呟き、神官娘は首を傾げた。すると上妖精弓手は、ゴブリンスレイヤーを見ながら
「私がこいつに、本当の冒険を教えるわ……何があったか知らないけど……こんなの、私が知ってる冒険じゃないし、冒険って言わない……」
と呟いた。
これが、長い間に渡る彼女を含めた一行の始まりにして、一行の激動の幕開けだった。