一旦地下下水道から出て、翌日。ゴブリンスレイヤーは水の都のギルドに来ていた。そのギルドの掲示板に貼られている依頼状を見ていた。そんなゴブリンスレイヤーを見ていた水の都の冒険者達が
「おいおい、なんだあいつ。あんなボロい鎧着てるなんざ」
「水の都の品位が疑われるぜ」
と侮辱の言葉を吐いていた。それを、今来たばかりの上妖精弓手が聞き、ムッとした表情を浮かべた。そして何かを思い付いたのか、ニヤリと笑みを浮かべて
「オルクボルグ!!」
とわざと大声を挙げて、更に手を振りながら近寄った。それを見て、水の都の冒険者達は固まっていた。
「なんか、手紙を送るって言ってたけど、送ったの?」
「……ああ。たまたまあの街に寄るという商人が居たから、頼んだ……」
上妖精弓手の問い掛けに答えながら、ゴブリンスレイヤーはまだ掲示板を見詰めていた。それが気になったのか、上妖精弓手が
「さっきから、何を探してるの?」
と問い掛けた。
「……あれほどの地下の規模なのに、大鼠と大黒蟲の討伐依頼が無い」
「……あ、本当だ」
ゴブリンスレイヤーの言葉を聞いた上妖精弓手は、掲示板を軽く見て気づいた。確かに、大鼠と大黒蟲の依頼状が一切無い。あの地下下水道を考えると、居ないというのは本来あり得ない。
大鼠と大黒蟲は両方とも雑食かつ凶暴な魔物で、都市部では切っても切れない魔物の類と言える。
「……ふむ」
その頃、剣舞士は武器屋の回転式砥石を借りて、刀を研いでいた。常日頃の手入れである。そこに、戦士娘が来て
「師匠、色々と情報を聞いてきました」
と報告を始めた。
「ふむ……街に魔物が侵攻したというのは無かったか……」
「はい。ただ、気になる情報がひとつ」
そこまで言うと、魔法使い娘が小声で
「大分前だけど、この街に一人変な魔法使いが入ったらしいの。それも、地下のことを凄く気にしてたらしいわ」
と告げた。
「ふむ……魔法使いか……」
「ええ……かなり怪しい身なりで、年齢は不明。ただ、身長等を考えると人間なのは、間違いないらしいです」
「……暗黒に堕ちた魔法使いか」
「恐らくね……時々、邪神に魅いられる奴は出てくるのよね……」
魔法使いは、その名前の通りに魔が司る異なる法を知り、そこから魔が使う奇跡、魔法を使えるようになる者達。しかし中には、その魔を知ることで邪神を崇め、暗黒面に堕ちる者も現れるのだ。そう言った者達は、自身が崇める邪神からの神託に従い、人々に災いを成す場合があるのだ。
「街や近い場所で、女性が行方不明になったという話は聞かない……ならば、今回のゴブリンは人工的に成された可能性が非常に高い……」
「人工的……」
研ぎ終わったのか、剣舞士は刀を鞘に納めて戦士娘に手渡した。そうして剣舞士は、投剣を数本購入すると、武器屋から出て
「さて、今回の依頼……政事だけではないな……色々ときな臭い……」
と言いながら、空を見上げた。そうして数十分後、一党はあの地下下水道の入り口付近に集まっていた。のだが、何故かゴブリンスレイヤーは鳥かごを持っていた。
「なにそれ」
「鳥だが」
「知ってるわよ!!」
「カナリアだ」
「だから知ってるってば!!」
「ゴブリンスレイヤーさん、どうしてカナリアを持っているんですか?」
上妖精弓手とゴブリンスレイヤーのやり取りを見た神官娘は、上妖精弓手の意図に気付いて、ゴブリンスレイヤーにそう問い掛けた。
「……カナリアは毒気に敏感で、少しでも毒気を感じると騒ぐ」
「ほう、ゴブリンスレイヤー殿は博識ですな」
「……鉱夫に聞いた。炭鉱や鉱脈では、時々毒にヤられることがあったらしい」
ゴブリンスレイヤーはそう説明すると、地下下水道へのドアを開いて中に入った。そうして、全員が入るとカギを閉めてから
「……今回だが、なるべくゴブリンとの戦闘は避けて、奥を目指す」
と発言した。それは、ゴブリンスレイヤーの普段を考えれば、考えられないことだった。
「あら、見逃すっていうの?」
「……いや、今回は別の目的がある……そちらを優先した……それに、ゴブリンを見逃す理由が無い……ゴブリンは、皆殺しだ」
上妖精弓手の言葉にそう言うと、ゴブリンスレイヤーを先頭にして、一党は奥を目指した。そして数時間後、一党は地図に示された最奥の部屋の前に到着した。
「ふむ……間違いありませんな、ここが地図に記された最奥の部屋ですな」
蜥蜴人僧侶は地図を確認してそう言うと、地図を懐に仕舞って、ドアを押し始めた。重厚なドアは、その見た目通りの重さでゆっくりと開いた。中はとても暗く、奥まで見えない。だがそれは予想していたことだったので、一党は松明を持ったゴブリンスレイヤーを中心にして、ゆっくりと中に入っていった。そうして見えたのは、規則正しく並んだ膨大な数の石棺だった。
「これって……」
「ここに来るまでに、壁面に描かれた絵を考えてみると、古代のお墓じゃないんでしょうか……神代に神と共に混沌と戦い、命を落とした冒険者達の……」
「確かに、そう考えられますな……ここの壁面にも、絵がありますな」
蜥蜴人僧侶はそう言いながら、壁面を見た。確かにそこには、邪神と戦っている幾多の戦士達の絵が描かれている。人間だけでなく、妖精種や鉱人、蜥蜴人等が描かれていた。
「……む」
その時ゴブリンスレイヤーは、部屋の中央辺りに何かを見つけたらしく、松明を少し先に掲げた。先に見えたのは、吊るされた冒険者。
「そんな!」
それを見た神官娘は、助けようと駆け出した。しかしそれを、戦士娘が肩を掴んで制止し
「今、ここに私達以外が入ってるなんて聞いてないし、先に入った冒険者達の遺体は全部確認した……だから、あれは多分……」
戦士娘がそこまで言うと、剣舞士が足下に有った石を拾って投げた。見事なスナップを効かせた石は、真っ直ぐに吊るされていた冒険者の頭に命中。見えていた髪が落ちると、見えたのは骸骨だった。
「あ……」
神官娘が驚きの声を漏らした時、ドアがゆっくりと閉まった。急いで蜥蜴人僧侶が駆け寄って引くが、一向に開かない。
「しまった、閂を掛けられた!」
蜥蜴人僧侶がそう言った直後、ドアの向こう側から夥しい数のゴブリン達の笑い声が聞こえてきた。その直後、カナリアが鳴き喚き始めた。
「毒気!?」
「罠か!」
「全員、これを」
そう言ってゴブリンスレイヤーが取り出したのは、手のひらサイズの炭だった。
「これを、布で包んで、口元を覆え。薬草があるなら、それもだ。急げ、死ぬぞ」
炭を受け取った一党は、更に雑嚢から布と薬草を取り出して包むと、更に別の布でマスクのように覆った。しかし、それも結局は打開策にはならない。するとゴブリンスレイヤーは、更に雑嚢の中から二つの布袋を取り出して
「これを使え」
と鉱人術士に手渡した。
「こいつは……」
「石灰と火山の土だ。混ぜて、穴を塞げ」
「コンクリートか!」
「速乾ではないが」
「任せろい、
鉱人術士がそう言うと、上妖精弓手が二つの布袋を取って
「私が穴を見つけて塞ぐから、ドワーフは術をお願い!」
「ほいきた!」
上妖精弓手と一緒に、毒を噴き出している穴を塞ぎに回った。その間に、ゴブリンスレイヤーは神官娘と蜥蜴人僧侶の二人と一緒に、石棺のひとつで、ドアを押さえた。毒が収まると、ゴブリン達が一気に押し込んでくると予想したからだ。そして剣舞士は、背負っていた布包を一気に開いて、中に納められていた数々の武器をそこら中に突き立てた。
「今回の戦い、乱戦の可能性が高い。武器に拘るな」
「分かりました!」
「一応、私も簡単な杖術なら出きるけど……止めておいたほうがよさそうね」
魔法使い娘はそう言いながら、剣舞士が用意した武器を次々と床に突き立てた。
「穴は塞いだわ!」
「代わりに、術は使いきっちまったわい」
「分かった」
そうしている間に、上妖精弓手と鉱人術士は穴を塞いだらしく合流。気付けば、鳴いていたカナリアも静かになった。つまりは、毒は収まったということ。それを確認した一党は、布を外した。
そうして一党は、ゴブリン達の笑い声が収まったことに気付いた。
「静かになった……」
「恐らく、逆流した毒で幾らかは死んだかもしれないが……」
「来るぞ」
剣舞士が言った直後、ゴブリン達がドアを叩き始めた。恐らく最初は開けようとしたのだろうが、開かなかったから破壊するつもりだろう。その時になって
「待って……ドア越しだから分からないけど……何か大きいのが居る!」
と上妖精弓手が警告した。その時、ドアが打ち破られ、ゴブリン達が侵入。それと同時に、ゴブリンスレイヤーと剣舞士が投剣を投擲。剣舞士が投げた投剣は、一体のゴブリンの頭に命中し、撃破。そしてゴブリンスレイヤーが投げた投剣は、巨体の肩辺りに刺さったが、その巨体は然程の痛みを感じた様子もなく、投剣を抜いて、折った。
「ホブ……いや、チャンピオンか……」
こうして、地下でのゴブリン戦の第2幕が上がる。