「考えてみたら、全員でこうして街中でゆっくり食べるのって、初めてじゃない?」
そう口を開いたのは、野菜炒めを食べた上妖精弓手である。確かに、考えてみれば初めてだ。移動路での野営や冒険中の軽食はままあるが、街中で全員で食べるのは初めてだ。
「そうですね……特に、ゴブリンスレイヤーさんは帰ったらすぐに家に帰宅してしまいますからね……」
「む……マズかったか?」
「いえ、帰る場所が有るのは大事ですから」
ゴブリンスレイヤーが問い掛けると、神官娘はそう言うが、上妖精弓手が
「だけど、たまには一緒に食事に付き合いなさいよ! 付き合いは大事よ!?」
とカップを机に叩き付けた。顔がほんのりと赤いから、少し酔っているのかもしれない。
「む……」
「落ち着かんか、耳長の。そんなに飲んだら、あの階段の先を調べられるんか」
「あ、そうだった」
鉱人術士の指摘を受けて、上妖精弓手は思い出したと言わんばかりに手を打った。
「階段?」
「あ、オルクボルグは知らないわよね」
どうやら今朝早くに、上妖精弓手、鉱人術士、蜥蜴人僧侶の三人で再確認のためにあの場所に行ったらしい。
そうして調査していたら、あのゴブリンチャンピオンの棍棒によって壊れた石棺。その下に、階段があったのを見つけたのだ。
「地図にも記されていない故、一度帰還。ゴブリンスレイヤー殿の調子の確認と準備を整えてから調査に赴くことにしたのだ……おお、甘露」
説明を終えた蜥蜴人僧侶は、チーズがたっぷり掛かった肉にかぶり付いた。
「なるほどな……ならば、俺も」
「待たんか、かみきり丸よ。お主、武器を全て失っとるじゃろ」
「む……」
鉱人術士の指摘で、ゴブリンスレイヤーは剣が無いことを思い出した。
(どうりで、剣帯が軽いわけだ……)
違和感の正体に納得していると
「ほっとくと、今朝のフェイヒリッターみたいに先に行きそうだし……」
上妖精弓手のその言葉に、戦士娘が剣舞士に素早く視線を向けて
「師匠! 今朝見に行って居ないと思ったら!」
「隠密行動は慣れてる……そうそう簡単に捕捉されることは無い」
「怪我人が行かないでって言ってるのよ」
剣舞士の頭を、魔法使い娘が杖で叩いた。
「今朝大変だったのよ? 師匠が居ないって叩き起こされて」
「どうりで眠そうなわけだ」
「師匠のせいですっ!」
「だからって、ベッド毎ひっくり返すのは非常識だと思わない?」
「……悪かったと思ってます」
「ベッド毎……」
流石にベッド毎は予想外だった神官娘は、困惑した表情である。まあ、ベッド毎ひっくり返すなど誰が予想出来ようか。
「じゃから、階段から先の偵察はワシ等に任せろい。かみきり丸と風剣は大人しく休んどれ」
鉱人術士の言い付けと三人娘の監視もあって、ゴブリンスレイヤーと剣舞士は待つことにした。
その間ゴブリンスレイヤーと神官娘は武器屋に行ってから、街を巡ることにして、剣舞士達は
「流石に、離してくれんか……歩きづらい……」
「過保護よ」
「分かってはいるんですが……」
街中を散策していたのだが、剣舞士の戦闘衣の裾を戦士娘が握っていた。そのため、剣舞士が非常に歩きづらそうである。
「……言っておくが、本当に行かんから安心しろ……少し、気になる気配を感じていたから確認していた位だ」
「気になる気配……?」
「ああ……」
会話しながら剣舞士は、出店でレモン水を三人分購入し、近くの空いていたベンチに座った。
そんな三人の近くを流れている用水路を、一艘のゴンドラが流されていく。そのゴンドラを漕いでいる人物の表情は、この街の地下に、大量のゴブリンが居るということを知らないものだった。
「誰も……地下水路に、あのゴブリン達が居るって知らないのね……」
「見た感じ、門や壁の警備は厳重だし、滞在してる冒険者も腕利きが揃ってるからね……まさか、地下とは言え街に魔物が入り込んでるなんて、予想してないのよ」
その光景に、戦士娘と魔法使い娘はレモン水を飲みながら小声で会話していた。下手に聞かれて、混乱が起きないように配慮したのだ。
「難攻不落というのが、大きな点だろう……この街は、守るのに容易く、攻めるのが難しい……恐らく、過去に何度か攻防戦があって、守りきったのだろうな……そういった実績が、最悪の事態を考えるのを止めさせる……」
水の都の地形は、山の麓にあり、その山は険しいためにそちらから攻めるのは、ほぼ不可能。そして、水の都の由来となった大きな運河が流れているが、水上は巨大かつ分厚い門が塞いでいる。水中も恐らくは、柵があって侵入は出来ない。
だから、攻めるには二方向から攻撃するしかないだろうが、壁上には弩砲や投石機が設置されている。まさに、難攻不落の城塞と言える。
「安心感は大事だが、そこで満足してしまうと人というのは考えるのを止めてしまう……だから、常に最悪を想定しておくこと……それが、生きる上で大事だと、俺は思う……」
「最悪を想定する……」
「それは……戦場を生きてきたから……ですか……?」
「ああ、そうだ……」
戦士娘の問い掛けに答えると剣舞士は、空を見上げた。晴れ渡った青い空。それを見上げながら剣舞士は
(……あの気配……まさか……な)
と過去に戦った、ある自律型の呪装具を思い出していた。
そうして、偵察に行った三人が戻ってきたのは、夜になってからだった。相当念入りに偵察し、地図も作成してきたらしい。酒場端の机に地図を広げて
「階段の先は、大体こんな感じ。相当分岐路が多くて、詳細は分からないわ」
「崩落しておった場所もあったからの。造形から見るに、秘匿されていた宗教の祭祀場といった感じじゃったわい」
「問題は……この広場ですな」
上妖精弓手、鉱人術士、蜥蜴人僧侶の順にそう言って、蜥蜴人僧侶は地図の一ヶ所を指差した。かなり広い空間のようだ。
「ここに、今まで見たことの無い魔物が居たのよ」
「見た感じじゃと、金属製の獣……という風体じゃったの」
「然り……どうも、魔法使いが作り出すゴーレムに近い印象でしたな」
三人はそう報告するものの、物知りの魔法使い娘にも分からなかった。とにもかくにも、其処に向かうのは翌日にした。
翌日、準備を整えた一党はその場所に向かった。
石棺の階段を下り、長い廊下を進んでいき、その場所の入り口に到着。入り口の柱に隠れながら
「ほれ、あれじゃ」
鉱人術士が指差した先に、確かに居た。部屋でも奥のほうに、確かに金属製の四足獣が居た。
「あの足下に、なんか潰れてるのがあるけど……」
「あれは恐らく、名前を呼んではいけない類……混沌の魔物でしょう」
上妖精弓手と神官娘が言ったのは、四足獣の足の下で潰されている何本もの触手が生えた大きな目玉の魔物。
「まあ、あれはどうでもいいわね。死んでるし……まあ、大目玉とでもしましょう……だけど、あんな魔物は初めて見たわ……」
やはり、魔法使い娘も知らない魔物らしい。殆んどが首を傾げていると、戦士娘は剣舞士が目を見開いていることに気付いた。
「師匠、どうしました?」
「……最悪だ……なぜ、あれが……」
戦士娘が問い掛けるが、剣舞士は低い声で呟くのみ。少しすると、剣舞士が餓狼を抜きながら
「あれの相手は、俺がする」
と告げた。すると上妖精弓手が、剣舞士の肩を掴み
「待った。あんた、アレを知ってるの?」
と問い掛けた。
「……あれは、自律型戦術級呪装具……ケルベロスだ」
上妖精弓手の問い掛けに剣舞士は答えると、一気に駆け出した。地下での死闘が、幕を上げる。