剣舞士は、一人で骸の軍勢の中戦っていた。端から見れば、圧倒的不利。しかし実際は、ほぼ無傷で押している。
(なんなんだ……なんなんだ、あの冒険者は!? 一人で、この私が操る死霊軍を圧倒しているだと!? たった一人に、この私が!? この死霊伯爵と呼ばれる私が負けているのか!?)
そして、その光景を見ていた闇人は憤っていた。この闇人は、彼が敬愛する邪神からの指示に従い、この西の街を滅ぼそうと侵攻した。優に100を超える骸と途中で見つけた20体程のゴブリン。それらの戦力が有れば、簡単に制圧出来ると思った。同時に、一人の同胞が攻めいるのだから、たかが冒険者に守られた街程度ならば容易いと。
だが、現場はどうだ。大して期待はしてなかったが、ゴブリンは全滅。そして、自分が直接操る死霊軍も徐々にその数を減らしつつあった。
(同胞はどうした!? 何があった!? 何故、こちらが追い込まれている!?)
この闇人は知らぬことだったが、もう一人の闇人はゴブリンスレイヤー率いる一党と交戦しており、そちらも追い込まれつつあった。そちらは、百手神という彼が敬愛する神とは違うが、同じ魔神の貴下の邪神。敵対する理由もなかった。
しかし、こうまで不甲斐ないと話は別になる。罵詈雑言を叩き付けたい気持ちになる。
だが、そんなことをしている暇は無い。今目の前で、近接戦では強い筈のシルバーバッグが斬り捨てられた。
(こうも、追い詰められるとは!? こうなったら……
これを使うしかないか!)
追い詰められた闇人は、錫杖を持っているのとは逆の左手で、懐からある物を取り出した。それは、この侵攻の前に神から授けられし特殊な道具。
(神よ……貴方から下されし命は、この身と引き換えにしてでも果たします!!)
「後は、貴様だけだ……死霊術師……」
そして気付けば、闇人の前には剣舞士が立っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うわぁ……あの人、凄い……」
「たった一人で、100体以上は居た死霊軍を……」
「なるほど、剣舞士……確かに、まるで舞っているようだったな……」
その光景を、北の大門の上から見ていた勇者一党は、剣舞士の力量に驚いていた。彼女達も類希なる力量を持っているが、一人で100体以上の敵と戦えと言われたら、流石に気後れするし、躊躇もする。少なからず、何らかの策を用いらないと勝てないだろう。
しかし剣舞士は、その殆どを剣のみで倒した。
単身で敵のど真ん中に突入し、周囲は全て敵という状況に無理やりすることで、敵を自分に一点集中させるという荒業にも程がある戦法で敵を全て斬り捨てた。
しかも、既に敵の大将らしい闇人に迫っている。死霊術師はその死霊による軍勢は厄介だが、単体の戦闘能力は低いのが通例だ。
最早、勝ったも同然。勇者一党はそう思った。だが
「待って、あの闇人が何か持ってる!」
最初に闇人の動きに気付いたのは、勇者だった。
それを聞いた剣聖と賢者は、闇人に視線を向けた。その直後、闇人が左手を振り上げて、自分の胸に何かを突き立てた。
「自決か……?」
剣聖がそう言った直後、変化が起きた。闇人が踞ると、体が一気に巨大化。そして輪郭が大きく変貌していく。
人型ではなく、爬虫類を彷彿させるが、その背にあるのは巨大な翼。漆黒の鱗。その見た目は間違いなく、魔物の中では最強と名高き
「竜……!?」
「それも、ただの竜じゃない……あれは、神話に名を遺す災厄の一体……屍竜……ニーズヘッグ……!!」
賢者がその名前を紡いだ直後、空気を震わせる咆哮が轟いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まさか、竜牙の釘なんて代物を持っているとは……!」
流石に予想外過ぎる事態に、剣舞士は一度大きく後退した。
竜牙の釘
それは、最強と名高き魔物。竜の骨を使って作られた呪装具で、普通に使えば竜を指揮出来る代物だが、デメリットとしてはそれで傷が付くと自分自身が竜になってしまうのだ。
しかも闇人は、自殺レベルで傷を着けた。こうなると、竜の中でも最強種になる時もあるのだ。
「さて、流石に竜相手となると……」
流石に、単騎で竜相手は命を捨てる覚悟を持たないといけない。そう判断した剣舞士は、黒刀の封印を解こうとした。その時
「はいはーい! ボク達も手助けするよ!」
「助太刀しよう」
「……手伝います」
と勇者一党が、上から飛び降りてきた。
(上に居たのか……)
戦闘に集中していた剣舞士は、改めて周囲を軽く確認した。ゴブリンや死霊軍は殲滅しており、敵は一頭の竜のみ。どうやら西の街でも気付いたようで、混乱する声が聞こえる。
そしてふと気付けば、氷の向こう側には座り込む監査嬢の姿があった。
(こっちに来ていたか……まあ、竜を見れば仕方ないか……)
そう考えていると、剣聖が
「剣舞士殿、これを」
と言って、スタミナポーションの瓶を差し出してきた。剣舞士は、それを受け取り
「助かる」
一言答えると、ポーションを一気に飲み干した。そして、瓶を放り捨てると
「代金は、後で払う」
「ふ……貴殿は、義理堅いんだな」
「いや……金銭的な貸し借りは避けたいだけだ……後々面倒だからな」
剣聖にそう返答しながら、剣舞士は刀に視線を向けた。
(刃零れは、無いか……ならば、まだ大丈夫だな)
「さて、竜相手は初めてだが……あの屍竜相手とはな……不足なしだ」
「よーし、張り切っていくよぉ!」
「……後方支援なら、任せて」
そして今ここに、神話の再現が始まる。