その日は、戦士娘は少女と一緒に庭で薬草を育てていた。やはり元々が農家なために、二人共に世話。手際は良い。
「うん……これなら、冬への準備も大丈夫そうね」
「ありがとう、お姉さん。私一人だったら、間に合わなかったと思う」
二人が行っていたのは、冬を越すための準備だ。
ポーションの材料の薬草は寒さに弱いために、厳重な寒さ対策が必要だったのだ。
そのための藁は、剣舞士が牛飼い娘の牧場から言い値で買い取り、運んできていた。(荷台二台を一人で引いてきた時は、驚いたが)
その藁を、植えた種の土の上に敷き、更に土を被せるのは一人でやるにはかなり時間が要るのだが、それを知った戦士娘が手伝ったのだ。
その甲斐あり、何とか冬に入る前に対策が間に合った。
「まあ、何時もは貴女一人に任せちゃってるから……こういう時は手伝わないとね」
「お姉さん達は冒険者だから、仕方ないけど……」
少女はそう言いながら、残った藁や農具を庭の片隅に剣舞士が建てた小屋に仕舞い始め、戦士娘も手伝い始めた。
そして、近くを通る川から引いた水汲み場から桶で水を汲み上げると、手を洗った。
その時、鍛冶工房から剣舞士が出てきた。のだが、その右手には、一本の刀があった。
実は朝から、剣舞士は戦士娘の刀の手入れをしていたのだ。その様子から、どうやら手入れは終わったようだ。
「師匠」
「今から、最後の確認をする」
戦士娘が声を掛けると、剣舞士はそう言って、庭の端に向かった。そこには、武器屋から買った廃棄予定だった鎧が、木の杭に飾られていた。
剣舞士はそのうちの一つの前に立つと、刀を腰に差し、深く腰を落として構えた。
左手の親指は鍔に宛がい、右手は半開きの状態で柄の辺りで止まっている。
「ねえ、お姉さん……お兄さんは、何をしようとしてるの?」
「多分、試し切りだと思うけど……」
少女からの問い掛けに、戦士娘はそう答えたが、内心で首を傾げていた。剣の試し切りは、大体は藁を巻き付けた杭が相場である。鎧を使った試し切りなど、戦士娘は知らなかった。
次の瞬間
「ふっ!」
剣舞士の右腕が霞んだかと思えば、素早く抜刀し一閃。そして剣舞士は、ゆっくりと刀を納刀し、カチンと鯉口が鳴った。それから僅かに遅れて、鎧が右腰から左肩の辺りまで切れて、落ちた。
「え」
「わっ……」
戦士娘は鎧が切れたことに驚き、少女は一瞬の早業に驚いていた。剣舞士は鎧と杭の切断面を見てから、刀を少し抜いて刀身を見て
「ふむ……問題無いな……」
と頷いてから刀を納めて、戦士娘の方に差し出した。戦士娘は刀を受け取ってから
「ありがとうございます……師匠、今の技は?」
「抜刀術と言ってな……刀を使った一撃必殺の技ではある……だが扱いは非常に難しく、相手に避けられたら隙だらけになり、逆に倒される危険性が高い……だから、放つなら確実にこちらの間合いの内側かつ、相手に回避する隙を与えないようにする……まあ、お前が使えるようになるのは、まだ先だがな」
剣舞士はそう教えながら、少女が差し出したタオルで汗を拭いた。そして剣舞士は、薬草の種が植えられた場所の寒さ対策が済んでいることに気付き
「寒さ対策が終わったか……お疲れ様、二人共」
と労いながら、二人の頭を撫でてから、少女を担いだ。
「わーい、高ーい!」
「あ、ありがとうございます……」
少女は無邪気に喜び、戦士娘は頬を赤らめた。そして、三人で中に入ると魔法使い娘が現れて
「ああ、丁度良かったわ。貴方に会いたいって人が、来てるわよ?」
と剣舞士に告げた。
そして数分後、剣舞士は監査嬢と出会っていた。
「すいません、お待たせしたようで」
「いえ、急に伺ったのは私ですので」
監査嬢はそう言って、魔法使い娘が出したらしいお茶を一口飲んだ。そうして、一息つくのを待ってから
「それで、要件は?」
と剣舞士は問い掛けた。すると、どういう訳か監査嬢は申し訳なさそうな表情を浮かべ
「えっと、その……非常に言いにくいんですけど……こちらに、住まわせてくれませんか……?」
と予想外なことを告げた。
「あ、あの……確か監査嬢さんは、ギルドの寮に住んでいた筈では……」
「それがその……ちょっとした手違いというべきか……今日新しい人が来たんですが、寮監さんが告知する部屋を間違えて、私の部屋になってしまって……女性寮には、もう空きが無く、来たばかりの人には新しい部屋を探すのも酷でしょうから私が出ることにしまして、その時に剣舞士さんが家を買ったというのを思いだし、もし部屋が余ってるなら、貸してほしいと思いまして……あ、家賃は払いますから」
戦士娘が不思議そうに問い掛けると、監査嬢は頭を掻きながら答えた。まあ、よくある人為的ミスの一つだろう。そして、剣舞士の他に三人が住んでいるが、部屋はまだまだ余っている。
「まあ、この家はまだまだ部屋は余っているから、大丈夫だ……そちらの荷物は?」
「あ、えっと……まだ寮の方に……今は交渉の為に来たんです」
「ならば、早く動いた方がいいだろうな……行くか」
どうやら、剣舞士は受け入れる方向のようだ。監査嬢は、余りにもあっさりと決まったことに驚いて
「え、本当にいいんですか?」
と問い掛けていた。
「構わない……部屋なら、まだ数部屋余っているしな……使わないで放置するのは勿体ないだろうし、困っている知人を放置するのもな」
剣舞士はそう言って、立ち上がり
「すまんが、彼女のために部屋の掃除を頼む。俺は、彼女の荷物を回収してくる」
「うん、わかった!」
「分かったわ」
「分かりました!」
剣舞士が指示を出すと、少女、魔法使い娘、戦士娘は頷いて部屋を出た。恐らく、倉庫に向かい掃除用具を取りに行ったのだろう。
それを見送った剣舞士は、監査嬢の方に顔を向けて
「では、行こうか」
それが合図になり、監査嬢と剣舞士はギルドの女性寮に向かい始めた。なお剣舞士は、門付近に停めていた荷車をガタゴトと引いている。
十数分程歩くと、目的地の建物が見えた。やはり、公的機関の寮なだけあり、見た目からして豪華である。
ギルド職員は貴族出身者が多いために、中には実家での生活が忘れられず、平民が使うベッドは使いたくないという者も多々居る。
そういった者のために、寮の家具はそれなりに高級品が揃えられている。中には冒険者達は命懸けで戦っているのに、安全な場所に居る私達が良い思いをするのはおかしい、と言って、寮には住まずに部屋を借りて住んでいる職員も一定数居る。
その辺に関して剣舞士は、自分達の仕事の対価なのだから、気にする必要は無いのではなかろうか、と考えるが、気にしているのは本人達なのだから、異を唱えるべきではない、と考えて発言はしないでいる。
話は戻り、寮に到着した二人は、監査嬢の案内で寮に入り、入り口の広間に来た。
そこには、既にある程度は荷物が纏めて置いてあった。
「これで、全てか?」
「いえ。まだ部屋に、私物が幾つか」
剣舞士の問い掛けに、監査嬢は上の階を指差した。どうやら、二階に住んでいるようだ。それを聞いて、剣舞士は
「では、先にそちらに案内して、教えてもらえるか? そうすれば、そちらは俺が直接荷車に運ぶ。その間、軽い荷物を荷車に運んでくれ」
「分かりました」
手短に決めると、監査嬢は部屋に案内し、更に自分の荷物を教えた。それを受けて、剣舞士は運び始めた。
監査嬢が驚いたのは、剣舞士が軽々と鏡台を持ち上げたことだった。
そこからは、剣舞士と監査嬢二人で荷物を荷車に運んでいき、終わったのは数十分後だった。
荷車に運び終わり、監査嬢の最終確認も終わると
「じゃ、じゃあ……お願いします」
「ん、分かった」
二人して、家に移動を開始した。
「剣舞士さん……力強いんですね……結構重いと思うんですが……」
「まあ、鍛えてるからな……」
監査嬢の呟きに、剣舞士は淡々と答えた。だが監査嬢は、地面に残っている荷車の轍を見て
(多分これ、普通だったら二回位に分けて運ぶ重さじゃあ……)
と思っていた。荷車の車輪が、地面に3cm程埋まっているが、剣舞士は平然と引いている。監査嬢から見ても、剣舞士はかなり細身に見えるというのに、一体どれだけの筋力をその身に秘めているのか。
そうして、家を出てから一時間少々。二人は家に戻ってきた。その時、二階から少女達が箒や水桶を持って降りてきて
「あ、お帰りなさい!」
「ちょうど、掃除が終わりました」
「部屋は、二階の手前から三番目よ」
と報告してきた。
「わかった。それでは、荷物を運ぶとするか」
剣舞士はそう言って、荷車の荷落ち防止の紐を外していく。そうして、少女達も荷物運びを手伝い、約二時間程で引っ越しは終了。
そして剣舞士は、汗を拭きながら
(これで、俺達が依頼で離れても一人で過ごすことは減るか……)
と懸念事項が一つ減ることを、内心で喜んだ。剣舞士は以前から、自分達が冒険に出た際に少女が一人で待つことを懸念していた。ギルドに居る時は、受付嬢や監査嬢が手空きの時に声を掛けていたが、家では一人だった。
だが、監査嬢が同居するならば少女は一人ではなくなる。まあ、女二人だけというのも些か無用心かもしれないが、西の街は治安が比較的良いために、大丈夫だろう。そう剣舞士は考えた。
こうして、新たに同居人が増えた。