愛歌と最後に会ってから三週間。今日は一月二十六日。これまでの時間の流れは早かったと思う。今もまだ、これだけの時間があったなら他にも何かできたんじゃないか、という思いと、いいや自分にやれることは全てやったんだという思いがせめぎあっているが、それもそろそろおしまいだ。残り一週間程度で聖杯戦争が始まる。
そんな時、工房に襲撃がやってきた。
「うん、さすがにそろそろ来るよな」
工房の中核、邸宅部分でその襲撃者のことを蟲の視界を通して確認する。ここに工房を構えると決めた時点で予想されていた襲撃だったから、そこまで焦りはない。蟲の視界に映り込んだのは白銀の、妖精のような少女。沙条愛歌とはまた別ベクトルの美貌を備えた幼い少女だった。その少女の名前はすでに知っている。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。今代のアインツベルンのマスターにして、第五次聖杯戦争におけるセイバーのマスター衛宮士郎、その義理の父親である衛宮切嗣の実子。
それが、鉛の巨人の肩に乗って怒りをその
最初に攻めて来るのは彼女か、あるいはランサーだろうとは思っていた。ランサーは全てのサーヴァントと一度戦い撤退することを求められているためにこの場所まで攻めて来る理由があるし、イリヤスフィールに関しては
俺が自分の陣地としたこの土地は、本来ならアインツベルンが聖杯戦争の拠点としている土地であるという事実があるために。
イリヤスフィールが日本に来日するよりも先に、つまりは工房がその主人を招き入れるよりも先にキャスターの力技で攻略して、その中枢機能を奪い取って自分の工房にした。俺の起源の関係で俺よりも上位の魔術師が作った工房でも問題なく奪い取れたし、これは柳洞寺の方と並行して進めておいたために誰かに気づかれることもなくできたのだ。
よって彼女からすれば、聖杯戦争のために来日したら日本の拠点が奪われていたという状況で、イリヤスフィール、貴族、家なき子というわけのわからない称号が付いている状態。
衛宮切嗣の娘だということを伝えれば衛宮邸には多分受け入れられるのだろうけど、衛宮切嗣を恨んでいる彼女にはそれは考える価値もない代物なのだろう。
そして、他の魔術師の陣地を乗っ取るという現代の魔術師の価値観からすればありえないようなこと。それを成していることから俺のサーヴァントのクラスをキャスターと判断して、それなら問題ないと攻め込んできた、そんなところだろうか。
「アインツベルンのマスターは行儀がなってないようだな」
『誰!?』
蟲を通して話しかける。イリヤスフィールの苛立った声が聞こえて、そこに込められた怒気に魔術師然とした何かを感じ取り、同時に俺の魂は震えたように歓喜するのがわかった。
俺の起源は『穢す』こと。自分よりも上位の存在を貶め、自分よりも強い存在を己の下に置き、自分よりも価値のある存在を価値無きものに変えることに喜びを覚える存在。その起源ゆえに自らと相手の間に格の違いがあろうとも、自らの魔力が及ぶ範囲であればその格差をこそ利用しての魔術行使も可能となる。ゆえにこそ、
俺の魂が、彼女が自らよりも魔術師として上位であり、マスターとして己よりも強く、生命として新世代の存在であることを理解して、それを貶める機会を得たことに歓喜している。
「この城を奪わせてもらったマスターさ。アインツベルンの城、なんていう聖杯戦争開始までの間誰もいない、その間に工房としての機能を壊してください、奪って改造してくださいと言わんばかりに放置されてる霊地。そこを狙わない手はないからな」
『あら、コソ泥のように奪ったマスターが礼儀を説くのかしら?』
「コソ泥だから、だよ。俺のようなコソ泥は礼儀なんて知らないが、お嬢さんはそれぐらいは知っているんだろう? もうすでにここの敷地は俺の工房だ。魔術師らしく、名乗りを上げてみたらどうだ?」
『バカにして……! いいわ。あなたの言葉に乗るのは癪だけど、乗ってあげる』
一瞬激昂した少女。今もなお怒っていることには変わりないだろうが、少なくとも表面上はまともに取り繕っている。俺のことをコソ泥と表現したことからバカにしていることはわかるし、そんな相手に煽られたとなると見た目相応の精神年齢の少女であればさらに激昂してくると踏んだのだがそうならなかったことがちょっと意外だった。
『私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。あなたが奪ったその城の正統な持ち主。聖杯戦争の参加者として、この城を奪ったあなたとそのサーヴァントを潰させてもらうわ』
「いいさ、やれるものならやってみろ」
その言葉とともに、ここに至るまで起動させていなかった仕掛けを起動する。
ここまでに起動させていたのは俺の作った脆弱な魔術工房のみであり、ここからはキャスターの力も借りて用意した全力。
勝利できなければそれで死ぬだけのことであり、自らに有利な陣地で勝利できないようであればそもそも聖杯戦争に勝ち抜けない。俺のサーヴァントは真名からして”ギルガメッシュに対しても正面から勝利し得る”だけの存在。俺という脆弱なマスターに使役されたことでどれだけ弱体化したのか、それを確かめるにはちょうどいいかもしれない。
バーサーカー、ヘラクレスが肩に
彼らの周囲から襲いくるのは俺が放った蟲の数々。それを岩から削り出したような巨大な斧剣をふるった風圧で吹き飛ばし、剣圧だけで消しとばす。けれど、それらで終わりではない。その程度の蟲たちは、つい最近森の中に放たれただけの雑魚にすぎない。すでに
この工房の森林部分だけは、神代の世界を擬似的にとはいえ再現している。よってサーヴァントとして召喚された
「行け、蟲ども」
解放されたのは長期間神代回帰した森林に放たれていた蟲たち。それらは先の蟲とは違い、神代の空気に適した進化をある程度は遂げた存在であるために、先ほどの虫とは比べ物にならないだけの力を発揮する。ヘラクレス相手には意味をなさないだろう程度だが、イリヤスフィールを殺すには十分にすぎる代物であり、だからこそヘラクレスもそれの対処をしなければならない。
そしてそれだけの時間があればキャスターがたどり着くには十分にすぎる。
蟲の視界を間借りしてその光景を眺めていれば、そこに向かう最中のキャスターの姿が見えた。
キャスターにあるまじき獰猛な攻撃性を見せている。爪は鋭く、彼女の持つ”変容”によって敏捷に振られた数値がそのまま彼女の速度を上昇させる。
『バーサーカー!』
キャスターがたどり着いた時、その爪による一撃はバーサーカーの斧剣が防ぎきった。打ち合えるだけの力を発揮しているという事実に、イリヤスフィールは驚愕を隠しきれていない。
今なら狙えるだろうか、と思ってすぐにその考えを切り捨てる。
ヘラクレスの宝具的に一回殺されることになっても守りにくるなと思ったから。
「とりあえず、俺もあそこに行くかな」
俺の起源を満たすには彼女を捕らえる必要があるのだから。
アインツベルンの城を奪ってしまうのは初めて書いた気がする