※この作品はR-18です。

【R18】突如チ〇ポが生えた弦巻は欲情して結月を襲うのか   作:一条和馬

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 これは、私が22回目の誕生日を迎えた頃、丁度友人の結月ゆかり宅のお隣に東北ずん子と居候の京町セイカが引っ越してきて間もない頃のお話である。


『突如チ〇ポが生えた弦巻は欲情して結月を襲うのか』
〈ARIA〉にて。


 

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 季節は五月に入った頃、人類最大の天敵であると言っても過言ではない花粉症がほんの少しその勢力を衰えさせていた。とは言えまだまだマスクは手放せない。私が電車を降りて駅の改札を抜ける間にも、まだまだこの『戦争』は終わっていない事が実感できた。

 都会でもなければ田舎でもない駅前の時計で時間を確認し、そして少し思案。

 大学の音楽サークルの帰りだったので、時刻は既に23時を少し過ぎていた。まぁ、サークル活動つっても相棒であるギターの『むすたん』が怪我の療養を兼ねて楽器屋でGWを満喫していたので、実際はサークルメンバーとの会話に花を咲かせていただけなんだけど。

「どうしようかな…」

 誰に聞かせるでもない言葉を呟きつつ、信号が点滅を始めた横断歩道を小走りで渡る。

 『家』に帰ろうか?とも考えたが、どうせこの時間だと皆相当出来上がってるだろうと思った私は、少し寄り道する事にした。

 

 私の住んでいるこの町は、なんというか『普通』である。

 何を以て『普通』なのかは定かではないが、徒歩5分圏内にスーパーとコンビニがありながら、町の外から人を呼ぶような『モニュメント』のないこの町はそれ以外に形容のしようがない。商店街の様な繁栄の『名残り』も、町の名を冠した電波塔もない。一番高い建造物なんて12階建ての団地だ。元々畑と田んぼしかなかった土地に、綺麗な道路と車と、公共交通機関発達の波によって都会からジワジワ開発されていった端の方。それこそが、私の生まれ故郷であり、現在も住む町だった。

 そんな『何もない町』でお気に入りの場所があった。準急電車に乗ると絶対止まってくれないこの町唯一の駅向かい、居酒屋と美容室の間の小道を5分ほど歩いた場所にある喫茶店〈ARIA〉。朝から昼は喫茶店としてサラリーマンや買い物帰りのマダムでごった返し、夕方から終電ちょっと過ぎまではバーとしてお酒を出してくれる、民家を改造して造られた西洋モダンな感じの『隠れ家』さ。

「いらっしゃい……おや、弦巻さん」

 私が古いベルの付いた木製のドアを開けて〈ARIA〉に入った時、カウンターの向こうでグラスを磨いていたバーのマスター、ONEさんと目が合った。バーのマスターと言えば渋い雰囲気を纏ったオジサマがメジャーだが、ここのマスターはバーテンの制服をピシッと着こなす美女だった。いつも眠そうな目をしながらも、どんな酔いどれの『お客様』の言葉一言一句逃さず聞き分けるやり手あり、私がプレゼントしたウサギの柄入りのネクタイを大層気に入っていつもつけてくれる可愛らしい一面も兼ね備えている、そんな人だった。

「こんにちは」

 定位置である右端のカウンター席に腰かける。唯一の手荷物だった黄色いトートバッグを隣の椅子の上に置くと同時、何も言ってないのに氷の入ったグラスが置かれ、小難しいドイツ語のラベルが貼られたボトルの中身を並々と注がれた。私は別にドイツ語が全くダメな訳ではないが、名前を読む前にマスターのONEさんがデカデカと『弦巻マき』と名前を書いちゃったものだから恥ずかしくて直視できないのだ。日本に住んでそこそこ経つらしいが、彼女は未だに平仮名とカタカナの違いを理解していない。専用のボトルは常連の嗜みだが、実はそれだけではない、私はここの昼間のアルバイトで、この一杯は『日当』の一部である。あ、でも今日はシフト上では休みの日なので、マスターのONEさんの奢りか。

 小麦色のその液体をうっとりしながら眺め、一口含んでから、更にうっとりした。

「人の金で飲むお酒は最高だね」

「今日はお代貰うよ」

 まじかよ。

「まじかよ」

 気を落としながらチビチビと飲む。悔しいけど、奢りじゃなくても美味い酒は美味いのだ。

「美味いなぁ…」

「そりゃそうだ、私が弦巻さんの一番好きそうなのを見繕ったんだよ?」

「でもこれ、マスターが勝手に出したじゃん」

「どうせ最初に頼むでしょ?」

 マスターのONEさんの半分しか開いてない様な眼が更に薄くなる。笑ってる時と人の心を見透かした時の表情が統一されているが、多分今のは両方含んでる。

 不思議な事に、ここはいつもお客さんが疎らなのに潰れる気配が一切ない。客席より空席が多くない日を見た事がない程だった。だから『かき入れ時』に客が一人もいないのは別段珍しい光景ではなかった。仕事帰りのサラリーマン達は大体、駅の前に三件か四件ならぶ居酒屋とスナックに吸い込まれていくからだろう。最も、マスターのONEさんは全く気にしてないみたいだし、手軽に一人になれるこの空間を私も大変気に入っていた。

「で、今日はどうしたの?」

他に客がいないからか、マスターのONEさんは私に世間話の相手を要求してきた。特に話題の無かった私は「ただ飲みにきただけ」と短く答えて再びグラスを傾ける。普段から浮いた話題の一つも持ってこない事はマスターのONEさんも知っていたので、彼女は仕方なくカウンターの隅で眠っている姉のIAさんにちょっかいをかけ始めた。バー〈ARIA〉名物、『カウンターで寝る店長』である。暇になったマスターのONEさんはいつもIAさんの綺麗な毛先を筆代わりに、頬や鼻をくすぐり反応を楽しむのだ。これが昼になると攻守逆転で反撃が始まるが、あるいは逆なのかもしれない。アルバイトの身としては主戦場であるカウンターが狭くなるので文句の二言三言あるが、このおかげか常連さんには物静かな方が多いので、これはこれで良いのかな、と思うのにはそう時間がかからなかった。それに、テキパキと動くマスターのONEさんと違ってマイペースに動くIAさんは普段から「私は遠い宇宙からやってきたんだ」とどう返したら正解なのかわからないジョークを言っているので、高そうな酒瓶が置かれた棚を背に寝息を立てていても誰も何も言わないのだ。妹も然り。そして私は、そんな静かな姉妹を肴にチビチビ酒を飲むのが大好きだった。

 

 

 

 

 

「あのさ、弦巻さん」

「ん……?」

 世界が回る。犯罪者を収容した精神病院でクーデターを起こしたIQ300越えのゴリラが時空跳躍装置を作動させたんだ。私は壮大な時の流れを身をもって実感していた。目の前でピエロの殿様とアメリカ人の侍がチャンバラをしている。

「毎回思うんだけど、なんでそんなお酒弱いのにグイグイ飲むのさ」

 剛腕で私を吹き飛ばした囚人が私を無理やり起き上がらせ、目の前に緑色の液体が入った試験管を置いた。きっとこれを飲めば理性を欠いた化け物に変貌するに違いない。そうして何もわからぬまま暴れ回り、最後には蝙蝠のコスプレしたおっさんに殴られて拘置場で目を覚ますんだ。街一番の金持ちが鉄格子越しに叫ぶ「It’s over JOKER!!」うるせぇ人違いだ。そして海藻とゴミの流れる海の傍、真っ黒になった砂浜の上で殴り合いが始まり、私が突っ伏して負ける。製作費一つ五円のアクセサリーを付けた仲間たちが駆け寄る中、ニコリと笑顔を見せた私は砂丘の形が変わるレベルの大爆発をして幕引きさ。この世に生まれた事が消えない罪だと言うなら云々、そんな歌が聞こえた。野郎そんな事させるか、薬を口に含んで飲む振りをして相手の顔面にぶっかけてやろうと考えた。私は囚人共が奇声を上げながら金網フェンスを揺らす地下闘技場の真ん中で液体を口に含む。げほっ、ちょっと飲んじゃった。小学校の時の校長先生が嗤う。嗚呼お前もグルだったのか、いけ好かない奴め。全身の血の巡りが良くなる、頭が冴える。超パワーだ、今の私ならファルマーだかフレミングだかの法則を提唱した奴に拳で勝てる。どれ見た事か、これこそ質量保存の法則だ。力こそパワー!だが私の身体は怪人にはならなかった。不幸にも私の高潔で不屈の心が怪しい薬に打ち勝ったのだ。視界が段々と鮮明になっていく。地下闘技場だったと思っていたのは〈ARIA〉の店内で、金網フェンスを揺らす囚人は愛しきアルコール飲料達で、飲んでいたのはただの水だった。

「今日は何が見えた?」

「両親を殺された少年が大人になって悪と戦うんだ」

「最高だね。ハリウッドに持って行って映画にしてもらいなよ」

 三部作にはなるかもしれない、と口にしかけた所で内容がすっぽり頭から抜け落ちた。一つだけ思い出したが、小学校の校長先生は恩師の一人だ。悪の手先と考えるだけでも失礼にも程がある。

「あたまいたい」

「だろうね」

「頭痛薬ないの?」

 夢の世界から帰還したら、今度は激しい振動が脳みそを揺らしていた。『ほろよい』を一本空けて「私お酒強いじゃん」と自惚れた翌日にストレートのハイボールにストレートで殴られた、成人したての初々しい頃の自分から何も成長していない。嘆くと同時に升いっぱいに日本酒を注いでガハガハ言いながら飲み続ける同い年の友人を思い出した。世の中は理不尽で出来ている。

「ウチは薬局じゃないよ」

 ため息交じりにカウンター奥の棚、丁度IAさんが寝ている椅子のすぐ下から薬箱を出してきた。一瞬カクついたIAさんは、それでも起きずに器用にマスターのONEさんを避ける。昔読んだ小説ならこんな間にアメリカンスピリットだがゴールデンバットだかの煙草を薫らせるものだが、生憎私はカフェインとすこぶる相性の悪いあのニコチンとタールの結晶体が嫌いだった。カフェインとニコタール結晶体は同時摂取すると口臭が糞と同じ成分になるって昔テレビで言ってた。

「これが、市販品ね」

 最初に取り出した箱は、私でも見覚えのあるパッケージの頭痛薬だった。赤と白を背景に、効果の程がここぞとばかりに書かれている。が、今日は機嫌が悪いのか、読もうとすると文字の方から逃げて行く。生意気な奴め。

「それで、これが、私がよく使うヤツ」

 続けてマスターのONEさんが取り出したのは、茶色の瓶だった。酔いが醒めてないからだろう、ラベルの冒涜的な文字列は一切理解できなかったが、中にはうっすらカプセル型の錠剤が入っているのは確認できた。

 市販の薬は「なんとなく効いた気がする」くらいの薬だった筈なので、私は迷いなく瓶を指さした。

「見た事ないね」

 正直に言った。高校時代にとりあえずで取った英検と漢検とワープロ検定二級の資格では解明できない事だけは悟った。

「そりゃそうだ、私の故郷から取り寄せたんだ」

「じゃあ地球製じゃないんだね」

「あぁ、うん。そんな感じ」

 本当はヨーロッパかその周辺の小さい島国出身だろうに、姉の冗談に律儀に付き添う妹に思わず涙を浮かべそうになる。服の裾で拭うと服が皺になっただけだった。なんでぇ薄情者だな私。きっとこれも頭痛のせいに違いない、そう結論付けた私は瓶のふたを開けた。手に取ってみると、それは何の変哲もない、赤の白のカプセルだった。

「よく効くの?」

「水なし一回二錠でバッチリ。即効性だよ」

「ふうん」

「でもね、ちょっと『副作用』があるの」

「タコみたいな宇宙人になるとか?」

「それだったら何も言わずに渡すかな」

 考える間もなく返答したつもりが、あっさりと返されて私は一瞬黙ってしまう。

 マスターのONEさんの半分しか開いてない様な眼が更に薄くなる。笑ってる時と人の心を見透かした時の表情が統一されているが、多分今のは両方含んでる。

「じゃあ何?」

「もの凄くムラムラする」

 私は黙って四錠手に取った。

「話聞いてた?一回二錠だよ?」

 マスターのONEさんが怪訝そうな表情を浮かべながら私の顔を覗き込んできた。なんて失礼なんだ、これでも私は小学生時代に算数で学年トップの座を奪っていった女だぞ?似た様な数学とかいう偽物は嫌いだったけど。

「ウチにはもう一人酒飲みがいるから、お土産にね」

「売り物じゃないんだけどなぁ…」

 そう言いながらも取り返そうとしない所を見るに、別に持って行っても問題ないらしい。少なくとも私はそう判断したので、風邪薬や鼻炎の薬を入れた小さなケースをトートバッグから取り出し、薬を入れた。ケースの中に市販の頭痛薬が見えたが、見なかったことにした。同時に『【副作用で眠くなる鼻炎の薬】と【副作用で鼻炎が治る睡眠薬】』の話を思い出していた。日本語って難しいね。

「酒飲みって、この前話してた京町さんって人?」

「いや、そっちじゃなくてゆかりんね、結月ゆかり」

「あぁ、そっち。で、その子はいつ私に紹介してくれるのかな?」

「だってあの子、私がお酒弱いの知ってるから。連れてくると絶対何も注文させてくれないよ」

「それじゃ一生会えないかも」

 二人で顔を合わせて笑った。心なしか、IAさんの寝顔もちょっと穏やかになった気がする。

「そろそろ時間かな」

 壁に掛けられた古時計を確認すると、終電時間がそろそろ迫っていた。家までは徒歩で帰れるが、他の客が流れ込んでくる前に帰りたかったのだ。ふらつきながら席を離れた私は、仕方なく飲んだ分のお金を払う為、レジカウンターに向かう。

 小銭が無かったので、0が四つも並ぶ日本銀行券を渡すと、マスターのONEさんは露骨に嫌そうな顔をしながら「足りないよ」と言った。私が酔ってるからって吹っ掛けようとしたな、と文句を言えば「薬代」と返されたので渋々追加分を置いた。

「そういやさ」

「うん?」

 財布を鞄に戻した私はふと思った事を口に出した。

「ONEさんってムラムラしたらどうするの?IAさんと?」

「……お客さん、それ聞くとお代が足りなくなるよ?」

「ありがとう、また来るね」

「お大事に」

 私は笑顔で軽く会釈して、店を出た。出場した覚えのない大学のミスコンで気が付いたら準優勝していた私の笑顔を付けたのだ、今回と次回の一杯分くらいの価値があったに違いない。因みにミスコン一位は友達のずん子ちゃんだった。

姉のIAさんの方は良い意味でも悪い意味でも何考えてるかわかんないけど、妹のONEさんは顔が饒舌だ。良い意味でも、悪い意味でも。

 

 

 

 

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 男性関係であまり良い思い出の無い私は、一度駅前に戻ってから大通りを通って帰宅するようにしていた。〈ARIA〉へと繋がる細い一本道を振り返ると、不思議と戻っても同じ場所に辿り着けない様な錯覚をする。

 相変わらず脳はグラグラと揺れていたが、ONEさんからもらった薬を飲むのは今しばし憚られた。【頭痛が消える興奮剤】だったか【ムラムラする頭痛薬】だったか忘れたけど、その効果のほどが不明瞭だったからだ。もし足腰立てなくなる程興奮して電柱に欲情でも始めてしまったら、私はこの町で生きていけなくなる。

「んんーっ」

 背伸びを一つすると、頭痛がほんの少しマシになり、持病の肩凝りが若干和らいだ。思えばこいつとも長い付き合いだ。病める時も健やかなる時も私の肩に寄り添ってくれた良い奴だが、正直言うと早くどこかに行ってほしいものである。肩をほぐしながら駅前の道を移動していると、古ぼけた小さなカラオケボックスから、三人の若者が陽気に肩を組みながら出てくる所に出くわした。大学で見た様な顔だったが、三人ともメガネにチェック柄のシャツだったために見分けがつかなかった。科学サークルかアニメサークルにあんな感じのがいた気がする。お酒を飲んだのか頬を赤らめていた三人だが、私と目が合うや否や更に顔を紅潮させ、元気に馬鹿笑いしていたのが嘘のように俯きボソボソと小声になって私の後ろへと消えていった。目立つ気はないのだが、どうも私は大学では有名人らしい。理由はよく知らない。

 

 

 

 

 

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