※この作品はR-18です。

桜場義和の野望    作:メイトリックス

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お☆ま☆た☆せ


第十一話 道

 

 

 

 美濃から清洲に続く薄暗い森の道を一同は往く。

 川並衆が確保した隠れたルートだが、そこは足場が悪くまるで獣道のようだった。

 あと少しで国境というところで、ある人物に道を阻まれる。

 

 

「浅井様……?」

 

 

 そこにいたのは浅井長政だった。しかし何やら様子がおかしい。それに気づいた三人が半兵衛を守るように前に出た。

 

 

「──まさか竹中半兵衛殿がこのような愛らしい女児だったとは、夢にも思わなかったぞ。しかも織田家に仕えようとは……」

 

 

 その言葉を皮切りに長政は鞘に手を添え鯉口を切る。そして滲み出る色濃い殺気。

 

 

「──半兵衛殿、通告いたします。斎藤家、織田家を裏切って我が浅井家に来ていただきたい。断れば……どうなるかは聡明な貴女なら理解しているでしょう」

 

「随分と強引な手口をお好みのようだな、浅井家のご当主様は」

 

 

 長政は何も言わなかった。誰も指図も聞かない、そういった態度だった。聞くとしたらただ一人、それに気づいたのは答えを求められている半兵衛だけだった。

 

 半兵衛は馬を数歩前に進ませる。

 

 

「浅井様。客人でありながら気分を害してしまったことは謝罪いたします。ですが、そのお誘いには乗れません。私はもう決めたんです、『強くなる』と。この人たちと共に私は前に進みたいんです!」

 

 

 半日前に出会った少女とは違い、覚悟と勇気を携えた姫武将がそこにはいた。

 そんな半兵衛に対し、長政は苛立ちを隠さず顔に出し、ゆっくりと近づいてきた。

 

 

「なるほど、それが貴女の答えですか。残念です……なっ!」

 

 

 僅か数歩で眼前まで接近した長政。そのまま柄に手をかけ、半兵衛の白い肌目掛けて刀を抜く。

 

 

「させるかぁ!」

 

「貴様!」

 

 

 間一髪というところで剣を防ぎ、半兵衛達を逃がすために峰で馬の尻を叩いた。

 驚いた馬は高らかに嘶き、勢いよく走り出す。

 

 

「義和さん!?」

 

「俺に構わずに行け! 五右衛門、犬千代。護衛を頼んだぞ!」

 

「御意!」

 

「……任された」

 

 

「逃がすか!」

 

「おっと待ちな。お前の相手は俺だぜ? ちょっと付き合ってけよ」

 

 

 逃げる三人を追おうとする長政の前に立ち塞がり、進路を阻む義和。長政は一時追撃を中断し、眼前の男へと殺意を向けた。

 

 

「……そういえば貴様の名前を聞いていなかったな。若年とはいえ、織田の一家臣だ。多少の価値はあるはず。名乗るがいい。」

 

「桜場義和だ」

 

「私は浅井家当主、浅井長政。桜場義和よ、貴様には清洲城で苦汁を飲まされた。ここで斬らなければ私の矜持が許さぬ……! 覚悟するがいい!」

 

「清洲城……苦汁……? ああ、信奈の婚姻話か? あんなの、お前が勝手に夫気取って勝手に恥かいただけの話だろ」

 

「……っ!」

 

 

 あからさまな挑発なのは分かっていた。だが、長政にはこの怒りを抑えることが出来ない。

 こめかみに筋を走らせ、激しく激昂した表情を作る。そしてその怒りを剣に宿らせ、豪快に振り下ろした。

 

 だが、怒りに任せた剣というものは芯がズレ、力だけで斬るだけの代物。避けることは簡単だった。

 

 

「くそっ!」

 

 

 ならば二撃目をと足踏みし追撃していくが、弾かれ、隙を作ってしまう。

 よろけたところに一撃。回避したが、ポニーテールの先端がバッサリ切られ、風と共に辺りへ散っていく。亡き母に褒められた黒髪を足蹴にされ、長政の頭には血が昇った。

 

 

「おのれぇ……!」

 

「髪なんか気にしてる暇はないぞ!」

 

 

 ヒュンと風を斬る音と共に円を描くように正面からの振り下ろし。

 受け止めたものの力負けしたため受け流す。だが、それさえも読んでいたのか、すぐさま二撃目が来た。

 

 

「──っ!」

 

 

 怒濤の剣戟に対処するだけで精一杯だった。攻撃に転じる隙がなく、長政は次第に後ろへ追い込まれていく。

 

 なんとか場を好転させようと苦し紛れの一撃を放てばひらりとかわされる。乱れた呼吸を整えようにも次の一手が迫り、一息つくことすらままならなかった。

 

 

(な、なんて強さだ……!)

 

 

 額に流れる汗を拭いつつ、長政は目の前に立つ男に注意を向ける。

 一切呼吸は乱さず、剣に迷いはなく、汗一つかかない。かつては剣の神童と呼ばれた男の人生がその立ち振舞いに現れていた。

 

 今まで会ったことのない存在に長政は恐怖する。同時に田舎大名の一家臣に差をつけられていることに屈辱さを感じる。

 そんなことはないと自分を鼓舞し、一撃を与えんと鋭い一刀をお見舞いした。

 

 

「せぃやあぁっ!」

 

「ぬんっ!」

 

 

 闇夜に金属の衝撃音が響く。長政が一閃すれば義和は鎬で受け流し、勢いを殺さないまま振り下ろす。だがそれを見切った長政は義和の右胸目掛けて鋭い突きを放った。

 

 

「──っ!」

 

 

 避けられた。やはり一筋縄ではいかないようだ。

 間違いなく剣の腕は向こうに軍配が上がる。長引けば長引くほど体力のある義和が有利になるだろう。それを恐れた長政は早急に仕留めようとあることを決断した。

 

 

「卑怯だとは思うな!」

 

 

 剣が激突し鍔迫り合いで二人の体が密着すると同時に腸を抉らんと腰の短刀を抜いた。腰元が死角と化してる今この状況では避けることは出来ないはず。そう確信し、彼の腹へと切っ先を向けた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 血しぶき。だが腹から流れたものではない。

 彼が短刀を素手で掴み飛び散ったものだ。抜こうにもがっちり握られ、微動だにしない。

 

 まさか掴んでくるとは思わず初動が遅れてしまったことで右脇腹へ肘打ちを食らってしまう。視界がブラックアウトしかけるが、舌を噛むことで意識を保つ。

 気絶から逃れたところまではよかったが、後ろに下がったのが悪かった。数日前の豪雨で地盤が緩んでおり、そこへ二人分の体重が加わったことで足場が崩れたのだ。

 

 二人まとめて抱き合うように急な崖を転がり、落ちていった先は小さな河川。その浅瀬に二人は着水し、その衝撃で刀が吹き飛ぶ。

 

 先に立ち上がったのは長政だった。まだ起き上がらない義和を仕留めんと腰に手を伸ばすが───。

 

 

「しまった……! 剣が……!」

 

 

 柄が触れることはなかった。街道で短刀も使い捨ててしまい、今の長政はまさしく丸腰状態。だが義和は違う。大刀は失ったが、まだ短刀を持っている。そして有無を言わさず長政に飛びかかる。

 

 

「くそっ……!」

 

 

 足で両腕を封じ込み、起き上がれないように胸を手で押さえ込んだままで刃を首に沿える。動けば斬る。分かりやすい意思表明に長政は微動だに出来なかった。

 

 

「俺の勝ちだな」

 

「くっ……!」

 

 

───モミ

 

 

「ん?」

 

 

 

 押さえつけている手のひらに触れる柔らかいモノ。なんだろうか、つい最近触ったことのある感触だ。たしか義元との閨の時で───。

 

 

モミモミ

 

「………」

 

モミモミモミ

 

「………」

 

モミモミモミモミ───

 

「な、なっ、なあ……!」

 

「……これっておっぱ……ぶっ!?」

 

「何をするんだ貴様ぁ!!??」

 

 

 拘束されていない右足が背に直撃。不意をつかれたせいで義和は前方へと転がり、長政の伽を解いてしまった。

 

 頬を赤らめ、恥ずかしげに体をくねらせて隠す長政。それはまるで女性のような・・・・・・───

 

 

「お前、女か……!」

 

「くっ……!」

 

 

◇◇◇

 

 

 

 浅井長政は女でした。

 

 その事実に拍子抜けしてしまい、戦意など消え失せてしまった。長政も胸を揉まれた羞恥心で斬り合いどころの騒ぎではない。過程はどうあれ、結果的に休戦成立といったところだ。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 二人は濡れた身体を乾かすために川岸で火を炊き、暖をとっていた。

 だが、二人の間に会話はない。お互い何を話していいのかわからず無言のままただ閑散とした空気だけが漂っていた。

 

 静寂した空気に耐えかねた義和がようやく口を開いた。

 

 

「……あー、その、なんだ。揉んで悪かったな。すまん」

 

「……い、いや、私も隠していたんだ。非はこっちにもある」

 

 

 先ほどの死闘が嘘のように二人は向き合って謝罪する。

 燃え尽きようとしている火に新たな木々を放り込みながら義和は厳つい顔で詰問した。

 

 

「……つーかなんでこんなことしたんだ?」

 

「……我が浅井家の重臣は誰も彼もが祖父、または父に従えていた老臣ばかりでな。──はっきり言ってしまえば考えが古いのだ。父祖伝来の土地と守ることが絶対だと信じてる者が多い。……身内とはいえ、なんとも浅はかな考えだ。

 

 ──私はこの乱世の世を終わらせたい。そのために……同じ考えを持つ信奈殿と同盟を結び、戦力強化のために新しい家臣には半兵衛殿をと思ったんだが……どちらとも相手にはされなかったな」

 

 

 自虐的に苦笑する長政の目に映ったのは短刀で切られた義和の左手の傷。

 血で真っ赤に染まり、肘に向かって滴る血が痛々しく感じられた。そうだ、あの傷を負わせたのは自分。しかも、武士にあるまじき不意討ち。今思い返せば、何てことをしたんだと顔が青くなった。

 

 

「……その手の傷、すまなかった……」

 

「これか? 別に気にしちゃいねぇよ。胸揉ませてもらったからこれでチャラにいてっ!?」

 

「ええい口にするな! 忘れろ!」

 

 

 二人の間に敵意や殺意などはもはや消え失せていた。昨日の敵は今日の友とでもいうのだろうか。死闘を得て二人の間には絆が芽生えていた。

 だからこそ義和は気兼ねなくこんなことも聞いた。

 

 

「なんで男装なんてしてんだ? この時代、姫武将なんて珍しいもんじゃないだろ」

 

 

 この時代で女で武将というのはさほど珍しくない。

 事実、織田家も五割近くが姫武将で当主の信奈も女性。他国の大名の男女比率がどうなのかは知らないが、女性が皆無ということはあり得ないことだろう。

 すると長政は重々しく語りだした。

 

 

「……私は幼き頃に六角家の人質として観音寺城に住まわされていた。元々浅井家は六角家とは主従の関係。家を存続させるには六角家の人質になるしか他に道はなかったからな。

 

 だが六角家の当主の承禎(じょうてい)は大の女好きとしても知られ、年端もいかない少女を好む傾向があった。

 しかも領民が税を払えなければその家の娘を寄越せとねだるほどの歪んだ好色漢だ。

 

 ──そんな男の元で生活するには性別を偽るしかなかった……。あの日(・・・)から私は女を捨てたのだ。だが、男になってよかったこともある。女子衆から見ればどうやら私は美男子に見えるらしい。ならばとこの美貌を利用して六角家の女供をたらしこんで観音寺城を抜け出し、その後家督を継いだんだ──」

 

 

「……家督を継いだ時に女に戻ろうとは思わないのかよ」

 

「……父が許してくれなかったんだ。『当世流行りの姫大名など認めぬ。どうしても家督を継ぎたければ女を捨て、男として生きよ』と迫られてな。──迷いはなかったよ。むしろ男装した生活のほうが私には合っていたようだ」

 

「……辛かったな」

 

「なに、非情が戦国の常だ。それに全てを手にすることなど出来ない。私は天下統一のため、女を捨てたのだ」

 

 

 決意を固めたような強い口調だったが、その目には悲壮で満ちていた。

 

 

「──で、これからどうするよ」

 

「……頼む! 私が男装していたことはどうか織田家には黙っていてほしい。女であることが他家にバレれば浅井家は終わってしまう。どうか、どうか……!」

 

「……言うつもりはないよ。誰にだって隠したがる秘密があるもんだ」

 

 

 その言葉に長政は胸を撫で下ろす素振りを見せた。単なる口約束だが、この男はどこか信頼出来るという妙な確信が長政にはあった。

 

 

「だが今回のことはいつか償うつもりだ。半兵衛殿にもそう伝えてくれ」

 

「難しいだろうが、一応言っておくさ。あとはお前の態度次第だろうしな」

 

「……そうだな。だが同盟には二心はない。それをこれからの戦いで証明してみせるさ」

 

 

 二人は服が乾ききっているのを確認すると正反対の方向へ別れる。

 燻る煙が登る夜明けをカラスだけが高らかに鳴いていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「───以上、これが美濃での経緯です」

 

「デアルカ」

 

 

 場所は小牧山山頂の小さな城屋敷。本来この山に家屋の類いはなかったが、現在は信奈が長秀に命じて急遽作らせた簡易的な城塞がある。

 

 義和はそこで美濃での事の顛末を話した。竹中半兵衛という少女のこと、捕らわれた安藤守就のこと、斎藤義龍が挙兵していること、そして浅井長政のことも。

 ただ長政が女であることを義和は話さなかった。プライベートな部分もあるが、死闘を繰り広げて友情か芽生えた相手の弱味を利用するような真似はしたくなかった。

 

 しかしながら全てを黙るわけにはいかず、長政もまた半兵衛と稲葉山城を欲していたことだけは伝えた。

 同盟を持ちかけた相手のまさかの行動に重臣達は頭を抑えた。

 

 

「長政め……! やはり最初から姫様を利用するためだけに近づいたんだな……! ええい! 姫様! 稲葉山城を落としたら近江まで攻めてしまいましょう!」

 

「……犬千代も同意見」

 

 

 しかし、好戦的な勝家と犬千代の案に待ったをかけた者がいた。

 

 

「落ち着いてください二人とも。ここで浅井家と敵対してはこれから手にいれる美濃を手放すのと同義。それに昨年から計画していた上洛にも支障をきたすことになります」

 

「なんだよ万千代! お前は長政が姫様に取られてもいいってのか!?」

 

「……許されざる行為……!」

 

 

 怒りが収まらないのか、二人の耳に長秀の言葉は聞こえてなかった。

 そんな時、今の今まで沈黙を貫いていた道三が初めて口を開いた。

 

 

「──主不可以怒而興師(しゅはいかりをもってしをおこすべからず)、将不可以(しょうはいきどおりをもって) 慍而致戦(たたかいをおこすべからず)」

 

「し、しゅは……な、なんだって?」

 

「──君主は一時の感情で軍を動かしてならず、将軍は一時の義憤で戦いを始めるべきではないという孫氏の兵法です。まさしく今の我らのための言葉ですね、九十五点」

 

「その通り。長政の行動に問題はあれど、その真意が分からない内に攻め入るのは愚の骨頂。弱小国家である織田家が二面攻略など不可能に近い。ここは様子見が一番ぞ」

 

「だけどな道三! あたしらは──!」

 

「落ち着きなさい二人とも」

 

 

 口論する二人を宥める。主君に言われ、渋々引き下がる二人に信奈は絶えず追い討ちをかける。

 

 

「長政のことは別に気にしてないわ。むしろそれぐらいしてくれないと、同盟相手として不服よ」

 

「姫様!?」

 

「六、今一番片付けなければならないのは美濃よ。長政なんて後でどうとでもなるけど、美濃はそうはいかない。私の野望には美濃は必要不可欠なの」

 

 

 言われ、勝家は下がるしかなかった。

 さて、と身を翻し扇子で美濃一帯の地形が書かれた地図を指す。

 

 

「どうやったら稲葉山城をとれるかしら、各々案を出しなさい」

 

 

 ならば、と勝家が自信満々で立ち上がる。

 

 

「力攻めでいきましょう姫様! 先陣はこの勝家にお任せあれ! 例え、美濃兵全軍で来ようとも我ら柴田軍だけで蹴散らしてやりましょう!」

 

 

 たわわな胸に拳をドンっと打ち付けて、任せろと言わんばかりに鼻を高くする勝家に信奈の血管が切れた。

 

 

「……六、あんた今まで何見聞きしてきたの? 力攻めやっても美濃をとれなかったからこうして軍議してるんでしょう」が! 

 

「ひ、ひぃっ!? すいません姫様ぁ!」

 

「ですが、最悪その手も考えるべきかと。今まで斎藤家には半兵衛殿という存在があったからこそ、防衛出来ていたようなものです。半兵衛殿がいない今、美濃の守備は弱体化したことでしょう。七十点」

 

「それは最終手段よ。というか、半兵衛は何してるのよ。味方になるってんなら挨拶ぐらいしなさいよね」

 

 

 という問いに義和は申し訳なさそうに頭を軽く下げて。

 

 

「半兵衛は五右衛門らと一緒に叔父の捜索中です。唯一の身内ですからそれぐらいは勘弁してやってくれませんか?」

 

「ワシからも頼むぞ信奈ちゃん。守就はワシが美濃にいた頃からの重臣。生きておれば必ず信奈ちゃんの役に立とうぞ」

 

 

 『しょうがないわねぇ……』とイラつきながらも信奈はそれを許した。身内を失うことの辛さは信奈が一番分かっていた。

 

 

「ならあんたが半兵衛の代わりに頑張りなさい。それぐらいのこと、出来て当然よね」

 

「はい、なんなりと」

 

 

 その言葉を聞くや否や、信奈は扇子を地図のある場所を指して一笑する。美濃の西側にある土地、その名は──。

 

 

「──墨俣に城を造りなさい」

 

 

 信奈の提案に家臣団にざわめきが走る。

 

 

「姫様! それは──!」

 

「ええ、無謀なのは分かってるわ。でも、それぐらいしないと稲葉山城は堕ちない。上洛が控えている以上、大軍を率いて総当たりするわけにはいかないのよ。唯一策があるとすれば戦略的要地でもある墨俣に城を築くこと。築ければ東西から稲葉山城を攻めることが出来るわ!」

 

「しかし、墨俣は稲葉山城から目と鼻の先。当然ながら美濃兵が攻めてきます!」

 

「知ってるわよそんなこと。だからこそ短期間かつ少人数で城を作る必要があるの。それが出来る部隊となると──」

 

 

 じろりと瞳を見据えて一笑。

 

 

「カズの部隊は少数ながらも実力のある連中よ。それは桶狭間で実証済み。カズ、あんたの部隊だけで出来るかしら?」

 

「───!」

 

 

 さらにざわめきが走った。

 城の建築にわずか一個隊しか動かさないという事実に家臣団は耳を疑った。

 

 

「姫さま!? 無茶です!」

 

「カズを死にに行かせるようなものです! どうか撤回を!」

 

 

 だが、信奈と義和の二人にはそんな声は聞こえていない。二人だけの世界で入り、お互いを凝視し合っていた。

 

 

「───」

 

「───」

 

 

 不思議なことに、二人の間に会話というものはなかった。

 だが、念話でもしてるかのように二人は見つめ合った。信奈が考えている思惑を義和が汲み取る、そういう会話だった。

 

 

(墨俣に城──墨俣の一夜城か……?)

 

 

 この時の義和の脳裏にはある事が思い浮かんだ。

 豊臣秀吉──当時は木下藤吉郎だった頃、稲葉山城攻めに行き詰まった織田信長が墨俣に城を建てることを提案。その役目を担った藤吉郎はなんと一夜で墨俣に城を建ててしまう。

 

 これにより美濃方に動揺が走り、勝ち目がないと悟った国人達が続々と寝返って斎藤家は敗北した。後の世に『墨俣一夜城』と呼ばれ、藤吉郎の成り上がり人生の起点となる事件である。

 

 

(農民出身の藤吉郎さんがやったんだ。……俺もやるしかねぇよな)

 

 

「わかりました。必ず、墨俣に城を築いてみせましょう!」

 

「──デアルカ。期待してるわよ」

 

 

 

 

 

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