お久しぶりです。お元気でしたか?
事故に入院にコロナとありましたが、作者は元気です、
本陣を後にした義和は五右衛門達、川並衆と合流して馬を走らせた。
小牧山を降りて少し走るだけでそこから先はもう美濃だ。その道中を走りながら義和は五右衛門に声をかけた。
「五右衛門、安藤さんは見つかったか?」
「……川並衆の手勢をいくらか裂いて捜索中で御座るが、まだで御座るよ」
「……急いでくれ。痺れを切らした義龍に始末されてもおかしくない」
「無論、そのつもりで御座るよ」
国境に差し掛かったところで一人の男が横付けしてきた。
男の正体は川並衆の副頭領、前野某。筋肉モリモリマッチョマンの
「親分、次の仕事っつーのはなんですかい!」
「築城に御座る。場所は美濃の墨俣。数日でたちぇるひつりょうがあるでごしゃるよ」
普段なら五右衛門が噛んだところで部下達は歓喜に燃えるところだろう。だが、それ以前に墨俣の名前が出たために川並衆からは驚愕の声が生まれた。
「す、すす墨俣だとぉ!? 墨俣って、美濃にある土地じゃないっすか!?」
「お、おお俺らだけで築城ってマジですかい!? ウソだと言ってくだせぇ旦那ぁ!」
「し、しかも相手はあの斎藤家。……俺、トンズラしよっかな……」
川並衆の反応は当然ともいえる。敵地内で少人数での築城など聞いたことがない。無謀と非難されても仕方ないことだった。
そして不安というものは一気に伝播する。数人から数十人へ、いつしか全員が作戦に対して消極的な態度をとっていた。
そんな部下達を見て何か思ったのか、五右衛門は皆に聞こえるような淡々とした声で語り始めた。
「ここから先、
──今ここで、袂を別つべきで御座るよ」
深みのある真紅の瞳に睨まれ、男達は一瞬たじろうがすぐさま躍起になってそれを撤回した。
こんな少女がやるってのに、自分達が逃げるわけにはいかない。川並衆の心は一つになった。
なるほど、五右衛門が川並衆の頭領を担っているのも頷ける話だ。身体は幼くとも、戦国武将にも劣らない覚悟と器量を持ち合わせていることに義和は改めて感服させられた。
だが。
「──本当にいいのか、五右衛門。俺のわがままに付き合ってくれて……。下手すりゃ、お前も死ぬぞ」
五右衛門とて馬鹿ではない。これからやろうとしていることは全滅することをも想定しなければならない任務なのだ。
そうなると最年少の五右衛門だけは逃げ延びてほしいと思うとところがあった。しかし五右衛門は静かに首を降り。
「蜂須賀五右衛門は死するその時まで義和氏の側にいるで御座るよ」
優しげな笑みでそう誓った。
美濃と尾張の国境付近で義和は地図を広げ、手短に作戦を説明した。
「墨俣に城を築く。言うことは簡単だが、少人数で敵地に城を建てるという行為がどんなに危険なのかは十分理解してるつもりだ。だからここはツーバイフォー工法っていうやり方でいく」
「つうばいほう?」
「この時代の城普請のやり方は材料を現地に運んでから建てる。だが、ツーバイフォー工法はあらかじめ加工された部品を現地で組み立てるだけという方法だ。これで工期を一気に短縮出来る」
「なんと、奇策中の奇策で御座るな」
ツーバイフォー工法が日本に伝わったのは明治の頃だ。開拓ラッシュ真っ最中の北海道で本州から来た多くの出稼ぎ労働者を住まうために大いに貢献したという。
だが、神妙な顔つきをした前野が声を上げる。
「いい作戦とは思うがよ、それだけの重量物をどうやって墨俣まで運ぶんだ? 」
「墨俣の側に木曽川が流れてるだろ? そいつに運んでもらう。上流にある森で木を切り出して加工し、木曽川を下って運搬するんだ」
義和の提案に川並衆は轟々と非難をぶちまける。
「無茶だ! 木曽川は名うての急流だぜ!」
「そうだそうだ! 命あっての物種だ!」
「うにゅう……またもや奇策中の奇策。それならば一夜で築城も夢ではにゃいでごじゃるよ」
「まったく旦那のやり方にゃ、畏敬の念を抱くぜ!」
「俺たちゃ、アンタに命を預けるぜ!」
「……お前らは自分の意見とかないのかよ」
そんなこんなで始まった墨俣城普請。
まずは城の枠組みとなる木材を木曽川の上流にある森林で加工する。そしてその木材を筏に載せ、夜陰に紛れて川を下る。
さすがは川賊。これだけの重量物を載せた筏を手足の如く操って下っていくではないか。
「当然で御座る。木下氏の下にいた頃は河川舟運業で食い扶持をつにゃいでいたでごじゃるよ。──義和氏!」
急流と呼ばれるだけあって危うく振り落とされそうになったが、五右衛門が落とさないように抱きしめてくれた。
「すまねぇ、ありがとな五右衛門」
「まったく。気をつけるで御座るよ」
密着している二人の親密さに嫉妬した川並衆が怨嗟の声を挙げながらも筏は目的地に到着した。各々が建材を手にし墨俣を目指して迅速に動いた。
「親分! 墨俣ですぜ!」
「よし、一気呵成に建てるぞ!」
美濃兵に気づかれないように月明かりだけを頼りに、一同は築城を開始した。
周辺に柵を建てて囲いを作り、いつ美濃勢が攻めて来てもいいように周りに注意を払いながら順調に建て始める。予め建材が出来上がってる状態なので驚くほど早いペースで城が出来上がっていく。
しかし順調だったのは最初のほうだけだった。
東の空が白け始めた。夜明けである。
『墨俣に不穏な動きをした者あり』
その報せが稲葉山城城主、斎藤義龍の元に届けられた。義龍はすぐさま家臣を会集させ、自身も小姓に鎧をつけさせて貰いながら報告してきた物見に詰問する。
「ぬうぅ! 彼奴らは何者だ!?」
「そ、それが、旗印もないため素性はまだ分かっておりませぬ……!」
義龍は六尺五寸の大男ながら道三譲りの鋭い頭脳を持った知将だ。
だが、本人は断じて道三の息子ではないと自負してる。彼の母、深芳野はかつて道三が追放した土岐頼芸の妾だったが、道三が譲り受ける形で婚姻した。
しかし義龍が元服した頃、『義龍の実の父親は道三ではなく頼芸ではないか』という噂が立った。
若かった義龍は疑心暗鬼に陥り、その噂を信じてしまった。おまけに道三が美濃の実権を尾張のうつけ姫に譲ると言い出したのだ。
この時芽生えたのは道三は実父を追い出した謀反者という強い憤り。美濃を喰らおうとしている織田信奈への敵愾心。
そして自分こそが土岐家の正統な跡継ぎであり、本来美濃を預かる国主なのだという絶対的な自負心。
故に何も間違っていない。正しい形に戻すための聖戦なのだ。
「どこの手の者だ!? 見張りは一体を何をしていたんだ!?」
「ええい! さっさと雑兵共を向かわせろ! 族共を根切りにせい!」
「待て! まずは斥候の報せを待つべき──」
「何を言うか! そんな悠長なことしていられるか!」
「落ち着かんか貴様らぁ!!」
集められた途端、好き勝手に動く家臣達を義龍は一喝。君主の一声に家臣達は瞬時に口を閉じ、黙って義龍の言葉に耳を傾けた。
「国の命運を預かる我らが狼狽えてどうする! 奴らがどこの誰であろうとそれを蹴散らし、美濃の国地と民草を守るのが我らの務めではないのか!?」
義龍は国主として若々しいが、怜悧な頭に体格が加わって歴戦の猛者の風格が感じられた。道三に負けず劣らずの名君としての片鱗を匂わせていた。
と同時に伝令が奥室に舞い込んできた。
「申し上げます! 奴ら、墨俣に城を建てている模様です!」
「城だと!? 一体何をする気なのだ……? ──まさか」
墨俣に城を建てて得する者、そんなもの限られている。
太刀を手に義龍は場にいる全員に号令をかけた。
「兵を向かわせろ! 目障りなネズミ共を蹴散らせ!」
「親分、敵が来ました!」
「ぐっ……、間に合わなかったで御座るか……!」
日が完全に顔を出したと同時に東西より美濃勢が怒涛の如く押し寄せてきた。
自分たちの国土を守るがために『すわ掛かれ』の掛け声で自軍を鼓舞させ、完成間近の砦に矢を放った。
屈強揃いの川並衆でも工務中に攻撃されてはさすがに部が悪い。作業の手を休め、防御に徹する他なかった。
「前野! お前はこのまま建設してろ! 弓手で応戦しながら昼までには完成させるんだ!」
「ああくそっ! 旦那はどうするんです!?」
「決まってんだろ──蹴散らしてくるんだよ」
この事態に義和が動いた。
築城には前野らを残し、義和は川並衆の中でも腕自慢の男達、約百名を引き連れて遊撃隊として斎藤軍目掛け出陣した。
「助太刀するで御座るよ、義和氏!」
櫓から飛び降りた五右衛門が忍者刀を片手に敵軍に突っ込んでズバッズバッと敵兵を斬り伏せていく。
一方、義和隊も負けずと武器を構えて勢いよく美濃軍に突入する。
「いいか! 殲滅しなくてもいい! 城が出来るまでに時間稼ぎするんだ!」
「おうよ! 用はこいつらをぶっ飛ばせばいいんだろ?」
「だったら俺らの専売特許だぜぇ! ヒャッハー!!」
「親分に続け! 川並衆の名を天下に轟かせるんだ!」
数は圧倒的に向こうが上だというのに斎藤軍の足が止まった。当然だ。何せ、こっちは一兵一兵が筋骨隆々とした屈強な男達なのだ。それが軍で来れば数で勝っていようと思わず後込みしてしまうだろう。
そんな斎藤軍を川並衆らは難なく蹴散らした。丸太のような剛腕から放たれた一撃はひょろっとした足軽衆を木の葉のようにぶっ飛ばした。
「な、なんだこいつら! 強すぎるみゃあ!!」
「ひぃー! 勝てっこないぎゃあ!」
「ええい負けるな兵共! 侵略者共を返り討ちにするのだ!」
後退しつつある味方を叱責しながら前に出てきたのは重装の甲冑に身を包んだ騎馬武者だ。強い猛者というのが肌で感じられた。名のある侍なのだろう。
男は戦闘中の前線部隊を下がらせると後方にいた別部隊へ指示を飛ばした。
「鉄砲隊、前へ!! 奴等を蜂の巣にしてやれ!」
すると敵軍の中から十数人の足軽が前に出てきた。その手には火縄銃が握られており、横列を組むと横の侍大将が掲げた腕を下ろした。
「ってぇ──!」
バンッバンッ、ババンッ!
一斉に放たれた銃弾が川並衆を襲った。耳のすぐ横で風切り音が数回した後、撃たれていないか全身を注視。
無傷なことに安堵すると周囲を見渡して味方の安否をも確認した。
「──っ、おい大丈夫か!?」
「ちっ……、足に当たっちまったぜ……! 面目ねぇ……!」
「負傷した奴は下がれ! 自力で立てる奴は戦うんだ!」
「っ!? 槍が来るぞぉー!」
負傷兵を下がらせたところですぐさま第二撃が来た。鉄砲隊が横に逸れると同時に後ろから長さ一間半(約270センチメートル)はある槍を持つ槍部隊が横陣を敷いたまま突っ込んできた。
「距離をとれ! 左右に別れるんだ! ……の筈でいいんだよな、半兵衛」
この場にはいない半兵衛にそう問うように言葉を漏らした。
それは清洲を発つ直前のことだった。
─
──
───
『いいですか? 義和さん。美濃の兵士は槍術の訓練が主ですので槍組の槍ぶすま*1は他国より群を抜きます。正面から戦うのは危険です。ですが、そんな槍ぶすまにも弱点があります』
『弱点?』
『はい。槍ぶすまは歩兵同士が密着するために急な方向転換がしにくく、特に左から攻撃には弱いのです。振り向こうとすると隣の者に槍の柄が当たってしまうため、振り向くには一度を柄を縦に持ち上げてから振り向かなくてはなりません』
『つまり、いざ戦う時は相手の左側から攻撃を仕掛けろってことか?』
『仰る通りです。まずは囮を使って気をそらしてください。そうしたら別動隊で左方向から横槍をつくのです。例え一兵踏み入れただけでも槍隊は瓦解するでしょう』
───
──
─
二手の内の一隊が槍隊と戦う素振りをちらつかせ、気を引いてるところを義和と他数人が大きく迂回して左方向より奇襲をかけた。
左端の足軽がこちらの存在に気づいたものの、もう遅い。転換するよりも早く義和達は横槍をつく。
「ひ、左だ! ……う、うわぁぁっ!」
側面の足軽の胸に刀を突き立て抜きつけると返す刀を持って別の兵を斬りつけた。
事が切れるのを確認するとまた別の兵へと勢いを殺すことなく斬撃をお見舞いする。絶えず行われる攻撃に槍隊は跡形もなく瓦解し、少数の群れに飲み込まれていく。
槍隊を壊滅させたところですぐさま足軽衆が向かってきた。二軍は互いに斬り合い、戦術など存在しない乱戦へと移行した。
それでも義和と川並衆は敵を倒していく。だが、一人二人倒してもまた三人四人と兵が投入され、戦況は泥沼と化し、彼らを疲弊させていった。
「くそっ、また新手だ!」
「ちっ……一度砦まで退くぞ! 他の奴等にもそう伝えろ!」
「奴等が退いたぞ! そのまま押し潰してやれ!」
少なからず善戦はしているが、数の差というものはそう簡単には覆らない。連戦に次ぐ連戦で体力が奪われていき、次第に砦まで追い込まれていった。
「数が多すぎる……!」
それでも押し寄せてくる敵兵を迎え撃ち、数を減らそうと眼前の敵を斬り伏せていく。
しかし、あまりに目の前の敵に集中しすぎたせいか、伏兵の姿を捉えられなかった。
「っ!? 義和氏っ!」
五右衛門が飛び出したと同時に鳴った発砲音。そして崩れ落ちていく五右衛門の姿。彼女が庇ってくれたと気づいたのは彼女が横たわった後だった。
「お、おい、五右衛門……?」
「うにゅう……ご無事で御座るか…義和氏……」
「おい死ぬな五右衛門! なんで……なんで、藤吉郎さんに続いてお前まで失わなくっちゃならねぇんだ……!」
「……主のために死するは忍としての誉れ。悔いることなど御座らん……」
「誰がそんなこと頼んだ! おい! 目を開けろ五右衛門!」
「義和氏、お先に……」
返事はなかった。
事切れた五右衛門の身体を亡骸を抱いて義和は静かに咽び泣く。だが、その目には涙に交じって強い怒気が燃え滾り、鋭い闘志を宿らせていた。
「……見てろよ、五右衛門。お前の死が無駄じゃなかったことを証明してやる……!」
こうなったら五右衛門の弔い合戦だ。
五右衛門を抱き抱え、拾った槍を携えて数千の美濃勢の中へ単騎突撃をかけようとしたその時だった。
「竹中半兵衛重虎、推参! 私たちはこれより義和さんに加勢いたします! 各隊、左右へ展開してください!」
川並衆から借りた手製を引き連れた半兵衛が白馬上で高らかに宣誓した。
その横には拉致されていた安藤守就の姿も見え、半兵衛の陣頭指揮の補佐を担い、自らも部隊を率いて戦場に割り込んできた。
そしてその光景は義和だけではなく斎藤軍側からもはっきりと見え、義龍の額に青筋が立つ。
「おのれっ……! このワシを裏切るというのか、半兵衛っ!!」
「殿にはご恩がありますが、──私は義和さんのために知謀と命を捧げることにいたしました! 例え謀反人と蔑まれようとも、後悔はありません!」
その覚悟を皮切りに小さい手に握られた采配が振り下ろされる。
"今孔明"と呼ばれるその敏腕が墨俣で繰り広げられようとしていた。