有栖と別れた俺は一之瀬の部屋に入る。
最初は抵抗があったようだが、何とか入ることができた。
「ごほごほ……ごめんだけどマスクをしてくれないかな?」
一之瀬は俺にマスクを渡してくる。
仮病で休んでいるかと思ったけど、咳をしているし本当に風邪をひいているようだ。
今の一之瀬には寒気もあるみたいで、厚着のパジャマを身につけている。
「こんな時に邪魔して悪かったね」
「にゃは、ちょっと強引だねえ、水無月くん……」
確かに少し強引に上がらせてもらった。
「病院には行ったのか?」
「うん。薬も飲んだから微熱程度まで下がってるよ。数日中には学校に行けそうかな」
一之瀬は噂が原因で、仮病を使って休んだ。
多くの生徒がそう思っているから、早く学校に行ってそのことを否定したいのだろう。
「噂のせいで休んでるんじゃないかって、心配してくれたんだよね。ありがとう」
「いや……」
俺が噂を流した張本人だからそんな心配はしていない。
まあ、心身共に本気で潰れてしまって退学になりそうなら救いの手を差しのべるつもりではいるが。
「まだ治ってないなら横になってた方がいいんじゃないか?」
熱は下がってきているようだが、それは薬による効果で一時的。
風邪が治っていないなら、薬の効果が切れればまた熱はでる。
「大丈夫だよ」
もうそこまで体調は悪くないらしい。
一之瀬の性格を考えれば、体調管理に気を使うタイプであることは深く考えるまでもない。
恐らくは心のダメージで免疫力が一気に低下してしまって風邪をひいたのだろう。
「あ、これはお見舞い品ね。ゼリー飲料とか消化にいい食べ物もある。食欲がありそうならお粥くらいなら作るけど」
部屋に来る前に買ったやつを一之瀬に見せる。
「こんなに沢山ありがとうね」
「それでお粥作ろうか?」
「まだお腹空いてないから大丈夫だよ」
俺はそうかと呟いてから袋を机の上に置く。
「それより彼女がいるのに私の部屋に来てもいいの? もしこのことがバレたら坂柳さんが怒るんじゃ……」
そう思うのであれば入れなければいいだろうに。
「有栖には伝えてあるから大丈夫」
「にゃはは、そうなんだ」
一之瀬は苦笑いをした。
「でも、俺を部屋に入れてくれたってことは何か聞きたいことがあるんでしょ?」
「そうだね」
一之瀬は頷いた後に、深呼吸をして俺に聞いた。
「噂を流したのって坂柳さんなの?」
一之瀬もそう思っているようだ。
そして俺を部屋に上げた最大の理由は、俺が有栖の彼氏だから噂を流した理由を聞きたいからだろう。
「言っとくけど有栖は噂を流していないよ」
あんまり有栖が責められるのはいい気分がしない。
噂を流した時点で、有栖が疑われるのはわかってはいたが、否定だけはしておく。
彼女だから庇っていると思われるかもしれないが。
「そうだね。私は坂柳さんが噂を流した犯人だとは思っていないよ」
一応信じてはくれたみたいだ。
「ただ、彼氏に言われて噂を流したんじゃないかって思っているよ」
「へえ~……」
一之瀬は思っているより随分と頭が切れる。
他の人は俺のことを疑うことすらしなかったのに、一之瀬だけは違った。
俺が犯人だからその理由を聞きたくて部屋に上げたってわけか。
これは何としても一之瀬をこちらの手駒にしたい。
「そうだね。一之瀬が思っている通りだよ」
特に嘘をつく理由はない。
「すんなりと認めるんだね」
意外だったようで、一之瀬が驚く。
「それで何であんな噂を流したのかな?」
「全ては一之瀬を手に入れるためだよ」
「私を?」
「そうだよ」
俺は一之瀬の頬に触れる。
いきなりのことで驚いているのか抵抗してこない。
このまま押し倒せばキスくらいなはできそうだが、まだする気はないので我慢する。
「それでこのことを学校側に言うのかな? 俺が認めたんだし、一之瀬が学校側に言えば停学かポイント没収くらいにはできるかもしれないよ」
「え? あ……」
驚いていた一之瀬が正気に戻ったのか、俺の手を頬からどかす。
「えっと……私は真実が知りたかっただけで、このことを学校側に言うつもりはないよ」
「それは万引きが真実だから?」
再度、一之瀬が驚く。
「……やっぱり知っているんだね」
一之瀬が認めたことで、万引きしたことが確定した。
「一之瀬が中学の時に不登校になったってことを聞いてね。それで推理しただけにすぎないけど」
「それだけで万引きしたのがわかるって水無月くんは超能力者?」
桔梗と同じ反応をされた。
俺は超能力者じゃないので、きちんと否定をしておく。
俺の予想は予知でも超能力を使ったものではない。
「それで話を戻すけど、俺は一之瀬が欲しいんだ」
「それって告白なのかな?」
一之瀬はモテるだろうから告白くらいされているはずだ。
でも、悪い噂を流して自分のことを欲しいなんて告白は初めてされただろう。
「告白……自分のものにしたいのだからそうなのかもね」
「でも、それこそ坂柳さんに悪いよ」
「そうだね。有栖は俺にとって大事だから。でも俺は一之瀬を彼女にしたいわけじゃないよ」
「違うの?」
一之瀬は目を丸くする。
「もし彼女にしたいと思うのなら、普通に告白するよ」
「それもそうだね」
「でも、一之瀬の身体は魅力的だね」
俺はあえて一之瀬の身体を舐めるように見た。
ゆったりとしたパジャマなのに胸は主張しており、腰などの引っ込んでほしいとこは引っ込んでいる。
桔梗もスタイルはいいが、それ以上に女の子らしい身体だ。
「えっと……」
自分の胸を見られることはあっただろうが、こんなまじまじと見られることはなかったようで、一気に顔が赤くなった。
「まあ、いくら魅力的だからと言っても無理矢理襲うことなんてしないよ」
「え、うん。ありがと」
何故、お礼を言ってくるのかはわからないが、俺の印象は最悪ではないらしい。
「それともお金を払わないと援交少女は抱かせてくれないのかな?」
「私は援助交際なんてしてないよ。それくらいはわかっているでしょ?」
俺がまあねと言うと、一之瀬は頬を膨らませた。
きっと性格が悪い男だと思っていることだろう。
「噂を流した俺が言うのもなんだけど、噂を静める方法は考えているよ」
「そーなの?」
「完全に潰れてもらっても困るからね」
俺の駒にしたいからある程度潰しても完全にはしない。
「一之瀬が言わないから学校側は黙認を決め込んでいる。だから学校側が無視できない状況を作ろうと思ってね」
「無視できない状況?」
「うん。学校側や生徒会が介入してくれば噂を止めさるを得ない」
「それって水無月くんが危険になるんじゃないの?」
俺の心配をするなんて本当に優しい人だ。
自分のことを潰そうとした張本人なのに。
「一之瀬をこんな目に合わせたから、少しくらいのリスクは承知の上さ」
俺が一之瀬の頭を撫でると、嫌がらずにそのままでいる。
自分で潰してから自らの手で再生。
そして一之瀬を俺のものにする。
一之瀬にはリスクを負うと言ったが、もちろんそんなの負うつもりはない。
「でも、生徒会はどうして介入してこないのかな? 会長なら何かしてきそうなのに」
「ああ、それは俺が副会長に言って黙認してもらった」
「え? 水無月くんは生徒会と繋がりがあるの?」
一之瀬が凄い食いついてきた。
「一之瀬は生徒会に入りたいの?」
あんなに食いついているのだから生徒会に入りたいということは簡単に想像ができる。
「うん。一応立候補したけど、入れてくれなくて」
その理由は何となくわかる。
会長とは話したことがないが、見たところ真面目そうで副会長とは正反対の性格をしている。
自分が引退してしまったら二年生である今の副会長が会長になるだろう。
だから副会長に毒されないように生徒会にいれなかった。
でも、これは使えるかもしれない。
「実は副会長から生徒会に入らないかと言われているんだよね」
「そうなの?」
「うん。俺のものになってくれるのであれば、一之瀬を推薦しておくよ」
一之瀬が生徒会に入ってくれればさらに役に立つかもしれない。
俺は入る気はないが、一之瀬には入ってもらおうかな。
「もし、俺のものにならないのであれば、一之瀬を徹底的に潰させてもらうよ。ここまで頭が切れるのは厄介だから」
今の状況はペン型のカメラで録画してある。
この録画を提出すれば俺が噂を流したことがバレてしまい、ポイント没収くらいあるだろうけど、俺にとってはどうでもいいこと。
俺が駒を作るのはあの男が介入してきた時のため。
この学校で安静に過ごせるならクラスが降格してしまおうと知ったこっちゃない。
「でも、俺のものになってくれるのであれば、生徒会入りもできるし、何よりBクラスの団結力はさらに高まるよ」
「本当に?」
「うん。そして何か困った時があったら、俺に相談してくれて構わない」
一之瀬が手に入るのであれば、協力するものいいだろう。
「わかったよ。水無月くんのものになる」
結構あっさりと俺のものになってくれた。
「ありがとう。それで何で万引きしたか教えて」
「……言わないとダメ?」
「うん。俺のプランに必要だから」
もうここまで噂が広まっているのだから、一之瀬は自分の罪を告白するしかない。
だから俺に言えないのであれば、他の人に言うことはできないだろう。
「わかったよ」
一之瀬は深呼吸をして自分の罪について告白をした。
一之瀬は母子家庭で母と妹の三人で暮らしている。
でも二人を育てている母親が倒れてしまった。
仕事をしながら子育てもしているのだし、疲れがたまっていたのだろう。
倒れてしまったために妹の誕生日プレゼントを買うことができなくなってしまったので、一之瀬はデパートで妹が欲しかった服を盗んだ。
その時はバレなかったみたいだが、妹がその服を着てお見舞いに行ったから母親にバレた。
そして母親と一緒にデパートまで謝りに行き、土下座をして謝った。
警察にはつき出されなかったけど、その騒動が広まってしまい、半年間閉じ籠ってしまったのだ。
そして担任からこの学校を紹介してもらい、高度育成高等学校でもう一度やり直そうと決心した。
これが一之瀬の闇。
その闇を泣きながら俺に話してくれた。
「話してくれてありがとう」
俺は一之瀬を優しく抱きしめる。
そして一之瀬は俺の胸に顔を埋めてからまた涙を流した。