※この作品はR-18です。

魔王は閨で、勇者の<子種>を乞い願う   作:午後12時の男

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1稿の状態なので、誤字脱字が多く、演出も不完全です。


3話

◆1◆

 

 夜の闇よりなお昏い漆黒が、その空間を支配していた。

 正確な広さは、わからない。

 何も見えず、右も左も全く見通せないその場所にあっては、そもそも距離の概念すら意味を喪失してしまう。

 分かることと言えば――物音一つせず、空気の流れもまったく感じられないことから、おそらくこの場所は、天井や壁に仕切られ、外界から切り離された密閉空間であるだろう、ということだけだ。

 唯一の光源は――ただ唯一、そこにあると分かるのは、平坦な床をびっしりと埋め尽くす、魔法の力を帯びた奇妙な紋様のみ。 

 薄ぼんやりとしたその青い光は酷く頼りなく、その空間を完全に照らしきれないでいる。あるいは何か霧のようなものでも立ちこめているのか、どこかにあるであろう天井にも壁にも全くその光は届いていなかった。

 奇妙な空間だった。

 何より、異様な空間であった。

 闇に支配され、時の流れすら曖昧に思えるその空間はしかし、静寂とは言いがたい、ただならぬ雰囲気が立ちこめているのだ。

 物音も空気の流れも全く無いにもかかわらず、何か得体の知れないものが、激しく蠢き脈動しているような――そんな気配だけがはっきりと確かに存在しているのである。

 もし尋常な感性を持つ人間が何も知らず放り込まれれば、数刻を待たずして気が触れるに違いない。

 獣であることを忘れかけた人の身であっても、直感せずにはいられないからだ。

 この場を支配するのは、死の具現だと。

 姿も息づかいも感じられないが、生きとし生けるものを取り殺し、魂をむさぼり食う、全ての生を冒涜する何物かが、ここに確かに座しているのだ。

 たとえば、そう――かつて英雄に殺されたという、あの魔王のような存在が。

 この空間が一見静まりかえっているように見えるのは、その気配の主が、来たるべきそのときを、息を潜めて待っているからに過ぎない。

 世の何もかもを闇に染める、その時を。

 全てを滅ぼせる準備が整う、その瞬間を。

 そして――あるいは、それこそが気配の主が待ち望んだものだったのかも知れない。

 死の気配だけが蔓延し、静かに蠢くその昏い空間の中に、今、僅かな変化が訪れた。

 いつからそこにいたのか。

 そもそも、どこからその場に侵入したのか。

 ふわりと僅かに空気が動き、ぼんやり光を放つ床のその中央に、何者かが物音一つ伴わずに降り立ったのである。

 それが誰なのかは、分からない。

 辛うじて照らされたその足元から、そこに姿を現したのがどうやら一人だけらしいと分かるが、頼りない光では、それが男なのか女なのか、そもそも人間なのかも判然としない。

 ただ一つだけ確かなのは、このような場所に訪れる存在が、まともなモノであるはずがないという事だけだ。

 その事を証明するように――闇の中でその何者かは何か身じろぎをし、そしてその場に初めて、はっきりとした物音が響き渡った。

 びじりと、何かが引き裂かれるような音。

 そして続いて聞こえたのは、ぶしゅりと、何か液体のようなものが噴き出す音。

 どこかおぞましく生々しいその二つの音に少し遅れて、床に何か赤い液体のようなものが降り注がれていく。

 びちゃちびちゃりと酷く粘っこい音を伴いながらその液体は床に落ち、ぼんやり灯る床の灯りが、青と赤のまだら模様になった。

 ほのかに漂う鉄のような臭いから、その液体が何なのか、もはや間違いようがない。

 血液である。

 この場に訪れたその何者かは、自らの身体のどこかを傷つけ、そして自らの血を辺りに振りまいているのである。

 

 びちゃり。びちゃ。びちゃ。びちゃ。 

 びちゃ。びちゃり。びちゃり。びちゃ。

  

 永遠を思わせる長い間、赤い血潮は止まることを知らずに注がれ続け――結局、明らかに人の身なら死に至るであろうほどのおびただしい量が流れ、床にいくつもの小さな赤い池を作ることになった。

 そして――あるいは、その捧げられた血にでも反応したのだろうか。

 その場を支配する雰囲気が、一変した。

 蠢く気配が、どくりと激しく脈動する。

 それどころか、一体どこから聞こえてきているのか、どこか遠く、いななきの様にも思える音が響きはじめた。

 

 ―――――――ぉぉ――――ん………

 

 それは、あるいは歓喜の声であったろうか。

 繋がれていた鎖のいくつかが解け、そうして得た自由の予感を喜ぶような――そんな気配。

 

 ―――おお――――――ぁぁぁぁ――――――……

 

 ただ聞くだけでも人の身ならば正気を削られるような魔の遠吠えは、止まることなくずっと響き続けている。

 それどころか、遠く小さく聞こえるだけだった遠吠えは、しかしその場にとどまるだけでは気が済まなくなったようだった。

 声が、近づいてきたのだ。

 潮が満ちるように、ざわざわと異様な気配を伴いながらその声は近づいて――声はその空間全体を満たし始めて。

 やがてその場に座した姿なき気配の主は、空間全体を己の喉として、高らかに歌い始めた。

 

 ―――――おおおおお……―――おぉぉぉあぁぁぁぁぁぁ―――……

 

 いつの間に立ち去ったのか、血を捧げた何者かの姿は、既にない。

 ただ、誰も聞くことのない滅びの歌だけが、昏いその空間に響き続けていた。

 

◆2◆

 

 森の中を全速力で駆けていく。

 トロネアの森はアルタレナの近隣にある森林地帯の中では特に深く植生も豊かで、その分人の身には険しい場所だ。何度かおてんばな妹たちに連れられて「探検」をした事もあるが、獣に遭ったり灌木の枝にひっかかれてお気に入りの服を駄目にしたり、アーシェはあまりこの森に良い思い出がない。

 自慢の深い海を思わせる色のポニーテールも、妹たちからうらやましがれる大人びた体つきも、森の中を走るのにはかなり不向きな特徴だ。

 何より――太い眉から気の強い女だと思われることもままあるが、アーシェはどちらかと言えば気弱な性格で、決して荒事に向いた性格ではない。こんな風に獲物を追って森の中を駆けるのは、アーシェにとって最も不得意とするところだった。

 だけど、今はそうも言ってはいられない。

 夏の陽光はその殆どを梢に遮られている。僅かに降り注ぐ木漏れ日を頼りに、苔むした木の幹や枝を足場にして、風をまといながら、彼女は木々の間を、猛禽もかくやの勢いで走り抜けていく。

 姉妹の中では身体を動かすのが得意とは言いがたいアーシェだが、血筋のおかげか、この程度のことは何とかこなせる。

 けれど、むしろ本番はここからだ。

 嗅覚に意識を集中させ、鼻孔の奥に感じる違和感と直感を頼りに森の中を駆け抜けて――やがて彼女は視界の端、森の中のやや開けた場所で、うずくまっていた、「目標」を発見した。

「――いた」

 あらかじめ資料では見せられていたが、その「目標」の醜悪な外見に、アーシェは顔をしかめた。

 おおまかにそのフォルムを言葉で表現するとしたら、「牛ほどもある大きさの、毛のないイノシシ」というのがふさわしいだろうか。

 頭部はその巨体に反して冗談のように小さく、毛髪のない人の頭のような物が申し訳程度の飾りのようにくっついている。

 そしてなにより目立つのは――何よりおぞましいのは、その背中。

 びっしりと無数に、大小様々な眼球が埋め込まれているのだ。

 無論、こんなモノが自然の存在である訳もない。

 様々な魔物や生物を合成して生まれた合成獣(キメラ)である。

「……ッ」

 嫌悪感をこらえて歯を食いしばり、木々の梢を蹴り、距離をつめる。

 アーシェが得物である魔法剣を構えるのと、合成獣がアーシェの存在に気付いたのは、ほぼ同時のことだった。

「ひ、っ」

 本来ならば先手を打って仕留められたそのタイミングで、しかし経験不足のアーシェはヘマをやらかした。

 撃ち出す魔法の選択に迷ったその一瞬、それまで魔物の背で、それぞれ別の意思を持つように個別に動いていた無数の瞳がぎょろりとそろってアーシェを捉え――彼女はその視線に怯んでしまったのだ。

 しまった、と悔やんでももう遅い。

 魔物の背にあった眼球の全てから、光の槍が撃ち出された。

 おぞましい外見は当然それだけのはったりではない。

 イノシシの素早さで山野を駆け抜け、その背に埋め込まれた魔眼から全方位に向けて、鋼の壁をも貫通する強力な攻撃魔法を撃ち出す――この異形は、そんな戦い方をするために製造された生体兵器なのである。

「うあっ」

 もはや攻撃を繰り出している場合ではない。アーシェはとっさに手近にあった枝を蹴り、自らの軌道を変えて打ち込まれた攻撃魔法をやり過ごす――が、彼女に出来たのはそれまでだった。

 無数の瞳は未だアーシェを捉えたままだ。とっさに明後日の方向に飛んでしまったために、もう彼女の周りには、足場になるようなものは何もない。このままでは地面にたどり着くより先に、合成獣の第2射がアーシェを串刺しにする事になるだろう。

 そんな格好の隙を相手が見逃すはずもなく、練り込まれた魔力の槍が、音もなく無慈悲に、アーシェに向かって撃ち出された。

「……ッ」

 もう何も出来ることはない。

 アーシェは目をつぶって死の瞬間を待ち――しかし身体を貫く痛みは、いつまで経っても襲っては来なかった。

 代わりに彼女を包み込むのは、ふわりと柔らかい浮遊感。

「……?」

 おそるおそる薄目を開けると、よく見慣れた男のしかめ面が間近にあった。

 短く刈り込まれた黒髪。

 顔立ちは若々しく目元などはどこか幼さも残るが、瞳に宿る光は強く、確固とした意思を感じさせる。

 アルタレナに住む者なら、その名と顔を知らない訳がない。そもそもアーシェにとってはそれ以前の問題だ。何せ、今回アーシェがしている「魔物狩り」のリーダーなのだから。

 魔王殺しの英雄、クリム=ロクサール。

 アーシェの危機に、とっさに彼はアーシェと魔物の間に割って入り、彼女を抱きかかえ、襲いかかる光の槍の第2射をかわしたのである。

「……うわ」

 さらに彼女の視界の端には、太い胴体を真っ二つにされ吹っ飛ぶ例の異形の姿が見えた。

 アーシェを抱きかかえたままの不安定な格好で、クリムが携えていた剣を振るい、魔力を乗せた剣圧を飛ばして一撃を加えていたのである。

 それも、間近にいるアーシェが気付かない内に。

「……すごい」

 おもわずアーシェの口元からそんな感想がこぼれる。ごくごく至近距離で呟かれた彼女の言葉が耳に届いていないはずはないのだが、クリムが表情一つ使えることはない。

 吹っ飛ばされた魔物が近くの樹木に叩きつけられるのと、アーシェを抱きかかえたクリムが地面に柔らかく着地したのは、ほぼ同時だった。

「ここで待ってて」

「あ。え……は、はい……」

 地面に優しく下ろされ、静かな、しかし恐ろしく迫力のある声でクリムにそう言われて、アーシェは力なくこくこくと頷いた。

 なにより腰が抜けてしまっていて、これではクリムに追いすがることも出来るはずがない。

 対して合成獣の方は――身体を両断されつつも、驚くべき事にまだ息があるようだった。

 しかし戦意を既に失っているのか、近づくクリムに攻撃を仕掛ける様子はない。

 剣が届く位置にクリムが来ても、合成獣はその冗談みたいな小さな、しかし人と変わらぬ大きさの頭をもたげ、彼を恨めしげな視線で睨み付けるだけだった。

「……何か言い残した事があれば聞く」

「……はっ」

 驚くべき事に、その合成獣は人語を解することが出来たようだ。

 物憂げな口調のクリムの言葉を、合成獣は嘲笑で笑い飛ばし、そして忌々しげな視線で応えた。

「あるわけがない」

「……そうか」

 そんな、吐き棄てるように呟かれた言葉が、合成獣にとって最後の台詞となった。

 物憂げな表情のまま、クリムが剣を縦に振るう。

 次の瞬間――何の力も入っていないようなその一振りで、今度は合成獣の身体が、頭部を含めて縦に両断されていた。

 血がしぶく。

 一瞬、もがくように前肢が震え、しかしそれは神経が破壊されて単に反応しただけだったようだ。すぐに合成獣は全く動かなくなり――そして早くも腐敗が始まったのか、辺りに独特の異臭が漂い始めた。

「………」

 酷く、あっさりした決着だった。

 クリムはしばし合成獣の死骸を物憂げな表情で眺め――小さくため息をついた後、アーシェに振り返ってきた。

「大丈夫? 怪我はしてない?」

 剣を鞘に収めながら、さきほど合成獣に相対していた時の物憂げなものとはうって変わった、優しい声をかけながらクリムが近づいてくる。

 その心配そうな視線にはたと我に返って、アーシェは酷く恥ずかしい気持ちになった。

「あ、えと……うん。大丈夫」

 慌てて笑顔を繕いながら、まだ腰を抜かしていたアーシェは差し伸べられた手に捕まってなんとか立ち上がり、そっと内心深い嘆息をした。

 クリムの方はそんなアーシェの内心には気付いていない様子で、彼女が合成獣に手傷を負わされていないかを改めて確認し、ほっと安堵の息をついていたが――だからこそ自分のふがいなさが、情けなくてしょうがない

(あーあ……)

 なかなか物事は上手くいかないものだ。

 彼の役に立ちたいと無理を言ってついてきたのに、結局自分は何も出来ず足を引っ張っただけだった。 

「ありゃ、もうおわっちゃった?」

「本気出したらいっつもこうなんだから……これじゃあたしたち要らないじゃん」

「こらリルちゃん、そういうコト言わないのー」

 アーシェがひとりで自分自身に落胆していると、横合いからいきなり、そんな声が聞こえてきた。

「向こう組も合流してきたか」

 そんなクリムの視線を追いかけると、声に続き、今までそんな気配は全く無かったのにもかかわらず、二人分の人影が、がざがざと近くの茂みから姿を現した。

 姿を見せたのはいずれも、血なまぐさい現場にはおおよそふさわしくない目麗しい、細身の美少女だった。

 赤毛の髪を肩のあたりで切りそろえた方がリルカ。

 長く伸ばした黒髪を側頭部で束ねた方をセセリという。

 顔立ちもあまり似ていないし髪の色までまるで違うが、いずれもアーシェの妹である。二人はともにアーシェと同じ意匠の戦闘装束に身を包み、それぞれの手に武器を携えていた。

 ただ、二人がの得物はアーシェのものとは全く毛色の違うものだ。リルカもセセリも、手にしているのは共に大型の魔法杖である。

 アーシェが手にしている魔法剣を含め、これらは全てアルタレナ王城で後衛の魔法士に提供されているものだ。妹たちが手にしている魔法杖は、アーシェのものに比べ取り扱いが難しく近接戦闘には向かないが、その分大規模な魔法の行使に耐える設計のものである。

「二人もお疲れさん。辺りに他の気配は?」

「別にないよ。報告にあったとおり、魔物はさっきの一頭だけだったみたい」

 クリムの問いに、索敵と通信を担当していたセセリが改めて魔法杖を励起させ、周囲に敵性の存在がないかを確認しながら応えた。

「そっか。じゃ、今日はこれで終了だな」

 彼のその一言が、いわば「作戦終了」の合図である。

 途端、一同の空気が若干和らいだものになった。

 クリムの監督下、そうそう危険なことにはならないとはいえ、それでも命のやりとりをしていることには変わりない。現にアーシェもクリムの助けがなければ危なかった訳で。

 妹二人はクリムの終了宣言を受け、すぐにだらけた表情になったが、一方のアーシェはどうにも気分が気持ちが落ち着かない。

「……あー」

 流石ずっと一緒に育った妹たちと言うべきか、クリムと違い彼女たちは、すぐにアーシェが落ち込んでいることに気がついたらしい。

「どんまい、ねーちゃん」

 妹たちは何となく「あー、やっぱりー」な表情で顔を見合わせた後、リルカの方が小声でそう言ってぽむりと肩を叩いてきた。

 気さくで気軽な物言いだけれど、気を遣われているのが分かってアーシェとしてはなおさら凹んでしまう。

 はう、とため息交じりに呟く言葉も、どうしても愚痴っぽいものになってしまう。

「やっぱりわたし、こう言うコト向いてないんだなあって思ったよ……」

「アーシェねーちゃん、どっちかってと細工物のが得意だもんね」

「うう……」

 ずばりとしたリルカの物言いにぐうの音も出ない。

 彼女の言うとおり、アーシェはどちらかと言えば、外で身体を動かすより部屋にこもって細々とした作業をするのが好きなタチだ。自分自身、そういう作業の方が向いているという自覚もある。

 しかし、向いていることとやりたいことが同じである事なんて、世の中そうそう無い訳で。「リルちゃんやセッちゃんが羨ましいよ……」

「そうお? わたしは、アーシェちゃんが羨ましかったけど」

 うじうじしたアーシェの言葉に、のんびりした声で今度はセセリが口を挟んできた。

「だって、お姫様だっこ、してもらってたじゃん?」

「お姫……え?」

 何のことか分からず、いきなりの過激な表現に目を白黒させてしまう。

「ほら、さっき助けて貰ってた時」

「……」

 言われるままに先程の戦闘中の出来事を思い出して。

「あ」

 そしてアーシェは、今更のように気がついて、間抜けな声を上げた。

 確かになし崩しだったけれど、合成獣からの攻撃が避けきれなかったあの一瞬、アーシェはクリムに抱きかかえられて九死に一生を得た。

 特に意識はしていなかったけれど、言われてみればあの体勢はいわゆる「お姫様抱っこ」だったような――

「で、でも! それって喜んじゃ駄目な気がする……」

「でもでも、理想的な展開じゃん? ピンチに助けられてお姫様抱っこ」

「……」

 そう言われてしまえばそうなような。

 と言うことはもっとあの時、もっと浸っておけば良かったのか。

 いやちがう。そもそも自分はクリムの役に立ちたいから不得意な獣狩りの現場に着いてきた訳で、だから役に立たないと意味は無くて――と、色々考えてる内にアーシェはもう何が何だか分からなくなってきた。

 20歳も近くなっていい加減自分でも情けないが、こういう話題にアーシェはとことん耐性がない。

「……セッちゃん」

 なのでもうこういう時は、ギブアップ。

 情けない声を上げながら、「参った」の意を示して片手を上げる。

「もうこれ以上アーシェおねえちゃんをいじめないでください……」

「はあい」

 どうやらアーシェが困るのを分かっていて話題をふっかけてきたらしい。

 アーシェの半ば涙声の懇願に、妹は悪戯っぽく笑って舌を出して謝ってきた。

 こういう所は母親似と言うことなのだろうか。ざっくばらんで時折口の悪いリルカより、セセリの方がよほどタチが悪い時がある。

「さて、そろそろ帰るよ」

「あ、はあい」

 姉妹三人がわいわいおしゃべりしていた横で、どうやらクリムは全く別の作業をしていたらしい。

 ふと気がついてみれば、先程彼が倒した合成獣の姿はどこにもなく、代わりに近くにこんもりとした盛り土が出来ていて、その上には小さな積み石と花が添えられていた。

(……お墓?)

 何故そんなことを――と一瞬疑問に思ったが。

 しかし既に妹たちと共に家路につき始めていたクリムが声をかけてきて、アーシェは考え事を中断せざるを得なかった。

「アーシェ? 帰るよ」

「あ、はい。ごめんなさい、おとうさん」(「おとうさん」に傍点)

 少しに気はなったが、別に追求するほどのことではないだろう。

 そういう必要があればクリムだって何事か言ってくるだろうし、リルカやセセリだって口出ししてくるはずだ。

 アーシェは気持ちを切り替え、クリムや妹たちの後を急いで追いかけていった。

 

 ――アーシェ=ロクサール。19才。

 魔王殺しの英雄クリムの第一子である彼女の、それが初陣であった。

 

◆3◆

 

 魔物狩りの任務から戻り、アルタレナの町に帰ってくると、クリムはいつもほっと安堵の吐息を漏らしてしまう。

 故郷とは似ても似つかぬ大都会だが、肌に触れる陽気な人の気配の暖かさは、いつの時代、どんな場所でも変わることはない。未だに血なまぐさい仕事を続ける彼にとって、そうした空気に触れることは、自分が人間であることを思い出すある種の儀式のようにもなっていた。

「……変わったよな、この町も」

 城門を抜け、王城へと向かう通りを娘たちと歩きながら、クリムの口元から、ふと感慨深くそんな言葉がこぼれる。

 元より活気のあったアルタレナの城下だが、年月が経ち、次第に戦争の傷跡が癒えて行くに従って、初めて彼がこの町を訪れた時より更に賑やかになってきたようにクリムは思う。

 狭い城壁の中だけでは増え続ける人口を収めきれず、深く掘られた水堀の外側までも市街地は広がり続け、聞いたところに寄るとそろそろ総人口も万の桁に届くという。

「あ、そだそだお父さん、私たちちょっと本屋によっていい?」

「ちょうど、いま、買いたい本があって」

 自然と気も緩んで、のんびりと通りを歩いていると、傍を歩いていたリルカとセセリが、ふと思い出したような様子でそんなことを言い出した。

 急な物言いだが、リルカもセセリも娘たちの中では特に気分屋なところがあるので、別に珍しい事ではない。

「別に良いけど、財布持ってるか?」

「あるよ。そこら辺はぬかりなく」

「ん。じゃあ、あまり遅くならないようにな。武器は預かっとく」

 クリムに魔法杖を渡して商店街に向かう直前、なにやら二人は揃って意味深な仕草でもう一人の娘、アーシェに目配せしたが――クリムにはその意図がいまいち分からない。

 何を考えているのやらとアーシェの方に視線を向けても、アーシェはアーシェで引っ込み思案な性格をしているので、何やら恥ずかしそうに俯くばかりで何も言ってはくれなかった。

(……ま、別に良いか)

 性格はそれぞれ違うが、クリムの娘たちは皆おかげさまで真っ直ぐに育ってくれている。

 非行に走っている訳でも無し、あまり詮索しすぎるのも良くなかろうと気軽に考え、通りの枝道へと駆けていくリルカとセセリを見送った後、クリムは残る家路をアーシェと並んで歩くことにした。

 正直、今回に限ってはその方が好都合でもあった。

「今日は、緊張した?」

 町並みを眺めつつ、出来るだけ気軽な、ごくごく何気ない雑談をするような口調で、クリムはアーシェに声をかけた。

「あ、えっと……はい」

(ああ……やっぱり。どうにもな……)

 案の定、と言うべきか。

 帰ってきたアーシェの返事は、どことなく気落ちしたような様子だった。

 無理もない。元よりあまり戦闘向きの性格ではないが、初陣という事もあって、今日のアーシェの動きはどうにも危なっかしいものだった。

 結果的には彼女は手傷一つ負うこともなかったが、むしろだからこそクリムとしては娘の精神状態が少々心配だった。色々と繊細なアーシェは、普段通りに動けなかったことを必要以上に気に病んでしまうだろうから。

「……俺もな、初陣の時は大した戦果は上げられなかった」

 遠くを眺め、昔を懐かしみつつ言ったクリムのその言葉に、アーシェは不思議そうな視線を向けてきた。

「おとうさんでも……?」

「元々、生まれが田舎の平民だからな。死ぬほど訓練はさせられたけど、それまで命のやりとりなんかは一度もやったことはなかったし。魔物を殺すこと自体に躊躇いはなかったけど……下手をしたら死ぬんじゃないかって考えが頭の中で堂々巡りして、まともに動くことも出来なかった。……そういや監督官辺りからは随分お小言も貰った気がするな」

 苦笑しながらクリムはアーシェを振り返る。

 アーシェは、ほぁ、と感心したような呆けたような表情を一瞬見せ、しかし真面目で色々と思い詰める気質の彼女はすぐに何か思い直したらしく、再び申し訳なさそうに慌てて俯いた。

「でも……わたし」

 アーシェは、わざわざ無理をして「おとうさんのお手伝いをしたい」と鼻息荒くしてついてきたのだ。「そんなだから役に立たないと意味は無い」と思っているのだろう。

 けど――

「ありがとうな」

 そういってクリムはアーシェの頭を撫でたが、どうやら意味が分からなかったらしい。

 嬉しがる安堵するより、アーシェがクリムに見せる表情は困惑の色が濃いものだった。 

「手伝いたいって言ってくれて、うれしかった」

 だから、クリムはできるだけやさしく気持ちを伝えてやる。

 本音の本音を言えば、正直なところ、クリムはアーシェにしても、それからリルカやセセリに関して言っても、娘たちを自分の仕事に連れて行きたくないというのは本心ではある。

 曲がりなりにもクリムは<魔王殺しの英雄>である。王城周辺にたむろしている野盗や魔物程度の処理に手間取るはずもない。彼一人がいれば事足りるし、怪我をする危険に娘たちを晒したくない。

 そもそもここ数年この周辺地域を荒らすのは、大体が今日の合成獣のような――つまり、クリムと同じく、兵器として重度の改造を受けて、元の人間らしい生活に戻れなくなった手合いだ。あまりこのような汚れ仕事を娘たちにさせたくはない。

 でも、またその一方で、そんな危険を承知の上で、娘たちが自分を慕ってくれて、「お手伝いをしたい!」と言って来てくれるのは、やはり父親としては嬉しいもので。

「…………」

 クリムの気持ちが伝わったのか、強張っていたアーシェの表情が、若干、和らいだものになった。

 その変化に内心少し安堵して、だからクリムは最後に、ほんの少しの簡単なアドバイスをする。

「あとな。そもそもな。反省点があるなら、それを次に活かせば良いんだよ。一度一度の失敗を引きずって落ち込むより、そっちのがよほど前向きだろ? 頑張れなかったら次頑張れば良い」

 別にこんな理屈、わざわざ改めて口にしなくても賢いアーシェはわきまえているだろう。

 でも真面目で引っ込み思案の彼女は視野狭窄にも陥りやすい。

 だから、どつぼにハマりそうになった時、こうしてクリムがほんの少しの手を差し伸べてやるのが常だった。

「……うん」

 ようやく素直に返事をしてくれた娘に、自然とクリムも笑顔になる。

 そんな会話をしている内に、もう王城に着いてしまった。

 アーシェを部屋に送り届け、娘たちの装備を片付けた後、クリムはいつものように城の中心部に足を向けた。

 廊下を歩く使用人たちに挨拶をしつつ向かう先は――当然、言うまでも無い。

 扉を開けると、これもまたいつものごとく、待ち構えていたかのように妻たちが笑顔で迎えてくれた。

「ただいま」

「クリム様。お帰りなさい」

「おー、クリムくん、おかえりー」

 赤髪の魔王、ミリア。

 黒髪の神龍、コノミ。

 おおよそ人外の極みである彼女たちは知覚も驚く程に鋭敏で、王城に着いた時点でクリムたちの帰還に気付いていたはずだが、それでも夫の顔を見れたのが心の底から嬉しいらしく、花開くような笑顔を向けてきてくれる。

 ただ一方で、コノミはまあ、昔から相も変わらずの白と黒の派手なドレスを着ているが、ミリアが身につけているのは可憐な顔におよそ似つかわしくない、野良着と大して変わらないような作業服とエプロンだった。

 長く艶やかな赤髪も、今は作業の邪魔にならないよう、シニヨンに編み上げている。

 最近新調したばかりの大きめの執務机に錬金具を置いて、どうやら調薬の真っ最中であったらしい。

「リルカとセセリは? 何か途中から別行動取ったみたいだけど」

「本屋に寄るんだってさ――と。もう帰ってきたみたいだな」

 コノミの問いに、城内を動く娘二人の気配を察知してそう答えながら、少し不思議な気分になってクリムは首をかしげた。

 特にリルカなどはあれでかなり本の虫で、書店に入れば立ち読みやら物色してやらで半刻は店から出たがらない。

 それを考えると今日は妙に早い帰宅である。やはり財布を忘れていたのかとも思ったが、しばらくしても、もう一度町に繰り出す気配もないようだった。

 一体どういうことなのか。

「んふ」

 釈然としない表情を浮かべるクリムに一体何を見透かしているのか。意味ありげな笑顔を浮かべてコノミは「じゃ、今日はおしまいね」とミリアに告げて作業をやめた。

「じゃ、ぼくはお風呂入って来るねー」

「? おう」

「ではでは、ふたりともごゆっくり―」

 そしてそのまま、やけににやにやと意地の悪い笑みを見せつつ部屋を出ていくコノミを、いまいち飲み込めていない表情のまま見送って――そしてクリムとミリアは部屋に二人きりになった。

「……何なんだろう?」

「さあ……」

 顔を見合わせる二人だが、当然それで答えが出るはずもない。

 まあ、コノミが思わせぶりな態度を取るのは今に始まったことでもない。まあいいかとすぐに二人は思い直し、気軽な笑顔を交わす。

「ちょっと待っててくださいね。錬金具、片付けますので」

「ああ」

 手伝えれば良いのにと思いつつも、門外漢のクリムに出る幕はない。ミリアたちが調剤に使う道具は多くが繊細なガラス造りのもので、つかみ方を間違えるだけで壊れてしまうようなのもいくつかある。

 何度かうっかり壊してしまって大目玉を食らって以来、クリムはただ大人しくベッドに腰掛け、ミリアが器具を片付けるのを眺めつつ、その手際の良さに大したものだと感嘆するばかりである。

「今は何作ってるの?」

「普通の、常備用の傷薬です。消毒とか化膿止めとか。効果は薄いですけど、30年くらい保存が利くのがあれば便利かなって思いまして」

「……そりゃすごい」

 素直に感動すると、ミリアは照れくさそうな笑みを返してきた。

 ――最初の子を孕んで以来、この20年、未だにミリアは城の外に出ることを許されていない。

 何度か子を産み、何とかある程度は魔性を押さえることが出来るようになって、例の地下室から出ること自体は許されたが、それ以上の進展は未だにないままだ。

 そんな中、突然思い立ったミリアが調薬の仕事を始めるようになったのが、もうかれこれ15年前。

 生真面目な彼女なりに「自分がこんな生活をしているのだから、せめて世のために出来ることをやりたい」と考えた結果である。細々とした作業をするのが案外性に合っていたらしく、コノミに教えを請いながら少しずつ技術を磨いていき――今では城下の店で売られるまでになっている。聞いた話では品質も良く値段も手頃で、随分と民草にも評判が良いらしい。

(こう言うところが、一番敵わないよな……)

 活き活きとした彼女の横顔を眺めながら、つくづくクリムはそう思う。

 城から出ることの許されない、気の滅入るような環境で、自分なりに楽しみとやりがいを見つけて日々を楽しく過ごしていける彼女の生き方が、クリムには何より眩しく、また愛おしく思える。

 それは魔王という立場や力をさておいた、個人としての彼女の魅力であり、そして力強さに他ならない。

 自分の英雄としての力を使って城周辺の警護を買って出ているクリムより、よほど前を見た健全な生き方だ。

「――お待たせしました」

 ややあって、片付けを済ませたミリアが、柔らかく湯気をくゆらせるカップを二つ手にして、クリムの側に寄ってきた。

 ありがとうと礼を言いつつカップの一つを受け取り、ベッドの上で少し位置をずらして空間を空けてやると、嬉しそうに微笑みながらミリアはクリムの傍に腰を下ろす。

 一仕事片付けた時の、それは二人のお約束の位置だった。

「お疲れ様」

「クリム様も」

 酒でもないのに少し滑稽だが、乾杯をするように互いにカップをわずかに掲げ、喉を潤す。

「……うまい」

「よかった」

 思わずこぼれた感想に、ミリアが柔らかく笑みを深める。

 今日のお茶は南方風のものだった。甘みを利かせた上で隠し味に香辛料を少し入れているらしく、独特の香ばしさがあって美味い。

 調薬と同じく、ミリアはここ数年、茶にも凝り始めている。

 メイドに教示を頼めば良いのに、何か拘りがあるのかこちらは本を読んだだけのまったくの独学で、最初の頃こそ渋かったり甘すぎたりといった失敗も多かったが、それも日が経つにつれ見る見る内に上達し、最近は「外れ」になったことがない。

「……アーシェは、君のこういうとこに似たみたいだな、やっぱり」

「今日、どうでした?」

 アーシェの名が出た途端、心配そうに眉根を寄せてミリアが今日の様子を訪ねてきた。

 荒事に向いていない娘の初陣という事で、やはり随分と気になっていたらしい。

 先代魔王を殺すほどの力を持ちつつ、ミリアとて荒事自体は好むタチではない。血なまぐさい仕事を娘にさせたくないという気持ちは彼女も同じだ。

 もっともミリアの場合、その気持ちはクリムにも向けられていたりもするのだが――それはさておき。

「まあ、怪我はしなかったけれど。危なっかしかった。魔法の選択に躊躇ったり。一手一手が若干遅い」

 つまりそれは、僅か数瞬の差を争うような競り合いになった時、決定的な敗北に繋がる恐れがあるという事だ。

 自分の兄弟と殺し合い、父である魔王とも殺し合って。間違いなく世界で一番過酷な死線を生き抜いてきたミリアは、その僅かな差の重さを、骨身にしみて知っている。

「そうですか……」

 別に自分が悪い訳でもないのに、クリムの評に、まるで自分がしかられたかのように、ミリアは気落ちしたを見せた。

「まあ、何だかんだでそもそも俺らの子だから。滅多なことは起きないだろうけどね……でも正直なことを言えば、ミリアと一緒に調薬なんかをした方が向いてるとは思うけど」

「それは……わたしもそう思いますけれど。でもアーシェは、そうしたがらないでしょう」

 本人がいる前でもないので遠慮をする必要もない。あくまで戦闘経験者としての感想を口にすると、ミリアはどこか苦笑めいた表情で頷いた。

「あの子、クリム様のこと、大好きですから」

 ぼそりと、僅かに俯いて口にした台詞に、何となく違和感を覚える。

 何だろうか。どことなく不機嫌なような。

 というより、物寂しい、といった方が良いのだろうか。

「……もしかして妬いてる?」

「そんなことはないですけれど……」

 冗談めかしたクリムの台詞に、苦笑じみた表情で反射的にミリアは答えてきて――しかし何故か、ふと不安げな様子で笑顔が固まった。

「……えっと。あれ? もしかして、そうなのかもしれません」

「……おいおい」

 妙に真剣な表情で何やら自問し始めた妻に、流石にクリムは呆れてしまう。

「ていうか、それ、どっちの焼きもち?」

 アーシェがミリアよりクリムの事を好きなことについてなのか。

 それとも、クリムには自分がいるのに、そんな彼のことをアーシェが好きなことについてなのか。

 まあ前者なら理解も出来るが、後者なら流石にどうかと思ってしまう。

「え、えっと……どっちでしょう?」

「……ミリアってさ、何だかそういう所、20年前からずっと変わってないよなぁ」

「そ、そうでしょうか」

 どことなく不安そうな表情を見せるミリアに、そうだよ、と苦笑しながら、クリムは慰めの手つきで彼女の頭を撫でてやった。

 わざとらしい子供扱いに、一瞬、少し不満げな表情を見せるミリアだったが、一方で彼女は頭を撫でられるのが大好きだ。撫でられている内に気分も良くなったらしく、彼女はじきに夫の愛撫に身を任せ、心地よさそうに小さく息を吐いていた。

 長命種である魔族なので、見た目が昔から全く変わっていないのは、まあ当然のこととして。それにしたところでミリアが見せる表情は、初めて出会った当初よりむしろ、よほど子供っぽいものになっている事が多くなったようにも感じられる。

 子育てをしていく内に自分の子供たちに精神面で影響を受けちゃったのか。

 それとも単に、彼女の中で、クリムに対する緊張感が長年の付き合いで皆無になっただけなのか。

 どちらもありそうな話だが――さておき、実を言えば、クリムは、ミリアのそんな表情が密かに好きだった。

 それは間違いなく、二人で時間をかけて思いを積み重ねてきた成果なのだから。

「……」

 ベッドに並んで座ったまま、ミリアが無言で身体を寄せてくる。

 そんな無言の愛撫のおねだりに、クリムもほんの少しだけ苦笑して、彼女の頭をなで続けて――ただそれだけの穏やかな時間が流れていく。

 言葉を交わすことすらしない、まどろむような二人の触れあい。

 耳に触れるのは僅かな相手の呼吸だけ。

 肌に感じるのは穏やかな相手の体温のみ。

 いつの頃からか、クリムとミリアはこんな時間を過ごすことが増えていた。

 要するに、こういうのが幸せと言うのだろう――クリムはそんなことを時々思う。 

 出会った当初は、こんな贅沢な時間の使い方をすることなんてあり得なかった。

 元々の馴れ初めが馴れ初めなので、今思えば二人の間には妙な緊張感が漂っていたというか、どうしても相手に接する態度もどこか他人行儀というか、及び腰なところがあった気がする。

 ただ肌を重ねて子を成すだけでなく、一緒に時間を過ごして、触れ合う中で互いが互いに歩み寄って。

 そうしてこんな、何でもない二人の時間を享受出来るまでになったのだ。

「ん……」

 だけれど、甘えん坊になったミリアは、それだけでは物足りなくなってきたようだ。

 ふと思い出したようにミリアが、僅かに姿勢を変えて来る。

 ベッドの上で腰をかける位置を、ほんの少しだけクリム近づけて。

 そうして、淡く触れ合うだけの二人の距離が、その動きで変化する。

 背中と、お尻と、太股が、クリムの身体に密着する。

 もう二十年の付き合いである。そんなささやかな動きを通してミリアが何を望んできたのか、分からない訳がない。

 だめ押しのように、顔だけ振り返って見つめてきた表情がもう決定的だ。

 どことなく切なそうに、潤んだ瞳がクリムを捉えている。

 淡く朱の添えられた頬をクリムの胸に擦りつけながら、ミリアは更に深い肌の触れあいをおねだりしてきた。

「ね、クリム様……」

 でも――

「飯食ってお風呂入ってからな」

「……ええー!?」

 ぴしゃりとおあずけを宣言したクリムに、今度こそミリアははっきりとした不満の声を上げた。

「最近、ちょっとご無沙汰でしたし、いいじゃないですか」

「いや最近て。ご無沙汰て。三日前にはしたじゃないか。それにやらないとは言ってないじゃないか。我慢我慢」

 むぅ、とほんのちょっとむくれるミリアが愛らしい。

 笑いながらクリムはそんな彼女の頭を、ぽんぽん、と柔らかく叩いてやる。

「流石にこの時間はちょっとまずいよ。リルカやセセリとかはともかく、下の子たちに聞こえちゃうし」

 クリムたちの間に出来た子はリルカやセセリ、アーシェだけではない。

 おつとめに励んだおかげで、その下にも10人の子を儲けている。まだまだ子供だが、それでも知覚が大分発達してきた子も何人かいる。

 流石に昼間っから親の睦事の気配を聞かせるのは、あまり教育上よろしくない気がする。今の時間帯だとシーリスの元で勉強しているだろうから、なおさらに。

「……はぁい」

 それでもやはりどことなく不満そうに返事をするミリアが少しおかしくて、代わりにクリムは、ミリアの頬に優しく慰めのキスをした。

 

◆4◆

 

 身体を念入りに洗って汗や土の臭いを落とし、湯船につかる。

「……ふ」

 湯加減も丁度良い。決して大仕事したとは言えないが、やはり緊張して身体に疲れがたまっていたようだ。湯の中でじわじわと全身が疲れが抜けていく感覚に、ついついほっと、アーシェの口から大きな吐息が漏れた。

 アルタレナの城に生まれて一番幸せだったことと言えば、この大浴場に毎日入れる点だとアーシェは思う。洗い場も綺麗だが、何より20人は余裕で入れる湯舟がいい。全身を伸ばして湯に身体を浮かばせるような浸かり方も余裕でできるし、姉妹全員でわいわい言いながら風呂に入るのも、団欒の一時としてアーシェのお気に入りの時間だった。

 今日もいつも通り姉妹一緒の入浴だ。しかも大体親組は別の時間帯に風呂に入るのが通例なのに、今日は珍しくコノミの姿もある。他の妹たちは早々に身体と髪を洗って湯船に浸かり始めたが、リルカはやんちゃ盛りの6番目の妹、ティアナに手を焼いているらしく、コノミと二人がかりでティアナを取り囲み、きゃいきゃい三人で賑やかな歓声を上げていた。

 いつも変わらぬ、楽しい時間――の筈なのだけれど、今日ばかりはどうにもそんな気分になれない。

「うう――……」

 理由はまあ、他でもない。

 今日の魔物狩りの事を、未だにアーシェは引きずっているのである。

「……相変わらずえっちなおぱいですなあ、姐さん」

「うわひゃっ!?」

 いきなりそっと、幽霊のごとく後ろから身体を密着させて耳元で息を吹きかけられ、素っ頓狂な声を上げてしまう。

 ついでに後ろから、姉妹の中では異様に大きな胸をぐわしとつかまれ、三回くらい揉みしだかれた。

「あ、な、ななな、なにっ!?」

 流石にびっくりして絡みついてきた腕をふりほどき、ばしゃばしゃと激しくしぶきを上げながら一回転。

 意味不明なスキンシップを仕掛けてきたのは、一緒に魔物狩りの手伝いに出ていた二人の妹の内の姉の方、セセリである。

 唐突で変なからかい方を好むセセリにどうやらまんまと格好の餌を与えてしまっていたらしい。

「もう、セッちゃんてば! こういう事する時は時と場合を選んでっていつも言ってるじゃない!」

「えらんでるよー? 勿論」

 憤然と抗議しても、セセリはどこか眠たげな目元を糸にしながら、んふー、と緩く笑うのみである。

「だってアーシェちゃん、落ち込んでるみたいだから、慰めてあげようと」

「そ、それにしたって方法とかあるじゃない!?」

 気持ちは嬉しいのだがやり方が致命的に間違っている。というか、抱きすくめられて胸を揉まれて、どうやって心を慰められるというのか。

「いやあ、それどころじゃなくなって落ち込むのやめるかなーって」

「火事を爆薬で吹っ飛ばして鎮火、みたいな話じゃないの、それ……」

「アーシェねーちゃんは色々気にしすぎなんだよ」

 姉妹で言い合っていると、そこにもう一人の妹が会話に乱入してきた。こちらも一緒に魔物狩りに出ていたもうの片方、リルカである。

 どうやらティアナの方は何とか無事に片がついたらしい。視線を脇にやると、ティアナがコノミと一緒におしゃべりしながら湯船に浸かり始めるところだった。

「あたしなんか、初陣の時に魔物に食べられそうになっちゃってさぁ。怖くてちょっとチビっちゃったもんね」

「いつも元気なリルカちゃんが、あのときばっかりはすっごい恥ずかしがって可愛かったよね。パパもその辺鈍いから、どうした何があったって心配するから余計逆効果で」

「だからアーシェねーちゃんなんか余裕も余裕だって。父さんも気にしてないでしょ」

「そうかも知れないけれど……あとおしっこチビった話はあまり聞きたくなかった……」

 初陣で大した成果が上げられないのが普通だという話は、先にクリムからもされたとおりである。

 アーシェだってその事は理屈としては分かっている。世の中そうそう上手くいくものではない、そういうものだと言うことも百も承知している。

 だけど――それでも、と思ってしまう。

「…………」

 俯いてますます落ち込む姉を眺めて、リルカとセセリは「やれやれ」と肩をすくめて。

 そして二人は頷き合って、アーシェを挟み込む感じで身を寄せ合ってきた。

 広い湯舟なのに、ほとんど密着するような形で挟み込まれるものだから、やたらと狭い。

「な、なによう?」

「女の子だねー、アーシェちゃんは」

「………」

 見透かした口調でリルカにそう言われて、黙り込んでしまう。

 そう――結局、そこなのだ。

 

 それが果たして禁忌を犯していることになるのか。

 自分の気持ちに気付いてもう何年も経つのに、彼女は未だにそれが分かっていない。

 

 アーシェは――アーシェ=ロクサールは、クリム=ロクサールに、恋をしている。

 

 全ての始まりは――恐らく自分の出自を知った時だろう。

 忘れもしない十歳の誕生日、アーシェは、クリムとミリア、それにコノミから、「自分が誰の子」かを聞かされたのだ。

 今まで父として接してきたクリムとは、実は何の血のつながりもなくて。

 自分は――アーシェは、コノミとミリアが交わって出来た子供なのだと。

 その事を明かした上で、それでもクリムはアーシェのことを愛する娘として向き合っていくことには変わらないと言ってくれた。

 正直者のクリムのその言葉に偽りはないだろう。真摯に目を合わせて伝えてくれたその気持ちを疑う事なんて、アーシェに出来る訳もない。

 そして事実、クリム達は他の子達とアーシェを分ける様なこともしなかった。

 例えばリルカはクリムとミリアの間の子、セセリはクリムとコノミの間の子だが、三人の間で特に扱いに差を感じたことは今までない。

 それまで通りの気持ちでいられなかったのは、アーシェの方だ。

 一番近しい距離にいて、好意を持って慕っていた異性が、血の繋がらない男性だと知ってしまった。

 それまでも、それからも、彼女にとって一番近い場所にいた異性はずっとクリムで。

 だから思春期を迎え、教育を受ける中で男女の理を知った後、さまざまな妄想をするにしてもモデルはずっとクリムだったりもして。

 そんな小さな細々した積み重ねで、アーシェの気持ちはだんだんと固まっていって――気付いた時にはもう諦めがつききれないところまで来てしまった。

 バカみたいだ。

 クリムとミリア、それにコノミ。

 奇妙な三人夫婦だが、それでも彼らはとてもとても仲睦まじくて。自分なんかが出しゃばる隙なんて全くないことくらい、骨身にしみて知っているのに。

「わたし……」

 俯く。

 湯舟の中で丸まって。自分の膝を抱えながら、貯まり貯まった弱音が漏れる。

「わたしも。リルカちゃんやセッちゃんみたいに、おとうさんと血の繋がった子供だったら、よかったのにね」

 そうならいっそ、絶対に叶わない恋だと諦めることも出来たかも知れない。

 血のつながりないという事実が、それを言い訳にして、アーシェに「ひょっとしたら」と浅はかな希望を棄てさせてくれない。

 だけど――

「このばかちーん!!」

「もう何言ってんだか。アーシェちゃんは」

 ぼそりと呟いた独り言に、両隣から同時に物凄い勢いでブーイングを喰らってしまった。

 というかうるさい。リルカうるさい。大声出すにしても、至近距離で耳元では流石に勘弁して欲しい。

「な、何ようふたりとも」

「こっちが何よって言いたいよ、まったく。富める者が何言ってんだって感じ」

「あたしらと違ってアーシェねーちゃんは普通に恋していい立場なんだから! ヘタレちゃ駄目だって!」

「こ、恋していい立場じゃないもの!」

「血ぃ繋がってないじゃん! だからアーシェねーちゃんだって諦め切れてないんでしょ!?」

「う、うぐぐ」

「あーもうまどろっこしいな! もう迫っちゃえば良いじゃん? てか襲いなよ寝込みとかさぁ!」

「そうそう。パパなら許してくれるって」

「じ、自分がやらないからって二人して好き勝手言ってない!? というか、わたしがおとうさんに気付かれずに寝込み襲える訳ないじゃない! 絶対気付かれるよ!」

 いったいどの口で慰めてると言うのか。

 明らかにリルカもセセリもふざけてはやし立てる口調になって、もう何が何やら。

「普通におねだりしてみてもいいんじゃない?」

 姦しく騒いでいた三人に、更にもう一人横やりが入ってきた。

 コノミである。

 アーシェから言えば母ではなく父と言うべき存在で、両性具有の存在である彼女だが、いちおう教育上を考慮してか股間に男性器は見当たらない。空気の流れがその辺りだけ不自然なので、おそらく幻術で見えなくしているのだろう。

 下の子たちを湯から上げて、外で待機していたメイド達に引き渡した後、流石に話題が話題なので首を突っ込まずにいられなくなったらしい。

 とはいえ不機嫌になるでもなく、むしろその顔は「面白いもん見つけちゃった」とばかりににやついている。トレードマークの二股のしっぽも愉快そうにゆらゆら振られていた。

「クリムくんてば、けっこうあれで押しに弱いところがあるから、割といけそうな気がするけどなー?」

「だよね? あたしもそう思う」

「わたしもー」

 コノミの言葉に、リルカもセセリもすかさず同意をして意味ありげな視線を無遠慮に浴びせかけてくる。

 三人揃ってみんな酷い。

「で、でも……でも」

「だってねえ。ぼくもミリアちゃんもお嫁さんにしてもらってるんだよ? 今からお嫁さんが一人増えたって、別に良いと思うけど」

「お、お嫁……っ」

 流石にその言葉にはびっくりして、目を白黒させてしまう。

 そりゃ、たしかにクリムに対してそういう気持ちは抱いているけども。その気持ちに偽りはなくて、ずっと昔から抱えていたものだけれど。自分の胸の内でひたすら密かに抱き続けていたせいで、もし自分が何か行動を実際に起こした際、どんなことになるかまるで想像していなかったのだ。

 それに――そうなのだ。

 コノミに、ミリア。自分たちの母。そして、クリムのお嫁さん。

 自分は確かに異性としてクリムを好いているけれど。同時にクリムとミリアとコノミの三人が仲睦まじくしているのも大好きなのだ。

 ここ20年、コノミに至ってはその倍以上の時間で培われた関係の中に、ポッと出の自分が割って入るなんて、そんな酷いこと出来る訳がない。

「……あはは。もう。困った子だねえ」

 ぐるぐると混乱し、それにつれてますます落ち込んでいく娘を見かねて、苦笑じみた表情でコノミはアーシェの頭を撫でてきた。

「アーシェちゃんは、ミリアちゃん似だよね。真面目すぎて、優しすぎ」

「そ、そうかな……」

 頭を撫でながらコノミが見せたのは、しょーがないなー、といった表情だったけれど、それでも、何だかんだでミリアも大好きなので、そう評されるとやっぱり嬉しい。

「あとけっこうヘタレ」

「ああ、ヘタレだよねアーシェちゃん」

「うん、ヘタレヘタレ」

「うう……」

 が、顔をほころばせかけたところで、そう揃って言ってくるのは少し酷くないだろうか。

 とはいえ自覚しているところでもあるので、何か気の利いた反論が出来る訳でもない。

 いつもこうして皆からからかわれるばかりで。

 結局、自分の気持ち次第なところがあるから、しょうがないことではあるのだけれど。

 臆病はアーシェは、踏ん切りがつかず、ずっと答えが出せないままになっちゃって。

 参ってしまったアーシェが、湯の中に顔の半分までつかって、憂鬱なため息をぶくぶくと漏らし続ける様を見ながら、他の三人はこまったもんだと苦笑しあうのだった。

 

◆5◆

 

 風呂に入って汗を流し、食事を取ってくつろいだ後、夜も更けて子供達が寝静まった頃合いで、いつものようにクリムは、ミリアと睦み合うために彼女の寝室に忍び込んだ。

 20年前にミリアから受けた依頼は、実を言うと終わっていない。まだまだ「おつとめ」は継続中なのである。

 産む子の数は多ければ多いほど魔王を封印しやすくなるからだ。

 これまでで13人の子を授かったおかげで、とりあえずミリアが瘴気をみだりに放散することもなくなり、急を要する事はなくなった。だが、まだまだその数は十分とは言えない。そもそも先代の魔王の子はミリアのほかに50人いて、それでも殺戮衝動の元に壮絶な殺し合いを演じたのだから。

 ただ――それでも。

 あるいは、長い年月、ずっと肌を重ねつづけて来たこともあったのだろう。

 どこかしら二人の間にあった「必要に迫られて」の意識は完全に消え失せ、今はただただ自然に、互いの気持ちの臨むままに肌を重ねる様になっていた。

 多分それは、この20年間で起こった変化の中で、クリムにとって最も嬉しかったことの一つである。

「ふあ、っ、ぁ……ッ ああっ♥」

 キスをして。じっくりゆっくりと互いの身体をまさぐり合い、じわじわと気持ちを高め合って、そしてベッドの中で一つになる。

 体位は正上位。いつもはもっと激しい事をすることもあるが、何となく、今日はまったりと睦み合いたい気分だった。

 とはいえ、一般的な価値観で見てみれば、クリムとミリアのそれは、間違っても全然まったりした睦み合いではない。

 元から暴力的なまでに食いしん坊だったミリアの性器は、大人しくなるどころかどんどん貪欲になっているし、クリムもそれに鍛えられてきたからだ。

「ん、ぁ、ふぁッ♥ っや、ああ……っ♥」

 舌を絡め、まろやかなキスをしながら、身体を密着させて、勃起をミリアの胎内奥深くまで潜り込ませて――途端にミリアは感極まってしまったようだ。

「……っ」

「あはは、クリム様、気持ちよさそう……♥」

 早速クリムも余裕をなくして。

 その事を敏感に察知したミリアが、嬉しそうにゆるゆるな笑みを浮かべてくる。

 酷く子供っぽい、無邪気な笑みは見とれるほどに愛らしくて、なおさら気持ちよさに拍車がかかる。

「そりゃ、そうだよ……っ」

「……♥」

 クリムの返事に気をよくしたのか、ミリアはおどけたように緩く腰を動かしてきた。

 正上位であまり動きに自由度はないが、それでも彼女の膣は特別製だ。何よりきゅ、きゅ、と断続的に送られてくる締め付けが魂を持って行かれそうになる程に気持ちいい。

 不覚にも早速射精をしてしまいそうになって、なんとか気合いを入れて踏みとどまる。

「っ、ぁぁ……」

 初めのうちはただただ快楽に翻弄され、快楽に溺れるままになっていたミリアだが、その頃と比べて彼女のセックスはまるで別物だ。

 セックスの快楽を余裕を持って楽しみ、だからセックスに、自主的に様々な趣向を凝らすようにもなってきている。

 端的に言えば――ミリアは、自分のおまんこの使い方を、心得るようになってきたのだ。

 早く射精をして欲しい時は激しく収縮させて、クリムの快楽を追い立てる。

 まったり抱き合いたい時は、わざと締め付けを緩くしてじっくり長い時間、快楽を確かめあう。

 何となく物寂しい時は、きゅっと締め付けを強くして、快楽をさておいて少しでもクリムに密着しようと甘えてくる。

 そんな動きを繰り出すミリアに、主導権を取り合ったり、強引に奪ったり、わざと相手に任せたり。じゃれ合いながら睦み合い、気持ちを交換し、気持ちよくなっていく。

 下手をすれば気を失ってしまいそうな強烈な快感の中、それでもそんな対話を重ね、いちゃつきながら、互いを気持ちよくしていく。

 だから、ミリアはそんなセックスが好きだと言っていた。

 クリムも、そんなミリアとのセックスが大好きだ。

「っく、このお……っ」

「っや、あッ♥ いきなりそんなっ♥ いや、あ……ッ♥ クリム様、ずるいっ♥」

 いきなり強烈な責め立てをしてきたミリアに、お返しとばかりにクリムも腰を動かす。

 腰を深く落とし、僅かに勃起を抜いて、カリ首で責めるのは膀胱の裏側辺り。

 子宮口に次いで彼女のおまんこでもっとも弱い場所。

「っや、……っ ああ、はぁぁっ♥ ああん、もお……っ」

 勿論そんなことをすればミリアだって黙っちゃいない。

 おまんこを使ってもっと責めてくるかと身構えたが、しかし彼女は全く別の手管でクリムに仕返しをしてきた。

 彼の頭をつかんで引き寄せて。

 両手で優しく彼の耳をふさぎ、そしてキスをしてきたのだ。

 当然、舌も同時に差し込まれる。

「ん、っちゅ、ちゅ、ん、むう……っ」

(う、お……!?)

 これは、まずい。

 耳がふさがれることで、口の中で舌が絡まる音がやたらと大きく聞こえる。

 といより、他の音が何も聞こえない。

 ぺちゃぺちゃくちゅくちゅと唾液が絡まり、泡立つ音に、クリムの意識が一瞬支配される。

 おまんこの動きは相変わらずだ。

 収縮し、絡み合い、ヒダの全てでもってクリムの勃起を優しく激しく情熱的に抱きしめる。

 耳に響く水音が、まるで彼女のおまんこの、愛液がかき回される音のようにも聞こえて。

 なぜかクリムの方が、犯されているような気分になってしまう。

 

 くちゅ。にちゅ。ちゅく。ちゅる。にちゅ。

 

 舐められている。

 締め付けられている。

 吸い付かれている。

 性器も気持ちも魂も、その全てが全部全部からめとられて、全部まとめてミリアに食べられてしまう。

 ああ――これは。

 やばい、これは。まずい。まずい。

 気持ちよくて、心地よくて。堕ちてしまう――

「う、ぁ、ああ……っ!?」

「あは……♥」

 しかし危うく射精まで持って行かれそうになったその直前で、唐突に唇が解放された。

 唾液の糸を引きながら、蕩けた顔になったクリムを、ミリアが酷く愛おしげな視線で見上げてきていた。

「クリム様……♥」

 緩みまくった笑み。

 そっとやさしく、クリムを拘束していた両手が離れていく。

 そして――どういうつもりか、ミリアのおまんこの動きが緩くなった。

 クリムは、酷く子供っぽく、拗ねた気分になってしまった。

 もう少しでイけたのに。あとちょっとで何も考えることなくミリアのおまんこで、すごくすごく気持ちいい射精が出来たのに。なんでそんなことをするのか。何でそんないけずをするのか。

「あは……クリム様、かわいい♥」

 ほんのちょっと悪戯っぽいその台詞で、全てが腑に落ちた。

 夫を掌の上で転がして、それを楽しんでる。

(……この)

 遊ばれているのがやっぱりほんの少し気にくわなくて、だからクリムは、恐らくミリアの望んだとおりに仕返しをしてやるのだ。

 どうせだから、最近思いついたとっておきをやってやろう。

 ぎゅっと抱きつき返し、正上位で、ミリアが全くの身動きが取れなくするように、全身の体重を使って彼女の身体を押さえ込む。

 腰もぐっと押しつけて、亀頭を子宮口に押しつける。

「あ。んんん……っ♥」

 蕩けた顔でおねだり顔をするミリアに望み通りのキスを上げながら、しかし次の瞬間クリムが彼女に仕掛けたのは、情け容赦ない、重い一撃だった。

 

 ――どっ。 

 

 そんな音が、彼女の胎の、奥の奥で聞こえたような気がした。

 

「―――……っっ♥♥ え、え……っ?」

 一瞬、ミリアは何が起こったか分からなかったように息を飲む。

 何の事前情報も無しにそんなことが起これば、混乱せずにはいられないだろう。

 何せ――密着したまま、殆ど前後運動をする事なく、重い衝撃を子宮口に落とし込まれたのだから。

「え、ええ……っ? 何、これ、え……っ?」

 重ねられた唇を離し、訳が分からないと首をかしげるミリア。

 しかしそんな彼女に考える暇など与えるはずもない。

 続けてクリムは、さらにもう一度、同じ動きを彼女に繰り出した。

 

 ――どっ。

 

 今度も同じ。全く密着は離れることなく、ただただ重い衝撃だけがミリアの子宮口に繰り出される。

「ああ、っひ、あ、う、うそ、あ、んんっ♥ あああ――――ッッ♥♥」

 訳が分からないまま、今度こそ子宮口に打ち込まれた衝撃に耐えきれなくなって、ミリアは身も世もない喘ぎ声を迸らせた。

(……よしよし)

 狙い通りの反応に、クリムも嬉しくなる。

 彼がやったのは、ある種の武術で寸勁、寸打と呼ばれる技と同じものだ。

 全身の運動量を相手との接触点――この場合は亀頭と子宮口に移動させ、衝撃を与えたのである。

 流派によっては奥義として扱われるような技をこんな風に利用するなんて、世の武闘家が見れば憤死しそうなものだが、クリムとしてはミリアとセックスを楽しめればそれでいい。

 せっかく鍛えられた肉体と技があるのだから、利用しない手はない。

 だから、クリムは同じ動きを繰り返す。

 

 ――どっ。

 ――どっ。

 ――どっ。

 

「ふぁ、ああッ んんッ♥ んぁぁぁあああ―――ッ♥ やッ♥ あう、あっ♥ んんっ んんんん――――ッッ♥」

 いやいやをするように子供っぽくミリアが首を振って――そしてクリムの身体の下で、びく、びく、と彼女の身体が大きく跳ねた。

 さっそくイってくれたらしい。

 抽挿の動きがない、完全に密着したままの体位なので、何だかいつも以上に、絶頂にの他売り回る彼女の身体の反応をつぶさに感じられる気がした。

 びく、びくっ、と痙攣して。

 きゅ、きゅ、と時々いきんで。

 まるでそれは、アクメを迎えた膣肉のような動き。

 でも、まだまだクリムは許してやらない。

 たった一回イッたくらいで終わるほど、ミリアとのセックスはぬるくない。

 クリムもミリアも、そんな程度で満足出来るわけがない。 

 絶頂反応を繰り返すミリアの膣に、さらにクリムは同じ動きで衝撃を与え続けて――そしてとうとう、ミリアが弱々しく音を上げた。

「なに、これ、クリム様ッ♥ なに、されたんですかぁ……っ!?」

「気持ちいいでしょ? 密着しながらずこずこされるの」

「あ、はい、んんんっ、あ♥ ああっ♥」

「あとで説明してあげるから、いまは気持ちよくなろう?」

「……っ♥」

 別に、それで全て納得した訳ではないだろうが、それでもある程度安心出来たのだろう。

 ミリアの反応は、そのクリムの一言を期に、一気に良くなった。

「ん、あっ。ああっ♥ ああああっ♥ あ、やだ、やだやだッ、何で、これ…・・ッ、あああッ ああッ♥」

「気持ち、いいでしょ?」

「きもちいいですッ けど、ああっ♥ んぁぁっ♥ や、ああっ いい、んぁ、ああっ♥ きもちいい♥ 良い……ッ♥ あああっ♥ 何で、なんでぇッ♥」

(ああ……いいなこれ)

 いい加減、自分自身も気持ちよくなりながら、クリムは、そんなミリアの反応に見とれてしまう。

 ただただ、可愛いなと思ってしまう。

 こんな時、ミリアは身も世もなくなって、少女に戻る。

 気持ちよくて。ただただ気持ちよくて。

 でも、なんで自分が気持ちよくなっているか分からなくて。

 怖くて、不安で、訳が分からなくて。それでもやっぱり快楽に流されてしまう。

 男に抱かれて、良いようにされてしまう。

 初々しいそれは、初めて性の快楽を享受する、生娘の表情だ。

 何年交わっても彼女はこの表情を見せてくれる。

 戸惑いと、恐れと、それ以上の気持ちよさと、なによりクリムとふれあえる喜びが全部ない交ぜになった、処女の顔。

 そんな清純な乙女が、クリムの肉棒でこんなにも可愛らしく、淫らに乱れ、よがり狂って身もだえしている。

「や、やだやだっ、ふぁ、ああッ♥ だめ、それだめですっ♥ あ、んんッ イっちゃうからぁっ♥」

「いいよ、イっちゃっても。たくさんイっちゃいなよ」

「なん、……っ♥ だって、だってぇっ♥ わた、わたしだって、クリム様のこと、気持ちよくしたいのにぃッ♥ ふあ、ああ……ッ」

 しかも、こんなにわけもわからなくなっているのに、健気にクリムをもっと気持ちよくしようとしてくれて。

 少なくてもその気持ちをずっと持ってくれて。

 こんなの、男としてハマらない訳がない。溺れずにいられる訳がない。

「――もお、クリム、さまぁっ、いけずですぅっ♥」

「いけずなもんか」

 意地悪してるつもりなんて全くない。

 ミリアとのセックスが気持ちいいから。

 ミリアとこうして交わるのが楽しいから。

 なにより彼女にもっともっと気持ちよくなって欲しいから、クリムはこんな事をしているのだ。

「ふぁ、ああッ♥ んぁ、ああっ ん、も、もおっ、クリム様ッ♥ クリムさまぁっ♥」

 ――そして。

 いい加減なすがままにされて、辛抱たまらなくなったミリアも、とうとう本気を出してきた。

 

 にゅ、ちゅっ。

 

 亀頭に、柔らかく暖かい吸盤のようなものが吸い付く感覚。

 ぞっと、魂が引っこ抜かれたかと思った。

「う、おおっ」

 思わず声が上がってしまう。背中をのけぞらせてしまう。

 腰と腰、性器と性器の密着はとけていない。

 クリムが責め手に回った時、亀頭を子宮口に押しつけたままの関係だ。

 だから言うまでもなくこの吸い付く感触は、ミリアの子宮口。

 子宮口を自らの意思で蠢かせて、彼女はクリムの亀頭に、その先端の鈴口に、吸い付くキスを繰り出しているのだ。

 

 ちゅ。ちゅ、くぱ、くぽ。

 

 それは明らかに、精をねだる動き。

 今まで何度も彼女を孕ませたその精子を、再び仕込んでもらうためのおねだり。

 身も世もなくなった絶頂間際の彼女が、彼女のおまんこが、生殖本能に流されるままにしてしまう動きだ。

 それを今、ミリアは、自分の意思で仕掛けてきたのだ。

「お、おまえっ それ……ッ」

「えへ。へへへ。クリム様、この動き、好きですよね? ん、っ、っは、ああ……ッ♥」

 好きなんてものじゃない。

 いつもいつも彼女のこの絶頂反応には心乱されている。

 彼が射精をする時、いつもミリアは、彼女の子宮口は、こんな風に吸い付いて、吸い上げて、クリムの精子をすすり上げて、そして孕んでくれるのだ。

 こんなおねだりをされたら、クリムだって冷静にいられる訳がない。

 何よりその感触を呼び水にして、身体が思い出してしまう。

 ミリアの、この極上のおまんこの中出しする、その気持ちよさを。

 ぞくぞくする。

 ぐっと腰の奥で、何かがせり上がってくるような感覚。

 切なくて、焦れったくて、でも待ちに待った、恋い焦がれたその瞬間が間近に迫ってると実感出来る、心地よい心細さで胸がいっぱいになる。

(―――ああ、もう、くそ、本当にミリアは……!)

 くやしいというか、何だか愉快というか。

 要するにとっておきを思いついていたのは、クリムだけではなかったという事だ。

 長い間付き合ってる内に、発想もどこか似通ってものになっていた、と言うことかも知れない。

 だからもう、勝ち負けとか主導権とかどうでもよくなって、二人はそれぞれのとっておきを思い思いに繰り出すことにした。

 

 ――どっ。

 ――どっ。

 ぐちゅ。にちゅ。くぴ。くぷ。

 くぱ。くぽ、にゅ。ちゅっ。くちゅ。

 

「ああ、んんッ あはっ♥ あぁ……きもちいい、ああ、ふあぁぁッ♥」

 もう、何が何だか分からなくなる。

 何もかも、考えられなくなる。

 どろどろに溶けて。一つに蕩けて。

 そして――

「――ね、ね、クリム様、クリムさまぁっ♥」

 だめ押しのように、ミリアが囁いてきた。

 クリムに向けられるのは、酷く穏やかな、安らかな笑みだった。

 ぐちゅぐちゅにちゃにちゃとおまんこの方はペニスをものすごい貪欲に貪りまくっているくせに。

「わたし、もう、ごめんなさい、すいませんっ♥ もう、もうっ♥ がまん、できなくなっちゃいますっ♥」

 キスの雨を降らせてきて。

 全身で抱きついて甘えてきて。

 そうして肌と肌を擦り合わせ、自分の気持ちよさを、心臓の高鳴りを肌に直接伝えてきて。

 そしてミリアは、究極のおねだりをするのだ。

「――はらませて、ください♥」

 夢見るような、乙女の笑顔だった。

「わたしのこと、また、孕ませてくださいっ♥ クリム様のせーしでっ♥ どぴゅどぴゅって、また、ああっ♥ またわたしのこと、わたしの身体、クリム様のものだって♥ しみこませてくださいっ♥ 何度も何度も、わたしのこと、はらませて、それで、んっ、ふあ、ああ……っッ♥」

「――……っ」

 もう、駄目だ。

 こんなの、もう、耐えられる訳がない。

 こんな彼女のおねだりを、無碍に出来る訳がない。

 だから――ああ。だから。

「ミリア……っ」

「ああ……クリム様ぁ……♥」

 あとはもう、二人一緒に手を繋いで溜め込んできたその昂ぶりを、解き放つだけ。

 

 とくん。

 

 注ぎ込む。

 注ぎ込まれる。

 孕ませていく。

 孕まされていく。

 ただただその実感が嬉しくて。

 気持ちよくて。どうしようもなく幸せで。

 

 とくん。とくん。とくん。

 

 だから二人は、二人の間ではじけるそのささやかな脈動に、ただただ酔いしれるのだ。

 

◆6◆

 

 そしてその後も、何度も何度も射精して。何度も何度もミリアをイかせて。

 やがて絶頂するのにも疲れて、ふたりはただ抱き合い、睦み合うだけの時間を過ごすようになった。

 まだ萎えきっていない勃起はミリアがねだるのでそのまま胎内に入れたままにしておいて、性運動をすることはなく、キスをし、視線を交わし、きゅっと抱き合って互いの余韻を確かめ合う。

 激しい絶頂のあとのこんな穏やかな時間もまた、ふたりのお気に入りの時間だった。

「なんだか、今日は赤ちゃん、出来た気がします」

「分かるの? そういう事」

「というより、実は千里眼使えば普通に分かるんですけれど。それも何となく味気ない気がして、やめてるんです。あまり、こう……結果がすぐに分かるとワクワク感がないというか」

「……なるほどね」

 少し悪戯っぽく言うミリアに、クリムはほんのりした苦笑を返す。

 お茶の件にしてもそうだが、ミリアはどうも、こういう妙なところに拘りを見せる。

 余人からすれば意味があるかどうかもよく分からないこういう凝り性なところは、しかし彼女が彼女なりに、人生を楽しんでいる証拠でもある。

 無防備に、甘えてくる猫のように頬ずりしてくるミリアの頭を撫でながら、優しい笑みが自然と浮かベ――しかしクリムは、背中に触れた違和感に、僅かに眉をひそめた。

「ん……?」

「? ……どうかしましたか?」

 背後に振り返り、ドアの方に視線を向けるクリムにミリアは首をかしげ――しかしすぐに彼女も同様の感覚を覚えたらしい。クリムと同じ訝しみの表情で、彼女もドアの方を見て――そしてそっと、ほんの小さな声でクリムに囁いた。

「誰か、いますね」

「ミリアは、そこで待ってて」

「はい」

 戦争用の設備は解体されているとはいえ、アルタレナの警備は相当に厳重だ。

 くせ者というのは考えづらいが――それでも念には念を入れておくに越したことはない。

 彼女との結合を解く。ベッドの脇に置いていたローブだけを羽織り、護身用の短剣を手にして――そしてクリムは静かに床を蹴った。

 性行為の後であってもそこは「魔王殺しの英雄」、疲れの影響など全くない。音もなく一足で距離をつめてドアを開け、その向こうの気配に、左手で持った短剣を突きつける。

 短剣は単なる威嚇だ。本命はむしろ空いた右手の方。万が一危険な存在だった場合、魔力を込めた殴打の一撃をたたき込むべく、力を込めて振りかぶっておく。

 が――どうやらその必要はなかったようだ。

 開けられたドアの先、いきなり短剣を突きつけられてへたり込んでいるのは、クリムも、そしてミリアも、よく知る人物だったからである。

「……なにしてるの」

 思わず気の抜けた声が漏れてしまう。

「あ、あの……その」

「……アーシェ?」

 後ろから事の成り行きを見ていたミリアが、少し驚いたような声を上げた。

 そう。

 妙な気配を発して部屋の外で息を潜めていたのは、クリム達の娘、アーシェだったのだ。

「アーシェ? もしかしてあなた……」

 ミリアの台詞はあまり責めるような口調ではなかったが、しかし気弱なアーシェにとっては、我に返って必要以上に反省を促すには十分なものだったようで。呆れるような、どこか気まずい両親の視線を受けて、彼女ははじかれたように頭を下げた。

「ご、ごめんなさい! その、あの、あの……」

「……いや、なんていうか」

 毒気をぬかれてクリムは短剣をおろし、拳に収束させていた魔力も同時に解放する。

 こういうとき、どう対処したものか。

 どうもアーシェは、両親の睦み事をのぞき見していたようだった。

 未熟なりに気配を殺していたようで、いざこうしてドアを開けるまで誰か分からなかったのも、そのためだ。

 しかも――更に言えば、娘の身体から、妙な臭いがしているのにクリムは気がついた。

 汗とは微妙に違う、獣くさいような、しかし一方で甘いような、独特の体臭。

 ミリアやコノミものとはほんの少し違うが、間違いようがない。

 女の発情臭。そして、愛液の臭い。

 愛液の臭いは股間からだけでなく、指からも僅かに臭ってきている。

 どうやらのぞき見だけでなく、親の睦み事を見ながら自分で自分を慰めていたらしい。

 アーシェも、もう19だ。

 思春期はもうとっくの昔に迎えているし、初潮だって始まっている。

 年齢的に考えても、性行為に対する興味は当然あってしかるべきだが――しかしこういう発散の仕方はどうなのだろう。

 男親としてはかけるべき言葉に困ってしまう。

「あー……」

 しかし気まずそうに頭をかくクリムの様子に、アーシェは自慰行為が彼にばれてしまったことに気付いたらしい。もはや謝罪の言葉すら口にする余裕もなくなったようで、ただただ顔を赤くして身を縮こまらせ、黙り込むばかりとなってしまった。

「……」

 しかしその様子に、ミリアはどうやら別のことの気付いたらしい。

 クリムと同じくローブを羽織り、アーシェに近づいて膝をつく。

「アーシェ?」

「……っ」

 優しげな声に、しかしアーシェはびくりと肩を震わせる。

 まるで大声でしかられているような、そんな怯え方だった。

 こんな娘の姿は今までクリムは見たことがなくて、戸惑ってしまう。

 ミリアは――しかしその反応に、何か確信を持ったようだ。

「アーシェ。あなた……クリム様のこと、好きなんでしょう? 男性として、愛しているんでしょう?」

「………え?」

「……」

 いきなり、よりによってミリアは何を言い出すのか。

 思わず間の抜けた声を漏らすクリムだったが、しかしミリアの言葉に、当のアーシェはただただ俯いて、まるで断罪されているかのように黙り込むだけ。

 返答はなかったが――しかしそれは肯定したのも同じ事だった。

「ちょ、ちょっと待てよ……」

 話の展開について行けず、クリムとしては混乱するしかない。

 性的な欲求から、肉親の睦み事を覗いて自慰をしていたのは、まあ褒められたことではないが理解は出来る。しかしここに来てミリアが口にした言葉は完全にクリムの想定範囲外のものだった。

 アーシェが、クリムに恋慕の情を抱いている?

『ミリア、いきなり何言い出すんだ!?』

 たまりかねて、アーシェに気付かれないように念話でミリアに問いかける。

 秘密秘密の会話をする時に、暗号化した魔力波を飛ばし合って通信する魔法である。

 何かあった時のためにと、あらかじめミリアと暗号を決め合っていたのだが、まさかこんな事で使うとは思いもしなかった。

『アーシェが俺のことを好きだとか……そんな突拍子もない』

『別に、普通にあり得ることだと思います』

 慌てたクリムに対して、しかしミリアの返答はごくごく落ち着いたものだった。

『クリム様、格好いいですし』

『そ、そういう問題じゃないだろ? 俺、父親だぞ!?』

『父に恋する娘が居たって不思議じゃないでしょう?』

 しれっと応えるミリアの言葉には、妙な説得力があった。

 父を憎み、父をその手で殺した娘なのである。

 親として子を愛し、子として親を愛することの出来なかった関係を、彼女は実体験として知っている。

『そもそも、血は繋がってないって、アーシェは知っている訳ですし。なおさら「おとうさん」に対する「好き」が、「男の子」に対する「好き」になってしまったのかも』

『………』

 妙に冷静なミリアの分析に、クリムとしては反論の言葉が見つからない。

 しかしなおさら、そうだとしたならどうしたものか。

 まあ任せておいてください、と目配せしてきたミリアが再びアーシェに向き直って――そして問いかけた。

「ね……アーシェ。クリム様に、愛して欲しい?」

 なんてこと聞くんだとクリムは内心狼狽するが、アーシェはやはり無言。

 しかし先程より更に済まなさそうに顔をうつむけていて――肯定か否定かは、もう一目瞭然だった。

「……うん。よし!」

 そんなアーシェの反応を見て、ミリアはどこか意を決したように大きく頷いた。

 立ち上がって、ミリアは清々しいとも言える笑顔で、クリムに振り返る。

「クリム様。ひとつ提案があります」

「お、おう」

「コノミ様や、わたしと同じように、アーシェも愛してください」

 ……流石に。

 そう来るとは思っていなくって。

「い、いや。ミリア……何言い出すんだ」

 狼狽して、どもりつつそう返すのが、クリムに出来た精一杯だった。

 しかしそんなクリムの反応に、ミリアは心底不思議そうに首をかしげてくるのである。

「? 何か変でしょうか?」

「いや、だっておまえ……」

 変でないところがない。

 血が繋がってないとは言え、娘であるアーシェが自分に恋をしていて。

 ミリアはそのことをすんなりと受け入れて。

 おまけに、自分と同じように愛してやれという。

「どこも変わった事なんて、何もないと思います」

 しかしミリアは、自信満々にそう言ってのけた。

 断言するその瞳に宿るのは、クリムに対する最大限の信頼だ。

「だって、わたしのときもそうでしたもの」

「ミリアの時って……でも」

 下手な反論を許さず、ミリアは熱のこもった表情でたたみ込んできた。

「わたしだって、クリム様に会ったその日に、自分のことを抱いてくれ、子種を授けてくれとお願いしました。そんな馴れ初めなのに、クリム様はこんなわたしのことにきちんと向き合い、愛してくれると言ってくれました。そして今、こうしてクリム様はわたしのことを愛してくれています。

 ……アーシェは今、クリム様のことを愛しています。初めてクリム様にお会いした時のわたしより、ずっとずっと深く、クリム様の事を慕っています。だから思うんです。アーシェだってわたしと同じように、わたし以上に、クリム様に愛されるべきだと思うんです」

「………」

 クリムは――しばし呆気にとられ。

 やがて大きくため息をついた。

 むちゃくちゃだ。

 どうかしている。

 ミリアはいつもこうだ。

 善良で正直で清純だけど、一方で、時に人間社会の倫理規範を簡単に無視する。

 そんなことなど知らないとばかりに、皆の幸せを第一に考える。

 そういえば――コノミを関係の中に引き入れた時も同じような感じだった。

「……嫉妬とか、しないのか、ミリアは」

「しますよ、当然してますよ」

 不要に漏れたクリムの問いかけに、ミリアは憤然とした表情で反論してきた。 

「何だか今回の件で、ようやくしっくりきました。嫉妬なんて、そんなのずっとです。今更です。子供達がクリム様に「おとうさーん♥」って甘えてるのだって、わたし、焼きもち焼いてます。クリム様の子供に産まれたかったって思っちゃってます」

「そ、そうなのか」

「それに、コノミ様とクリム様が抱き合ってる時だって。もっともっと辛い思いになってますよ」

 だから、今更嫉妬の対象が一つ増えたところで何でもない、とミリアは言った。

 我慢をしている訳ではないのだ。

 クリムとミリア、そしてコノミが三人の夫婦関係を持つようになってから、嫉妬はミリアの中で、ごくごく当たり前の日常の一つに過ぎないという事だ。

 それは、クリムだって同じ事。

 確かに、それはその通りだ。

「――な、アーシェ」

 だからクリムは、改めて娘に向き直り、声をかけた。

 俯いていたアーシェは、なんとか、泣き出しそうな顔を上げて、それでもしっかりクリムの目を見てくれた。

「正直な……今、アーシェが俺のことを好きだっていってくれて……困ってる。娘としては愛してるけれど、女として愛してる訳じゃない」

 その言葉に、アーシェの瞳が辛そうにゆがんだ。

 そしてとうとう、涙がこぼれ落ちる。

 そっと手を伸ばし、指先でその雫を拭ってやりながら、クリムは更に、出来るだけ優しく言葉を続けていった。

「娘として愛した時間が長いから――女としてお前のことを向き合って、愛することが出来るようになるまで、たぶん、すごく時間がかかると思う。……それでも構わないか?」

「…………え」

 アーシェは。

 流石にとっさには、クリムの言葉の意図が、理解出来なかったようだ。

 救いを求めるように辺りをきょろきょろ、視線を右往左往させて、そしてふと目が合ったミリアに大きく優しく頷かれて、意を決したように再びクリムの方を向く。

「え……でも。わたし……わたし」

 でも、やっぱりアーシェの口からは戸惑いしか出てこなくて。

「いいの。いいのよ、アーシェ。一緒にクリム様に、愛してもらおう?」

 だからミリアは、娘の背中を押すように明るい声でそう言って、そしてアーシェを優しく抱きしめた。

 

◆7◆

 

 アルタレナ王城の片隅に、二十年前から開かずの間となっている部屋がある。

 元は単に客間の一つとして使われていた、何の変哲もない部屋だったものの一つだが――区画の中で最も奥まった位置にあるその場所の存在を知る者は、今となってはおそらく殆ど居ないだろう。

 長年何重にも人払いの呪いをかけられ、城の使用人達すらこの付近には近づかない。

 結果、いつしかその存在そのものが忘れ去られ、そもそもそこにあること自体を認識されなくなり――絶えず誰か声が聞こえるような賑やかな城内にあって、そこだけは人の気配は全くしない、一種異様な異界となりはてていた。

 とはいえ――それは、ずっと使われることなく放置されていた事を意味しない。

 むしろ、真相は逆である。

 使用人が一歩たりとも立ち寄らぬ一方で、人払いの呪いをかけた張本人は、ほぼ毎日の頻度でこの場所に出入りし、人の目の届かないのを良いことに、我が物顔で部屋の中身を弄くり回していた。

 言うまでもない、コノミ=ロクサールだ。

 もともとこの部屋、20年前に領主代行を勤めていたシーリスがミリアの様子を監視するために用意した場所だ。一時期地下10階の交配部屋の監禁状態にあったコノミが、解放された後にどさくさに紛れて様々な装置やら何やらを持ち込んで手を加え、私物化して今に至っている。

 ミリアの「おつとめ」が終わっていない以上、コノミがシーリスから依頼されたミリアの監視も、続行する意味はある。一応この部屋に置いた監視装置を使用して一定以上の報告が上がってきている以上、この部屋の存在を知る数少ない者たちも何も言えず、渋い顔をされつつも、この部屋の使用を黙認されている状態だった。

 と言いつつも――実際に部屋の中の様子を見ていると、どう考えてもミリアの監視に必要とは思えない調剤器具だったり、本棚には娯楽小説が並べられたりしていて、実質的にコノミの第二の私室となりはてている有様なのだが。

 さておき。

 基本的に自分の部屋にクリムがやってこなかった時は、コノミはこの部屋で夜を過ごすことにしている。

 他でもない、クリムとミリアの行為の状況を把握するためである。

 実際にはミリアに対する魔法式の監視装置は常時稼働している状態なので、別にずっと装置にかじりついておく必要はないのだが――わざわざ好き好んでそんなことをするのは、それが彼女の楽しみになっているからだ。悠久の時を過ごし、世の中のいろいろなことに愛してしまっている彼女にとっては、逆にこのような覗き行為が、むしろ新鮮な娯楽になっている。

「……あーらら。やっぱりそうなるかー」

 なので今晩も、暗い部屋の中、宙に投影されたミリアの部屋の様子を見ながら――クリムが覗きをしていたアーシェの求愛を受け入れたところで、コノミはどこか苦笑めいた表情を浮かべた。

 今晩の風呂で彼女をけしかけておいた身で言うのも何だが――正直なところ、こうまですんなり事が進むのは、ある意味予想通りでありつつ、コノミとしてはほんの少しの落胆を覚えてしまう自体でもあった。

 アーシェの気持ちをクリムが受け入れたという、その結果自体には文句はない。

 娘の幸せのことを考えても、そうしてやれば良いという気持ちに変わりはない。

 ただコノミとしては、多少の抵抗は見せつつ酷くあっさりとクリムが気持ちを切り替えたのが、どうにも引っかかる。

「……クリムくん、昔から変わってないって事なのかなぁ、結局」

 続けて呟いた言葉は、少し寂しげでもあった。

 目の前で家族を殺され、知己を殺され――そして自らも何度となく殺されながら、それでもコノミに望まれて辛いこの世に生きるよう強いられた彼は、「自分自身の欲求」が欠落してしまっているところがある。

 どういう事をしたいとか。

 どんな人になりたいとか。

 ある意味で、だからこそ彼は<魔王殺しの英雄>になり得た、とも言えるかも知れない。

 魔族に相対しても、生きることに倦んでいる彼は恐怖を覚えない。だから身をすくませることなく剣を振るうことが出来る。

 どう力を高めていっても魔王とせいぜい差し違えるのがやっとという状況下で、それを受け入れ戦いの場に赴くことが出来る。

 周囲が彼にそれを望んだから、それを成すことが出来るのが彼しかいないから――たったそれだけの理由で、クリムは自らを犠牲にすることだって出来てしまう。

 魔王が殺され、唯一彼の中に残っていた魔族への復讐心すら意味もないものになってしまった後は、なおさらその傾向が強くなっていったようにコノミは思う。

 だから、初対面のミリアの無茶な要求も受け入れた。

 20年経った今も、それまで娘として愛していた少女の求愛を受け入れてしまっている。

 それは彼の美点であるかも知れないが、しかし親代わりとしてクリムのことをずっと見ていた身としては、少々寂しくもあった。

 結局クリムは、まだこの世に対して、自分自身に対して拘りも希望も持ってないのではないか――と。

「……ま、あの子の事だから、そんな自覚もないんでしょうけれど……」

 恐らく彼自身は、全くそうは考えていないに違いない。

 望まれた結果だとしても自分は自分の意思で行動しているし、そして自分は幸せだと、何の疑問もなく感じているだろう。

 やっぱり、育て方間違っちゃったかなー……と苦笑交じりに、そして自嘲ぎみにコノミは呟いて――そしてふと、何かに気付いた様子で彼女は改めて映像に視線を向ける。

「――ん?」

 映っている情景自体は、先程と大差のないものだ。

 泣きじゃくるアーシェを、クリムは少し苦笑気味に、そしてミリアは優しく笑いながら宥めている。

 しかし――

「あー……いよいよ……そろそろ、かなー」

 一体その映像に、何を見ているのか。

 若干その愛らしい少女の顔立ちに、苦いものをにじませながら、コノミは小さく呟いた。

「そう仕向けたとはいえ、流石にちょっと、罪悪感はあるかなー……」

 

◆8◆

 

 こともあろうに、「では、あとはお二人でごゆっくり」などと言って、ミリアは寝室を後にしてしまった。

 要するに、そのままこの場で肌も合わせなさい、とのお達しだ。

「アーシェはずっとずっと、今までクリム様のことが好きだったんですから。これ以上『おあずけ』はかわいそうです! だからクリム様、形からでも構いません。アーシェのことを抱いてあげてください。わたしだって、顔合わせのすぐその晩に抱いて頂いて頂いてるんですから」

 そう言われてしまえばクリムとしては返す言葉もない。

「アーシェだって、クリム様に抱いて欲しいのよね?」

「えっと……その」

 その問いかけに、アーシェが不覚にも頷いてしまったのが、決定打となってしまった。

 反論出来ない理屈をこねるだけこねてミリアはその場を辞してしまって、取り残されたクリムとアーシェは、さてどうしたものかとその場で立ち尽くし、途方に暮れた表情で顔を見合わせるしかない。

「――まぁ……なんだ」

 やがてその沈黙に耐えきれなくなったのは、クリムが先だった。

 気まずそうに視線をさまよわせた後、頭をかきながらため息をついて、そして苦笑の表情で改めて娘に向き直る。

「とりあえず、座るか」

「あ、えっと……うん」

 どこかぎこちない様子でアーシェはクリムの言葉に従った。

 父親に促されるままベッドに並んで腰を下ろし、しかしどうやら羞恥心も限界が近いのか、顔を真っ赤にしたままクリムに顔を合わせることも出来ずに黙り込んでしまっている。

 そんなアーシェの様子に、ますますどうしたものかとクリムは内心ため息をついた

 今日は何もせずそのまま帰ってもいいんだぞ――と、そう言うことも、もはやできない。

 それは単なる逃げだからだ。

 今日出来なかったものが明日出来る訳もない。なにがしかの第一歩を進ませなければ、何かにつけて理由をでっち上げてアーシェもクリムもお互いに向き合うのを先延ばしにしてしまうに違いない。

 そういうクリムとアーシェの性格を熟知しているからこそ、ミリアは場を整えるだけ整えてさっさと姿を消してしまったのだ。

 とはいえ――だからと言って「さあヤろうか」などと気持ちをあっさり切り替えて事に及ぶことなど出来る訳もない。

 しばらく天井を仰ぎ見、大きくため息をつくことで何とか気持ちを落ち着けて、そして改めてクリムはアーシェに向き直った。

「――前もって、もう一度言っておくけれど」

「あ、うん……」

「俺はまだ、アーシェのこと娘としか見れてない」

「うん……」

「そんな状態で、こういうことすることになるけれど――そこは勘弁してくれな」

「……」

 不安げな顔が向けられた。

 申し訳なさそうな――でもどこか切なそうで、そして何かを期待するような表情。

(……ああ)

 その表情に、クリムも悟ってしまう。

 何だかんだで、アーシェも望んでいるのか、この状況を。

 ならばなおさら、何もしないままと言う訳にはいかなくなってしまった。

「じゃ……まずは、キスかな?」

「き、き……っ!? キス!? するの!?」

 とりあえずはまずは挨拶代わりに――と思ってクリムがぼそりと口にした台詞に、妙に素っ頓狂な声を上げて、まるで飛び跳ねたかのようにアーシェは身体をびくつかせた。

「……何その反応」

「だ、だって! その……そういうことするなんて、思ってなかったから!」

 顔を真っ赤にして、言い訳混じりにそんなことを言って、しどろもどろな反論をするアーシェ。

「いや……そりゃ……そういう事をするとなったら、まずはキスだろ」

「そ、そうかもだけれど……!」

 そんなアーシェの反応に、若干呆れてしまうクリムである。

 流石に19才でこの反応はどうなのだろう。

 生まれた子供が皆女の子だったこともあって、そういえば性教育に関しては、クリムはなにも関わってこなかった。

 自分も何かすべきだったのだろうかと若干後悔めいた思いを抱きつつ――小さくため息をついて気持ちを切り替える。

「アーシェ」

 すこし強めに名前を呼ぶ。

 彼女はびくりと身体を震わせ、しかしいつもの癖なのか、しっかりクリムに向き直ってくれた。

 その好きを利用して、クリムはアーシェの頬に手を添え、半ば無理矢理顔を押しつけ、彼女の唇を奪っていた。

「ん、んんん……っ!?」

 流石に驚いたのか、アーシェのうめき声が重ねられた唇から漏れる。

 身体もきゅっと硬くして、まるで叱られている時のよう。

 だけどクリムは許してやらない。

 唇を僅かに動かし、濡れたく血粘膜同士にほんのささやかな摩擦を加え、吐息と吐息を混ぜ合わせていく。

「ん。ふ、あ、んむ……」

 やがて、その感触に蕩けるように、アーシェの反応が軟化した。

 こちらの動きを真似するような事はなかったが、それでも硬くしていた身体を既にクリムに委ねてきている。

 控えめな反応だが――それは確かにキスを楽しんでいるものだった。

「ん、っふ……」

 ゆっくりと唇を離す。

「ぁ……」

 どこか残念そうな、さみしそうな声を上げるのが何だかおかしい。

 でもそれも一瞬のことで、ふとクリムと目が合うと、数度目を瞬かせたあと、我に返ったように顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 頬に両手を当てて、どうして良いのか心底困っているような様子でもある。

「……もしかしてファーストキス?」

 ふと気がついたクリムの問いかけに、物凄く恥ずかしそうに、ほんの僅かにアーシェは頷いてきた。

「今まで彼氏とか居なかったのか」

「い、居る訳ない!」

 若干呆れてクリムの口から漏れた言葉は、どうやら失言だったらしい。

 今この瞬間までいっぱいいっぱいだったくせに、そればかりは聞き捨てならないとばかりにアーシェがかみついてきた。

「だ、だって! わたし、おとうさんの事しか好きになったこと、ないもん!」

「……それ、初恋もか」

「あ、う……! だ、だって……だって!」

 しかし自分が何を口走ったかすぐに理解して、進退窮まってしまうアーシェ。

 何というか、思った以上に筋金入りで流石に驚いてしまうクリムだった。

 が――すぐに思い直す。

(よくよく考えたら、俺も同じようなものか)

 誰にも言ったことはないが――実はクリムの初恋の相手は、コノミだった。

 世の理も、コノミがヤヌカの里の神であることも理解できなった頃の話である。

 内気気味な性格のクリムにとってコノミは姉代わりとも言える存在で、すぐ一人になりたがる彼を「みんなと遊ぶ楽しさもきちんと知っときなさい」と友達の輪に良く引っ張ってくれたものだ。

 そんな彼女を、好きになるのは当然のことで。

 しかし結局成長していくに従い、コノミがどういう存在かに理解が及ぶようになり――その思いは実ることもなく、彼の初恋は静かに終わりを告げた。

 その後、里が全滅し、姉代わりだったコノミはクリムにとって親代わりとなって。

 彼が全く望んでいなかった形で、クリムはコノミと結ばれることになる。

 クリムにとってコノミと肌を重ねることは、姉や母と性的交渉を結ぶ事に等しい。

 だからこそ彼としてはその行為そのものに嫌悪感を覚えていたし、だからミリアと関係を持つようになってからは、しばらくコノミとは褥を共にすることはなかった。

 それが今では、こんなザマだ。

 もう罪悪感もない。

 コノミの思いを受け入れて、彼女を一人の妻として愛するようになってしまった。

 だけど――

「な……アーシェ。ひとつお願いがあるんだけど」

「な、なあに?」

 すこし緊張した様子のアーシェに、苦笑を返しながらクリムは言った。

「名前で呼んでくれないか。流石にその……な。『おとうさん』って呼ばれるとな」

「あ、でも……えっと」

 彼女は躊躇った様子を見せて。

 しかし素直で賢い娘は、クリムの言葉にすぐに納得してくれたらしい。

 俯いて、決心を付けるためかしばらくじっとして。そして小さく、自分を納得させるかのように頷いて、あらためてアーシェはクリムに顔を向けてきた。

「えと……クリム……さん?」

「さん付けか」

「だ、だって! 呼び捨てなんてそんなの出来ない! コノミかあさんだって、ミリアかあさんだって、おとうさんのこと呼び捨てなんてしてないもの!」

「……そういえばそうか」

「あ、あと! 元からおとうさん、って「さん」付けだったし!」

 言われてみれば、確かにその通りではある。

 ともあれ、クリムのお願いは、どうやらアーシェにとってはかなり難題であったらしい。

 何となくおかしくて少し笑ってしまったクリムに対し、アーシェの表情は酷く思い詰めたものだった。

 クリムが見守る前でしばらく黙考した後、彼女は意を決したようにクリムに向けて懇願の表情を向けてきた。

「ね……もうこれからはおとうさんって呼ばないから。最後に、思いっきり、おとうさんって呼んでいい?」

 その提案は、アーシェが、自分なりに気持ちに踏ん切りを付けるためのものなのだろう。

 当然、クリムにそれを拒む理由はない。

「いいよ」

 頷きつつ、しかし何となく気持ちは分かるが、思いっきり、とは一体どういう事なのかと思っていたところ、アーシェはいきなりクリムに抱きついてきた。

「ちょ、アーシェ……?」

「おとうさん……」

 驚くクリムに、帰ってきたのは陶然とした囁き。

 ぎゅっとその胸に縋り、頬をすりつけ――そうやって甘えながら、アーシェは父を呼び続ける。

「おとうさん、おとうさん……おとうさんっ おとうさんっ ……おとうさぁん……っ」

 その声が少し涙に濡れているように聞こえるのは、決して気のせいではあるまい。

 これからクリムに女として愛してもらうと決めた以上、素直なアーシェは、これから一生、もうクリムのことを父と呼ばないつもりなのだ。

 だからその分、不可能と分かっていても、今この瞬間に、クリムを父として慕い、甘える気持ちの一生分を吐き出そうとしているのだ。

「……」

 だからクリムもその気持ちに応えるために、アーシェをぎゅっと抱きしめる。

「……おとうさぁん……」

 やがて、どれほどの間そうやって、アーシェはクリムを呼び続けただろうか。

 最後に蚊の鳴くようなちいさな、しかし懸命な気持ちを込めた声で彼女はクリムを求めて。

 そしてアーシェは、名残惜しい様子ではあったが、これでおしまいとばかりにゆっくりとクリムから身体を離した。

「大丈夫か?」

「……ん」

 問いかけに、ほんの僅かに小さく頷く。

 それを合図として――クリムはいよいよ、アーシェの服に手をかけた。

 彼女が着ていたのは寝間着である。

 下はともかく上半身は下着の類を全く着けていなかったようで、柔らかい布地の寝間着を一枚剥ぐだけで、白い肌の全てがさらけ出されることになった。

「……ぁ」

 まさかそういう事を予見しなかった訳もないだろうに、まるで理解不能な事態に直面したかのように、アーシェの口から呆けたような声が小さく漏れる。

 一拍おいてようやく服を脱がされていることに気付いた様子で、アーシェは酷く恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 調子が狂うほどの初々しい反応だ。

 なんとなくミリアとの初体験の夜を思い出して、妙に懐かしい気分になってしまう。

 もっとも、アーシェの裸体は、ミリアとはまったく趣の違うものだったけれど。

(……でかいな)

 まず第一にそんな感想を抱いてしまう。

 処女じみた薄く慎ましやかな造形のミリアや、まるでガキんちょのコノミとは正反対の、豊満な体型。

 決して太っている訳ではない。全体的に見れば腰も細く、背筋を反らせばあばらがうっすら見えるような体型であるというのに、腰回りから太股にかけてのラインは二次性徴の証がひと目で分かる丸みを帯びているし、何より胸元もはっきりと丸みと重さを讃えた造形がその存在感を主張している。先端の突起だけは愛らしく僅かに色づくだけの桃色をしているが――外見的な少女的な要素と言えば殆どそれだけで、アーシェの体つきは完全に、何というか「匂い立つような大人の女性」のものだった。

 彼女は間違いなくミリアとコノミの間の子だというのに――その二人の遺伝子のどこにこんなグラマラスな要素があったのかと首をかしげたくなる。

「あ、あの! おと――クリム……さん? その、わたしっ……なんか、変かな?」

「え、いや。変じゃないけど」

 いきなりなんでまたそんなことを言い出すのかと訝しむクリムに、アーシェはどこかほっとした表情を返してきた。

「そ、そう……? 何だかクリムさん、なんか、変な顔、してたから」

「ああ、いやいや。違う違う」

 ようやく訳が分かって、なんとも微笑ましい気分になる。

 こういう所は、やはりミリアの娘という事なのだろうか。

「見とれてただけだから……綺麗だよ、アーシェの身体」

「み、みとれ……っ!?」

 どうやらそういう評価は予想外だったようで、素っ頓狂な反応が返ってくる。

「あと……なんていうか。こんなおっきいおっぱい初めてだから、ちょっと驚いてた」

「あ、う……」

 ストレートな指摘にアーシェは顔を真っ赤にして縮こまってしまう。

 苦笑をしつつ、この隙にクリムは攻勢に出ることにした。

 まずは、もう一度キス。

 先程と同じく、激しくはしない。あくまで優しく、柔らかく。僅かに粘膜が擦れ合う程度の官能を与えるにとどめ、アーシェを安心させることを第一に、その気持ちを伝えていく。

「ん、ぅ……んん」

 本当に、アーシェは素直で真面目な子だ。

 驚いたのは最初だけ。安心させるためのキスだったことを早々に感じ取ってくれたらしく、今度はこちらの動きに合わせて唇を動かして、柔らかな接触を彼女の方から求めてくる。 

 そうして、じっくりと気持ちをほぐしたおかげか。あるいは彼女の方でもある程度の覚悟は出来ていたのか。

 そのままそっと掌で乳房に触れても、アーシェは特に拒絶を示さなかった。

「あ、ん……」

 いや――それどころか、むしろどこか悩ましげな、艶めいた声が重ねられた唇から漏れている。

(……なるほどな)

 感度がいいのもさることながら――どうやらそれ以上に、アーシェは快楽を受け入れる精神的な下準備が出来ているようだった。

 あるいはおそらく、先程ミリアとの情事を覗いていた時のように、頻繁に自慰行為をしていたためだろう。はじめは性感に戸惑うばかりだったミリアとは、ここが大きく違うところだ。 少なくてもこれからしていく行為の内容を考えるなら、それは歓迎すべき事なのだろう。

「あ、んん、ふぁ、んんッ……」

 しかもどうやら、胸での自慰もかなりの頻度でやっているらしかった。

 重さを確かめるように持ち上げたり、ゆっくり撫でるように揉むだけでもアーシェは十分な快楽をえているようで、さっそく体温を熱くして、吐息もせわしないものに変化する。

 より色っぽく。より愛らしく。より切なそうに。

 そうしてアーシェはどんどん「女」になっていく。

「……アーシェ」

「ん。ぁ……は、はい」

 やがて、そうやって揉みしだく中で、掌でつぼみが花開くように乳首が硬くなってきたのに気がついて――頃合いと判断し、僅かにクリムは唇を離した。

「下も、脱がすよ」

「……」

 頷くだけの、僅かな返事。

 恥ずかしがり屋の娘にとって精一杯のその返事を、しかしクリムが見逃すはずもない。柔らかな無言の笑みで受け取って――そしてとうとう、アーシェの下半身の攻略を開始した。

 キスを繰り返しながら、下の寝間着をゆっくりと剥いでいく。

 いきなり秘部に触れるような事はしない。

 あくまで優しく、柔らかい手つきで太股を愛撫しながら服をゆっくりと剥いで――まずクリムの意識を捉えたのは、むっと鼻をつく獣くさい臭いだった。

 発情しきった少女の、愛液の香り。

 先程自慰をした時の名残だろうが――しかしその臭いの濃さに内心少し驚いた。

 それほど彼女が激しく発情しているという事か、あるいは体質の違いだろうか。かなり濃いめのミリアの性臭よりも、さらにきつい。ミリアはまだ濃厚な獣臭さの中に甘やかな少女らしさを残しているが、アーシェのそれは、発情した獣そのもののような臭いだ。

(あ……やばい)

 正直なところ、今までどちらかというとアーシェをあやすような感覚で愛撫を重ねてきたクリムだったが、このきつい香りの愛液には、ちょっとぐっときた。ムラムラしてしまう。

「あ、や……クリム……さんっ」

 ほんの少しばかりの抵抗の声を無視し、それをキスと胸への愛撫でごまかして、クリムは娘の下着にも手をかけた。

 豊満な体つきには少々似つかわしくない、あまり装飾性のない下着は難なく引きはがされ――さらに性臭が濃くなって部屋に充満しはじめた。

 どことなく甘やかなミリアの性臭と、発情した獣のように濃いアーシェの性臭。二人の質の違う発情臭が混ざり合い、クリムの理性もいい加減ぐずぐずに溶けていく。

 露わになった秘部もまた、クリムにとっては初体験の造形だった。

 完全に無毛なミリアや、僅かに和毛の生えるのみのコノミに対して、アーシェのそこはしっかり陰毛が生えそろい、大人の女性そのものといった佇まいだ。

 定期的に手入れはしているらしく無造作に伸ばしっぱなしにはなっていないが、しかしどうにも、今まで子供然とした見た目の秘部ばかりを相手にしていたせいで調子が狂ってしまう。 自然、触れる手つきも、どこか怖々とした、慎重なものになってしまう。

「ん、あ。ぁっ……ッ」

 しかしアーシェにとっては、むしろそれが幸いだった様だ。

 いきなり陰核を責めるのではなく、そっとそのスジの所に触れただけ。

 それだけの接触で、アーシェは全身に電撃が走ったようにびくッと全身を戦慄かせたのである。

 正直、これには驚いた。

 めちゃくちゃ感度が良い。

 これもやはり自慰をして快楽に慣れているからだろう。初めて触れ合った時のミリアより数段上の反応だ。

(こういう所は、親子って事なのかな)

 ぼんやりと、そんなことをクリムは思う。

 ミリアもコノミも、奔放という訳ではないがかなりの好き者だ。

 ここ二十年、普通ならとっくに倦怠期に入っていてもおかしくない月日が流れているのにもかかわらず、ミリアともコノミとも性生活を欠かしたことはない。今でも十日に一度は三人一緒に睦み合って楽しんでいるような有様だ。

 そんな二人の間に出来た子なのだから、性癖はどうとしても、体質や素質をしっかり受け継いでいてもおかしくはない。

 ――だから、思ってしまう。

 毎日毎日、ずっとこの二十年、ミリアとコノミの、まるで違う秘部の心地よさを耽溺し続けてきたからこそ、どうしても下卑た想像をしてしまう。

 アーシェのあそこの具合は、どんなものだろう。

 ミリアに似た暴飲暴食系なのか。

 コノミに似たまったり労り系なのか。

 それとも、全く別の味わいなのか。

(……何考えてるんだ。俺は……)

 今までずっと娘として見てきたアーシェに、そんな欲望をごくごく自然に抱いている自分に、酷く狼狽してしまう。

 あるいは、アーシェの濃厚な性臭に思考が奪われているのか。それとも先程までミリアとセックスしてたせいで理性が緩んでいるのか。

 血の繋がっていない関係とはいえ、そんなこと、許されて良いものではないはずなのに。

(ああ……くそ)

 内心毒付く。

 しかしその許されざる行為こそが、今クリムに求められているもの。

 だから彼は、理性を押し殺し、その欲望に身を任せるしかない。

 理性を封じ込めるのには慣れている。

 戦争をして大量殺戮をしていた時。魔物狩りと称して自分と同じ境遇の人間兵器を処分する時。

 なにより、初めてコノミと性的な関係を持った時。

 そしてミリアと今のような関係になった時。

 いつも彼は自らの理性を押し殺してきた。本当はいけないことなのにと言う倫理観を、心の中に棚を作ってそこに押し込めて、「しかたのないことなんだ」と思い込むことで生き残ってきた。

 だから今回も、そうするだけだ。

 その結果、娘が、アーシェが幸せになれるというのなら、なおさら選択の余地はない。

「……クリム、さん?」

 いつの間にか、手が止まっていたらしい。

 不安そうな瞳がクリムを捉えている。

 賢いアーシェのことだ、クリムの胸にわだかまる迷いを、敏感に察知していることだろう。 しかし一方で、快楽に貪欲なところのある彼女の視線には、どこか物欲しそうな感情がほんのりと宿っている。

「やっぱり、無理して……」

「そんなことない、大丈夫」

 寂しそうに言いかけたアーシェに覆い被せるように優しく言葉を重ねて、だからクリムは、彼女の中にくすぶる情欲を利用することにした。

 すなわち――

「ん、ぁ……ひぁ……ッ!?」

 愛撫を、再開する。

 悲鳴じみた、おどろいたような嬌声を意識を集中させ、そしてさらに愛撫にも熱を入れる。 今度は、手加減無しだ。

「お、ぁ……く、クリム、さんっ!?」

「とりあえず、一回イこうか?」

「へ、え? えっ?」

「とりあえずまず気持ちよくなって、下準備済ませてからの方が、本番やった時に気持ちよくなれるしな。どうせだから、アーシェには初めてのえっちのときから気持ちよくなって欲しい」

 それは、しかし実際には、理由の半分でしかない。

 アーシェをよがらせて、悶えさせて、そうすれば、男である自分は、相手が娘であろうが、どうしようもなく欲情してしまう。

 自分自身を欲情させて、アーシェと一線を超えるために――そのためにアーシェを絶頂させる。

「あ、う、で、でも……ッ ふあ、あっ、っや、あッ んぁぁぁ……ッ!?」

 膣内の具合は後の楽しみに取っておく。

 今はただ、外陰部への刺激でもって、クリムはアーシェを追い詰めていく。

「っや、そこ、そこ。ん、ぁっ だめっ。だめ、だめ、っや、あっ」

 反応は上々。

 クリムが触れたのは、クリトリスだ。

 既に大きく腫れ上がったそこを、陰唇から漏れる、濃い臭いの愛液を絡めた指で念入りに刺激を与えていく。芸のないやりかただが、未経験な少女相手にはこういった正攻法のほうがむしろ効果的だという判断である。

 アーシェの愛液は粘度が高く、殆どゼリー状と言ってもいいくらいのものだったのも幸いしたようだ。

 愛液が上質のローションとなって、敏感のなりきったその淫突起に摩擦を加えても、痛みは殆ど与えることなく快楽だけを引き出してくれている。

「あ、や、あう、あっ、うう、んんんっ、んんん――――――ッッ」

「……きもちいい?」

 感極まっていよいよ絶叫に近い喘ぎ声を上げ始めたタイミングで、クリムはいやいやと首を振るアーシェを見つめながら、優しい言葉遣いで問いかけた。

「あ、うっ、うっ。く、や、そ、そんなこと……ッ」

「おしえてほしいな、アーシェ?」

「……―――っ う、うっ」

「きもち、いい? 俺の手で、気持ちよくなってる?」

「う、あ、はう、うう……っ ううううっ」

 やさしく陰核を指紋でくすぐるように擦り、あるいはぐっと呼びの腹を押しつけて、変化を付けながら、ねっとり愛撫は続けながら。しかし言葉だけはできるだけ優しくなるよう心がけて。

 そうやって――自分がクリムに愛撫されて、気持ちよくなっている事を自覚させて、クリムは、そうやってアーシェを追い詰めていく。

 オナニー慣れしていてもアーシェは極度の恥ずかしがり屋だ。

 クリムの目の前で、クリムによって与えられる快楽には、どうしてもその羞恥心から拒絶感が先にわいてきてしまう。

 でも、これからすることを思えば、クリムが、アーシェのことを女として愛するならば、アーシェにも快楽を受け入れてもらわなければならない。クリムから与えられる快楽に、素直になってもらわなければならない。

 そのくらい淫らに乱れてくれないと――クリムとしても踏ん切りが付かないから。

「う、あ、ううっ……」

 そうして――とうとう、限界が来たようだ。

 アーシェは一瞬、泣き出しそうな顔をして。

 ぐっと眉根を寄せて。目を閉じて。

 そして同時に、きゅっと太股が閉じられ、クリムの手が挟まれた。

 それは、愛撫の動きを止めようとしているのか。それともクリムに甘えようとしてきているのか。

 もうそれすらも分からないに違いない。

 どんどん、アーシェの声が、息づかいが、余裕のないものに変わっていく。

「う、あっ、あう、ああッ! あ! あ!」

「アーシェ?」

 そして。とどめとばかりに、優しい呼びかけと同時に、きゅっと陰核をつまむ動きを加えて――

 全てが、壊れていく。

「……ぁ。あ……♥」

 アーシェの表情が、蕩けた。

 背中がのけぞる。

 頼りな両腕が伸ばされ、きゅっとクリムに縋り付いてくる。

 そんなアーシェをクリムはそっと優しく頭を撫でてあげて。アーシェはそれに応じて、ゆるゆると力なく顔を上げてくれて。

「きもち、いい?」

「いい……」

 最初は、恥ずかしげに、ほんのかすかな声で。

 でも一度認めてしまえばもう止まりようがなくて、その思いは濁流となってアーシェの喉から迸る。

「いい、いいのっ。きもちいいのっ」

 堰を切り。何もかもをぶちこわし。

 もう、止まれない。

 止まる事なんて、できやしない。

「わたし、んぁ、あっ。あ、あっ! わたし、いい、いいよぉっ きもちいいっ、ふぁ、あああっ んんぁぁぁぁ――――ッッ」

 溜め込んでいた思いが、爆発する。

 もう何もかもどうでも良くなったように快楽の声を上げたアーシェは、しかしとてもとても気持ちが良さそうで。

 だから――身体がその快楽を素直に受け入れるのも、また同時のことだった。

「…っ、う、。あっ。わたし、あっ、すごい、んあ、わたし、目の前に、いるのにっ、う、あっ イって、あ。あっ あっ ふぁぁぁ――――ッッ」

 きゅ、と、身体に力が入って。

 びく、びくびくっ、と全身を痙攣させて。

 クリムの目の前で。

 クリムの愛撫で。

 クリムの身体にぎゅっと縋り付きながら、アーシェは今、全身全霊の絶頂を享受した。

 

◆

 

 ――正直なところを言うと。

 ミリアのお腹に宿った初めての命が、コノミの種の夜ものだと知った時……クリムは最初、生まれて来る子を愛する自信がなかった。

 別に裏切りの末に仕込まれた種と言う訳ではない。ミリアがコノミの子を孕む可能性を承知の上でクリムはミリアとコノミが交わることを承諾したのだし、その後の三人の関係を思えば、それが正しい選択だったと、そう理解することも出来る。

 でも、目の前で、ミリアが自分ではなく、別のものの男根に貫かれ、喘ぎ、そして精を胎に注ぎ込まれる様子を見せつけられて――クリムが酷く不快感を覚えたのは事実だ。

 今ではそのような行為も日常茶飯事だし、慣れたことや、行為の前にはきちんといちいちミリアとコノミはクリムに断りを入れてくれたりと気遣ってくれるので同様の思いはしなくなっているが――それでもあのときのイヤな思いは鮮明に思い出せる。

 そんな時に孕んだ子、明らかに自分の子ではない子供と、果たして自分はきちんと向き合うことが出来るのかと――ミリアがコノミと共に臨月を迎えた頃には気が気ではなかった。

 結論から言えば――そんなのは杞憂でしかなかったのだが。

 出産してすぐ、ヘソの緒を切られてすぐのアーシェを抱かせてもらって。

 その際、何も分からないまま、しかししっかりとした力強さでクリムの指先をつかんできた

アーシェに姿に、そんな些細なことはどうでも良くなった。

 だからその出会いの瞬間から、クリムにとっては、アーシェは他の子らと同じ、自分の娘だったと断言出来る。

 アーシェの後も2人ほどミリアとコノミの間には子が生まれているが、その子達も同様だ。

 アーシェを含めて、3人の間で出来た子は、みんな自分の子であると。

 みんな、自分の手で守るべき存在だと。

 そう誓った気持ちは、二十年近く経った今も変わらず、クリムの中に確固たるものとしてある。

 だから、なおさらに不思議な気分だった。

 今もその気持ちは変わっていないのに。同時にクリムは今、女としてアーシェを愛そうとしている。

 そして現に、今、クリムは目の前で絶頂したアーシェに、明確に欲情を感じてもいて。

(……そういう業でも背負っているのかね、俺は)

 内心そんなことを考え、苦笑しながら、絶頂で熱く火照ったアーシェの身体をシーツに横たえる。

 かなり根深い快楽を感じてくれたようで、アーシェの吐息はまだ落ち着かない。力も入らないらしく、クリムのなすがままに、だらりと裸体をベッドの上に投げ出して、蕩けた瞳で、ぼんやりとクリムに視線を向けてきていた。

「あ、う……はぅ……おと……クリム、さん」

 こんな余裕がなくなっても、お願い通りに「クリムさん」と言ってくれるのが、なんともいじらしい。

「きもちよかった?」

「はう、うん……」

 恥ずかしがりながらも、僅かに微笑んで頷いてくれた。

 うっとりしたその目からは、まだ情欲の火は消えていない。

 それどころか、むしろこれからの展開を想像して、期待に胸を躍らせているようでもあった。あるいは絶頂の余韻が中々引いていかないのも、アーシェの興奮がまったく収まっていないからかも知れない。

 その証拠に――と言うべきか。

 アーシェの呼吸は、ただただ荒くなるばかり。太股も、何とか自分で摩擦を得ようとしているのか、もぞもぞと切なそうにすり合わせ続けていた。

 心なしか、漂う愛液の臭いも先程より更に濃くなった様な気もする。

 いよいよ、頃合いだ。

 クリムも羽織っていたローブを再び脱いで――そして娘の裸体にのしかかっていく。

「さ……しようか」

「……ぁ」

 クリムのその宣言に、アーシェの口元からこぼれた吐息が、ほんの少し、嬉しそうに上ずって。

 そして彼女がちいさく頷いたのを確認して――クリムは勃起を、アーシェの中心部に宛がった。

 直接的な刺激を受けていないので最大径とは言いがたいが、クリムの男性器も、アーシェの媚態に呑まれて、とりあえず挿入するには十分の堅さをしめしている。

 だからもう、あとは腰を推し進めるだけだ。

「クリム、さん……」

 ほんの少しだけ、不安そうな声がかけられる。

「……大丈夫」

 求めに応じて言葉でそう答え、そしてキスをして更に彼女の気持ちをほぐしにかかる。

「ん、ふぁ……」

 じゃれ合うような口粘膜の触れあいに、アーシェの呼吸が和らいだのを確認して――そして唇を触れ合わせたまま、クリムは侵入を開始した。

「あ、んんっ」

 ゆっくり、ゆっくり、じっくり、じっくり。

 忍び込むような緩慢さで。彼女のとっても敏感な粘膜をびっくりさせないように。

「ん、ふぁ……ッ」

 それでもアーシェは、くぐもった声を上げずにはいられないらしい。

 不安と、歓喜と、恐怖と、幸福と。

 いろいろな感情がない交ぜになったその声をクリムは直接唇で受け取り飲み込みつつ、しかし押し込む動きはまったく変えない。

 どんな反応を示そうが、この行為は、彼女の望みなのだから。

「ん、う。う……ッ」

 やがて――先端にほんの少しの抵抗が触れて。

 それが何を示しているかは、当然クリムにはすぐに分かったけれど。

 ほんの少しだけ意を決して――でも躊躇っている場合じゃない。

 腰を殊更ゆっくりと進め――そして、存外あっさりと、音もなく破けるような、そんな感触だけがあった。

「う、んんんッ っや、あう……ッ」

 流石に唇が離れ、アーシェは痛みに小さく悲鳴を上げる。

 きゅっと膣内が硬く縮こまり、それまでまったくクリムを拒んでいなかったアーシェの秘部が、初めて彼に待ったをかけた。

「……」

 そんな彼女の反応に当然逆らわず、クリムは腰の動きを停止させ――しかし彼は、「大丈夫か」とは敢えて声をかけなかった。

 素直で健気なアーシェは、どんなに痛くても「大丈夫」と言うに決まっている。

 痛みに耐え、顔をしかめているのなら、むしろ黙ってその反応を受け入れ、彼女を優しく抱きしめてあげた方が、結果的にアーシェは辛い思いをしなくて済む。

「……う、ふぅ……」

 抱き合って。吐息だけを重ねて。

 しばらく、そうして二人してじっとして。

 やがて――流石はミリアとコノミの娘……と評するべきか。それだけの僅かな時間で、どうやら破瓜の傷も治まってしまったらしい。

 直ぐにアーシェの表情から痛みの陰は消え、そして摩擦を加えられない物足りなさからか、どことなくおねだりしたいような、でも申し訳なくて躊躇いを覚えているような、そんな視線を向けてきた。

「続けるね」

「……うん」

 再開のタイミングだけは、しっかり確認を取って。

 頷くアーシェの表情に全く無理を感じないのだけはしっかりと見極めてから、クリムは早速抽挿を開始した。

「っ、う、ぁ……っ う、っ」

 アーシェは恥ずかしそうに目を閉じ、顔を逸らしながら、閉じられた口からくぐもった声を上げる。

 外陰部への刺激に対する反応の敏感さに比べて、挿入してからの反応は意外とも思えるほどにささやかなものだった。

 膣の具合も硬く、殆どほぐれていない。何年もセックスを重ねてその快楽を覚えきった、ミリアやコノミの熟れた性器とはまったく異なる反応だった。

 処女膜もしっかり残っていたようだし、オナニーはもっぱら膣口付近やクリトリスだけでしていたのだろう。

 そんななので、正直なところ、同じ抽挿をしていてもミリアやコノミと比べるとクリムが受け取る快楽は、てんで大したものではない。

(……っ)

 しかし、だからこそ、クリムは不覚にも、ぞくぞくしてしまった。

 アーシェも女として、第三の妻として接する以上、他の二人と差を付ける訳には行かない。ミリアと同じように、コノミと同じように、これから何度も彼女と夜を共にしていくことになる。

 そうして、これからこの、セックスのことを何も知らないこの膣に、クリムは快楽を教え込んでいくのだ。

 クリムの性器の形を馴染ませ。クリムの腰使いを覚えさせ。そしてクリムの精子の味を染みこませて。そうすることで一番気持ちよくなるように、彼女のこの未熟な青い膣を、調教していくのだ。

 そしてそうなることを、アーシェも望んでいて。

 そんなの、男として滾らないはずがない。

 今大して具合が良くないことなど、全く問題にならない。

 そう。

 ここまできて、ようやく――クリムは、本腰が入った。

「う、ぁ、あっ あっ、ああっ」

 機械的な前後運動から、腰の動きを切り替える。

 動きの速度は緩慢なまま、強弱を付け、あるいはその緩慢さの中でも緩急を付け、ねっとりとした刺激をアーシェの膣に送り込んでいく。

 激しくはないが、手加減は全くない。

 ミリアやコノミと「優しいセックス」をする時、そのままの動きだ。

 自分とのセックスとは、こういうものだと、その処女の穴に覚え込ませていく。

「っや、あっ、あっ……う、ぁっ あうっ」

 尿道の裏を刺激し、子宮口を優しく撫で、ねちっこく腰をグラインドして、愛液と先走りを混ぜ合わせていく。

 優しい中で全てをかき回し、かき乱し、性器と性器を混ぜ合わせ、自分と相手の境界をなくしていく。

 静かなセックスなので、喘ぎ声も控えめなのもあって、他の物音も酷く耳にはっきり聞こえる。

 衣擦れの音。ベッドが僅かにきしむ音。相手のせわしない息づかい。こらえきれずに漏れる甘い喘ぎ声。にちゅちにちゅりと、二人の愛液がかき回される音。そして、互いの、高鳴る心臓の鼓動。

 その全てを味わって。

 その全てに身を委ねて。

 粘膜の摩擦だけではなく。全身の感覚と、心の全てを使ってセックスを味わっていく。

「アーシェ……」

「う、あ、あっ。、っは、はい……」

 そして、クリムはもう一度、繰り返すのだ。

「きもち、いい?」

「……――」

 その、ある意味でとても残酷な問いかけを。

 先程とは違い、今度は未熟なアーシェの膣に快楽を覚え込ませるために、甘く暗い囁き。

「俺は、ね。気持ちいいよ。すごく興奮してる」

 そしてクリムは、アーシェの逃げ場を潰すために、さらに耳元で優しく囁いていく。

「ほら、全身の感覚に集中してみな?」

「あ、うっ、あ……っ」

「俺のペニス、どうなってる?」

 言いながらわざと腰の動きを緩めて、その脈動を、鈴口から先走りの沸き立つ様を、じっくりとおまんこに伝えてやって。

「どんな音が聞こえてきてる?」

 今度は少しだけ激し目に動いて、粘っこい淫液の音と、シーツの衣擦れと、そしてその拍子に跳ねる呼吸の音を聞かせてやって。

「ほら、それに――俺も、こんなにドキドキしてる」

 最後にきゅっと抱きしめて、胸と胸を重ねて、激しく高鳴る鼓動を、肌を通して伝えてあげて。

「……な?」

 そうして、アーシェの心を解きほぐしていく。

 このセックスがどういうものかを、感覚全てに意識を行き渡らせて教え込む。

「あ……あ、ぁ……ん、う……」

 素直で飲み込みの早いアーシェは、どうやらそれで、全てを理解したらしい。

 かっと、その体温が熱くなって。

 全身が桃色に染まって。

 喘ぐように、何度か口をぱくぱくさせて。

「……ぁ。ああ……♥」

 そして――アーシェは花開く。

 陶然としたため息を漏らし。

 頑固に全身を強張らせていた緊張の糸が、ふつりと途切れる。

 膣の具合も、それと同時に堅さが薄らいで、柔らかく蕩け、恐らくアーシェのそこが持っていた本来の持ち味が発揮され始めた。

(……っ、これは……また)

 まだまだ処女であるが故の堅さは残るが、アーシェの味わいはミリアやコノミのものとはまた違う味わいを見せてくれた。

 おそらく膣ヒダは、他の二人と比べてかなり少なめだろう。ざわめき舐めずる様な動きも殆どない。

 だが、これはこれで、面白い。

 ヒダが少ない分、密着感で言えば他の二人よりも遙かに良い。まだまだ堅さが抜け切れていないが、回数を重ねて根気よくほぐしていけば、吸い付き、クリムのものを抱きしめる感覚がたまらない名器になるに違いない――そう思わせる心地よさがある。

 ミリアの性器を暴飲暴食系、コノミのものを包容力系と称すなら、アーシェのそこはさしずめぎゅっとクリムを抱きしめて離したがらない、甘えん坊のおまんこだ。

「……ふふ」

 何だか、ちょっと滑稽でもある。

 外見で一番成熟したアーシェが、しかし年齢相応に、そしてあるいは娘である名残を忘れきれないように、一番甘えたがりなそんな具合であることが。

「う、っ、あう、ううっ、んん、ふ、ぁ、ああっ。クリム、さんっ、うう」

「ああ。分かってる」

 快楽を受け入れたアーシェは、いきなり積極的になっていた。

 切なそうな瞳をクリムに向けながら、なんと自分で腰を動かして、クリムにさらなる性運動を要求してくる。

 そんな変化に何とも嬉しいものを感じてしまって。だからクリムも望み通り、アーシェを更に快楽の底なし沼に引きずり込んでいくことにした。

「あ。っ、あっ、ふあッ う、くぅんッ、ゃ、あうッ ふ、んんッ……♥」

 挨拶代わりにこつりと子宮口をやや強めに小突いてやって――それだけで一瞬にして、すっかりアーシェは蕩けてしまっていた。

 孕みたがりはミリアやコノミとそっくりだ。

 子宮口は早速降りてクリムの先端に吸い付いて、おねだりの口づけを始めている。

「っぅ、う、っや、あう、んんっ んんん―――ッ♥」

 でも、まだまだ。それはおあずけだ。

 その瞬間はもっともっと、アーシェをトロめかせて快楽付けにしてからだ。

 もっともっと、クリムはアーシェを開発したい。

 あらためて軟らかくなった膣肉に、吸盤のように吸い付いて甘えてくるその甘えたがりなおマンコに、先程同じ動きを繰り返して、あらためてセックスのあじを覚え込ませていく。

 緩い前後運動。大きく張ったカサの造形で畜肉全体をじっくりひっかいて。こね回す動きで愛液をぐちょぐちょと泡立てさせる。

 驚くほど粘性の高い愛液はほんの少しの量でも酷く下品な音を立ててくれて、それを耳にしただけでも二人の官能は燃え上がる。

「っや、やだぁっ、やらしい音なってるよおっ」

 恥ずかしがって首を振るのも、あくまでそれは表向き。

 膣肉はきゅ、きゅ、とひくついて、アーシェがめちゃくちゃ感じちゃっていることをこの上なく伝えてくれる。

 それに気をよくして、クリムも半ば無意識に腰を突き上げる動きが混ざってしまって。

「ふ、あ。あっ♥ それっ、あッ そんな、あっ、あっ、いい、あああっ」

 そんなの喰らわされたら、アーシェはますますどうにかなっちゃって。

 だからそんなの耐えきれる訳もなく、そんそんアーシェはおまんこを胸と一緒にきゅんきゅんさせちゃって。

 そうやって――二人の動きはどんどん激しくなっていく。

 ごくごく自然に、そうあるのが当然のように、最後の瞬間へと昇っていく。

「あ、あっ♥ あッ あッ♥ ああっ♥ っく、あ、あッ♥」

 動きは、どんどん単純になっていく。

 せわしなく、ただただ愚直に、吸い付くおまんこのおねだりに合わせて、小刻みな摩擦を加え、子宮口に小さくキスを繰り返して。

 衝撃を与えるような重い突き込みはなくても、むしろ未熟なおまんこには、それがちょうど気持ちいいらしくて。

 やがて体中をいきませ、びく、びくんっと痙攣させて、呼吸も不確かになっていって。どんどん余裕をなくしていって。

「アーシェ、イきそう?」

「う、っはい、はいっ、わたし、もう、あッ♥ イっちゃい、そ……ッ♥」

 問いかけに対する返事には、もう羞恥の色なんて全くない。

 クリムの男性器を入れられて、初体験で絶頂する。男性器で初めて絶頂するその予感に――期待と不安がない交ぜには、なっていたけれど。

 でもそれは――明らかに期待の方が本心だ。

 そしてクリムが応えてやるのは、どっちかなんてそんなの決まり切っている。

 だから――

「いいよ、イっちゃいな」

 クリムは優しくそう言って。

 そして、柔らかく彼女を抱きしめ、改めて身体を出来るだけ密着させて――そしてだめ押しのキスをした。

「―――――~~~~~~ッッ♥」

 処女が、そんな後押しに耐えられるはずもない。

 

 びく、びくびくびくッ びくッ

 

 震える。痙攣する。

 おまんこも収縮して。身体も全身全霊で反り返って。きゅっと全身がいきんでいる。

 心臓も締め付けられているみたいにきゅんきゅんしている。

 そんな身体の絶頂反応を、初めてのセックスで味わわされたアクメの様子を、クリムは全身の肌で受け取って。

「う、んんんっ……んんん―――――~~~~ッ♥♥」

 絶頂の歓喜を訴えるその嬌声すらも、クリムは重ねられた唇を通して、自分のものにしていく。

「んん、う、んぁ、う、んん……ッ♥」

 でも、甘えん坊のアーシェにとっては、それこそが喜びで。

 

 そうして――アーシェはクリムの腕の中で抱かれながら、初めての絶頂を迎えたのである。

 

◆

 

「は、っふ……んん……」

 どれほどの間、クリムの腕の中で彼女は身を震わせていただろうか。

 縋り付いたままの姿勢で、絶頂のその瞬間からずっと抱き合い、密着したままじっとして――ようやくまともに呼吸が出来るようになったらしいアーシェは、一際大きな吐息を吐きながら、クリムの背に回していた腕をほどいてくれた。

「……う」

 そして、何を思い出したのか。

 何となく気まずそうに顔をゆがめ、真っ赤になって腕で口元を隠し、顔を背けてしまう。

「……気持ちよかったみたいだね?」

「う、うん……」

 ほんのちょっと意地悪な気持ちになってクリムがそう言葉をかけると、それでも素直なアーシェは恥ずかしながらも頷いて、でも思い直したようにそっと小さくため息をついた。

「……その」

「なに?」

「えっちって……こんなはずかしいって思わなかった」

「そっか」

 何だかしみじみと言うのがちょっとおかしい。噴き出しそうになるのをこらえながら、労りの気持ちを込めてクリムはアーシェの髪を優しく撫でてあげた。

 そういえば、ミリアも初体験の時やたらと色々恥ずかしがって、ひどく悶えていたような覚えがある。真面目なところもそうだが、こういうところ、性格的には本当にアーシェはミリア似だ。

 ともあれ、これでひとまず一段落。

 アーシェの中から自分のものを引き抜こうとクリムは身じろぎして、しかし彼女は一つ、気がついてしまったらしい。

「……ぁ」

 どこか呆けたような吐息を漏らして、アーシェは自分たちの結合部に視線を送る。

 そこの状態がどうなっているかを改めて自分の目でもって確認して――そして若干、もの言いたげな視線をクリムに投げてきた。

(あー……)

 今度はクリムの方が気まずくなる番だった。

「クリムさん、気持ちよくなってない?」

「気持ちよかったよ、もちろん」

 それは偽らざる本心ではあるが、しかし説得力がまるでないことも、クリムは自覚せざるを得なかった。

 何せ、先程の行為で、クリムは結局射精まで至らなかったのだ。

 興奮に勃起を硬くはしているが、せいぜいそこ止まり。快楽を高めて絶頂に至ったのはアーシェだけで、気持ちよくはなっているものの、クリムは気持ちよくなりきってはいない。

 先程アーシェに繰り出していたまったりした腰の動きでは、まだまだ絶頂まで上り詰めるまでには時間がかかる。そうなる前にアーシェが先にイってしまったので、クリムとしては行為を中断せざるを得ない状況になってしまっていたのだ。

 クリムとしては、それは全然構わない。

 今回はとにかくアーシェに気持ちよくなってもらうのが先決だったし、それについては一定の成果があったと確信しているからだ。

 だけど。一方でアーシェの側にしてみれば、そんなの、女としてのプライドを傷つけられる行為に他ならない。

「……クリムさん」

 だけどアーシェはそんなときでも不機嫌そうな顔を見せず、むしろ済まなそうな表情でもってクリムを見つめてくるのだ。

「こんどは、クリムさんの番」

「……アーシェ」

「わたしは、クリムさんにすごく気持ちよくしてもらったから、今度は……その、わたしの、で、気持ちよくなって欲しい」

 真摯とも言えるような視線で、そんなことを言ってくる。

「わたし、知ってるよ? ミリアかあさんやコノミかあさんとしてる時、クリムさん、もっと激しくしてる。わたしも同じようにして欲しい」

「……」

 アーシェの台詞は、事実だ。

 性行為に慣れたミリアやコノミは、アーシェとは違ってかなり激しいセックスでも快楽を受け取ってくれる。だから当然、普通に人間なら相手を壊しかけないような行為をすることも往々にしてある。正直なところ、今日、アーシェとしたようなセックスに終始する日などはむしろ珍しいくらいだ。

 とはいえ、破瓜の傷は癒えていると言っても、初体験を済ませたばかりのアーシェにそんな事をして良いのか――と、若干躊躇いを覚えたクリムだったが。

(いや……それは心配のしすぎか)

 ふとアーシェの方を見て、すぐそう思い直した。

 クリムを見上げるアーシェの視線の中に、疑いようのない欲情を見いだしたからである。

 まだまだ彼女は、気持ちよくなりたがっている。

 さっきのような行為では物足りないと、そんな思いが隠しきれずに漏れてきている。

 クリムの勃起を包み込む彼女の処女膣も、きゅ、きゅ、と、控えめで拙いながらも、媚びた動きでもってクリムを何とか興奮させようと頑張っていた。

 もちろん、クリムに最後まで気持ちよくなって欲しいという気持ちも、嘘ではないだろう。

 自分ももっと気持ちよくなりたくて、相手にももっと気持ちよくなって欲しい、と、ただそれだけのことだ。

「わかった。……手加減しないぞ?」

「う、うんっ」

 その返事がまたほんの少し上ずっていて――妙に嬉しそうなのが、また何と言うべきか。

「つうか、そん時にも覗いてたのか」

「あ。えっと……ごめんなさい」

「いや、いいんだけどな。なんつーか今更だし」

 語るに落ちて、今更「しまった」な顔をするのも、何だか微笑ましい。

 挨拶代わりに優しいキスを交わした後、クリムは再び、アーシェ責めを加え始めることにした。

 

 ◆ 

 

 良い子。

 素直な子。

 優しい子。

 アーシェは、周りから良くそんな評価をもらう。

 姉妹からも、親からも、そして城の外の友人達からもだ。

 でも殊更にそうあろうとした自覚はない。やるべき事だと自分が判断した行動をしていたらそんな評価が後から付いてきただけで――だから正直なところ、そんな周囲の言葉が、自分にとっては酷く大げさで不相応なものに思えてならなかった。

 引っ込み思案とか。ヘタレとか。むしろそういう否定的なのは、割と妥当な評価だと思ってもいたけれど。

 でも――今こうして、クリムの腕に抱かれて。クリムに処女を捧げて。

 そんな周囲の自分に対する好意的な評価なんて全部大間違いだと、アーシェは改めて思うのだ。

 良い子だなんて、とんでもない。

 自分は、欲深いし、ずるい女だと、アーシェはそう思う。

 クリムにはもうミリアもコノミもいるのに、それでも彼に愛されたいと願ってしまった。

 その思いを諦めきれず――だというのにクリムから良い子だと思われる立場も棄てたくなくて、何も出来ないままになっていて。そんなヘタレなのに、自分からは何にもしてないのに、ミリアに思いを見透かされたのを良いことに、こんな立場を手に入れてしまっている。

 その状況に、恥知らずに喜んでしまっている。

 だた抱かれただけでは我慢出来なくて、クリムにも気持ちいいって思って欲しいと、もっと気持ちよくなりたいと、そう思ってしまっている。

(わたし――悪い子だ)

 欲深で。怠惰で。淫乱で。そんな自分が、つくづくイヤになる。

 ごめんなさい。おかあさん。

 こんな子に育っちゃって、ごめんなさい。

 申し訳なくてたまらないけれど。でも――そんな思いすら、クリムに抱かれるのが幸せで気持ちよくて、どうでも良いことのように感じてしまって。

「――何か、考え事してる?」

 ふと上から優しげな声が降ってきた。

 クリムである。

 つい先程まで父と呼んでいた愛おしい男性が、今、アーシェにのしかかり、彼女のおねだりに応えて、二度目のセックスを始めようとしてくれている。

「あ……ううん」

 どうせ何もかも見透かされているのだろうけれど、ごまかし笑いを浮かべて首を振る。

 とりあえずそれで納得はしてくれたらしく「そっか」とクリムは頷いて。

 そしていきなり、重い一撃が腹の奥にぶち込まれた。

 

 ――どんっ。

 

「…………―――ッ!?」

 一瞬、息が出来なかった。何が起こったか分からなかった。

 内臓を直接、ハンマーで叩かれたかのような衝撃。

 それが、クリムによる「本気」の突き込みであると気付くことが、アーシェにはとっさに出来なかった。

 気持ちいいとか、辛いとか、痛いとか、そんなレベルの話じゃない。

 ただただ叩きつけられた衝撃が大きすぎて、他の感覚が付いてこない。

 だけど――それでもこれは、アーシェが望んだ行為。

 クリムの本気の抽挿。

 かれが、アーシェのおまんこで気持ちよくなるための動き。

(こ、こんな、こんなすごいの、おかあさんたちがされてたの!?)

 視界が白む。

 意識が飛びそうになる。

「……ぁ っう……っ」

 やめて、と叫ぶ余裕すらアーシェにはなくて。

 だからクリムは、真面目に、愚直に、その強烈な動きを繰り返してくる。

 

 ――どんっ。

 ――どんっ。

 ――どんっ。

 

「う、あっ。ううっ っふ、あ、あ……っ」

 突き込まれて。突き込まれて。容赦なく突き込まれて。

「………ぁっ」

 そして――とうとう息苦しさに意識を失いかけたそのとき、じわりと、腹の奥に今までとは全く違った感覚がわき出てきた。

 酷く甘やかで。切なくて。何だか胸がきゅんきゅんしてしまうような、心地よさ。

「あ、あっ……」

 あるいは意識を失いかけた事で、いろんな感覚が鈍くなったのが幸いしたのかも知れない。 ただただ荒れ狂う衝撃としてしか感じる事の出来なかったクリムのその性運動が、急に彩り豊かなものとして認識出来るようになっていた。

「あ……あっ♥」

 気持ちいい。

 普通の人間がされたなら胎を突き破られかねないような、そんな容赦のない突き込み。

 でも、そこにはクリムの愛情がしっかりこもっている。

 ぎゅっと子宮口に先端を押しつける動き。

 カリで膣ヒダをめくり上げる動き。

 単調な前後運動ではなく、こね上げるようなグラインドも加えて狭い膣穴をほぐくり回してもいる。

 自分勝手に、自分が気持ちよくなるだけの動きじゃない。それはむしろ、自分が気持ちよくなると共に、情け容赦なく相手を気持ちよくさせまくる動きだ。

 それをアーシェが純粋に気持ちいいと感じられないのは、単に彼女が未熟だから。

 処女を失ったばかりで、全然セックスになれていなくて。だからアーシェはただただ大きすぎる感覚に神経を揺さぶられて、悶えるしかない。

「あ、あ……っああ……っ♥」

 苦しくて。辛くて。

 でも、めちゃくちゃ気持ちいい。気が遠くなるほどに気持ちいい。

 相反する感覚がアーシェの意識を掻き乱す。

 こんなにもクリムは自分のことを思ってくれているのに、自分がふがいないばっかりに満足にそれを受け取れなくて。

 そんな自分が情けなくて、惨めで。

 そのことの突きつけられるのが、気持ちいい。

 全身の神経がぐちゃぐちゃにかき回される感覚に窒息しかけて――ふと、なぜだかアーシェはそれに気付いて、妙に腑に落ちるものを感じていた。

 これだ、と、そんなことを思ってしまう。

 そう――

 気持ちよくて。辛くて。苦しくて。惨めで。情けなくて。でもやっぱり気持ちよくて。

 自分が求めていたのはこれなのだ。

 クリムにされたかったのは、これなのだ。

(ああ……そっか)

 これは、お仕置きだ。

 淫乱で怠惰で悪い子のアーシェに、クリムがお仕置きをしてくれているのだ。

 だからこんなに辛くて苦しいのに、気持ちいいのだ。

 だからこんなに辛くて苦しいことが、こんなにも安心出来て、気持ちいいのだ。

 自分は悪い子だからこんな事をされて当然だし、淫乱だから、こんなイヤらしいことをされて気持ちよくなっちゃうのも当然だし、そんな悪い子だからこんなお仕置きをされるにふさわしいのだ。

「あ、はっ♥」

 もう本当――どうしようもない。

 でも、何だかすごく清々しい気分だった。

 自分の中にずっと溜め込まれていたものが、ようやく吐き出されたような。

 やっと本当の自分に、出会えたような。

 それがすごくすごく嬉しくて。苦しくて苦しくてたまらないのに――だからアーシェは、腕を伸ばし、クリムの首に縋って、彼にキスをした。

「んっ……アーシェ?」

 艶然と笑いながら口づけを求めてきたアーシェに、クリムはどこか不思議そうな表情を向けてくる。

 激しい性運動であってもまだ彼は快楽に溺れきっていない。アーシェの反応が変化したことに、どうやらすぐ気付いたようだった。

 ただ――口づけを繰り返しながら、続けて彼女が口にした台詞には、流石に彼も驚いたようだった。

「もっと……いじめて?」

「アーシェ……?」

「もっと、もっともっと、わたしに酷いことして? もっと悪い子のわたしに、おしおきして? 痛くして? 辛くして?」

 まっすぐクリムを見て、そんな事を笑顔で言って。

 クリムはそんなアーシェに、呆気にとられて。

 しかし直ぐに何かを察したらしく、彼はふっと苦笑めいた表情を見せた。

「そっか。アーシェは、そういうのが好きなんだな」

 ほんの少し困ったような、「ああ、やっぱりそうなのか」みたいな、僅かに諦めを含んだ笑顔でクリムはそう言って。

「分かった……のぞみ通り、おしおきしてあげる」

 そして――再び、彼の動きが変化した。

 

 ――どすっ。

 

 腹の奥に、今までと全く違う感覚がたたき込まれた。

「っひ、あっ……?」

 動きの激しさ自体は、先程までのほうがよほど激しい。

 でもそこに込められる意図は、彼の気持ちは、ずっとずっと冷徹なものだった。

 そこに優しさなどない。

 アーシェの大事な大事な子を育む聖域を汚し、壊し、侵略し、我が物とせんとする、暴君の動きである。

「あ、あっ……なっ?」

 変わったのはそれだけではない。

 お腹の中を満たす異物の感触が急激に変化して、アーシェは目を白黒させた。

 自己暗示によるものか、勃起し硬くなっていてもあくまで肉の柔らかさと暖かさを湛えていたクリムの生殖器が、鍛えられた鋼のように硬くなっなったのだ。

 浮き上がった血管。大きく広がったエラ。丸く膨れあがった亀頭。

 処女のアーシェの秘肉を、優しく解きほぐし、確かに彼女を導いてくれた筈のその生殖器は、今や女を壊す凶器となってアーシェの肉道を貫いている。

(あ。ああ……これ、まずい)

 ぞっと血の気が引く。

 こんなのでえぐられたら。

 こんなモノで本気で突かれたら。

 そんなのぜったい、壊れてしまう――

(まずい、まずい、まずいまずい、こんな、こんなの……っ)

 こんなの駄目だ。反則だ。

 こんなの絶対、逆らえない。屈服してしまう。今までの自分が全部壊されてしまう。

 犯されて。陵辱されて。

 身も心も、クリムの玩具に、されてしまう。

 ――ぞくぞくした。

 そして、アーシェの期待通りの抽挿が、始まった。

 

 ――ごり。

 

 胎の奥で、肉をえぐる音が、聞こえた。

 痛みが。それを遙かに上回る甘美な甘みが、強烈な電流となってアーシェの脳にたたき込まれる。

「あ。っ……っぐ、あ。あ……っ♥」

 もちろん、それは単なる錯覚だろう。

 まさか優しいクリムが、アーシェのお願いを聞いてくれるとはいっても彼女を本当に傷つけるような事はすまい。

 でも、膣に、その奥にある子宮にたたき込まれる暴力性は本物で。だからそんな大きすぎる衝撃に全身の感覚神経が揺さぶられて、思わず愉悦のため息を漏らしてしまう。

「ん、ぁ。ああ……っ♥」

「……どうしようもないね、アーシェは」

 たった一度の突き込みで理性を飛ばされ、息も絶え絶えに喘ぎ声を上げたところに、すかさずクリムが信じられないような言葉を投げてきた。

「あ。え……?」

 信じられないような言葉を、聞いた気がした。

「こんなひっどい責めでも、気持ちよくなれるんだ?」

 改めてだめ押しの様に目を細めて彼が耳元に囁いてきた言葉に、ひゅっと胸の奥が冷える。

 今まで聞いた事の無い、冷たい声。

 それは勿論、彼がアーシェの望みを叶えるために取った演技なのだろうが――まさか性運動だけでなく言葉まで使って彼女を責めてくるとは思っていなかった。

「あ、い、いや……やだぁ」

 なにより、快楽に蕩けた頭では大してものを考える余裕もなくて。

 いつもより数段バカになった今のアーシェの頭では、ただただ、いつも慕っていたクリムが酷い言葉を浴びせかけてきたことがショックで、辛くて、その事で頭がいっぱいになってしまう。

「やだ、や、い、やぁぁっ、そんなの、違う、違う……っ」

 涙がにじむ。力なく子供みたいに首を振る。

 でもクリムは容赦なく、そんなアーシェをさらに責め立てていく。

「何がイヤなんだ? 嘘ついちゃいけないな」

 言いながら、小手調べのようなひと突き。

 軽くグラインドを効かせたその動きはもはや抗いようもなく。直線的な抽挿のときの数倍増しで「ぐちゅり」と下品な水音が激しく響く。

「こんなに愛液垂らしといて、感じてるんだろ? こんなに酷くしてるのに、感じてるんだろ? この変態マゾヒスト」

「っ、ちがう、もんっ、わたし、そんなじゃ……っ」

「だから、嘘つくなって……のっ!」

 

 ――どずん、と。一際強い突き込みが、ねじ込まれた。

 

「………っっっっ♥ あっ、あっ、っ、う、っああああああっ♥」

 責められて、虐められて、さんざんおまんこが熱くなっているところに、そんな強烈な一撃を加えられて耐えられるはずもない。

 アーシェはあっさりとそのひと突きで深い深い絶頂を味わわされ、目一杯に背中をのけぞらせ悶えるしかない。

「ほら、こんな痛いのが好きなんだろ? イってるじゃないか?」

「い、イって、ないもんっ、い、あっ♥ あっ♥」

 何故だろう――冷たいそのクリムの言葉に、反射的に否定を返してしまう。

 認めてしまえばいい筈なのに。

 そもそもアーシェ自信が、自分はマゾなので虐めて欲しいと、懇願してこうしてクリムが責めてくれている状況なのだ。今更そこで否定しても滑稽だ。

 なのにそんな反応をせざるを得ないのは――ただただ、怖いからだ。

 自分が変態のマゾだと認めてしまえば、もっとクリムになじられるかも知れない。

 もっともっと、クリムが自分に向けて侮蔑の詩染を投げてくるかも知れない。

 たとえ演技であったとしても、クリムのことが大好きで大好きでたまらないアーシェにとっては、それは、心の底から辛いことで。

 本当――バカみたい。

 実際にはそれで、おまんこが簡単にイッちゃうほど感じちゃっているくせに。

「認めなよ。自分は変態ですって。酷いことされておまんこぬれちゃうような、どうしようもない淫乱ですって」

「……っ、い、ぅ……っ」

 更に冷たい言葉を投げかけてくるクリムに、涙を流しながらアーシェは弱々しく首を振るばかり。

「……そっか」

 そんなアーシェに、クリムはこれ見よがしに落胆のため息をついて。

 そして――ぞっとするような冷たい瞳で信じられない宣言をしてきた。

「じゃ……決めた。アーシェが自分が変態クソマゾ女だって決めない限り、セックス止めてあげないから。何度も何度もイっても、止めてあげない」

「……え、え?」

「当然、気絶しても、おしっこもらしても、止めてあげない。何時間でも何日でも、セックスし続けるから」

「……え」

「ちなみに射精もしてあげない。自分のことばっかり考えてる粗マンじゃ、気持ちよくなんかなれる訳もないし」

「………っ」

 こともなげに、耳を覆いたくなるような言葉をクリムは吐いて。

 そして恐ろしいことに、クリムはその宣言を実践してのけた。

 

 何度も何度もイっても、彼は全然休ませてくれたなかった。

 快楽のあまり体中が弛緩して、おしっこをあたりに撒き散らしても、クリムは腰の動きを全然止めてくれなくて、おしっこしている間に三度も絶頂させられた。

 泣きじゃくっても構わずイかされた。

 勘弁して、もう許してと懇願しても彼は全然許してくれなくて。 

 

 ――そんな風にして、延々彼に犯されて。どれほどの時間が経ったのだろう。

 おそらく実際には大した時間は経っていまいただ何十回も連続でクリムにイかされたアーシェにとっては、それは永遠にも等しい苦痛の時間だった。

「あっ♥ あっ♥ ああっ♥ またっ♥ またいっちゃ、あっあああああああ♥」

「はぁい、34回目の絶頂」

 ぐちゅぐちゅ腰が鳴ってる。クリムのおちんちんがおまんこをかき回してくる。

 どうでも良くなるくらい気持ちが良いけれど。イく度にクリムが囁いてくる心ない言葉が、アーシェが完全に壊れることを、快楽に溺れることを許さない。

 ああ、でも。でも。きもちいいのだ。

 天に昇るくらい、気持ちいいのだ。

 ほら、ぶわって開いたおちんちんのカサが、ごりごりがりがりと、おまんこの穴を掘削してる。

 まるっこいその先端部が、どすんどすんて、突き込みの度に子宮口をハンマーで叩くみたいなびんたをしてくれる。

 なによりごくごつと血管が膨れあがったその表面が、イきまくって、イきまくって、なんどもなんども絶頂しまくって、はしたなく収縮しまくった変態淫乱イきまんこを、ずこずこ擦り上げてくるのが、もう屈服するしかないくらい気持ちよくて。

 だから――気持ちいいのだ。

 今だって、アーシェはイってるのに、ずこずこって。

 ずこずこ、ぐちゅぐちゅ、きもちよくて。

 もう、なんだか訳が分からなくって。

 でも――

「――ははっ」

 とびっきりの侮蔑を含んだクリムの笑い声が、やけに鮮明に、イきまくってもうろうとしているはずのアーシェの意識に届けられた。

「なあアーシェ。気付いてるか?」

「あ、い、うっ、あ、あっ、やめてっ、あ、あっ♥ また、っ、いうっ いく、っ♥ んんんんっ んんんん――――――ッッ♥♥」

「35回目。な、アーシェ。自分の腰、見てみろよ」

 ようやく、久しぶりにかけられた言葉が優しげだったのも、おそらく意図通りのものだったのだろう。

 しばらくぶりにかけられた柔らかな口調に気が緩んで、おもわずアーシェは彼の言葉素直に従ってしまって――そして、信じられないものを見た。

「え。へ…………え?」

 ぐちょぐちょ言っていた。

 ずぼずぼ、おちんちんがアーシェのおまんこに抜き差しされていた。

 クリムは、まったく腰を前後させていないのに。

 では、誰が腰を動かしているか? 今の突き込みは、誰の動きによるものか。

 そんなの――考えるまでもない。

 アーシェだ。

 アーシェ自身が、自分で腰を動かして、自分だけが腰を動かして、自分一人で、クリムに陵辱されていると思い込んで、気持ちよくなっていたのだ。 

 でも、そんな――こんなの、いつから――

「22回目からだったかな。俺はもう、そこから、全然腰を動かしてないよ」

 真っ青になりながらとっさに頭をよぎった疑問に、まるで心を読んだかのようにすかさずクリムが答えを言ってくれる。

 つまり、もう13回も、アーシェはクリムがもう腰を動かしてないことなんか気付かずに、いつの間にか自分から始めていた動きだけで、絶頂まで迎えていた訳で。

「そう。26回目と27回目に、おしっこもらしながらイっちゃった時も、30回目に膣痙攣起こしてしばらくずっとイきっぱなしになったときも、アーシェは自分で腰動かしてただけだったんだよ」

「え。え……」

「わかった?」

 ことさらに優しく微笑みながら、クリムは残酷な宣告をした。

「アーシェ、お前はね。自分で腰降っておしっこ漏らしながらイくような、どうしようもないド変態なんだよ」

「……ぁ」

 ――なんだか。

 もう。もう――どうでもよくなった。

 だって、もう、何したって無駄じゃないか。言い訳なんて出来るはずもない。

 クリムの目の前で、どうやったところで弁明の効かない、人として終わりきってる有様まで、さらけ出してしまったのだから。

「アーシェ」

 クリムが、呼びかけてくる。

「アーシェ。わかったかい?」

 わざとらしい曖昧な問いかけ。

 自分の意思で、自分で考えた言葉で、クリムはアーシェに、自分がどんな女かを問うているのだ。

「わ、わたし、は……」

「うん」

「わたし……は」

「私は、なんだい?」

 ちゅくり、と、僅かな水音を立てて、ほんの少しだけ、クリムの方から、急かすに様におまんこに刺激が与えられて。

 だから、ほんのささやかなつぶやきが、その一押しによって漏れ出てしまった。

「い、淫乱、です……」

 そして。一度堰を切ってしまえば――もう、止められるはずもなかった。

「わ、わたし、淫乱なんですっ、どうしようもない変態で! おかしくて! マゾなんです! ずっとずっと、子供の頃からおかあさんたちのえっち覗き見てたの! おかあさんたちのえっちをおかずにオナニーしてたの! もう子供の時からずっと! クリムさんに犯して欲しかったの! めちゃくちゃに陵辱して欲しかったの! 毎日毎日おかあさんたちよりずっと酷いセックスして、壊して欲しかったの! 悪いこのわたしをお仕置きして欲しかったの! 虐めて欲しかったの! 玩具にして、性奴隷にして! 飼って欲しかったの!」

 今まで、ずっとずっと溜め込んでいた思いを、全部ぶつけて。

 もうどうでもいいやって気分になる。

 何言ってるんだ、自分は。

 クリムだって、こんなアーシェに付き合ってくれてるだけで。だからこんな思いを打ち明けても、彼を困らせるだけの筈で。

 でも――

「――そっか」

 アーシェに言葉を静かに聞いていたクリムは、殊更に、不自然なまでに、朗らかな笑顔を見せた。

「じゃあ、もう、アーシェはお嫁さんにしなくていいね?」

「……――え」

 流石に。

 そんなことを言い出すとは思っていなくて、アーシェは頭の中が真っ白になる。

 クリムが、アーシェの身体に手を伸ばす。呆けたアーシェでは次に彼が起こした動きに対処できる筈もなく。なすすべもなく体勢を入れ替えられ、後背位の体勢となった。

「え。っや……っ」

 この体勢、イヤだ。

 だって、クリムの顔が見れない。

 これじゃ誰に犯されてるのか分からない。

 アーシェが虐めて欲しいのは、あくまでクリムであって――

「実はね。アーシェのこと、生まれた時から気にくわなかったんだ」

「……え?」

 彼の存在が希薄になって不安に息がつまりかけたそのタイミングで、クリムは、奇妙に冷たい声でアーシェにささやきかけてきた。

「俺ねえ。この目で見たんだ。見せつけられたんだ。ミリアとコノミがセックスして、アーシェを孕むとこ」

「……ぇ」

「すっごい、ムカついたんだ」

 ぞっとするような声だった。

「だからね。アーシェのこと、ずっと愛せなかった。自分の子供として見れなかった。だからねえ、今ね、すっごいワクワクしてるんだ。――やっと仕返し出来るって」

「し、仕返し?」

「そう」

 顔は見れないのに――なぜか、クリムが愉快そうに笑っているのだけは、はっきりと分かった。

 混乱してしまう。

 これは――本当に演技なのか?

 今、クリムの口から語られているのは、彼の本心ではないのか?

 だって、アーシェがミリアとコノミの間の子であることは事実で。普通に考えれば、そんなの、男として不愉快にならないはずがなくて。

「あの時孕んだ子をこうして俺の性奴隷にすることで、俺はやっと、ミリアを寝取られた腹いせが出来る。あの時のむかつきを解消することが出来る。だから――」

 背後にあるクリムの気配が近くなる。のしかかられ。生暖かい感触が背中に触れる。

 そうして――耳元に触れるのは、彼独特の息づかい。

「絶対愛してなんかやらない。ずっとずっと、お前のことは一生、性奴隷としてこき使ってやる。お前は一生、俺のための腹いせ解消道具だ。いいな?」

 その言葉は。

 どこまでも傲慢で。残酷で。

 でも――

(ああ……もう、いいや)

 もう、いい加減虐められて考えることに疲れ切っていたアーシェには、もうこれ以上のストレスは耐えきれるものではなくて。

「――はい♥」

 だから、アーシェはすんなり、全てを手放すことにした。

「わたしは、クリムさんの、性奴隷です。腹いせ解消道具です。思いっきり私のこと……わたしの淫乱腐れおまんこ……使ってください♥」

「………」

 返事はなかった。

 代わりに、腰が突き込まれた。

「あ。あ……っ♥」

 また違う。

 同じ抽挿なのに、さっきまでとまた全然具合が違う。

 今まではあくまでクリムはアーシェのための動きをしていた。

 初体験の時は優しくアーシェの具合を解きほぐすように。二回目以降はいかにアーシェに激しい快楽と苦痛を与えるかを第一に考えた動きだった。

 でも、今回のはまるで違う。

 徹頭徹尾、クリム自身のための動きだ。

 アーシェの淫乱まんこを使って、クリム自身が射精に至るためだけの動きだ。

 ただただ自分の快楽のためだけに、アーシェのおまんこを使う動きだ。

「あ、あっ♥ ああ、んんんっ♥」

 お腹の奥が、かっと熱くなった。

 おまんこが、途端に蕩けてしまう。

 アーシェの愛液は既に透明さはまるでなく、子宮口から分泌された本気汁と混ざり合い、白濁してさらにゼリーのように粘っこくなっている。子宮口で精子を受け取り孕むためのその粘液は攪拌されて空気に混じり合い、むっとするような発情臭を辺りに撒き散らしていた。

 駄目だ。

 こんな状態で、射精されれば、ぜったい孕んじゃう。

 もう自分は、クリムのおまんこ奴隷なのに。

 これからするクリムとのセックスは、ただただ、彼の快楽のための、欲求不満と憂さを腫らすためだけのものなのに。

 そのためだけのセックスなのに、ぜったい、ぜったい孕んじゃう……♥

「……っ、ようやく、気持ちよくなってきたな? アーシェ」

「だ、だって、こんな♥ こんなのっ♥ ん、か、っや、ああっ、い、あっ、イっちゃう、あっ、ああああっ」

「ほら、イってないできちんとおまんこ使えよ。こっちを気持ちよくさせろ」

 抽挿の動きに合わせて、ぴしゃりと腰でお尻を叩かれた。

 じわりと響いてくる甘美な衝撃に、なおさらおまんこがきゅんきゅんしてしまう。もうそれだけでまたイっちゃいそう。

 でも、クリムをちゃんと気持ちよくしないと。言われたとおりにしないと。だって自分はクリムの性奴隷なんだから。

「う、は、い、はい、っ、あ♥ ああっ♥ あ、でも、あっ♥ やっぱりきもちいっ♥」

 でもやっぱりアーシェのおまんこは淫乱でどうしようもなくてこらえ性がなくて。

 締め付けて、その感触でイっちゃって。イっちゃって。もう止まりようがなくって。

 そうすれば、クリムのおちんちんも、どんどん熱く火照ってきて。

(ああ……)

 心の奥で危険信号が鳴っている。

 なぜだか、分かってしまった。

 クリムのおなかの奥底で、どんどん精子が作られていってる。 

 アーシェのおまんこで気持ちよくなって、アーシェを孕ませるためだけの精子が、どんどんどんどん作られて言っている。

 こんなの。無理だ。駄目だ。反則だ。

 あんな情熱的なのぶっかけられたら。

「孕ませて、くださいっ♥」

 だから、叫んだ。

「わたしのっ、くりむさんのためのっ、性処理おまんこっ、孕ませてくださいっ♥ 愛情なんていっこもないセックスで、わたしのことイかせてイかせてイかせまくって! 淫乱イきマンコに精子ぶっかけて♥ はらませてくださいっっ」

「……っ」

 ――そして。

 それが、もう限界だった。

 

 びゅぐ、と。汚らしい音が、お腹の奥ではじけた。

 

「あ………♥」

 その瞬間、もう、世の中の全てが消し飛んだ。

 何かを叫んだ気がする。

 身も世もなく悶えまくった気がする。

 でも、もう後となっては何が起こったか分からなくって。

 ただ一つ確かなのは、最悪で最低で最強で最高に気持ちよかったという、ただそれだけだ。

 

◆9◆

 

 お腹の中で、どろりと暖かいものがたまっているような感覚がある。

 先程の性行為で胎の中に注ぎ込まれた、クリム=ロクサールの精液だ。

 大好きな大好きな彼に、生まれて初めてもらった精液。

 そしてそれは――しかし同時に、ただただ気持ちいいだけのセックスをした結果吐き出された、欲望の塊でもある。

「……う」

 行為の余韻が引いていく中、その感覚に浸ってしまいそうになる自分に、冷静さを取り戻しつつある理性が唾を吐く。

 何をやっているんだ、自分は。

 何でこんな事で自分は、喜んでしまっているのだろう。

 全然全く、喜んでいる場合じゃないのに。

(う……)

 行為の最中、クリムにかけられた罵声の数々を思い出して、涙がにじむ。

 良くも悪くも真面目で気弱なところを残しているアーシェは、被虐性愛者としても中途半端だ。

 快楽に酔っている時には至極の快楽として受け止めていた言葉は、しかし素面で受け入れるには多大な苦痛を伴う。身体の火照りも鎮まってきた今となっては喜びなど欠片もなく、ただただ酷い言葉をかけられて辛い思いをするばかりだ。

 いっそ身も心も全部マゾヒストになれればそんなことにもならないのだろうし――中途半端な性癖としてしかMっ気を持ち合わせていないアーシェはその辺りの立ち回りが上手くない。

 バカみたいだ。

 自分からそうなるようにクリムにお願いをしておいて、いざ望み通りにしてもらったら傷ついて凹んでいるなんて。

 だから――

「……大丈夫?」

 気遣わしげにかけられたクリムのその言葉に、アーシェはただただ混乱するばかりだった。

「……ぇ」

 意味が、分からない。

 何せ、そんな言葉と共に彼が向けてきたのは「やらかした」とか「申し訳ない」とかそんな感じの、心底こちらを心配した視線だったから。

 先程まで「クソまんこ」とか「変態精液ゴミ箱女」とかそんな心ない言葉をさんざん浴びせかけていたというのに、彼が今見せている表情には、そんな酷薄さなどみじんもない。

 アーシェがよく知っている、人間兵器とはまるで思えないような優しいまなざしだけがそこにあった。

「やり過ぎたかな。ごめんな」

 さらに、ついには謝罪と共に頭を優しく撫でてきたりして。ますますアーシェは混乱してしまう。

 しばらく目を白黒させて――ようやくアーシェの中で、ピンとくるものがあった。 

「え、えっ!? じゃ、ええ? さっきの、演技だったの!?」

「そりゃそうだよ……てかなんでびっくりしてるの」

 むしろアーシェの台詞が予想外のものだったらしく、クリムが少し戸惑うような顔になって――何だかそれがすごく釈然としない。

「だ、だって……! あんなに真に迫ってたって言うか……」

「そりゃ、そうしないとMッ気的には満足出来ないだろうって思ったし」

 こともなげにそう言われて、そして実際その通りなのでアーシェとしても反論出来なくて口を噤んでしまう。

 そして一つのことに気付いて、何だかもう、気が抜けるばかりだった。

(……あーあ)

 結局、彼は徹頭徹尾、アーシェのためを思っての行動だったのだ。

 やりとりの中でアーシェがマゾだと分かったから、そんなアーシェが気持ちよくなってもらえるようにと、クリムは思いつく限りの本気で彼女を責め立てていただけなのだ。

「……最後のあたり、やばかった……」

「まあ……満足してもらえたようでなにより」

 何だか、他ならぬクリムに「満足してもらえたようで」なんて言われると恥ずかしさがハンパじゃない。

 確かに最後のあたりのよがり方はすごかったけれど。確かに物凄く気持ちよかったけれど。

 素面になった今になって、そんな自分をクリムにじっくり見られていたという現実を突きつけられると、ちょっとどうしていいか分からない。

 と言うより――問題はそこじゃない。

「いや、てか、そうじゃなくて……そうなんだけど」

 あっけらかんと笑うクリムに慌てて首を振って、アーシェは改めて自分の気持ちを整理しながら言葉を紡いだ。

「その……私が、えっと、おかあさん達の間に出来る時の話とか。まるで演技って思えなかっていうか」

「ああ……」

 ようやく言わんとするところが伝わったようで、クリムは苦笑気味に「そういうことか」と苦笑を深めた。

「まあ……それは本音まじりっていうか。自分で考えたことの裏返しって言うか」

「本音? 裏返し……?」

「ああ……だからさ。まあ実際に、見たのは確かにその通りなんだよ。アーシェが出来るとこ。そのときの気持ちを基準にして、どう言ったらアーシェが辛い気持ちになるかなって……考えながらしゃべってた」

「……」

 照れくさそうに種明かしをするクリムを見ながら――なんだかアーシェとしてはむしろ自分が恥ずかしくなってしまった。

 ミリアンドール=アバルスカ。コノミ=ロクサール。

 クリムが愛する二人の女性の間に、クリムを介在させぬ形でもうけられたアーシェに対しては、クリムとしても、やはり実際には、なにがしか思うところがあったのだろう。

 そういった苦悩を経た上で、彼はアーシェを、他の姉妹たちと区別なく接して娘として愛してくれたし、またこれからは、アーシェの想いを受け止めて、ひとりの女として彼女を愛そうとしてくれている。

 どれだけ自分が大事されているかを思い知った気分である。

 なんだか、現時点で既に、相手に対する気持ちの大きさの面で負けた気になるアーシェだった。

 負けたくないな、と、自然にそう思った。

 自分からクリムのことを好きだと言い始めたのだから、その面だけは、相手のことを好きだという気持ちだけは負けたくない。

 でも、その対抗心は決して切羽詰まったものではない。

 むしろそう思えたことが、自分自身、なんとなく嬉しいアーシェだった。

「……おと……クリムさんは……なんて言うか、魔物狩りやってるよりも劇団で俳優とかやった方が良い気がする」

「やだよ恥ずかしい。人前に出るの苦手なんだ」

 とにもかくにも、冗談めかした物言いにクリムも気軽に応えてくれて――まあとりあえずは一段落だ。

 何となく彼に裸を晒すのが恥ずかしくてシーツをまくり上げ、そこで今更自分の体中がいろんな分泌物でどろどろになっていることに気がついて、ああどうしよう、とアーシェは一瞬途方に暮れた。

 さすがにこのまま寝入ってしまうのは気持ち悪いし――というかこんな性臭まみれで寝床に入れば、すかさず同室のリルカやセセリに色々と要らないことを感づかれてしまうだろう。今までの経緯から考えれば間違いなくからかわれる。

 とはいえ、浴場には必ずどの時間でも使用人が控えている訳で。使用人に自分が何やったか知られるのも、それはそれで恥ずかしい。

(うう……)

 進退窮まって、悩んで――それでもやっぱりお風呂に入る方が良いかと思い直したところで、アーシェは、傍に居たクリムが、何もない虚空を、妙に真剣な表情で見つめていることに気がついた。 

「……クリムさん?」

「ちょっと待っててな」

「あ、はい」

 真剣味を帯びた彼の言葉に、若干怯む。

 その声はアーシェが殆ど聞いたことがない――日常の場では滅多に彼が口にしない類のものだ。

 殺気だった――まるでそれは、魔物狩りの現場に立った時のような声。

「誰かに見られてる」

「え……」

 ただその一言だけを告げ、驚きの声を上げるアーシェに構うことなく、クリムは即座に行動を開始していた。

 虚空を見据えながらクリムはベッドの脇に置いていた短剣に手をかけ、すかさず抜剣。

「……―――ッ」

 そして耳に捉えきれない速度で高速詠唱。

 クリムがどんな呪文を唱えているかはアーシェには聞き取れなかったが、彼の周囲に浮かんだ魔法陣は辛うじて読み取ることが出来た。

 付呪の魔法。武器に魔力を込め、強化するための呪文だ。

 幾重にも浮かび上がった魔法陣は全てすぐに姿を消し、代わりに空中に現れた数十にも及ぶ光の球が、一斉にクリムの手にある短剣に殺到して――その刃がぼんやりとした燐光を帯び始めた。

 そして――魔力を込められた短剣を手に、何を思ったかクリムは、彼の目の前、何もない空間を袈裟切りに一閃した。

「……?」

 アーシェの目には無造作に剣を振り下したようにしか見えなかったが、どうやらそれは大間違いだったらしい。

「ありゃ、まずった」

 その証拠に、少し気まずそうな声を上げたクリムの視線の先では、傍目には何もない虚空を切っただけにもかかわらず、まるで数年にわたって酷使し続けた後の様に、短剣の刃がボロボロになっていたのである。

 鍛えられた鋼に、さらに魔力による補強を加えても耐えきれない程の負荷が、今の一閃にはあったということだ。

 一体、クリムは何をしたのか。

 その疑問の答えは、すぐに出た。

 

 ――びちり。

 

 彼が短剣を鞘に収めたその直後、何か肉が裂けるような音が虚空から響き、何もないはずのその空間に、「切れ目」が生じたのである。

「……すご」

 ようやく彼が何をしたかに思い至って、アーシェは感嘆の声を漏らした。

 どうやら何者かが、亜空間に潜んで自分たちを監視していたらしい。

 その気配を感じたクリムは、監視者のいる亜空間をすぐ近くに引っ張り込んで、さらに空間に裂け目を入れ、監視者を今二人がいる目の前に引きずり下ろしたのである。

 空間の割れ目は見る間に大きくなり、やがて完全な円形となって――そして収縮するような動きを見せ、中から何か大きな塊をひり出した。

 一体、何が出てくるのか。

 身構えるアーシェの前で、それはどさりと音を立てて床に落ち――しかしその正体に気付いて、彼女は思わず気が抜けてしまった。

「……えっと」

 どう反応して良いか分からず隣を見ると、しかしクリムも彼女と同じような顔をしている。

 呆れかえったような顔でため息をつき、彼は何だか、疲れ切った様子で口を開いた。

「……何してるの、ミリア」

「あ。あの……えーと」

 流石に声をかけられた方も、とっさに良い言い訳が思いつかなかったらしい。

 気まずそうに顔を逸らして――そして特徴的な赤髪がふるふると揺れた。

 ――そう。

 クリムが亜空間から引きずり下ろした監視者は――他ならぬミリアだったのである。

「おかあさん……?」

「えと……その。ごめんなさい。二人がどうなったか、気になって……」

 娘にまでなんとも言えない微妙な視線を投げかけられて、とうとう観念したのか、しょげかえった様子でミリアは正直に白状した。

 確かにミリアの立場からすれば、夫であるクリムと娘であるアーシェの間でどのような情事が行われたか、そりゃ気にはなるだろうが。しかしだからといって、亜空間まで作って姿を隠し、出歯亀をするのは流石に魔王の力の無駄遣いとしか言い様がない。

 しかも――

「母娘そろってなにやってんだか……」

 何とも言えない微妙な表情で呟くクリムに、ミリアが「あう……」ともじもじしながら赤面して俯いていた。

 まあ双方、そんな反応になるのも無理もない。

 何せミリアの両手は彼女の股間に添えられて、ナイトドレス五指に触れているだけだというのに、ねっとりとその指先が粘液で濡れていたのである。

 何をしていたかは、明白だ。分からないはずがない。何せ当のアーシェが、さっきまでやっていたこととまるで同じなのだから。

(うあー……)

 何というか――両親の性行為をのぞき見していた身で言える事ではないのだが、流石に親が自慰行為をしていた現場に鉢合わせすると、なんとも微妙な気分にならざるを得ない。

 リルカやセセリの自慰の現場に出くわしたことは何度もあるが、流石に相手が実の母親であるミリアとなると気まずさがその比じゃない。

 どうコメントしたものかとアーシェが途方にくれていると――今度はため息一つついたクリムが、とんでもないことを口にした。

「あー……じゃあ、そうだな。ついでだし、このまま3人でしてみる?」

「………へぁ!?」

 流石に予想外すぎる提案に、アーシェの口から素っ頓狂な声が上がってしまった。

「クリム様……?」

「いや、ミリアも切なそうだしな。俺たちの間にアーシェも入るって事は、どっかのタイミングでこうして一緒にすることになるだろ。丁度良い機会だと思うけど」

「……そ、そうかもだけど」

 理屈としてはその通りかも知れないが、しかし今日破瓜を済ませたばかりで、いきなり3Pセックスはハードルが高すぎる気がする。

「クリム様……そういう所、コノミ様に似てきましたよね……」

「どっちかって言うとミリアの影響だと思うけど」

 赤面しつつ、どこか力の抜けた様子でへなへなしながら感想を述べるミリアに、クリムは涼しげな顔で応えている。

 そんな軽口の応酬は流石に年季の入った夫婦っぽくて羨ましくはあるが――だからといってアーシェは、その様子をのんびり眺めている事など許されない。

「で、アーシェはどう?」

「ど、どうって……」

 希望を聞かれても、どう答えればいいのやら。

 アーシェとしては展開についていくだけでもう精一杯なのに。そのうえ「3Pしたいか」だなんて、そんなの考える余裕なんてあるわけがない。

(……どうしよう)

「お、おかあさんは、どうなの?」

「わ、わたし?」

 やり返すような気持ちで口に出したアーシェの問いかけに、今度はミリアが顔を真っ赤にして狼狽えた。

 しかしそれはどうも、行為自体に躊躇があるわけではないらしく。

「わたしは……その。3人でするのはどうとしても……もう一回、クリム様に愛して、ほしいかな……」

 と、ミリアもじもじしながら言ってきた。

(うあー……)

 つまりそれは、今の状況から考えれば、ミリアも3Pに賛成だという事になるわけで。

 クリムとミリア、ふたりの視線を向け、追い詰められて。

 そして結局、アーシェは、二人の手によって責め立てられ、アーシェは延々と3Pセックスの洗礼を受けたのだ。

 

◆10◆

 

 結局――夜空が白み始める頃まで、行為は終わらなかった。

 やはり初めての行為という事で体力的に相当消耗してしまったのだろう、アーシェは早々に限界が来て、気絶するように寝入ってしまった。

 その後もミリアはクリムと二人だけで睦み合い、なぜだろうか、アーシェが混ざる前に一通りコトに及んでいたにもかかわらず、いつもよりもずっとずっと盛り上がってしまった。 

 そして――今日はアーシェの初陣という事で、クリムの方も色々と気疲れがあったのだろう。またアーシェとミリアの相手を夜通しした事もあって、クリムも、ミリアより先にうとうとし始め、裸のまま眠りこけるアーシェの横でふっと眠りに入ってしまった。

 特にそうなるよう仕向けたわけではないが、都合が良い。

 静かに寝息を立てるクリムとアーシェの穏やかな寝顔をしばらく眺め――そして念のためにと誘眠の呪文をかけてから、そっとミリアは二人の傍から立ち上がり、音もなく部屋を後にした。

 廊下に出、そして向かう先は中央棟。

 目的地へ向かう道すがら、ふと窓の外に目を向けてみれば、空も大分明るくなり、既に朝焼けが始まりつつあった。

 早朝特有のきゅっと身が引き締まるような肌寒さが何とも心地いい。

 城の中心部に何年も幽閉され、そして今になっても城の外に出ることを許されていない彼女にとっては、こんな些細な日常の光景でも、酷く美しく尊いものに思えてしまう。

 事実、尊いものである。

 今ミリアの目の前にあるのは、20年前まで続いていた魔王戦争で、いつ魔王オズバルドに破壊されてもおかしくなかった光景だ。あの戦争で魔王が勝利していれば、瘴気の渦が天空を覆い、大地に陽の光は届かず、大陸全土が草木も育たぬ死の地と化していただろう。

 しかしそんな美しい光景を前にしながら、今、ミリアの表情には笑顔がない。

 むしろどこか余裕がなく、悲壮で、何か切羽詰まっているような――そんな表情で足早に廊下を急いでいる。

 彼女が向かった先は、中央棟の最深部、地下10階。

 かつてクリムとミリアがおつとめをするための場として用意され――そしてその後数年間、ミリアを幽閉するための場所として使われた空間だ。

 ミリアが生活するために持ち込まれた諸々の調度は既に撤去され、今この広間には何もない。照明すらも全て取り除かれ、唯一この場に残っているのは、床に描かれた巨大な破魔の魔法陣のみだ。既に現在は使われておらず、出入り口に備えられていた詰め所も、今や無人になって久しい。

 しかし――

 もしこの場に普通の人間が立ち会っていたならば、ミリアが重い扉をゆっくり開けた先に、たしかに存在するただならぬ気配を感じ、その圧迫感に窒息死していただろう。

 既に使われていないはずの魔法陣は怪しく明滅を繰り返し、そして完全な密閉空間である

にもかかわらず、中の淀んだ空気は嵐のさなかにあるように渦巻いて、獣の咆哮のような物々しいうなり声を上げている。

 いや、それは確かに、何者かのうなり声であったのかも知れない。

 ただ風が吹き荒れているだけの筈なのに、その声には確かにある種の感情がうかがえた。

 喜悦。憎悪。嘲笑。憤怒。いくつもの感情が現れては消え、その風の音は、様々な、いくつもの矛盾した感情のまだら模様になっていた。

「……」

 ミリアはただただ無表情にその荒れ狂う風を眺め、そして何の躊躇もなく、ふわりとその部屋の内部に向かって跳躍した。

 風に舞う綿のように柔らかに、しかし部屋に渦巻く風に全く流されることもなくミリアは緩やかな放物線を描き、そして音もなく着地する。

 ミリアが到達したのは、この部屋の、魔法陣の中心部。

 彼女が魔法陣の中心に立った途端、風のうなり声が激しさを増し、暗闇の中、薄ぼんやりと唯一の灯りになっていた魔法陣の光が、どくりと脈動するような動きを見せ激しく明滅し始めた。

 

 ―――――おおおおお……―――おぉぉぉあぁぁぁぁぁぁ―――……

 

 風に交じり、高らかに何者かが歌うような声も聞こえてくる。

 その声を聞きながら、ミリアは懐から短剣を取り出し、鞘から抜いて呪文詠唱。

 剣身に鈍い光が宿ったのを確認してから、彼女はその刃を自らの手首に当てて――

「――なにしてる」

「あ……っ!?」

 しかしミリアは、唐突にかけられた声と共に腕を捕まれ、自らの手首を切ることを許されなかった。

 愕然と背後を振り向けば、そこには渋い表情をしてミリアの腕をつかむクリムと、そして更にその向こうにコノミの顔が見えた。

「……クリム様……何で」

 コノミはともかくとして、なぜクリムがここに居るのか。

 ここに来る前、念のためにと厳重に眠りの魔法をかけておいたのに。

「クリムくんはね、兵器だからね。あの手の妨害魔法は効かないように改造してるんだよ」 

 ミリアの表情を読んで、コノミが相変わらずの気軽な口調で解説してくれた。

 一方のクリムはミリアには取り合わず、彼女の足元にある魔法陣を苦々しい表情で眺め――そしてぼそりと呟いた。

「……魔法陣が書き換えられてるな。でも、これは……」

「平和なのは良いことだけどさぁ。平和ボケはしたくないもんだねー」

 クリムと同様にコノミもこの魔法陣がどういうものか読み取ったらしい。こちらは苦笑交じりの「まいったなー」という表情をしている。

「ミリア」

「は、はい」

 二人揃ってため息をつき――そして改めて、もの言いたげにクリムがミリアに顔を向けてきた。

 彼の顔に張り付いているのは、もの悲しげで痛ましい表情だ。

「間抜けな話でさ。さっき気付いたんだよ。アーシェをさっき抱いた時……なんか違和感があったんだよな」

「……」

「初めてをもらう時、血を浴びても、ミリアの時のようにならなかったんだ」

 魔王の力の込められた血は、濃厚な酸と毒を帯びる。

 星の数の魔族の頂点にある魔王の力は尋常ではない。その力を帯びた血はたった一滴で神鉄を溶かし、龍をも殺す毒となる。

 それは破瓜の血だって例外ではない。実際、ミリアの破瓜の時、その血を浴びたクリムは、<魔王殺しの英雄>として鍛えられた身でありつつ、深い手傷を負った。

 あの時の記憶はミリアの中で、もっとも痛ましい、忘れてはいけない思い出として、ずっと彼女の胸に抱かれている。

 アーシェの時に、それと同じ事態にならなかったという事は――つまり。

「……子供達に魔王の力、分けられなかったのか」

「……はい」

 もはや隠し立てなど出来るはずもない。

 ミリアは頭を垂れ、正直に頷いた。

 そう。

 そもそもはじめの話では――クリムの種をもらい、孕んだ子らに魔王の力を分け与えることで、魔王の力を分散させ、ミリアの内にある魔王を封じようという計画だった。

 それが、出来なかったのだ。

 クリムに愛され、コノミに愛され、そうして実際に我が子をお腹にもらって。

 そして幸せの中で、生まれてくる子のそれからを考えた時――迷ってしまったのだ。

 自分が野郎としていることは、自分が抱えた業を、何も知らないで生まれてくる子になすり付ける事ではないのか。

 親である自分が抱えている問題を、子供に背負わせているだけではないのか。

 その事に今更のように思い至って――そうしたらもう、ミリアは、当初考えていた計画を実行に移すことが、出来なくなっていた。

 だからミリアは、自分の胎盤に魔法をかけて、ヘソの緒を通じで胎の子に流れこむ血から、魔王の魔性だけをこしとって清浄な血だけを子に分けて、魔王の力と業を子に引き継がせないようにしたのだ。

 日に日に力を増していく魔王の魔性は、抱えきれなくなった分を、この部屋の魔法陣を書き換えて利用することで対応した。

 今この部屋に敷かれている魔法陣は、いわばミリアの中から切り離した魔王の魔性を閉じ込めておくための「檻」だ。

 血を捧げ、血と共に流れ出した魔性を高濃度の霊圧で封じ込めておくための魔法陣。

 部屋の中で荒れ狂う風。その風と共に高らかに歓喜の歌を歌い上げるおどろおどろしい声。これらはつまり、ミリアから切り離された魔王の一部なのである。

「そんなこと、一人で抱えるものじゃないだろう!」

 クリムは、まず何よりもそう言って声を荒げた。

「そんなときは相談してくれればいいんだ! 一言言ってくれればいいんだ!」

「……でも」

 むしろ悲痛な表情でそんな言葉を吐くクリムに、ミリアは思わず言い返しかけて――しかしそれが出来ずに口を噤む。

 彼が怒るのも当然だ。

 こんな重大なこと、一人で抱えて良いものではない。

 でも――それでもミリアがその事を躊躇ってしまったのは、一つの想いがあったからだ。

 そもそも今のクリムとの関係は、ミリアの「魔王を封印するために」という依頼によって始まったもので――今の夫婦関係も、なによりもその依頼が大前提として存在する。

 だからこうして毎日のように肌を重ね、そして今まで、大して間を置かずに次々と子をもうけてきた。

 でも――しかし。

 子供達に魔王の力が分けられていないという事実は、その一番最初の前提を――クリムと何度となく肌を重ね、コノミとも同じく肌を重ね、そして今までに13人もの子を産んだこと、その全てを、他ならぬミリア自身の手で、魔王を封じる上で全く無意味なものにしてしまったと言うことになる。

 クリム達がミリアの傍に居る必要など、どこにもないのだ。

 その事実が発覚し、クリムやコノミや子供達が離れていってしまうのかも知れないと――その事が怖かったのだ。

 しかし――

「ふざけんなッ!」

 我慢しきれなくなった様子で、クリムは半ば絶叫するような声で、そう断じた。

「見くびるなよ! 何年連れ添ったと思ってる! どれだけ傍に居たと思ってる! そんなことでミリアの傍から離れるもんか!! 子供達に魔王の力を分けたくないならそう言えば良い! 一緒にどうすれば良いか考えさせてくれよ! 冗談じゃない! ああもう全く冗談じゃない!!」 

「……クリム様」

「ミリアお前……俺に、自分を殺させるつもりだっただろう……!」

「………」

 そこまで見透かされているとは思っていなくて――流石に言葉を失ってしまう。

「こんな魔法陣をいくら改造したって、それで根本的に問題が解決するわけがない。それだったら俺に子作りの依頼なんてそもそもしなくていい筈なんだ。いつか絶対限界が来て、ミリアは魔王に成りはててしまう。だからこれは――魔王を封印するための魔法陣じゃない。ミリアを俺が殺せるレベルまで弱体化させるための魔法陣だ」

「……はい」

 全てを観念して、ミリアはクリムの言葉を肯定し、頭を垂れる。

「………ああ、もう……! くそ!!」

 怒りに震えるクリムの言葉に、ミリアとしては呆然とするしかなかった。

 彼の怒りは、ずっと皆をだまし続けていたミリアに向けたものではなく、むしろ自分自身に向けられたものであったから。

「なんだってんだ!! なんでこうなる!!」

 言葉にならない苛立ちを吐き出しながら、今までミリアが見たことのない、今にも泣き出しそうな表情で、クリムは彼女を、強く、強く抱きしめた。

「すまなかった……!」

「クリム様……?」

 そうして彼が次に口にしたのは――何故か謝罪の言葉だった。

「何で俺は今の今まで気づけなかったんだ! こんなにミリアは苦しんでたのに! 一人でこんな大きな問題を抱え続けて苦しんでたのに!! 何でいの一番に気づくべき俺は、こんな――」

 いや――事実彼は、泣いていたのかも知れない。

(ああ……)

 ふとミリアは思い出した。

 目の前で家族を惨殺された彼にとって、身近に苦しむ者を気付かず放置するなど、最も許されない、もう二度とすまいと心に誓っていたはずの行為だ。

 だとすれば、ミリアは二重の意味で、クリムを、この世で一番大切な男性を、自分の身勝手で傷つけてしまったことになる。

「ごめん……なさい」

 だからもう、ミリアとしては、その言葉を口にするしかない。

 縋るように、ミリアも抱きしめてくるクリムの首に腕を回して。

 慟哭する彼の気配に、申し訳なさが胸一杯に溢れ。涙がぽろぽろと瞳からこぼれ。

 ただただ、どれだけ重ねても足りることのない謝罪の言葉を繰り返すしかない。

「ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいっ……!」

 

 そして――あるいはそうして感情を爆発させたことが、何かのきっかけになったのかも知れない。

 

 ぱりん、と、何かが割れるような、酷く軽やかな音が、確かにミリアの耳に届いた。

「あ――……」

 ミリアの口から繰り返されていた謝罪の言葉が、中断する。

 代わりに彼女の唇から漏れるのは、どこか絶望的な予感に染まった喘ぎ声。

「あ。ああ、あ。ああ……っ」

 ぞっとするような悪寒が全身に走る。

「……ミリア?」

 クリムが異変に気付いた時には、もう既に全てが遅きに失してしまっていた。

 地下室の床に張り巡らされていた魔法陣に夥しい亀裂が入り、そうして出来た隙間から、まるで溶岩が噴き出すようにぞわりぞわりと漆黒のおぞましい影のような何かが噴き出し始めたのである。

 言うまでもない、ミリアから切り離され、魔法陣によって封じられていた魔王の力だ。

 瘴気の濁流と化したその暗い魔力の塊は寄り集まり、やがて何匹もの大蛇のようになって、もはや完膚なきまでに破壊された魔法陣の上を、嘲笑するように練り周り――そして最後に、その中心に殺到した。

 すなわち――魔王の力が本来あるべき所、ミリアの元へ。

「あ、う……っ」

 とっさに防御の陣を張るが、もはや限界に達していたミリアが講じられる対策などたかが知れている。彼女の全身を流れる血液と同じく濃厚な酸と毒が濃縮されたそれはやすやすとミリアの防御陣を溶かし腐らせ、そして彼女の背中に突き刺さり、その白い皮膚を突き破り、血管に穴を開け、ミリアの血に混ざり込んでいく。

 

 どく。どく。どく。どく。どく。どく。

 

「う、あっ、あ、ああああっ」

 視界が真っ暗になる。

 身体の奥の方で、どす黒いものがどんどん膨れあがっていく。

 自分の中にあるおぞましい魔王が、「ミリア」の皮を突き破って顔を覗かせてくる。

 全てを破壊し。

 全てを陵辱し。

 全てを無に帰せと、そう、甘やかに囁いてくる。

(いやだ……)

 何を躊躇う。

 それが魔王というものだろう。

 さあ、あの愉悦を思い出せ。

 兄を殺し。弟を殺し。姉を殺し。妹を殺し。

 彼らすべてを、その肉を喰らい、骨を喰らい、血をすすった時のあの味わいを。

 甘美だっただろう? 美味かっただろう?

 さあ、もういいではないか。

 もう十分自分は我慢したのだ。

 だから今こそ解放の時。

 あの至玉の瞬間に、今一度全身を委ねよう――! 

(……っ)

 もう、駄目だ。抑えられない。

「……クリム、さまっ」

 絶望のさなかにあって――ミリアが最後に口にしたのは、やはり最も愛おしい男性の名であった。

 

◆

 

「――ッ」

 とっさにクリムに出来たのは、急激な負荷に耐えきれず失神したミリアの身体を抱き留め、念のためにと懐に忍ばせていた破邪の腕輪を取り出して彼女の腕にはめる事だけだった。

 彼女にはめた破邪の腕輪は、ミリアと結ばれた直後の頃、彼女が外出する際魔性が漏れないようにとコノミが用意していたものの改良版だ。

 中和出来る魔力量は当時のものより格段に向上しているが、それでもこれだけの応急処置でどれだけ耐えることが出来るか。正直なところクリムの見立てでは、全く余裕がないように思えた。

「………くそ」

 大失態も良いところだ。

 今までミリアの異変に気付かなかったのもそうだし、その事が発覚して激情に身を任せたことで、魔法陣に封印されていた魔性がミリアに戻る際にとっさの対処も出来なかった。

 情けない。

 何が勇者だ。何が魔王殺しの英雄だ。今現に、愛おしい人一人すら満足に守れていないではないか。

「………ミリア」

 気絶して、時折苦しそうに呻いてはいるものの、ミリアに特に変化は見られない。

 ある程度の魔性は、とりあえず指輪で何とか処理が出来ているらしい。

 直ぐさま魔王として覚醒することはなさそうなのが、唯一の救いだろう。

「………」

 大きく深呼吸をし、気持ちを切り替える。

 今は、後悔をしていい時間じゃない。そんなものはもう十分やった。

 やるべき事をすぐにやらなければ、今度は本当に取り返しの付かない自体になってしまう。「コノミ、後を頼む」

「うん。りょーかい」

 頭の中でやるべき事を整理した上で立ち上がり、事後処理をコノミに頼むと、不自然なまでにコノミはあっさりと意図をくんでくれた。

 あまりにも切り替えの早い物わかりの良さに、さすがにクリムも眉をひそめる。

「……コノミ、お前もしかして……」

「うん? なあにー?」

 もの言いたげな視線に返してきたいつも通りの笑顔で全てを察して、クリムはこれ見よがしに大きなため息をついた。

「こうなること、分かってたのか」

「うん。まあ。狙ったわけじゃないけどね」

 相変わらず、コノミはあくびれることがない。

 とんでもない指摘をされても、彼女はただただ涼しい顔で肯定するだけだった。

「……帰ったら、後で説教な」

「あはは。うん。待ってる」

 不愉快そうに睨み付けるクリムの視線を、いつも通りののんびりした表情で受け止めながら、しかしコノミが最後に口にした言葉だけは、どこか祈りのような、真摯な気持ちを帯びていたかも知れない。

「だから――必ず帰ってきてね」

 

◆11◆

 

 何かの気配が動いたような気がしてふとアーシェが目を覚ますと、そこにはミリアの姿もクリムの姿も見当たらなかった。

「うわ……まず」

 結局体液まみれの裸のまま、しかもミリアの部屋で眠り込んでしまったことになる。

 申し訳なさと気まずさにまずベッドから降りて――しかしアーシェはそこで、途方に暮れてしまった。

 これから自分は、どうすれば良いんだろう。

 まず今の時間が分からない。

 ミリアの部屋は城の中央部にあるため窓もなく、太陽がどれくらい昇っているかすら分からない。

 ご飯を食べに食堂に向かえば良いか、それとも風呂で汗と体液を流すべきか。

 今まで常に姉妹と一緒に行動していたアーシェは、こうして一人で朝を迎えること自体が殆ど初めてのことだったし、朝寝坊をしたのも初めての経験なので、こういうシチュエーションになった時、どう対処すれば良いか、そもそもそれが分からなかったのだ。

(ていうか……よく考えたら、分からないことだらけだ)

 母の寝室で、シーツに包まって裸身を隠しながら、そんなことをアーシェは思う。

 なし崩しで心の準備もなく、アーシェの想いは昨日、叶えられてしまった。

 今まで抱いていた思いをクリムに伝え、そしてその気持ちを受け入れてくれると、彼はそう言ってくれた。

 それだけでなく、彼に抱かれて。彼の女になった。

 クリムの妻になった――と、そう考えて良いのだろうか。

 でも特別きちんとした儀式をしたわけでもないので、今日、今から、アーシェはミリアやコノミのようにクリムの妻として振る舞えば良いか、そして今まで通りリルカやセセリの姉妹として振る舞えば良いのか、それとも両方なのか――一家の中での自分の立ち位置がいきなり不確かになったような気がして、妙な不安感を覚えてしまう。

「……ええ、と」

 妙な心細さを覚えて、だからまずは、誰かに会いたかった。

 リルカやセセリや妹たちに今会うのは、何となく気恥ずかしい。

 とりあえずクリムかミリアか、コノミがどこか探そう。

 そう思いながらべたべたと汗でねばつく不快感を我慢してとりあえず寝間着を身につけ、廊下に出ると――ふと城中に広がる物々しい気配にアーシェは眉をひそめた。

「なに……これ?」

 窓のあるところに急いでみると、まだ朝も早い時間らしく太陽はそれほど高い位置にない。城の中の行き交う人々の気配はいつも通りの平和なものだが、しかしもっと奥の方――おそらく城の地下のあたりから、何か人ならぬ気配がにじみ出ているような感覚があった。

「……魔物?」

 おぞましい、物々しい気配は、たしかに魔族の類いに感じるそれだ。

 しかし城の中で魔物が発生などすれば、もっと城全体が騒々しくなっているはず。

「……」

 名状しがたい不気味さを感じながら、城の中の気配を探る。

 こういう時は、まずクリムに相談だ。

 しかし結局、気配を探し彼を見つけるまでもなかったようだ。

 アーシェがそうしている内に、彼の方が廊下の先から姿を現したのである。

「……ぁ」

 彼は――酷く切羽詰まった様子で廊下を走っていた。

 既に外出着を身につけ、そして彼の腕には、力なく目を閉じたミリアが抱きかかえられている。

「おかあさん……!? どうしたの!?」

 ミリアが普通の状態じゃないことは、一目で分かった。

 息が荒く、顔が真っ青になって時折苦しげにうめき声を上げている。

 こんな母親を、アーシェは見たことがない。

 城に何年も幽閉されて不健康な生活を送ってはいるものの、ミリアは魔王の身の上である。病気など今まで一つもしたことがない。

 なによる看過出来ないのが、さきほど廊下を出た時に感じたあのおぞましく物々しい気配が、どうやらそのミリアの身体から放散されているようだと言うことだった。

「……アーシェ」

 苦々しい表情をその顔に浮かべながら、クリムがアーシェの手前で立ち止まる。

 その表情から、何が何だか分からないが、なにかとんでもない自体になっていることだけはアーシェにも理解出来た。

 何度か、なにか言いかけ、そして躊躇うような仕草を見せた後、ひどく済まなさそうな表情になって、クリムはアーシェに改めて口を開いた。

「……時間がない。詳しいことは、コノミに聞いて欲しい」

「あ……うん。……おかあさん、大丈夫なの」

 わけもわからないまま頷いて、でも何よりも、こんな状態のミリアの容態が気になった。

「ああ、大丈夫だ。これからミリアの治療をするから」

 それだけは強く頼もしく頷いて、しかしやはり最後に見せるのは申し訳なさそうな表情。

「ただ……ごめん。アーシェのこときちんと愛せるようになるの、たぶん、随分後になると思う」

「あ、えっと。ううん。それは……大丈夫」

 最初、一体どういう意図か分かりかねたが、慌ててアーシェは首を振る。

「わたしは……大丈夫だから」

 むしろクリムを安心させるように、アーシェは強く頷いてみせた。

 色々と思うところはあるようだったが――そのアーシェの表情に、クリムの方でも一つ決心が付いたらしい。

 顔を引き締め、もう一回だけ「すまない」と小さく呟き、アーシェの頭を優しく撫でて、そして彼は走り去っていった。

 振り返れば、もうクリムの姿はそこにはない。

 姿どころか気配すら城の中にはどこにもない。

 恐らく得意の跳躍術で、アルタレナの外、どこか安全なところにミリアを運んだのだろう。

 ひどく寒々しい気分になって――アーシェは壁際にもたれかかった。

「……やっぱり、おかあさんには、敵わないのかな」

 ぼそりと、自分でも驚くほど身勝手な台詞が口を突いて出た。

 なんて酷いいじけ方。

 ミリアの体調が悪いのは一目瞭然だった。

 あの冷静沈着なクリムが、焦りに顔を歪ませずに居られないほど予断を許さない状況だというのは――あれだけの短い時間でも、アーシェだって十分に理解出来た。

 だから、ただ心細くなっているだけのアーシェより、緊急を要するミリアの問題の対処を優先した――クリムがしたのは、それだけの順当な判断だ。

 だというのに、十分に構ってもらえなかったと、自分よりミリアを優先したのだと、そんな風に感じてしょうもない嫉妬を感じている自分がいる。

「……やだな。これ……」

 自分がどんどん欲深く醜くなっている気がする。

 こんなんじゃ、せっかくこんな自分を愛してくれるとクリムは言ってくれていたのに、顔向けすら出来やしない。

 壁にもたれかかったまま、何だか打ちひしがれた気持ちになって、アーシェはそのままずるずると崩れ落ち、うずくまった。

 俯いて、なんだか惨めで悔しくて、涙が溢れてくる。

 こんなんじゃ、駄目だって、わかっているのに。

 結局自分は、何も変わらず後ろ向きなままで。

「……あ。アーシェちゃん?」

 ふさぎ込んでいたところに、不意に声がかけられた。

 コノミである。

 ちょうどクリムが出てきた方向からとてとてと気軽な様子で駆けてきて、「どうしたのー?」と言った様子でアーシェをのぞき込んできている。

「あ……えっと」

 流石にこんな所を見られるのはみっともない。

 すぐに立ち上がり、ばれてはいるのだろうが慌てて涙を拭ってごまかす。

「な、なに? コノミおかあさん」

「あー。えっとねえ」

 コノミは――アーシェがふさぎ込んで泣いて居たことには、あえて触れなかった。

 それは、彼女なりの優しさだ。

 自分自身でしかどうしようもない問題を抱えて悩んで一人泣くところに、わざわざ親が出張って干渉しすぎることが良くないことだと、見た目は童女だがコノミはそれを重々承知している。

 代わりに彼女が持ちかけてきたのは――意外な相談だった。

「ちょっとね。作戦会議したいことがあるんだけど……いいかな?」

 

◆12◆

 

 悩んだ末、クリムは故郷であるヤヌカにミリアを運ぶことにした。

 人が住んでおらず、近寄る心配がない場所となれば、ここか、さらに北方にある魔王の居城くらいしか心当たりがない。

 ヤヌカならばまだ魔王戦争時代にまかれた毒の影響で人が寄りつく可能性はないし、それにかつてコノミがクリムを改造した際に作った破邪の魔法陣も未だに機動し続けている。ここにいるだけでもある程度、ミリアの負担は減らせるはず――と、そう考えた上での決断だ。

 誰も住んでいない故郷より、今こうして生きているミリアを優先すべきだ。

「……ミリア」

 領主の館のベッドにミリアを横たえる。

 コノミが用意していた人造精霊達の管理のおかげで、ここ数ヶ月は墓参りに来ていなかったのにシーツは清潔そのものだが、彼女の容態は悪化する一方だ。既に呼吸すらも弱々しいものになりつつある。

 ただでさえ押さえつけるのに精一杯だった魔王の魔性に、城の魔法陣で封印していた分まで加わって、ミリアは今、魔王化が信仰しつつある。

 無意識の中でもその魔性を何とかそれに抗おうとして、生命活動にまでその悪影響が及んでいるのである。

 一刻の猶予もない。

 選択肢も、殆ど残されていない。

「……これだけはしたくなかったけれど」

 でも、そうも言ってはいられない。

 自分の無力を呪いながら、クリムは腰に佩いていた<霊食みの剣>を抜き放ち、そして呪文詠唱。

 魔王を殺すべく鍛えられた<霊食みの剣>は、強力な霊的威力を有する魔剣であると同時に、最上級の増幅率を誇る魔法杖でもある。呪文詠唱を補助する機能は殆どないため使い勝手は相当悪く、扱える魔法の種類も多くはないが、魔王のような強力な相手を前に、自らの傷を癒やし、攻撃呪文を相手にたたき込むにはこれ以上頼りになる武器もない。クリムと、そしてこの<霊食みの剣>が揃ってこそ、<魔王殺しの英雄>となりうるのである。

 とは言っても、今回クリムが行使するのはごくごく単純な魔法に過ぎない。

 回復呪文だ。

 ただしその発動条件が尋常ではない。

 発動期間は3日間。その間に、クリムの持ちうる魔力の全てを使い、実に15552000回、クリムの体力と傷が全快させる回復魔法が、連続的に発動するように設定。

 これが、今のクリムの限界だ。

 ここまでしても、はたして今からやることに自分が耐えきれるかどうか――正直なところクリムには自信がない。

 でも、やるしかない。

 己が内で荒れ狂う魔王に苦しむミリアを救う為、今クリムができることは、これしかない。「……ごめんな」

 ベッドに横たわるミリアの傍により、青くなった顔を痛ましい表情で眺めて優しくその頭を撫でた後――

 

 そしてクリムは、ミリアの首筋にかみつき、そしてその肉を喰らい始めた。

 

「う、ぐ……っ」

 途端、苦悶の声がクリムの喉から漏れる。

 滑らかな肌に犬歯を突き立て、にじんできた僅かな血が、それにこめられた毒と酸によってクリムを蝕んだのだ。

 じゅ、と肉の焼けるような音。

 クリムの舌がミリアの毒によって腐り落ち、鼻を突く腐臭が漂ってくる。

 口腔内だけでなく喉にも酸と毒がまわり、まともに呼吸が出来なくなる。

 肉が溶け、歯が腐り落ち、そしてその傍からあらかじめ発動しておいた回復魔法がクリムの傷を癒やし――その気の遠くなる繰り返しの中で、激痛をこらえながらクリムはミリアの血肉を喰らっていく。

 

 ミリアを救う手立てとしてクリムが実行したのは、理屈としてはごくごく単純なものだ。

 

 魔王の力は全てその血肉に宿るもの。

 ならばミリアを喰らえば――生きたまま喰らえば、彼女を殺すことなく、魔王の力の何割かをクリムが受け持つことで、ミリアが抱える魔王の重圧を軽減することが出来る。

 魔王を殺すために繰り返し改造を受けたクリムの身体は、既に人の範疇を逸脱したものだ。

むしろその特性は魔族の長――魔王に近い。

 だから――そう。分かっていた。

 こうすれば、ミリアを魔王のプレッシャーから解放出来ることは。

 なぜ今まで実行に移さなかったかと言えば――単純に、イヤだったのだ。

 ミリアを自分の手で傷つけることが。

 でも、今となってはそうも言っては居られない。

 彼女を救うために彼女を傷つけなければならないなら、クリムは断腸の思いでその選択をするしかない。

 だからクリムは、ただただ心を無視にして、愛しいミリアの身体に歯を立てる。

 喉元を食いちぎり、

 乳房をすすり上げ、

 腕を骨ごと砕いて飲み込んで。

 流れる血を残らず吸い上げる。

「………ッ」

 喉がやられ、既に声も上げられなくなってきた。

 皮膚が爛れ、腐り落ち、顔の筋肉が沸騰してぶくぶくと泡を吹いている。

 しぶく血が瞼にかかり、もう既に眼球もない。

 回復呪文が間に合っていないわけではない。ミリアを喰らうために最低限必要な頬の筋肉、歯、喉、胃袋、そして消化器官を優先して回復させているため、他の器官の回復が一歩遅れてしまっているのだ。

 頭皮の殆どが溶けてなくなり、不死の魔物のようになりながら、それでもクリムはミリアをむさぼり食う。

 びちり、びちりと、生々しい音を立ててミリアの肉が引き裂かれる。

 くちゃりくちゃりと穴だらけになった口腔から咀嚼音が漏れている。

 恐ろしいのは――何ら回復呪文をかけていないというのに、ただ己が身体に宿る自己治癒能力だけで、クリムのむさぼり食う速度とミリアの血肉が回復していく速度が、殆ど拮抗していることだ。

 これが、魔王という存在。

 魔王殺しの英雄が全身全霊を駆けて行う決死の捕食行動に、気を失ってすら対抗出来てしまう。

「あ……う……あんん……」

 むしろ恐ろしいことに、その唇から漏れる吐息は、甘やかですらあった。

 あるいは――魔王の血筋のものは、共食いに快感を得る性質があるのだろう。

 共食いを重ねて力を強めていく性質を持つ魔王にとっては、子を孕み産むことよりも、その後子らと共に共食いをする過程こそが生殖行為と言っていい。

 彼ら彼女らにとって、つまりこれは――セックスの一部なのだ。

 子を孕み、産み落とすのと同時に、子らと共に殺し合い、互いの血肉を喰らい合うのは、抗いがたい快楽を伴う享楽の時間なのだ。

(ああ……あああ……)

 そしてそれは、今こうしてミリアを喰らい、自らの中に魔王を取り込んでいくクリムにとっても同じ事。

 感覚が、反転する。

 あれほど苦痛を伴っていた酸と毒の血を嚥下するあの感覚が、食道が腐り、焼けただれて溶けてしまうあの感覚が、酷く甘美なものに思えてしまう。

 ミリアの白い肌に歯を突き立てる毎に耐えかねていた辛い思いはすでになく、皮膚を犬歯で突き破る行為がまるで処女膜を破る時のような興奮を伴ってしまう。

 ぶちぶちと筋繊維を引き裂きながら肉の奥深くまで歯を食い込ませるのは、まるで濡れそぼった膣肉の奥深くに勃起を突き立てる時のよう。

 あばらの肉を喰らい、その下に潜む心臓の脈動に唇が触れたときは、ひくつくクリトリスにキスをした時のようにも感じられた。

 食い破った血管から血がしぶく様など、行為の中で性感帯をさんざん責め立て、潮を吹かせた時のように気分が良い。

 肉を食いちぎり、口いっぱいに頬張って嚥下する時はまさに至福の瞬間。目一杯溜め込んだ精子を子宮内に注ぎ込んで孕ませるのと同じくらい気持ちいい。

(ああ……ああああ……あああああ)

 こんなの。駄目だ。

 分かっている。

 この魔性に負けては駄目だ。

 この誘惑に、ずっとミリアは抗ってきたのだ。

 ミリアをこの重圧から解放し、自分もまたこの欲求を抑え込まないと、こんな行為に手を染めた意味がない。

 分かってる。そうなのだ。そうじゃないといけない。

 ああ、なのに。なのに――

(う、あ。あっ。ああ……)

 クリムは、ミリアの肉を食いながら、勃起していた。

 興奮を抑えきれず、何もない空間でへこへこと腰を振りながらミリアを食い続け、そして彼女を嚥下する度にその悦楽に耐えきれず、何の刺激も与えられていないのに射精までしてしまっていた。

 だって、きもちいいのだ。

 おいしいのだ。

 心地良いのだ。

 食べて。勃起して。血をすすって。腰を振って。血肉を一気に飲み込んで。射精して。

 そして――

(……ぁ)

 そしてとうとう、耐えきれなくなった。

 ぐにゃりとクリムの輪郭が歪む。

 内側から膨れあがる何かの圧力に耐えかねたかのようにその背中が膨れあがり――そしてびちゃりと生々しい音を伴って破裂した。

 肉片と、血と、骨と、そして異臭を放つ体液があたりに撒き散らされる。

 どれも元々クリムの肉体を構成していたものではない。

 クリムに食われたミリアの中の魔王が、クリムの肉体は魔王の器にふさわしくないと判断し、彼の身に帯びる魔力と生命力を使って新たな身体を構築しようとして――しかしクリムの妨害に遭い、肉と血と骨のペーストとしてしか受肉できなかった結果である。

 しかもその現象は、一度では終わらなかった。

 泥が沸き立つように次々とクリムの背中で肉の塊が膨張し、そしてはじけ、あたりに撒き散らされる。

 肉塊の上に肉塊が撒き散らされ、生々しい肉色を放つそれはクリムの背後で、腐臭を放つ山を形成していく。

 山からは血液と体液の混じったピンク色の川が流れ、それはすでに魔王の力を帯びているらしく、流れ落ちた先の床は焼けただれ、血しぶきの霧は壁紙を溶かし腐らせる。

 綺麗に手入れされていた部屋の面影は、もうない。

 そこにあるのは、かつてミリアとその父オズバルドが戦った魔王城の玉座の間――その再現だ。

(ああ……ああ、くそ)

 自分の中の魔性がもう抑えきれない。

 だからせめて――最後だけはとクリムは残る理性を振り絞って、喉につまる血と肉と骨を吐き出し、すでに眼窩だけとなった目でミリアの姿を思い求めながら、思いの丈を口にした。

 

「――ミリア……」

 

◆13◆

 

 ――愛している、と。

 

 耳元で、クリムのそんな声を聞いたような気がした。

 気のせいではないと思う。

 ミリアは確かに聞こえたその声で、今、はっきりと目を覚ましたのだから。

 いつの間に眠ってしまっていたのだろう。

 自分の中で押さえ込んでいる魔性のために、力尽きて気絶するように眠りに落ちるのは毎度のことだが、しかし眠りに落ちる前後の記憶が曖昧なのは今まであまり例がない。

(そろそろ……限界かも知れませんね……)

 クリムに自分の命を捧げる日が近いのかも知れない、と、ミリアは憂鬱な気分になる。

 クリムが魔物狩りなどを買って出たり、戦いの勘を忘れないようにと日々訓練とさらなる自己改造に励んでいることにミリアは気がついていた。

 面と向かって戦うならともかく、無防備状態となったミリアを殺すには十分な力を、クリムは蓄えているはずだ。

 もちろん、それはあくまで万が一を考えてのことで、ミリアを実際に手をかけようなどとは梅雨とも考えていないだろうが――

「ん……あれ」

 そこまでぼんやりと考えて――ふと違和感を覚えた。

 妙に身体が軽い。

 ここ最近はずっと寝起きにだるさを感じていたのに、今に限ってはそんな、疲れを引きずっている感覚が全くない。

 久しぶりの――いやもしかしたら生まれて初めてかも知れない、清々しい寝起きだった。

 そして、気になる点がもう一つ。

 視界に入る風景に、見覚えがないのだ。

 造りとしては――20年ほど前に旅行した時に訪れたクリムの故郷の館に近いだろうか。見慣れた本棚や机がなく、広いベッドにただ一人、ミリアの身体が横たえられていた。

 しかも――一体何があったのか、よく見れば床もベッドも、火事にあった後のように焼け焦げ、部屋の調度の殆どが炭化してしまっていた。

 ここがヤヌカの里の屋敷なら、コノミが用意した人工精霊が常時管理しているので、このような事態にはならないはずだが。

「……クリム様?」

 思わず声をかけても、当然ながら返事はない。

 気配を探ればどうやらすぐ近くには居るようだが――何だかその気配が妙だった。

 どことなくその気配が、淀んでいると言うか――いつも感じるクリムの気配に、「混ぜ物」がされているような、そんな感触がある。

「………」

 妙な胸騒ぎを覚えた。

 何故か裸になっていたので、とりあえずシーツで身を包み、ベッドから降りる。

 クリムの気配がするのは、いまミリアが居る部屋から出たすぐの所だ。

「クリム様……」

 もう一度、夫の名を呼ぶ。

 彼なら聞こえていないはずのない距離であり声の大きさだが、全く反応はない。

「まさか……」

 胸騒ぎが、確信めいたイヤな予感へと変わっていく。

 そして――震える手でなんとかドアをつかみ、そして開いた先には――予想通りの情景が広がっていた。

「ああ……」

 ミリアの口から、絶望のため息が漏れた。

 そこにあったのは、肉の壁だった。

 ピンク色をし、脈動し続けるなにかの臓物の塊のようなものが、5人は余裕をもって並んで通れる廊下を、隙間なく埋め尽くしている。

 どく、どく、と緩やかに脈動しながら、その壁のあちこちから噴き出すのは、濃厚な酸と毒を含んだ瘴気の霧。

 ミリアが父王オズバルドと戦った際、互いの身体からしぶいた血が毒の霧になっていたが、それとほぼ変わらぬ濃厚な魔性を含んだ毒気が廊下には立ちこめている。

 気配から察するに、この肉の壁はこの場にあるものが全てではあるまい。

 今ミリアから見えている範囲では廊下をふさぐ壁として見えるだけで――実際には膨れあがった肉塊が廊下に収まりきらず、壁を突き破り、巨大な肉の柱状となってこの地にそびえ立っている様だった。

「ああ……ああ……」

 ミリアは――何をすることも出来ず、呆然とするしかなかった。

 この、彼女の目の前にある、毒を吐き出す肉の塊が一体何であるか――それに気付いてしまったから。

 

 ――クリム=ロクサール。

 

 そう。

 ミリアの目の前にあるのは、ミリアの魔性を喰らい、それを抑えられず魔王化した、魔王殺しの英雄のなれの果ての姿だった。

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