「ふーん、なるほどね」
状況を聞かされたアルターエゴの言葉はたったそれだけ。
キャスターも、アルターエゴの真名であるシトナイという名前から聖杯に関わる逸話が見られなかったために『聖杯を触媒にする』というのは失敗したと思っていた。
「いいわ、そういうことなら聖杯を作っちゃいましょう?」
「は……?」
だから、アルターエゴのその言葉は理解できないものだった。
彼女は、アルターエゴ・シトナイの成り立ちを語る。
「私は、聖杯戦争の時に聖杯の器となった少女を依り代に三柱の神霊を下ろしたことで生まれたちょっと特殊なサーヴァント。だから、そういう意味では私の肉体以上に聖杯と関わりの深いものはないし、そうじゃなくても聖杯を作るために使われた『ラインの黄金』は、大聖杯の周囲に溢れかえってる魔力で、私の召喚につられて実体化してるもの。神代の魔女なら、実物もある以上は新しい聖杯を作るぐらいできるでしょ」
「言ってくれるわね……!」
彼女の言葉通り、ラインの黄金はすでに実体化している。
故にあとは、『ラインの黄金を手にした者に無限の力を与える』という、呪いがかけられる前の性質を利用できるだけの魔術師がそれを加工するだけで聖杯は完成する。
幸いにも、目の前に実物があるために小聖杯程度であれば作ること程度では何も問題なく作れるだろう。
「それで、マスターさん。あなたの名前は?」
「えっと、僕は葛木純って言います」
まだ顔を赤くしていた少年……純だったが、アルターエゴの言葉に名前を名乗る。
「うん、よろしくね純」
その言葉とともに向けられた笑顔に、純はもう一度顔を赤くして、それを見ていたキャスターはこのままだと純は使い物にならないかもしれないわね、と心の中で思った。
「純、今日はもう遅いから寝なさい。アルターエゴも、純の護衛は頼むわよ」
新しく聖杯を作ってしまえば、この周囲に満ちる魔力を吸収して受肉程度であれば叶えられるようになるだろう、というキャスターの予想。それが完成するまでの間に純が死んでしまえば一巻の終わりなので、それまでの間の護衛、という役割もアルターエゴは持たせている。
聖杯を作るのにラインの黄金の伝承が使われているというのなら、ジークフリートあたりが呼び出されてくれれば楽だったのだが、という思いがキャスターにないわけではないが、あんなに可愛らしい女の子が来てくれたから結果オーライという思考もあった。
全部終わったら色々と着せ替えをさせましょう、と決めて、キャスターのやる気がさらに上がったところで純のその日の聖杯戦争は終りを告げるのだった。
純は、眠ることができなかった。
その理由は至極単純、アルターエゴがそばにいたから。
けれどそれは自分を殺し得るほどの力を持った存在が側にいるから、なんてことでは断じてなく。
ただ単純に一目惚れするほど綺麗な少女が側にいたから。
さらにそこに自己紹介に変なところはなかっただろうか、なんてことをはじめとした諸々の感情を抱いてしまって自己嫌悪に陥り、眠ることができなかった。
彼が自覚する中で最も醜い感情は、『聖杯なんて完成しなければいい』というもの。
アルターエゴの願いを彼は知らないが、その願いが叶ってしまった時点できっと彼女はここからいなくなるだろうという予感があった。
だから、完成しなければいいと思っていた。
母親代わりのメディアは、彼の父親である宗一郎といい感じの仲なのできっといてくれるだろうと思っていたが、アルターエゴに関してだけはそうは言えなかったから。
「そんなに怯える必要はないわ」
「え……?」
アルターエゴの言葉。
それに思わず、純は自分の気持ちがバレたのかと怖くなった。
「ちゃんとあなたのことは守ってあげるから」
「……うん、ありがとう」
そういうことではないのだが、それを口にすればどういうことなのかを語らなければならなくなる。
そのことを理解していたから、純はそういうことにしておいた。
彼女が安心させるために抱きしめてきたのが心地よかったので、そういうことにしておいた。
「それで、今日はどうするの?」
翌日、アルターエゴの言葉を受けて純は考え込む。
正直なことを言えば、ここにこもるという選択肢もないわけではないのだが、それはそれで理由が必要。
アルターエゴと一緒にいたい、というのが彼にとっては十分に理由なのだが、そんなことを当の本人に言えるわけもなく。
「んとー、まずはアルターエゴについて教えてもらえる?」
結果として、昨日聞きそびれたアルターエゴについての情報を知りたい、としか言葉にできなかった。
シトナイという英雄はアイヌの英雄であり、そこまで世界的にメジャーな英霊ではないので、その存在について純はほとんど知らなかったから。
「ええ、もちろん」
英霊としての能力だけではなく、純はどんな魔術を使って援護できるのかという話をしていれば時間は一気に過ぎて行く。
気がつけば夜になっていて、そのままうつらうつらと純がし始めたところで。
「マスター、敵よ」
静かにキャスターが部屋の扉を開いた。
その言葉に眠気を振り払って純は立ち上がった。
「敵はバーサーカー、真名はヘラクレス」
まだ聖杯戦争は開始していないが、開始前から動かない陣営なんて基本はいない。
先に準備をしておくのが基本となる。
その中でもバーサーカーはやることがわかりやすく、相手の準備が整う前に圧倒的な暴力で叩き潰すことだけ。
キャスターの根城が柳洞寺だというのはその工房としての完成度の高さからしてわかりやすいものだったために、そこを狙うのは当然のことだったと言えるだろう。
「アルターエゴ、今代のバーサーカーのマスターは、この時代のあなたということでいいのかしら?」
「ええ、その通りよ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、アインツベルンが作った最後の聖杯。今回の聖杯戦争における
「なら、どうにかしてヘラクレスを倒して彼女を確保する必要があるわけね……
とりあえず、今回は追い返すことをまず第一に考えましょう。まだ召喚されていないセイバー、あるいはアーチャー。……その辺りがトップクラスのサーヴァントであることを祈りましょう」
キャスターの宝具でそれを奪い、そしてキャスターが援護しながらヘラクレスを打倒する。
それだけが、彼女の思い描ける勝ち方。受肉だけが目的である以上、そこまで大量にサーヴァントを倒す必要はない。
キャスター、アルターエゴ、そしてセイバーかアーチャーのどちらか、それだけ生き残っていたとしてもキャスター一人の受肉程度であれば容易いし、そうでなくても聖杯を用意するという反則に成功すれば戦う必要すらもない。
だからこその今回限りの逃げの一手。
「あら、そんなことをする必要はないわよ?」
そこに、アルターエゴが待ったをかけた。
作者の書くssでは毎回最初の戦いはイリヤちゃんなのだ。