「マスター、この子はどうしましょうか」
アルターエゴも聖杯と言えるとはいえ、この世界の聖杯とは形式が違う可能性もあった。
そのためにイリヤスフィールも確保したのだが、確保して眠らせたイリヤスフィールの肉体についてはすでに解析済み。
新しい聖杯を作るのに際して、聖杯の形式を理解したことはかなりの進歩なのだが、この後イリヤスフィールをどうするのかについてはまだ決まっていなかった。
一応、殺さないことに関しては確定している。
彼女の利用価値としては豊富な魔力を利用しての魔力タンク、という程度しかないのだが、魔術回路を移譲しようにも彼女は全身が魔術回路である以上、下手なことをしてしまった場合には死んでしまい、全く利用できなくなってしまう。
だからと言って性行為によるパスの作成をしようにもまだマスターである純は幼いためにそういう行為についての知識はない。
ついでに言えば、アルターエゴに一目惚れした彼に全く同じ顔の少女を犯させることは彼女の良心が断じた。
特に、彼の父親である葛木宗一郎に懸想している身としては、彼はあるいは自分の息子になるかもしれない存在、まともに育てたいと思うのは勝手ながらもすでに自分が親になった後のことを妄想していたキャスターとしては当然のことだった。
そして、それに比べれば小さいが、お人形のようなイリヤスフィールを着せ替えしたい気持ちがキャスターにないわけがない。
正直、イリヤの持つ特性である『願いを過程をすっ飛ばして叶えられる』というのも彼女からすればそこまで惜しいものではない。
これが特異な、例えば宝具投影なんてことができる存在であれば礼装にするのも当然だったが、イリヤを使ってできることは、正直キャスターレベルの魔術師としての力量があればなくても問題ないものだった。
「え、えっと……ひどいことしないでほしいな」
「ええ、それは当然よ。そんなことをしても意味がないものね」
その言葉に純はホッとした様子。
魔術師としての心構えなども教えられていたために、必要とあらばどんなこともしでかしてしまえる人物と認識していたために。
「ただ、彼女のことは逃しちゃダメよ? こっちの情報が誰かに漏れないとは限らないんだから」
この寺の
逃してはいけない理由を明確にすることで、純にあの少女の管理をさせる。
ついでにその中で二人がお互いに惹かれあって、なんてことになってくれればそれこそ幸いかしら、とメディアは母親面して考えていた。
ストックホルム症候群に関しては考えないことにした。
「それじゃ、まずはこの子をあなたの部屋に運びましょうか」
「ええっ!?」
「あら、当然でしょう? これからはあなたがこの子を管理することになるんだから」
息子の恋愛模様を後押しする母親はこんな気持ちなのかしら、と思いながらキャスターはイリヤスフィールを少年と同じ部屋に放り込んだ。
「キャスター……!」
後ろから聞こえた助けを求めるような声は無視することにした。
そうして部屋に残された純と、今もまだ眠っているイリヤスフィール。
一応魔術の効果が切れればすぐにでも目覚めるだろうし、その辺りの実力に関しては疑っていなかったが、それでも実際に目覚めるまでは安心しきることはできなくて。
「う、ううん……」
だから、目を覚ました時に純はとてもホッとしていた。
その心配の感情が消えたことで軽くなった気持ちで、イリヤスフィールに話しかける。
「よかった、目が覚めたんだね」
「あなた、誰……?」
イリヤスフィールからすれば目を覚ませば見知らぬ場所で、見知らぬ男の子がこちらを覗き込んでいたという状況。
少しすればキャスターに敗北したのだと頭が働いてわかるのだろうが、今の彼女にはわからなかった。
「僕? 僕は純。葛木純。一応、キャスターのマスターをやってます」
「マスター……!?」
その言葉で目を覚ましたらしく、とっさに起き上がって後ろに下がる。
そしてバーサーカーを呼ぼうとして、すでにそのラインがどこにもつながっていないことを把握する。
殺意を込めた視線を向けそうになって、そこで一旦思い直す。
それは別に自分から攻め込んだからとかそういうわけではなく、城の方に残している二体のホムンクルスのことが気がかりだったから。
殺してしまっては脱出が難しくなる。そう思ったからこその、怒りの飲み込みだった。
「ねぇ、ジュン」
声は、異様に甘えたもの。
それには多少の魔力が乗っていて、魔術体系の中では
それを利用して、マスター自身の手でイリヤスフィールの脱出を手引きさせようとした、今の彼女ができる精一杯。
それにしっかりとかかったのか、純の瞳から光が消える。
あまりにも簡単に魔術がかかったことにイリヤスフィール自身疑問を抱きながら、それでも効果を発揮したのならそれでいいかと考えることをやめた。
「私、家に帰りたいなぁ……?」
「……うん、わかった」
それで茫洋とした瞳でイリヤスフィールの言葉に従うようにして純が部屋の扉を開いて、彼女が逃げるのを後押ししようとして。
「ダメに決まってるでしょう」
部屋の前にいたキャスターによって昏倒させられた。
その姿に、一度も見たことはなかったが彼女が何者なのか気がついたイリヤスフィールは吠える。
「キャスター……!」
「ええ。全く、油断も隙もない。気がついてよかったわ」
サーヴァントのステータスはEランクであったとしても人類最高峰。
キャスターもその例には漏れずに、イリヤスフィールの抵抗を強引に押し切って彼女に腕輪をつけさせる。
魔封じの腕輪、彼女がさっと用意した二日間程度しか保たないであろう魔術師を魔術師として機能させないための礼装。
『
それだけの時間があればもっと強力な魔術回路の活動を停止させるための礼装を作ることができるために、一時だけ防げればそれでいいと作ったもの。
それが、イリヤスフィールの腕につけられた。
「
メディアは、愛の神によってイアソンを愛させられた存在である。
そのため、魔術によって強制的に愛させることは大嫌い。それを行なっていたイリヤスフィールに対して冷たい視線を向けるのも仕方ないことだと言えるだろう。
そして同時に、アルターエゴに一目惚れした純がイリヤスフィールに対しても好意の色を向けているのはわかっているので、それを利用したことも許せなかった。
高速神言によって紡がれたのは理性を蕩かせる魔術、それが純にかけられた。
誰かのことが好きという感情、誰かのことを愛しているという感情が最終的に男女の惚れた腫れたに行きつけば結婚に至り、そして最終的には子供を作ることになる。
彼女が、弄んだ純の恋愛感情で身を滅ぼすのは少しばかり痛快なことになりそうだったので、その方法を選んだ。
あとで純が悲しむだろうな、ということも、自分が彼女がやったこととまるで同じようなことをしていることも理解していて、自分のいっときの怒りに身を任せた。