“女難の対魔忍”暗躍譚 ―対魔忍RPGX HAERESIS― 作:holmint
皆様、大変お待たせしております(汗)。
まさか年末年始にここまで忙しくなるとは思いませんでした…。
今回はどうしても書いておきたかった幕間の話になります。
──2083年某日 日本某所
DSO(防衛科学研究室日本支部 ラボ
「──……では、最終チェック完了ということで。お疲れさま、アスカ君。上がっていいですよ」
「はーい。……あれ、戦闘用の義肢じゃないの?」
DSO所属の女サイボーグ、甲河アスカは退屈なメンテナスから解放された。
そして彼女専用に誂えられた義体調整用チェアから2時間ぶりに立ち上がり、手足の動かし方を思い出すようにぶらぶらと無造作に振りながら開口一番、訝し気な声を上げた。
「何言ってるんです。貴女明日からオフでしょ。今からそれを付けたら二度手間になるだけですよ」
「えー、日付変わるまでは仕事中でしょ。緊急の呼び出しとかあったらどうすんのよ」
両手を腰に当てて目を細めながら、メンテナンスと調整を担当した男性技官に文句を言うアスカ。
一見プロ意識に溢れた発言のようだが、単にマシンガンやらミサイルランチャーやらがついた腕の方が彼女の好みだという事を知っている彼は、肩を竦めながら応答する。
「その時は迅速に対応しますよ。貴女以外の要員で手に負えなくなったらね。……ああ、呼び出しで思い出しました。所長がお呼びですよ。メンテ終了後すぐに所長室まで、だそうです」
「え? ……なんか、やらかしちゃったかな、私?」
「さあ……行ってみれば分かるんじゃないですか」
そう言ったきり、メンテを担当した技官はチェアに隣接したモニターに視線を向け、忙しなくキーパッドで何かを入力し始めた。多分メンテ結果を報告するための書類を作成し始めたのだろう。
あからさまな我関せず、という彼の態度にむかつきはしたものの、上司の呼び出しとあらば無視するわけにはいかない。面倒だからといって、いつまでもスルーできる相手ではないからだ。
(にしてもこのタイミングで何の話かしら…………ん~ダメだわ。ぜんっぜん思いつかない)
あれでもないこれでもない……と、過去の記憶を掘り返しながら呼び出された理由を推理しつつ、支部内の廊下を歩いていくアスカ。
途中ですれ違う職員たちへの挨拶もおざなりに、怖い上司への対応方法を思案していく。
直近の任務内容から支部での勤務態度、学校の成績を含む私生活のことまで思い返してみたが、やはり改めて緊急に呼び出される程のやらかしをした覚えはない。
逆に言えば、任務に出る度に何かしらの小言は聞いていた気はする。だが、まさかオフの前にそれを蒸し返してお説教をする程、自分の上司は陰湿じゃないだろう。
もしそうだったらマジでバックレてやる―内心そんな決意を固めて参じた所、
「それで、どうだったのかしら? 愛しのふうま君との初体験は?」
挨拶もそこそこにそんな爆弾を投下され、座っていた椅子から転げ落ちんばかりの衝撃を受けたのだった。
「な……なん」
何で知ってるのよ。そんな文句すら喉を出ないほどの動揺を抱えるアスカを余所に、彼女の上司―「仮面の対魔忍」とも「マダム」とも呼ばれる妙齢の女性は、薄い笑みを浮かべて自らの部下を見つめる。
「知らないわけないでしょ。監視カメラはないけど、セーフハウスの使用履歴はこっちで確認できるのよ。あの子と2人きりで意気揚々任務に出かけて行った後に、彼が朝帰りしたって情報が入れば、ああこれはついに……って話になるわよ、そりゃ」
迂闊だった……アスカは心の中で舌打ちした。
“鋼鉄の死神”と呼ばれ、かつては対魔忍の名門甲河家の跡取りだった甲河アスカは、つい先日処女を喪失した。初めての相手が好きな男性だったのは、一般常識から言っても彼女の仕事における様々なリスクを勘案しても、至上の幸運であったと言える。
しかしながらその経緯は、決して手放しで喜べるようなものでなかったことも事実だ。
ことは数日前、アスカがふうま小太郎と新型魔薬の取引現場を押さえる任務についた時に遡る。
廃工場での潜入任務時、中から異様な叫び声が聞こえたにも関わらずふうま小太郎から連絡がこず、こちらからの呼びかけにも応答しないことを不審に思ったアスカは、彼の合図を待たず再度工場へ入った。
突入早々、吐き気を催すほど不気味に盛り上がった肉塊の化け物2匹と遭遇したアスカは面食らいつつも、持ち前の義体と風遁を用いてそれらを細切れにして無力化。その他の脅威がないことを確認し相棒の捜索を続行するも、工場内に彼女以外の人物は既にいなかった。
結局周囲を探し回ったところ、その工場から建物を2つ挟んだ廃屋の一室でふうまを発見。両腕を胴体ごと縛られ衣服は乱れていたものの、目立つような傷は見られなかった。
ひとまず安心し、「何やってんのよもう」と軽口を叩きながら共に撤退―しようとしたところで、ふうまから「離れろ!」と強めに怒鳴られた。
アスカが事情を聞くと、彼は痛めつけられてこそいないが一服盛られたらしく、しかもその薬は超強力な媚薬なのだという。この縄を解いたら、アスカ相手に何をするか分からない。だからこのままにしておけ、と彼は言うのだ。
自白剤ならともかく、何でそんなものを……と思いつつも、猶更放置するわけにはいかず、ふうまの忠告を無視する形で彼の縄を解いた後、呻く彼に肩を貸しつつその場を離れた。2人とも敵がどれだけいるのか分からず、新型魔薬の在処も不明な今そこに留まるのは危険だと判断したからだ。
ちなみに、ふうまを襲った者の正体は未だ不明である。彼は『何処かで見覚えのある女』と言っていたが、薬の影響もあって記憶が曖昧であり、詳しくは思い出せないようだった。
「で……そんな状態の男と2人きりになったら、案の定相手は狼になっちゃいました、と……。そっちからの報告書には『彼をセーフハウスに連れて行って介抱した』としか書かれていなかったとおもうけど?」
「か、書ける訳ないでしょ! そんな事!」
それもそうね、等と言いつつ、マダムがアスカを見る目はいやに楽し気だ。
仮面をつけて目は隠していても、口角が上がっているのは隠そうともしていない。
「……で、何よ今更。あいつに何か言ったの? それとも五車に抗議でもした?」
「え? いやいや、そんなまさか。むしろ謝らなきゃいけないのはこっちの方でしょう。こちらの仕事に部外者を巻き込んでおいて、みすみす危険な目に遭わせちゃったんだから」
う……と言葉に詰まるアスカ。
確かに元はと言えば、今回の新型魔薬に関する捜査は完全にDSOの作戦であり、こちらから五車へ正式な協力の依頼を出したわけでもない。
任務を請け負ったアスカが完全に恣意的な勧誘(一般的には拉致ともいう)を行ってふうまを連れ出した以上、もしその身に何かあれば単なる責任問題では済まされない事案である。
それくらいの理屈はアスカにも分かる。だが、それにしても、という思いもある。
「……にしたって、何か思うとこないワケ? あたしがその……こう、なっちゃった事については」
「あるわよ。だから、一応確認しておこうと思って。それで、気持ち良かったの?」
「な……何よそれ!? 言う必要ないでしょ、そんな事!」
軽くヒステリー気味になって叫ぶアスカに対し、まあまあと手で制する仮面の対魔忍。
まるで幼児をあやすかのような仕草を見て、増々アスカの頭には血が昇っていく。
しかし、そんな怒りなどどこ吹く風と言わんばかりに、上司の方は涼しい顔を崩さない。
「だから一応だって。向こうは射精すもの出せばすっきり……で済むけど、女の方はそうもいかないからね。万が一あなたが痛いだけっていう結果に終わってたら、流石に私も何か言わなきゃなあとは思ってたのよ。……まあ、どうやら完全に杞憂だったみたいだけど」
にやにやしながらデスクに指を置き、何かをなぞる様に指を動かすマダム。
その仕草が妙に癇に障ったアスカは、用意された椅子から立ち上がってズカズカと歩き、仮面の対魔忍愛用のデスクまで近づくとダンッ、と大きな音を立てて両手をついた。
そのままデスク越しに上司と睨み合い、凄むように顔を相手に近づける。
「マダムに何が分かるっていうのよ。まさか、カメラは付けてないなんて言っておいて、実はこっそり覗いてたんじゃないでしょうね!?」
「ふふ。必要ないわよ、そんなの。あなた気づいてる? すごーく赤くなってるわよ、顔。蛸みたい」
え、と反射的に手を頬に当てるアスカ。
感覚素子も最新鋭のものを使用されている彼女の義手は、確かな顔の火照りを伝えている。
そういえば先程からやけに部屋の中が暑く感じていたが、熱源は自分だったらしい。
「本気で怒る時は逆に冷める性格だものね、あなた。それにあの日の朝、私との定時連絡中もあなたずっと浮かれてたじゃない。実を言うとね、あの時結構我慢してたのよ私。思わず『おめでとう』って言っちゃいそうだったから」
「な……」
絶句して棒立ちするアスカを放置して、マダムは唐突に椅子から立ち上がる。
部屋の隅にある戸棚からウィスキーの入った瓶とガラスのコップを取り出し、コップへ酒を注いでいく。
「それでも今の質問に『気持ちいいわけない』とか『ふざけないで』とか返してたら、『あら、意外なことにあんまり良い初体験とはならなかったのかしら……』って思う余地はあったんだけどね。そんな照れ顔ではぐらかされたらもう、ね。……はい。改めて、おめでとう」
そう言って、アスカにグラスを一つ渡すマダム。
半ば無意識にアスカがそれを受け取ると、マダムは勝手にチン、とグラスを合わせて乾杯し、自分だけさっさとその中身を飲み減らしていく。
そのまま椅子に戻るかと思いきや、態々机に腰掛けアスカの横顔を面白げに見るマダム。
アスカからは完全に揶揄われているようにしか見えない。
「本当はもっと早く話したかったんだけどね。流石に仕事で忙しい時にこんな話を振るのもどうかと思って、オフに入るこのタイミングにしたの。……あら、まだ釈然としない感じ?」
「すると思ってんの……私も一応聞いとくけど、これ飲んでいいのよね?」
私まだ未成年だけど、とはあえて言わなかった。
保護者による無言の同意が得られたことを確認すると、軽く深呼吸した後、カッと目を見開き一気にグラスを傾ける。納得はしていないが、抵抗することは諦めたらしい。
実を言うと、アスカにとって飲酒はこれが初めてではない。マダムがいない時を見計らい、彼女の経営してる「クラブ・ペルソナ」に置かれている商品をこっそり頂戴したことも幾度かある。
とは言っても、それら全ての代金は、ほぼ全ての分がこっそりアスカの給料から差し引かれているので、この件に関してもマダムの方が一枚上手なのだが。
「ぷはーっ……てゆーか、何におめでとうなの、これ」
「そりゃあなたの初めてに、よ。ホントはお赤飯でも炊くべきなんでしょうけど面倒だし、小豆はそんなに好物じゃなかったでしょ。だからこれが、代わりってワケ」
「…………念のため言うけど、犯されたのよ、私」
「魔薬で理性を失ってた以上、厳密に言えばそうなるわね。じゃあ上司としてでなく保護者として聞くわね。初めてがこんな形になったこと、まだ後悔してる? ふうま君の事、許せない?」
マダムの質問に対し、アスカは無言で返答することしかできない。
口は何か言いたげにむにゃむにゃと動くが、意味のある言葉は出てこない。
理性の無いままに初めてを奪った男への罵倒も、それを茶化す上司への抗議も、結局は婉曲的な惚気にしか聞こえないと悟ったのだろう。内心マダムはそう考え、更に笑みを深くした。
なんだかんだ言っても、結局本心は変わっていないようだ。普通は百年の恋も冷めるような非道を働かれたというのにこれなのだから、相当この“病”は重症なようだ。
「……言っとくけど、別に付き合うわけじゃないからね」
その言葉が、彼女なりに精一杯搾りだした強がりだったのだろう。
吹き出しそうになるのを堪えつつ、マダムは軽い調子で話を合わせる。
「あら、そうなの。てっきり彼をこっちに引き抜こうとするんじゃないかと思ってたけど」
「……できるの、そんな事?」
この質問でついに我慢しきれなくなり、破顔してあははは、と笑いだす仮面の対魔忍。
笑われた方はさぞ気分を害しただろうが、マダムからすれば少しくらい勘弁してほしくなる。
こんなに可愛らしいアスカを見るのは随分と久しぶりなのだから。
「ふふふ……残念だけど無理ね。アサギが彼を手放すとは思えないし、彼もそんな気分にはならないでしょう」
「『責任取って』って言っても?」
予想していなかったその言葉には、流石のマダムも一瞬顔を引きつらせた。
マダムの方は完全に冗談だったのだが、ひょっとしたらアスカの方はそうではないかもしれない。
何年も面倒を見てきたこの子の感情を読み間違えたのか……それは仮面の対魔忍にとって、公私の両面から看過できない失策をしてしまったのではないかという恐れを想起させた。
アスカの声と表情からは、まだどちらとも判断できない。故にマダムの方も、多少慎重に言葉を選ぶ。
「……まあ、彼はああ見えて義理堅いから、多少心は揺らぐかもね。でも、もう気付いてるんでしょ? あの子がそういう関係になってる女が、あなただけじゃないってこと」
或いは余計意固地にさせてしまうかもしれない。
そのリスクを懸念しつつ、マダムは目の前の少女にとって耳の痛くなることを言った。
案の定、内心理解はしつつも改めて指摘はされたくなかったのだろう。アスカはデスク前の椅子に座り直すと、グラスの縁を指でなぞりながらじっと酒で出来た水面を見つめ始めた。
「具体的に誰と、っていうのは私も知らないわよ、流石に。でもまあ1人や2人って感じはしないわね。血には抗えないって言うべきかしら。それとも最近はああいうのがモテるのかしらね~。見た目ワルそうで中身純朴っていうのが」
「純朴? ……あいつが?」
マダムによるふうま小太郎の人物評が単純に腑に落ちないらしく、怪訝な声を上げるアスカ。
再びグラスに口を付けて喉を潤し、マダムは話を続ける。
「あなたは2人きりで会うことが多いから分からないかもね。同性の友達といる時とあなたといる時とでは別人よ、彼。年相応って言えばいいのかしら。彼も女の子の前ではカッコつけたくなるってことかしら」
ああそれと、と言葉を付け加えるマダム。
微かに浮かべる笑みの意味が変わったのを、その時アスカは気づかなかった。
「私と2人きりで会う時はまた違う顔を見せるわね。母性か庇護欲か、あるいは加虐心かもしれないけど、兎に角そういうのを擽るのが上手いのよね。所謂年上キラーって、ああいうのを言うのかもしれない」
それを聞いた瞬間アスカは目を見開き、すぐ細め、眉間に皺を寄せる。
ふうま小太郎が目前の上司と2人きりで会ったことがあるというのも、この2人がプライベートな話をしたことがあるというのもアスカにとっては初耳だった。
そして今のマダムの口調に、アスカは単なる親しみ以上の何かを感じた。
あるいはそれが、「経験」による成長によってなせる洞察だったのかもしれない。
「……マダム、あなたまさか」
「ああ誤解しないで。誓って私はふうま君とそういうコトはしてないわ……『最後』までは、ね」
そう言ってマダムは、自分の濡れた唇の輪郭を誇示するように、ゆっくりと指でなぞる。
その仕草を見たアスカは思わず生唾を飲んだ。自分にとって直属の上司であり、長年生活の面倒を見てくれた彼女に、今までに感じたことのない淫靡さを感じとったからだ。
謂わば現在の自分にとって、最も母親という立場に近い人の“女”としての貌に突然直面してしまい、面食らってしまったといってもいいだろう。
最後まではしてない? じゃあどこまでやったのよ?
アスカがそのように追求するのを些か以上に躊躇せざるを得なかったのも、アスカとマダムの親子とも師弟とも同僚とも言い難い、微妙かつ絶対的な関係が大きな原因である。
聞けば、もう2度と今までのように接することはできないかもしれない。
そんな事態に陥ってしまうことへの恐怖が、急激にアスカの積極性へブレーキをかけた。
それを恐れる程度には、アスカは目前の女性に信頼を寄せているのである。
戸惑いを隠せないアスカに対し、困らせている張本人は慈愛に満ちた微笑みを向ける。
しかし続けて話したえげつない内容は、少なくとも聞かされた相手には慈悲や温情というものは一切感じられなかった。
「敢えてこんな形でカミングアウトした意味、分かる? これでもあなた達2人の仲を本気で応援してるのよ、でも現状の正確な把握は必要でしょ。あなたが懸念している以上にライバルは多いということよ。……そんなに睨まなくてもほんとに一線は越えてないわよ。流石にあなたと“姉妹”になる気はないから」
「そうなったら流石にここ辞めるからね、マジで」
そう言うと、2人は暫し見つめ合う。
その光景はまるで古典的な恋愛ドラマのワンシーンのようであった。男を取り合う年の離れたライバルが火花を散らし合っている姿にも見えたが、やがて緊張した空気が緩むと同時に、
「あはは……ばっかみたい。何やってんのかしら私たち」
「ホントよ。あ~可笑しい。あはっ、あははは……」
アスカとマダムの両方が吹き出し、先程までとは比べ物にならない大きな声で笑いあう。
自分たちが置かれている状況が余程ツボに入ったらしい。つい数分前にアスカがこの部屋に入るまで、こんな展開になるとは両人ともに予想していなかった。
そのギャップにやられてしまい、どうしてもシリアスな空気を保つことができなかった。
相手を茶化すためのネタにされたふうま小太郎がもしここにいれば冷や汗ものだったであろうが、言ってしまえばたかが男1人のことで拗れるほど、この2人の信頼関係は脆くない。
本当にムカついたのならどんな形であれやり返すのが甲河アスカであり、アスカが本当に傷ついたときは何を置いても味方になってくれるのがマダムである。それは今更確認するまでもない、長年2人で暮らしてきた中で培われた共通認識であった。
「あ、そう言えば聞き忘れてたわ。いかに攫われて薬物を使われたとはいえ、アスカに大して酷いことしたのは事実じゃない? ふうま君からそのことについて、謝罪とかはなかったの?」
「あったわよ。朝になって落ち着くなり深々と頭を下げてたわ。正直無茶苦茶にされたことよりソッチの方がちょっとむかついたかな~。だからアドレスの交換で手を打ってあげた。前は散々嫌がってたけど、こうなったらノーとは言えないでしょ」
ふふん、と大戦果を挙げたかのように得意がるアスカを見て、マダムは苦笑する。
「あらあら。それでチャラにするなんて、あなたも大概お人好しねぇ。……それで、その後は?」
「え? あ~……そう言えば、あれから連絡とってないわね。結構忙しかったっていうのもあるけど……これで私から連絡するのがね~……なんか、負けた感じしない?」
「いやそれは分かんないわよ。あなたから連絡するために聞いたんでしょうに……。何、いざいつでも話せるとなったら恥ずかしくなった?」
「あ~、ていうかまぁ……え、とね。その……ホント、誰にも言わないでよ?」
元よりマダムの方に外部へ漏らすつもりが皆無なのはアスカも分かり切っている。
にも関わらず念押しして話を続けるのを躊躇うことの真意を察し、マダムは黙って席を立ち、ボトルを持って部下の元へ歩み寄る。
黙ってウィスキーのお代わりを貰い一息で喉に流し込むと、心底恥ずかしそうに告白し始めた。
「…………その、今話したら思わず誘っちゃいそうでさ。こういうのって2回目が重要っていうじゃない? 向こうは多分その、初めてがあんな感じだから絶対自分からは言ってこないと思うから……。でもこのまんまなのも癪だし、仕事も結構忙しかったし、それで……」
そこで言葉に詰まり、グラスのぎゅっと握りしめるアスカ。
一瞬だけ割られないかを心配し、目の前の少女が加減はしているのを確認してから、仮面の対魔忍はふう、と息を吐いた。安堵ではなく、やれやれ、という意味の溜息だ。
「らしくないわねえ……っていうのは流石に酷かしらね。こっちとしては任務に支障がないなら介入すべきではないんでしょうけど……。良かったのよね? 彼とのセックス」
しばしの硬直、そして無言の頷きによって返答するアスカ。
さらにそれで何か吹っ切れたのか、言わなくてもいい補足説明をし始めた。
「初めてだからさ、痛いんだろうなって思ってたし、最初はホントにふざけんな、って思ってたんだけど……なんかもう、一回イったらどうでもよくなっちゃって。……途中からは自分で上になっちゃって、あいつも正気になってたけどもうお構いなしでさ……結局、そのまま朝方までずっと……」
「完全に嵌ってるじゃない……初めてで朝までやりっぱなしって相当よ?」
そこまで話せとは言ってない、と言わんばかりに右手で仮面を覆い眉間をおさえ、首を軽く横に振るマダム。
世話をしてきた女の子の初体験を赤裸々に語られるのは、彼女にとっても精神にくるものがあった。面白い話には違いないのだが、一気に聞くと胸やけか胃もたれを起こしかねない。
「だって、あいつしつこいんだもん! どんなクスリの所為か知らないけど話も聞かずに強引に服剥がしてきたし、前戯とかなしにあのクソバカでかいちんこ挿れてくるし、結局夜明けまで硬いままだったし、それで……―!」
「分かった。分かったからその辺でいいわ。……で、目が覚めたらちょっと気まずい空気になったけど、彼の謝罪とアドレスの交換で決着した、と……。それであんな気分よくなるんだから、ホント現金ね」
「……そんなに機嫌よかった? その日の私」
「それはもう。風も起こさずに何処かへ飛んでいきそうだったわよ。朝までシテたってことは睡眠も碌に取ってなかったんでしょう? 逆にそれでハイになってたのかもしれないわね」
「うーん……確かに疲れとかは特になかったかなあ。興奮、っていうのとはまた違う気がするけど……」
アスカは少し釈然としていないようだが、ともかくマダムの話は終わった。
部下である未成年の手からアルコールを取り上げると、速やかに酒瓶諸共片づける。
取られた方からは未練がましい目を向けられたが、円滑に供述を取るための道具として与えた以上、その必要がなくなった後も餌を与え続ける様な無駄を、仮面の対魔忍はしない。何といっても、この高級スコッチ・ウィスキーは彼女のお気に入りなのだから。
「ま、彼とのことは好きになさい。五車とウチの関係が拗れるような事態にならない限り、私からは支援も邪魔もしないから。……どうしても応援してほしいなら、交渉次第では聞いてあげてもいいけど?」
「交渉?」
「そうね……今月私のとこにくる書類を半分引き受けてくれるなら、私が個人的に彼とのデートをセッティングしてあげるわよ。もちろん、どこかで一泊も許可するわ」
「……それ、デートっていう名の出張任務を押し付けられるだけじゃないの?」
「あら、信用ないわねえ。でもそっちでいいっていうなら、3分の1で手を打つけど?」
「大して変わんないじゃない……10パーでどう?」
疑いつつも、“鋼鉄の死神”は上司の話に乗り出す。
彼女も何だかんだ内心ではずっと、“彼”との仲を進展させるきっかけを欲してはいたのだ。
「それじゃこっちが大して変わらないわよ。30」
「15、いいじゃない。どうせ私に回せるのなんて、本国へのどうでもいいレポートか、特に重要じゃないけど形式上確認が必要なやつでしょ。そんなの片づけてあげた上に遠出の任務も引き受けてあげるんだから、むしろ感謝してほしいわ」
「あら言うじゃない。いつもの貴女みたく迷惑をかける必要がない形で、彼と2人きりになれる時間を作ってあげるっていうのよ。せめて25%は引き受けてもらわないと」
「ゔっ……じゃあこういうのどう? 書類20%と、前言ってた内部調査の任務、あれも引き受けるわよ。その代わり、任務抜きの純粋な休日プランでお願い」
「ふーん……少しは駆け引きが分かってきたみたいね。いいわ、それで手を打ってあげる。内部調査を始めるのは休暇明けからで構わないわ。アルベルタから引き継ぐ形になるから、彼女も交えてブリーフィングね。……じゃあ、はいこれ」
「……何よ、その束」
「何って書類よ。引き受けてくれるんでしょ、2割」
「そっちも休みの後に決まってるでしょ! じゃ、お疲れ様でした!」
そう言いつつ、そそくさとオフィスから退出する甲河アスカ。
休暇終了後、彼女は自分のデスクに出来ていた“山”を見て、憤激と絶望の籠った絶叫を上げる事になるのだった。