“女難の対魔忍”暗躍譚 ―対魔忍RPGX HAERESIS― 作:holmint
……話が大分それたが、とにかくそういった散々な経緯を経て、我らが新天地アミダバラは西日本屈指の大都市から一転、日本の大きな厄介者へと成り下がってしまったわけだ。
その上死体蹴りどころか汚物を塗りたくるかのように、事件の数年後には地下深くに潜んでいた魔界の門が開き、魔族たちが廃墟と化した地上へ流入した(実はこれこそ狙ったかのようなタイミングで起こったのだが、その話についての詳細はまた今度)。
よりもよってな事態のために対魔忍を含め政府の対応は非常に鈍く、結果次々と人魔問わず無法者がここに住みつき、門が開いてから1年も経たぬ間に島全体がスラムと化した。
手をこまねいている間に最悪のどん底を更に突き抜けてしまい、遂に日本政府はアミダバラ全域を「廃棄都市」に指定──手に負えないので匙を投げたという意味だ──して、事実上日本国の領土として統治することを諦めてしまった。
その後数年は案の定、アミダバラ全域で血生臭い利権争いが続いた。
だが現在は「魔術師連合」なる組織や、五行学園の上層部を中心とした合議制に基づき、曲りなりにも秩序だった自治が行われている。
少なくとも、復興が全く進んでいない「廃墟地区」に近づきさえしなければ、観光ガイド付きでツアーが開かれる程度には人の出入りも安定しているらしい。
かくして魔族と人間のミックス丼と化した現在の魔都アミダバラは、常にきな臭さを孕みつつもそれなりに平穏で賑やかな都市としての顔を取り戻しつつある。
同じく魔に支配された街でも、ヨミハラや東京キングダムとは比較にならない程治安も安定しており、珍しもの好きな一般人が絶えず観光に訪れるくらいには発展もしている。
つまり、街路から火柱が立ちまくっているこの景色は、通常ならあり得ないという事だ。
現在のアミダバラは、この町の基準に照らしても非常事態なのは間違いない。
となれば、偶然遭遇した一人の対魔忍として、この惨状は見過せない。
街がこんな様では情報収集どころじゃないというのもあるが、可能な限り迅速な解決を目指すほかあるまい。
「とはいえ、どこから手を付けましょうか…………あ、容疑者みっけ」
「ふむ、これで事件解決となればいいが。……おい。生きているか、西園寺炎斗? まだ息をしているなら返事をしろ」
車を置いて数百m歩いたところで、俺たちは歩道の隅に寝転がっている人影を発見した。
なんだか出会い頭に随分な言い草だと思うが、まあ許容範囲内だろう。
何せ今出会った人物なら、今絶賛殺人火祭り会場と成り果てたアミダバラの現状を、彼一人で作り出せてしまうことは確かだ。
そして何より、この手の冗談を笑って受け流してくれそうな気の良い兄ちゃんでもある。
「……んだよ、誰かと思ったら珍しい顔じゃねえか。そんなわきゃねぇのは承知で聞くが、援軍ってのはあんたらか?」
眠っていたのか気絶していたのかは定かではないが、「彼」は目を覚ました。
唐突な質問を返されたが、俺と九郎さんはこの台詞からおおよその経緯を察した。
道端に寝転がっていた―ボロボロになった服から察するに、十中八九戦いによる疲労が原因だろう―この男は西園寺炎斗。名前から察する通り、火遁の術使いの対魔忍である。
もさもさな毛襟が特徴的なパンクな服装と手元に置かれているギターだけ見れば、ライブ帰りか、或いは二日酔いのミュージシャンかと間違えそうな風体だが、実力は確かだ。
俺が炎斗本人と直接会うのはこれが初めてだが、彼の弟である爆斗は俺と同学年であり、ちょっとした騒動をきっかけに交流を深めた仲でもある。
それ程家族の話をしたことはないが、彼が兄を誇りに思っているのは言葉の端々からよく伝わっていた。能力的にも人柄的にも、目標とする存在がすぐ身近にいるのはいいことだ。
「ああ、勿論違う。だが今はお前の応急処置と情報収集が先だ。……おいふうま、ぼさっとしてないで起き上がらせてやれ。恐らく上腕と肋骨が逝ってるはずだ」
そう言い、九郎さんはジャケットの内側から医療キットを取り出した。
慌てて俺は炎斗の脇に腕を通し、介護士のように優しく彼の上体を起こす。
「えー、と……失礼します炎斗さん。初めましてがこんな形で何ですが、ふうま小太郎です。弟さんにはお世話になってます」
「へ、ご丁寧にどうも。こっちもあんたの話は聞いてるぜ。こっちこそ、時代遅れのバカの面倒見てもらって悪ぃな。……っつ、すまねえな。初対面がこんな様で」
起こされただけで顔を顰めた所から見るに、確かに炎斗は浅くない傷を負っているようだ。しかし俺の観察眼では、流石に服越しに見て負傷個所の特定は不可能だ。
ホントに透視とか千里眼はもってないんだよな、九郎さんって?
「で、一体誰のバースデー・パーティーをしていた? 火遁衆がどいつも派手好きなのは今更だが、アミダバラをケーキに見立てるってのはちとやり過ぎだろ」
「へっ、へへへ……いっ! 痛ぅ……、九郎さんよ、肋骨折れてんの知ってんなら笑わせねえでくれよ頼むから……生憎そういう出し物じゃねえんだよ。俺が珍しくマジになるぐらいにはシリアスな問題でな」
ジョークを飛ばしつつ、医療キットから包帯と湿布を取り出し、炎斗の治療を行う九郎さん。
大きめの携帯か葉巻入れにも見える手の平サイズの救急箱には、外見からは想像できない程様々な道具が詰め込まれている。
俺みたいな半素人にも分かる、衛生兵ばりの手際の良さだ。特殊部隊に籍を置いた人はこういう訓練をみっちりされているから、戦闘以外でも本当に頼り甲斐がある。
もし無人島に何か1つだけ持っていけるなら、“九郎えもん”以外ありえないね。
少なくとも井河姉妹と紫先生には同意してもらえるはずだ(後者の方はこんな質問した瞬間キレて殴られそうだが)。
「この炎は、所謂苦肉の策ってやつよ。野郎がこの街を出るのだけは何とか阻止したくてな。……まあ、ちょっと想定外に広がっちまったけど、な」
西園寺炎斗。
彼は五車の火遁の術使い達によって構成される部隊、“火遁衆”の玖番隊筆頭であり、その主任務はアミダバラに常駐し、ここの自治組織に協力して治安維持と情報収集に務めることだ。
何でも普段は街を縄張りにしているギャングに扮し、“デスフレイム団”なる組織名を名乗っているらしいが……まあネーミングセンスや彼自身のバンドマン然としたファッションは兎も角、仕事ぶりは至って真面目らしい。
「ほぉ、お前がこの様になるとは余程だな。何者だ、その相手は?」
この口ぶりから見るに、九郎さんから見ても炎斗は相当優秀な部類の人間らしい。
下手人について尋ねられると、炎の使い手であるロックな対魔忍は気まずげに視線をそらした後、風体に似合わず煮え切らない態度で幾分か逡巡し、
「あー……何ていうか、だな。冗談みたいな話だが、全身を顔まで黒いラバースーツに包んだ女……うん、まあ、多分女だ。得物は鉤爪と鞭だったな」
「……ラバースーツ、って、あのぴっちりとした奴ですか?」
俺の問いにも気まずそうに苦笑する炎斗。
どうやら彼自身も、自分で見たものがまだ信じきれてないようだ。
「ああ、そうだ。SMクラブとかで見かける本格の黒いやつな。ご丁寧に丸い口枷までしてやがったよ。流石に俺も魂消たぜ。最初はどこの店から逃げ出してきたんだと思ったが……―」
炎斗の供述を纏めると、その全身ラバー女を最初に見かけたのは彼の部下らしい。
今日の正午前、日常業務の一つである廃墟地区の見回りに出た2人組が、何かの研究施設跡に立っているそいつを見つけたようだ。
質の悪い白昼夢でも見てるのかと思いその場に固まっていたら、向こうから彼らを視認するや否や、何の前触れもなく襲い掛かってきた。
訳が分からなすぎる展開だが、その対魔忍たちも木偶の坊ではない。セオリー通り一人が前に出て敵の足止めをし、一人が通信機で応援を呼んだ。
自分たちの力を過信し2人だけで対処しようとしなかったのは流石だが、残念なことに、この変態女が非常識な部分は恰好だけではなかった。
玖番隊の本部が受けた通信から読み取るに、一人が敵の姿を呆れ声で報告している間に相棒がやられ、通信していた者も動揺した隙を突かれそのままやられてしまったらしい。
通信が繋がってから切れるまでの時間はおよそ15秒足らず。文字通り瞬殺だった。
すぐさま炎斗の号令で『デスフレイム団』のほぼ全員が出動し、戦闘が行われた現場に急行したが、そこには2つの死体以外、何の痕跡も残っていなかった。
この時点で既に、炎斗達にとっては腸の煮えくり返る事態だっただろう。
だが問題はそこからだった。
「すぐに町中を捜索したさ。何せンなけったいな恰好した女だ。探さなくたって向こうから目撃情報が飛び込んでくる、そう……思ってたんだが……」
「……一向に見つからなかった、と」
九郎さんがそう言いながら、炎斗の左腕に包帯を巻き終えた。
炎斗は自身の傷を包帯越しに撫でさすりながら、悔しそうに俯いた。
「どんな絡繰りかはしらねえが見事な隠形だったぜ。逃げられるのを嫌って捜索範囲を広めに取ったのも災いしてな、人数がばらけた所を順番に各個撃破、って方法で6人もやられちまった。そこで俺一人が囮になり、部下たちは全員で固まって出た所を包囲する、って作戦に切り替えた。上手く奴さんを釣れたまでは良かったんだが……―」
隊長であるこの男の現状を見れば凡そ分かるが、上々な結果とは行かなかったらしい。
女の素振りを見るに、炎斗側の作戦を見透かした上で敢えて誘いに乗った節すらある。そう苦々し気に彼は呟いた。
「思いっきり暴れられるように廃墟地区の隅っこに誘導できたのも俺たちが上手かったわけじゃなく、向こうがこちらの思惑を察して乗ってきたからだろうな。その理由までは分からんが……。まあ、その後面目なく逃がしちまったが、それなりの手傷は負わせられた筈だ。最終的に不利を悟って逃げたのは向こうだったしな。……ま、SM嬢相手にその様かよっていわれりゃ返す言葉もねえが……おっ、そうだそうだ。大事なことを言い忘れてた」
そこで炎斗は俺たちに「すまねえな、助かったぜ」と礼を言いながら立ち上がった。
そして、未だ収まる気配のない路上の火柱に視線を向けながら、
「で、その後行方をくらました奴さんを追うために俺らは再び町中に散って、俺はあれを仕掛けに来たって訳だ。アミダバラの外に出るなら、この通りを抜けて橋を通るのが最短だからな。……ああ、言うまでもねえが海は無理だぜ。五行の奴らが張った結界があるからな」
アミダバラは自治に関わっている各組織によって、人の出入りは常に監視・制限されている。
俺たちが島に渡るために何気なく通ってきた連絡橋にも、監視カメラだけでなく、出入りする者を識別する結界や魔術式が仕込まれていると、九郎さんが教えてくれた。
炎斗たちの出くわしたその変質者が、誰にも気づかれずこの人工島から脱出するのはほぼ不可能というわけだ。
「あの炎は俺特製でね。近くに対魔忍やら魔族やらがいると、術者である俺の手に小さな炎が燃え上がってそれを教えてくれるって寸法だ。謂わば火遁でできた探知機ってわけよ」
「“炎唱”の応用か。相変わらず火遁使いにしては器用な奴だ。だが、それにしても派手過ぎじゃないか。非常事態とは言えこんな術を使えば、連合や五行の連中が怒るだろう」
随分失礼な物言いだが、これでも彼なりには炎斗の事を称賛しているのだろう。
「へ、かもな。一応こっちから連絡はしておいたんだが……いや、言いたいのはそこじゃなくてな。本来、この術はこんなデカくなることはねえってことさ」
俺や九郎さんが訝し気な顔を向けると、炎斗は折れてない左腕を伸ばして頭を掻き、
「俺自慢の術ではあるが、こいつはそもそも攻撃力はねえ。ホントは手で包めるくらいの大きさで浮いてるはずなんだが、何故か今日に限ってこんなになっちまう。おまけに……」
炎斗は顎と肩でギターを挟み込んで固定し、片手で器用に音を鳴らす。
しかし、人間サイズを遥かに超える炎は何ら変化をみせず、風で揺れつつもその勢いは一向に収まらない。
「……な? 付けられたはいいけど消せねえんだこれが」
「……え、それ結構深刻な問題じゃないんですか?」
苦笑し、参ったなこりゃとでも言いたげに首を振りながら、言外に俺の問いに首肯する炎斗。
自分の術を自分で解除できないというのは、単に不便や危険だというだけに留まる話ではない。感覚的には、自分の左腕が勝手に動き出し、しかもそれを右腕では抑えられないという事態に近い不快感と恐怖を覚えるものらしい。
とはいえ術が制御不能になること自体は珍事という程でもなく、極度の疲労や負傷による消耗が原因でまま起こることではある。だが、今の炎斗はその条件に当てはまるとは言い難い。意識はしっかりとしているし、骨折してはいるものの歩行や言動に問題はなく、彼自身も何故術が正常に機能しないのか分からないようだ。
しかもそういう場合、論理的に考えれば発生する術はいつもより弱くなる筈だ。
今回は発動した技が強すぎて後から制御できていないという、何とも奇妙な事態になってしまっている。術を覚えたての学生が似たようなミスをよくやらかすが、彼本人の反応を見るにその自覚もなさそうだ。
「怪我や疲れが原因でないというなら、外的要因か? 何か身に覚えはないのか、炎斗」
「それが全くねぇんだ。少なくとも、あの変態ヤローと戦ってるときは何も異常はなかったし、奴を追跡しがてらここらにこの術を仕込んでいた時も、調子は別に悪くなかったしよ……」
「調子が悪くなかったって……骨折れてるんですよね? しかもさっきまでそこの道端にぶっ倒れてましたけど、それで異常はなかったんですか?」
重ねて言うが、俺の医療技術はさして高くない。五車の授業で習う程度の応急手当や診察の技術は一応身に付けてはいるが、専門職レベルには到底及ばない。だから正直炎斗の体がどれ程のダメージを負っているか正確には分からないが、一般的に言って肋骨や腕が折れている人間はまともに動くことはできないし、戦闘なぞとても覚束ない。
対魔忍に一般人の尺度を当てはめることができないのは百も承知だが、それにしたって今の彼は立派な重傷者である。
だが彼は痛みこそ感じているものの、骨折自体はまるで苦に感じていないような口ぶりだ。
俺の指摘を受けて、ようやく炎斗自身も自分の異様さを自覚したようだ。
「……あれ、そういや何か、俺妙に元気だな。正直今でも、疲れとかは全然感じてねえ。……あ、でもそういや、この路地に炎を仕込んだ後、急に眠気が襲ってきたんだ。オールナイトでライブやった後みたいな感覚かな、近いのは。こう、ふっと気が抜けちまってよ」
「典型的な術の暴走だな。耐用限界を超えて酷使したエンジンと同じ状態になったわけだ。……お前、そのラバースーツの女に何か変なことをされなかったか?」
は? とでも言いたげな顔を九郎さんに向ける炎斗。
いや、そういう意味じゃなくてな、と九郎さんは話を続ける。
「そいつと交戦した時、見てくれ以外に何か不審な点はなかったかと聞いているんだ。例えば突然息を吹きかけてきたとか、体から汗以外の何かを分泌していたとか、そういうのだ」
ふむ、と頬に手を当てる炎斗は、「そう……言われてもなあ」と、困ったような声を上げる。
俺も九郎さんの意を汲み、その言葉を引き継ぐ形で質問を重ねる。
「炎斗さん。実は俺たち、とある新型魔薬の情報を求めてここに来たんです。これはオフレコなんで他には黙っておいてほしいんですが、既に五車の中にもそれの被害が出ているんです」
「何だと……?」と驚愕の顔をこちらに向ける炎斗。
踏み込んで機密情報を漏らしてしまったが、ちらりと見た限り九郎さんにそれを責める素振りは見られない。
「しかもこの薬は只快楽を得られるだけじゃありません。使い続ければ人を化け物に変えてしまうっていう代物なんです。一刻も早く出所を押さえ、流通を止めなければなりません。……で、そのラバー女ですが、ひょっとしたらその魔薬をやっているのかもしれません」
無論その確証は全くない。
手練れの対魔忍達を手玉に取る実力と、一目でわかる異形。
無理矢理関連性を挙げれば確かに怪しく見えるだろうが、何せここはアミダバラだ。
町の外、あるいは『向こう側』からひょっこり様子のおかしい猛者が流れて来ることなど日常茶飯事だし、そういったことに対応するために炎斗達はこの町に住んでいるのだ。
だが同様に、そいつが『対魔石』とは関係ないと証明できる根拠もない。ならばこれが成り行きで巻き込まれた騒動だとしても、事の真偽確認も含めて対応するのが俺たちの任務と言えるだろう。
「どうでしょう、何かそれらしい素振りはなかったでしょうか。炎斗さんは任務柄、相手がヤク中かどうかを見分けるのも、よくやっている事と思いますが……?」
「まあ、な。この町にいやがる野郎の1,2割はその類だし、あんまり広まるようなら取り締まらなきゃならねえからな。……つってもなぁ、なんせ顔まで隠してたんで、あいつがそういうのキメてたかどうかまではなぁ、まあそうだとしたら色々と説明はつくが……あ」
天を仰いで記憶を辿っていた炎斗さんが、不意に動きを止めた。
何か思い出しましたか? と聞く俺に、釈然としない表情を向けながら、
「いや、そいつが鞭を使ってたってのは話したよな? えらくキレのいい鞭さばきで、この愛機が絡めとられねえようにするのには苦労したんだが……今思うと、なんか変だったんだよな」
「変? そいつの見た目以上にか?」
「いや見た目が一番ヤバかったのは変わんねえよ。そうじゃなくて、その鞭がなんていうか……うーん、説明が難しいけどなんつうの、こう……俺たちをただ攻撃してるってだけじゃない感じがしてな」
という要領を得ない証言をされた訳だが、それを聞いて俺はある事を閃いた。
あまりにも馬鹿馬鹿しい仮説だが、現状を説明できるものはこれしかないとも思わせる、そんな思い付きだった。
「もしかして、その鞭で攻撃されたら力が増したんじゃないですか?」
「…………ああ、理屈は分からねえが、今思うとそうとしか考えられねえんだ」
ビンゴ。
昔から直感は働くほうだと自負しているが、特に悪い予感はほぼ外れたことがない。
我ながら自慢にもならない経験則だが、危機管理には役に立つ。
俺と九郎さんは、そこで顰めた顔を突きつけ合わせて無言の内に確認し合う。
どうやら向こうも考えは同じようだ。俺たちは来るのが遅かったみたいだが、何とか最悪の事態だけは防げるかもしれない。
「その女の鞭を食らうと、力が増したような気がする……それが、この異常に強力な火遁の術を生み出した原因なんだとしたら……やはりこれは、その新型魔薬が絡んでいるかもしれません」
「え、おい……まさか、あの鞭にか?」
ギョっとした顔を俺と九郎さんに向ける炎斗。
知らず知らずのうちに、訳の分からない魔薬を食らってたなんて話を聞かされれば無理もない反応だろう。
「あくまで可能性の話だ。もし本当にその鞭に何かが塗布されていたとして、何のために、という疑問も残る。単に敵を強くして戦いを楽しみたいマゾ……なんていう馬鹿な理由ならいいんだが」
そこで九郎さんは、ジャケットの内ポケットから携帯端末を取り出す。
彼は空港から五車に直行した後でこのままここへ来たので、今はお馴染みの対魔忍スーツではなく、完全に私服だ。
俺にしたって、休日に学校へ呼び出されてそのまま連れてこられた訳なので学生服ですらなく、スラックスにTシャツというオフスタイルで鉄火場に来てしまっている。
正直お気に入りのコーデなので何処かしらが燃えたりしていないか心配だが、着替えに時間を消費できる状況でもない。
「……俺だ。今アミダバラにいる。……ああ、連絡はいってるんだな。なら話は早い。まだ断定はできんが、アレが絡んでいる可能性が出てきた」
端末から漏れ聞こえる声から察するに、通話の相手はアサギ先生のようだ。
どうやら俺たちが五車を出てから、入れ違いにどこかのタイミングでアミダバラの異変が向こうにも連絡されていたらしい。
「ああ、電源は切ってた。……運転中だったんだ、仕方ないだろう……こっちに来て早々に、偶然玖番隊の隊長と合流できてな、話を聞くことができた。あくまで勘だが、ふうまも怪しいと睨んでる。…………上原が? 何故ここに…………うむ……いいだろう、こっちで可能な限り対応する。そっちからの応援を待っていては手遅れになるかもしれん。…………それは分からん。情報不足だからな……ああ、分かってる。連絡はするし、後で報告書も書くさ。……ああ、分かった。ふうま、校長からお前に、だそうだ」
何か俺にも伝えることがあるらしい。
俺は九郎さんから端末を受け取り、通話を代わる。
「もしもし」
『あ、ふうまくん? ごめんなさい、折角の休日なのにこんな事になってしまって』
開口一番謝罪の言葉を受けて、「いえいえいえとんでもないです!」と焦った返事を返す。
アサギ先生の声音から単に部下の休日を潰してしまったことへの申し訳なさ、以上の感情を感じ、それが周りの2人(特に炎斗)に勘づかれたりしないか、訳もなく心配になったのだ。
客観的に見れば、そんなことがバレる可能性など存在せず(そもそも九郎さんには端からばれてるし)、むしろ俺の態度の方が余程不審がられるだろう。
禁断の恋愛というのは、思った以上に人を神経質にさせるらしい。
『そちらの話は聞いたわ。予想よりも大分悪い方へ進んでるみたいね』
「ええ……敵は、武器に新型魔薬を使用している疑いがあります。西園寺炎斗さんからも、敵の攻撃を受けた後で術が強くなったという証言を得られました。態々敵を強化するような真似をする意図は不明ですが、このまま放置するのは危険だと思いますので、自分たちで対処します」
『……分かったわ。既にこちらからも、専用の対策チームを編成して派遣したところよ。アミダバラに居てその敵と交戦した者たちには、後で精密検査を受けてもらう。貴方たちも、くれぐれも気を付けてね。何かあったら、九郎を盾にしてくれていいから』
はは、了解です……と苦笑を漏らしながら、知らずに盾役に任命された男をちらりと見る。
『本当に気を付けてね。今更言うまでもないけど、貴方は既にその魔薬を投与されている可能性が高い。検査では異常が出なかったけど、今度その影響を受けたらどうなるかは分からない。ひょっとしたら、貴方の“あの力”に反応して、もっと強い反応が出るかもしれないわ』
“あの力”とは、俺が二車骸佐に心臓を貫かれて発現した異能の事だ。
詳しいメカニズムは不明だが、死ぬ筈だった俺はその力によって生き返り、大抵の負傷なら数秒(長くても1分以内)に治るようになった。
紫先生や九郎さんの“不死覚醒”と似たようなものだが、発現時に黒い靄のようなオーラが発生する点、いつも閉じている俺の右目が赤く光るなど、違いはいくつかある。
最初は俺の忍法がついに……などと淡い期待を抱いたのだが、調査の結果その夢は一言の元に切捨てられた。
曰く、これは魔族由来の能力らしい。
実の所、俺の力が忍法ではないといえる根拠が何か、そもそもその能力と忍法はどう違うのか、俺自身はよく分かっていない。
検査を受けた後一通り説明は受けたが、医療的な専門用語が多く半分も理解できなかった。
そもそも対魔忍が使う『対魔粒子』も魔族が使う『魔力』も、使用者によって名前を使い分けてるだけで大した違いはない、というのが俺の認識だし、実際そう思って構わない、と桐生やその他の専門家からもレクチャーを受けたことがある。
ならば一体何をもって俺の力は『忍法』ではない、と言えるのか。
その理屈は分からないが、実を言えばそれを納得できるだけの感覚は得ている。
どういうことかと言うと、これが自分自身の力ではなく、誰かから与えられているもの、そしてこれを使うと、なにかしらの不吉を呼び込むという事が分かる。
それがこの能力そのものの性質なのか、これを俺に与えたものの悪意を感じ取っているからなのかは分からないが、軽々に頼るわけにはいかないという確信を得るには十分だった。
「最大限注意しますよ。ああ、そうだ。例の件、どうなりました?」
『……それ、今聞くこと?』
「ええ、モチベの問題ですから。で、どうなんです?」
『…………予定は取れたわよ。来週の金曜、1日空けたわ』
「ありがとうございます、俄然やる気が出てきました。では後ほど」
最後にちょっとした確認を行って通話を切り、端末を九郎さんに返す。
九郎さんは真顔のまま「程々にな」とだけアサギ先生に小声で伝え、相手の返事も待たずに通話を切った。
「……さて、悪いがお前の盾役は謹んで辞退させてもらう。どうやら別件でここに来ていたのは俺たちだけじゃないらしい。上原燐……知っているな?」
「鹿之助のお姉さん……あ、いや従姉妹でしたっけ。彼女もこちらに?」
さり気なく会話を盗み聞きされたのをカミングアウトされた。
俺は赤面するのを必死に堪え、会話をつなぐ。
「ああ、何の用かは知らんがここにいるのは間違いないらしい。炎斗、知ってたか?」
「いや、来る予定があるってことも聞いてねぇ。つまり……仕事で来たんじゃねえって事か?」
さぁな、と肩を竦めつつ、九郎さんは装備と時間のチェックを行う。
上原燐、通称“電輝の対魔忍”。
井河・ふうまに次ぐ対魔忍の名家「上原家」の対魔忍であり、俺の親友、上原鹿之助の従姉妹。
アサギ校長からも一目置かれる実力と、厳しくも公平かつ丁寧な指導に定評があり、教師・生徒問わず人気の高い人だ。
時折妙に細い目を俺に向けてくるのが気にはなるが……すごくいい人だというのは俺から見ても分かる。何より超が付くほどの美人だ。
「プライベートで態々この町へ……知り合いでもいるんですかね?」
「かもな。兎も角俺は先に行って、彼女を見つけそのラバー女を確保する。ふうまは炎斗と共に一旦そいつのアジトに行け。他の火遁衆と合流し、現在の情況を把握しろ」
口調自体はフラットだが、有無を言わさぬ迫力を感じる指示だった。
今回は独立遊撃隊の任務ではない以上、現場で作戦を決める権限は先任である九郎さんにある。俺としても、それに異論はない。
「……了解。何か分かったら、逐一連絡します。可能な限り通話には出てくださいよ」
「言うまでもない。炎斗、すまんがそいつの案内を頼む。炎の柱に関しては、今は何もしなくてもいいだろう。威力は予想外でも、延焼する心配はなさそうだしな」
正確に操られた「火遁の術」は通常の炎と違い、術者が狙ったもの以外を燃やすことはない。
今街路に生えている火柱も今見る限り、威力こそ想定外であり傍迷惑な暑さを維持しているが、忍法の性質そのものから外れた様子はない。少なくとも現時点では、放置しても町に被害は出ないだろう。
無論何も関係ない住民にとっては、堪ったものじゃないだろうが。
「あ、ああ……こんな様の俺が言うのも何だが、あんた一人で大丈夫なのかよ?」
「頼りにしてくれていいですよ。俺はともかくこの人は、アサギ校長の次の次の次くらいには強いですから」
さらりと言ったおれの台詞に吹き出す炎斗。
ウケ狙いで言ったつもりはないが、彼のツボには嵌ったらしい。
「はっ、ははは……! そりゃ心強ぇや。あんたのことは聞いてるぜ、八津九郎さんよ。悪いが、今は頼りにさせてもらう」
「……間の2人が誰かは大いに議論したいところだが、まぁいい。道中気を付けて行けよ」
そう言うと、九郎さんは彼の巨躯をフル稼働させ、そのままオリンピックにも出場できそうな速度でアミダバラの町を駆けていった。
まあ実際、彼が出ようもんなら一度に取得したメダルでオセロができそうだが。
「……じゃ、俺たちも行きましょうか。炎斗さんの部下も、アジトにいるんですか?」
「ああ、怪我した奴らはその筈だ。元気な奴らはそこかしこに散って捜索を続けてると思うが……さて、何人残ってるかね……」
肩を貸そうかと思ったが、処置の甲斐もあってか炎斗さんの足取りは軽く、補助の必要はなさそうだ。そのタフさに頼もしさを感じつつも、これも『対魔石』の影響かもしれない、と思うと嫌が応にも警戒せざるを得ない。
何とも複雑な心境で、短い男2人旅が始まった。
今回イベの妊娠アサギ校長可愛すぎて参るね。
11連で来てくれたし末永く可愛がります。
ただ書こうとしてたシチュを先にやられてしまったのは、少しだけ「(ノ∀`)アチャー」
という感じです…。