「ではカリフォルニアアシカさんは、このヒトの事を……好きなんですね。そして、貴方も」
双子から少し離れたところに俺とアシカ、そしてリョコウバトは固まっていた。内緒話を始めると自然とそうなるように声を潜めていたが、リョコウバトの声は分かりやすいくらいに沈んでいる。
涙こそ無い。が、それが逆に恐ろしい。リョコウバトの茫洋とした目が俺とアシカの間でふらふらとしているのを見ていると、今にもどこかに飛んで行ってしまいそうな印象さえ受けるのだ。事実飛べてしまうのだから。
かといって、「お前も同じくらい俺にとって大事な女だ」と正面切って言えるかといえば、言えない。情けないことに俺の度胸は人並みかそれ以下だ。事実としてリョコウバトを抱いている間もカリフォルニアアシカの存在がくすぶり続けていて、なにより最初、俺の心を奪ったのがアシカなのだ。その女を横に置いて啖呵を切っても、多分嘘くさくなるだろう。
このままでは、と思いながら有効な手立ても思いつかない俺と、沈んでいくリョコウバト。その中にあって、カリフォルニアアシカは首を傾げて見せた。
「確かにそうですが、リョコウバトさんも彼の事が好きなんでしょう?」
何事も無い、といった様子で問いかけるアシカに、リョコウバトは少し動揺したようだったがシッカリと頷いた。
「……はい。私は……このヒトの事が、好きです。離れたくありません」
「なるほど。つまりリョコウバトさんもツガイだということですね。私と同じように」
酷く、何気ない言い草のまま、カリフォルニアアシカは自分の胎をさすった。
全く生々しい仕草に俺は冷や汗が溢れているし、喉はからからで声が出せない。頭の中がガンガンして吐き気さえする。世の男は修羅場をこういった心持で迎えているのだろうか? 彼女たちから責められてもいないのにこれは負担が大きすぎるのではないか。
リョコウバトの瞳から、初めて涙が零れた。一筋だけが頬を伝い落ち、いつの間にか彼女も胎に手を当てていて、その手に落ちた涙が砕ける。死にたくなってくる。
死に体の俺をよそに、カリフォルニアアシカだけは全く気にした様子も見せやしない。
「そうですか、となるとどこを住処にするか考えないといけませんね」
「え?」
「私は海獣園や海辺が巣のようなものなのですが……リョコウバトさんの巣はどこです?」
「え、あ、あの……私はあまり定住はしなくて……何か所かは、留まるところがありますけど……」
困惑するリョコウバトはとりあえず聞かれるがままに答えている。俺は傍観だ。道端の石に近い。
「ならこのヒトが海に近い場所に住んでいてもひとまず問題ないということですね。二匹程度であればオスの機能も大丈夫でしょうし、あのホテルならちょうど良さそうです」
「……あ、あの、カリフォルニアアシカさんは、私のことが……邪魔ではないんですか?」
「なぜです?」
心底不思議そうにカリフォルニアアシカが首をひねる。リョコウバトはそれで次の言葉を失してしまったようだが、俺は徐々に飲み込めるところがあった。
これは、もしかすると、修羅場じゃなさそうだ。
急激に視界がクリアになり、世界に音が戻っていく。すると自然とリョコウバトの分厚いガイド服の下に隠れたむっちりとした肢体と、水着という薄い皮から逃れたアシカの伸びやかな四肢が俺の脳裏を刺激する。いつの間にか生唾が流れ込み、開店休業だったはずの喉が途端に大忙しだ。
「俺は――カリフォルニアアシカも、リョコウバトも好きだ。同じくらい俺にとって大事なメスだ」
気が大きくなったら何でも言える。前言を翻すのは得意技だ。
俺がいることに改めて気づいたようにアシカとリョコウバトの視線が集まってくる。
「二人とも俺の物だからどっちかを選ぶなんてことをしたくないんだ。ヒト同士ならいざ知らず、フレンズにそんな決まりは無いだろ」
「まあそうですね。私はそもそも一匹のオスが複数のメスを囲うことに抵抗はありませんから」
「アシカはこう言ってる。リョコウバトは?」
「わ、私は……」
戸惑いが極まったかのように、リョコウバトは体を縮こまらせている。目は忙しなく俺たちを行き来しているし、何度も何かを言おうとして止めるというのを繰り返している。組んでは離してを繰り返す指は傷一つない綺麗なものだ。
いわゆる同調圧力というやつだろう。俺とアシカが押せば、リョコウバトは否定しにくい。
抵抗があっても拒絶が無いなら押せばいけるだろう。ロクでもない思考だがこれも弱肉強食、フレンズの世界なのだ。
「リョコウバト、こっちに来てくれ」
リョコウバトの手を取り、物陰に引っ張り込む。双子とイヌ科のフレンズは時間を忘れて楽しそうに遊んでいて、フリスビーを遠くに向けて飛ばしている。好都合だ。
「何を、んむっ……!」
言わせるより早く、リョコウバトの唇を塞ぐ。
俺は彼女を壁際に組み敷いていた。腕を掴んで壁に押し付け、顔を掌で包み強引に唇を奪う。突然の行動にリョコウバトが逃れようとするのを無理やり抑えるサマは危険だが、見ているのはあきれ顔のカリフォルニアアシカのみ。
「ん、はぁ、あ……んぅ、ちゅ……こんなところで……カリフォルニアアシカさんが見てますのに……」
最初は体を揺らして抵抗を見せたリョコウバトも、すぐに諦めると首に腕を絡ませてきた。
「後でカリフォルニアアシカにもするさ。さっきも言ったけど、どっちも大事なんだ。キスをしたらもう片方にキスをするし、交尾も同じだ」
「別にしなくとも構いませんが」
カリフォルニアアシカの淡白な言葉は聞き流す。
「お前を独りにはさせない。昨日だってお前は俺の物だって言っただろ、絶対に離さないからな」
小さく震えたリョコウバトの体が、俺の腕の中に収まる。抱き合って口を合わせ続け。
「本当に……?」
「ああ、もちろん」
「私は……貴方のことが好きです……」
「俺もお前のことが好きだよ。愛してる。ずっと一緒だ」
「はい、はいっ」
「俺のツガイになって、一緒に暮らしてくれるか?」
カリフォルニアアシカと三人で。
「はい、私は貴方の物になります……」
うっとりと、頬を染めたリョコウバトの顔が胸に埋まる。片腕で彼女を抱いたままカリフォルニアアシカに手招きする。
「なんです?」
「いや、三人一緒に抱きしめようと思って」
カリフォルニアアシカは首を傾げた。
幸せそうな雰囲気を醸すリョコウバトと、目論見が外れて自分から抱きに行く俺と、首を傾げたままのカリフォルニアアシカ。三者三葉とはまさにこのことなのだろう。
愛している、と言ってそのままおっぱじめるほど動物的でもない。動物だって頭を首にこすり付けるくらいのことは親愛の証としてやるし、なにより昨日と今日でヤリ続けたせいでさすがの性欲も疲れ気味。むしろよくぞ連闘できていたくらいで、振り返るほどに恐ろしくなってくる。もしかして、寿命を縮めているのではないか?
「貴方……ふふ、大好きです……」
「リョコウバトさんはもっと冷静なイメージでしたけど、意外ですね」
(まあ……いいか)
両手に華なのは間違いないだろう。右腕にリョコウバトが絡みつき、左側に立つカリフォルニアアシカは体温を感じるほどに近い。それでいてイチモツは半分くらい固くなった程度、理性もそれなりにしっかりしている。これで寿命が縮まるというのなら、まあ、それはそれで本望というものだ。
三人でぼんやりと眺める先では、双子がイヌ科のフレンズと戯れているのが見える。
「なあ、なんだかフレンズが増えてないか?」
先ほどまでは数えられる程度だったフレンズが、いつの間にか『わちゃわちゃ』しているという表現がぴったりなほど視界を埋めている。
その中心は例の双子だ。濃緑の髪、青い動きやすそうな服、いかにも探検家然とした帽子。男女だから見分けがつかないということは無いが、フレンズに囲まれていてほとんど頭の先しか見えない。
「そうですね、私はここにはほとんど来たことが無いのですが……これはさすがに多すぎる気がします」
「きっと、ここにいるヒトが貴方とあの子たちだけだからだと思います。普段はたくさんヒトがいるから、フレンズも散らばって構って貰うんです。でも今日は一緒に遊んでくれるヒトがあの子たちしかいないから、人懐っこい子がみんな集まっているんですわ」
「俺の方には誰も来ないなあ」
「……」
じっと、見つめる視線を感じる。主に俺の右腕の方から。
努めて気付かないふりをしつつ、頑張って視線を双子に向けていると、徐々にフレンズたちが二つのグループに分かれていく。片方はどうも女の子と一緒にサッカーボールで遊んでいて、もう片方は男の子に絵を描いてもらっているらしい。
どうもそれぞれまとめ役のフレンズがいるようで、女の子側ではイエイヌが、男の子の方はネコ科のフレンズが傍についているようだ。
「あら? あれはカラカルですね、普段はサバンナ地方にいるはずなのですけど」
「こっちに遊びに来てるのかな」
「縄張り意識の強いフレンズはあまり住んでいる場所を離れることはないですが、もしかしたらあの子に懐いたのかもしれませんよ。私もこうして、海獣園から離れているわけですし」
「確かに……そういえば、アシカはいいのか? もともとあの子たちに会いに来たんだし、混ざってきても良いんだぞ」
「いえ、あの数の群れに入っていくのは大変ですから。それに地上での運動は得意とは言えませんし、さっきお話した時に二人で海獣園に来ると約束してくれたので十分です」
「私がお連れします。良ければ貴方も一緒にいかがですか? 素敵なショーを……一緒に、見ませんか」
ほとんど体全てを預けるように、リョコウバトが胸を押し付けて囁いてくる。ついでに手を掴んでやたらと絡ませてくるので、どうも捕食された獲物の気分だ。無意識に顔をアシカに向けても、彼女は首を傾げながら水着の食い込みを直している。
「どうしました?」
目を奪われるのは男として仕方ない。豊満なお尻を縛り付ける水着の縁を引っ張ると、隠されていたラインが露わになる。
普段見ることのない、尻の割れ目に向かって描くカーブ。水着や下着であれば露出している外へ向かう曲線と違い、裸にならなければ見ることのできない部分の肌だ。同じ尻でも希少性が異なる。軽くお尻を浮かせて食い込みを直す瞬間だけ見える、狭く薄暗い隙間の肌をつい食い入るように見てしまったとしても、仕方ないはずなのだ。
だが、そうは問屋が卸さないと無言で鳴くリョコウバトが、右腕を掴んでいる。掴むというより爪が食い込んで痛い。
「悪かった、つい目が、リョコウバト? ちょっと痛いんだけど」
「……」
物言わぬリョコウバトの視線を感じるが、そちらを見るには尋常でない度胸が必要だ。左手で頭を撫でて少し緩んだが、それでも気が抜けない。
豊満で熱い身体を感じつつ、冷や汗が流れる状況が続く。もしやこの時間は双子が帰るまで続くのかと思うとしょうもない絶望感が顔を出す。日暮れまで、あと三時間はあるだろう。
喉が鳴る。ただただ自分の中で緊迫感だけが膨れ上がるなか、左側に座ってなにやら考えていたカリフォルニアアシカが、ポンと手を鳴らした。我に妙案あり、とでも言わん仕草と表情は可愛らしいのだが、俺には耳を傾けることしかできない。体を傾けた瞬間に、何が起こるかわからないのだ。
得意げな声が三人を包む。小さい声なのは、フレンズたちに聞こえないように、という気遣いか。
「そういう事でしたら、三人で交尾をしましょう」
彼女が何を言っているのかわからなかった。ただ、いつの間にかイチモツはしっかりと蘇っていつでも臨戦態勢がとれることだけは分かった。自分の身体のことは自分が一番わかるとはよく言ったものだ。節操がない。