佐倉慈先生と共依存したい。 作:朝潮
慈が感染して、そして地下に降りてきてから5日が経っていた。
その頃には、慈も櫂も、互いのいる生活に慣れ始めてきていた。
「佐倉先生。どうぞ…」
「あ〜ん…」
最初はとても恥ずかしかったこの餌付けも同じ事だった。
慈は、差し出されたスプーンに噛み付く。
「はむ…んむ…んむ…」
スプーンの上に掬われている食材を口の中に隠す。
慈がスプーンから口を離すと、乗せられていたものは手品のように消え去った。
慈の歯がスプーンに触れるカチンとした感触。
そして慈の口と共に少しだけ引っ張られるスプーン。
櫂は、慈によるその間接的な感触さえ愛しかった。
櫂の慈への依存はもう病気の域に達していた。
「ありがとう。おいしいよ。」
こくんと喉を鳴らして飲み込んだ慈は、ふんわりと笑ってお礼を言う。
櫂はそれだけで救われた。それだけで生きていけた。
(おいしくない…)
が、櫂とは反対に慈の方はそうではなかった。
日に日に大きくなっていく食べ物への嫌悪感に、吐き気を催していた。
ある程度したときから、慈は見た目では美味しいと思う料理も、土を食べているかのように感じていた。
味をおいしく感じることができない。温度は一切感じない。あるのは、不快な食感だけ。
(おいしくない…)
それをおくびにも出さず、慈は食べ物が美味しいと感じている演技を続けていた。
そうしなければ、自分が人間をやめてしまったことを認めてしまうようで…
「はい、どうぞ。」
「はむ…」
再び差し出されたスプーンを、慈は嬉しそうに咥える。
櫂には絶対に気付かれるわけにはいかない。拒絶されるのが怖かった。
(おいしくない…)
慈は、口に入れたものは必要最低限何度か噛んで小さくするとすぐに飲み込む。
1秒でも長く味を感じていたくないからだ。
(おいしくないっ!)
慈は毎日3度この地獄を味わっていた。
だが、櫂が喜ぶのなら、という一心で我慢を続けることができた。
食事は、辛くて苦しい。でも櫂くんの笑顔を見ることができる。
あまり笑わない彼が、幸せそうな表情をすることが、慈にとってはとても嬉しいことだった。
慈は、由紀が笑わなくなってしまってから、暗い顔の生徒を見るのがとても辛くなった。
彼女たちを笑顔にできない自分の無力さをまざまざと見せつけられているようで、胸が苦しくなる。
だから、私は演技をする。
私が笑っていると、櫂くんが喜んでくれるから…
地下では日差しが入ってこないため、昼夜の感覚がなくなってしまう。
寝るタイミングは毎日バラついている。
眠くなれば櫂が慈に声をかける。
それが、2人の就寝の合図となっていた。
「佐倉先生…」
「ふふ。わかったわ。」
慈は櫂の体を抱きしめる。
ふんわりとした感触と、慈特有の甘い香りと、死人のような冷たい体。
慈の体温は冬は辛いかもしれないが、今は春と夏との間。
むしろ、櫂にとってはひんやりとしていて心地が良かった。
「どう?眠れそう?」
「…はい。」
「じゃあ、櫂君が寝るまで、先生ずっとこうしてるわね。」
櫂は、慈に抱きしめられながら眠るのが日課になっていた。
最初は落ち着かなかった慈からの抱擁も、今では逆に落ち着く。
母親にも感じたことがなかったほどの「母性」を、全く他人の女性から感じる。
それは側から見たらおかしなことかもしれないが、櫂はそんなことどうでも良かった。
むしろ、慈が本当の母親だったら…などと考えてしまう。
慈は、櫂の頭を優しくなで付ける。
まるで、本当の自分の子供のように。
(子供ができたら、こんな感じなのかな…旦那様も、恋人すらいないけど…)
由紀を寝かしつける時にも感じた、保護欲。
この子は私が守ってあげなきゃ。
…それが、大人の責任だから。
それが、私にできる、唯一のこと。
今日も櫂の手によって朝食を終わらせた後。
慈は話を切り出した。
心苦しいが、言わなければならないことだった。
「櫂くん。…そろそろ、どうかな?」
「…なにが、ですか…?」
櫂は警戒しているようだった。
そう。今日は、慈が避難区画に来てから7日目の朝。
櫂が提案して、慈が宣言した期日の日だからだ。
「先生と、一緒に来てくれるか。…答えは決まった?」
「っ!…それは…」
櫂は言葉を詰まらせた。
櫂としては、慈と離れるつもりはなかった。
が、このシェルターを出るのは怖い。
こんな幸せな生活が、ずっと続くと思っていた。思いたかった。
永遠にも感じた時間は、誰が願っても戻らない。止まらない。
「…先生、今日の夜にここを出るつもり。夜は「彼ら」も少なくなっているはずだから…」
「佐倉先生…」
櫂にはどうしても決断ができなかった。
櫂にとっては、この地下シェルターだけが安全な場所なのだ。
自分から死地に飛び込みたがる人間はいない。
だとしたら、慈はとても強い人だ。
(そんな泣きそうな顔をしないで…)
慈は慈で、櫂の顔を見て早くも折れかけていた。
しかし、彼女は櫂だけではなく上で逃げ延びているであろう
自分を死んでいると思っているはずの彼女たちに、早く伝えてあげたいのだ。
特に由紀さんは、あの危うい状況で私までいなくなってしまったらどうなってしまうかわからない。
「それまでに、決めておいてね。櫂くん。」
「…」
もし櫂がここに残るのを選んでも、慈は櫂の事を見捨てるつもりも忘れるつもりもない。
絶対にまた戻ってきて、今度は学園生活部の子たちと共に説得するつもりだ。
絶対に守る。慈のその思いに、嘘偽りはなかった。
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すごいうれしい…くださった方本当にありがとうございます…
これからも投稿頑張ります!
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あとがき
めぐねえは7日目の夜、上の階に上が…
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