佐倉慈先生と共依存したい。 作:朝潮
夜目を慣らして、壁から顔を覗かせる。
「「彼ら」はあまりいないみたいね…」
一週間も時間を開けたおかげか、幸いなことに「彼ら」の数はそこまで多くはなかった。
1階の廊下に数人…いや数匹?いるのが見えるが、見つからないうちに階段まで走っていけるだけの距離は離れている。
慈はこれなら問題ないと判断を下し、地下へと続く階段から飛び出した。
その後ろから、出来るだけ会話も少なくと決めている櫂も続いた。
カシュン!ガランガラン!
懐中電灯に電源を入れ、それを反対側に向かって投げつける。
大きな音が鳴り、光で「彼ら」を反対側に引きつける。
勿体無いが、懐中電灯ですら十何本と常備されていた。
多少の無駄遣いもできる量だ。
「…上を確認してくるから、少し待ってて。」
「はい」
階段に隠れて、小声でヒソヒソ作戦を伝え合う。
まず慈が階段を上がり、クリアリングを行なう。
障害物が多い場所は、影に隠れていないか確かめることが重要になってくる。
慈は素早く確認を行い、小さな声で下で待っている櫂を呼ぶ。
「けほっ…けほっ!」
「…大丈夫?」
「はい…風邪ですかね?」
あまり音を立てたくなかった櫂と慈はひやりとしたが、「彼ら」が集まって来る様子はない。
慈は廊下を確認し、再び階段を昇り周囲を確認する。
「きゃっ!?」
「彼ら」の一体が、慈の正面に現れた。
確認を怠ったつもりはなかったが、それでも完璧とはいかなかった。
思わず声を出してしまった自分を恥じ、手に持った「水筒」を構える。
リーチは短いが、金属製の上水をたっぷり入れてあるため鈍器として使えなくもない。
あれだけ色々と設備が揃っていたのだが、胡桃の使うシャベルのような良い武器になりそうなものはなかった。
苦肉の策として持ってきたが…
「ふっ!」
「あ゛あ゛あ゛あぁぁあ…」
ガツン!
それなりに力を入れて頭に向けてスイングする。
頭が潰れたりちぎれたりすることはなかったが、ふらりとよろめいた。
その間に、慈は不意を突かれて崩していた体勢を立て直す。
腰をしっかり落として、水筒を構える。
「あ゛あ゛あ゛ぁああ…」
来るなら来い、とばかりに動く屍をじっと見つめる。
その惨たらしい見た目には、不思議と恐怖感はなかった。
「…?」
水筒を構え臨戦体勢の慈に、「彼」は不思議と反応を示さない。
こちらを不思議そうに見つめ、そして背を向けて体を引きずり、歩き出す。
「…なっ…何なの…」
その奇妙な行動に、慈は心の底からゾッとした。
どうして、自分を見て襲ってこないのか。
その理由を考えるのが怖かった。
「佐倉先生!」
「こら!隠れてなさい!」
櫂は、慈の悲鳴を聞いていてもたってもいられなくなっていた。
普段からふわふわしている、暴力と一番遠い位置にいるあの先生がゾンビ相手に戦えるはずがない。
「あ゛あ゛あ゛ぁあ」
櫂が現れた瞬間、「彼」は慈への反応が嘘のように襲いかかる。
慈の近くまで歩いてきた「彼」は、それでも何故か櫂の方しか見ていなくて…
「っらあ!」
櫂は手に持つ水筒を振りかぶり、「彼」の頭を再び打ち抜いた。
そして、呆然としている慈の腕を引っ張り、集まってきていた「彼ら」から逃げるように階段を駆け上がる。
多少音が出てしまっても、ここで噛まれるよりはマシだと考えた。
多少強引な方法だったが、2人は3階へと辿り着いた。
慈が前もって説明していた通り、「彼ら」は階段が苦手な様子。
ここまで来ると、徘徊している「彼ら」は見える場所にはいなかった。
「どうしたんですか?」
櫂は、先程から様子のおかしい慈へと問いかける。
心配そうに慈を見やると、青ざめた顔が目に入った。
「やっぱり、怖くなっちゃいましたか…?」
「…ううん、大丈夫。」
そんな様子の慈に、櫂は慰めようと言葉を発した。
が、慈は気丈に振る舞った。
先行すると言い出したのは慈だった。
それが大人としての役割だと思ったから。
それなのに、心配をかけてしまった。
「壊れたバリケードはすぐそこよ。」
今は、何も考えないことにした。
少なくとも、生徒の前では。
教師は、生徒の前で弱くあってはいけないのだ。
「いきましょう。」
だから、私は笑う。
どんなに怖くても、どんなにつらくても。
「バリケード、治ってる…」
慈が感染し、階下に降りた時は倒れていた机で作られたバリケードが、しっかりと立っていた。
それどころか、ワイヤーで補強されてもいた。
「生きてたんだ…」
慈が頭の隅に追いやっていた、生徒たちが全滅してしまったのではないかという危惧はとりあえず無くなった。
自分の行動は無駄ではなかったのだ、と、ボロボロと涙が流れてしまう。
「先生。早く行きましょう。このままだと、バリケードのせいで死んじゃいますよ。」
「…そうね。ごめんなさい。」
慈は涙を拭って前を向く。
もう、泣かない。泣いてはいけない。私が泣く資格なんてない。
この子達を守りきるまでは、泣いたりなんてしない。
「あ、めぐねえ。」
「…ゆき、さん…?」
バリケード越しに、うとうとしながら廊下に立っている由紀を見つけた。
彼女を見た瞬間、早くも涙がこみ上げそうになった。
本当に泣きたいのは彼女たちだ。
私は、それを全て受け止めよう。
「ゆきさん。あのね…」
「今日も見回り?いつもありがとうね。めぐねえ。」
「…え?」
慈は、一週間ぶりに由紀と再会した。
由紀は、三時間ぶりに慈と再会した。
また間に合わなかった…くそう…