佐倉慈先生と共依存したい。 作:朝潮
まずはバリケードの確認だ。
昨日、バリケードを防火扉の向こう側へ移動させた。
そして、内側の防火扉を閉めて二重のバリケードを築いた。
これが有効なら、学校内の安全度はぐっと増すだろう。
「しっかりと閉まってますね。」
「これを開けるぐらい知能があったら、あたしたちもう生きてないって。」
「ですね…」
だが、ここからでは向こう側の様子が全く見えない。
櫂たちは、ゆっくりと防火扉を開ける。
「…いますね。」
「そうだな…」
机のバリケードは無事だった。が、その更に向こう側に「彼ら」を見た。
気づかれないように隠れ、小声で耳打ちし合う。
胡桃は、この防火扉の有用さに舌を巻いた。
最初からこれがあれば、めぐねえも…と考えたところで首を振る。
「後輩はそこで見てて欲しい。」
「…危なくないですか?」
「大丈夫だって。一匹なら余裕余裕。」
胡桃は、物を転がして「彼ら」の注意を引きつけ、そしてバリケードを飛び越える。
幾度となく飛び越えてきたのだろう、その動作は完全に手馴れたものだった。
櫂はというと、ふわふわ揺れるスカートに根が釘付けになっていた。
「せいっ!」
そんな間に、胡桃は元女子生徒をシャベルで斬り伏せる。
血飛沫が舞い、「彼女」は動きを止めた。
櫂は先程まで見ていた踊るスカートを見ていたことも忘れ、その無駄のない所作に感心していた。
「すごいです。恵飛須沢先輩。」
「へへへ…だろ?」
胡桃は褒められ、得意げに笑う。
胡桃にとっては、「彼ら」の処理こそが最も自分が部に貢献している事だと思っている。
役に立てている、という実感を持っている。そして、そのことが密かな自慢でもあった。
「あー、それと。胡桃でいいぜ。長くて呼びにくいだろ。」
「胡桃?」
「ちょ、ばっ…!先輩を付けるんだよ、先輩を!」
「す、すみません!胡桃先輩…」
「そうそう。」
少し頬を赤らめたまま、胡桃は強引に話題を変える。
「にしても、良く見てたな。気持ち悪く無かったのか?」
「…はい。」
櫂は、あんなに怖がっていた「彼ら」を見ても、怖くなかった。
それは、精神が成長したのか、それとも…
櫂が暗い思考へと向かっていると、胡桃が快活そうに笑う。
「向いてるかもな、後輩。」
「そうなんでしょうか…」
…これがもし感染の影響だとしたら。
自分が自分でなくなっているかのような気がして、櫂は寒気を覚えた。
危険なことに恐怖を覚えないことが一番の恐怖なのだ。
好き好んで火に手を突っ込む馬鹿はいない。
…が、今の櫂はその火を怖いと思わない。
手を入れても平気かも、と呑気に考えてしまう。
例えるなら、こんな感じだろうか。
「い、いや、無理にとは言わないからさ!無理しなくても、あたしだけでもの足りてるって言うか…」
櫂が黙りこくっている事に不安になったのか、胡桃があたふたとし始める。
胡桃はろくろを回してあまりにも焦るものだから、そんな様子に、櫂は思わず吹き出した。
「こ、ここは安全だったから、次は反対側のバリケード見に行くぞ。」
「はい。胡桃先輩。」
胡桃は恥ずかしそうに顔を逸らして、ずんずん歩いていく。
櫂はその後を急いで追いかける。
櫂にとって、頼もしい先輩だった。
胡桃と櫂は、三箇所あるバリケードの見回りを終えて、元生徒会室の部室へと戻ってきた。
まだ授業が終わっていないのか、由紀と慈はここにはいない。
「って事で、防火扉はかなり役に立つと思うぜ。」
「そう…これで、もっと安全になったわね。」
確かに、物資を取りに降りるときには音が鳴って大変だが、それよりも普段の安全の方が大切だ。
それに、いざとなれば非常用ハシゴを使えば下に降りることもできる。
「お手柄ね、櫂くん。」
「はい…ありがとうございます…」
悠里は、どこか慈を思い起こさせるような顔でふんわりと笑うと、櫂の手を優しく包み込んだ。
突然のことに、櫂は動揺してカチコチに固まってしまう。
女性とのスキンシップは慈が初めてだった櫂には、一昨日初めて出会った美人に手を触られるなんて、刺激が強すぎた。
「本当に…いくらお礼を言っても足りないわ。」
「いや、そんな大したことは…」
悠里は、後輩の櫂を由紀と同じ目線で見ていた。
慈の恩人だからか、この間まで中学生だったその幼い見た目故か。
この短期間で、悠里には櫂は可愛い弟、と言う像が出来上がってしまっていた。
緊張して謙遜する櫂の言葉を、悠里は首を振って止める。
「めぐねえを助けてくれた。…それだけで私たちは救われてるわ。」
「そうそう。もっと自信持てよ。」
慈。由紀。胡桃。悠里。
ここは、笑顔でいっぱいだった。
櫂は、思わず感極まってしまう。
「…ありがとうございます。」
慈と出会って、櫂の暮らしは大きく変化した。
もう、地下で1人寂しく暮らしていたことが夢だったみたいだ。
上に来て。慈へ着いて来て良かった。
櫂は心からそう思った。
友人が化け物に変わった。
自分を助けてくれた人が自殺した。
…もう、あんなのは御免だ。