佐倉慈先生と共依存したい。 作:朝潮
あまりにも早急すぎたので。
第26話
何時からだろう。あたしが、こんな気持ちを知ったのは。
多分、初めて見た時から。一目惚れ…だったんだと思う。
別の学年の男子生徒。
部活紹介の時、やたら輝いて見えた先輩。
走るのは好きだ。
でも、部活に入ったのはきっと、そんな理由じゃない。
マネージャーって柄じゃなかった。
あたしがもっと可愛いければ、先輩の隣でお世話できてたかもしれない。
…いや。少しだけ考えたけど、やっぱりあたしには向いてない。
1年、2年と過ぎた頃。
あたしの気持ちは少しずつ膨らんでいた。
何気ない仕草や優しさなんかにときめいた。
告白とか、恋人とか。そんな変化は求めなかった。
そりゃああたしだって考えたけど、この関係が崩れるのが怖かった。
時間なんか過ぎなければいいのに。
このまま、ずっと幸せが続いたら。
そして友達以上の進展がないまま、先輩は卒業した。
花弁舞い散る桜の木下で。
あたしが呼び出した先輩が待っている。
この時は、何を、言うんだっけ…思い出せない。
確か…
「私、先輩と同じ大学に行きますから。」
その時は…
「えっ…?」
気付いた時、目の前にいたのは、先輩の形をした化け物。
皮膚は爛れ、至る所から血を流している。
「ち、違う…先輩は…」
「あああ゛あ゛ぁ゛…」
「う、うわああ…ああああ…」
この先は知っている。変えようの無い過去。罪。
手元にあったシャベルで…
「……さ…!」
あたしは…
「……みさん!」
先輩に…
「く…み……ん!」
手を…
「胡桃さんっ!」
「!?」
次に胡桃が目にしたのは、部室の天井だった。
そうか、これは夢。夢か…
今でも、あの時のことは夢に見る。
(夜にあんなこと思い出したからかな。あたしはまだ、吹っ切れていないのか…)
「胡桃ちゃん、大丈夫?」
「恵飛須沢さん。随分うなされてたみたいだけど…」
見知った天井に、ひょっこりと2人の頭が突き出てくる。
由紀と慈の両名が、枕元で胡桃の顔を覗き込んできたのだ。
「ああ…ごめんごめん、心配させたみたいで。あたしは平気だから…」
「平気じゃ無いよ!すーっごく苦しそうだったもん!」
こんなに真剣な由紀を見たのも久しぶりだ。
由紀にも心配をかけてしまったようだ。
(だからこそ、心配ないってとこ見せてやんないとな。)
胡桃は腕をついて上半身を起き上がらせる。
「このくらい、少し起きてればすぐ忘れるっての。」
「胡桃さん。焦らなくても大丈夫よ。」
慈の手が、胡桃の手を包み込む。
どうしてか、冷たい指先がどんどん温まってくるかのような感覚を覚えた。
慈の体温は、感染の影響でとても冷たいはずなのに。
「でも、こんな気分で寝られる気しねーよ。汗も流したいし…」
今はこの嫌な汗が不快だった。それに、匂いもついたら困るし…
「…それもそうね。でも、あまり夜更かしはしないこと。」
「はいはい。」
胡桃はいつも通り威厳の無い慈のお説教を苦笑混じりに聞き流す。
その態度の所為だと気がついているのかいないのか、むっと不満気にむくれる慈。
「…わかったよ。めぐねえ。」
「もう、めぐねえじゃなくて…」
「佐倉先生。だろ?」
手持ち無沙汰にしていた由紀が慈へ、ガバッと抱きついてきた。
「胡桃ちゃんずるいよ〜。めぐねえ、私も〜」
由紀と慈がいつも通りにわたわたし始める。
そんな微笑ましい光景を横目に、胡桃は立ち上がる。
「ちょっと、シャワー浴びてくる。流石に、このままだと気持ち悪ぃし。」
「そうね。」
「…ん?」
胡桃は動けない。背後から慈が抱きついてきたのだ。
突然の事に胡桃は驚き、そして自分が寝汗が酷いことを思い出す。
この距離まで来られたら、臭くない…だろうか。
「なあ…今あたし、汗かいてるから…」
「今の恵飛須沢さん、酷い顔をしているわ。」
「…」
胡桃はぐっと力強く抱きしめられる。
やんわりと押し退けようとする胡桃だが、慈の腕はびくともしなかった。
シャベルを振り回せるだけの腕力を持つ胡桃が本気になったとして、慈の抱擁は抜け出せない。
「めぐねえ。これじゃどこにも行けねーよ。」
「一緒に入る?」
「いやいや、いいって…」
由紀の素っ頓狂な提案に苦笑う。
「暖かいお茶淹れておくから。シャワー終わったら、少しお話ししましょうね。」
「…わーったわーった。」
慈は抱擁を解き、激励するかのように肩に手を乗せた。
漸く離してくれたかという想いと、もう少しあのままで痛かったという想いが交錯する。
…でも、そんな恥ずかしいこと言えねーな。少なくとも、あたしのキャラじゃないのは確かだ。
教室から出ていく恵飛須沢さんの背中を見送る。
(私は、先生できているのだろうか。)
───未だ、正確な現状が把握できず。布団が全員分なかった頃。
寝袋の中で、孤独と恐怖に押し潰されそうになる。
不安で眠れなくなる。唐突に過呼吸が始まる。
もう、あんなのは嫌だ。それをこの娘達が感じるのはもっと嫌だ。
私ができるのは、少しでも彼女達の孤独を、恐怖を、不安を、紛らわせてあげることくらいだ。
「めぐねえ、どうしたの?」
由紀が不思議そうに慈を見ている。
慈は拳を強く握りすぎてしまっていた。
「なんでもないのよ。さ、由紀ちゃんは寝ましょうね。」
「え〜」
ぷっくりと頬を膨らませて抗議する由紀に、張り詰めた想いは霧散する。
焦りの代わりに、口の端から笑いが漏れた。
「授業で居眠りしちゃったら恥ずかしいでしょ?恵飛須沢さんは、私に任せて。」
「はーい。」
もぞもぞと布団の中へ潜り込む由紀。
そしてひょっこり頭を出して、何かを期待した顔を向けてくる。
「ね!眠るまで一緒にいてくれる?」
「…わかったわ。」
お茶は淹れられそうにはないな、と胡桃に心の中で謝った。
ちなみに悠里はこの騒がしい中、未だ深い眠りへと入っていた。
シャワーに打たれながら、拳を壁に叩きつける。
シャワー室には水音だけが響き渡る。
「あれは違う。もう、違うんだ。」
深く、自分に言い聞かせる。
それは、呪詛にも似た自己暗示。
「あたしはもう…大丈夫。大丈夫なんだよ。」
大丈夫じゃなきゃ、ダメなんだよ…