佐倉慈先生と共依存したい。 作:朝潮
「おっはよー!」
じゃーん、なんて効果音の付きそうなテンションで部室の扉を開け放つ由紀。
決めポーズまで完璧だ。
「お。騒がしい奴が起きてきたな。」
「もー、酷いなあ。そんなに言わないでよ〜」
由紀は笑いながら胡桃に向けて手首をカクカク動かす。
そんな仕草が可笑しくて、胡桃は少し笑いを溢す。
「もう大丈夫みたいだね。」
「はは…昨日は悪かったな…」
胡桃は照れたようにはにかんで頬をかく。
由紀なりの励まし方が上手くいったようだ。
「おはよう、由紀ちゃん。昨日って?」
「いやいや!何でもないって!」
聞いた悠里に激しく首を横に振る胡桃。頭取れそう。
結局悠里に関しては朝までぐっすりと寝入って起きる事はなかった。
「ふっふっふ。これはわたしとくるみちゃんの秘密!だもんね?」
「あらあら。」
由紀の可愛らしい秘密に内容が気になりながらも悠里は流されてあげるようだ。
恥ずかしさ半分心配をかけたくなさ半分な胡桃はほっと胸を撫で下ろす。
「あれ?今日はお野菜?」
「ええ。これは食べ頃お野菜の採れたてサラダよ。」
「わぁい!」
ふとキッチンに立つ悠里を後ろから覗き見た由紀。
目敏く悠里が作っているサラダを見つけた。
普段はビタミン栄養剤で野菜の栄養を摂取していたが、屋上の菜園の野菜も収穫時期なようだ。
ドレッシングを振りかけ、最後に有り余っているクルトン代わりの乾パンを割って散らす。
シャキシャキの生野菜の中にさっくりとした意外性のある食感が飽きさせない。
普段から食べているモサモサした乾パンも、サラダに入れることでいつもと違った印象を受ける。
「由紀ちゃん、食べられるかしら?」
「食べるよ、どれも美味しいもん!流石は学校のお野菜さんだよねっ!」
「由紀ちゃんは嫌いな野菜もちゃんと食べられるから偉いわね。」
悠里は慈愛の篭った視線で由紀を褒める。
が、当の由紀本人はきょとんとした顔だ。
「?私、お野菜は嫌いじゃないよ?ずっと大好きだよ。」
「えっ?」
悠里ははたと動きを止めた。
否、苦手だったはずだ。
苦手だからこそ、いつも頑張って食べてもらおうと工夫していたのだから。
「苦手だったわよね?にんじんとピーマンと、白菜と…」
「ううん?」
由紀はあっけらかんと答える。野菜が苦手…じゃない?
じゃあ、野菜が、苦手、だった、の、は───誰?
「っ…」
由紀ちゃん?胡桃?めぐねえ?由紀ちゃん?胡桃?私?めぐねえ?由紀ちゃん胡桃めぐねえ由紀ちゃん私胡桃めぐねえるーちゃん由紀ちゃん胡桃私めぐねえ由紀ちゃん胡桃私めぐねえ由紀ちゃん胡桃私めぐねえ由紀ちゃん胡桃めぐねえ由紀ちゃん胡桃私めぐねえ由紀ちゃん胡桃めぐねえ胡桃私めぐねえ由紀ちゃん胡桃私めぐねえ由紀ちゃん胡桃めぐねえ
「おいおい、りーさん。由紀もそんなとこまで子供じゃないって。」
「そうそう。私もこんなとこまで子供じゃ…って!なんか酷くない!?」
「はははは」
キリ…と脳を締め付けるような頭痛を覚えて立ちくらむ。
が、それも一瞬のことで、由紀や胡桃が言い合っている間、2人が異変に気づく前に治っていた。
「そうね。私が…間違えてたみたい。」
(私の思い違いだ、きっと。野菜が苦手な人なんて、ここには誰もいないもの。)
「ごめんね。由紀ちゃん。」
「ううん、いいよ〜。」
由紀はいつもの調子で和ませてくれる。
悠里も、ただの勘違いだと忘れる事にした。忘れてしまった。
「おはようございます。」
「あ!櫂くん!おっはよー!」
「どうも…」
櫂は駆け寄って大きな身振りで挨拶をしてきた由紀に半歩引いた。
朝一番から何でこんなに激しいんだ…
「みんな揃ったよって、めぐねえ呼びに行ってくるねー!」
朝。慈は未だ血痕の残る職員室にいる。
あらかじめ食事前に呼んで欲しいと頼まれていたため、由紀は全員が揃ったタイミングで職員室まで駆けて行った。
感染の影響か、慈は段々と眠れない体になっていた。
そんな中、慈は夜は見回り朝はお仕事と称して隠し続けている。
それを気づかれてはいないだろう
「よ。おはよう、後輩。」
「おはようございます。胡桃先輩。」
嵐のように去っていった由紀を見送り、櫂は当たり前のように慈の隣でもある胡桃の向かい側に座る。
それを合図に、胡桃は無意識に組んでいた足を正した。
男子がいる事でこういう事にも気を使わないといけないところは不便にはなったかもしれない。
「おはよう、櫂くん。随分胡桃と打ち解けたみたいね。」
サラダに加え、味噌汁ご飯缶詰を机に並べる。
そのついでとばかりに悠里は一線を引いている様子だった櫂が、胡桃と気安く挨拶を交わしたことに突っ込んだ。
由紀と接する態度を見て、グイグイいくと引いてしまう性格なのはわかっていた。
しかし、こういうタイプはこちらから寄らなければ仲良くはなれない。
その事を踏まえて少しずつ距離を縮めていこうと思っていた悠里は、胡桃のリードに驚いていた。
「いや、その…そんな事は…」
やはり悠里との間にも壁がある。例外は今のところ慈と胡桃の2人だけらしい。
緊張からか汗を飛ばして縮こまる櫂を見て、悠里は櫂がどんどん小さくなっていく姿を幻視した。
櫂の不器用なそんな姿が、悠里の母性本能をくすぐる。
「ほーお?あたしと仲良しは嫌なのか?」
「いやいや!違いますって!」
「あらあら。妬けちゃうわ。」
歳上からの揶揄いに、櫂は弁明にてんてこ舞いだ。
慌ててろくろを回す櫂に2人はクスクスと笑う。
良い意味で勝気というか男勝りな胡桃が頼りになるのは悠里自身身をもって知っている。
それに加え、こうして場を和ませる事が上手い。
胡桃は男からも女からも好かれる、クラスの中心にいるようなタイプだ。
櫂が惹きつけられるのもわかる。
「ま、冗談はさて置き。よく一緒にいるしな。特に見回りとか。」
「それに、趣味も合うみたいだし?」
ニヨニヨと口の端を上げる悠里に口籠る。
マニュアルを見ながら2人で他のメンバーがわからないゲームの会話をしていたのは記憶に新しい。
「楽しそうね。何の話?」
ガララ、と旧生徒会室の扉が開き、慈が入室してきた。
それぞれが慈と挨拶を交わしてから、悠里は先の質問に返答した。
「先生。胡桃と櫂くんの距離が縮まってるって話です。」
「確かに。短い間に仲良くなってるみたいね。」
慈は僅かばかりの嫉妬心を努めて顔に出さないように笑顔を心がけた。