佐倉慈先生と共依存したい。 作:朝潮
第8話
(わたし、は…
(あの子達を守って死んで、ハイ終わりって…そんな簡単な事じゃ無いよね…)
(あの後、あの子達が無事に助かったって根拠もない…もしかしたら、扉が破られてみんなもう…)
(そもそも、これは雨の日が危ない事を予測できなかった私のせい…こんな事で、責任が取れるわけがないじゃ無い…)
慈は、止まらない自責に押しつぶされそうになりながら、背中を撫でる櫂の手に慰められていた。
その反面、櫂は泣きじゃくる慈を抱きながら女性の体の柔らかさと香りを楽しんでいた。
少し前に出しきったはずだった欲望は、再びむくむくと頭を持ち上げ始める。
「わたし…さいてーな…おとなで…ひっく…たすけをもとめてた…せいともまもれない…うぅ…」
「先生は最低なんかじゃありませんよ。いつも生徒のことを思ってくれる素敵な先生です。」
「ぞんなごどない゛も゛ん゛っ!」
これは何を言ってもダメだな、と早々に諦め、櫂は適当に相槌を打ちながら背中を撫でる人形となった。
数分に渡って泣き通した慈は泣き疲れたのか、気絶から目が覚めたばかりのはずがすうすう寝息を立て始めてしまった。
櫂は大きな子供か…と思いながら、しかし自らの興奮を悟られる心配がないことに安心してふぅ…と一息
「あの…ごめんなさい。私昨日、凄く恥ずかしい事を…」
翌朝。
寝床を出て来た櫂を、頬を染めながら謝罪する慈が迎えた。
櫂は昨夜、慈の体を想像しながらしっかりとご休憩した後、慈が起きる前に眠ってしまっていた。
足を縛られたままなので、ぴょんぴょんと跳ねないと移動できないのがとても残念だった。
しかし、櫂はそんな慈のどうにも子供らしい様子に心臓を撃ち抜かれていた。佐倉先生好き…
少し残念だったのは、慈の体には櫂が寝る前に慈へとかけておいた小さな毛布が巻かれていた事だ。
両手は縛られたままなのでそのまま巻いたのだろう、跳ねている間に落ちてしまいそうなくらい危ういものだったが。
もちろんそんなもので慈の発育の優れた体が隠しきれるはずもなく、結果としてやはり大変いやらしい格好だったのだが。
「それと、おはよう。櫂くん。」
慈は、例えばゆきさん、ゆうりさん、くるみさん、といったように、生徒の事は下の名前で読んでいた。
だからこそ、「生徒との距離感が近い」と評判の先生だった。
櫂は巡ヶ丘には入学したてで、まだ先生の名前と顔も一致していないあやふやな状態だった。
が、その持ち前のキャラと顔の良さで、慈のことだけはしっかりと記憶していた。
「いえ…こんな事になったので、誰が泣いてもいいと思いますよ。」
「その事はできれば忘れてほしいけど…」
慈が、また一段とポッと頬を染める。
櫂は、泣き出す校長の姿を辟易する程見せられていた。
それに比べたら何倍も気持ちの良いものだった、と櫂は考えていた。
この流れで、慈はそろそろ不便さを覚えてきた手首にくくりつけられたロープを櫂に向ける。
「ねえ、櫂くん。この紐解いてくれないかな?動きづらくて…」
「…駄目です。」
慈は思わず絶句してしまった。
解いてと頼めば、すぐに解いてくれるものだと疑っていなかったからだ。
「血清の効力を、僕たちは知りません。例えば、発症を数日遅らせる、という効果かもしれません。」
「…そう、だよね…」
完全にウイルスを克服した気になっていた慈は、見せられた現実に少し気分が落ち込んだ。
櫂は慈を落ち込ませてしまったと慌てて励ます。
「あ!いえ、その…不安にさせるつもりはなくて…」
「…いいえ。櫂くんの言う通りね。元はと言えば私が感染しまったわけだから…閉じ込められたり、殺されないだけマシだと思うわ。」
しかし、慈には帰らなければならない場所があった。
ずっとこの場所で時間が過ぎていくのを待ってはいられない。
(酷い別れ方をしてしまった。あの子達は、きっと今も泣いているだろう。
特に、今の状態のゆきさんにストレスをかけすぎてしまうのはきっと良くないわ。)
「櫂くん。私は学校の3階に住んでいたの。そこには、他に3人のお友達がいて…私が死んだと思っていると思うから、出来るだけ早く戻らなくちゃいけないの。」
「…」
櫂は驚愕した。
慈の他に、まだ3人も生きている人間が学校にいた事に。
そして、慈はその場所に帰りたがっている事にも気がついた。気がついてしまった。
「それでね。…櫂くんも私達と一緒に上の階で暮らしてみない?」
それは、慈のどうしても叶えなければならない望みだった。
こんな場所に1人生徒を放置しておくわけにはいかない。
見つけてしまったからには、助けたいと思ってしまった。
「みんないい子達だから、きっと気に入ってくれると思うの。」
それが櫂にとっても一番いい事だと判断していた。
しかし、櫂の様子はどうも喜んでいる感じではなかった。
慈は、苦々し気な表情を浮かべる櫂を不思議に思った。
「…ここにいたら、ゾンビが襲ってくる事はありません。」
櫂は、その心の内をポツリポツリと話し始めた。
「佐倉先生が来るまで、この場所に近づいてきたゾンビはいませんでした。佐倉先生は、上の階で襲われたんですよね…?」
「それは…そうだけど…」
これまでは、3階まで上がってくる「彼ら」は少なかった。
…なんて言っても、櫂は納得しないだろう。
「…先生は、ここを出ていくつもりなんですか?」
慈がいなくなってしまう。そう考えただけで、櫂は泣きそうになってしまう。
その微妙な変化に気が付いた慈は、あわあわと慌てふためいてしまう。
「他の人間の前で発症したら大変です。…一週間くらいは様子を見たほうが良いですよ。」
確かに櫂の言う事は最もだ。しかし、慈にはそれは方便だと感じた。
きっと、櫂は初めてあった生存者と別れるのがつらいのだろう。
そう考えた慈は、ひとまず上の階に上がるのは諦めた。
どうせ、今もまだ沢山の「彼ら」が校舎内に残っているだろう。
せっかく助かったのに、すぐに感染し直してしまっては意味がない。
ここを出るのは、校舎内が落ち着いてからの方が現実的だ。
慈は、櫂の宣言した一週間を目安に、櫂を説得することを決めた。
「…櫂くん。聞いてほしいの。学校で、私たちに何があったのか。」