呵々大笑が暗い、陰気な地下室に響き渡る。
その笑いは、狡猾な悪役、それも長年をかけて目的を達成しようとする老人にこそふさわしい笑い方であるはずなのに、その笑いを催しているのは若い男性。
けれどなぜかその笑いがとても似合う、不思議なまでに老成した雰囲気を持つ男性だった。
その男性は地下室と地上を結ぶ階段に立ち、地下室内部で蟲に犯される二人の女性……一組の母子に視線を向けながら、ここに至るまでのことを思い返す。
それは間違いなく男性……間桐臓硯にとっては地獄であり思い出したくも無い代物でありながら、同時に自らの成功体験、そして間桐臓硯になる前の自分とは違い、今の勝ち組と呼ばれるような立場に納まるまでのことでもあったために、それを幾度も思い出しているのだった。
気がついた時には、自分の体は蟲の集合体だった。
いや、まあ、こうして当時のことを思い出して自分で言葉にしてみたけれど、よくわからない言葉にしかなっていない。
この肉体の記憶はあるが、この肉体になる前の記憶はない。
この肉体が持っていた知識はあるし、この肉体になる前の知識もある。
そして何より、この姿は自分が知っている姿でもある。
「間桐、臓硯……」
どういう理屈なのかはわからない。
けれどどうやら、俺はFate/stay nightが誇る外道の一人、間桐臓硯に憑依したらしい。
今日は、桜がやってくる日ということに臓硯の記憶を見る限りではなっている。
彼女の特性である『虚数』に関しては臓硯の知識の中にあるものでは何も有効な修行方法を発見することはできない。
臓硯の性格を考えれば蟲蔵で犯して強制的に間桐の属性に染めた母体にすることが正解なのだろうが”俺”にはそんな趣味はない。
臓硯の強い感情……ユスティーツァに向ける感情に引っ張られているのでおそらくは相手がアインツベルン製のホムンクルスであればきっとこれまで通りの、蟲で犯すことを楽しむ間桐臓硯になるのだろうが、桜に対しては”俺”が持つ知識のせいで黒桜に殺されるのではないかという恐怖があるのでそれができない。
そもそも、桜はそこまで好みではないのでやれたとしてもやらないが。
「まずするべきは……」
『これまでの間桐臓硯を知る者の排除』だろうか。これからやってくる桜はともかく、鶴野に関しては臓硯の性格をよく知っている。そこで少しでも疑問を抱かれればこれからの行動が面倒になる。
雁夜が戻ってくることそれ自体には臓硯の策略なんてものは一切関係がない以上、これから一年の準備期間があれば、彼の知識と記憶がある以上は十分に”間桐臓硯”を演じきれるだろう。そこでどうにか騙し通さればそれだけで十分。
できれば第五次聖杯戦争も俺の知る限りと同じような形にしたいので、慎二に関しては遊学にでも出させればいいだろう。
ただ、自分の知識の中とは一つだけ違うことが臓硯の知識の中にはあった。
これに関しては本当に『まさか』としか言いようがない。
まさか、まさかーーー。
「第三次で消えたはずの聖杯の欠片を臓硯が回収してたなんて……」
本来ならばこれは、第四次で確保するはずの代物。
なのになぜか臓硯はすでにそれを確保していた。
そしてそれはすでに刻印蟲の形に仕立て上げられていて、桜に取り込ませる気満々だったようだ。
そんなことをしてもしも仮に十一年後の第五次聖杯戦争でHeavens Feelルートに入り込んだとしたら桜に殺されかねない。
よって、その手段は却下とされた。
できる限り死なないようにしたいので。
そんなことを考えている最中、チャイムが鳴る。
おそらく、遠坂時臣がここまで遠坂桜を連れてきたということなのだろう。
「初めまして、じゃな。遠坂桜」
その言葉は遠坂時臣の横にいた桜に向けて。
これが、この世界で初めての”間桐臓硯”としての仕事。
そして同時に、この世界で生きていくために必要なことでもあった。
「儂が間桐臓硯。これよりお主が継ぐことになる間桐家の現当主じゃ」
それは宣誓。
すでに間桐臓硯になってしまったという現実が変わらない以上、今から抗ってもどうしようもない。
たとえ聖杯でも、こんな状況を脱することには一切の役に立たないだろう。
ゆえにこそ、他人に対して宣誓することで『自分が間桐臓硯なのだ』と自分に対して言い聞かせた。
少女も、その父親も俺のそんな気持ちなど知る由もなく。
ただ当たり前のように、桜は遠坂桜から間桐桜になった。