Quatro XX ~スパイ未満のオレの胃はもう限界かもしれない~ 作:滑落車博士
ステファニーさん、所持武装が
・拳銃がM1911(コルトガバメント)
・小銃がリー・エンフィールド(多分 イラストから推測)
―――なので、登場キャラの中では銃器ガチ勢なんですよね。
アンジェさんが持ってるのはウェブリー=フォスベリー・オートマチック・リボルバーなのにな…。いや、あの独特な機構は映えるので好きですが。
ステファニーは、厨房で働いていた。
『
銃の撃ち方、格闘術、爆発物の扱い、毒殺の方法、死体の隠し方。
時と場所、相手の身分に応じた話し方。
女として魅力的に振る舞う方法、誘惑の仕方。
上流階級に合わせる知識、労働者層に紛れる演技。
スパイに要求される技能は多岐に渡り、必要となればあらゆる技術が使える必要がある。
その中には、一般人として役立つ技能もある。
例えば、料理だ。
「こんなものかしらね…」
私は、シチューを煮ながら独りごちる。
羊肉と玉葱を煮たそれは、我ながら良い出来だと思う。
スパイ仕事としては甚だ疑問な業務だが、この屋敷に働きに来ているメイドとすれば正規の役割。
ここの屋敷の伯爵は、私の作る料理を気に入ったようで、時折、何が食べたいとリクエストまで来る。
正直、
(それで情報が貰えるのなら、ある意味安い物だけれどーーー)
…と、思っていると、表の通りから音がした。
路面を車輪が転がる音、馬の足音と嘶き。
「キンシー、直ぐに戻る! 準備して待っていてくれ!」
館の主人であるクロフォード伯爵の声。
どことなく慌てた様子に、私は厨房を出て出迎えた。
「おかえりなさいませ、ご主人様。……何か、ありましたか?」
「ああ、すまない。ステファニー。 今日は、これから舞踏会に出席しなくてはならなくなった。それで…」
「では、夕食はそちらで?」
「すまない! せっかく来てもらったのに、明日、朝に食べることにするから、取っておいてくれるかな」
慌てながらも、申し訳なさそうにする様子に、私は微笑んで応える。この若い伯爵は、あまり貴族らしさが無い。それは殆ど使用人も持たずに一人で暮らしていることもそうだし、馬車を操る御者のキンシーや、古くから家に仕えている老執事と話している時にも表れる。メイドとして働いている
「急な仕事でね、なるべく早く終わらせたいんだが」
言いつつ、彼は外套を脱いで、私に渡す。
受け取った手に、紙の感触がした。
「ーーー少なくとも、二、三時間くらいでボクは屋敷に戻ってくる筈だ。
…学校の寮の門限はどうなっていたかな。
帰るか、待つかは、キミの判断に任せるよ」
それだけを言って、彼は自室に着替えに行った。
後には、私だけが残される。
手には彼が脱いだ外套と、その下に覆うようにして渡された、一枚の紙がある。
(彼の方からの接触は、滅多に無いのにーーー!?)
誰にも見られていないことを確認して、紙切れに書かれた文章を読む。
そこに書かれていたのはーーー。
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「・・・来てくれたんだね」
部屋は灯り一つなく、窓から僅かに射しこむ月明かりだけが青白かった。
「一人で来い、と言ったのは、貴方でしょう」
紙は、読んですぐ燃やした。
クロフォード伯爵とノルマンディー公の密談。
共和国スパイに取って大きな情報。
しかし、彼はこう書いていたのだ。
今夜、二人きりで話がしたい、と。
部屋の窓を背にして、一つの影がある。
クロフォード伯爵は、部屋の入口に向き合うようにして、椅子に座っていた。
舞踏会に出かけた時と同じ、フロックコートにシルクハットという服装。
彼は右手で困ったように頬を掻くと、本当に困ったような口調で言った。
「―――先に言っておくと、ボクは懐に拳銃を隠し持っている。
だから、キミはボクのことが信用できなければ、先に銃を抜いて撃ち殺してくれ。
・・・正直、二重スパイなんてやったことが無いからね。
プロの眼から見て、ボクの価値が無いなら、ここで始末しておくことをお勧めするよ」
困ったような口調で、まるで他人事のように話す。
私は、彼の言葉で、メイド服の下に隠し持った拳銃を意識する。
彼我の距離は5ヤード強、自分の射撃技術なら脳天でも心臓でも当てられる距離―――
―――だが。
「
困った表情の伯爵に、ステファニーは安心させるような微笑を浮かべる。
相手は素人だ。
仮に伯爵が先に拳銃を抜いたとしても、此方が先に射殺できる…そう、冷静に思考する。
だが、ここで殺せば、面倒なことになる。
ノルマンディー公から内偵の話があった夜に、不審死した伯爵。
部屋には血痕と射殺死体が一つ。
外出着のままの服装で、撃たれたのは部屋の入口から…となると。
―――偽装工作が非常に面倒なことになる。
消すにしても、別の手段の方が良い。
「それで、伯爵様? お話って何かしら?」
「ああ、改めて現状を説明しておこうと思ってね。
今回、ボクはノルマンディー公の命令によってメイフェア校に潜入することになった。目的は、学園に浸透していると思料される共和国スパイの調査・・・だが同時に、引き続き共和国のスパイであるキミを
「・・・驚いたわ。伯爵様が、まさかこんなに厚かましい方だったなんて」
随分と酷い言い草だ。
自分の声に、少なからず苛立ちが混じるのを感じる。
共和国のメイフェア校への関与は、前々から行われていた。
ステファニーを始め、何人もの生徒が様々な形で潜入しているのだ。
様々な偽装工作が実施され、ごく一般の生徒のフリをして活動をしている。
中には、年齢すら誤魔化して入学している者だっている。
だから、ノルマンディー公がそれを察知し一層の対策を打ってくるのであれば、ステファニーの上司にあたる
共和国スパイはロンドン中に潜伏しているが、メイフェア校はロンドンの上層区画における重要拠点の一つなのだ。伯爵から入手した情報が確かならば、学校中のスパイが炙り出され、捕まることも想定される。
だが、それは情報が真実の場合だ。
「伯爵様? 貴方が既にノルマンディー公から二重スパイを疑われていて、わざと共和国に流すための
現場で真偽を判定するのは不可能だ。
だから、
無能な味方は、時として強敵よりも厄介になる。
この若い伯爵を味方に抱えた所為で、共和国スパイが一網打尽にされる可能性だって…無いとは言えない。今までこの伯爵とは緩やかな協力関係を形成していたが、これから要求されるのはそれこそ一蓮托生、裏切られるくらいなら先に殺しておかねばならないという、鉄火場での協力関係である。
「なぜ、そうまでして共和国に協力を?
伯爵家という立場を考えれば、王国側に与するのが妥当かと思いますが」
問題となるのは、そこだ。
レスター・リンジー=クロフォードという男の動機が読めない。
両親がロンドン革命で死んでいる―――という過去を考えれば、むしろ王国側の尖兵となるのが妥当ですらある。
しかし、『コントロール』の『
理由も動機も不明な協力者。
王宮に入ることができ、王室の内部情報をも
金も要求せず、亡命も希望せず、ただただ協力関係の維持をのみ要求する―――。
なんだコイツは―――と、素直に思う。
話が出来すぎていて、罠であった方がよほどマシな気がする。
「何故? 理由かい? その理由は話せない…と言ったら?」
「その場合、私から『コントロール』に報告する際に、『伯爵は本心を話さないため信用できず、ノルマンディー公の息がかかった欺瞞作戦である可能性が濃厚』と報告させてもらいますけれど」
「それは困るなぁ。力の無いボクにできるのは、キミたちに協力するくらいなんだ。それができないとなると、それこそ逆にノルマンディー公に全部今までの経緯も説明もしたうえで、これまで共和国のスパイと接触してきた一切合切を吐き出さなくちゃいけなくなる」
「それはどういう―――」
「『壁を壊したい』」
クロフォード伯爵は、さらっと何でもないかのように私に言った。
「ボクにとっては、理由はそれだけだ。
『
・・・これじゃ理由にならないかな?」
それは。
「伯爵様、それ、私がそのまま上層部に伝えたら、たぶん死にますよ?」
「だよねぇ…。だから、言いたくなかったんだけど」
クロフォード伯爵は、苦い顔をして言った。
どちらが勝っても良いなんて言動は、つまるところ自分は裏切る可能性がありますと宣言するのと同義に近い。例えるならば、船員は船が沈めば全員死ぬから死力で櫂を漕ぐのであって、途中で別の船に乗ろうなんてする人間は最初から乗船させてはいけないのだ。
「でもさ、ボクも手段は選べなくてね―――もし断るなら、ボクは今すぐにでもノルマンディー公の館に馬車を飛ばす」
「それは脅迫?」
「できるのなら、その前にいっそキミに殺してもらった方が良い気もするんだけどね。うっかり、ノルマンディー公に自首したら、拷問されて全部吐き出したあとに消されるかもだし…。…ああ、共和国に勝ってもらっても良い、というのは本心だよ。ただ、ロンドン革命の再来みたいな形になって欲しくないとは思っているけれど」
「もし、貴方がノルマンディー公に…王国側に明確につくと言うのなら、この場で私が殺すわ」
「実は、もし今日ボクが死んだら、公安側に連絡が行く手筈になっている…としたら?」
「嘘ね。それなら、私がこの部屋に来る前に公安警察を配置してもよかったでしょう。私に紙を手渡して、先んじて情報を与える必要もなかったはず。…つまり、どちらかと言えば、貴方は王国よりも共和国側として協力したがっている。違うかしら?」
「否定はしないでおくよ」
困ったような顔―――それすらも、演技なのか素なのか判りかねる。
厄介だな、と私は思う。
だから、交渉のカードを一枚伏せ札にしておく。
壁を壊したいのだと、今聞いた。
だが、『なぜ』壊したいかを彼は言っていない。
「今更ですけど、自分が殺されるとは思っていないの?」
「まさか。
「死を覚悟してでも、壁を壊したい。その一心で、王国を裏切ると」
「ああ」
「―――信用できません」
信用も信頼もできない。
利はあるかもしれないが、リスクが大きい。
だが、だからこそ。
「ですが、この場では貴方を殺しません。本部の判断に委ねます。
結果、貴方が死ぬことになるかもしれませんが」
「ああ、それでいい。信頼なんかされても、ボクも困ってしまう。
共和国が不要だと判断した時点で、ボクを切り捨ててくれれば、それでいい」
にこり、と。
私が部屋に入ってから、初めて彼が笑った。
それはまるで、少年のような笑顔だった。
ーーーーーーーーーー
「しかし―――対価も無しに裏切るんですね」
「対価は既に受け取っている。…美味しい食事を作ってくれるメイドを継続雇用できた…というのでは、駄目かな?」
「それは、どう考えても釣り合わないと思いますけど」
冗談めかすような言い回しに、こちらも軽口で返す。
命を賭けて、得られるモノが食事だなんて、対価としては安すぎるだろう。
共和国に内通する人物に多い理由が、『分断された壁の向こうに家族がいる』というものだ。
その理由を、ステファニーは複雑な思いで眺めている。
・・・ああ、この人にとっては、家族は大切なものなのだな、と。
あるいは、金で裏切る人間もいる。
こちらは理解しやすい。
商人が大金を出せば、爵位すら購える時代である。
金で買えないものは無い。人も物も、愛ですら金で買える。
だから、人は裏切る。
裏切って、何かを得ようとする。
待っている結末が、地獄への片道切符でしかなかったとしても―――。
「・・・私の料理、そんなに美味しかったですか?」
「ああ、叶うなら毎日食べたいくらいだとも」
「まあ」
褒められて、悪い気持ちはしない。
「しかし、
大した理由なしに協力する人間は、正直、信用できないですから…」
「最初に接触した時も、それで散々だったからね…。…一回、銃を突きつけられたし」
ああ、前科持ちでしたか、と内心で納得する。
道理で、妙に肝が据わった会話をしていたはずだ。
「―――そういう時に、スパイに信用してもらえる方法、あるといえばあるんですけれど…知りたいですか? まぁ、ちょっと特殊な方法なんですが」
「そんな魔法があるなら、是非とも教授して欲しいものだね」
クロフォード伯爵は、椅子から少し身を乗り出すようにした。
「まず、椅子から立ち上がってください」
「うん」
「そして、後ろを向いて、カーテンを閉めてください」
「うん。―――うん?」
「どうしたんですか。スパイに信用される方法、知りたいですよね?」
「キミを視界から外して、背を向けた瞬間に、後ろからズドン…ということは」
「ありませんよ。何でしたら、銃を床に置いて見せましょうか?」
スカートを摘まんで持ち上げ、右脚に固定していたホルスターを晒す。
私は、伯爵に微笑んで、スカート下に隠し持っていた拳銃を一丁抜き、そっと床に置いた。
その動きを彼は見て、それから後ろを向いた。
その際に、少し頬が赤くなっていたのは、決して目の錯覚ではないだろう。
ストッキングを履いていたとはいえ、メイド服の下を見そうになったのだから。
さっと慌てて目線を逸らしている辺りが、紳士的というか何というか。
月明かりの差し込む窓際で、彼は訊ねる。
「それで、このカーテンを閉めれば、信用されると」
「ええ」
「理由は」
「スパイは、暗い所が好きなんですよ」
カーテンが閉まる。唯一の光源が遮られ、部屋は真暗の闇に落ちる。
瞬間、私は弾かれるように前方に駆けた。
数歩で距離を詰め、
「―――動かないで」
左脚の後ろに、もう一丁の拳銃を隠し持っていないとは言っていなかった。
後ろ手で抜いて、彼の背に突き付ける。
動きを止めて、カーテンに手をかけたままの体勢で硬直した彼に、私は呟いた。
「スパイは嘘を吐く生き物なの」
「ねぇ、銃はどこ? 動けば撃つわ」
「・・・背中のズボンのベルトに、リボルバーを一丁差している。それだけだ」
フロックコートに手をかけて、彼の腰にあるソレを抜き取る。
少し意外だ。
「武装している相手を信用できる訳ないでしょう?」
「なら、丸腰なら信用できると?」
「まさか。丸腰で交渉できると思ってる人間なんて信用できないわ」
スパイは相手を信用しない。身内だって信用しない。
「じゃあ、ボクはこの体勢からどうすればいいのかな」
「―――教えてあげましょうか」
右手にSAA、左手にガバメント。
両方を彼に突き付け、完全に生殺与奪を握った状態。私は笑ってみせる。
ーーーーーーーーーー
彼の背中に、身を寄せる。
決して背が高くはないが、思っていたより大きく感じる背中だ。
男性の背中。
「・・・ステファニー」
「動かないで、動けば殺すわ」
私はスパイだ。だから彼を殺せる。
彼は素人だ。だからいつでも撃てる。始末できる。
それでなお、この期に及んでも、相手を信用できないのがスパイだ。
だから。
「私は貴方を信用できない。嘘を吐こうが、真実を話そうが、全てを疑うわ。
だから―――貴方を、私を裏切れない存在にするしかない」
それは、呪いにかけてしまうということだ。
決して裏切れない呪い。
彼が言ったように、王国と共和国のどちらが勝っても良いなんて戯言を、決して言わせなくするための呪い。絶対に私個人に彼を従属させるという呪い。酷く醜い呪い。
「ねぇ、人間が裏切る理由って、なんだと思います?」
返ってくるのは、無言。
私はそれを意に返さずに、言葉を継ぐ。
「亡命をする人の理由は、人だったり、お金だったりするんです。
私には、それがどれくらい大事なのか判らないんですけど。
裏切る人も同じです。お金で裏切ったり、大切な人が脅されて、それを守るために仕方なく…とか。
危ない薬を使われて、無理矢理に裏切らされるヒトもいますね」
暗い部屋、沈黙の中で、二つの影が寄り添っている。
「あとは…そうね。こう言えばいいかしら。
なんで私たちみたいな女スパイが、大勢いるのか
その意味が判る?」
「っ、それは」
理解できない
彼だって、さっき顔を赤くして目を逸した。
今だって、近くに感じる彼の呼吸や心拍は、暗い静かな部屋で大きく感じられる。
この状況を客観的に表現すれば、深夜の部屋に二人きり、だ。
「ーーーお料理、毎日作ってあげられるかも」
呪う。
「伯爵夫人、っていうのも良いかもしれませんね」
嘘で呪う。
「壁を崩したいんですよね。私ならきっと協力できます」
信じていない嘘で呪う。
「貴方の心一つで、すぐ手に入るんです」
彼はスパイじゃない。だから呪う。
私は、笑って
「ーーー遠慮はいらないんですよ?」