でも、もうちょっと続くかな?
——————ハァ…ハァ…ハァ…ッ!!
草をかき分け、道無き道を辿る。鏡一郎は焦っていた。他でもない鏡一郎は、非力だった。なんの変哲もない家庭に生まれ、なんの変哲もなく、寺子屋に通っていた。
外の世界の知識を持っているのは玄霧逢魔、ただ一人。それ故に話の辻褄を合わせる為、鏡一郎がスパイに選ばれた。氷川漣達の情報を得たかった逢魔にとって、今回の失敗は最大の汚点と言える。
…消されちまう。
右も左もわからないほど鏡一郎は走り回った。肺が壊れてしまったかと思うほど痛い。足にも激しい痛みが走る。首元から垂れる嫌な汗と喉の渇きが鏡一郎の体力を奪う。
鏡一郎「…ここまでくれば、大丈夫か…。」
?「…一刺し。」
鏡一郎「ッ!?誰だッ!!」
昼なのか、夜なのかもわからないほど生い茂る闇の森、人がどこに居るかもわからない。その森の中をこだまする不気味な声…。
…もう追手が来たのか…。
咄嗟に隣にある鎌に手を伸ばす。だが、遅かった。
鏡一郎「ッ!?」
鏡一郎の首元に蛇が巻きついていた。シュルシュルと舌を出し入れし、不気味に此方をニタニタと見つめている。鏡一郎の耳元から声がした。
?「…まだ貴君には仕事があるだろ?鏡一郎…。」
鏡一郎「へへ…。テメェらかよ。ミツヒデ、クロ。」
鏡一郎は、目で後ろを見る。首を動かさずにだ。動かせば、簡単に殺されてしまう。それほどに厄介な奴らが追手としてやってきた。
…紫の着物の男。腰には二本の長さの違う刀を帯刀している。凛々しい顔をしていて、紫の瞳で鏡一郎を睨んでいる。髪は銀髪で結われている。
もう一人は小さな女の子。と言っても小学校5、6年くらいだ。現代風にいえば、黒と白のゴスロリ衣装をしている。髪は男と同じく、銀髪で腰までの長い髪。右手には白蛇が巻きついている。真っ赤な目が特徴的であり、薔薇のリボンが巻かれたヘッドドレスを頭につけている。
…男がミツヒデ、女がクロだ。
死屍累々の中でも玄霧逢魔を入れ、トップスリーに位置し、とある事情で組織を離れていたが、帰ってきたところだった。
ミツヒデ「…それとも、一刺しで使えぬ人形を破壊できるが…如何する?」
鏡一郎「…使えないだと?笑わせるぜ…。確かにお前らより俺は弱いがなっ!!」
首が苦しい…。鏡一郎の首を蛇が着々と締めていた。
クロ「…減らず口はそこまで。マスターの使い物にならなかったら…私が殺すよ?」
鏡一郎「ガッ…!!」
ミツヒデ「…そこまでにしてやれ。お嬢。主人様も、この弱虫の能力に一目置いているのだ。簡単に壊してしまってはつまらぬだろう?」
蛇のとぐろが緩む。ようやく鏡一郎の肺に酸素が入った。
…表情が読めない…。
二人の表情は全く一ミリも変わらない。それに心の動きも読めず、更に言えば簡単に後ろを取られるほどの速さに、気がつけば獲物の首は宙を舞っているという刀捌き。クロも同じことが言える。よく二人でいる為、チームワークもよく、単体でも強い。非の打ち所のないほどの強さである。蛇の毒もとぐろを巻く力も侮れないし、刀の切れ味もミツヒデの身体能力も侮れない。鏡一郎がこの場でコイツらを倒す術はほぼゼロに等しかった。
ミツヒデ「…しかし、ヘマをしたな。貴君の能力は既にアイツらにバレてしまった。主人様のお力は八雲紫だけにバレているとは言え、その紫は我らの手中…。主人様の使役で貴君の能力が強くなっているとは言え、油断しすぎだ。」
鏡一郎「…チッ!!言われなくてもわかってるよッ!!…だが、奴らは相当な強さだぜ。俺たちでも勝てるかどうか…。」
…蛇足だった。
森の中の空気が一気に変わる。鳥や虫などの生き物もそれに感づいたのか、森から姿を消した。
ミツヒデ「我と主人様が幻想神如きに負けると?」
ミツヒデの声は確実に怒気を含んでいた。ピリピリと鏡一郎の体に電撃が走る。よくないところに土足で踏み込んだのだ。
鏡一郎「じょ、冗談だって…!!いやぁ、俺たちなら確実に勝てるよな!!うんっ!!」
ミツヒデ「…図に乗るなよ。弱者が。貴君の利用価値が無くなれば、即刻、斬首に処されるだろう。いや、斬首ではまだあまいな。主人様なら、貴君の脳天からその身体を真っ二つに引き裂くであろう。いや、それ以上かもしれぬ。何方にせよ、常人に彼の方の考えは理解できぬな。」
ミツヒデの鋭い眼光が鏡一郎を貫いた。首に巻きついていた蛇の感触も無くなり、クロの右手にもう一体蛇が巻きついているのがわかる。殺されないと心の中で安堵するものの、今此処で失言すれば、簡単に消されてしまう。それほどまでにミツヒデ達と鏡一郎自身の力の差は歴然だった。
鏡一郎「じゃ、じゃあ、俺はもう行くよ…。さっさとNo. 1を回収しねえと…。」
鏡一郎は額から流れる嫌な汗を手で拭い、そのまま道無き道をまた進んでいった。吹き荒れる風が木々を大きく揺らし、轟音をたてた。早咲きの桜の雨が残った二人の前に降っていく。
ミツヒデ「…どう致しますか?主人様。」
ミツヒデの声とともに、その場所に霧が立ち込める。形作るは、人影だった。それは次第に立体物となる。
逢魔「…使えるなら裁きを与える必要はないでしょう?最も貴方なら彼が認識する前に脛骨を砕くことは容易でしょうが…彼の能力は八雲紫と類似する…。まだまだ利用価値はあります。鏡を形成し、その鏡から像を取り出す…。非常に無知ではありますが、簡単に利用できるとなれば、コマとしてはとても使いやすい。」
クロ「…でも、マスターなら人形にも出来る…。白蛇の毒で中身だけを溶かすことも簡単…。」
逢魔「こらこら…。仮にも気品のある華である君がそんな物騒なことを言ってはいけませんよ?確かに君の友達の毒なら、この世の何よりも強い武器になりますが…使い所を間違っては自ら喰らうだけですよ?あなた方の能力は限定的ゆえに達の悪い…。使い所によっては自滅するだけです…。」
ミツヒデ「…そうならないために我々は鍛錬しているのです。夢や希望を語る弱者にならぬよう、ペンの代わりに剣を持ち、言葉の代わりに力を得る。我々二人は能力に喰われぬよう、主人様にこの身を預けるのみ…。」
クロ「…マスターの為なら死んだって良い。なんだってする。探偵の首でも、巫女の首でも噛みついて離さないから…。」
逢魔の前にミツヒデは跪き、クロは変わらない表情で逢魔を見た。逢魔は瞳を閉じて頷き、霧散し、消えた。
クロ「…囲まれた。」
逢魔が消えた後、数秒にして何かの気配を感じとる二人。息遣いや異臭から森に巣食う獣どもが二人を喰らおうと囲んでいる。だが、クロの発言にはなんの感情もなかった。ただ静かにポツリと言うだけ。
ミツヒデもため息をつき、彼の手が刀へと伸びる。カチャリと刀を鞘に入れる音が森中に響いた。
ミツヒデ「…行くぞ。」
ミツヒデの声にこくりと頷くクロ。森の中を去る二人以外に人影や生き物の姿は見えなかった。ただそこに生きていたであろう獣の骸があっただけだった。
シャド「…記憶障害か。」
ユウちゃんの記憶障害がどうしても気になり、俺とリリカはシャドのいる人里の診療所までやってきた。というのも、今朝、ユウちゃんの口から逢魔の名が出たからだ。確かに、ユウちゃんの前で奴の話をしたことはあったが、知っているような気がすると本人が言うのだ。そりゃ、気になるだろう。もしかすると玄霧逢魔の重要な情報が出るかもしれない。
漣「…なんか、わからないか?」
シャド「…なんともならねえことはねえ…。だが、本人が思い出したくねえってんなら、話は別だ。それで余計に思い出すことを怖がったら、元も子もねえからな。」
漣「…ユウちゃんは、どうしたい?」
ユウ「…思い出したい!!お母さんとかお父さんとか、思い出せるなら…。」
少し考えてから、ユウちゃんはそう言った。ユウちゃんの笑顔を見ていると、次第に此方も笑顔になる。子供は元気が一番だな。
シャド「…じゃあ、俺の目を見てください。」
シャドが敬語を使うなんて変な話だが、仕事中は殆ど敬語らしい。ユウちゃんの目を見ているシャドの目が淡く青色に光る。その数秒後、シャドは目を閉じた。
リリカ「ど、どう?何か思い出した?」
ユウ「…わかんない。でも、なんか変な感じ…。」
シャド「…記憶にロックがかかってらぁ…。簡単には解けないな…。」
…シャドにも読めないか。さとりを頼るのも気がひけるが仕方ない。俺はリリカ達を先に家に帰し、シャドに他意を聞いた。なにか、シャドは隠している気がしたからだ。
シャド「…バレちまったか。」
漣「…お前は読めたんだろ?あの子の記憶が…。」
シャドは少し考えてから、診療所の扉の鍵を閉め、仕切り板で俺たちの姿を周りから見えないようにした。彼曰く、ユウちゃんやリリカには聞かれたくないらしい。
シャド「まだ帰ってなかったらあれだからな。アイツらが聞くにはかなり堪える…。さて、なんだっけ?」
漣「…ユウちゃんの記憶だ。ふざけてる場合じゃないだろ?」
シャド「へいへい。すいませんでした…と。先ず、アイツの記憶だが、読めるには読めた。」
…やっぱり。
シャド「だが、アイツがアレを思い出してしまうと、もしかすると壊れてしまうかもしれない。狂気に囚われてしまうかもしれないと、思い出させるのをやめたんだ。…子供には辛すぎる。」
シャドは深刻そうな面持ちで掠れた声を絞り出した。その後、湯気経つティーカップに口をつけ、中のハーブティーを一口飲み、此処からが本題と言わんばかりに手を叩き、話し始めた。
シャド「…アイツはな。メディスンと同じだった。」
漣「…何?人間ではないと言うことか?」
シャド「あぁ。典型的な妖怪の類だ。使われなくなった人形に魂が入ったってな。西洋風のブリキの人形に魂が入ったのが、アイツだ。」
…なるほど。自分が人間ではなく人形と知ったら、少し取り乱す可能性があるから黙っていたと言うことか…。しかし、それだけなら黙っていても時期にわかることではないか?少なからずとも人と違う部分が出てくるわけだし…。見る人が見れば、わからないとは思えない。
シャド「多分、お前が考えていることは正しい。それだけなら、バレちまうのも時間の問題だ。…それだけならな。」
漣「…違うんだろ?」
シャド「…今此処で話すのが正しいかどうかはわからねえ。アイツが受け入れるか、それとも拒絶するかもわからねえ。だから、目の前では話したくなかったが…保護者であるテメェが知る分なら良いだろ。これは医者としての判断だ。」
シャドは大きく息を吸い、深呼吸をした。余程、核心に近づくことなのだろう。俺は息を殺し、彼の話を聞いた。彼が本当のことを言っているのは目を見て、わかった。
シャド「—————アイツが玄霧逢魔と関わってるのは確実だ。先に言っておく。だが、問題はここからだ。アイツがどういう経緯であの馬鹿野郎と関わり合うことになったのか。アイツの名前は誰がつけた?」
漣「あぁ…。確か、リリカが彼女の持っていたポシェットに異国の言葉で書いてあったって…。」
シャド「…ユウってのはな。あの人形の持ち主の名前だ。そして、その子は既に逝去している。両親とともにな。天狗の作ってる紙切れみたいなんが、彼女の頭ん中から流れてきた。アレはユウが死ぬ前の記憶なんだろうよ。病死だったんだと。長く辛い闘病生活の中で唯一の支えだった家族が死に、近くにあった人形に無心に話しかけたんだとよ。『生きていて意味があるのか。こんな世の中に。なんでお母さんとお父さんは私を置いていったの』ってな。魂は忘れてるようで忘れてないんだなぁ…。んで、隣にあった人形てのが…。」
漣「彼女ってことか。」
シャド「ご名答。相当大事にされてたんだろうな。頭ん中に流れてきた彼女はボロボロだったよ。でも、本当の地獄ってのはそれだけじゃなかった。」
シャドは暗い顔で話し続けた。診療所を後にする頃には、自分のことでもないのに心がグシャッと締め付けられた気がした。シャドの判断は正しかった。…確かに子どもには辛すぎる。
俺はなんとも言えない気持ちになりながらも家へと帰ることにしたのだった…。
シリアスになってるかなぁ。
まだかな?