〜『紅月の間』〜
銀乃「…ッ!!」
神虎「水操術『雨天落刃』っ!!」
空から水の刃が重力に従って大量に落ちてくる。
銀乃は広範囲に冷気を漂わせ、その水を全て凍らせる。
神虎は上から自身が落ち、刀に体重をかけ、銀乃に振り下ろす。
銀乃はそれを弾き、至近距離で炎を放つ。
神虎「水操術『河童の水筒』!!」
神虎は手を銃のように形作り、水鉄砲の容量で打ち込む。
それと銀乃の炎がぶつかり合い、爆発する。
神虎「へっ…。女だと思っていたが、だいぶとタフだ。」
ルナサ「さっきから弾幕を放つ前に斬られる…。あの人、異常なまでの反応速度です。」
神虎「…へー…。龍忌がいりゃ、それも防げるんだがなッ!!」
神虎が走る。そのまま霧を目眩しにして、走り込み一閃をかます。
銀乃はそれを何食わぬ顔で防ぎ、神虎に足払いをする。
神虎はそれを喰らい、こけそうになるが瞬時に受け身を取り、銀乃の足を切ろうとする。
銀乃はそれをバク転で避け、間合いを取る。
銀乃「…父上の為、喩え足がもげても、腕が裂けても戦わなければならない。…貴君のような痴れ者は即刻、滅し、私は父上の元へと走らなければならない。」
神虎「へっ…!!まさに呪いだな…!!手前は玄霧の名に毒されてるだけだ!!何があったかは知らねえが、今の手前はただの空虚…。感情のないお人形だよ…!!水操術『月華の雫』!!」
銀乃「…貴君に何がわかる。あの人の愛情、あの人の温もり…あの人の嘆き、あの人の寂しさもッ!!知らぬ者が偏見だけで物を語るなァァァッ!!『炎神竹刀』ッ!!」
炎の剣と大波を纏った剣がかち割り、空間を割り、突風を発生させる。その激しさたるや、ルナサの体があと一歩で吹き飛んでしまいそうだった。まだ幼き銀乃の頭には父『玄霧逢魔』の顔が鮮明に映っていた。
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…ある年のこと。
日出る国、日本ではあまり見られないが、その他の地域では貧富の差が激しく、それにより、人ではない扱いをされるものが少なからずともいた。
薄汚れたボロ布を身につけて、靴磨きやら食器洗いやら…必要とあらば娼婦のような仕事をさせられる孤児たち。そんな姿も此処では日常茶飯事だった。
?「ひどい臭いだ。こんなところに連れてきて何になる。空蛇。」
厳秋「…此処からの方が目的地には近いので。」
そこを訪れたのは、シリウスに入る前の若き玄霧逢魔と空蛇厳秋。普通の身なりをしているのに、孤児たちはその者たちがまるで長者のように見えた。救いの手が降りてきた。孤児たちは金を得る為、あらゆる手を尽くした。
だが、逢魔はそれを近づけなかった。寄せ付けなかった。玄霧逢魔は汚れているものを嫌悪する。身なり然り、心然り…。故にこのスラム街は逢魔にとって地獄意外の何物でもなかった。
厳秋「…若、そうわかりやすく嫌悪なさらず…。此処からなら、憑き華の在処まで早いんですから。」
逢魔「…チッ。儚月夜叉と同じくらいの強さを持つ憑き華…か。夢物語なら、僕はこの街を滅ぼす。」
厳秋「足がつくことはおやめください。幾ら、私でも貴方のことを庇えきれかねます故…。」
孤児たちはそんな二人の声に耳を傾けていた。外から来たというのは孤児たちにとって希望だった。孤児の中には殺しで生活を立てていた者もいた。だが、逢魔は別格だった。小さいながらに…恐怖を知った。
厳秋「…おや。」
逢魔「…はぁ…。遂には泥水を啜る子どもまで現れ始めた…。」
心底嫌そうな声を上げる逢魔。目の前では、黒く汚れたレインコートに身を包んだ4、5歳ほどの少女がぬかるんだ道でこけていた。
厳秋「どうしたのかな?…お母さんや、お父さんは?」
逢魔「おい、厳秋…。そんな奴にかけてやる時間などないぞッ。」
厳秋「あの五月蝿いおじちゃんはほっときましょうね〜♪」
逢魔「誰がおじちゃんだッ!!永遠に22だぞ!!」
…完全に少女が置いてけぼりになっている。厳秋は少女の前に膝を下ろし、逢魔は完全にそっぽを向いている。…そんな逢魔に少女はてちてちと歩いて行った。
逢魔「…なんだ、醜女。僕は厳秋のようにあまくはないぞ。」
?「…ぱぱ。」
逢魔・厳秋「はぁっ!?」
少女がか細い声で逢魔をそう呼んだ。逢魔は頭を抱え、厳秋は腹を抱えた。
逢魔「おいっ!!厳秋!!笑いすぎだッ!!」
厳秋「…クハハッ…。すみません…くふっ…。しかし…ハッ…若が…よもや…ハハッ…ぱぱなどと言われるようになるとは…クハハッ!!…腹が捩じ切れるッ…!!」
?「ぱーぱ。」
逢魔「チッ…!!」
幼児は本当に逢魔を父と崇め、甘えてくる。その汚れた少女を引き剥がそうにも引き剥がせないことにも難儀していた。服の汚れはどうでも良い。あとで洗えばそれで良い。…だが、逢魔は自身よりもこの少女が醜く汚れているのが気に食わなかった。
逢魔「厳秋ッ!!」
厳秋「はい?」
逢魔「…コイツに似合う着物と上等な湯、簪の位置へと飛ばせ。」
厳秋「…自分から歩きがいいと言ったのに…仕方ない。わかりましたよ。」
そして3人は光の粒子になってスラム街から姿を消した。
厳秋「…まさに宝石か。磨けばここまで。」
本来の目的をも忘れ、逢魔は少女のために拠点へと帰った。暖かい風呂には自ら入れ、着物や簪は厳秋が選び、少女は見違えたように綺麗になった。
逢魔「…おい、餓鬼。お前、名は?」
?「ぱーぱ。」
逢魔「…それは…チッ…。僕のことだろ?」
少女は首を傾げ、逢魔をじっと見る。その漆黒の瞳に吸い込まれそうだが、逢魔は一つの答えに辿り着いた。…名前が無い…。
厳秋「…なんらかの理由で親に捨てられた…或いは親と死別した…。名も与えられず、あの場で育てられた…と。」
逢魔「見た目に問わず、幼すぎるとは思ったが…学問もまともに受けてないのか…。」
?「ぱーぱ?」
…まだ穢れなき少女。
逢魔は難儀する。果たして、この少女をここに入れていいのか。闇に引き摺り込んでいいのか…と。愛に飢えている自分ですら感じる。可哀想などと同情などという甘い考えでは無い…。逢魔は少女に自分を重ねていた。あそこであの人に拾われなければ?
…今、目の前にいるのは自分だったかもしれない。
逢魔「…厳秋。もし、僕がこの子を育てると言ったら…。」
厳秋「それは…肯定しかねます。若は童のようなもの。大きな子供のように自分の気に食わぬことは遂行しない…手のつけられない大人です。それが子育てをするなど…。」
逢魔「…僕はコイツが気になる。このまま捨ててはいけないのでは無いかと。」
厳秋「自身のご立場、自覚してください。貴方は組を背負って立つお方。貴方は非道ではなくてはならない。人の死に鈍感でなくてはならない。この社会で生きるというのは…そういうことです…。」
…厳秋を逢魔が睨む。少女を膝に乗せていなければ、言いようのない威厳に満ちていただろう。
厳秋「貴方はまだ妖になりきれていないのです…!!蓬莱の薬ではなく、人魚の肉を食い、不老不死となった貴方…。本当の力を自覚した貴方は、もう人では無いのです…。」
逢魔「…僕は半人半妖だ。だが、それがどうした。半人半妖は愛を求めてはいけないのか…?僕は玄霧の長では無いッ!!僕は玄霧逢魔だッ!!」
玄霧逢魔の悲痛なる叫びが室内に響く。厳秋は困ったように笑った。少女はその様子に少しびっくりしながらも心配したように逢魔を見る。逢魔は少女の頭を撫で、厳秋を見た。
厳秋「思えば、貴方は我慢強い人だ。五月蝿いからと言って投げ出すわけはないでしょう…。して、育てるとなれば名が必要ですが…。」
逢魔「…銀の如く、純白に光り輝く…。錆びることなく…。お前の名は…『銀乃』だ。」
銀乃「…ぎんの?」
逢魔「あぁ。」
…鬼がただ一人、心を許し、笑みをこぼす相手。それが玄霧銀乃である。
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銀乃「…父上…パパ…。」
戦いを終えた銀乃の目には一筋の涙が流れた。
神虎「…せめてもの情けだ。手前の命、どう使うかは自分で考えろ。」
神虎は倒れる銀乃を後にルナサとそこを去った。銀乃は憑き華を静かに手に取り、光の粒子になって消えた。厳秋が戻したのだった。…ただ室内に静寂のみを残して…。