〜side漣〜
…戦乱を忘れるように其処は静寂だった。静寂だけが満ちていた。他の場所とは違い、戦いを忘れられそうな場所だ。中庭…。水が流れ、彩色豊かな花々が生えている。
漣「…。」
?「あら、何人か、倒してきたのかしら。」
…女か。見た目からして吸血鬼だ。おぶっているフランにとても似ている。
漣「お前は…違うな。戦わなくてすみそうだ。」
?「確かに…。貴方と戦うと砂埃でお洋服が汚れそうね。でも、残念。玄霧逢魔の部屋はもっと奥よ。」
漣「…そうか。」
?「そんなにお急ぎにならないで?…少し、お話ししていきましょう?此処は時間の流れがゆっくりだから大丈夫よ。」
俺は少し考え、彼女に乗ってやることにした。彼女なら、フランを回復させることが出来るかもしれない。それに、フランも疲れている筈だ。少しは連れ回すのはやめて、此処で休憩させたほうがいいだろう。
?「その子は其処のベンチでも休ませてあげて。ごめんなさいね。此処にはベッドはないの。代わりに毛布か何か、かけてあげて。」
俺は言われるがまま、机の横にある白いベンチにフランを寝かせ、着ているロングコートをかける。
?「お優しいのね。」
漣「…傷だらけだった。いくら吸血鬼とは言え、酷いとは思わないか。手足は切られ、回復する度に指は削られる。」
?「それでも、心が折れなかったのは貴方のおかげよ。彼女らの母親とは違うけれど、感謝するわ。氷川漣。」
漣「…君、名前は…。」
ベル「ベルベットローズ・スカーレット。ヴラド・シェペツュを喰らいし者。」
セピア色の水面に映る笑顔はとても整った顔だった。その深紅の瞳からはレミリアやフランと同じ感じ方をした。見えている朽ちた感じの羽も、肩まで伸びる金色の髪も…まるでフランの将来のように感じられた。
ベル「私もね。5歳上の姉がいた。人間に殺されたけどね?…だから、少しはその子に同情を抱いてるわ。でも、嫉妬もしてる。」
漣「…嫉妬…だと?」
ベル「ええ。私の夫はつまらない男だった。ヴラドの近くに居た鼻につく成金背広だったけど、ケチでなんの価値にもならない男だった。血も不味いし…。だから、殺してやったわ。元来、吸血鬼ってそんなもんでしょ?気に入ったものは近くに置いておく。気に入らなかったら捨てる。人間だってそんなもの。」
ティースプーンをゆっくりとかき回すベル。そんな話の最中でも俺は眠っているフランから離れられない。その姿に彼女は嫉妬するというのだ。
ベル「…傷だらけね。あまり血を飲んでないのかしら。回復が遅いわ。」
漣「…血…だと?」
ベル「ええ。人のご飯じゃ、味は感じれるけど栄養価が低いの。私たちにはね。そんなのばかり食べてたら、自然と力も鈍るし、回復も遅くなる。」
漣「…俺の血で良いのか。」
ベルは上品に笑う。ツーっと額から汗が流れる。暑さではなく、緊張というか…。なんとなく、胡散臭い女だ。
ベル「…ええ。一番信頼している相手。とても大好きな人間の血は甘美よ。それが半妖との混ざり物だとしても…。」
漣「…。」
俺は太い腕をフランの前に突き出す。持っていた短刀でその腕に切り傷を入れる。
漣「…ッ…。」
たらぁ…と血が流れる。鮮血だ。その匂いにフランが目を覚ましたのか、或いは無意識にか、俺の腕にガブリッ…と噛み付いた。
漣「ぐっ…!!」
ベル「…余裕ないのね。本当は痛くないように出来るのだけれど…。まるで腹ペコの猛獣にお肉を差し出したかのよう…。一心不乱に噛み、飲んでいるわね。」
…確かに…。ねじ切れそうなくらい激痛が全身に走る。フランに至っては、ベンチに座り込み、飲んでいる。
フラン「んく…漣…兄様…?」
漣「フラン…目ぇ覚ましたか…?」
バッと俺の手を離すフラン。状況を理解したのか、目に涙を浮かべ、うわごとのようにごめんなさい…ごめんなさい…と呟いていた。俺は彼女の頭を優しく撫でた。
漣「…なんだよ…。血、飲んだくらいでそんなに泣きじゃくって…。」
フラン「ヒグッ…だ…だって…!!」
漣「俺はお前が生きてりゃそれで十分だ。お前のやられたことに比べりゃ、こんな傷、蚊に刺されたくらいさ。大丈夫。」
フラン「う、うわぁぁぁんっ!!」
ベル「…子供ね。まるで。まぁ、その歳じゃ子供か…。」
ダムが決壊し、泣きじゃくるフラン。バサバサと音を立てる羽とともに、彼女の感情が揺らいでいるのを感じた。ベルベットも何かを考えているかのような表情だ。吸血鬼として、何か考えているだろう。
数分が経ち、フランも泣き止んできた。其処で思い出したかのようにベルベットが切り出す。
ベル「…私が貴方たちの味方をするのは難しい。此処にいる以上、戦わなくても玄霧逢魔一筋だから。だけど、ヒントはあげる。残りの部屋はあと二つ。魔鯨と玄霧だけ。さっきまでの戦いで大方無くなっちゃった。リザがいなくなったことで、2人も引き上げたみたい。」
漣「…なんでそんなこと教えてくれるんだ。」
ベル「さぁね。そこの小さな吸血鬼ちゃんに感化されちゃったのかしら。柄にもなく、穏やかな気分だわ。」
そういうベルベットは晴れやかな笑顔をしていた。
ベル「行きなさい。いつまでも此処にいてはもう戻れなくなるわ。」
漣「あぁ。…行こう。フラン。」
フラン「うん!!ありがとう!!ベル母様!!」
ベル「え?…ええ。フランドール。」
…母様?なんで母様なんだ?
フランに聞いてみるとベルベットと自分の覚えているお母さんを重ねてしまったらしい。そんな大きな俺のロングコートを鬱陶しそうに着るフランを見て、心が綻んでいく。最後に見たベルのあの表情もそういう意味だろう。
ベル「母様…か。私は…母親にはなれないわ。」
うわごとのように呟くその声は何処か悲しそうに自虐気味に見えた。