「さて……」
まだピッピを取り返したわけでもないのに、何度も頭を下げてくるおじさんと別れた後、青年は改めてギンガ団のビルを見上げた。両脇にトゲトゲのついたビルは、そのセンスがどことなくギンガ団のユニフォームとも被る。
ビルの周りはぐるりと柵で囲まれ、唯一と言っていい出入口も、細く背の高い木によって通れない。ナタネによると、この木は切っても翌朝には元通りになるような成長の凄まじい種類らしい。
「ムクホーク、いあいぎり!」
ムクホークの鋭い爪によって切り裂かれた木を跨ぎ、敷地内に入る。いよいよビルに入ろうとする直前、青年がふと前を歩くナタネに声を掛けた。
「ナタネさん、ちょっと」
「何よ?」
振り返るナタネに、青年は腰に連なるモンスターボールを一つ外し、差し出してきた。
「モンスターボール……?」
「もしかしたらビルの中でバトルになるかもしれないので。さすがに生身で戦うわけにはいかないでしょう」
「確かにそうね……何が入ってるの?」
「開けてみたら分かりますよ」
怪訝そうな表情を浮かべながら、言われた通りにボールを投げるナタネ。
光とともに彼女の目の前に現れたのは、見紛うほどもないくらいにたくさんの時間をともにしたロズレイドであった。
「うそ……ロズレイド……!」
ロズレイドはあの日別れたときのままの姿であった。涙ぐみ抱きつこうと近づくナタネに、ロズレイドはどこか不信感があるのかジリジリと後ずさる。ナタネは青年の方を振り返った。
「どうしてこの子がここにいるのっ!?」
「あのあとすぐ捕まえておいたんですよ。だから一応今の主人は僕ってことになってます」
「それでも、また会えて嬉しいよ……ロズレイド……!」
強引にロズレイドを抱き寄せるナタネに、少し嫌そうな表情をしながらも、素直に抱かれるロズレイド。それを見た青年はふむふむと頷いた。
「なるほど。野生になっても主人との記憶がなくなるのではないみたいですね、捨てられたような不信感が残りつつも、前の主人として受け入れると……ナタネさん」
「何よ、少しくらいロズレイドと二人に───」
「そのロズレイド、欲しいですか?」
「……っ!」
青年の言葉にナタネの瞳が大きく揺らぐ。本音を言えばもちろん欲しい。たとえ今は懐かれていなくとも、また改めてロズレイドとの絆を紡いで行きたいし、必ずまた絆を取り戻せると信じている。
だが、青年がこう言う時には必ず裏があることもナタネは分かっていた。ナタネは警戒しながらも、肯定の意味を込めて頷く。
「……もちろん、返して欲しいに決まってるじゃない……!元々あたしのロズレイドなんだから」
「ですよね。ならどうぞ、これからはナタネさんのロズレイドとして大切にしてあげてください」
「……え、ほ、ほんとに?いいの?」
えらくあっさりとロズレイドを譲ってくれると言い放った青年に、ナタネは拍子抜けしてしまう。
「もちろん、あ、ちょっと待ってください」
「……なによ、うわっ!?」
青年は前置きなくナタネをモンスターボールに戻した。ナタネが光に包まれる瞬間、彼女の物になったロズレイドもナタネの手に持つモンスターボールに吸い込まれるのを、青年は見逃さなかった。また、ナタネが着ていたはずのギンガ団のコスチュームも、この間とは違って地面に残されることなくナタネとともにボールに収納されたらしい。
「なるほど、ポケモンに持たせられる持ち物みたいに一つまでなら一緒にボールに入るのかな?コスチュームは僕が着ろって言えばアクセサリーとして扱われる感じなのかも」
今後検証が必要だと、一人結論づけた青年は再びナタネをボールから出した。
「きゅ、急にやめてよ!びっくりするでしょ!」
「すみません、ちょっと確かめたいことがあったので、それでは行きましょうか」
納得のいっていなさそうなナタネをよそに青年はようやくギンガ団のビルへと足を踏み入れた。
「っ!?おいっ、なんだお前は!」
途端に入口近くに立っていたギンガ団の一員らしい男が、大声を上げながら近づいてくる。
「あ、あの……僕、ピッピを持ってるって言ったらこの女の人に着いてくるよう言われたんですけど」
青年はわざと弱々しい震えた声を上げつつ、遅れてビルに入ってきたギンガ団の扮装をしたナタネを指さした。
「何だ、またピッピを連れてきたのか。おい、お前。研究室は分かるな。あそこまで連れて行け」
「は、はい!分かりました!」
ナタネは緊張した声で、ギンガ団の男に敬礼を返した。どうやら同じ服を着た下っ端の中にもはっきりと序列があるらしい。
「どうするの……?」
「とりあえず研究室を目指しましょうか。多分そこにおじさんのピッピもいるはずです」
男の隣をすり抜けた二人はヒソヒソと小声で相談しながら、階段を降りようとする。
「おい!お前!なにしてる!」
「ひゃ、ひゃいっ!申し訳ありません!何しろ新米なもので……」
道を間違えてしまったのか、後ろから男の怒鳴り声が聞こえてきた。身をすくめ慌てて頭を下げるナタネ。
「ったく、研究室はそこの階段を登って四階だろ!そんなんじゃいつまで経っても俺のように偉くなれないぞ!」
「……すみません、ありがとうございますっ!」
自慢も兼ねているのか、ニヤニヤとした笑みを浮かべてふんぞり返る男。彼も自分も同じような服を着ているのだが、と思いながらナタネはお礼だけを口にする。
その後、迷いながらも何とか四階までたどり着く二人。
何度か間違った階段を登ったり降りたりしてしまい、他のギンガ団の下っ端達に出くわしてしまうこともあった。しかし、その度に先程のような「ピッピを連れてきた新人下っ端とピッピの飼い主」を演じると、皮肉や叱咤の言葉とともに正しい道筋を教えてくれた。
「なんてザルな警備なの……」
いとも簡単に研究室のあるフロアまで侵入でき、ナタネが呆れたように呟く。服装と髪型を似せただけでここまで来れるとは、青年も思っていなかった。
「みんな親切で助かりましたね。ここからは気を引き締めてください。ポケモンも出しておきましょう」
「わかったわ、はやく助けてあげないとね……!」
キュッと緊張感のある顔つきになったナタネは、モンスターボールを傍らに投げた。そして、中から出てきたロズレイドとともに、じりじりとフロアを進んでいく。
三階までの事務的な雰囲気とは違い、薄暗い廊下が真っ直ぐに伸びている。所々に置かれた機械や、大きなタンクからは電子的な光が規則的に点滅し、怪しさを醸し出していた。
壁伝いに歩いていくと、やがて分厚いシャッターの前に到着した。フロアには登ってきた階段の他に扉らしきものは見当たらない。つまり、この向こうに件のピッピがいるはずだ。
「……だめ、ロックが掛かってるみたい。どうしよう……」
シャッターのすぐそばにある認証キーを調べたらしいナタネが振り返ってきた。
「どうしようって。僕たちここにお客さんとして来てるわけじゃないんですし、当然でしょう」
そう言ってモンスターボールを取り出す青年。ポンと中から出てきたのはいつかの日に見たナエトルであった。
「ナエトル、たいあたり!」
じりじりと数歩下がったナエトルは短い足からは信じられないような加速力を見せ、シャッターにたいあたりした。
ドゴォォン!!と辺りに響く音と衝撃とともにシェルターの下半分が大きく凹む。
「ナエトル、もう一回!」
再び繰り出されたたいあたりによって、完全に変形したシェルターは、部屋の中に向けて吹き飛んだ。
「よくやった。ナエトル」
少し赤くなったナエトルの頭にキズぐすりを吹き掛ける青年。
「な、なんなの……!あなた達は!?」
部屋の中から聞こえる叫び声に、青年が顔を向けるとそこには紫色の奇抜な髪型をした女性が、呆然とこちらを見ていた。女性の傍らには、首輪のついたミミロルと件のピッピが怯えてうずくまっていた。
「こんなに怯えて可哀想に……」
「いや……あなたのせいもあると思うけど」
怯えたポケモン達に憐みの表情を向ける青年
に短く突っ込み、ナタネがずいと前に出る。
「もう怪しい企みもこれまで!ズバリ!今すぐさらったポケモンを解放しなさい!」
「あ、あなた、裏切ったの……?」
突然現れたギンガ団の格好をした何者かに、ジュピターが目を丸くする。しかし、次の瞬間にはギラリと殺気の篭った目で睨み付けてきた。
「ふふふ、あたし?あたしの正体は……はっ」
カツラを取り、本名を名乗ろうとした所で、ナタネは青年との約束を思い出した。確かにホテルで青年とは、「誰にも自分の正体をバレないように行動する」と約束している。そして、破ればボールに戻されギャラドスの餌にされると警告も受けた。
ナタネはチラリと青年の方を振り返る。青年はジトっとした視線でナタネが何をするのか見守っているようだった。その目には「もし、バラしたらどうなるか分かるよね」とでも言いたげである。
「……ふふふ、そう!裏切ったの!こんな組織もううんざり!辞めさせてもらうわ!」
ナタネは急遽、路線を変更して目の前の女の話に乗っかることにした。その方が後々怖くなさそうだと判断したためである。
しかし、ナタネがそう言い放った瞬間、ブワッと目の前の女から殺気のこもったオーラが溢れ出る。そして腰からモンスターボールを取り出し、目の前に投げた。不快な高い鳴き声を上げながらズバットが飛び出してきた。
「そう……アカギ様を裏切るのね。裏切り者は、このジュピターが始末してあげるわっ!ズバット!かみつく!」
ジュピターの命令に、ズバットがつばさを広げて一直線にナタネへとキバを向く。
「っっ!!!」
目の前に迫るズバットに思わず目をギュッと瞑るナタネ。しかし予想された衝撃はいつまで経っても訪れない。
「……ロズレイド!」
恐る恐る目を開けた彼女が見たものは、ナタネを庇うようにして立ちふさがり、両手の花弁でズバットの攻撃を受けるロズレイドだった。
長年のパートナーが自分を庇ってくれたことに感動しつつも、ナタネはすぐに指示を出す。
「ありがとうロズレイド!そのままっ、しびれごな!」
「ズバット!よけなさいっ!」
ジムリーダーであるナタネと、ギンガ団の幹部であるジュピターとのプライドを掛けたポケモンバトルが行われている横で、青年はいそいそと攫われたピッピとミミロルの救出を行う。ポケモン達を繋いでいた鎖の鍵は、近くの机の上に無造作に置かれていた。恐らく誰も救出に来るとは思わなかったのだろう。
青年はその鍵で、ピッピ達の首元に掛けられた南京錠を外してやる。怯えた様子のピッピ達だったが、青年が敵ではないと分かったのか彼の足元にくっついてきた。
「さてと、そっちも終わりそうですね」
青年の視線の先では、ナタネと彼女のロズレイドが素晴らしい連携を見せていた。状況をよく理解したナタネの短い指示にもロズレイドは的確に読み取り、それに応えていく。既にズバットは倒れ、二体目に出したスカタンクも苦戦しているようだった。
「ロズレイド!マジカルリーフ!」
ロズレイドから放たれた鋭い葉が、スカタンクの身体を切り裂いていく。グゥ…と小さく唸ったあと、スカタンクは地面に倒れ込んだ。
「くっ……!」
手持ちのなくなったらしいジュピターが唇を噛む。しばらく反撃の手段を考えていたらしい彼女だったが、フッとその緊張をとき、口元に笑みを浮かべた。
「まぁいいわ。発電所のエネルギーもマーズが集めたし、そのピッピ達も必要ない……好きに連れていきなさい。でも、覚えておくことね。あたしたち、特にボスには逆らわない方がいいわよ……!」
ジュピターはそれだけ言うと研究室から出ていった。しばらくして、館内に割れんばかりの警報が鳴り響く。どうやら侵入者に全く気づかない使えない部下達を叱咤して警報装置を作動させたらしい。
「わわっ、どうしよう!逃げないと!」
「とりあえずボールに入ってください。あとは僕一人で」
青年はナタネをボールに戻し、代わりにムクホークを出した。
「ムクホーク!もりのようかんまで飛んで!」
ピッピとミミロルを両脇に抱えた青年はムクホークの背に飛び乗った。ムクホークは研究室の天井ギリギリにまで飛び上がると、勢いよく窓へと飛んでいく。
数秒後、パリィィンと粉々に砕け散るガラスとともにムクホークの大きな翼が大空へと舞い上がった。
慌ててビルを飛び出したギンガ団の下っ端達は、光を反射しながらパラパラと落ちるガラス片とともに、小さくなっていくムクホークの姿を眺めることしか出来なかった。
「ふぅ……」
もりのようかんへとたどり着いた青年は、疲れからまるで我が家のようにソファーへと倒れ込んだ。
ピッピとミミロルにはすでに餌と水をやり、今は隣の部屋の床に置いたクッションの上ですやすやと眠っている。
一息ついた青年は、ナタネをボールから出した。出てきて辺りをキョロキョロと見回した彼女は、現在地がもりのようかんであるとすぐに気づいたようでホッと安堵の溜め息を漏らす。
「どうやら逃げきれたようだね……はぁ」
「えぇ、ナタネさんもお疲れ様でした」
「ピッピとミミロルは?もう返したの?」
「今は隣の部屋で寝てます。今はまだ町中ギンガ団が血眼になって探し回ってるでしょうから、ほとぼりが冷めてから返しに行くつもりです」
「そうだね……なにはともあれ、無事でよかった……ありがとうね、協力してくれて」
「いいですよ、僕もギンガ団について興味が湧いたので。もう少し調べてみようと思います」
「お、穏便にね……」
青年の言葉にナタネは苦笑いを浮かべる。今回は攫われたピッピを救出するという大義名分があったからまだいいものの、建物に勝手に入ったりドアを壊せば、犯罪を犯しているのはこちら側になってしまう。
(あ、でもそうなればこいつが捕まって、私達は解放されるのか……)
悪いことをしてほしいような、してほしくないような複雑な気持ちになったナタネに青年は口を開いた。
「それにナタネさん言いましたよね」
「な、何だっけ……?」
「協力してくれたらなんでもする、って……」
そう言いながら既に青年の手はナタネの腰に回され、グイッと引き寄せられる。
「きょ、今日はやめておかない?ほら、疲れてるだろうし……」
「ならナタネさんは寝たままでいいですから。早くその変なコスチューム脱いでください」
「なっ!?元はと言えば、貴方が着せたんでしょ!?」
「もうギンガ団の下っ端をレイプするプレイは飽きたので」
服を脱がされながら、ナタネは会ったこともないギンガ団の下っ端の女の子を憐れに思った。
それから一晩中、屋敷にナタネの嬌声が響いたのは言うまでもない。