GBF-L+D/F_ガンダムビルドファイターズ Lost + Diver's / Fantasy 作:杉村 祐介
電脳世界にも時間という概念があるものだろうか。夜の火災という恐怖を感じる空間から一転、昇った朝日をぼかす薄雲と、そこからひたひたと舞い落ちる雨粒という景色は、二人の緊張を溶かすことも容易だった。
黒いワンピースの少女と、ハーフパンツにTシャツのナップサックを背負った男の子は、小高い丘の上にある公園で雨宿りしていた。
そこからは町が一望できるほど良い景色で。とはいえ、かなりの範囲が戦火に飲まれたようで、屋根が残っている建物もあまりない。田舎によくある不釣り合いな大きさの駐車場があるコンビニが、かろうじて電気を灯しているくらいだ。
戦闘の緊張感は無くなったが、互いが互いに誰なのか、そしてこの世界は何なのか、理由と目的が見えないことが妙な空気を作って、沈黙が二人を包んでいる。
「……あのっ」
男の子が口を開いた。
「さっきは、助けてくれて……ありがとう」
その言葉に、少女は純粋に苛立って怒鳴り返す。
「ありがとうじゃないでしょ。せっかく楽しんでたのに、そっちが邪魔しなければよかったのに!」
「ご、ごめんなさいっ」
その小さな体を一層縮こまらせて男の子は怯えた。それに対して、彼女は悪びれる様子もない。
「分かったら、さっさとログアウトしたら? こっちはリクシーにサルベージされるまで暇だし、ここに残ってても意味ないでしょ」
「ログアウト……」
何を言っているのか分からない、という表情の男の子に、少女は調子を狂わされる。
そもそもここが第九区画なら敵が消えた時点でログアウトできるはずだし、そうじゃないということは、ここは自分のシュミレーター内だろう。またリクシーの嫌がらせで飛ばされて、気が済んだらサルベージされるだけの存在。それでも、戦うことしか知らない自分にとって、戦う場所を与えてくれるアイツのことは必要だった。
しかし考えてみれば変だ。ここが自分の調整用に作られたシュミレーター世界だとしたら、この子は──ロストフリーダムを自分のガンプラだと言った男の子は、何者?
「ねぇ、ログアウトって、何?」
「……嘘でしょ」
── ガンダムビルドファイターズ L+D/F ──
〜 与えられた武器 + 無邪気な瞳 〜
リクシーとも、それ以外とも通信は途絶えたままだ。開かれているが、閉ざされた世界。不可解な状況で、無知すぎる子供の存在。理解不能な情報が彼女の頭を苦しめた。
見たくもない状況に、少女は少年に背を向けて目を瞑る。
「ねぇ、ねぇってば」
混乱しているのは彼女だけではない。少年もまた、この不明瞭な世界へと飛ばされた身なのだから。
「なんでガンプラがあんなに大きくなったり、街が燃えてたり、かと思ったら火が消えて、それなのに誰も居なかったり……それにログアウトって何なの!?」
「あーもう、うるさいなぁ!」
彼女が振り返ってまた、怒鳴る。
「いい? あたしにも分かんないの! キミがログアウトも分からないおバカで、でもロストフリーダムのことは知ってて、あたしに付いてきてる理由が!」
「ううっ……ごめんなさい」
怒られ慣れていないのか、逆に怒られ慣れすぎているのか。肩を縮めて目を伏せながら、少年は謝っていた。
それでも、少年は彼女に聞かなければならない謎が残っていて。
「なんでこんなところに居るのか、僕も全然分かんない。けど、お姉ちゃんが僕のロストフリーダムを使いこなせてたのは分かった」
『僕のロストフリーダム』という点には賛同できなかったが、彼女は耳を傾ける。
「あれは誰でも乗ってすぐ使えるものじゃない。お姉ちゃんが何度も使っている機体だってことは、分かった」
まだ幼い男の子はひと呼吸あけて、少女をしっかり見据える。
「お姉ちゃんは誰? どうしてロストフリーダムを使えるの?」
少し潤んでいた瞳が、まっすぐこちらに向けられて。その純粋さと幼さに惹かれたからかもしれない。気の迷いかもしれない。もしかしたら自分も孤独感に飲まれてしまっていたのかもしれない。普段なら突き飛ばして切り捨ててしまうような相手だったが、今だけは許せてしまっていた。
「あたしはジュン。ずっとDeep/Fでガンプラファイターをやってる。キミは?」
「僕は遊……長谷川、遊です」
「よろしく、遊」
ここがどこで、なぜ戦わなければならないのか。二人には分からないことだらけだったが、だからこそ、理解しあおうと歩み寄った。幼い手で、おぼつかない足どりで。
◇ ◇ ◇
二人は丘の上にある公園を拠点にして、まずは焼けていない場所を確認しに行くことにした。下り坂を歩きながら見下ろす景色は、遊が知っている町によく似ている。
彼女の手を握りながら並んで歩く。喪服のようなワンピースのジュンは、朱い花の髪飾りをつけていて、それに吸い込まれるような透き通った肌で。
「……でも変なの。遊ってダイバーネームじゃないでしょ?」
「ダイバーネームって何?」
「知らないの?」
「うん」
「変なの〜っ!」
ジュンは笑った。遊にしてみれば、笑う所が見当たらないし、笑われているように感じて少し嫌な気持ちだ。でも彼女の笑った表情が純粋で、いじめっ子たちのする嘲笑とは違うことはなんとなく理解していた。
あんまり顔ばかり見ても変に思われる、と急に照れくさくなった遊は視界を他へ向けた。ここから見えるのはアスファルトで舗装された道と転落防止のガードレール、そしてその先にある見慣れた町だった景色。
「どうして僕の町そっくりに出来てるんだろう」
「シュミレーターだからでしょ? 悪趣味なリクシーのやりそうなこと」
「リクシーって、ジュンお姉ちゃんのロストフリーダムを作った人だっけ」
「そう。あれをくれたのは嬉しいけど、いっつも邪魔とか嫌がらせしてくるイヤな奴なの」
遊が見上げると、彼女が頬を膨らませて不貞腐れている。『お姉ちゃん』と呼んでいるものの、本当に彼女が年上なのかどうか分からなくなりつつあった。それくらい子供っぽい表情をするのだ、彼女は。
「お姉ちゃんの世界では、ロストフリーダムはリクシーって人が作ってて、大きなガンプラに乗って戦って、オンラインゲームみたいにログアウトしたりログインしてガンプラバトルするんだね」
「そうだよ。遊だってガンプラダイバーズにログインして、ガンプラバトルしてたんじゃないの?」
「ううん、バトルシステムにガンプラと、GPベースを置いて戦うんだ。システムの中だったら、ガンプラが動かせるんだ」
「ガンプラが勝手に動くわけ無いじゃん! やっぱ遊って変!」
キャハハと彼女は笑った。今度の笑顔はいじめっ子たちのそれだ。
「おかしくないよ!」
「分かった分かった、遊はそうやって遊んでたんだ。楽しかったの?」
ガンプラバトルが楽しかったか、と聞かれて、遊は即答できなかった。口ごもり、うつむき加減になってしまう。
「楽しくなかった。楽しめなくなっちゃったんだ。友達とガンプラバトルをやって、勝ったほうがガンプラを奪い合うゲームにしちゃって、僕はそのゲームでロストフリーダムを取られちゃったんだ。取り返そうって思って、またロストフリーダムを作ったんだ。戦って壊して奪って……本当は楽しいことなのに、なんでこんなに苦しいんだろう」
立ち止まりそうになった遊の足は止まらなかった。隣で歩くジュンの歩幅が変わらず、その手が遊のそれを離そうとしなかったから。
「……ロストフリーダムを作ったのに、ガンプラバトルで戦うのがイヤなんて、変なの」
ジュンは遊の気持ちを理解できなかったが、その時だけは笑うことをしなかった。
少し歩いて、最寄りのコンビニまで歩いてきた二人。遊にとってみれば本当にここがバーチャルな世界なのかと疑うほどリアルに再現されていて、置かれている商品も、並んでいるレジや広告も、自分の知っているそれと何ら変化はなかった。だからこそ、人の気配がなく機械や冷房の音だけが静かに鳴っているこの空間が、不気味に感じる。
「ここ、何?」
「コンビニ……知らないの?」
「うん。戦うのに必要じゃないことは、知らない」
ジュンの言うことがよくわからなかった。変なの!と笑い返すことも出来なくはなかったけれど、彼女の表情は本当に冷めていて、不安になるほどで。
「コンビニはね、いろんなものを売ってるんだ。けど……店員さんが居ないね」
するとジュンが勝手に店内を歩き回ると、めぼしいものを見つけたのか、棚にある商品を勝手に開けて、パクリと一口食べた。
「ん、これ美味しい!」
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!?」
「誰も居ないんだし、いいじゃん。キャハハッ!」
遊は誰かから怒られやしないかと戦々恐々だ。だがそんな遊もお構いなしに、店内を物色して回るジュン。
「どうせシュミレーターだから誰も困らないよ。それにさ、せっかく邪魔者がいなくて自由にできるんだし。楽しまなきゃソンだよ?」
ほっぺたにクリームをつけたジュンは、一口かじったアイスクリームを遊へ突きつける。うーんと悩んでいた少年は、それでも手を引っ込めない彼女に根負けして、アイスクリームを受け取って食べた。とろけるアイスは甘くて美味しいストロベリー、そして少しだけ罪の味がした。
◇ ◇ ◇
コンビニで飲み物とお菓子、あとたまたま置いていた一番くじのブランケットやタオルを数枚、傘なんかの必要なものを頂戴して、丘にある公園へと戻ってきた。しとしと降る雨は止む気配を見せず、雲の向こう側は夕焼けになっているだろうか、やや空が暗くなっていた。
「でもほんと、こんなに長い時間シュミレーターに閉じ込めて……リクシーは何考えてるんだろ」
一通りのお菓子を味見し終えて暇になったジュンが、口の中で棒付きキャンディを転がして言った。
「そのリクシーって人、ロストフリーダムを作ったって言ってたけど、友達なの?」
「友達? そんなわけないじゃん!」
ガリ、とキャンディが砕ける音がして。
「邪魔もしてくるし、調整って言っていじめてくるからキライ! でもガンプラバトルをするためには、アイツのDeep/Fが必要だから。仕方なく一緒に居るだけ」
「そっか。ジュンお姉ちゃんは、ガンプラバトル好きなんだね」
「うん!」
キャハハと笑う彼女の表情は、裏表なく純粋に見える。ジュンという名前に当てる漢字はやっぱり純粋の「純」なのだろうか。なんてことを考えながら、遊は自分がなぜここに居るのか、分からないでいた。
「ジュンお姉ちゃん。僕はなんでここに居るんだろう」
「さぁ」
何も興味ありませんといわんばかりのあっけらかんとした返事に、遊は拍子抜けだった。けれど、彼女は遊に興味がないわけではなく。
「あたしだって、なんでシュミレーターに遊がいるのかもわからないし、こんな調整に意味あるのかもさっぱりわかんない。もっとガンプラバトルがしたい。けど遊といっしょに居るのはキライじゃないよ? だから──」
純粋で無垢な彼女の瞳がまっすぐ遊を見て、遊もそれに吸い込まれるように見つめ返して。お互いが引き寄せられる何かを感じて、しばらくの沈黙が訪れて。
「だから」の後は、けたたましいビーム兵器の音でかき消された。
「なにっ!?」
日が暮れた空を見上げれば、雨はすでに止んでいて。また昨夜のようにどこからともなく町に火の手が上がり、朱く染まった大地へと下降する大きな影が。それも二つ。
「あれはロストフリーダム……それに真っ赤な、ジャスティス!」
轟々とスラスターから音を上げて、それらは地上へと舞い降りた。幸いにもこちらには気づいていないようで辺りを見回している。
「キャハハハッ! あれが出てきたってことは。バトルしろってことでしょ!」
ジュンが元気よく立ち上がって叫ぶ。
「おいで! Deep/Fっ!!」
──だが返答は無く。昨夜のように現れる影もなく。
「なんで? なんでよ!? おいで、来なさい、ロストフリーダムっ!」
何度問いかけても、叫んでも、何も起こらない。
「もしかして!?」
そう言って遊が、持っていたナップサックから小さな箱を、箱の中に大事にしまわれた、遊のロストフリーダムを取り出して。
「うそ、なんで、それは」
「これは僕のロストフリーダムなんだ。だから!」
遊は願った。ロストフリーダムを取り戻すための戦いを。戦うための存在を。それに呼応するかのように、ガンプラであるDeep/Fはその形をセルリアンブルーに輝かせて霧散した。直後、それは昨夜のように天空から舞い降りて、遊とジュンの目の前に現れて。
「……ジュンお姉ちゃん。僕は、行くよ」
「行くって、それはあたしの──」
運命に導かれるまま、少年は少女の言葉を置き去りにして、現れたロストフリーダムへと乗り込んだ。