GBF-L+D/F_ガンダムビルドファイターズ Lost + Diver's / Fantasy 作:杉村 祐介
「僕は、行くよ」
現れた遊のロストフリーダムは、持ち主を確かに少年と見定めて、それに傅くように着陸した。遊は遊自身が作ったロストフリーダムに近づく。ジュンの静止も振り切って、何かに突き動かされるように。
「待って、待ちなさいってば!」
「ジュンお姉ちゃんはそこで見ていて。今度は僕が戦う番だから」
遊はコクピットに乗り込むため、ビルと同じくらいの高さまで伸びたワイヤーに引っ張られていく。その高さに足が震え今にも落ちそうだったのを、強張った手がなんとか防いでいた。
一番上まで昇ってみれば、そこは自分の知っている見慣れた景色。薄暗い部屋に青い立体映像のパネルが3枚、モニターも、レーダーも、球体の操縦桿も全部が自分の知っているガンプラバトルのそれだ。
遊はツバを飲んだ。この世界は自分の世界とはどこか違う、けれどガンプラで戦う必要があることは理解できていた。変な夢なのかもしれない、放っておけば現実に帰れるのかもしれない。けれど、何もしないままロストフリーダムが壊されるのを見ているのは、嫌だ、嫌だ。
「嫌だっ!」
光る球を鷲掴みにして、思いっきり前に突き出す。目指すは二つの敵機体、レーダーには「ロストフリーダム Deep/S」「ダークジャスティス」と記されていた。それらもまた、遊が乗ったロストフリーダムに気付かないはずもなく。
「ロストフリーダムと、ジャスティス……魁斗っ!!」
加速したDeep/Fは真っ直ぐにダークジャスティスへと──仇敵の面影が強く出ているモビルスーツへと向かった。右手のビームスマートガンが紫紺の光線を吐き出せば、遅れてビーム兵器特有の砲撃音が響く。ジャスティスはそれをシールドで防ぐが、通常のビームとは火力も熱量も上回っていたスマートガンの攻撃を受けきることはできず、盾の半分は加熱されて溶け落ちた。
だが怯むことはない。あっけなくそれを捨ててしまったジャスティスは、Deep/Sへと目配せをして。通信を受け取ったSが先行し、その後ろを正義が追従するように舞う。
「来るな、僕はお前を傷つけたくない!」
遊は──Deep/Fは頭部バルカン、ピクウス76mm機関砲をばらまいて牽制する。だがそんな豆鉄砲はおかまいなしと言わんばかりにDeep/Sは突進してくる。その距離は瞬く間に縮まり、その左腕の豪爪が届くほどに近づいてしまう。
「邪魔しないで……」
敵対するロストフリーダムのヴァイブレーションネイルが唸る。それをFは懐に潜るように潜り抜け、回り込んだ背中へ蹴りを入れる。体勢を崩すDeep/Sを尻目に、遊はまず、真紅のジャスティスへと目標を定める。
しかし蹴り飛ばして離れたはずの黒い敵は、くるりと転身、背を向けた遊の機体へと砲門を向けた。アラートが響くコクピット。メインカメラに映らない死角からの攻撃に、遊は直進を諦めて飛び上がるより他無く。
「くそっ!」
進行方向を90度変更、空へ急上昇するDeep/F。その直後、複数の熱線がそれが合った場所を焼き払う。わずかコンマ数秒でも判断が遅れてしまえばビームの奔流に飲まれ、消えていたであろうほどの火力。
回避できたことに安堵する隙もない。飛び上がった頭を叩くように、今度はダークジャスティスがツインドッズキャノンを放った。空を蹴るようにまた転進し、すんでのところで回避する。そうやって逃げた先には、こんどはDeep/Sのファンネルシステム、ドラグーンが待ち構えていて。
迫るビームを、Deep/Fはバレルロールで回避するも、度重なる空中運動によって進むべき道を失って、天と地も分からなくなったパイロットは、重力に逆らえず機体制御を失って落ちる、落ちる、落ちる。市街地へと頭から突っ込んだ黒いモビルスーツは、そのまま民家をなぎ倒しながら、小高い丘の手前まで滑り続けてやっと止まった。
── ガンダムビルドファイターズ L+D/F ──
〜 開花された力 + ν-type 〜
「遊っ!」
目の前にモビルスーツが墜ちてきたというのに全く動じず、それどころか、それに近づいていった少女。
「……ジュンお姉ちゃん」
「代わって! キミは弱いから勝てないの。さっきので分かったでしょ!」
キミは弱い。事実だが、自分でも理解していたが、それでも言われたくなかった一言。遊は返す言葉もなく肩を落として、悲しいのに涙すら流れない自分の無力さに打ちひしがれた。
コクピットハッチが開く。上ってきたジュンに代わって、遊はそこから降りようと身を乗り出したが。
「何やってんの、コクピットに戻って!」
「えっ、でも……」
「早く! 敵が来るでしょ!?」
うなだれていた遊をコクピットに押し込んで、ジュンがその内部に乗り込む。見慣れない黒と青緑で彩られたコンソールの部屋には驚きもせず、ただ一言。
「Deep/F……あたしの知ってる姿になって!」
叫び。少女の願いに呼応して、見えている景色はセルリアンブルーの粒子に変換される。光りに包まれた部屋は数秒の後、あるべき姿へと変化する。そう、ガラスの板で囲まれた球体のような個室。フットペダルと手元のレバーで構成された前後二つ並んでいる座席。それらがシステムを起動させ、通電され、オールビューモニターとなって周囲を映し出す。
「──すごい」
「ほら遊、ぼさっとしないで!」
遊の背中をバチンと強く叩いた後、ジュンは前部座席へと飛び込んだ。フットペダルを軽く踏んだり手元のレバーを引いたりして、その重量を肌で感じながら期待に震える。
「……キャハハッ、やっぱこうでなくっちゃ!」
遊は「ぼさっとしないで」と言われた通り、残された後部座席へと座る。その最中に見た、純粋に破壊を楽しむ少女の笑顔。その笑い声は遊には不気味に聞こえたが、まさしく本来の彼女のそれだ。
自分よりもジュンの方が強いことくらい、昨日の戦いとさっきの負けっぷりを比べれば簡単なことだ。だからジュンが戦うのは仕方ないことだけれど、ここに自分が乗っている意味はなんだろうか。
「ねぇ、これ僕が降りない意味ってあるの?」
「そんなの無いでしょ! けど降りる意味も無いじゃん!」
「そりゃあ、そうだけど」
「なら黙って乗ってて。それに──」
わざわざ座席から身を乗り出して振り向いた彼女が、笑って言う。
「見てて。あたしの戦い!」
どこまでも純粋な笑顔だった。本当にいろんな表情を見せるのだ、ジュンという少女は。
「……分かった」
「じゃあ、行くよ遊!」
操縦桿のスイッチを素早く三度叩いて、機体のロックを解除。フットペダルを思いっきり踏み込んで、レバーを強く握って押し込む。倒れていたDeep/Fが背中のバーニアとスラスターを全開にして起き上がり、再び重力に逆らって飛び上がる。今度は強く鋭く、たくましく。
「お姉ちゃん、ロストフリーダムは壊さないで……!」
「バカ! 遊の世界じゃ戦ったらガンプラが壊れるんだろうけど、ここはガンプラダイバーズ。ガンプラは壊れたりしない!」
「……そっか、そうだよね。うん、お姉ちゃんを信じるよ」
ガンプラは壊れない。それはこの第九区画でも、他の一〜八の区画でも変わらない。第九区画に限って言えば、人の心は簡単に壊せてしまうけれど、それは全く気にしない。だって壊れてしまうのは負けた人だけなのだから。自分が負けることなんて、微塵も有り得ないことなのだから!
「……キャハハハ!」
ロストフリーダムが笑った。Deep/Fは二人の主を乗せてその能力を溢れ出させる。
右へ一回、左へ二回。不規則にバレルロールを繰り返して距離を詰めるDeep/Fに、先程見事なコンビネーションを見せたDeep/Sとダークジャスティスは身構えているばかりで。向こうから積極的に攻めてこないのを確認して、ジュンは手元のトリガーに指を掛けた。
「キャハッ! お姉さますら乗ってない、ただの人形なら!」
掛けた指は、一回どころではない。右手の人差し指で二回、中指で一回、左手の人差し指で一回。親指の爪で弾くようにさらに一回。まるでピアノの鍵盤を鳴らすように軽快に、正確に。そしてその手を握りしめ、強く引いて、押し込んだ。
Deep/Fはまず腰部レールガンを二回打ち鳴らした。それは左右それぞれ、敵のロストフリーダムとダークジャスティスに当たった。ダメージを与える目的ではない。敵にアラートを表示させて、次の攻撃を回避させるためだ。
さらにFは敵を正面に向けながら空中で側転でもするかのように回転し、機体をさらに飛び上がらせる。ちょうど天地が真逆になったところで、背中のバラエーナが展開されて放たれた。当然ながら分かりやすく高火力なそれは、やすやすと回避される。
「キャハハハッ!」
ジュンの高らかな笑い声と同時に、回避したはずのDeep/Sが熱に溶け、爆発した。見れば、その頭部を若紫の閃光が穿っていた。ジャスティスの援護もさせず、計画的に狙われた一発。
それに怒りを見せたのか、それとも単なるAIの学習能力か。被弾したロストフリーダムが後退し、バトンタッチするようにダークジャスティスが前に出る。
「お姉ちゃん、次が来るよ!」
「キャハハ! そうこなくっちゃ!!」
ジャスティスは変形機構を駆使して、モビルスーツではなし得ない超速で突進する。可変機を相手取る場合、それらは加速力には優れるが即座の俊敏性に劣るため、モビルスーツ側は待ち構えるような格好で狙撃するのがセオリーだろう。レーダーもパイロットも速度に慣れているため速度勝負をするなんてことは最も愚かな行為のはずだ。だがそれでも、だからこそ彼女は『戯れたい』と思ったのだろう。
自分の身体のようにロストフリーダムを扱いこなして加速する。空中を蹴ったDeep/Fは、ジャスティスとの距離を即座に詰める。メインモニターで点でしか映っていなかった機体がものの数秒でそのマニピュレータが何本指を立てているか容易に把握できるほどに近づいて。
「お人形さんじゃ、止められないよっ!」
キャハハと笑う彼女は、それが変形する瞬間にさらに再加速させ、そのタイミングを見計らってヴァイブレーションネイルを横薙ぎにした。もはやDeep/Fもダークジャスティスもその速度をコントロールできずラリアットのような形でぶつかり合う。超微細振動するサイコフレームの爪は、本来なら物理攻撃を弾き返すほど強固なPS装甲さえも破壊する、もはやそれはナイフで切り裂かれるバターだ。
日本刀のように鋭いものではない、ぐちゃぐちゃに引き裂いたような断面をいくつも露出させて、ダークジャスティスは無様に爆発した。
「さあてお次は──」
このとき初めて、ジュンは『しまった』と息を飲んだ。一瞬の駆け引きに夢中になりすぎた余り、Deep/Sの居場所をよく把握していなかった。まさかダークジャスティスと交わるまでの一瞬で、頭上を取られるほどに飛翔していだたなんて──気がつけば全方位からアラートが鳴り響く。特に頭頂部、月を隠すほどに大きく翼を広げ、腹部と右腕部、そして腰部の遠距離武器を構えながら、ジュンの周囲を取り囲むように正確に配置されたドラグーンを従えて、それは全てを焼き払うハイマット・フルバースト。
「お姉ちゃん、どうするの!?」
「ちょっと遊びすぎちゃったかなって」
「そんな、無責任だよ、そんなの!」
後部座席に座っていた遊が、そこに備え付けられたサブシステムの操縦桿を握る。
「あのロストフリーダムは傷つけたくないけど、このロストフリーダムだって、壊されたくないん、だっ!」
叫び声と共に遊は操縦桿をめいっぱい押し込むものの、その実、遊のロストフリーダムは全く動こうとせず。棒立ちの状態で敵勢モビルスーツからの一斉掃射が放たれる。
だが、その声に呼応してか、Deep/Fは不思議な──まるでサイコフレームが覚醒したかのようなエメラルドグリーンの──光を纏い、飛びかかるビームの雨を全て、弾いてみせた。
「うそ、なにこれ! サイコフィールド!?」
「……ブイ、タイプ?」
「遊、キミがやったんだよね? どうやったのこれ!」
「わかんない、けど、なんか出た!」
確かに遊のロストフリーダムが、そして遊が発したエネルギーだった。だがそれは発動した遊自身にも把握できていない、謎の力。モニターには一瞬だけ『ν-type』──ニュータイプという表示と共に"L"の文字が並ぶ。
「遊、ありがとね!これであいつをぶっ叩ける……キャハハハッ!」
「お礼の前に、あのロストフリーダムを!」
一発は防いだが次の攻撃を同じように防げるとは全く思わなかった。さっきの攻撃だって偶発的に出たようなもので、どうやって出したのか、どうやったら出せるのか、遊自身もよく理解していない。しかし敵のロストフリーダムもその現象に驚きを隠せないのか、それともデータを収集しているのか。頭上で硬直したまま動こうとしなかった。そのチャンスを無駄にするほどジュンは甘くはない。
「壊れちゃいなよ、キャハハハ!!」
お返しに、と言わんばかりに。Deep/Fが放つハイマットフルバーストは、腰部レールガン、右腕のビームスマートガン、そして翼に装備されたバラエーナの五門からなる一斉射撃。Deep/Sのそれよりも銃口は少なく弱いように見えなくもない、だがしかし、同じ動力炉一つから放たれる熱量には限りがある。分散させているSよりも、Fの方がより凝縮され、一点に集中されている。当然その攻撃は、生半可なバリアなどでは防げない。
空へと打ち上げられた火柱は、天空にある黒点を包み込んで掻き消した。
「ねぇ遊」
「どうしたの、ジュンお姉ちゃん」
打ち上げ花火も残光すら見えないほどに消えて、空が静かになった頃。操縦桿を握ったままの彼女は言った。
「あれどうやったの! ビームがぶわあーってなったやつ! もう一回できる!?」
前部座席に座ったまま、顔を直接こちらに向けようと努力するけれど、頑張っても片目くらいしか振り向けなくて。何が良かったのかとても笑顔で、感動と興奮に満ち溢れた表情で遊を見た。
「あ、あれは……よくわかんないんだ」
「ええーっ。でも一回できたんだし、またできるよね!?」
「うーん、どうだろう」
和やかな談笑が交わされていた。夜空は明るく、燃える町の炎が反射して赤い。まだ雨は降ってこない。
Beep! けたたましいアラートが鳴り響く。警告、警告、足元から熱源が急接近。
「何だっ!?」
下を向けば、眼下に在るは倒したはずのダークジャスティスが五体満足で突進してくる。
「あいつ……死んだはずなのに!」
ジュンが瞬時に反応して、バラエーナを展開して照射する。ジャスティスはそれをもろに被弾する。が、その装甲が溶けた側から、まるでスライムのように鉄がドロドロとうねりをあげて、元あった形へと復元された。
「回復した!?」
「そんな、チートじゃん!」
ダークジャスティスは右腕にビームサーベル、左腕はシールドに内蔵されたビーム刃を展開し、その加速力をもってロストフリーダムに迫る。
「……一回死んだのに、ウザい奴っ!」
ビームサーベルを受け止めれるだけのシールドの類を持ち合わせていないDeep/Fは、腕の甲に格納されたビームサーベルをトンファーのように展開させて、ダークジャスティスのそれを受け止めた。ガツンと大きな衝撃があって、コクピットが激しく揺れる。
「くっそ、やったな!」
「……何、怖い、怖いよ」
揺れに慣れているジュンは平気な顔だったが、その衝撃は遊にとって初めての体験で、初めて命を失う恐怖感を覚えた。
「なんで、ジュンお姉ちゃん、僕たち死んじゃうの!? 嫌だ、嫌だよ! 怖い、やめて、嫌だっ!」
「遊、落ち着いて! 平気だよ、こんなやつすぐに倒して」
「怖い、来るな、やめて、やめてよ、僕は、僕は戦いたくないって! 壊したくないって!」
錯乱状態の遊が再び操縦桿を握ると、それに応じてモニターに『ν-type L──』という表示が浮き出る。
「ああ、うわあああ──!!」
出力では上回っていたはずのジャスティスのビームサーベルを、遊のロストフリーダムは両腕のビームトンファーでやすやすと弾き飛ばして、矢継ぎ早に身体を回転させて逆袈裟に切り上げる。切り上げる。その後、虫の息になったジャスティスの胴体を貫いて、天に掲げて引き裂いた。
今までスライムのように回復していたダークジャスティスは、その攻撃を最後に、二度と復活することはなく。
「遊、遊ってば!」
ジュンは慌ててDeep/Fを安全地帯へと着陸させて後部座席の遊へと駆け寄った。あれだけ錯乱して叫び声を上げていた少年は、頬を濡らして静かに寝息を立てているばかりで。
ジャスティスと同じようにDeep/Sもまた復活していた。ジュンの戦いを、そして遊の戦いを静かに観測していたそれは、満足したのか雲の向こうへと飛び去っていく。
雨がまた、降り始めた。